2020年06月08日

コミンテルンの謀略と日本の敗戦



もうかなり以前に買った本なのですが、ついつい後回しになってしまいました。
これは、歴史を詳しく知るという意味で買ったのですが、けっこう目からウロコの話がありましたね。

「ゾルゲ事件」という有名なスパイ事件があったことは知っていましたが、世界の共産主義を指揮指導するコミンテルンがどう関わっていたのか、それが日本の知識階層や政治にどう影響したのか、詳しいことは知りませんでした。

著者は江崎道朗(えざき・みちお)氏。私より1つ年下の方ですが、読みにくい昔の資料を読み解いて、わかりやすく戦前、戦中の政治の動きに関して解説してくださっています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

ここで前提として知っておかなくてはならないのは、当時の日本のエリートたちの多くが、コミンテルンの対日工作以前に、社会主義に大いに魅了され、左傾化した思想にシンパシーを抱いていたことである。
 なぜ日本のエリートたちは社会主義に共鳴していたのか。理由は大きく分けて二つある。
 その一つは、幕末維新の開国以来、一般庶民とエリートたちとのあいだに生じた亀裂である。
」(p.99)

日本は明治維新を成し遂げたのち、近代化と称して西洋の文明を取り入れることに懸命になる。西洋文明を取り入れ、経済的にも軍事的にも発展していくことが日本の独立を守ることだと信じた。西洋のような近代産業国家になれなければ、日本も他のアジア諸民族と同じく、欧米列強の植民地になってしまうという危機感がそこにはあった。
 その結果、親が教える価値観や伝統や文化を受け継がないことがエリートの条件になってしまったのである。
」(p.100)

つまり、日本のおかれた立場による危機感が、エリートたちを進歩的な思想に走らせたというわけです。欧米で流行していた政治思想は、進歩主義と社会主義。だからこの2つの思想潮流を受け入れることが、エリートの使命でもあったわけです。

しかし、エリートたちが社会主義に惹かれていった原因はもうひとつあった。それは、明治以降、特に大正から昭和にかけての経済政策の失敗、社会保障政策の未熟さである。日本が近代産業国家になるとともに格差や貧困や労働問題が生じ、それに対する対応を十分にできなかったのだ。」(p.111)

つまり、当時のエリートたちは、貧困層に対して何ら効果的な対策を講じない既得権益層への反発があり、困っている庶民を何とかしたいという優しさから、社会主義思想を研究していったのです。

政府や上杉慎吉のような「右翼全体主義者」が、社会主義の研究をしている人たちに「お前たちは社会主義のようなけしからんものを勉強しているから非国民だ、国体に反する人間だ」とレッテルを貼って言論弾圧した。その結果、エリートたちを反体制側に追いやったのである。」(p.125)

ここでは東京大学で起こった森戸事件を取り上げています。いやしくも自由の府であるはずの大学で、言論弾圧という自由を否定する統制を行った。そういう「右翼全体主義者」が当時、実権を握っていたのです。その結果、エリートたちは反体制側になってしまったのです。

明治時代は、まだ維新の元勲たちがいて、皇室と政府が共に貧困問題に対応しようとしていた。しかし大正時代になると、キリスト教徒と社会主義者しか、まともに貧困問題などに取り組まなくなった。政府は思想弾圧するばかりで、効果的な経済政策を行わなかったと江崎氏は言います。


政党というのは、議会制民主主義のプレイヤーである。政策を国民に訴え、選挙で支持を集め、議会で多数派を得て政権を獲得する。よって議会制民主主義というルールを尊重している。
 ところが、コミンテルン、共産党だけはまったく違う。彼らは、議会制民主主義そのものを破壊しようと考えているのだ。
 議会制民主主義を「破壊」するために、国会を「政治不信」を煽る宣伝の場として利用しているにすぎないのだ。この基本的な構図が日本ではほとんど理解されていない。
 しかも、共産党の特異性はそれだけではない。
 他の政党とは異なり、共産党は、非合法部門を抱えているのだ。
 非合法、つまり法律に違反している組織として、将来に武力蜂起に備えた軍事部門、いわゆるテロ組織と、スパイ工作組織などを持っているのが、共産党なのである。
」(p.225)

