2021年11月04日

ネットショッピングでリピ買いしている物したい物

私は、よくネットで商品を購入しています。
Amazonや楽天市場がメインですが、私はどちらかというと楽天市場をメインに使っています。

書籍は、楽天ブックスにあるならそれを買いますが、ないことも多いです。そういう場合は、Amazonで購入します。
ただし、電子書籍はKindleしか使ってないので、Amazonで購入します。


ネットで商品を買うことに抵抗感がある人も多いかと思います。
それは、届くまでどんな商品なのか、見て触って確かめることができないからでしょうね。
私はもう慣れたので、レビューを見たりして思い切りよく買います。

もちろん、それによって「失敗した〜!」と思うものもありますが、慣れてくると大きな失敗はあまりありませんね。
服や靴もネットで買いますが、サイズ間違いという失敗もそれほど多くはありません。


そんな、ネットショッピングフリークの私が、これは買って良かったと思い、私自身がリピ買いしている商品、絶対にリピしたいと思っている商品だけを、ここではオススメとして紹介したいと思います。
※これは楽天市場のアフィリエイトです。アフィリが嫌な方は、商品リンクをクリックせずに、商品名などでご自分で検索してくださいね。




この生姜パウダーは、手足が冷たい冷え性の私の救世主とも言えるものです。
タイで暮らしていた時は、そもそも気温が高いので気にならなかったのですが、長野の山奥へ引っ越してきて、この寒さに参っていました。
ホットカーペットを使っても、足元がスースーして冷えるのです。なので、布団を腰から下に巻いてソファに座っていましたよ。

それが、この生姜パウダーを1さじ、焼酎お湯割りに入れて飲むようになってから、ホットカーペットを使わなくても足裏が火照るくらいになりました。
これはいいなぁ。そう実感しつつ、生姜入り焼酎お湯割りを飲んでいます。




これは、私のふるさと、島根県の名産品「しじみ」です。
何がすごいって、これ真空パックにしているだけで常温保存できるんですよ。びっくりでしょ?

しかも、これがけっこういい出汁が出て美味しいんです。
私の故郷自慢として同僚に配ったりしましたが、とても好評でした。

しじみは、稚貝の提供も含めるとほぼ9割が島根県の宍道湖産だと言われています。
ぜひ、食べてみてほしいなぁ。




その宍道湖の「しじみ」を、もっと手軽に食べられるようにしたのがこの商品です。これも好評でした。

だって、自炊しない人もいるでしょ。味噌汁を作る人なら、前の商品が良いと思います。
でもそういう料理をしない人でも、1杯分の味噌汁を作れる商品を利用する人は多いじゃありませんか。
そういう中に、しじみの味噌汁もありますが、いかんせんしじみが少なすぎます。(涙)

この商品は、貝殻も付いた本格的なしじみの味噌汁が1杯分作れるという優れもの。
もちろん、お湯を注ぐだけの手軽なものです。




これは私がやっている「趣味のトイレ掃除」の必需品であり、秘密兵器なのです。
これを買ってから、もうこれなしではやってられないほど。だって、頑固な尿石汚れだってサクサクと落とせるのですから。

私は、今いる施設のトイレをいくつも掃除しているので、この10本まとめ買いを利用しています。もう3回買ったでしょうか。
しかし、家庭にある1つのトイレだけを掃除するのであれば、他に1本だけ売ってるページもありますから、そちらをご利用ください。


送料がもったいないと感じるかもしれませんが、私は買って損はないと思っています。実際、私も、最初はその1本だけを買って試してみましたからね。


[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

コニシ 衛生陶器用パッド こすってクリーン 10枚入
価格:2670円(税込、送料別) (2021/11/4時点)



これも、私の「趣味のトイレ掃除」に欠かせない商品です。
通常のスポンジではなかなか落とせない汚れを、簡単に落とすことができます。

これ、スポンジの両面に布ヤスリが貼ってあるような商品です。
この布ヤスリの目の粗さが、実にちょうど良いと感じています。

こういうスポンジヤスリは、他にもいくつか商品があります。
しかし、目の粗さを番手で示してあるものの、実際の使い勝手がよくわかりません。
もちろん、それらをいくつか購入して試してみてもいいのですが、私は先ほどの軽石と合わせて使うには、このくらいの細かさがちょうど良いと感じています。しかも両面使えますからね。

これも、私はいくつもの便器を掃除するので10枚セットで購入していますが、1枚とか2枚でも売られています。
でも、これは通常の掃除でも使えるものなので、家庭用であっても、10枚セットを買って損はないかと思いますよ。

なお、先ほどの軽石とこのスポンジヤスリですが、便器だけでなく陶器の洗面台にも使えますよ。
ステンレスのシンクなどに使うのはやめた方がよいと思いますが、陶器であれば他にも使えると思います。
ぜひ、大掃除前に用意されることをお勧めします!



私がタイでよく飲んでいたビールがこれです。
LEOと書いてリオーと読みます。後ろのオーが上がる抑揚ですね。そう発音するとタイ人ぽくなりますよ。(笑)
タイでは、この小瓶サイズは100円程度で売られていますが、さすがに日本で買うと高く付きますね。

これまではチャーンビールがダントツの出荷量第1位でしたが、ビール会社のシンハーがこのLEOを格安ビールとして投入して、ついに出荷量第1位の座を奪い取りました。
当初は「セクシーリオー」というキャッチフレーズで、セクシーな女性を前面に出したプロモーションでした。その過激さで話題になりましたね。
今はさすがにおとなしくなって、ふつうに売られています。

スッキリしていてクセがなく、飲みやすいビールです。
日本の基準で言うと発泡酒になるのかもしれませんね。
タイではウイスキーでも米由来のアルコールなどを混ぜることがよくありますが、これもそういう技法を使っているのかもしれません。

日本にいても、時々なつかしくて飲みたくなるビール。それがLEO(リオー)なのです。
と言うことで、今夜はビア・リオーで乾杯かな。チョン・ゲーオ(かんぱい)!
 


日ごろ飲んでる焼酎お湯割り(夏は水割り)の必需品がこのリンゴ酢です。
これは私の友人から紹介されて買ってみたのですが、なかなか良かったのでリピ買いしています。
私が使うものですから、この訳アリ品で十分です。それでも1本(1升)2000円くらいしますから、大事に飲みたいものですね。

私の飲み方ですが、水割りなら焼酎とリンゴ酢をカップで計って大きめのペットボトルに入れ、水を継ぎ足して水割りを作っておきます。
私は基本的に常温で飲むので、このままカップに注いで飲めばいいわけです。
今はすっごく薄めて飲むので、25%の焼酎を1合(180cc)、リンゴ酢を半合(90cc)、そこに水を加えて1升(1.8L)にする感じです。

お湯割りを作る時は、もっと適当です。
焼酎適量とリンゴ酢数滴をマグカップに入れ、お湯を継ぎ足して作ります。
このリンゴ酢、数滴でも十分に味と香りが楽しめるんです。


次は、酒のつまみです。健康的なつまみ(肴)としては、豆腐とかチーズとか、あるいはもろきゅうやコンニャク田楽、シンプルに枝豆なんてのもありますが、私はミックスナッツをお勧めしたいです。特に、アーモンドとクルミが入った3種以上のミックスナッツがお勧めです。

カロリーが高いということはありますが、ダイエットは別のところで考えればいいんじゃないかと。それ以上に、普段の食事ではなかなか得られない栄養素が得られるという点で、ミックスナッツがお勧めです。
その中でも、私が買ってリピしているのがこれです。



850gも入って1,480円(税込、送料無料)ですからね。コストパフォーマンスも最高かと思います。
そして、豆の質がいいんです。欠けや崩れがほとんどありません。なので、お客様が来られた時に出すおつまみとしても重宝するかと思います。


コストパフォーマンスだけを言えば、こっちのミックスナッツもお勧めです。



こちらは1,228円(税込、送料無料)ですからね。同じく850gです。
ただ、欠けや崩れがけっこうあります。袋の中が粉っぽく濁っていることからもわかると思います。

しかし、豆の栄養的な質がどうなのかまではわかりません。わかるのは見た目だけです。
あとは、先ほど紹介したものよりアーモンドが多めでクルミが少ないように感じます。

同じミックスナッツでも、豆の割合や豆の質など、いろいろ違いがあると思います。
なので、単なる値段比較ではなく、そういうところまで見極めてから、書い続けるかどうかを判断されれば良いかと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いかがでしょうか。
もし気に入ったものがあれば、ぜひお試しくださいね。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 19:58 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月07日

道路を渡れない老人たち



最近は老人介護、看取り、認知症というキーワードに関連するような本をよく読んでいます。
この本も、何かで紹介してあったものか、それともタイトルでピンときたのか忘れましたが、老人介護に関わる問題を指摘しているものです。

著者は神戸利文(かんべ・としふみ)さんと、上村理絵(かみむら・りえ)さんです。リハビリ専門のデイサービス「リタポンテ」を経営する神戸さんは、お父様がパーキンソン病を患ったことを機に介護の世界に飛び込まれ、自分が理想とする介護施設がないということで、そういう施設を作ってこられたようです。

上村さんは理学療法士ですが、リハビリの専門家と言えばわかりやすいでしょうか。病院や介護施設などでリハビリを担当するのが理学療法士などです。
神戸さんは、リハビリが軽視されていることが介護の問題点だということを指摘されたいようです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

