2018年03月08日

托鉢にもいろいろあるようです

タイの田舎暮らし9日目です。お店はオープンして6日目になります。

昨日の売上は300バーツほど。
おかずがなかったことも影響したのか、思ったほど売れませんでした。
※1バーツ≒3円です。

まあでも、こういう変動があるのが小売の実態ですからね。
そんな中でも、固定客ができていたり、初めてのお客さんが来られたりと、徐々に浸透してきているように思います。


今朝も5時に起きました。
妻は4時に起きて、他のおかず作りをしました。

明け方の月

5時半はまだ真っ暗ですが、6時前になると空が明るくなります。
昨日は月の左側に見えた木星(多分)は、今朝は右側に見えました。
(写真には写っていませんが。)

6時くらいになると、辺りも少し明るくなります。
まだ明け切らない朝の様子を動画でどうぞ。



小鳥がかなりやかましく鳴いています。
オートバイの照明を見ると、まだ薄暗い様子がわかるかと思います。

最後に映った犬は、妻の実家で飼っている犬です。
名前はミー(熊)とスア(虎)。わかりやすいでしょ?


今日は、托鉢のお坊さんがいつもと違いました。
いつもは右側からやってくるのに、左側からやってきました。
しかも6人という大勢で。

6人で左から来られたお坊さん

いつもの見慣れたお坊さんがいませんね。
出迎える人たちが手にしているものも、いつもと違う気がします。

6人のお坊さんにタンブン


そのお坊さんたちの読経が終わるやいなや、右側からいつものお坊さんたちがやってきました。

いつもの3人のお坊さんにタンブン

いつもどおりに3人です。
とすると、6人のお坊さんたちは、他のお寺から回ってこられたのでしょうね。
村にあるお寺のお坊さんはいつもの3人で、6人のお坊さんはこの地域全体を管轄するお寺なのかもしれません。

3人のお坊さんの読経

いつものようにタンブン(功徳を積むこと)でお坊さんにカオニァオなどを差し上げ、それが終わると短い読経をしてもらって、それで終わりです。


昨夜、久しぶりに体重を計ったら、なんと67kgを超えていました。
いかん! めっちゃ太ってるやん。

調子に乗ってカオニァオをいっぱい食べているせいです。
バンコクでも最近は少し太り気味で65kg前後だったのですが、すでに2kgも太りました。
今日からカオニァオを制限します!
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 10:00 | Comment(0) | ├ タイの田舎・イサン地方暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月09日

浮島の聖地カンチャノートへ行きました

昨日(2018年3月8日)、浮島の聖地、カンチャノート(คำชะโนด)へ行きました。

昨日、ちょうどカンチャノートを紹介する記事を書いたばかりだったので、本当に奇遇です。


妻が、ウドンタニー県のバンドゥン郡にあるタラート(市場)へ行くと言い出しました。
それで車で走り出すとすぐに、「最初にカンチャノートへ行くよ」とのこと。
そこで商売繁盛をお祈りするつおりのようです。

カンチャノートまでは約40kmです。
車で1時間もかかりません。

途中、お供え物を売る屋台がたくさんあります。
だいたい、バナナの葉っぱなどで作ったインドの精霊、ナーガ(蛇神)です。

ナーガのお供え物

私たちが買ったのは、一番小さいサイズ。(写真の手前真ん中やや右)
それでも高さが30cm近くあるでしょうか。
これがたったの100バーツです。


到着すると、さすがに昨年の4月ほど人は多くありません。
あの時はソンクラーン(タイの正月)近くだったので、ごった返すほど人がいました。

入口の手前は、すっかり変わっていました。
昔あった市場のようなものはなくなり、土産物屋とロッテリー(宝くじ)屋になっています。
その通りには絨毯が敷かれ、裸足で歩いていけるようになっています。