これは、共産主義と言うか、マルキシズムの本質ですね。歴史的必然として労働者による革命が起こるという暴力革命論。だから、その歴史を推し進めることが進歩であり、正義だという思想です。その思想に基づいて活動したのがコミンテルンであり、そのコミンテルンが指揮指導したのが共産党ですから。


「戦前の日本は右翼に牛耳られていた」という言い方がよくあるが、この「右翼」は正確にいえば「右翼全体主義」を指しているのである。しかもその中に、コミンテルンにシンパシーを感じる「左翼全体主義者=共産主義者」や、一皮むけば真っ赤な偽装右翼も多数紛れ込んでいたから、なお状況が複雑となる。
 つまり、「右翼全体主義者」と「左翼全体主義者」が結びついて(というより、「右翼全体主義者」の動きに「左翼全体主義者」がつけこんで)、大政翼賛会などをつくり、大日本帝国憲法体制を破壊した。昭和初期は、議会制民主主義と資本主義を敵視する社会主義に共感を覚えた「右と左の全体主義的エリート」たちによって、「保守自由主義」たるべき大日本帝国憲法体制が損なわれていった時代と見るべきだろう。
」(p.274 - 275)

大日本帝国憲法は、天皇を君主とした全体主義を目指したものではなく、議会制民主主義を目指したものです。その意義がないがしろにされて、右翼全体主義者によって破壊された。その右翼全体主義者を影で操っていたのが左翼全体主義者だったという分析です。


人間は不完全だ。不完全なもの同士だから、お互いに支えあい、話しあってより良き知恵を生み出すことが必要である−−この聖徳太子の発想は、まちがいなく明治日本の理想にも引き継がれている。
 五箇条の御誓文の冒頭に掲げられている「万機公論に決すべし」である。
」(p.348 - 349)

突出したリーダーが引っ張っていく全体主義ではなく、凡夫たちが集まって合議の上で方針を定める。それが、聖徳太子が示されたものであり、日本の伝統だと江崎氏は言います。十七条憲法の第十条に「共に是れ凡夫のみ」とあるのは、だからこそ話し合って、知恵を出し合おうということなのです。

明治天皇も、自ら君主として引っ張っていこうとされたのではなく、五箇条の御誓文を発布されて、議会制民主主義を推奨された。そのことによって、大日本帝国憲法体制が確立されたのです。

しかし、それを骨抜きにしたのが大政翼賛会であり、全体主義者たちの画策だったということなのです。


ソ連は、日本を米英と戦わせるために工作を続けました。どちらが勝っても、双方が疲弊する。それこそ、世界を共産化させるための方策でした。その結果、日本は泥沼の戦争に踏み込むこととなり、最終的には敗戦となったのです。

日本は、共産主義を警戒しており、徹底的に取り締まりました。しかし、軍や官僚、マスコミなど中枢部に、コミンテルンの内部浸透工作を許してしまう結果となっています。その原因を解明する研究が重要だと江崎氏は言います。

第一に、経済政策の失敗、経済理論への無理解がコミンテルンの跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を許してしまったことへの理解が不足している。」(p.400)

第二に、戦前の政府が、上杉慎吉の天皇主権説をただしいとみなして、美濃部達吉や吉野作造のような自由主義者たちへの弾圧を正当化するような愚行に走ったことだ。」(p.400 - 401)

そして第三に、貧民救済を願う人たちを社会主義者や共産主義者だとレッテル貼りして、反体制に追いやってしまったことだ。」(p.401)

何よりも「自由」を守らなければならなかったのだと思います。言論の自由、議論の自由、それが大事なのです。

その上で、貧困問題に効果的に取り組むこと。これは自由に反することではなく、自由だからこそ、人として優しい思いが自由に発揮されるべきなのです。


日本は、なぜ泥沼の戦争に踏み込んでしまったのか。このことは、歴史をきちんと精査する必要があります。その時、日本を牽引していたエリートたちが何を考え、どう行動したのかということを、よくよく知る必要があると思うのです。