東京に住んでいるのに、
買い物難民になっている老人がいる。
」(p.3)

もちろん、スーパーやコンビニはたくさんあります。
お店がないということではないのです。
」(p.3)

答えは「青信号の間に、
横断歩道を渡りきれないから」でした。

青信号の多くは、1mを1秒で歩ける人に合わせているといいます。
これでほとんどの人は道路を渡り切ることができるはずです。
でも、実はこの速度で歩けない人が
300万人以上いるといわれています。
」(p.4)

これがタイトルにある「道路を渡れない老人たち」ということですね。
たしかに老人介護施設では、そんなにスタスタ歩けないお年寄りが多数います。

ただこの本は、道路を渡れないから信号の長さを長くせよ、と訴えるものではありません。
むしろ、道路が渡れるくらいにスタスタ歩ける人を増やそうという視点で書かれています。


身体を動かさなくなるので、
どんどん身体機能が衰えていき、
家族の支援が必要になり、
買い物などを誰かに代行してもらわなくてはならなくなる。
するとさらに、身体を動かさなくなり、
寝たきりになる確率がぐっと上がります。
」(p.6)

また、筋肉の衰えは1ヵ所だけで起きるものではありません。
たとえば、握力が衰えているとき、
同時に脚も衰えていることが多いのです。
」(p.10)

大切なのは、できていたことができにくくなっているということに
なるべく早く気が付き、必要であれば、
適切な介護や医療の制度を使って、
正しい介護や医療を受けることです。残念ながら、
家族や本人に負担をかけないことばかりを考え、適切なときに
歩行などのリハビリを組み入れず、身体が弱るのを年だから仕方ないといってあきらめる。
そんな間違った介護をしてしまっているケースが多く見受けられるのです。
」(p.11)

他人に迷惑をできるだけかけず、
身の回りのことを自分でできて、買い物に行ったり、
友達と外出したり、好きなものを食べたり。
これまで長い間家族で歩んできた当たり前の幸せを、
本人も家族もあきらめることなく「護る」ために、
専門職が「介入」すること。それこそが介護だと私は思います。
」(p.12)

このように、正しくリハビリを受ければ身体機能を衰えさせずに済み、横断歩道を渡って買物さえ行けるのに、そうさせていない介護があるという指摘なのですね。


本書では、今の日本の介護の現状にも触れています。
 姥捨山のような、寝たきりを前提にしている日本の介護の現状を知ってください。
 人任せではいけない。自分で動かなくてはならないという覚悟が芽生えるはずです。
 そして、その現状の中でどうすればいいのか。さまざまな正しいサポートを受けるための情報を集め、知識をつけてください。
」(p.28)

現状の問題点を知った上で、自らそれに対処しようという気持ちが重要なのです。他人任せにしていては、この介護の現状を変えることはできない、ということですね。


道路を渡れない老人が増えていることには、2つの大きな問題があると指摘しています。

1つは、身体能力が弱っていても支援を受けていないということ。
 もう1つは、医師や介護の専門職による情報提供不足や介護に関する社会的インフラが整っていないなどの理由から、介護による支援を受けていても、支援のやり方などが間違っていて、結局、身体機能の改善が見られず、外出もできないまま、徐々に歩けなくなっていくということです。
」(p.36)

これは、介護保険制度などが申請しなければ受けられないということと、サポートする専門家も縦割りだったりして、的確な支援に結びついていないという指摘のようです。


だからこそ、介護の支援で、身体機能の維持は第一に考えてほしいのです。
 そのためには、2つ重要なことがあります。
 1つは過剰介護しないことです。
 特に身体を動かす機会が減り、身体が衰えやすい高齢者にとって、箸やスプーンを使って食事をすること、外を歩くこと、トイレをすること、すべての日常動作は、筋力の維持に大切なものなのです。
 ですから、家族は「できない」から「手を出す」、「時間がかかる」から「やってしまう」ではなく、できるだけ本人がするという方向で考えてほしいのです。
」(p.66)

そして、もう1つは、リハビリ・積極的な機能訓練を行うことです。」(p.67)

転倒のリスクがあるから歩かせないのではなく、どうしたら転倒のリスクを回避できるかを考えるようにと言います。

たしかにそうなのですが、言うは易く行うは難し、という気もします。家族だけでなく施設もそうですが、決められた時間があります。延々と食事をさせておくことはできないのです。
もちろん、介護士が専任でつきっきりなら可能でしょうけど、そのための費用はどうするのでしょうか。この問題は、私は他の本でも指摘しています。

また、責任の問題もあります。施設で転倒させたら、家族から訴えられる可能性もあります。そのリスクは、いったい誰が負うべきなのでしょうか?


リハビリの本来の意味・目的は、「全人間的復権」、言い換えれば「人間らしく生きる権利の回復」です。
 つまり、身体の機能に限らず、その人の生活や心の有り様などまで回復し、それらをさらに維持していくことが、リハビリの目的といえます。
」(p.81)

その人の人生に直結するほどリハビリが重要だということです。それくらいの効果があり、もっと重視されるべきだという思いもあるのでしょうね。


急性期・「回復期で集中的にリハビリを受けてきたが、住んでいる場所に戻ってしまえば、多くの場合、その状態を維持し続けられないという現状があります。
 そこで必要となるのが、3番目の段階の「生活期のリハビリ」です。
」(p.85)

急性期や回復期では、充分なリハビリが病院で受けられると言います。これについては私はよく知らないので、そうなのかなぁと思うだけです。

一方で、退院後は充分にリハビリを受けられず、機能が衰えていくままになってしまう。そこが問題だという指摘です。


これらの3つのリハビリテーション専門職は、法律上は診療補助と位置づけられています。
 言い換えれば、あくまでも、医師の指導の下で、サービスを提供しなければならないということです。

 実は、ここに大きな問題があります。
 なぜなら、リハビリテーション専門職が求められているのは、医療の現場ばかりではないからです。
」(p.96)

医師よりもリハビリに詳しい、国家資格を持つリハビリテーション専門職が常駐していても、医師が常駐していなければ、そこで行われることはリハビリではなく、介護保険上「機能訓練」とみなされます。」(p.98)

3つのリハビリテーション専門職とは、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)のことです。PTは病気や怪我で失った運動機能を、OTは不自由になった生活に関わる作業を、STは主に言語障害や嚥下障害を担当します。
それらの専門職が、リハビリのことをあまり知らない医師の指導下でしか活動できない規則に問題があるという指摘です。


患者・利用者や介護保険事業者の側からすれば、医療と介護の現場が連携するのはごく自然であり、メリットが大きいと感じられるのに、医療の側では特にその必要性を認めていない、前時代的な医師がいるということです。
 地域包括ケアシステムへの医師の関与の低さも、それを示しています。
」(p.108)

難関を突破して得られる医師の資格を得た人の中には、他の専門職を見下したりする人もいるでしょうし、そのために効果的な連携ができていないという現実もあるのでしょう。


医師でさえ、
「次、転倒したら、終わりだよ」
 などと、患者さんに平気で言うことがあるのです。
」(p.115)

介護・医療する側にとって都合のよい「寝かせきり」。転倒リスクの回避と過剰介護(看護)こそが、寝たきりが減らない最大の原因なのです。」(p.117)

たしかに、こういうことがありますね。このことは、北欧などの取り組みと異なるとして、他でも指摘されています。実際、動かなければ動けなくなる。当たり前のことです。
そして、この問題の根底にはゼロリスクを求める日本人の気質が関係してくるのではないでしょうか。誰も責任を取りたくない。医師だけではなく、本人もがそうなのです。

本書では、あまり本人の責任には言及していません。しかし、どう考えても一番の問題は、本人が自分の人生に責任を取ろうとしていない点にあると思います。
そういう責任を取る人が増えてくれば、医療や介護の現場も変わってくるのではないかと思います。

日中であろうと、夜間であろうと、人手が足りなければ、看護職員・介護職員が入所者をベッドから起こしたり、部屋から連れ出したりする余裕はありません。
 余裕がないからこそ、徹底的にリスクを避け、結果的に入所(院)者を「寝かせきり」にしておくという選択をせざるをえないのだともいえるでしょう。
」(p.120)

私が働く施設でも、なるべく動かせてあげるように、とは言います。しかし、なかなかできません。時間がかかるし、それに見合う充分な人員が配置されていないからです。
本書では、だからこそリハビリをしっかりするという意識をそれぞれが持つことが大切だと言うのですが、「それぞれ」とは誰でしょうか?
本書を読む限り、そのメインが医師であったり、ケアマネであったりと、医療・介護の責任ある立場を考えているようです。しかし、本当に重要なのは、本人がその意識を持つことでしょう。

仮に寝たままであっても、足を上げる、腹筋運動をするなど、動かすことは可能です。なぜやらないのですか? 自分の人生がかかっていると言うのに。
それをやらないでおいて、寝かせきりにする施設が悪いと責任転嫁をするなら、何も解決しないと思います。その点が、この本を読んでいてチグハグさを感じる部分です。

