2012年07月07日

清水の次郎長が好かれる理由

清水の次郎長と言えば、東海道は江尻の宿を縄張りとしたヤクザの親分です。

ヤクザと言えば暴力団が連想されるこのごろですが、地元の有力者とか用心棒という意味もあったようですね。


芝居に取り上げられることもあって、清水の次郎長人気は全国区です。

親分の次郎長だけでなく、子分の大政や小政、森の石松なども有名で、親分子分の情が厚いことでも知られます。



その次郎長のエピソードですが、何かの本で読んだものを紹介しましょう。

もううろ覚えなので、一部に間違いもあるかもしれませんが、大筋では合っていると思いますのでご容赦ください。


ある人が次郎長に、「あなたのために命を投げ出す子分が、いったい何人くらいいるのですか?」と尋ねました。

親分思いの子分がたくさんいることで知られる次郎長です。

主だった子分だけでなく、相当の人数がいると思われました。

次郎長は、穏やかに答えます。

「私のために命を投げ出せる子分が何人いるか知らないが、私は子分のためなら、いつでも命を投げ出せる。これは間違いない。」



次郎長は子分たちに、命を投げ出すことを求めてはいなかったのです。

ただただ子分たちのために尽くそうと考えていました。そのためなら、いつでも命を投げ出すと覚悟を決めて。



こういう親分だったからこそ、子分たちも慕ったのでしょう。

子分たちばかりか、地元の人達も次郎長を好きになったようです。


幕末、薩長を中心とした官軍(新政府軍)と賊軍(反新政府軍)が戦う内戦がありました。

清水沖でも官軍が賊軍の船を襲い、皆殺しにした事件があったそうです。

死体は海に浮かび、一部は浜に流れ着くものの、人々は官軍を怖れて片付けることもできません。

官軍側は、賊軍の人間は人として扱わない方針だったからです。

このままでは、漁師が漁を行うこともできません。

そこで次郎長は子分たちに命じて、死体を片づけ、手厚く弔ったそうです。

官軍側から抗議されても、「死んだ者は等しく仏だ。死体に官軍も賊軍もない。」と言って突っぱねたとか。


死ぬことも怖れず、人として為すべきことを為す。

次郎長はやっぱり、男の中の男と言われるわけですね。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:25 | Comment(0) | 幸せ実践塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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