簡単にサラサラと読めるような本ではありませんが、日本の将来を真剣に考える人には、ぜひ読んでいただきたい本だと思いました。

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タグ: 江崎道朗
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まんが超訳『論語と算盤』



いよいよ新一万円札の肖像が渋沢栄一氏になるということで、渋沢氏の著書「論語と算盤」が話題になっています。
以前、その解説本を読んだことがあると記憶していますが、内容はすっかり忘れてしまいました。なので今回、手っ取り早く内容を知りたいなと思って、まんがの解説本を買いました。

想像していたのとはかなり違って、雑誌編集者の孝が、故・竹田和平氏をモデルにした吉田和平と出会い、インタビュー記事を書いていく中で「論語と算盤」の教えを体験していくというものになっています。

シナリオは、かつて竹田和平氏に弟子入りして人生を好転させたという山本時嗣(やまもと・ときおみ)氏が、その実話に基づいて書かれたそうです。ベストセラーとなった「現代語訳 論語と算盤」を参考とし、訳者の守屋淳(もりや・あつし)氏が監修されています。解説には渋沢氏の玄孫の渋澤健(しぶさわ・けん)氏、漫画構成は今谷鉄柱(いまたに・てっちゅう)氏、作画は新津タカヒト(にいつ・たかひと)氏となっています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。と言ってもマンガなので、ストーリーの中でピンと来た部分を、セリフを引用しながら解説しますね。

今の境遇を「自己の本分」だと覚悟を決めることです。」(p.21)

これは「現代語訳 論語と算盤」(p.35)に書かれた言葉だそうです。たとえ逆境になろうとも、むしろ逆境だからこそ、そこに自分の進化を試される機会があると考えて、覚悟を決めて臨むことが大事なのですね。


本当の経済活動は、社会のためになる道徳に基づかないと、決して長く続くものではない。」(p.51)

これも「現代語訳 論語と算盤」(p.86)に書かれている言葉です。単に儲けようとすれば、時に騙すことを考えてしまいがちです。そうではなく、誠心誠意、社員のため、お客様のため、社会のために、良いことをする。それでこそ永続する事業だということです。


「理解することは、愛好することの深さに及ばない。愛好することは、楽しむ境地の深さに及ばない」と。」(p.58)

これも「現代語訳 論語と算盤」(p.108)に書かれていて、孔子の言葉の引用です。これを吉田和平は次のように意訳します。

要は「ワクワクして熱い真心を持って仕事をしましょう」ということです。」(p.58)

仕事は、嫌々やるのではなく、楽しんでやることが重要なのです。


そして、楽しみながらもコツコツとやり続けることが大事です。そのために、次のように言います。

「1日を新たな気持で」。殷王朝を創始した湯王が大事にしていた言葉です。」(p.65)

これも「現代語訳 論語と算盤」(p.112)に書かれているそうです。初心を忘れずに、倦まず弛まず続けることが大事だということですね。


大転換期にいた人たちは「これからの時代高度成長だ!!」と感じていたと思いますか?」(p.103)

渋沢栄一が活躍した時代は、まさに大転換期でしたが、それは日本にとっての大ピンチの時代でもあります。人々は期待したというより、不安にさいなまれた時代です。そんな時代に、希望を見失わなかった人が、常に前を向いてみんなを引っ張ったのです。


師となる人物を見つけ自己を磨くことです。」(p.105)

自分を磨き続けると、家族をまとめ、国をまとめ、天下を安定させる役割を担うというところまで道は続きます。」(p.105)

最近は「メンター」と呼びますね。自分を磨き、伸ばすために、導いてくれる師が必要だと言います。そして自分を向上させるための読書も。学問とは、自分を磨き、社会に役立つ存在となるために行うものなのです。


かりに悪運に助けられて成功した人がいようが、
善人なのに運が悪くて失敗した人がいようが、
それを見て失望したり、悲観したりしなくてもいいのではないかと思う。

成功や失敗というのは、結局、
心をこめて努力した人の身体に残るカスのようなものなのだ。
」(p.125)

