2012年06月18日

寄付をするにも私の流儀があります

「キミは有能だねえ。会社の宝だよ。」

そんなことを社長さんから言われたら、嬉しくて天にも登る気持ちになるでしょうね。


人は誰も、他の人から評価されると嬉しくなります。

誰かの役に立っていると感じることは、自分が素晴らしい存在だと思えるので、それで嬉しくなるのです。


よくこういう人がいます。

「他の人から必要とされる人になりたい。」

誰かの役に立つ人になりたいと思う気持ちは素敵だと思うのですが、私はちょっと危険な香りを感じるのです。


「あなたなしでは生きて行けないの。」

ある男を好きになった女の、究極の殺し文句です。

英語だと、"I need you."と、ちょっとそっけないですけど。

要は、自分の生存や幸せのために、特定の誰かが必要だという考え方です。


しかし、特定の誰かを必要とする考え方は、依存してしまう可能性が高いです。

つまり、その特定の誰かに執着し、それを得るためには、あらゆることをしたくなります。

あらゆることとは、自分自身を見失うことも含まれます。

依存する誰かの関心を得るために、自分であることを捨て、相手好みの人間になろうとします。


歌にもありましたよね。

「あなた好みの、あなた好みの、女になりたい」

非常に危ない状態です。(笑)


自分自身であることを見失ったら、絶対に幸せにはなれません。

なぜなら、私たちが生きているのは、自分自身を再発見して喜ぶためだからです。

それと逆行するのですから、魂が喜ぶはずがないではありませんか。

だから、絶対に幸せになれないのです。理屈から考えて、そうなのですよ。


なので、自分が他の誰かを必要とする考えを持たないようにすることは、とても重要なことです。

それと同時に、自分が関わる他の誰かが、自分に依存することもさせないようにしなければなりません。


なぜか?


それがその誰かを幸せにする方法だからです。

もしその誰かのことを本当に愛するなら、依存させないように注意を払わなければなりません。



これは男女の関係だけでなく、ボランティアや寄付などでも同じです。

1ヶ所に大量にお金やモノを投入すれば、それだけインパクトが大きくなります。

つまり影響力を発揮できるということです。

この影響力を発揮するということは、逆に相手に依存させる結果を招きかねないのです。


たとえば、ある施設の経営に必要なお金を、あなたがほぼ100%出してあげたとしましょう。

1年目も2年目も、同じように出してあげました。

施設の人は喜びます。そしてあなたに感謝するでしょう。それと同時に、頼るようになります。

3年目になり、あなたは事情があってお金を出せなくなりました。

施設の人は困ります。あなたに泣きつくでしょう。なんとか出してくれないと困ると、必死になって言ってくるでしょう。

もしあなたが何もしてあげなければ、その施設は運営できなくて解散することになるかもしれません。

あなたが自分を頼らせたから、そういう結果になったのです。



他の人がどう考えるか知りませんが、私は、どこかに対して、あるいは誰かに対して、集中的に寄付したりすることはしてはいけないと、自分に言い聞かせています。

なぜなら、私を頼らせてしまうからです。


相手には溺れる権利があります。自由があります。

それを自分の力で救ってやるだなんておこがましいと思うのです。

ですから、寄付をするのでも分散します。どこかに集中して、私の名前を残すようなことはしません。

私のことは忘れてくれてかまわない。

ただ、どこかの誰かが少し助けてくれて、ラッキーだったと思ってくれれば、それでかまわないと思うのです。


寄付をするのは自分のため。私が私らしくあるためにすることです。

寄付した相手に対して、影響力を行使する(=依存させる)ためではないのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:14 | Comment(0) | 私の考え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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