2012年05月19日

妹をいじめました

妹は、私とは3つ違い。

生まれたときは可愛くて、2歳くらいの頃は私と姉とで挟んで、川の字になって寝たものです。


そんなかわいかった妹を、私はいじめました。

「お前はお父さんとお母さんの子じゃない。橋の下で拾われてきたんだ。」

そう言って、いじめました。


小学校に通うときは親の命令で、妹と手をつないで登校しなければなりませんでした。

しかし私は、妹と手をつなぐことが嫌で嫌でたまりません。

見送る親の姿が見えなくなると、私は妹の手を離し、「勝手に行け」と突き放したのです。

なんというひどい兄ではありませんか。

私は、そういうことをしたのです。


妹と2人きりで、同じ部屋の空気を吸うのも嫌でした。

他に母親とか姉がいてくれるなら良いのですが、その人がトイレなどに行って妹と2人きりになると、急に落ち着かなくなるのです。

たまりかねて、私も部屋を出ることもありました。

でもそうすると今度は、悔しくてたまらないのです。

「なんでオレが出て行かなければいけないんだ!?」

その悔しさは、さらに妹への恨みになって、憎しみの強さを増すことになったのです。



私がどうしてそんなに妹を嫌ったのか、それには理由があります。

両親が共働きの我が家では、母親はとても大きな負担を負っていました。

保母の仕事、食事の支度、後片付け。それだけで1日が終わってしまうほどです。

仕事から帰ってきた母親に、私は学校のこととか話したかった。甘えたかったのです。

でも母親は、「ちょっと待って。後でね。」と言って、すぐに食事の支度に取り掛かります。

食事中は、「話をするな」というのが父親の方針。さっさと食事を終えて、母に甘えようとすると、また拒否されます。今度は後片付けがあるからです。

後片付けが終わっても、今度はTVを見ていて、「少し休ませてよ」と言われる始末。でも私は、母が大変なのだということをわかっていました。だから我慢したのです。


姉と私は、母親に甘えたくても甘えてはいけないのだと、自らを律してきたのです。

ところが妹は違いました。天真爛漫に甘え、また母親もそれを受け入れました。

おそらく、私たちのときと事情が違っていて、少し楽になっていたのだと思います。

でも、子どもの私には、そんな事情はわかりません。


私たちは、いや私は、ずっと我慢してきた。それなのに妹は...。

この強烈な思いが、妹への恨みとなって現れたのです。



ここで、頭の良い方なら気が付かれるかもしれません。

ちょっとおかしい。だって、ひいきしたのは母親だから、恨みは母親に向かうのでは?