成功や失敗は、単に結果に過ぎないのです。成功したから立派で、失敗したからダメなのではない。結果よりも重要なのは、どう生きたかという生き様なのだ。だから、結果に一喜一憂することなく、常に自分を磨き続けることが重要なのですね。


人は、その人が残した結果を見て判断しがちですが、渋沢栄一氏は、そのような生き方をしなかったのでしょう。
常に誠実な生き様をしようとした。それが結果として、日本の繁栄の基礎を築くことにつながったのだろうと思います。

マンガなので簡単に読めてしまいますが、これで興味を持たれたら、「現代語訳 論語と算盤」を読まれるのがいいかと思います。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:22 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月22日

すべては今のためにあったこと



修養団の元伊勢道場長・中山靖雄(なかやま・やすお)氏の本を読みました。2013年発行の本ですから、かなり古いものです。何かに紹介されていて、興味を抱いて買ったものです。

修養団という団体のことは、すでに知っていました。数年前に神渡良平さんの「照隅会」のゲスト講師として、修養団の寺岡賢(てらおか・まさる)氏が来られたからです。

どんな方なのかも存じ上げず、どんな話をされるかもわからずに聞いたのですが、聞いているうちにだんだんと前のめりになりました。そのくらい、感動的な講演だったのです。

あまりに感動したので、たしかDVDも買ったと思ったのですが、よく覚えていません。このブログで紹介したと思ったのですが、紹介していないようです。(寺岡氏の講演は、こちらのYoutube動画でご覧いただけるようです。)

ということで前置きが長くなりましたが、そういうことがあったので、「修養団」と聞いただけで、この本は間違いないと思って買ったのです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

私たちは今こうしてここに生まれてきているわけですが、古来ずっと続いてきた夫婦がいなければ、生まれることはできませんでした。「いもおせ」つまり、「夫婦」が、命をつなげてきたことで、私たちは今ここに生を受けているのです。
 じつは、夫婦というものは、お互いの魂を磨くために出会っています。思いがけない心を湧かせ合い、それに気づきお互いが綺麗になっていくというご縁なのです。
」(p.23)

修養団は伊勢にありますが、伊勢は「いもおせ(妹背)」のことだと言います。そこで、まずは夫婦のことを語っています。

夫婦は、互いの魂を磨くための存在。だからぶつかりあう。ぶつかり合いながら、磨かれ合っていく。なので中山氏は、いっぱい喧嘩するようにと結婚式で話すのだそうです。日々の修養のために、もっともふさわしい相手と結婚するのですから。


人生では、自分の力ではどうしようもないことが起こることがあります。そういう時こそ、「いいふうに」取れるかどうかが大事です。しかし、そのことは頭ではわかっていても、実際にその場ではなかなか考えられないものです。ですので、日頃からの修養が大切なのですね。」(p.143)

私の家内のモットーは、
 「済んだことはみんないいこと。これから起きることもみんないいこと。わたしに悪いことが起ころうはずがない」
 です。済んだことはみんないいことですし、これから起きることもいいこと。そういうふうに思えたら、今の人生をすべてこのままでやらせてもらうというだけになります。そうしたら、いいご縁がどんどん湧いてくるのです。
」(p.143 - 144)

実際は、悪いこともいっぱい起こります。しかし、その時は、そのように生きていくしかないのです。どんな出来事にあっても、自分が悪いことだと思わなかったら、それでいいのですから。
 天がそれを起こされたのだから、「あっ、そうなんですか」というだけのことです。それを苦にするか苦にしないかだけのことです。
」(p.144)

起こることはすべて必然で無駄がない。すべては完璧で最善だ。私がいつも言っていることですが、そういう心構えですね。


ある時、中山氏が、講演が立て込んでいて食事の時間が取れず、移動中のタクシーの中で買った巻き寿司を食べようとしたことがあったそうです。タクシーの運転手に断りをいれようとしたら、「やめてください」と拒否されたのだとか。

