2012年06月26日

目的地に到達するための考え方

人生はよく航海に例えられます。

あちこちの港に立ち寄りながら、時には嵐に遭いながら、それでも乗り越えて目的地に到達する。


ところで、目的地ってどこでしょうね?考えたことがありますか?

そして目的地に向かうためには、どうすれば良いと思います?

そのことをちょっと考えてみましょう。



人生の目的は何か?

昔からよく言われる究極の質問です。

「幸せになること」「目的を探すことが目的」など、いろいろあるでしょう。

でも、理屈で考えてみると、それらの答はおかしいことがわかります。


幸せになることが目的だとしたら、幸せになれないで終わる人生とは、いったい何なのでしょう?

そんな人生にいったい、どんな意味があると言うのでしょうか?

生きる目的を探すために生きるというのは、禅問答としては面白いかもしれませんが、論理的に答えになっていません。

生きる目的を探すことに意義があるとしたら、生きる目的を見つけたらどうなるのです?

見つけた後で意義があるとしたら、見つからない人生はいったい何なのでしょう?


私は、人生の目的は自分らしさを体験することだと思っています。

それは、「なぜこの世がこうなのか?」ということを考えれば、自ずと出てくる答です。

幸せになることは簡単なことですから、目的にはなり得ません。

幸せには単にツール(道具)です。幸せというツールを使うことで、より自分らしさを体験できるようになるのです。



では次に、その目的に向かうために、何を頼りにすれば良いか、という話をしましょう。

航海だったら、それは地図やコンパスです。最近ならGPSと言うかもしれませんけど。

要は、今の自分の位置と、向かう方向性を教えてくれるものです。


目の前の嵐に対処することに一所懸命で、ついつい方向を見失ってしまうことがあるでしょう。

そんなとき、どっちに向かえば良いかを正しく示してくれるものが必要なのです。

人生において、それは何でしょうか?


1つには、メンターとか師という存在があると思います。

コーチ役として指導し、見守ってくれるような人。そういう信頼できる誰かがいることは、大きな支えになると思います。


しかし、そういう人がいると自信を持って言える人は、ごくわずかだと思います。

たいていは道に迷っても、わけのわからない人たちに翻弄され、振り回されてしまうだけでしょう。


私は子どもの頃、あまりにも知らないことが多すぎて、一人で生きていけるのだろうかと心配したものでした。

そういう不安から多くの知識を吸収しようとしたため、かなり雑学には強くなりました。

それでも、新しい状況になると、どうして良いかわからなくなります。それに、忘れてしまうことも多いので。

そこで、やはりいつでもどこでも使えるような判断基準というものを得たいと思ったのです。

そうしたき、古典を勧めてくれる人がありました。長い年月に耐えて残ってきた古典は、どんな書物よりも間違いがないものだと。

論語、孟子、壮士、老子、貞観政要、大学、孫子、六韜三略など、すべて解説本ですけど中国の古典を読みあさりました。

それらは確かに、私の判断基準を作ってくれたような気はします。


そして今、それらの教えのエッセンスとして究極の指針が、「自分らしいかどうか」という判断基準なのです。

考えてみれば当然ですよね。

自分らしさを体験することが人生の目的なのですから、人生の岐路において、自分らしいかどうかを基準に判断すれば良いだけです。


「じゃあ、エゴに従えば良いとでも言うの?それで社会の秩序が保たれるの?」

そう思われる方も多いでしょう。私ももちろん、そういうことを考えました

その上で、やはりこれしかないという結論に至ったのです。


よくエゴと呼ばれるものは、これは執着心から生じるものです。

何かを独り占めしたいと思うのがエゴだとすると、それは、それがないと自分が幸せになれないとか、自分の生存が脅かされるという必要性に迫られているからでしょう。

その必要性こそが、執着心を生み出しています。

ではその必要性というものは、本当に存在するのでしょうか?


そこをよーく見てみることです。しっかりと考えてみることです。

仮に必要性が存在しないと考えてみましょう。どうですか?それでもまだ、独り占めしますか?

エゴというのは、執着心によって曇った心の発露です。自分らしい自分ではありません。

だから、「自分らしいかどうか」を基準にすれば良いのです。



さらに私たちには、自分らしい体験をしたかどうか、簡単にわかる装置が生まれつきついています。

それが感情です。

感情は、魂の声です。魂が本当の自分と出会うと、感動し、喜ぶのです。

だって、自分の素晴らしさを体験的に知って喜ぶことが、魂の目的なのですから。

逆に喜ばない時、腹が立ったり、恨みがましく思ったり、なんか釈然としない気持ちになる時、それは魂が「これは自分じゃない」と叫んでいるのです。


感情には大きく分けて、2通りがあります。喜び、満足を感じるものか、そうでないかの2つです。

その感情によって判断すれば、間違いなく自分らしい選択ができるのです。



このように私が自信を持って言えるのは、それが理屈で正しいと思っているからです。

いくら状況が変わっても、理論的に正しいのであれば、どんな状況でも適用できるはず。

何度も何度も実際の場で検証し、やはりこれで間違いがないと思ってきた理論です。

それはある意味で、航海に必要な地図といえるでしょう。

地図が間違っていれば、目的地には到達できませんからね。

そして感情は、方向を示してくれるコンパスです。

地図(理論)とコンパス(感情)。この2つを持っていれば、人生という大海原を安心して楽しみながら航海できると思います。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:17 | Comment(0) | 幸せ実践塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

●コメントを書く前に、こちらのコメント掲載の指針をお読みください。

ランキングに登録しています。面白かったらボタンをポチッと押してね。
↓↓↓↓
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ

スポンサーリンク