2018年03月27日

バリ島へ来ました

突然ですが、今、バリ島にいます。

なぜ私がバリ島にいるかと言うと、バリ島の大富豪、アニキこと丸尾孝俊さんに会いたかったからです。


アニキのことを知ったのは、ほぼ6年ほど前になります。
箱根合宿に参加した後くらいに、クロイワ・ショウさん「出稼げば大富豪」を読んだのが最初です。

そしてその後、箱根合宿の講師として来られたダイヤモンド出版の飯沼一洋さんも、アニキに会いにバリ島によく行かれていることがわかりました。
その後、飯沼さんもアニキの本「大富豪アニキの教え」を出版されます。


そういう縁で、いつかはアニキと会いたいなぁ、とずっと思っていました。
なかなかその機会がなかったのですが、昨年の暮、突如としてその機会がやってきました。

それは、Facebookでやっと連絡が取れた白駒妃登美さんが、アニキと出会ってとても気に入られて、またアニキに会うツアーを企画されたからです。
白駒さんのご著書も何冊か読ませていただいていて、いつかお会いしたいと思っていたのです。

そんな白駒さんとアニキのお2人に会えるツアーなら、もう申し込まない理由がありません。
さっそく、「タイからですが申込みができますか?」と尋ねて、すぐに大丈夫だと返事をいただいたので、勢いで申し込みをしました。


そのツアーに、今、参加しています。
昨日(2018年3月26日)の夕方にバリに到着し、今日が2日目です。


私は今、タイの田舎、イサン地方にある妻の実家で暮らしています。
ですから、まずはバンコクに出ていく必要があります。

夜行バスで約10時間(700km弱)かかりますが、料金はわずか520バーツです。
それに3月24日の夕方に乗って、翌朝、バンコクに到着しました。

夜行バスに乗りました 夜行バスのサービス

夜行バスでは、飲み水の他、お菓子や軽食のサービスもあります。
深くリクライニングができる3列シートなので、10時間かかるとは言え、日本へ行くときの6時間のエコノミーより快適です。


その日は、所属しているソフトボールの活動に参加しました。

ソフトボールに参加

その後は、インドネシアでもインターネットができるようにと、AISのツアーSIM(SIM 2Fly)を399バーツで買いに行きました。

AISのツアーSIM(SIM 2Fly)

このSIMは、日本でも使えます。
また、日本でもアマゾンなどで売っているようですね。

基本的にインターネットができればOKという人には、この上なく便利なものだと思います。
だって通話も、LINEなどを使えばできるのですから。

後は、スーパーマーケットで、白駒さんとアニキへのお土産を買いました。


翌朝、ドンムアン空港へ向かいました。
早々と着いたので、まずはコンビニのセブン-イレブンでビールを買って腹ごしらえです。

コンビニで買ったビール

通常、ビアシン(シンハービール)より安いリオー(LEO)が、なぜか高かったです。
リオーが54バーツ、ビアシンが51バーツでした。
通常のコンビニだと、リオーが34バーツくらい、ビアシンが41バーツくらいかと思います。


テイクオフ時間の3時間前に、チェックインカウンターに並びました。
ドンムアン空港は、チェックイン時に預け荷物の重さを測るのですが、そこでは受け取ってくれません。
チェックイン後に、その先にあるX線検査場へ持って行って、そこで検査がOKなら受け取ってもらえます。

飛行機に乗って飛び立った後、食事が配られました。
私はすっかり忘れていたのですが、預け荷物などのパッケージの中に、食事も含まれていたのですね。
チキンの料理をいただきました。

エアアジアの機内食 エアアジアの機内食

鶏肉の唐揚げにミートソースをかけたような料理です。ご飯がすっごくゴワゴワだったのが印象的でした。
インドネシアのスタッフだったので、インドネシアの機材なのでしょうね。
インドネシアのご飯は、これが普通なのかなぁと、ふと思ってしまいました。


そして、バリ島に到着。

成田と関西から集まったツアーメンバーと合流し、夕食は中華料理屋へ行きました。
中華料理ですが、シーフードとリバーフードも兼ねているようです。

夕食の中華料理屋

店の前の水槽で泳いでいたエビが、店を出るときにはほとんどいませんでした。
きっとあれは、私たちのエビチリになったようです。


そしてホテルに到着。
ウブドという地区の、繁華街からは少し離れたところにある情緒のあるホテル(Labak River Hotel)です。

ホテルの部屋で

インドネシアでは、BINTANG(ビンタン)というビールが有名なようです。
さっそくいただきましたが、癖のない飲みやすいビールですね。気に入りました。

夕食中、およびホテルまでの移動中、参加者および白駒さんの自己紹介タイムがありました。
それぞれ、いろいろな思いで参加されているのですね。
また、白駒さんの庶民的なざっくばらんとした感じが、とても魅力的でした。

こうして、バリ島での1日目が終わりました。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:22 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月28日

バリ島2日目はマルガ英雄墓地へ行きました

バリ島の大富豪、アニキこと丸尾孝俊さんと、ツアー主催者の白駒妃登美さんに会うために参加したバリ島ツアーの2日目(2018年3月27日)です。

宿泊したのは、ウブド地区にあるラバック・リバー・ホテル(LABAK RIVER HOTEL)です。
いつもの習慣で、タイ時刻の5時直前、こちらの6時前に自然と目覚めました。
ちょっと早すぎたので、そのままベッドでうとうとしていると、夜が明けました。

ホテルの朝

8時に朝食の予定でしたから、シャワーを浴びたり、メールをチェックしたりと、余裕で過ごしました。


朝食の後、9時集合で「マルガ英雄墓地」へ向かいました。
ここには、インドネシア独立戦争を戦った兵士たちが祀られています。
その中には、わかっているだけで12名の日本人が葬られているのです。