まさか断られるとは思っていなかったので、中山氏はむっとしたそうです。黙って食べても良かったところをわざわざお願いしたのに、それを断るとは何事だ!、客を客とも思ってないのか! という思いです。それで、隠れて食べてやろうかと考えたそうです。

しかし、すぐに考え直したのだとか。冷房が効いた車内に寿司の臭いが残れば、次の客が嫌がるかもしれないし、そのことで客が運転手に文句を言ったら、運転手も困るだろうと。

それで中山氏は、運転手にお詫びして、お寿司をカバンに戻したそうです。

このように、自分を育てるために、天がいろいろなお役の命と出会わせてくださる「仕合わす世界」「出会わしの世界」があると思うのです。
 どんな出会いも、理由があって出会っているのです。
 そして出会いはみんな、自分のためにあるのです。
 いろいろな出来事が起こることで、人はみな自分と出会っていきます。いい人でありたいと思っていても、思いがけず湧かされるいやな思いが誰にでもあります。そういう出来事に出会いながら、「ああ、自分にはこういう一面があったのだなぁ」と自分のことを一層理解する。そして、人のこともよりわかって生きていけるようになるのです。
」(p.153)

嫌な出来事も、何か気づきを与えてくれます。それは1つに、自分自身の意識していなかった一面です。そこに気づくことで、改めることができ、より素晴らしい自分になれます。

その気付きによって、出来事そのものに感謝することができます。嫌な他人に対して、出会ってくださってありがとうございます! と言えるのです。


中山氏には4人の息子さんがおられるそうですが、4人とも不登校がひどかったそうです。「一難(男)去ってまた一難(男)」などと面白いことをおっしゃられますが、実際その時には大変だったことでしょう。

ご自身が、他の人に対して人生の道を語りながら、自分の子どもたちは良い子に育っていない。自分の子どもでさえまともに育てられない人間が、他人に対して偉そうなことを言う資格があるのか? と悩まれたことでしょう。

中山氏は外に出て仕事をされるので、子どもたちと直接に向き合うことは少なかったようです。しかし奥様は、毎日家で引きこもっている息子さんたちと接するのですから、より大変だったかもしれませんね。

家内は家内なりに悩んだうえで、息子が学校に行かない日を「今日子どもが学校へ行ったら交通事故に遭って死ぬ日」と、自分で決めたのです。」(p.165)

その日、もし息子さんが学校へ行ったら、交通事故で死んでしまう。学校へ行かなかったら、他人から「中山先生の子なのに・・・」などと陰口を叩かれる。どっちがいいのか? と自問したのです。

そしたら、ぐうたらしていても、何をしてもしなくても、生きていてくれていたら、それでいいなぁと思えたのですね。
 これは自分の研修だと受け止め、息子のことは「これでいいんだ」ということにして、自分がこの出来事を乗り切るために、息子が交通事故に遭う日にしておこうとしたのです。
 そして、私たち夫婦にすれば、「子どものためになるなら何でもします」という気持ちになってくる。
」(p.165 - 166)

このように見方を変えることによって、相手(息子さん)を変えようとするのではなく、自分が変わろうとした。自分がやるべきことをしっかりやっているかだけを考えようとしたのです。

私も時々、妻の言動が気に障ることがあります。しかし、「もしこれが妻との最後の日だったら・・・」と考えて、妻に対して優しい自分でありたいと思うのです。


テレビや新聞で、子どもの虐待などそういう事件を知った時、自分とは関係のないことだと思われますか? それとも自分にもそういう種があると思いますか?
 そういう事柄に出会った時、虐待した人をただ一方的に責めるのではなく、私の中にあるそういう種を自覚させてくれているんだ、と受け止めてみてください。
」(p.169)

他人事ではなく、自分事として出来事を捉える。これを「居合わす」という日本の考え方だと中山氏は言います。すべての出来事は、自分が何かに気づくために起こっている。そういう考え方が大事なのです。


どんなご縁であっても、自分のためにその出来事に出会わせてもらっています。そのことを本当に納得し、「こういうご縁だったんだなぁ」と心から思えた時に、自分が解放されるのです。」(p.173)

