不思議なのですが、3歳に満たないような子でも、人見知りするタイプと、そうでないタイプに分かれるようですね。
私はもちろん、人見知りするタイプでした。
我が家の間取りは、2階に子供部屋、1階に客間と居間などがありました。
2階から降りる階段は、玄関の正面につながっていて、トイレに行くには、玄関の前を通らなければならない構造だったのです。
たまにお客さんが来られると、たいていは客間に上がらず、玄関に腰掛けて話をします。
中には長時間、玄関で話をするお客さんもいました。
そういう時、2階の子供部屋にいる私は困ってしまうのです。
トイレに行きたい。でも、そのためには玄関の前を通らなければなりません。玄関では、親とお客さんが話をしています。
もちろん黙って通るわけには行きません。「常識がない。」「挨拶もできないのか。」そんな風に非難されることは、目に見えていますから。
「こんにちは。」そう言って通過すれば良いだけなのですが、それが私にはできなかったのです。
田舎では、私が知らないと思っている人でも、私のことを知っていることがよくありました。
「ああ、赤木さんとこの長男さんだね。」
そう、よく言われましたから。
そういうこともあって、たとえ知らない人でも、すれ違ったら挨拶をしなさいと、親から言われて育ちました。
なので通学途中で出会う人には、誰かれ構わずに「おはようございます」「帰りました」と挨拶したものです。
今思うと、帰りがけに出会った見知らぬ人に、「帰りました」という挨拶はいかがなものかと思いますが、当時は言われるがままにそう言っていたのです。
そういうように、通学途中であれば私でも挨拶できます。
それなのに、我が家に訪ねてきた人には挨拶できないのです。
なぜか?
おそらく、引き止められるのが嫌だったのだと思います。
「こんにちは。」だけで済めばよいけど、そうならないことも多かったのです。
「あら、あっちゃんだったかいねえ。大きくなったねえ。」
そんなところから会話に加わらねばならず、それが私が知っている人ならまだしも、私自身は誰だかわからないのです。
それが苦痛で苦痛で。だから、玄関に客がいると、降りていくことができなかったのです。トイレに行きたくても、必死に我慢しました。
やっと客が帰ってトイレに行った後で、よく母親に抗議したものです。
「長話するなら客間に上がってもらってよ。トイレに行けないじゃない。」
すると母親は、何ごともないかのように言うのです。
「挨拶して通ればいいじゃないの。」
それができないからイライラしたいるのに。「このわからずや!」そう、思っていました。
親が知っている客には、自分の良い顔を見せなければならない。
でも、どんな会話をすれば良いのか?何をしゃべったら良いかわからない。
もじもじして、評価を下げるのは嫌だ。
そんな気持ちもあったように思います。
良い子であろうとして、知らず知らずに自分を追い込んでいた子どもだったのです。
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