入口から先は裸足なので、その前で履物を脱ぎます。
その履物置き場が、土産物屋さんの手前にあるのです。

カンチャノート入口


入口から入ろうとすると、帽子も脱げと注意されました。
神聖な場所なので、履物も帽子も脱ぐのが礼儀なのですね。

浮島へ渡る参道

浮島へ渡る通り(参道)の欄干は、蛇の胴になっています。
この胴にお札を当てながら歩き、豊かになるよう願う人もいます。


渡った先にはお堂が3つあって、それぞれ何か祀ってあるようです。
ここで、買ってきたナーガのお供え物をします。
妻は一生懸命に商売繁盛か何かを祈っていました。


そこから左の方へ行くと、大きな銅鑼(どら)が置いてあったり、ナーガが水を吐き出す池があったりします。
私たちは今回、そこへは行かず、右の方のご神木の方へ行きました。

樹齢100年はあろうかという大木が立っています。
根がうじゃうじゃとしていて、ちょっと気味悪い感じもします。

カンチャノートのご神木 カンチャノートのご神木

見ると、1本の樹が倒れていました。
昨年の4月に来た時は、倒れていなかったので、このご神木の周りをぐるりと1周できたのですけどね。

倒れたご神木

倒れてもご神木ということで、みんなその樹に触れて、何やら祈っているようでした。


ご神木を見た後は、すぐに浮島から外に出ました。
そして、土産物屋に立ち寄りました。
どうやらそこは、妻の知人がやっている店で、せんべいなどのお菓子とアイスクリームを売っていました。
妻は、アイスクリームを売ることにも関心があり、装置のことなどを聞いていました。


その後、バンドゥンの街へ行き、タラートへ立ち寄りました。
バンドゥンは妻の実家があるバーンムァンより大きくて、スーパーマーケットのBIG-Cもできました。
タラートの商品も充実していました。

そこでは、ルークチン各種を買い、さらにかき氷を作る器具と、販売するための器やシロップ、トッピングなどを買いました。
アイスクリームの前に、かき氷を始めるようです。


その時、お義母さんから電話があり、実家の方は雨が降っているとのこと。
それですぐに帰宅の途につきました。
途中から大雨になり、これは相当に降っているなと思わされました。

到着してみると、お店の中が雨漏りしていました。
まあ、そうなるとは思ってましたよ。
だって、屋根の角度が少ないから、屋根材を重ねた時に、先の方へ雨水が流れるような角度ができてないんですもの。

屋根材を載せる時にそう思いましたが、こういうのを言っても、妻は聞く耳を持たないし、不機嫌になるだけなので黙っていました。
やってみなければわからないし、問われてもいないアドバイスをしても無駄ですから。

そのうち、また激しく降り出しました。
店の中はナムトゥアム(洪水)状態です。


妻は、ブルーシートを買ってきて、雨の時は屋根を覆うと言っています。
まあ今からなら、それくらいしかないでしょうね。

この雨の激しさがどのくらいかは、次の動画をご覧ください。



バケツを引っくり返したような雨。
こんな雨が3月に降るなんて、本当に珍しいです。

この雨は断続的に降り、この日は午後はずっと雨のような状態でした。
いつもは18時までは営業するのですが、この日は17時45分には片付けを始めました。
 

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:57 | Comment(0) | ├ タイの田舎・イサン地方暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

とっても寒い朝です

タイの田舎暮らし10日目です。お店はオープンして7日目になります。

昨日の売上は300バーツほど。
午後からはほとんど雨だったので、その割にはよく売れたと言えるでしょうか。
※1バーツ≒3円です。


今朝も5時に起きました。
さ、寒いです。

気温19度

気温25度を下回るととても涼しく、それで風が吹けば肌寒く感じるのがタイです。
気温20度を下回ると、それだけでも肌寒いほど。
天気予報通りなので、予定通りにTシャツの上に作務衣を着ました。