理学療法士よりも安い給料の介護士が不足しているのです。なり手が少ないという問題もありますが、人を増やしても施設の経営が成り立たないのです。それだけ、全体の売上が少ない。介護保険から得られるお金が少ないのです。
介護士でさえ充分に配置できるお金がないのに、理学療法士を増やしてリハビリを充実させるなんてことが可能でしょうか。
理想は、充分なリハビリを理学療法士のもとで行うことかもしれませんが、そう簡単にはできない現実があります。それを一部の誰かのせいだと考えていては、なかなか解決できないのではないかと思うのです。


みなさん、歩きはじめが痛いから、動かすのをやめようとするのですが、動かなくなると太ももの筋力がなくなり、より関節を痛めやすくなります。そこで、痛くならないような、太ももの筋肉のトレーニングが必要になるのです。
 まずは、リハビリの専門職の意見を聞いて、痛みと付き合いながら身体を動かしていくことが必要なのです。
」(p.146)

本書では、様々な規制でリハビリをあまり受けられないことを問題としていますが、そもそもそんなに時間が必要とは思いません。ここで言われているように、どういう運動をすればいいかという指導を受けるだけでもいいはずです。
あとは、本人がそれをやることです。1時間指導を受け、毎日3時間、1ヶ月継続したらどうですか。リハビリを受けたのは1時間ですが、実際にリハビリを行うのはその100倍にもなるではありませんか。

急性期は安静にしても、慢性期は積極的に動かすべきだ。このことは、「人生を変える幸せの腰痛学校」でも言われていました。動かさなければ、動けなくなるのです。


日常の中で身体をきちんと使えるようにするのが、リハビリの最大の役割です。
 たとえば、「人の手を借りずに、自分でトイレに行きたい」という目的を叶えるためには、必ずしも完全な形で歩けるようになる必要はありません。
 その人が自宅のトイレを利用するためにはどんな動きが求められるのかを考え、その動きを再現して何度も繰り返すようにします。
」(p.159)

スタスタと歩ければ良いでしょうけど、買い物をすることが目的なら、必ずしもそうでなくてもよい、ということですね。残存機能を最大限に活用して、目的が達成できればいいのです。
そういう意味で言えば、必ずしも歩けなくてもいいはずです。車椅子でも、必要な移乗ができるなら、行動範囲はぐんと広がりますから。


確かに、介護を受ける人がそれさえなければ動けるような障がい物は、家の中から取り除くべきです。
 しかし、いくらか努力することで使える家具や住宅内の構造に関しては、身体の機能を衰えさせないためにも、「バリアフリー」ではなく、「バリア有りー」。それをあえて残しておくという選択もあります。
」(p.194-195)

便利になれば、身体の機能は低下します。布団なら毎日床から立ち上がる機能を鍛えることになりますが、ベッドだとその機能は衰えるのです。
けれども、じゃあ今から和式トイレに戻しますか? 一時期、洋式トイレが広まったころ、和式で用を足せなくなった子どもの問題を指摘する声がありました。
正解がどれかは何とも言えません。それぞれの判断基準があるでしょう。だからこそ、無意識に選択するとか、他人のせいにするのではなく、自分が意識的に考えて選択することが重要だと思います。


本書で指摘しているように、リハビリが重視されていないという問題はあるでしょう。また他にも、医療の問題、介護の問題もあるでしょう。
そういう指摘は指摘として、私たちは考えていかなければならないと思います。

しかし、その問題を一部の人や機関のせいだと責任を押し付けて責めるだけでは、何も変わらないと思います。
それよりも、まずは現実がどうなのかを知ることです。そして、当人が自分にとって重要なのことは何なのかということを考えることです。
制度的に、すぐに解決できないことは多々あるでしょう。しかし、そういう現実の中でも、自分がやれることもまた多々あると思います。

そういうようなことを、この本を読むことで考えさせていただきました。必ずしも主張のすべてに賛同ではありませんが、私とは異なる視点を示していただけたことは、ありがたいと思っています。

book20211108.jpg
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:06 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月10日

ゴミ人間 日本中から笑われた夢がある



SNSを見ていて、私が住んでいる諏訪の青年会議所が西野亮廣(にしの・あきひろ)さんのオンライン講演を企画していることを知りました。
西野さんと言えば、私にとっては「えんとつ町のプペル」という絵本です。お笑い芸人としての活躍はまったく知らないのですが、歯に衣着せぬ言いようでネット上で叩かれていたことは知っていました。

ちょうど講演日時が都合よく、その西野さんの講演が聞けるというので、すぐに申し込みました。そして聞いてみると、さすがに西野さんは着眼点が素晴らしいし、いいことを言うなぁと思いました。
そして、その講演の最後に宣伝されてたご著書を、素晴らしい講演を無料で聞かせていただいたお礼にと、購入することにしたのです。それが本書になります。
なお、西野さんの本としては、ホリエモンさんと共著になる「バカとつき合うな」も読んでいます。こちらも素晴らしい内容でした。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

「えんとつ町」は、夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる現代社会。
 ファンタジーなどではありません。
 それら全ては僕らの身の周りで実際に起きていることで、きっと今この瞬間も、どこかで殺されている夢があります。
 ご多分に漏れず僕にも、日本中から何年間も攻撃され続けた時代がありました。
」(p.13)

忘れもしません。
 フジテレビの『FNS27時間テレビ』での出来事です。
「ひな壇番組」の出演を断ったキングコング西野を、その現場にいないキングコング西野を、番組出演者をはじめ、番組スタッフ全員が、電波に乗せて「なじった」ことがありました。
」(p.14)

それは、「笑い」と呼ぶにはあまりにも陰湿で、少なくとも僕が子供の頃に憧れた芸人の姿ではありませんでした。
 僕がどう生きようが、何に挑戦しようが、僕の勝手じゃないか。
 しかし、当時のテレビ芸人はそれを許しません。
 公共の電波でそんなことをやるもんですから、多くの国民が扇動され、いつからか僕は「皆が殴ってもいい人間」になりました。
 自分の意思に従って生きたら、このザマです。
」(p.15)

これが、本のタイトルにも関わってくる出来事であり、絵本「えんとつ町のプペル」のテーマでもあったのですね。

しかし西野さんは、恨み節を発散させたいわけではありません。その強烈な出来事によって鍛えられ、いっそうたくましくなった。それこそが、この本のテーマなのです。


西野さんの夢は、単にお笑い芸人として有名になることではありませんでした。エンタメで世界を取る、ディズニーを超える、という明確な夢がありました。だから、ひな壇に座ってはダメなのだと決めたのです。

大切なのは、「どこで結果を出すか?」と問い続けることで、「一番」を目指すのならば、競争に参加するのではなく、競争を作る側(ハード)にならなければなりません。
 そう思い、テレビの世界から足を洗うことに決めました。
」(p.20)

ゲームのソフト業界で競争して一番になっても、一番良く売れるのはそれを搭載できるゲーム機(ハード)です。ゲーム機を含めた「TVゲーム」の世界を作った人が、絶対的に一番になる。
だから西野さんは、テレビが作り上げたエンタメの世界で一番を取っても、本当の一番にはなれないと見抜かれたのです。

昔から僕は、「目的を達成する為に何をするべきか?」を考えるのではなく、「何をしたら確実に目的が達成できないか?」とリストアップするようにしています。」(p.21)

どの努力が報われるかどうかは運によるものがあるものの、報われないとわかっている努力をやめれば、より報われるかもしれない努力に的を絞れるという考えですね。だから、テレビから足を洗う、ということを真っ先に決めたのです。


西野さんが絵本を描くようになったきっかけは、タモリさんから「お前は絵を描け」と言われたからだそうです。タモリさんはそれ以上の説明をされず、西野さんも問わなかったそうです。ただ、タモリさんがそう言うのだから、きっとそういうものが自分の中に見えるのだろう、と信じたのです。

翌朝から、さっそく絵本制作をスタートさせました。
 とはいえ、これまで「絵」なんてまともに描いたことがありません。
 このとき、僕の中で「信じていたこと」と「決めていたこと」がそれぞれ一つずつありました。

 信じていたことは、「タモリさんが始めさせたのだから、僕は絵を描けるようになる」ということ。
 決めていたことは、「絵本作家に用意されている競争に参加しない」ということ。
 用意された競争に参加した時点で負けが決定してしまいます。
」(p.25-26)

ある意味で信仰とも言えますが、直観に従う生き方とも言えますね。何ら根拠もなく、「できる」と信じるのですから。
そして、非常に理性的な戦略です。これまでの絵本作家と同じことをするなら、一日の長がある彼らに勝つのは至難です。そして、それでは絵本の世界で勝者にはなれません。

「専業家」には時間の自由がなく、「複業家」には時間の自由があります。
 場合によっては、複業家は、一つの作品を仕上げるまでに10年かけることだって可能です。
 僕は、この場所で花を咲かせることに決めました。
」(p.28)

絵本制作だけで生きている人は、次々と絵本を世に送り出さなければ生活できません。しかし西野さんには、まだテレビ番組での仕事もありました。なので、絵本制作に時間をかけることが可能だったのですね。
そこで、0.03ミリという細いボールペンを使って数年かけて絵本を描くという、誰もがなし得ない世界を切り開くことにしたのです。


「作るだけ作って、売ることは他人に任せています」というスタンスは、一見するとクリエイターのあるべき姿のようですが、実際のところは、「育児放棄」です。
 僕は周囲の目を気にして、保身の為に、「ヨゴレ役」から逃げてしまっていました。
」(p.43)