辛く困難な出来事であっても、それも自分のため。それを心から納得すれば、自分が解放されるのですね。

中山氏は、学びに来ておられたご夫婦のエピソードを語られています。ある時、5歳になる娘さんが交通事故で亡くなられたのだそうです。その時ご夫婦は、事故を起こした人のところへ会いに行って、土下座をして詫びられたそうです。自分たちの気付きのために、人を跳ねて死なせるというご縁に会わせてしまったことを詫びたのですね。

娘を失った悲しみや、相手を許しがたいという思いもあったでしょう。けれども、真実はそうではないと理解しておられたのです。すべての出来事は、自分の気付きのために起こっている。それが真実なのです。

この話には後日談があります。30年後、娘さんの墓参りへ行ったら、ちょうどその事故を起こした人と出会ったのだそうです。その人は、30年間、1日も事故を起こしたことを忘れたことはなかったと言います。そして、許してくれたご夫婦の恩を忘れず、自分も他の人を許そうと思って生きてきたのだと。また、そのご縁を与えてくれた娘さんを神様のように思い、感謝し、お詫びしながら生きてきたと言うのです。

ご夫婦の生き方が、交通事故を起こしてしまった人の生き方にも、大きな影響を与えたのですね。人は責められて変わるのではなく、受け入れられて変わるのです。


出来事を完全に肯定する。それが、この本全体で語られていることだと思いました。すべての出来事は、今の自分のために起こるのです。

ただそれに気付けるかどうか。それだけが問われています。その気づきを得るために、日々の修養が大事だということなのですね。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:29 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月27日

やりたいことをやるために、好きなものを好きだと言うために、僕らは生まれてきたんだ。



非常に長いタイトルですが、坂爪圭吾(さかつめ・けいご)さんが初めて出版された本を買いました。

坂爪さんのことは、「いばや通信」というブログで知り、Facebookでもフォローしていました。バンコクに来られたこともあり、お話し会に参加して、話をお聞きしたこともありました。

坂爪さんは、住むところをなくしてから、定住の場所を持たず、仕事もせずに暮らすという生活をされていました。この前「嫌なこと、全部やめても生きられる」という本で紹介したプロ奢ラレヤーの方と似たような感じですね。そういう自由なところが気に入っています。

また、後から知ったのですが、以前に「セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱」という本で紹介した坂爪慎吾さんは、実のお兄さんだったそうです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

自分で自分を決めつけない方がいい。自分は大丈夫。自分はダメ。自分は未熟。自分は愚か。私たちは油断すると、すぐに自分で自分を評価する。
 でも、これからの自分を決めるのは、今までの自分じゃない。
 自分もまだ知らなかった自分が、見つけられることを待っている。

 人生を楽しもう。
」(p.006)

自分はこうだと決めつけてしまうと、想定外の自分に出会えなくなると言われるのですね。だから決めつけず、楽しんで生きようと。


不安を原動力に生きる場合、いつまでも不安から逃れることはできない。「不安だから貯金をしよう」とか「不安だから資格を取ろう」などと考えて行動を起こしても、常に満ち足りることがなく、100万円貯めれば今度は200万円貯めなければ不安になるし、ひとつの資格を取ったとしても、今度はまた別の資格が必要になるのではないのかと新しい不安が生まれてくる。」(p.040)

もちろん、私自身に不安がないと言えば嘘になる。ただ、基本的には不安を日常的に意識することは少ない。それはなぜか、自分なりに考えてみた結果、それは「希望」をベースに生きているからなのだろうなと思った。」(p.041)

坂爪さんは、定住しない、定職を持たないという生き方をされています。それに対して、「不安にならないのか?」と尋ねられることが多いとか。坂爪さんは、そういう質問をする人の中に、そういう不安があるのだろうと思われるそうです。

まさにそうですね。不安を動機とすれば、不安が消えることはありません。坂爪さんは、定住しなければならないとか、定職を持たなければならないといった世間の常識をひっくり返したい、という強烈な欲求があるのだそうです。その「希望」が支えているのだと。