作務衣を着る


昨日の雨の対策として、お義母さんが店の周りに溝を作って、雨水の侵入を阻止するようにしていました。
こうやって、少しずつ完成形に近づけていくのですね。

店の周りの溝


今日の商品は、お義母さんのガップカーオ(おかず)と、マカム(タマリンド)を甘く似たようなもの。

ガップカーオとマカム

妻の方はいつもの、ルークチン・トートとBBQです。

ルークチン・トートとBBQ


今日は、11時近くになっても気温が22度しかありません。
しかも風が強く、肌寒いを通り越して寒いです。
外に置いてあった暖を取るための火を、店の中に入れました。

暖を取るための火

とは言え、吹きっさらしですから、これがあっても周りが暖かくなるわけではありません。
せいぜい、ときどき手をかざすくらいなもの。


あまりに寒いので上に何か羽織ろうと思ったのですが、普段着ない服はすべて、妻が片付けてしまいました。

仕方がないのでTシャツを2枚重ねして、タオルをマフラー代わりにして、その上に作務衣を着ました。
それでも風が吹くと、まだ寒く感じるほどです。


どうやら強い低気圧が来ているようです。
タイ語ではパユ(嵐)と言うのですが、強い風が吹いて雨や雹(ひょう)が降ったりします。

おそらく北の方から寒気が来ているのでしょう。
天気予報では、明後日の日曜日まで最低気温が20度を下回るようです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:56 | Comment(0) | ├ タイの田舎・イサン地方暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月10日

朝のタラート(市場)へ行きました

タイの田舎暮らし11日目です。お店はオープンして8日目になります。

昨日の売上は800バーツほど。
前日、前々日の売上を補うかのように、かなり売れました。
※1バーツ≒3円です。


今朝も寒かったです。
最低気温は16度。
布団にくるまっていても寒さが伝わってきました。

寒い朝

それでも、昨日のように風が吹かないから、体感的にはそんなに寒くはありません。

今日も作務衣です

しっかりとTシャツを2枚重ね、タオルのマフラーをした上に、作務衣を着込みました。
これで寒さ対策はバッチリです。


今朝は、朝の売上が落ち着いた後の8時過ぎに、街のタラート(市場)へ出かけました。

街のタラート

バーンムアンの街の中心部にあるタラートです。
食材を買う場合、たいていここに来ます。

野菜を売る店

今日は、ルークチン(ลูกชิ้นปิ้ง:練り物)の残りが少ないので買い足しました。
それと、付け合せの野菜(きゅうり、トマト、大きい青唐辛子)も買いました。


BBQは昨日で売り切れたので、今日はありません。
この肉はタラートではなく、行商が来た時に買います。

昨日はワン・プラだったので、売りに来なかったので買えませんでした。
今日、売りに来たら買って、明日はBBQを並べられます。


タラートの買い物の後、妻が用事で他へ行っている間に、近くをぶらっとしました。
タラートの近くのコンビニです。

コンビニ

コンビニは、セブン・イレブンが数軒あります。


この辺りでは、車はロットガバ(ピックアップトラック:รถกระบะ)が多いです。
やはり荷物が積めるのが便利です。

オートバイも多いです。
オートバイの中には、横に大八車を付けたようなサイドカーがけっこうあります。

サイドカー

今は昔買ったロットガバを使っていますが、もうすぐ使えなくなります。
4月に戻ってくる義兄に売ることになっているので。
そうなった時は、こういうオートバイを買うのがいいかなぁと思っています。


タラートから戻ってきて、朝食を食べました。

今日の朝食

今日の朝食は、カオニァオ(おこわ:ข้าวเหนียว)と、ムーヤーン(焼き豚:หมูย่าง)と、パラー(ปลาร้า:正確にはプラーラー,魚を発酵させて作る辛味噌のようなもの)です。
このパラーをカオニァオにつけて食べると、もう止まりません。(笑)


昨夜、私のためのチラシを作りました。
それを今朝、店の前に吊り下げました。

チラシ

「日本語教えます」
「レイキします レイキ教えます」
「1時間100バーツ」


あとは、レイキが日本から来たものとか、自然な癒しだとか、心身が気持ちよくなるなどの説明があります。


このチラシを作るのも大変だったんですよね。
妻がなかなか協力してくれないもので。

まあでも、ともかくチラシができたので、良しとします。
ちょっと高すぎてひさしにかかるため、裏に段ボール紙をあてて低い位置に吊り下げるよう、改善したいと思います。

ただしそれも、妻の協力が必要なんです。
「(段ボール紙のような)硬い紙ある?」と尋ねても、「ない」の一言で終わりですからね。(汗)