クリエイターが創った作品が我が子と同じなら、それをお客さんに届けなければその子どもは無駄死にしてしまう。そういう思いなのですね。
それにしても西野さんは、自分に対して厳しいなぁ。でも、そういう思いがあったからこそ、多くの人に感動を届けることができたのだろうと思います。

そしてこの本のテーマは、「えんとつ町のプペル」の販売戦略についてです。実に綿密に練られた戦略に基づいて、この作品は世に送り出されています。
そのことを、西野さんのどういう思い、または出来事から気づいたものなのかということまで、説明しているのが本書とも言えるのです。ただのエッセイではないのですね。


「ゴミ人間」は、皆が折り合いをつけて捨てた夢の集合体。
 そして「ゴミ人間」は、折り合いをつけて夢を捨てた人達の間違いを証明しようとしている。無自覚に。
 これは「脅し」に近い行為です。
 実は、先に攻撃を仕掛けているのは、「ゴミ人間」のほうで、これこそが挑戦者が皆から殴られる理由だと結論しました。
」(p.79)

被害者が実は加害者だった。無意識に、無邪気に、他人の隠しておきたい過去を暴いて見せている。だから叩かれるのだ、ということですね。
西野さんが自分の夢を護るためにひな壇に登らなかったことは、夢を捨てた人たちを否定すること、攻撃することでもあったのです。たしかに、そういう一面もあるかと思います。

絵本の前に映画のストーリーを考えていたという西野さんですが、映画のストーリーには、夢を護ろうとする人を殴ってしまう人の視点も描かれているのだそうです。人の弱さを切り捨てるのではなく、それをも汲み上げていく。そういう作品なんでしょうね。


たくさんたくさん考えて、「作品の売り上げで次の作品を作ってしまうと、まもなく商品を作る自分になる」という結論に至りました。」(p.83)

作品が売れないと次の作品が作れないという状況が、お客に媚びを売ることになる、と言うのですね。客のニーズを調べて、売れる作品を作ろうとすれば、それは「作品」ではなく「商品」なのです。

クリエイターであり続けたいと思った西野さんは、世間のニーズがどうかではなく、自分の思いだけで作品を作ることにしました。それを可能にするには、作品の売り上げ以外の収入源を持つこと。西野さんにとっては、それがテレビの仕事でした。
そしてその作品を、求めてもいなかった客にどうやって知らせて、買ってもらえるようにするかを考えたのです。それが、映画「えんとつ町のプペル」を作って売るために、絵本「えんとつ町のプペル」を作って売る、ということにつながるのです。


もともとは西野亮廣を応援していた人達が、気がつけば西野亮廣をハンドリングし始め、ついには「ハンドリングに従わない西野亮廣」を非難。
 これは、あらゆる表現者や、あらゆるサービス提供者が直面する問題ではないでしょうか?
」(p.101)

絵本「えんとつ町のプペル」を作る過程で、クラウドファンディングによって資金を集め、クラウドソーシングで多くの作業者を集めて分業するという前代未聞の方法を採用した西野さんに対して、これまでのファンからの批判非難が集まったそうです。
かつてのファンは、自分たちが勝手に思い描いた「西野亮廣」という姿を、西野さんに押し付けようとしたのですね。

僕らはお客さんを、「顧客」と「ファン」と「ファンだった人」と明確に区別する必要があります。

「顧客」というのはサービスを買ってくれる人で、
「ファン」というのはサービス提供者を応援してくれる人で、
「ファンだった人」というのはサービス提供者を私物化する人です。
」(p.102-103)

「ファンだった人」というのは本当の「ファン」ではないので、痛くても切り捨てなければならないのです。期待に応えていたらクリエイター生命が死んでしまいます。


クラウドファンディングの最大の魅力は、商品・サービスを世間にリリースする前から「結果的にお客さんになる作り手(共犯者)」が作れる点にあります。」(p.111)

こういう気付きが西野さんの素晴らしいところですね。これだけでは何のことだかさっぱりですが、西野さんがされた手法をたどれば明らかです。

どうやらお客さんは発信したがっている。しかも「お金を払ってまで」。
 理由は、まず間違いなくSNSでしょう。皆、「いいね」が欲しいし、「フォロワー数」を増やしたい。
 こうなってくると、「〇〇のイベントに行ってきました」というツイートよりも、「〇〇のイベントは私が作りました」というツイートが欲しくなってきます。
」(p.113)

お客さんは、エンターテイメントの単なる受信者では満足できなくなり、発信者になりたがっていると言うのですね。

時代は、プロが作ったものをお客さんにお出しする「レストラン型」から、お客さんが食べたいものをお客さんが作る「BBQ型」へとジワジワと移動し始めていました。」(p.113)

お客さんと一緒にイベントを作る。その権利を販売する。そうすればお客さんは、わざわざお金を払ってイベント制作を手伝ってくれ、さらに友人知人などを集めてきてくれるという集客までもやってくれます。


子供を「自分よりも能力が低い生き物」として見積もり、その結果、「この絵本は子供向けですか?」という言葉を使ってしまう。
 翻訳すると「私よりも能力が低いこの子でも理解できますか?」です。
」(p.130)

絵本作りに携わったことで気づいたことのようですが、こういう感性は本当に素晴らしいなぁと思います。
しかし、西野さんはこのことでさらに気づきを得ます。つまり、その作品の使用者は子どもだとしても、購入者は親(大人)だということです。
そういう理不尽な考え方をする大人に受け入れてもらえなければ、最終的な作品の提供先である子どもたちに届かないのです。

「子供向け」という言葉を捨て、自分達が作りたい絵本をフルスイングで作り、どうにか大人の壁を突破し、今現在、無視されてしまっている「あの頃の僕らのような子供達」に届ける……それが絵本制作を走らせた僕らの課題でした。」(p.132)

ただ作りたいという思いだけでは、その思いを届けることができない。届けることを重視すれば、そこに作りたいという思いが欠落してしまう。
西野さんは、届けることを考えて工夫することで、作りたいという思いを大事に守ろうとされたのです。なぜなら、その届けたい子どもたちとは、かつての夢を否定されてきた自分そのものだから。


まだ誰もやったことがない挑戦には痛みは付きもので、くわえて指針となるようなものがありません。
 来る日も来る日も手探りです。
 そんな中、身体を前に進めてくれるのは、胸の中の一番奥の部屋から響いてくる「それでも、やりたい」という声で、あとはその声に従うか否か。
」(p.158)

西野さんにとってのその声は、「エンタメで世界を獲りたい」であり、「ディズニーを超えたい」だったのだそうです。
話せば一笑に付されてしまうような夢。誰もが最初から不可能だと決めつけてしまうような夢。それを西野さんは、大事に護ろうとしたのです。


そんな中、僕がリーダーであるために心がけていることは次の2つ。

・全員の意見には耳を傾けて、最後は独裁する。
・正解を選ぶのではなく、選んだ道を正解にする。
」(p.181)

映画の制作やイベントにおいて、多くの人のリーダーという立場になった西野さんですが、リーダーは多数決をやってはいけないと言います。決めたのはみんなだと言って、責任を負わなくなるからです。
たとえ他の誰が反対しようと、みんなを護ると決めて独裁し、最終責任を負う覚悟をすること。その覚悟が重要なのです。
そもそも迷うことには正解がないのですから、正解を求めずに、選んだ道を正解だと信じて、正解だったと思える結果を残そうとすることです。


8年前にスタートして、日本中からたくさん殴られて、それでも負けずに筆を走らせ続けて、ようやく仲間ができて、ようやく回ってきた勝負のタイミングで、100年に一度のウイルスに襲われるなんて、あんまりじゃないですか。
 ただ、ここまで見事に運が悪いと、かえって悲観的にはならないようで、運が悪すぎたのが良かったのか、「この試練には何か意味があるんだろうな」と考える自分がいました。
」(p.222)

ピンチの後には感動がある。そう言ったのは福島正伸さんでしたね。
主人公が苦労しながら成長して、それでもまたどん底に突き落とされ、それでも諦めずにいたら助け舟が現れて成功に至る。こういう感動のストーリーの雛形があるそうですが、西野さんはまさにそれを地で行くような方でした。

負けるもんか。

 コロナ禍の制作を強いられた『映画 えんとつ町のプペル』のリーダーとして決めたことが二つあります。

 一つ目は、世界の誰よりも努力をすること。
 二つ目は、この先どんな問題が襲ってきても、1ミリも言い訳をせず、即座に対応すること。
」(p.225-226)

「コロナだから仕方がない」という言葉も封印したそうです。そういう言い訳をしてしまうと、最初から諦めたのと同じですから。
同じ時期に封切られるはずだったディズニー映画も、公開延期となった中、「えんとつ町のプペル」は予定通りに2020年12月25日公開となったのです。


どうすれば上手くいくのか。絶対的な正解があるわけではありません。また、それを解決する能力があると自信を持っていたわけでもありません。
ただ「やる」と決めて、その決意を揺るぎないものとして保持し続けること。問題の解決策は必ず見つかると信じて歩き続けること。もうダメだと思えても、最後の最後まで諦めないこと。そうやって完成したのが、映画「えんとつ町のプペル」だったのですね。
「決意する」「信じる」「諦めない」という、誰でもやろうとすればできること。それを忠実にやった結果なのです。

