もうすでに、父親のことを怖いと感じていた頃です。
ある日、表でひとりで遊んでいた私に、父が声を掛けました。
「あつし、一緒にドライブに行くか?」
私は躊躇しました。
「なぜ?ぼくだけ?どこへ行くの?」
当時の状況を、正確には覚えていません。
うちは、祖父母、両親、姉、妹の7人家族です。
少なくとも母と姉妹を置いて、どこかへ行くのは考えられません。
ひょっとしたらその3人は、どこかへ出かけていたのかもしれません。
迷いましたが、好奇心には勝てませんでした。私は「行く」と答えたのです。
ひょっとしたら、父親の誘いを断るのは父親に対して悪いからと、子供ながらに気遣ったのかも。
私は、そういう性格だったのです。
当時はまだマイカーが珍しかった時代です。
ダイハツのフェローだったか、トヨタのパブリカだったと思います。
父は、車を運転するのが好きでした。
最初はドライブと言われてはしゃいでいましたが、父はどこまでも運転していきます。
出雲を過ぎ、松江を過ぎました。いったいどこまで行くのか、父は何も言いません。もともと寡黙な人ですから。
私は少し不安になりましたが、ボーっと外の景色を見ていました。私も寡黙ですから。
やっと到着したのは、鳥取砂丘でした。
初めてみる砂丘にびっくりはしましたが、それほど感激もしませんでした。
ラクダがいて、それには驚きました。写真などでは見たことがありますが、そんなに間近で見たことがなかったからです。
「あつし、乗るか?」
父はそう言いましたが、私は遠慮しました。
怖かったのかもしれないし、お金を使わせるのが申し訳なく感じたからかもしれません。
兄弟姉妹はいつも平等でなければならない。そう教育されてきたし、私もそう思ってましたから。
自分だけが良い思いをすることに抵抗があったのです。
鳥取砂丘を見た後、すぐに帰るのかと思ったら、父は途中でどこかの温泉旅館に入りました。
そこに泊まるというのです。
お泊りの用意など、何もしてきていません。
でも、自分だけ帰るわけにもいかないので、父に従いました。
温泉にも入ったと思いますが、記憶にありません。
夕食に、宍道湖の七珍が出されたような気もしますが、これもはっきりしません。
覚えているのは、布団に入って見たテレビです。
歌番組で森山加代子さんが、当時ヒットしていた「白い蝶のサンバ」を歌っていました。
父から唐突に誘われて行ったお泊りドライブは、嬉しい出来事というより、なんとなく居心地の悪い体験でした。
今思えば、父は私を可愛がりたかったのかもしれません。
少し父に怯えるようになっていた私を、なつかせたかったのだろうと思います。
その試みは上手く行かなかったかもしれませんが、私の記憶に残る思い出となりました。
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