まあこちらも気長に、完成させることにします。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:22 | Comment(0) | ├ タイの田舎・イサン地方暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

大変です!そこは蟻の家でした

昨日(2018年3月10日)、タラート(市場)から戻ってきてしばらくして、親戚の家の掃除に行きました。

その親戚は、サムイ島でイサン料理店をやっているので、戻ってくるのは年に1回のソンクラーンだけ。
そのためだけに、立派な家を建てているというのも大したものですけどね。

もうすぐ戻ってくるので、その前に掃除をしておいてほしいと、妻に依頼したというわけです。
妻はこの掃除で、500バーツの手数料がもらえるのだとか。

1人だとピー(ผี:おばけ)が怖いから、私にもついてきてくれと言います。
まあそこの家でPC作業をやっていればいいやと思い、ついて出かけました。


最初は外の掃き掃除くらい手伝うかと思い、ほうきで外を掃いていたところ、中から妻の叫び声が聞こえました。

「モット(蟻)!!!」

何ごとかと思った中に入ると、大量の蟻がいました。
どこかに餌があったのかと思い、蟻の後をたぐっていきましたが、それらしいものがありません。

しばらく探して、妻がやっと見つけました。
まずはポットです。

ポットのアリ

ポットの中に巣を作っていました。
特に蓋の隙間から蓋の中に入り、そこを完全に巣にしていました。

そして次はエアコン。

エアコンにたかる蟻

エアコンの中を覗くことはできませんでしたが、大量の蟻が出てきたので、大きな巣があることは間違いなさそうです。

最後はタンスの引き出しの中。

タンスの中の蟻の巣

この写真の白く見えているのは卵です。
引き出しの中をそのまま巣にしていたことがわかります。

この他にも、洋服の収納ケースの服の隙間を巣にしていました。
また、トイレ(ホンナーム:ห้องน้ำ)の中は、全体が蟻だらけでした。

蟻は土の中の狭い空間に巣を作ると思っていましたが、まったくそうではありませんでした。
外には土の地面がたくさんあるにも関わらず、あえて家の中に巣を作る。
これには驚きました。

エアコンに殺虫剤をスプレーして、落ちてきた床の蟻です。

床に落ちた蟻

こんなことを3〜4回もやったでしょうか。
それをほうきで掃いて集めます。

ほうきで集めた蟻

こんな塊を10回以上も作りました。
どれだけ蟻がいっぱいいたか、想像していただけるかと思います。


けっきょく、掃除に4時間もかかりました。
私は座っているだけの予定でしたが、ずっと掃除を手伝うことに。

妻はこの掃除で500バーツをもらうようですが、私は何ももらえません。
「なんでやね〜ん!!」


お店に戻ってくると、隣の家(親戚)の人が、庭のマムアン(มะม่วง:マンゴー)を採っていました。

マムアンを採る

大きな樹なので、高いところの実を採るのに、3m以上もあろうかという竹竿の先に鈎状の針金をつけて、それで引っ掛けて落とします。
まだ青いですが、未熟な実も、それはそれとして美味しいです。
マラコー(มะละกอ:パパイヤ)の未熟な実でソムタム(ส้มตำ:パパイヤサラダ)を作ることは、よく知られていますよね。


その夜、家から道路の方を見ると、向かいの家の裏の方で大きな火が上がっていました。
すわ、火事(ファイマイ:ไฟไหม้)か!?

火事か?