そういうことをまったく知りませんでした。たしかに映画化されるという話は、どこかで聞いたようにも思いますが、記憶にすら残っていません。
そういう私がまったく知らない間に、西野さんは努力を積み重ねて映画を成功されました。観客動員170万人、興行収入24億円を超える大ヒットを記録したそうです。

けれども西野さんの中では、挑戦はまだ終わっていないようです。今年もハロウィンに合わせて公開されたとか。知りませんでした。(汗)
これを、毎年恒例の公開にしていきたいという話も、ネットに載っていましたね。

実はこのエッセイも、映画の宣伝の一環なのだそうです。そう書かれていました。
そう考えると、忙しい中で諏訪青年会議所の講演を引き受けられたのも、そういう意味があったのかもしれませんね。

book20211111.jpg
 
タグ:西野亮廣
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 08:50 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月17日

認知症になってもひとりで暮らせる



これはおそらく、先日紹介した上野千鶴子さん「在宅ひとり死のススメ」の中で紹介されていた本だと思います。たくさんの本を紹介されていたので、そのうちの何冊かを買いました。

上野さんは、老後は一人暮らしが気ままで良いと勧めておられます。また、その一人暮らしでの在宅死も勧めておられます。そういう上野さんにとっても、認知症になって何が何だかわからない状態でも独りで暮らせるのか、という問題が頭にあったかと思います。私も、そういう疑問があります。
この本は、認知症でも1人在宅で暮らせるということを示す内容になっています。何がポイントになるのか。とても興味深く読みました。


ただ最初、どうもしっくり来ませんでした。社会福祉法人・共同福祉会というところの編集になっている本ですが、どうも自分のところの宣伝ではないか、と感じたのです。
自分のところがどういう取り組みをしているかという話や、介護保険の問題などが中心で、タイトルにある認知症の人が一人暮らしをするための方法についての言及がなかったからです。
また、唐突に生協の話が出てきて、何のことかわからずに混乱しました。あまり詳しくは説明されてませんが、どうやら生協が行っている老人介護の取組みのようですね。

そういう点があったものの、読み勧めていくうちに、いろいろ見えてくる部分もありました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

高齢になり長い距離を歩けなくなると、生活が制限されます。買い物や通院にも支障が出て、自宅に閉じこもるようになることが、要介護状態になるきっかけの1つだと考えられています。地域で元気に暮らしていくために、足が悪くても送迎があり、出かけていく”居場所”があれば、自宅での生活が続けられます。」(p.40)

まず高齢者の一人暮らしですが、老化による衰えは、引きこもりを促進することにつながる、という指摘ですね。そして、引きこもることによってさらに身体的な機能が衰えて、また精神的にも意欲を失っていくという問題があります。
そのための解決策としては、地域に「出かけていける場所」「出かけていきたい場所」がある、ということだと言うのです。より活動的になることを促してくれるもの。それが大事なのですね。


もちろんサポートハウス内に鍵をかけたり、マサ子さんの行動を制止したりもしていません。自由に外出できる環境が本人の精神状態に一番よいことを、職員もケアマネジャーも家族も実感しているからです。」(p.43)

たしかに、自由に出歩けるということは、本人にとってストレスにはならないでしょう。しかし、周りの人たちは、それによるストレスを受けないでしょうか?
実際の取組みについては後から出てきますが、地域を巻き込んだ認知症の方の「見守り」という体制づくりが、非常に大事だなぁと思いました。

もちろん、それでも何らかの問題を引き起こす可能性があります。たとえば本人が事故や事件に遭うとか、あるいは事故を誘発させるとか。そうなった時の責任問題はどうなるのか? それについては、この本では言及されていませんでした。


個人の問題を住民の問題としてとらえることは、とても大切であると同時にとても難しい問題です。住民は地域のことに無関心どころか拒絶したり、批判することもあります。地域住民が支え合いの認識をもつためには、まず職員がプロの地域コーディネーターとして問題を整理できる人材になり、地域住民の主体性が育つよう支援しなければなりません。
 身体拘束からは何も生まれないように、排除からも何も生まれないのです。活きる力は、子どものときも大人になってからも、社会で行きていくために必要です。困っている人の存在を知り、ともに自分のこととして考え、力を合わせて実践していくこと、支え支えられる関係を築き、生きる力を育むことが大切です。
」(p.52)

こうすれば上手くいくというような、一朝一夕にできる解決策などない、というのが本当のところだと思います。批判的な人、何を言っても反対する人など、そういう人たちも含めての地域住民です。そういう人たちに理解していただき、支えていただくための活動を継続すること。そういう活動の結果として、いつか支え合う地域という結果がともなってくるのかもしれませんね。

実際、この団体が施設を建設するときも、常に反対運動が起こったそうです。それでも諦めず、怯まず、反対者と敵対せずに思いを遂行する。そういう芯の通った地道な活動の継続が重要なのでしょう。

私たちプロ集団が地域コーディネーターになり、誰もが住み続けられる環境をつくっていけば、認知症になってもひとりで暮らせる地域をつくることができると思います。しかし、このような考え方をもち続けられるプロの職員集団を、継続して排出できるのかという課題があります。」(p.59)

認知症の一人暮らしを可能にするには、地域ぐるみの協力が不可欠だということですね。そのためには、地域をまとめるコーディネーターが必要であり、そういうプロを育てることは、なかなか難しいということのようです。


ヤスオさんは、ご飯が食べられなくなり、体力が落ちてきている状態でも「トイレに行きたい」と言い、そのたびに職員がトイレに付き添いました。トイレに行くことも難しくなってくると、部屋にポータブルトイレを置いて、そこに座って用を足しました。決して「オムツを巻いてくれ」とは口にしませんでした。ヤスオさんがトイレに行きたいと言う限り、トイレに行ける工夫をするのが大切だと感じさせられました。」(p.64)

何気ない話ですが、私などは「どうやったらそれができるの?」と疑問に感じるのです。実際、私が働く施設では、多くの利用者様がオムツをされています。全員の「トイレへ行きたい」に機敏に対処できないからです。
オムツ(尿とりパッド)の取替をするだけでも大変な作業です。もし、一人ひとりを毎回トイレに行かせていたら、マンパワーが明らかに不足するのです。
この問題を、どうクリアしているのか? そのことについて、この本にも解決方法は明示されていませんでした。

後で出てくるのですが、訪問介護では日に6回伺い、排泄介助も行っているようです。日中4回、夜間2回です。
私たちがトイレへ行く回数って、そんなものですか? もちろん、そういう日もあるし、訓練でそれで収めることも可能でしょう。しかし、たまたま訪問介護で来られたタイミングで排泄したくなりますかね?
下痢の時もあるでしょう。さっき行ったばかりなのに、またすぐ小便をしたくなる時もあるでしょう。それに対応できますか?
私は、それは無理だと思うし、私の現状もそういう状態です。忸怩たる思いはありますが、どうしようもないのです。


8割以上の圧倒的多数は自宅を選択します。
 現実は病院で亡くなる人が8割以上を占めており、これほど世間のニーズと現実がずれている課題を解決する道筋はまだ、見えていません。
 「自宅で自分の人生の幕を閉じる」
 これを実現するためには、自分の意思で決め、周囲が覚悟を決めて、医療で支え、死亡診断をする在宅医がいて、さらに24時間の生活を支える介護職がいることで、初めて実現します。
」(p.74−75)

以前の看取り士の本でも指摘されていましたが、在宅死を望む人がほとんどなのに、病院死が8割という現実があります。
この本でも、在宅死は可能だと言います。そのためには、まずは本人が明確に意思表示をすることです。本人の決意が揺れていたら、周りも動揺しますから。

次に、これも他の本で指摘されていますが、家族など周囲が覚悟を決めるということです。容態が急変すると狼狽して救急車を呼んでしまう。だから病院死になりがちです。
在宅医がいて、きちんと説明されていて、家族など周囲が納得して覚悟を決めていれば、むやみに救急車を呼ぶことはないでしょう。静かに看取ることができるのです。


「”地域医療”があればひとりで暮らせる」ためには、訪問看護ステーションのあり方と考え方が重要になってきます。
 訪問看護ステーションは医療保険制度で患者を診てきました。「地域医療」とは何かを考えると、まず75歳以上の人は必ず身体の衰えによる病気があります。永眠するまで病気とつき合って楽しく暮らしていくことを目標に生活をサポートすることが、地域医療の目的になります。
」(p.79)

機能する地域医療のためには、訪問看護ステーションのあり方が重要だと指摘しています。
そのためには、75歳以上のすべてのお年寄りをターゲットにすることで、効率よく作業ができて、看護師の費用をまかなえる体制づくりが重要だということです。

そのなかで私たちは、定期巡回・随時対応型訪問介護看護事業を柱にして、「地域医療」と「訪問看護ステーション」をつくってきました。」(p.80)

この団体の取組みを紹介しているのですが、いかに経済的にペイできるようにするかという視点です。
それにはまず、75歳以上の人は皆なんらかの病気を抱えているので、ターゲットにして顧客層の裾野を広げることです。次に、定期巡回・随時対応型訪問介護看護の登録者を100人以上にすること。つまり、実際の顧客を100人以上にするという目標ですね。
さらに、訪問看護の登録者は70人以上にするという目標を掲げています。このくらいの人数がいないと、看護士を常駐させる費用が出せない、ということのようです。