ホテルから1時間くらいで到着しました。
そこは、巨木のある公園墓地でした。

マルガ英湯墓地の外観 マルガ英湯墓地の外観

まずは、その記念碑のあるエリアに入ります。
後から気づいたのですが、この施設は五角形で造られています。
どういう意味かはわかりませんが、あらゆるところに五角形が使われていました。

独立を勝ち取った像

入ってすぐのところに、独立を勝ち取ったことを誇らしげに宣言しているような像がありました。
実際は、戦闘では負けていたようですが、4年数ヶ月も粘っている間に、国際世論の変化などもあり、オランダが手を引くことになったようです。

敷地内にも、縦横それぞれ20m以上はあろうかという巨木がありました。

敷地内の巨木 敷地内の巨木

そして、独立戦争の英雄、グスティン・ングラライ将軍が寝たというベッドが展示されていました。
この将軍の名前が、デンパサールの空港名になっていますし、50,000IDR(インドネシア・ルピア)札の肖像として使われています。

グスティン・ングラライ将軍が寝たというベッド グスティン・ングラライ将軍が寝たというベッド

その後ろには、慰霊塔が立っているエリアがあります。

マルガ英雄墓地の慰霊塔 マルガ英雄墓地の慰霊塔

インドネシアが独立宣言をしたのは、「17/8/05」となっています。
8月17日はわかるのですが、05年というのは、何とも不思議です。

実はこれ、皇紀2605年(1945年)を意味しているのです。
日本人からの影響がない状況で、インドネシアの人たちがあえて皇紀を使ったということが、先の大戦の意味を示しているように思います。

そしてこの慰霊碑ですが、土台が5段、屋根が8重、高さが17mになっていて、まさに独立宣言の日を表しているのです。

慰霊塔の塀には、いろいろな彫り物があって、いかにもインドネシアというか、バリ島らしい感じです。

慰霊塔の塀


そして、その奥にある英霊墓地に向かいました。

英霊墓地

インドネシア独立のために戦って亡くなられた方々の墓地です。
その中に、わかっているだけで11基12人の日本人のお墓があります。

日本人兵士の墓があるのは、少なくとも1,000名以上の日本兵が、インドネシアの独立戦争に協力したからです。
敗戦後も、大東亜共栄圏の思想にしたがい、欧米の支配からアジアを独立させることに命を捧げたのです。

こういう歴史は、インドネシアだけでなく、ビルマやベトナムにあるようです。
インドも、あの悪名高いインパール作戦を独立戦争の一部としているように、日本の協力によって独立を勝ち取りました。


インドネシアで日本人兵だとなぜわからないかと言うと、1つの理由として、彼らがインドネシア人の名前を名乗っていたからだそうです。
それは、何かあった時にインドネシアに迷惑がかからないようにするためだったのだそうです。

また、なぜ墓の数より人の数が多いかと言うと、負傷した仲間を助けようとした時に撃たれて亡くなった2人が、後になって離そうとしても離れなかったのだとか。
それで、一緒に葬られたのだそうです。


私たちは、日本人の英霊のお墓に付けられていた日の丸鉢巻を外し、新たな日の丸鉢巻を結びました。
実はこれ、元々はアニキが始められたのだそうです。

最初にアニキが結ばれた紐が、今も残されています。
その上に、私たちの日の丸鉢巻を結び直し、線香を手向けて感謝の気持ちを捧げました。

そして最後は、みんなで君が代を斉唱しました。
この英霊たちの思いを、これからも引き継いで行きたいという思いです。


そして、その近くにある資料館へも行きました。

資料館の模型

そこには、この英霊墓地のミニチュア模型もありました。
また、英雄たちの像や写真が飾られていました。

英雄たちの像

また、実に粗末な服装や装備で、独立戦争に臨んだことを示す人形も展示されていました。

兵士の人形

 

英雄墓地を出た後、ホテルに戻る途中で昼食をとりました。
そこの入口は、どう見てもレストランとは思えないものでした。

レストランとは思えない入口

2Fは外国人専用で、1Fが地元の人向けと分けているのではと感じました。
私たちは、2Fで涼しい自然の風を感じながら、おいしい食事をしました。

昼食のビール 昼食

私が選んだのは、チキンのサティです。サティと言うのは、マレー語で串焼きを表すのだそうですね。(友人談)
タイ語でも、ムーサテと呼ばれるカレー風味で甘い味付けの豚肉の串焼きがあります。

他の人は、カレーとか、何かよくわからない(笑)料理をたのんでいました。

カレー 何かよくわからない料理

まあでも、いずれも美味しかったようです。
私も、ビールを大瓶で2本いただき、それだけでも充分に満足です。


移動中に、街の様子を動画に撮りました。



移動中に、白駒さんの講演もありました。




こうして、午後にホテルに戻ってきました。
そして、夜20時の食事まで、部屋でまったりと過ごしました。

夕暮れ時、窓から外を見ると、コウモリがたくさん飛んでいました。



だんだんと、日が暮れていきます。


夕食は20時からで、ホテルのレストランでいただきました。
このホテルができて以来、ここで働いているという日本人シェフのお任せコースで、とっても美味しい料理をいただきました。

料理の全部は写真に撮らなかったのですが、このデザートを見るだけでも、どれだけのコースだったかがわかるかと思います。

夕食のデザート


22時過ぎまで話し込んで、お開きとなりました。
明日は朝10時から、アニキが暮らすネガラに向けて出発します。

そうそう、昨日、白駒さんからいただいた中津のお土産がありました。

中津のお土産

粟おこしのようなお菓子で、とても美味しかったです。
今日は、ビールもたっぷり飲んで、食事もおやつもたっぷり食べて、もう思い残すことがありません。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 00:02 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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