2012年08月12日

必ず道は開けると思って臨めば答がひらめきます

デール・カーネギーの「道は開ける」 は、ビジネス書のロングセラーとして有名です。

このタイトルは、聖書に書かれている「求めよ、さらば与えられれん」を連想させます。


「えー、また宗教の話かよ。」

まあ、そう言わずにお聞きください。

聖書というのは、いわば欧米人の教養のようなものです。

聖書とシェークスピアを知らなければ、教養がある社会人とはみなされない。

そんな風にも言われるのです。

日本人は、どちらかと言えば神道や仏教でしょうけど、形骸化していて、その教義を知って信仰している人は少ないと思います。

そういう日本の常識からすると、聖書の話はうさん臭く感じるかもしれません。

けれども、世界のビジネスマンの教養の一部と考えれば、有名な言葉くらいは知っておいて損はないと思うのです。


少し長いですけど、この聖書の部分を引用します。

「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。 」

「あなたがたのうちで、自分の子がパンを求めるのに、石を与える者があろうか。魚を求めるのに、へびを与える者があろうか。このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。」



新約聖書のマタイによる福音書7章7-11節になります。


ここに書かれているのは、求める者には必ず与えられる、ということです。

神とか父という言葉を、天とか宇宙に置き換えてみてもいいです。

天や宇宙の本質が愛なら、私たちが良い者か悪い者かに関係なく、求められたものを与えると言っています。

つまりこれは、求めるという原因に対して与えるという結果が起こるという、宇宙の法則を言っているのです。


これは「引き寄せの法則」 と同じことですよね。

私たちの思いが原因となって、この世の現象(結果)が引き寄せられるのです。



ただ、ここで注意しておくことがあります。

それは、聖書を読んで気が付かれるように、実にクドく書かれています。

神は愛だから、人が望むものは何でも与えてくれる。

そういうことを言っているだけなのに、実にクドいと思いませんか?

私は、ここに語りたいことの本質が隠されている気がするのです。


つまり、こういうことです。

人が望むものなら、必ず与えてくれるのだということを信じさせたいがために、クドくなっているのです。

ということは、信じることが重要だということです。

もし、必ず与えられると信じられたら、どうなるでしょうか?


たとえば自動販売機にお金を入れて、買いたいジュースを選んでボタンを押します。

どんな気持ちですか?

当然、ジュースが手に入ると思ってますよね。

信じるとか信じないというレベルの話じゃなくて、わかりきっていることですよね。

ボタンを押せば、望みどおりのジュースが手に入ると知っているということです。

実はそれが、信じるという本当の意味なのです。


普段、私たちは、信じるという意味を間違えています。

単に期待することを、信じると言っているのです。

だから本当は疑っているのに、信じると言っては、そうならないときに裏切られたと言うのです。



必ず得られるとわかっていれば、必ず得られます。

必ず道が開けるとわかって臨めば、必ず道が開けます。

そういうことを、経験したことはありませんか?

私は何度もあります。


たとえば試験の時です。

漢文を読んで答える問題だったのですが、何が書かれているのかさっぱりわかりません。

けれども私は、慌てませんでした。必ずわかると思っていたのです。

それで他をやってから、またその問題に戻りました。

そして読む中で、「白居易」という文字を見つけました。

「白居易」とは「白楽天」のこと。そういえば、その話は授業に出ていました。

そう気がついた瞬間、それまでちんぷんかんぷんだった漢文が、実にスラスラと読めて意味がわかったのです。

もちろん、問題に答えることもできました。



このように、何か望みどおりの結果が得たいのなら、それは必ず得られると信じて行動することです。

信じるというのは、そうなると知っていること。


でもそのとき、不安とか怖れというものが出てくるかもしれません。

それが疑う気持ちになって、本当の意味で信じられなくなるのでしょう。

だから、不安を取り除くことが重要なのです。

仮にすぐに望んだ結果が得られなくても、最終的には必ず得られると思えるようになるために、不安を取り除いて安心することが大事なのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:40 | Comment(0) | 幸せ実践塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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