たしかに、採算性がとれなければ事業は継続できません。しかし、その決め手が「定期巡回・随時対応型訪問介護看護事業」というのは、どうかなぁと感じるのです。
この事業形態は、要は利用してもしなくても全ての利用者から一定額をいただくことによって、よりサービスを必要とする人には手厚く、必要としない人には少なめにサービスを提供することで、全体バランスを取るということだと思うからです。

もちろん、背に腹は代えられないという面もありますが、お互いの助け合いというのであれば、それは介護保険制度がそもそも担っていることではないかと思うのです。だって「保険」ですから。
その介護保険制度の不備を、こういうやり方で補完するというのは、私は本質的な解決策ではないように感じました。


この3つの考え方をもった、介護・医療事業所、行政、市民がそろったら、安心して「認知症になってもひとりで暮らせる」地域ができると思います。この考え方を学び自分の地域で実践したい人は「全国地域包括ケアシステム連絡会」に加入して、「あすなら安心システム講座」と「10の基本ケア講座」に参加してください。」(p.85)

「この3つの考え方」とは、「(1)「ほっとかない」「ことわらない」人のいる地域をつくる」「(2)「あすなら安心システム」をつくる」「(3)包括ケア・包括報酬で自立支援ケアができる介護事業所をつくる」の3つです。

要は、行政も地域順民も事業者も、この3者が一体となって認知症の一人暮らしを受け入れるコミュニティを作ることが重要であり、それができたなら、認知症であっても一人暮らしが可能だ、ということかと思います。
逆に言えば、それができない限り、認知症の人が一人暮らしを続けることは難しいということになります。まあ、それが現実かと思います。

だからこそ、その3者をとりまとめるコーディネーターが必要なのであり、その育成が急務だと言えるのですがね。なかなか難しいことだと思います。


このように、1日6回訪問とデイサービスで生活を支えることができています。包括ケア・包括報酬ですから、要介護1では採算が合いませんが、支えるには1日6回訪問とテレビ電話の設置が必要です。
 要介護認定の課題として、全介助、一部介助、見守りなどの時間によって認定されますが、認知症では要介護1、2の人へのケアが一番人件費がかかります。包括ケア・包括報酬で、認知症の人にはもっとケア加算がつけば、家で暮らせるようになると思います。
」(p.89)

つまり、現行の介護保険制度だと、認知症の要介護1や2の人が一人暮らしするのを支えられるほどのお金がもらえないので、支援は不可能だということだと思います。だから制度の改善を求めているわけですよね。

実際問題、認知症で要介護1とか2というのは、徘徊のリスクが高く、他人に暴力を振るうことも十分に考えられます。そういう人を完全にケアするには、1日6回の訪問介護では不十分だと私は思いますよ。常に見張っていなければならないし、同行しなければならないわけですから。

もちろん、何かあったら損害賠償請求などで保障されればいいから、基本的には温かく見守ろうという地域であれば、可能かと思います。たとえ踏切に侵入して事故を引き起こしても、家族や介護施設などが、賠償責任を負わずに済むなら、ですがね。


理想としてはよくわかるし、今はまだ過渡期なのだろうとも思います。
しかし、やはり現実としては、認知症の人の一人暮らしは難しい、ということになるのではないでしょうか。

もうちょっと踏み込んだ解決策を期待して読んだだけに、ちょっと残念な思いもあります。
けれども、こういう理想を持つことは大切だし、その理想に向けて挑戦し続けることも大事なことだと思います。

私の中では、まだこうすればイケるという確信はありませんが、1つのとっかかりとなるメッセージを得られたように思っています。

book20211117.jpg
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 09:12 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月21日

老〜い、どん!



これも上野千鶴子さん「在宅ひとり死のススメ」で紹介されていた本です。
昔、テレビのコメンテーターとして活躍されてた樋口恵子(ひぐち・けいこ)さんが書かれたもので、サブタイトルにもある「ヨタへロ期」という言葉が紹介されていました。
また、樋口さんは介護保険制度の導入や改定にも深く関わられていて、介護の世界では重要な役割を果たしておられるようです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

春日さんのご本には、人間、老いてピンピンコロリなんてめったにない。ピンピンスタスタの時期を経て、ヨロヨロの末にドタリ。さらにいわゆる「寝たきり」の時期もある。ヨロヨロを直視すべき、という問題提起が書かれています。

 まさに私、ヨタヨタヘロヘロの「ヨタへロ期」をよろめきながら直進しているのです。
」(p.4)

健康寿命は男性が72.14歳、女性が74.79歳、平均寿命は男性が80.98歳、女性が87.14歳(2016年)。平均寿命も健康寿命も女性が長いのですけれど、その格差は男性が約9年、女性は約12年。要するに「ヨタへロ期」は、女性のほうが男性より3年も長い! これは大問題ですから、今後大いに原因を究明し、男女の差を縮め、両性とも健康寿命を伸ばさなくては、と思います。

 その上で思います。どんなに努力しても、自然の理としての老いが心身の衰退だとしたら、なおその期間もその人の人生の延長として、その人らしさが発揮でき、何よりも人間の尊厳が保障されてほしい、と。
」(p.5)

なんと言ってもこの年代の人口が増えるのですから、人生の最終段階の幸福のために何をなすべきか、全ての人の問題として考えてほしいと思います。」(p.6)

上野さんの本にも書かれていましたが、ピンピンコロリは、事故や事件でもなければ現実的ではありません。もしそうなれば、必然的に警察のお世話になるため、穏やかな看取りとはなりません。
病気や老衰で亡くなるには、どうしてもこの「ヨタへロ期」を通過しなければならないのです。それをできるだけ短くしたいと考えるかもしれませんが、おそらくは無理です。なぜなら、生命を維持する技術や環境が整えば整うほど、老化や病期の進行は減速されるので、むしろ期間は長くなるはずですから。

樋口さんは、男女格差を縮めたいとおっしゃいますが、これはそもそも性差によるものではないかという気もします。女性は粘り強いと言うか、しぶといと言うか・・・。逆に男性は根性がないんですよ、きっと。(笑)

ただ、この「ヨタへロ期」を通過することが必然ならば、樋口さんがおっしゃるように、この期間もまた人間としての尊厳をもって生きられる社会にしてほしいし、そのために私もできることをやりたいと思います。


これから日本で人口が増える年代は65歳以上のみ。今(2018年)28.1%と世界一の割合ですが、2040年には35.3%になる見込みです。平均寿命の長い女性は多数派を占め、65歳以上で人口の56.6%、75歳以上60.7%、85歳以上69%と、高齢になるほどその比率を増します。ことし(2019年)7万人を超えた100歳以上長寿者のうち、女性が88.1%を占めました。
 社会的に配慮を必要とする65歳以上の「ひとりぐらし」は今すでに600万人、高齢者世帯の47.2%を占めます。うち女性が男性の約2倍の400万人。
 その女性の状況が数の力で日本社会に影響を与えないはずがありません。そして高齢世帯の収入は「年金のみ」が52.2%。年金は高齢家計の命綱です。
」(p.43)

樋口さんはBB(びーびー)と言って、「貧乏ばあさん」が高齢女性の総称だと考えているそうです。
日本社会に大きく影響しているのは女性の高齢者で、その貧困化が大きな社会問題だということですね。


中村丁次先生は「買い物の効用」について、出かけるだけでも運動になる。それも小マメに、食品は買いすぎないで自分でつくることが大切、と述べておられます。そうです。買い物の効用の第一は、外へ出て人に出会う、少しは口をきく、挨拶する、ということだと思います。」(p.57)

独居老人がより健康的に生活するには、適度な運動と他人とのコミュニケーションが欠かせません。そのために最も有効なのが「小マメに買い物へ行く」ということなのですね。
歳を取ると、あまり大きな荷物は持てません。けれども、それが幸いします。どうせ時間はたっぷりあるのですから、何度でも買い物へ行けばよいのです。それがよい運動になるし、人と出会えば会話をする機会も増えますからね。

大切なことは、買い物する人が自分の目で見て自分で選ぶ、ということではないでしょうか。今流に言えば自立の証としての自己決定。」(p.58)

自分が自由に選ぶ、自分で決めるということは、脳の働きを活性化させるし、生きる喜びにもつながります。
ですから、他人に何でもかんでもやってもらうようなサービスを安易に受けることは、寝たきりへの道を加速させることにもなりかねないのです。

私は、老いても一定の判断力がある限り、この買い物という社会参加と決定権を最後まで持たせてほしいと思います。青年よ大志を抱け、老年よサイフを抱け。」(p.60)

そういう意味では、むしろ独居老人の方が健康を保ちやすいのかもしれませんね。一人で何でもやらなければならない環境に置かれているのですから、その環境を受け入れて、前向きに生きればよいだけですから。


近ごろ高齢者の心身の健康維持のため、お出かけを奨励する世論が増えていて、私も大賛成です。そのためには、駅、公共施設、商店街はじめ街角に、高齢者に使いやすい清潔で安全なトイレの整備を、と願います。」(p.70)

