2012年10月09日

目覚めて生きる

数日前から読み始めた「神との対話」は、すでに読み終えました。

約300ページもあるというのに、あっと言う間に読めてしまいます。

3行読んでは本を置いてじっくりとその内容を味わい、10行読んでは数行読み返すというような、線を引きながらの精読です。

それなのにこれだけ速く読めたのは、集中していたこともあるでしょうけど、やはり多くの時間をそのために使ったということでしょう。


そしてすでに、「神との対話A」を読み始めています。

こちらも330ページもある分厚い本ですが、すでに3分の1を読み終えたところです。

神との対話A


ここまで読んで私は、やはりこの本に書かれているような、「目覚めて生きる」という生き方をすべきだと思いました。

この本の素晴らしさをお伝えして、読んでもらいたいと思いますが、いくら私がそう言っても、おそらく誰も信じないでしょう。

それよりも、私がそれにしたがって生き、その素晴らしさを実証するなら、その方が伝わりやすいと思うのです。

今までももちろん、そういう生き方を選択してきたつもりですが、これからは今まで以上に、意識して選択したいと思うのです。


たとえば、「すべての出来事はチャンスだ」と言われます。

漠然とそう思っていても、何も変わらないでしょう。

「すべて」ということは、嬉しい出来事だけでなく、嫌な出来事も含まれるということです。

むしろ嫌な出来事の時ほど重要です。


上司から怒られた時妻から否定された時大事にしているものを盗まれた時駅のホームで誰かからこづかれた時愛しい人からフラれた時など。

そういう出来事はすべて、より大きい自分を経験するために、自分が引き寄せたと考えるのです。

そうすれば、すべての出来事は必然で無駄がないだけでなく、すばらしい贈り物(プレゼント)になります。


その贈り物をどう受け取るかは、自分の精神が決めることです。

それは、出来事にどんな意味を与えるかということ。つまり、どんな見方を選択するかということです。

その選んだ考え方によって、その出来事を共感(愛)として、あるいは分離(不安)として体験します。


もちろん私は、すべての出来事を共感として、他との一体として体験したい。

だから、そういう考え方を選択しようと思います。


そのためには、まずは出来事を良いこと(自分にとって役立つこと)として受け止めることが重要です。

その出来事が起きた状況を是として、その上でどうするのが自分らしいかと考えます。

「こんな出来事が起こらなければ良かったのに」と考えていたら、その出来事を受け止めることができません。

状況(出来事)とか他人を変えようとするのではなく、まずそのまま受け止める。

そしてそれを前提として、自分の在り方を決めるのです。


今までの私は、たいていは反応しているだけの生き方でした。

出来事に翻弄されていただけなのです。

けれどこれからは、目覚めて、意識的に、生き方を選択したいと思います。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:49 | Comment(0) | 実践内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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