自分の日常的な行動の中で、「不安」ではなく「希望」を原動力にやれることを増やしていくこと。人生の十分の一でも構わないから、希望をベースに行動を起こせる何かを増やしていくこと。」(p.046)

いつも「不安」に突き動かされるのではなく、何か「希望」を動機として突き進むようなことを、少しでもやっていくことが大切だと坂爪さんは言います。これは、バシャールが言う「わくわくに従って行動する」ということと同じだと思いました。


何もしたくない時には、何かをしたくなる時まで、ただ、何もしないでいればいいのだと思う。

 何かをしなければいけないという罪悪感に駆られている時間はつらいけれど、その時期を超えた先には、前よりも透明で、前よりも強い、そして、前よりも揺るぎのなくなっている自分がいるのだと思う。
」(p.069)

何かをしなければ不安になる、ということがあります。そこでも不安に突き動かされるのをぐっとこらえて、何もせずにいることが大切だと坂爪さんは言われるのです。

だが、私は「どう転んだとしても、大丈夫だ」と思う。
 そして、実は誰もがそのことを知っているのだと思う。
 傷ついても、嫌われても、ひとりきりになったとしても、自分(あなた)は、自分(あなた)が大丈夫なことを知っている。
 自分には力があることを知っていて、自分は、自分が「幸せになる」と決めただけ、幸せになれることを知っている。
」(p.069)

私たちは、本当は自分を幸せにする力を持っていて、何があろうと大丈夫だということを本当は知っている、と坂爪さんは言います。自分の自由で、不幸になったり幸せなったりしているのだと。


今なら確信を持って言える。人生はどうにかなる。生きていれば何度でもやり直せる。人生は何が起こるかわからない。でも、地球全体は常にバランスを保つようにできていて、私自身も何度も何度も「もうダメだ……もう終わりだ……」と過剰に塞ぎ込んだりしてきたが、今もこうして平気な顔をして生きている。様々な問題をクリアしてこその今があるのだ。

 自分がダメなのだと塞ぎ込むのではなく、自分は自分で最高なのだと開き直ろう。完璧な人間になる意味も必要も価値もない。人間的な欠落を抱えたまま、ありのままの最高な存在として、黄金色に輝けばいいのだ。
」(p.088)


私も常々、「大丈夫、何とかなる」と自分に言い聞かせています。


金がないから幸せになれない。仕事がないから幸せになれない。恋人がいないから幸せになれない。環境が悪いから幸せになれない。
 これらは、全部、嘘だと思う。その気がないから、幸せになれないだけだ。幸せになら、今、この瞬間になれる。ただ、その気になればいいのだ。
」(p.103)

私も、幸せになるには、ただ幸せになればいい、意志の問題だ、と言っています。幸せになるかどうかは、選択の問題なのです。


まずはひとり。自分ひとり。
 仲間ができたら、とかではない。準備ができたら、とかでもない。最初はひとりでもやる。そして、出す。
 無視されても、罵倒されても、出し続ける。自分の世界に閉じこもるのではなく、外側の世界にコンタクトを続ける。ボールを投げ続ける。まずはひとり。
」(p.169)

前提条件を置かないことです。できるかどうかではなく、やるかどうか。ただ「やれ!」と坂爪さんは言うのです。

自分が自分であることを続けた分だけ、誰かの「そうするしかなかった」事情を汲み取れるようになる。

 だから、何度でも、何度でも、始めるんだ。始めたら、始めただけ、強くなる。そして、優しい人間になれるのだと思う。
」(p.171)

何かを始めて上手く行かないと、くじけそうになる。実際、くじけてしまうかもしれない。それでも、また初めてみる。そういう体験の中で、始められない人、くじけてやめてしまう人の心に、寄り添うこともできるようになるのですね。


坂爪さんは、Facebookでも素敵な言葉を発信しておられたので、幸せ実践塾のページでもシェアすることがよくあります。本を書くということについても、いろいろ問題があったようですが、こうやって形になったことをお祝いしたいです。おめでとうございます!

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タグ:坂爪圭吾
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:31 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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