排泄は、生活において非常に重要です。時に緊急を要することもあります。我慢が難しい生理的なものでもあり、そのために外出することをためらうことになりがちです。
利用しやすいトイレがあちこちにあれば、それだけでも老人に優しい街と言えるかもしれませんね。


きょうだいが少なくなったのですから、男性も介護に参加せざるを得ません。結婚率が下がっていますから、親が倒れたとき介護をまかせる「嫁」がいるとは限りません。いたとしても、その嫁も生家の一人娘や長女だったりして、そちらの面倒に追われます。こうして日本近代に明治民法として根を張り、戦後の民法改正後も習慣として続いてきた、長男優先の家父長的家制度は衰退に向かいます。自分の親はさておき、「夫の親を優先的に介護する」という意味での「嫁」は今や絶滅危惧種です。これは嫁の心がけの問題ではなく、数の変化の問題です。」(p.93-94)

はからずも晩婚化に始まる少子化が、日本の伝統(?)的な家族のあり方であった「家父長的家制度」や「長男の嫁」というものを変化させてしまったのですね。


介護離職者(全国で年間約10万人)自体は今も女性が8割、しかし男性の比率も数も増え続けています。男性の仕事と介護の両立が可能になれば、女性もまた可能になるでしょう。そもそも、介護離職が増えると、第一に、当事者の老後の生活設計と年金が大幅に失われます。第二に、企業は人材を失います。第三に、国は個人所得税の財源を失います。第四に、医療・介護・年金制度もこの年齢層の働き手の負担が多いのです。どちらを見ても損するばかりでロクなことはありません。」(p.98)

介護離職が増えている社会現象に対し、樋口さんは「君、辞め給うことなかれ」と与謝野晶子氏の言葉をもじって警鐘を鳴らします。
たしかに、家族介護は社会に良い影響を与えそうもありませんね。樋口さんは、職場環境、介護保険サービスの充実、家族や近隣者の助け合いの3つによって、介護離職を減らすことが重要だとしています。


最近久しぶりに、全国から公募した介護体験記を選者として読む機会がありました。その結果は「介護、老いと向き合って−−大切な人のいのちに寄り添う 26編」(ミネルヴァ書房)にまとめられています。介護保険制度の普及が、どんなに家族介護者を孤立から救い、介護をとおして人と人を結び付けているのかを知って、つくづく「創ってよかった介護保険」と思いました。」(p.101)

家族、特に嫁を介護から解放することにつながった介護保険制度ですが、樋口さんはその設立に関わってこられました。それが役立っているという実感があって、これをさらに有効なものにしていきたいと思われているようです。


外部の介護サービスを快く受け入れ、若いころには「怖いくらいの母」だったのに、同居してからの15年間「命令しない」「反対しない」「不足言わない」「小言言わない」「怒らない」と、娘の目から見ても「予想外」の母の姿でした。それでいて自尊心は高く、周りの人たちにも一目置かれています。」(p.102)

全体に共通しているのは、「ありがとう」と感謝のことばや介護者を認めることばを持っている、ことと、かなりわからんちんでも、どこかにユーモアがあることです。
 そして介護保険制度などを利用して、外部サービスの専門職、行政や隣近所、親類縁者を動員して広がる介護の輪。介護があるから孤立したのではなく、介護があったからより多くの人々と親しくなれた−−介護の成功者の共通条件です。ということは、高齢者の側が外部サービス利用をいやがらないこと、それが「ケアされ上手」の基本かと思いました。
」(p.103-104)

最期をどう迎えるかについては、多少考えもし、用意したつもりですが、その前に「ケアされ上手」になる課題があったのか。人間いくつになっても修行ですなァ、と決意を新たにした次第です。」(p.104)

介護体験記から、介護を受ける側の覚悟というのも大事だと樋口さんは言います。
たしかに、私も介護職をしていますが、文句を言わず、要求が少なく、感謝の言葉がある利用者様は、介護職からも好かれます。介護職員も人間ですからね。そして、利用者が喜んで介護を受けてくれると、家族も助かります。
外部の介護を受ける側も、老いてなお辛抱が必要だ(修行だ)、ということかもしれませんね。まあこれまで、嫁を奴隷のように使えたことが異常だったのだと思いますよ。


でも、根本的には解決になっていないのです。たとえば、先にあげた私の友人が入居している老人ホームで、もし入居者が外出して似たような事故死をしたら−−。施設は、鉄道会社と遺族の両方から責任を問われかねません。そうなると施設は責任を免れるために扉に厳重に鍵をかけたり、入居者の行動の自由への束縛を強めるかもしれません。」(p.117)

さすがは樋口さん、私と同じような懸念を抱かれていますね。これまで読んだ本では、この部分をごまかしています。痴呆症の人の行動する自由を妨げないとか、ずっと見守っているとか、不可能なことが可能であるかのようにごまかしているのです。

これは2016年に起こった事故を受けての記述です。
事故は、認知症の男性が自宅から1人で外出し、踏切内に立ち入って轢死したというもの。死んだ男性は自業自得とも言えますが、列車運行が遅れて損害を被ったJRは、同居していた85歳(要介護1)の妻と長男の管理責任を問うて提訴しました。
一審はJRが勝訴、二審は長男のみ責任を免除、そして最高裁は家族の責任を全面的に免除しました。

施設には、基本的に外から鍵をかけて入居者が出られないようにすることは認められていません。非常口にも鍵をかけられません。
なので、大変姑息な手段ではありますが、認知症でない人なら開け方がわかるという方法で、間接的に鍵をして、認知症の人が勝手に出られないようにしています。
そうせざるを得ないのです。何かあったら、責任を問われるのですから。この管理者責任について、どこまで社会が寛容になれるかという議論とコンセンサスなしには、認知症の人の自由の保障は不可能だと思います。

対策はただ一つ、家族でなくても気づき助け合う習慣を今からつくっておくことです。認知症をかくさず可視化する、家族でなくても関心を持ち手助けする、重大事故は別として小さな事故には寛容の精神を持つ。可視化、関心、寛容の3Kが解決の鍵ではないかと思います。甘すぎるでしょうか。」(p.118)

理想は、認知症の人が自由に出歩けることです。しかしそうすると、近隣の家のポストから何かを持ち去ったり、庭を踏み荒らしたり、外壁を傷つけたりする可能性があります。
そういうことに対しては、認知症の人が住んでいるんだという認識(可視化)を持っておくことと、出会ったらみんなが見守ろうとするコミュニティを作る(関心)ことと、少々のことなら「仕方ないね、住民仲間なんだから」という受容する心(寛容)をことが大事なのだろうと思います。
けれどもさらに、JRの事故のような重大事故にはどうすればいいのか、という問題も残ります。そして、3Kの地域コミュニティ作りも簡単なことではありません。これは、今後も考えていかなければならないテーマですね。


認知症であることを公表し、適切な支援を求める人が増えれば増えるほど、その対策は進むはずですから。家族が認知症をかくす「かくれ介護者」が増えては、世の中暗くなるばかりです。認知症の人を世の光に。その光として、親の認知症を世の中に見える化することをためらうな、と言ってあります。」(p.123)

樋口さんは娘さんに、仮に自分が認知症になったら隠さずに公表するよう伝えてあるそうです。
「認知症の人を世の光に」という言葉は、重症心身障害児のための施設を創った糸賀一雄氏の「この子らを世の光に」と言われたことをパクったと書かれています。「この子らに世の光を」ではなく、「この子らを世の光に」という表現に、樋口さんは驚かれたのです。

でもすぐに理解できました。「この子ら」の存在が光となって、私たちの目指すことやなすべき行動を教えてくれることを。認知症も同じだと思います。」(p.124)

問題に蓋をして隠すのではなく、むしろ逆にオープンにすることで、社会をより良いものに変えていくことができます。
ですから認知症の問題も、介護の問題も、隠していてはいけないのです。こういう問題がある、こういうことで困っている、というようなことを、どんどん情報発信すべきですね。


約1年近くあと、天皇皇后両陛下(現上皇、上皇后陛下)が被災地を訪問。避難所で年老いた人たちを前に皇后様の言われたおことばです。
「生きていてくださって、ありがとうございました」
 高齢者であろうと子どもであろうと、今目の前にある命への全き肯定、その命への祝福と感謝。これしかないと深く感じ入りました。
 だから、思います。この災害の時代に、自分も含めて最大多数の幸せに備えて、生き残る準備をしよう。最低限度、高齢者もできる範囲で自立度を高め、わが身を守る準備、周りの人の心配や負担を多少とも軽くする努力をしようではないか……と。
」(p.136-137)

2011年の東日本大震災では、津波によって多くの命が奪われました。
置いて逃げろと言う年寄りの言に従って逃げ、年寄りを死なせてしまった若者の苦悩もありました。また、逃げろと言う年寄りを見捨てることができず、家族全員が亡くなるという悲劇もありました。

何が正解なのか、どうすることがいいのか。簡単に答えは出せません。そういう中での皇后陛下のお言葉です。
私も、読みながらこみ上げてくるものがありました。いろいろあったけど、みなさんは生き残ってくれた。ただただそれを喜ばしく思う。その気持ちが感じられて、泣けてくるのです。

だからこそ、自分もそういう社会の一員として、できるだけのことをしたい。その1つが、なるべく自立するということです。
「完全に」ではなく「なるべく」です。今よりも少しでも、という思いです。そういう一人ひとりの努力によって、全体が良くなるのですから。
そういう考えに立てば、他人の不完全さも許容できます。もちろんそれも、「完全に」ではなく「なるべく」から始めるのが良いと思います。
人はそもそも違うものだし、不完全なものです。だからこそ、他人にも自分にも寛容であることが大事です。そして、そういう寛容さを持ちつつ、より高みを目指す仲間でありたいと思うのです。


知らない間に、樋口さんもお年を召されてたのですね。まあ当たり前のことですけどね。
私がテレビでよく拝見させていただいていた頃は、まだ50歳か60歳くらいだったでしょうか。論理的に明快で、弱者に対する優しい視点を持たれた方で、とても好感が持てました。

あれからもう30年以上になるのですね。私も年を取るわけです。(笑)

book20211123.jpg
 
タグ:樋口恵子
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 15:32 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月30日

もしあと1年で人生が終わるとしたら?



