これが絶対に正しいということではありませんが、私はこう思っています。
理系は覚えない、文系は覚える。
つまり、記憶を優先するかどうかの違いというわけです。
私は、自分で言うのも何ですが、完璧に理系人間です。
ともかく覚えることが苦手。したがって、歴史や地理といった科目は大嫌い。ついでに英語も。
一方で、数学や理科は好きでした。
理科というのは微妙な科目で、生物や地学は、むしろ文系科目のように思いました。
だって、記憶することがたくさんあるんですもの。
完全に理系科目と呼べるのは、物理です。特に力学。
力学の公式って、覚えてますか?
F=ma
当時の高校で習う力学では、この公式だけですべて解けてしまいます。
他にも公式はありますけど、この公式をt(時間)で微分だったか積分だったかすると、導き出せるのです。
同じようなことは、たしか中学校の数学の因数分解の公式にもありましたね。
使うのに便利なように何通りかの公式がありますが、覚えておかなくてはならないのは1つだけ。
私は、なるべく覚えるものを少なくすることに情熱を燃やしていました。
覚えるものが多ければ、テストの時に忘れていたらオシマイです。
でも覚えるものが少なければ、忘れる可能性が減るので、テストの時間内で勝負できます。
記憶力にまったく自信がなかった私は、そうやって覚えることを減らし、理屈で組み上げていく方法を選んだのです。
まあ選んだと言うと偉そうですが、そうせざるを得なかったということでしょうか。
もともと、「なぜそうなのか?」という理屈を知ることが大好きな子どもでした。
「なぜ?」「どうして?」が口癖だったため、周りの大人達は閉口したようです。
今ならわかりますが、明快に説明できないことはたくさんありますからね。
でも、そういう性格の良い点もあります。
自分の理屈が間違っているとわかったら、一瞬にして考え方を改めることができます。
たとえば何かの情報で肉食が良いと思っていても、その理由が理論的に間違いであることが証明された途端に、その価値観を捨てることができるのです。
つまり、特定の価値観にしがみつくことがない、ということです。
どれだけ思い入れがあろうと、関係ありません。間違いは間違いとして、さっと切り替えます。
特定の価値観にしがみつかずに済むということは、意外とできないことですよ。
どうしてもある価値観を抱いてきた自分を擁護したいものですから、その価値観を捨てられないのです。
そのため、道を誤るということもあります。
「幸せの公式」というのも、私が論理的に様々な検証を行い、これは信じるに足ると思ったものです。
誰かには有効だけれど他の誰かには有効ではないとか、有効かどうかを決める要因が何だかわからないなどという、曖昧なものではないのです。
AならばBというように、理屈で説明できるものです。
だから、これを皆さんにも知ってほしいと思ったのです。
ただ、これが絶対的に正しいなどと、価値観を押し付けるつもりはありません。
そうすることは、すでに「幸せの公式」に反していますから。
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