理屈はそうですが、感情はそうはならないのです。

母親の愛情は、欲しくて欲しくてたまらないのです。でも、それが得られない。

その原因を、妹がいるからだと考えてしまうからなのです。もし妹がいなくなれば、自分への愛情が増えるはず。

人というのは、そういう風に考えてしまうようです。


心理学的にはこれを、カイン・コンプレックスと呼びます。

もちろん、後で知ったことです。


たしか「スケボーに乗った天使」というタイトルだったと思いますが、映画がありました。

その映画を見て、私は妹に対してどんな仕打ちをしてきたのかを思い知らされ、自らを深く反省したのです。

そして、そうせざるを得なかった自分の気持も、はっきりと理解したのです。

長くなりますが、そのあらすじを書きましょう。


主人公のケニーは、下半身がない状態ながら、スケボーに乗って元気に遊びます。

その姿をドキュメンタリーにしようとしてTV局のクルーが来るのですが、実はそれまで家族関係に微妙な亀裂があったのです。

TVに出るということで、家族が集まり、仲の良い家族を演じます。

しかし、撮影が終わると、またバラバラに。姉もまた、1人暮らしのアパートに戻っていくのです。

ケニーは、お姉さんが大好きでした。「お姉さんも、一緒に暮らしたらいいのに。」でも姉は、ケニーの言うことを聞いてくれません。

姉が出ていった後、ケニーはスケボーに乗り、姉の後を追いかけます。たった1人の大冒険です。

そして、やっと姉のアパートに着き、姉に会いに行きました。

「きっとお姉さんも喜んで迎え入れてくれるに違いない。」ケニーはそう考えたのですが、残念ながら彼の願望は、虚しく打ち砕かれることになりました。

姉は、ケニーに冷たく言います。「私は、あなたが嫌いなの。だからあなたとは一緒に暮らしたくない。」

ケニーは驚いて言います。「どうして?ぼくはお姉さんのことが好きなのに。」

姉はついに、怒りをぶつけるようにケニーに言いました。


「私がまだ子どもの頃、あなたが生まれた。初めての弟で、私も嬉しかった。でも、あなたはそんな身体だったのよ。」

「だから、お母さんもお父さんも、あなたのことが心配で、何かと言えばあなたのことばかり。私が何か話そうとしても、いつも後でと言われたのよ。」

「あの家に私の居場所なんてないの。それを奪ったのは、あなたなのよ。私だって、本当はお父さんやお母さんから愛されたかったんだから。あなたには、わからないでしょう。」

「あなたさえいなければ、あなたさえいなければ、私は両親から愛されて、幸せになれたのよ。だから、あなたなんか大嫌い。出て行って!」

姉に拒絶され、打ちひしがれたケニーは、とぼとぼとアパートを後にします。

しかし、しばらくしてお姉さんは、自分がしてしまった過ちに気が付きます。

「ケニーが意気消沈して、自殺でもしたらどうしよう。あー、私はなんてことをしてしまったのだろう。」

お姉さんは、必死になってケニーを探します。「お願い。どうか死なないで。そんなつもりじゃなかったの。大嫌いだなんてウソ。私は本当は、あなたのことが大好きなのよ。」

そして、やっとケニーを見つけ、お姉さんはケニーをしっかりと抱きしめたのでした。



この映画を見た時、私は涙が止まりませんでした。

今、こうしてそのあらすじを書こうとしただけで、もう涙が溢れてきます。



親の、特に母親の愛を奪い合い、兄弟で仲違いすること。その心理を、カイン・コンプレックスと呼びます。

聖書にある、カインとアベルの物語が、その名前の元になっています。

同じように供え物を捧げたのに、神は弟アベルのものだけを受け取り、兄カインのものを受け取らなかった。

カインはアベルを恨み、野に誘い出して弟を殺害した。人類史上、最初の殺人事件とも言われます。

神から愛されたかっただけ。愛されたいという願いがかなわなかったとき、他にその愛を受けた者がいると、その者に恨みの矛先が向かう。




その物語は、今もなお世界中で繰り返されています。

兄弟げんかによる殺人事件も、後を絶ちません。

また、浮気をしたご主人を恨むのではなく、その相手の女性をひどく恨むのも、このカイン・コンプレックスなのです。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 15:44 | Comment(2) | ├ 私の生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ん〜典型的毒親ですな。今、忙しいの後でね…って何時まで待てばええんだよ。きちんとしなさい!と要求しつつ早くしなさいだの子供に無理な事を要求するタイプ。飯食いながら喋るなたら言う輩に限っててめえ知識をひけらかすよにで4の5の屁理屈並べやがる。自分の価値観だけで世界が成立してるよなアホ。生徒をてめえの価値観で洗脳する学校の狂員のおっさんみたいなタイプ
Posted by 通行人0 at 2016年07月05日 03:28
通行人0さん、こんにちは。

コメントをありがとうございます。
この記事を読まれたことで、通行人0さんの何かに役立ちましたか?
もし、そうでしたら幸いです。

結局、出来事はすべて自分自身のために起こっています。
それに気づくことが幸せになる方法であり、私はその方法をお伝えしています。
Posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 2016年07月05日 12:00
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