妻に尋ねると、オイ(อ้อย:サトウキビ)を燃やしているのだとか。
出荷するのは幹の部分だけなので、それ以外を畑で燃やしたのでしょう。

それにしても、天を焦がすような大きな火。
びっくりしました。


空を見ると、オリオン座が天頂付近にきれいに見えていました。
空の星を眺めるのも、久しぶりな気がします。

こういう、ゆったりと時間が流れる感覚が、なんだか嬉しいです。

 

明けて今日は、タイの田舎暮らし12日目です。
お店はオープンして9日目になります。

昨日の売上も800バーツ超。
2日連続で、かなり売れました。
学校が休みに入ったせいもあるかもしれません
※1バーツ≒3円です。


今朝は、昨日吊るしたチラシを、もっと見やすい位置に移動しました。

チラシを見やすい市に移動

外から見ても、チラシがあることがわかります。
そしてだいたい目の高さなので、すぐに目につくでしょう。

柱にくくり付けたチラシ

柱にくくりつけられるように、裏に段ボール紙を貼りました。
これでしっかりするので、柱に付けても大丈夫です。


昨日、お試しでレイキをしてあげた親戚のおばあさんが、今朝、おかずを買いに来られました。
その時、昨日のレイキで頭が痛いのが良くなったと言われてました。
こういう感想をもらえると嬉しいですね。

「日本語教えます」「レイキします」「レイキ教えます」

私の志事(しごと)が、大きくなるといいなぁと思います。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 10:39 | Comment(0) | ├ タイの田舎・イサン地方暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月12日

かき氷あります!

タイの田舎暮らし13日目です。
お店はオープンして10日目になります。

昨日の売上も800バーツ超。
3日連続の好売上です。
日曜日ということもあって、子どものお客さんが多かったです。
※1バーツ≒3円です。


昨日も朝が寒かったので、完全防備で臨みました。
朝、9時くらいになると客足が途絶えるので、そんな時はPC作業をしたり、ふっとくつろいだりしています。

くつろいでいる状態


その後、日差しも出て暖かくなってきました。
気温は30度に届かないものの、直射日光を受けると暑く感じます。

そうなると売れるのがかき氷です。
昨日から、かき氷を始めました。

かき氷を始めた

その前の夜、妻は、バンドゥンの電気屋で買ってきたかき氷機を取り出し、かき氷を作ってみんなに振る舞いました。
翌日から営業するための試作だったようです。

その時は、出てきたかき氷を皿で受け、それを手で丸めてお椀に入れたり、シロップをこれでもかとばかりにたっぷりかけるなど、とても見られたものではありませんでした。

しかし、営業が始まってみると、工夫したようです。
出てきたかき氷をお椀で回しながら受けて、山盛りにしないようにしています。

やってみて、上手く行かなければ改良する。
これがタイのやり方ですね。


実はこのかき氷機、少し難点があります。

かき氷機 かき氷機

日本のと違って、かき氷が出てくる口と受ける面との間に充分な高さがないのです。
受け皿を取り外しても、吹出口の低い部分から底面まで5cmほどしかありません。

3台ほど見せてもらったのですが、全部同じスタイルでした。
これでは、高く盛り上げた日本のようなかき氷は作れません。


妻から依頼されて、かき氷のチラシを作りました。

かき氷あります!

あえて日本語を入れてみました。
日本人が英語をかっこいいと思うように、タイ人は日本語に好ましい印象を持っているからです。

小さいサイズが5バーツ、大きいのが10バーツです。
昨日は30杯くらいうれましたが、すべて小さいサイズでした。

 

今朝は、気温が19度でした。
日中は30度を超える予想なので、薄手の作務衣を上に羽織って、下はジーンズにしました。

作務衣を羽織って

まだ全部の学校が休みになったわけではないのですね。
甥っ子は、すでに学校が休みですが、今日は他の用事で出かけていきました。


さっき来た子どものお客さんが、面白いことを言っていました。

「隣のかき氷機は汚いけど、こっちのはきれいでいいねぇ。」

実は、すぐ隣の店でもかき氷を売っています。
ただ、掃除をしないようで、機械が汚れたままになっているようです。

子どもは正直ですね。(笑)
大人は気づいていても、口に出しませんから。

でも、お客さんが不満に感じるようになれば、やはり選ばれなくなります。
ケースやテーブル、椅子などは、私が毎日拭き掃除をしています。
やはり食べ物屋ですから、清潔感を出さないとね。

今日も、お客さんがいっぱい来てくれるといいなぁと思います。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:08 | Comment(0) | ├ タイの田舎・イサン地方暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月13日

