「神との対話B」を読み終えたと書いたのが、3日前の19日でしたね。
それから「神との友情・上」を読み始めたのですが、今朝、読み終えました。
約270ページもあったのですね。びっくりです。
続けて「神との友情・下」を読むつもりですが、こちらは約230ページなので、合わせると500ページもある大作でした。
この本の中で、気に入ったところがあったので、今日はそれを紹介したいと思います。
それがこの記事のタイトルなのですが、以前に紹介した吉江勝さんの「人生を好転させるたった2つのこと」という本のタイトルと偶然にも似てますね。
「たった1つ」とか「たった2つ」という言葉が入ると、人が注目しやすいのだそうです。
それはさておき、人生を変えるための「魔法の問いかけ」が2つあると言います。
これを使うことで、人生を劇的に変えることができるのだと。
その部分(p.111-112)を引用しましょう。
じつは、魔法の問いかけは二つある。正しいときにその問いかけをすれば、あなたの進化は想像もできないほど、速まる。その問いかけとは、
−−これがわたしか?
−−愛なら、いまどうするか?
岐路に立ったとき、いつもこの質問をして答えれば、あなたは「新しい福音」の生徒から教師へと成長するだろう。
この世の出来事は、私たちの思考の結果です。
私たちが日ごろ考えていることが現実となり、それを経験するのです。
そしてその経験をもとに、私たちはまた考え、さらに新たな現実を創りだすのです。
ですから、何かを経験したとき、この問いかけをすることで、自分の思考を変えることができます。
ただ出来事に反応するのではなく、意識して選択することができるのです。
たとえば、駅のホームで並んでいたら、誰かに割り込みされたとしましょう。
「このやろう!ルールを守れよ!」
頭に来て、後ろから蹴飛ばしてやろうかと考えているとき、この問いかけをしてみてください。
「これがわたしか?」
腹がたって怒っている自分。相手を傷つけてでも、自分の価値観を通したいと考えている自分。
それは、本当の自分なのだろうか?
自分がなりたかった自分とは、そういう存在なのだろうか?
そのことを考えてみるのです。
もしそれで、「これはわたしではない。」という結論が出たなら、考え方を変えましょう。
「でも、どう考えるの?」
そんなときは、この問いかけです。
「愛なら、いまどうするか?」
もし自分が愛だとするなら、完全な愛だとするなら、どうするでしょうか?
それこそが、自分らしい自分なのではありませんか?
それがわかったら、そうしてみることです。
それによって、あなた自身が変わるでしょう。
けれども、つい反応してしまうということはあります。
たしかに愛ならこうすべきだという結論が出ても、どうしてもしたがえないときもあります。
そんな自分を責めないでください。
自分を責めるということは、罪悪感を持つということです。
罪悪感は、百害あって一利なしです。
「いや、そんなことはないでしょう?罪悪感を抱かなかったら、悪いことをしても反省しないじゃないですか。泣いて詫びるくらいの罪悪感を持つことが、二度と間違いを犯さないことにつながるんですよ。」
そういう意見が多いことは知っています。
ですから多くの人が、他人を批判し、非難し、徹底的に詫びるまで許さないという態度をとるのでしょう。
けれども、そうではないと思います。
この本では、「後悔」という言葉を使って、「罪悪感」との違いを説明しています。
後悔とは、真の自分についての最高の考えを示すことができなかった、と言明することだ。罪悪感とは、そんなことをしてしまった自分にはもう価値がないと決めつけることだよ。
(p.261)
殺人者だって気持ちを変えられる。レイプを犯した者だって新たな自分を再創造できる。児童虐待者だって挽回することができる。必要なのは、心と魂と精神の深いところでの決断だけだ。これはわたしではない、と決断することだけだ。
(p.113)
やってしまったことは、もう取り消すことはできません。
それを正当化しようとして自分をごまかすことが、本当の自分から遠ざけてしまいます。
今の司法制度は、犯したことに罰を与えることが重視されています。
罰っせられるという恐怖心で、人の心を強制しようとしています。
けれどもそれでは上手くいきません。
だから裁判では真実が明らかになることはなく、ただ単に罰せられるかどうか、その罰がどの程度かを決めるだけで終わってしまうのです。
これでは人の心が進化するはずがありません。
人の心が進化しない限り、世の中から犯罪はなくならないでしょう。
昨日、漫画家のさかもと未明さんが起こした騒動のことを書きました。
ニュースに取り上げられて注目されたのを受け、さかもとさんが違反行為を謝罪したことが報道されていましたね。
私は彼女の声明を読んで、とても感心しました。「この人は本物だ。」
彼女は自ら警察に出頭し、違反行為をしたことを認め、謝罪したのです。
そして、そういうことをした理由を、次のように述べています。
「JALの方には報告していたので、特に処罰はないのかと思っていましたが、広く世に発言する立場の人間として、自分かした過失に対しては、お目こぼしに甘えたり、芸能人だからと特権に浴したりせず、自ら身をただして、進んで相応な処分をうけなくてはいけない、それが発言者の責任だし、さかもと未明の美学だからです」
他の誰かがどう考えるかではなく、自分がそう考えるからそうする。それが美学です。
自らの美学にしたがって自分を律することができる彼女は、本物だと思いました。
たしかに機中では出来事に反応してしまったのでしょう。
けれども後で、「これはわたしではない」と考えたのだと思います。だから、そう言明したのです。
自分に対して、たった2つの質問をするだけです。
それだけで自分を変えることができます。
「これがわたしか?」「愛なら、いまどうするか?」
この2つの魔法の問いかけを、使ってみてください。
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