2012年09月20日

希望がないから死ぬのでしょうか?

以前にも書きました が、日本は、毎年3万人以上の自殺者を、10年以上続けて出しています。

毎年1万人以上の死者を交通事故で出していた時、マスコミは交通戦争と呼びました。

同じ言い方をするなら、自殺戦争とでも呼べば良いのでしょうか。

毎年、東日本大震災のような災害が発生する以上の死者を出しています。


私は、自殺する人というのは、死にたくて死ぬのではないと思っています。

死にたいわけではなく、希望をなくしたから死ぬのだと。



そう思っていました。

しかし、ふと思ったのです。

希望をなくしただけで、本当に死ぬだろうか?


なぜそう思ったかと言うと、私がそうだからです。

生きる希望もなく、さりとて死ぬだけの勇気もない。

そう思ってじっとうずくまっていた引きこもり期間 がありました。

あのとき私は、ただの一度も死のうとは思わなかったのです。

自殺する人というのは、どんな思いなのだろうか知りたくて、橋の上から身投げする真似をした だけです。



それで考えたのですが、単に希望を失っても、それだけでは死ねないものだと思うのです。

どうして自分という存在を消さなければならないとまで思うのか?

おそらく、不安から逃れたかったのではないか、と思います。


生きている限り、不安から逃れることができません。

ですから死ぬことによって、不安を取り除きたかったのだと。



そのことに思い至った時、私はあることを確信しました。

「私が自殺する可能性は0%だな」ということです。

私は、確信を持ってそう言えます。私が自殺することなどあり得ない。

なぜなら、どんなことが起こっても、不安に押しつぶされることがないから。


出来事に翻弄されない考え方があることを知っているからです。

どんな状況であっても、幸せの種が見つかることを知っているからです。


そう考えると、私はすでに成功者なのかもしれない。

そんな思いが心に浮かんできました。

見た目は以前とたいして変わりませんが、私の心は、私が成功者であることを認めたのです。


何を成功者と呼ぶかは、人それぞれだと思います。

私は、常に希望を持って幸せな気持ちで生きている人は、成功者なのだと思うのです。



ロバート・シュラー氏の本に書かれていたと思うのですが、ひどい干ばつで作物がほとんど穫れないことがあったそうです。

そのとき農場の老夫婦は、こう言ったのだとか。

「神様、ありがとうございます。たいへんは被害でしたが、私たちは何も失うことはありませんでした。」

その老夫婦は、今あるものに意識をフォーカスしたのです。

家もある。健康な体もある。そして、来年の作付けをするのに十分な種の収穫もあった。

それに何より、自分たちには命がある。


昨年放送されたNHKのドラマ「開拓者たち」で、主人公のハツが口癖のように言っていました。

「生きていれば何とかなる。」

そう考えることができれば、けして自殺することはありません。

そして、自分が絶対に自殺することがないとわかる人は、すでに人生の成功者なのだと思うのです。

だって、あとは楽しむより他に何もないからです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:30 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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