自営業は最大のブラック企業

タイの田舎暮らし14日目です。
お店をオープンして11日目になります。

昨日の売上は、過去最高の900バーツに達しました!
途中まで、あまり売れてなかったのですけどね。
夕方にかけて駆け込み需要がありました。
ありがたいことです。
※1バーツ≒3円です。


さて、1日の行動パターンがだいたい決まってきたので、その内容をお話しましょう。

朝5時、起床。身だしなみを整えて開店準備。
6時〜6時半、開店。以降、販売、仕入れなど。
夕方18時〜18時半、閉店。後片付け。
19時半〜20時、夕食。
20時〜22時、就寝。


まあ通勤時間がありませんから、その分は助かります。
しかし、1日約14時間の労働時間です。

と言うか、閉店した後のわずかな時間と、寝ている間が完全な自由時間。
それ以外は拘束された時間です。
これをブラックと呼ばずに何と言いましょうか!?(笑)

朝食や夕食は、開店中の空いた時間に行います。
食事中であっても、お客さんが来られたら対応します。


昨日の昼食は、新たに仕入れたルークチン(練り物)の試食でした。

昨日の昼食

試食と言っても、商品ですから自腹です。(汗)
これ以外に食事はなし。

ついでに言うと、夕食もありませんでした。(泣)
妻はお腹が空いていなかったようです。


さらにこの仕事、年中無休です。
土日も関係なく開店しています。

妻と私が買い出しに出かける時は、お義母さんが店番をします。
9時から16時くらいの間は、比較的にお客さんが少ないので、その間にいくことが多いです。


先日、浮島の聖地、カンチャノートへ行きましたが、あれも遊びではありません。
バンドゥンというウドンタニーの少し大きな街に買い出しに行くついでに、妻はそこでタンブン(功徳を積むこと)したかったのです。

タイ人は、何かにつけタンブンをしたがります。
それに、タイ国内の観光地は、お寺や宗教がらみか、タラート(市場)か、そのどちらかがほとんどと言っていいでしょう。

バンコク周辺だと、水族館だとか美術館などもありますが、田舎にはそんなものはありません。
前に、義兄の結婚式にガーラシンまで行きましたが、その帰りに観光で立ち寄ったのは巨石のお寺でした。


さて、そんなブラック企業ばりの職場で生活をしていますが、その生活の一端をお見せしましょう。
まずはこれ。

鶏の餌やり

何だかわかりますか?
庭にトタン板が打ち捨ててあるだけ。
そう見えますよね?

実はこれ、鶏の餌やり場なのです。

ここに、鶏が食べられそうな、たとえばソムタム(パパイヤサラダ)などの残飯を投げ捨てます。
すると放し飼いの鶏や犬がやってきて、食べられそうなものがあれば食べる、というわけです。
非情にアバウトですが、ある意味で究極のリサイクル。


次はこれです。

ゴミ捨て場

庭にゴミをぶちまけたところ。
まさにその通りです。(笑)

これが究極のごみ処理です。
ここで野焼きします。

捨てるものの選別はありません。
野菜くずなども一緒に捨てます。
もし、放し飼いの鶏や犬が食べられるなら、食べるに任せます。

ある程度溜まると、ここで燃やします。
瓶の王冠など金属は燃えずに残りますが、そのまま放置です。

考えてみれば私が子どものころ、昭和40年代までですが、庭に瓶の王冠を捨てるのは普通でした。
いちいちゴミ箱へという習慣はありませんでした。
そしてゴミは、畑の隅で燃やしていました。

昭和40年代に比べると、ビニール(タイではすべてプラスチックと呼びます)など「燃えないゴミ(本当は燃やさないゴミですが)」が増えましたが、やってることは同じです。

そんな昔に一部タイムスリップしたような生活をしています。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 09:51 | Comment(0) | ├ タイの田舎・イサン地方暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月14日

