2012年06月08日

マナーを守るということ

日本にいるときは、しょっちゅう「マナーを守ろう」という言葉を聞かされた気がします。

前回の記事 で、マナーを守ろうとすることを「必要性を感じる」ことの例として取り上げました。

「えっ、マナーを守るなって言いたいの?」

そう思われた方も多いと思います。


誤解がないように言っておきますが、マナーを守ってはいけないとか、マナーを守らないほうが良いということを言いたいわけではありません。

私が問題にしているのは、マナーを守るかどうかということではなく、マナーを守るということにとらわれるかどうかということです。



ここ、重要ですからね。絶対に試験に出ますよ。

学校の先生なら、きっとそう言うだろうと思うほど、ここが私の考え方のキモです。



自分自身が、マナーを守る人間であることを自分らしいと思ってそうするなら、何の問題もありません。

マナーを守ることは、その人にとって楽しいことだからです。


しかし、他の誰かがマナーを守らないとき、頭に来る人は問題です。

それは、マナーを守るということにとらわれているからです。



他の人がどうするかなど、どうでも良いことなのですよ。

だって人はそれぞれ自由ですから。その人がしたいようにするだけです。

他人を変えることができないのも、他人には他人の自由があるからです。

それなのに、他の人を変えなければならないと考えてしまうのは、どうしてでしょうか?


それは他の人の言動によって、自分の感じ方が左右されると思い込んでいるからです。

つまり、自分が喜ぶのか悲しむのかということを、他の人が決めていると宣言しているのです。

自分を変えることができないから、他の人を変えようとしているのでしょう?

それじゃあまるで、25m泳ぐのは無理だから10km泳ごうとするのと同じです。

無茶な論理だと言いたいのです。


他の人がある特定の(=自分が期待する)言動をする必要性を感じているわけです。

そうしないと、自分の心がかき乱されてしまい、幸せを感じるどころではなくなってしまうから。

ほら、必要性を感じているじゃありませんか。


もし、自分のことは自分でコントロールできるし、自分で決められると知っていたらどうでしょうか?

他人がどうするかということに、必要性を感じるでしょうか?


たしかに、他の人がマナーを守ってくれたら気持ち良いでしょう。

他の人がマナーを守ってくれる方が好ましいでしょう。

でも、必要ではありません。

それが、必要性を好みに変えるということです。



この違い、わかっていただけたでしょうか。

本当に重要ですからね。試験に出ますよ〜! (*^_^*)


posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:48 | Comment(0) | 私の考え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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