2012年06月17日

前世を知れば運命が好転しますか?

私は前世とか、あの世というものを信じる立場なのですが、同じよう信じている人はけっこう多いのではないでしょうか。

中には霊感の強い人がいて、守護霊が見えるとか、守護霊の話を聞けるという人もいます。

さらに、前世が何だったかもわかるという人も。


そういう特殊な能力がある人がいても、まったく不思議ではないと思います。

だってそういう世界があるのなら、何らかの形でつながっているでしょうから。


それに私の考えは、すべてが「ひとつのもの」です。

そこには時空がないという話もしました。

時空がないということは、前世だって含まれるということですよ。


まあここまでくると、時空の概念の中で生きる顕在意識の、理解の限界を越えますね。

数学的に次元が増えるとか減るとかは言えますが、それが実際にどういうものなのかは、想像ができません。

せいぜい3次元空間において、直線を2次元、点を1次元などというくらいなものです。



それはさておき、前世療法という言葉があるように、前世を知ることで今現在の問題を解決するという手法があります。

私はそういう行為そのものを否定はしませんが、そういう行為が必要だという考え方には賛同しません。

なぜなら、もし前世を知ることが現世の問題解決に必要なのだとしたら、前世がわからなくなっている意味がないからです。



私の考え方は、常にこうです。

この世がこうであるには、必ず論理的に説明できる理由がなくてはなりません。

全知全能の神が、この世を創るのにヘマをするはずがないのです。

もしヘマしてたら、「神様も意外と人間ぽいんですね。」と言って、なでなでしてあげます。(冗談ですよ)

人間の知恵よりもはるかにすぐれた知恵でこの世を作ったのに、それが完璧でないはずがありません。

ですから、「すべては完璧だ」というところからスタートするのです。


そして一見、完璧でないように感じられることを、合理的に説明できるかどうかを考えるのです。

もちろんこれは、神を信じる人の立場で説明しました。

全知全能の神など信じなくてかまいません。すべてが「ひとつのもの」であって、そこからこの世が生まれたとするなら、どうせ同じことになりますから。



そう考えると、そもそも多くの人が前世を覚えていないのですから、それは知る必要性がないということになります。

知らなくても、上手くやっていけるようになっている、ということです。

知ることによって、何らかの問題が解決することもあるでしょう。

それは否定しませんが、必ずしも必要ではないということです。


少なくとも、そういう特異な能力を持った人に依存してしまうことは危険です。

人生の手綱は、いつも自分自身が持っているべきなのです。



同じ理由で、医師に依存するのも危険だと思います。

それは何も、長生きしたいならということではありませんよ。自分らしく生きたいなら、ということです。


自分らしく生きることと長生きすることは、必ずしも一致しません。

もしそれが一致するなら、イエスは十字架に掛かるのを避けたでしょうから。

ゲッセマネの丘でイエスは、「この盃を去らせてください」と、十字架に掛かることを避けられないだろうかと神に祈ったのです。

でも最終的にイエスは、自分の使命として、十字架に掛かる道を自ら選んだのだと思います。


もし自分らしく生きないのなら、どうして自分である必要があるだろうか?


そう思うと、この世の命の重要さよりも、自分らしく生きることの方が重要だと思うのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:34 | Comment(0) | 私の考え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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