どういう経緯で買ったのか忘れましたが、思っていたのとは内容が違いました。
私はタイトルから、余命宣告を受けた人の問題を取り上げている本だと思い込んでいました。しかし実際はそうではなく、余命があと1年だとしたらどうするだろう? と考えてみることで、人生をより幸せなものにする考え方についての本でした。

この本は、2016年に同じ出版社から発行された「2800人を看取った医師が教える人生の意味が見つかるノート」を改題し、加筆修正したものだそうです。著者は小澤竹俊(おざわ・たけとし)医師です。
想定していたものとは違いましたが、内容には納得する部分が多々ありました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

人生は誰もが満足して終えられるものではないかもしれませんが、私の経験上、多くの人が「いい人生だった」「自分なりに頑張った」という思いを抱えて最後を迎えられます。
 ただ、中には「そういえば……もっとこうしておけばよかった」「そういえば……こんなふうに生きればよかった」といった後悔の念を抱く方もいらっしゃいます。
 よく現場で耳にするのは、「もう一度家族と旅行に行きたかった」という声や「もっとチャレンジすればよかった」という声です。
 私たちは後悔も充実感も抱えながら、日々を生きています。
 最後を迎えるときも同じことなのかもしれません。
」(p.5)

すべての人に共通して言える「後悔のない人生の条件」「良い人生の条件」など、ないのかもしれません。

 それでも、人生の最後に「より後悔がない人生だった」「より良い人生だった」と思えるために必要な条件を挙げるならば、次の4つになるでしょう。

・自分で自分を否定しないこと
・いくつになっても新しい一歩を踏み出すこと
・家族や大切な人に、心からの愛情を示すこと
・今日一日を大切に過ごすこと
」(p.6)

言葉にすると冗長になってしまいますが、こういうことなのかもしれませんね。満足感と後悔という、相反するものが常に心にある。それが人というものでしょう。
それでも、より満足感が高くなるようにと考えるなら、自分が本当にやりたいことをやることです。自分に正直に生きることですね。

これは、有名な映画「最高の人生の見つけ方」のテーマでもあります。死を前にして、もはや何も恐れるものはないのだから、死ぬまでにやりたいことを全部やろうとする生き方。それをまだ元気なうちから意識してはどうか、と問いかけるのが本書のようです。


ただ、人生の意味を見つけるのは、そう簡単ではありません。
 その理由は、私たちが人生の意味を「自分のしたことが、誰か(あるいは社会)の役に立っているかどうか」と結びつけてしまいやすい点にあります。「自分のしたことが誰かの役に立っている」と思えるのは、もちろん素晴らしいことです。
」(p.21-22)

しかし、誰かの役に立つことだけを「意味のあること」ととらえる考え方には限界があります。
 その理屈でいくと「自分は誰の役にも経っていない」と思った瞬間、自分の人生の意味や自分が存在している意味を見失ってしまうからです。
」(p.22)

「人の役に立つ」という考え方は、他人からの評価によって自分の価値を決める、という考え方につながりやすいです。それは他者への依存ですから、上手くいかないことが多々あるでしょうね。

ただ、たとえどんな状況であっても、「人の役に立つ」ことができている、という見方をすることも可能です。
たとえば赤ちゃんは、自分ではほとんど何もせず、人に頼ってばかりですが、役に立ってますよね。その存在が人を喜ばせているのですから。
では、面倒を見てもらうだけのお年寄りはどうでしょう? 障害者はどうでしょう?
それとて、「他人に奉仕させてあげている存在だ」とも言えるわけです。そういう人がいなければ、誰かを助けて役に立ちたいと思っている人に、機会を提供できないわけですから。


「人生があと1年で終わる」と考えれば、それまでの価値観が崩れ、自分を縛っていた固定観念やしがらみから解き放たれ、見える景色が変わってきます。
 もしかしたら、成長の過程で忘れたり、あきらめたり、我慢させられたりしたものの中に、あなたが本当にやりたいこと、大事にしたいことを発見できるかもしれません。
」(p.32)

特にまだ若くて健康な時は、誰しも今が永遠に続くかのように思っているものです。そこで「人生があと1年で終わる」と想像してみることで、自分の思考を点検することができるようになるのですね。


後悔する気持ちを認め、誰かと分かち合うことができたら、その後悔から何を学べるかを考えてみましょう。

 どんなにネガティブに見える出来事にも、プラスの面、そこから学べること、今後の人生のヒントになることが必ずあります。
 それを見つけ出すのです。
」(p.38)

もうあとは死ぬだけとなっての後悔は、やり直しができないだけに辛いものがあるかもしれません。
けれども、まずはその感情を素直に受け入れて、そこから考え直すことが大事なのです。そうすれば、たとえそこで得た気づきが自分の人生に役立たないとしても、それをシェアすることで、他の誰かが助かるかもしれないのですから。


元気だったころ、その患者さんは、家族のことも顧みず仕事に打ち込み、「仕事ができない人間は、会社にとっていらない存在だ」と考えていたそうです。
 けれども、

「人生において本当に大切なのは、家族からの愛情や同僚との友情、仕事相手との信頼など、目に見えないものなのだ」
「自分は今まで、家族や友人に支えられていたのだ」

 と気づいてからは、周囲の人への感謝の言葉を頻繁に口にするようになりました。
」(p.99-100)

病気になったり、身体が弱って死の影がちらつくようになることは、決して悪いことではありませんね。このように「気づき」を得られるからです。
そして「気づき」を得られれば、その瞬間に幸せになれるのです。ただ感謝しかない心の状態になれます。


世の中は理不尽です。
 努力が必ず報われるとは限りませんし、「努力すれば報われる」と思っていると、現実とのギャップに苦しむこともあるでしょう。

 でも、たとえ良い結果につながらなくても、「努力をした」という事実は残ります。
 そして、努力をする過程で、人は必ず何かを学んでいます。
 学んだことをほかの人に伝えることができれば、その学びが、誰かの幸せや喜びにつながるのかもしれません。
」(p.112)

結果が伴うことに執着していると、努力したけど無駄だったと考えるようになるでしょう。
しかし、これも考え方しだい、見方しだいなのです。結果を手放すことができれば、努力したという行為そのものに意義があるとも言えるのですね。


私が出会う患者さんやそのご家族は、最初のうちは、自分や家族が重い病気になったこと、残された時間がそう長くないことに、非常に苦しんでおられます。

 しかし、多くの方は、苦しみの中で、周りの人の大切さや優しさ、ありがたさ、「日常」というものの素晴らしさ、自然の美しさ、自分が生きてきた意味や、自分という存在の価値など、苦しみに直面する前には知りえなかったこと、当たり前すぎて見逃していたことに気づきます。
 そして、それができたときに初めて、自分が病気という苦しみを抱えることになった意味を理解するのです。
」(p.145-146)

病気になり、身体の自由がきかなくなったり、人生最後のときが近くなったりすることは、このうえなく大きな苦しみです。
 しかし多くの人は、悩み、苦しみ、もがく中で、少しずつ自分の人生を振り返り、そこに意味を見出すようになります。
 そうしたプロセスを経て、自分の人生を肯定できるようになったとき、人はようやく本当の強さ、心の穏やかさを手に入れることができるのです。
」(p.169−170)

苦しみは避けたいものでもありますが、役立つものでもあります。そう考えれば、すべての出来事は良いことだと言えるのではないでしょうか。
私は常々、起こる出来事は必然であり最善であり完璧だ、と言っています。そういう視点を保持しつつ、そういう意味を見出せば良いだけなのですから。
そうすれば、何が起ころうと強く穏やかでいられるし、幸せでいられると思うのです。


本書は、まだ若くて健康な方に対して、もし1年で死ぬとなったらどうする? という視点を与えることで、後悔しない生き方を模索する手助けをする内容になっています。17の項目に分かれてはいますが、重複するようなことも含まれています。

もちろん、すでに終わりが見えかけている人であっても、実際にそうやって亡くなっていかれた方々を看取られてきた小澤医師の話は役立つだろうと思います。

book20211130.jpg
 
タグ:小澤竹俊
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 08:23 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●コメントを書く前に、こちらのコメント掲載の指針をお読みください。

ランキングに登録しています。面白かったらボタンをポチッと押してね。
↓↓↓↓
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