2012年06月04日

神との対話



私の考え方の大部分を占めるものは、この「神との対話」シリーズによって得られました。

すでに関連本が10冊以上出版されていますが、そのほとんどを私は、3回以上読んでいます。

タイに来るときにほとんどの本を日本に置いてきましたが、「神との対話」シリーズだけは持って来たのです。


初版は1997年9月となっていて、それを買いましたが、買った時期はあまりはっきり覚えていません。

当時は千歳烏山に住んでいて、京王線で職場に通っていました。

いつもよく行く本屋で面白そうな本を探していた時、そのタイトルに惹かれて手にしたのでした。


最初の部分を少し読んだだけで、これは私が買うべき本だと直感しました。

すぐに買って帰り、1週間くらいで読んだと思います。

そこには、私が思いもしなかったようなことが書かれていたのです。


その内容に惹かれながらも、理解できないこともたくさんありました。

それにも関わらず、この本には何かあると感じたのです。


それからシリーズ本が発行される度に買い、継続して読んできました。

シリーズ3冊目で、私には大きな気づきがありました。

それが前の記事に書いた「ひとつのもの」という考え方です。

すでに1冊目で書かれているのに、頭に入っていなかったのですね。

またいつか書きますが、私の中の性欲に対する悩みも、このシリーズを読んで私の考え方を確立する中で、解決しました。


ただ私は、ここに書かれていることをすべて信じているわけではありません。

それは著者のニール・ドナルド・ウォルシュ氏も言っています。自分の言うことを信じるなと。

すべてを私の中で検証し、落とし込んでいく過程の中で、私なりの考え方を作っていったのです。


神を信じない人にとってはとっつきにくいかもしれませんが、無理に神を意識する必要はありません。

少なくともこの世は現存し、自分という存在があることは確かなこと。

それはどうしてなのか?なぜ存在するのか?何のために存在するのか?

そういう疑問に対して思索を深めるには、もってこいの本だと思います。

   

   

  

 


★2014年1月31日追記

「神との対話」に特化したサイトを作りました。こちらもぜひご覧くださいね。

 → 「「神との対話」を人生に活かす」 
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 15:05 | Comment(4) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わたしも神との対話に出逢い、15年以上経ちます。筆者と同様、神との対話シリーズを三回以上どころか10往復も読んできたと思います。あまりに読破し過ぎて、三回くらい買い替えています。わたしは男ですが、生きるにはとても不器用で困っていた矢先、荒川区西日暮里の本屋で店頭に並べられていた(神との対話)に目が止まり、二十歳のときに買いました。あれから15年。わたしは35歳になりましたが、未だに神との対話のミニ本を持ち歩き、特に海外に行く時などは必携品になっています。私も筆者と同様、神との対話を全面的に信じる必要性はないと思います。ただ、自分が決断に困っている時、人智を超越した真実みたいな智恵がこの社会に君臨していることは確かだと思います。それが神との対話に書かれていることだと思います。しかし、この本は自分に戻してくれる為の本でもあり、自分を裏切ることもしていけない、それも事実だと思います。困った時、どうしても困ったとき、慎ましいことを楽しく感じるように務めることも必要だと思います。人生をどんどん楽しみなさい!それでもアナタが楽しみは要らないなら、アナタはこの世に生を受けた意味を理解していない。神との対話の(一節)にもあるように、楽しむことも大事。
Posted by たいら at 2013年08月13日 14:39
> たいらさん

コメントをありがとうございます。
同好の方がいらして、嬉しいです。(*^_^*)

「神との対話」を読んで覚醒された人は、きっとたくさんいらっしゃるだろうと思います。
そういう人たちが、まず自分が変わることで、世の中を変えていく力になれたらいいですね。

今後ともどうぞ、よろしくお願いします。
Posted by 赤木 (幸せ実践塾塾長) at 2013年08月13日 16:44
是非ともお聞きしたいことがあります。
神との対話を深く読んで憑依(黒い影です)が起きている知人が数名います。
一体、何が起きているのでしょうか?

Posted by 太陽 at 2015年07月26日 05:46
太陽さん、はじめまして。
コメントをありがとうございます。

「神との対話を深く読んで憑依(黒い影です)が起きている」と断言される根拠は何でしょうか?

この質問ですでにおわかりだと思いますが、それは太陽さんの思い込みではないか、ということです。
憑依というのは、自分の身体を他の魂に使わせることですが、たとえば著者のニールも自動書記という形で「神との対話」を書きましたが、これも憑依ですよね? バシャールもそうです。
そういった現象が起きるには、必ず自分(精神か魂)の承認が必要だと、「神との対話」でも言っているし、バシャールもそう言います。

そうであれば、それは心配することではないとわかるはずです。
「神との対話」やバシャールなどがくり返し言っているのは、「安心していること」です。
何かが起こるには理由があり、そしてそれは必ず自分にとって役立つことだからです。
Posted by 赤木 (幸せ実践塾塾長) at 2015年07月27日 10:03
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