2012年07月25日

なぜそれを選んだのかわかりません

小学校のころ、私は本を読むのが好きでした。

それは以前にも書いたように、1日2冊のペースで読むほど。

私の国語力は、この読書によって鍛えられたと思っています。


そんな本好きの私ですが、苦手なものがありました。

それが読書感想文です。



普通に作文なら、得意とは言わないまでも、なんとか書くことができます。

けれど読書感想文になると、急に困ってしまうのです。

それは、書き方がわからないから。


まず私の読書感想文を読む人は、それによって本を知るわけです。

つまり、私とは前提が違っています。

したがって、本の内容に触れないわけにはいかないと思ってしまうのです。


たとえば作文なら、「今日は家族と海へ行きました。」みたいな、状況説明が入りますよね。

それと同じように読書感想文でも、「主人公は・・・した。そのあとで、主人公は・・・だと思った。」というように、ある意味で本のあらすじを書くことになるのです。

そして最後に、「おもしろかったです」とかの貧相な感想を書くスタイルになりがち。

これが、どうも嫌なのです。

これはおかしい。これは美しくない。

そう感じるのに、どう書いて良いかわからず、書くのが苦手になってしまったのです。



あれはたしか小学校4年か5年のころだったと思います。

また読書感想文の課題が出されました。

長文の本は、あらすじを書くのに困るので、私が選ぶのはいつも短い内容の本です。

それで、この本を選びました。

「ゴータマ・シッダールタ太子」


おわかりの方もいらっしゃるでしょう。

出家する前の釈迦の名前です。


王子として生まれ育ち、何不自由のない生活をしていたシッダールタ太子です。

それが街に出た時、庶民の苦しみを目にします。

それからは、いつもそのことが頭から離れません。

人々には、生・老・病・死という4つの大きな苦しみがある。

この苦しみを、何とか取り去ることができないだろうか?

シッダールタ太子は悩んだ末、王位継承権も妻も子も捨てて、出家するのです。




私は、どうしてこの本を選んだのでしょうか?

その記憶がまったくありません。

ひょっとしたら偉人伝のコーナーにあったのかもしれませんけど、そらなら本のタイトルは「釈迦」とか「釈尊」ですよね。

それと、どんな感想を書いたかも覚えていません。

きっと当り障りのないところで、「すごい人だと思った」くらいのことを書いたのでしょう。


記憶にあるのは、こんな不思議なタイトルの本を選んで読んだということ。

そして、おそらくこれが、私にとって最初の、仏教教義との出会いだったと思うのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:36 | Comment(0) | ├ 私の生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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