2012年06月21日

人間万事塞翁が馬とはどういうこと?

「人間万事塞翁が馬」という故事があります。

中学の古典か漢文の授業で習ったと記憶していますけど、みなさんもそうですよね。


因みにこれ、「人間」を「にんげん」と読むのは間違いで、「じんかん」と読むのだそうです。

「じんかん」というのは、「世間」という意味になるのだとか。

「にんげん」でも意味は通りそうですけど、私も間違って記憶していました。

「世間のことはみな、塞翁の馬の話のようなものだ。」というお話です。



さて、その話の内容ですが、あらかた以下のとおりです。

北の要塞にお爺さんが住んでいたそうです。そのお爺さんは一頭の馬を飼っていました。

だから「塞翁が馬」と言うんです。


ある日、その馬が逃げ出してしまった。馬というのは財産ですから、大きな財産を失ったことになるのです。

村人はお爺さんを訪ねて、慰めようとしました。するとお爺さんは、平然として言いました。

「なあに、このことが幸いの兆しにならないとも限らないさ。」


しばらくすると、逃げ出した馬が他の野生馬を引き連れて、お爺さんのもとに帰ってきました。

お爺さんは労せず、以前の何倍もの財産持ちになったのです。

村人たちはお爺さんを訪ねて、口々にお祝いを言いました。するとお爺さんは、悲しそうに言いました。

「このことが災いの兆しにならないとも限らないからなあ。」


ある日、連れられてきた野生馬を調教しようとして、お爺さんの孫(息子?)が乗っていると、馬が暴れて振り落とされ、大怪我をしてしまいました。

村人たちはお爺さんを尋ねて、慰めようとしました。するとお爺さんは、平然として言いました。

「なあに、このことが幸いの兆しにならないとも限らないさ。」


しばらくすると戦争が始まり、村の若者たちが次々と兵隊として駆り出されました。そしてその多くが、戦死したのです。

しかしお爺さんの孫は、怪我をしていたお陰で兵隊にならず済んだのです。




どうでしょう?思い出されましたか?

この話を授業で聞いた時、これが何を言わんとしているのかという問題が出されました。

答の1つは、人の幸と不幸は順番にやって来るという答えでした。「禍福はあざなえる縄の如し」と言いますよね。

もう1つは、現象が起きた時点では幸か不幸かわからないという答でした。だからすぐに狂喜したり、嘆き悲しんだりするものではないと。


その当時は、「ふーん、そんなものか。」と納得しました。でも今になって考えると、別の見方ができる気がします。

馬が逃げた時、お爺さんはそのことを悲しまず、良いことが起きるかもしれないぞと思ったのです。

だから、他の野生馬を連れて戻るという、喜ばしいことが起きたのです。

でもお爺さんはそのことを、悪いことが起きるかもしれないぞと思ったのです。

だから、孫が落馬して大怪我するという、悲しいことが起きたのです。

そう考えると、お爺さんは未来を予言したとも言えます。言い方を変えると、引き寄せたということです。

と言うことは、この故事は「引き寄せの法則」を示しているとも言えるわけです。



人は、悪い出来事が起きると、さらに悪いことが起きると予想しがちなものです。

でも、それは科学的なことではありません。

宗教を信じるかどうか関係なく、そんな統計的な事実はないのです。

だとしたら、それによって悪いことが出尽くし、次は良いことが起こると考えることだってできます。

まあそれも、科学的ではありませんけどね。


ただ言えるのは、どうにでも考えられるということです。

どうにでも考えられるなら、幸せになるように考えてみませんか?

なぜなら、その方が幸せだからです。

あなたが、どうしても幸せになりたくない、と考えるなら別ですけど。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:54 | Comment(0) | 私の考え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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