2012年08月09日

「SPACE BATTLESHIP ヤマト」が教えてくれたこと

昨年の6月の話ですが、宇宙戦艦ヤマトの実写版映画、「SPACE BATTLESHIP ヤマト」を見ました。

と言っても映画館ではなく、日本からタイへ戻ってくるときの飛行機の中です。

この映画、ぜひ見たいと思っていたのに、見逃してしまったのです。ですから、機中で見られてラッキーでした。



あらすじについては特に書きませんが、やはり感動しましたね。

愛する友のために命を捨てるという、大いなる愛がテーマですから。


仲間を見捨てたとして、沖田艦長(山崎努)に最初は反発していた古代進(木村拓哉)ですが、自分も同じ立場に立たされることになります。

そのとき初めて、仲間を見捨てる苦しみと、犠牲を払ってでもやらなければならないことがあることを知るのです。

自分が死ぬだけならまだしも、自分は生き残って仲間を死なせなければならないということは、どれほどつらいことでしょう。

太平洋戦争では、多くの人がそういう体験をしたのかもしれないと思いました。



さて、私が特に感心したのが、デスラーの正体です。

アニメ版と違って、意識集合体ということになっていましたね。

しかも、ガミラスとイスカンダルは、コインの表と裏のような関係とのこと。

つまり実態としては同じもので、表れている側面が違うだけなのだと。

いったい誰がこんな設定を考えだしたのでしょうか?

私は映画を見ながら、背筋がゾクゾクっとするのを感じました。


まさにこの世の姿を表していると思ったからです。

この世の本質的な姿は「ひとつのもの」です。

それを神と呼ぼうと生命と呼ぼうと同じです。仏教的には空(くう)ですし、科学的にはエネルギーとか宇宙と呼ぶこともできるでしょう。いずれにせよ、同じことだと思います。

そしてその「ひとつのもの」から、陰と陽というように相対的な姿で現れているのがこの世の現実です。

いわば私たちは、「ひとつのもの」のそれぞれの側面であるとも言えるわけです。



最後は、ヤマトに乗った古代進が、1人でデスラーに突撃して刺し違えることになります。

自分の命を犠牲にしても地球を守るという使命を全うすうる。

それは悲壮でもありますが、また美しくもありました。

そのエンディングはそれとして感動しましたが、やはりデスラーの集合意識体という設定が、私の心に残りました。

潜在意識はつながっていると言われます。

宇宙につながっている私たちは、まさに集合意識体なのかもしれません。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:52 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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