動く広告塔として活動しました

タイの田舎暮らし15日目です。
お店をオープンして12日目になります。

昨日の売上は、500バーツでした。
お客さんが少なくて、また最低ラインの300バーツくらいかと思いましたが、意外と伸びていました。
ありがたいことです。
※1バーツ≒3円です。


さて、昨日の様子ですが、朝の気温は22度と上がってきましたが、風が吹いて肌寒かったです。
最初はTシャツ1枚でしたが、途中から作務衣を上に羽織りました。

妻のお店の方は、だいたい落ち着いてきました。
ルークチン・トート(ลูกชิ้นทอด:練り物の揚げ物)とBBQ、そしてかき氷(น้ำแข็งใส:ナムケンサイ)です。

朝の開店準備、後片付けも、だいたい要領がわかってきました。
私も時々、ルークチン・トートやBBQを作って販売しています。


店番をする時は、店の裏手でPCを広げています。

店番中

しかし、客が来ないのにずっとここにいても飽きるので、散歩に出かけることにしました。
ここに来てから、車で出かけることはあっても、近所を歩いたことがありません。
初めてのお散歩です。(笑)


いつも行かない、家から右手(西側)へ歩いてみました。
だいたいどこも同じような感じですが、その中でも立派な家もあれば、粗末な家もあります。
よく似ているのが、鶏や犬を放し飼いにしていることです。

放し飼いの鶏の親子

放し飼いにされた鶏の親子が、私と同じように散歩をしていました。
まあ彼らは、餌を探しているのでしょうけどね。

こうやって見ると、鶏も本来はこうなんだよなぁって、改めて思います。
狭いゲージに入れられたイメージしかなかったので。


さらに先へ行くと、だんだんと家かげが少なくなります。
そこに、大きな実がなっている木を見つけました。

ジャックフルーツの樹 ジャックフルーツの実

これはジャックフルーツです。タイ語でカヌン(ขนุน)と言います。
知らない方は、こちらのサイトを参照してくださいね。

私はそれほど好きではないのですが、ハマる人はハマるようです。
味はほのかな甘さがあるのですが、やや癖があります。


さらに先に行くと、ゴムの木(ヤンパーラー:ยางพารา)がありました。

ゴムの木

木の幹に、樹脂を採るための器がくくりつけてあります。
タイ南部ほどは盛んではないようですが、東北部のイサン地方でも、ところどころで見かけます。


人家がまったくなくなるところまで歩いて行って、それから戻ってきました。
距離にして片道500mもあったでしょうか。
ほんのちょっとの散歩です。

しかしこれは、ただの散歩ではありません。
動く広告塔になろうと思ったのです。

田舎ですから、外国人が通れば目立ちます。
実はここ数日、ファラン(西洋人)の男性が散歩をしているのです。
どこかの家に、奥さんと一緒に帰省しているのかもしれません。

それを見て、私も歩いてみれば目立って、注目されると考えました。
日本人がいると噂になれば、店の売上にも貢献するかも知れないし、ひいては私の仕事にもつながるかもと。

「それなのにたったの1kmの散歩なの?」
というツッコミは、なしでお願いしますね。(笑)
ぼちぼちやっていく方針ですから。


戻ってくると、近所の親戚のおばさんたちが集まって、店の中がなんだか賑やかです。
しばらくいましたが、人が多いところって、どうも苦手なんですよね。

と言うことで、避難しました。(笑)

ハンモック

吊り下げてあるハンモック(プレーンユアン:เปลญวน)に揺られて、本を読みました。
賑やかな環境では、なかなか集中できないので。

このハンモックも、多くの家で見かけます。
本を読んだり、スマホをいじったり、うたた寝するのにちょうどいいですね。


ここの中庭には、昔から東屋があります。

中庭の東屋

以前は、ここに集まって、食事をしたりしていたのです。
ところが、店の裏手に縁台を置いたものだから、みんなこちらへ集まってくるようになりました。

それはそれで、店番にもなるからいいんですけどね。
賑やかになりすぎたら、私は退避することにします。(笑)


昨夜は、妻はお腹がいっぱいということで夕食を食べなかったのですが、私には用意をしてくれました。
ありがたいことです。

夕食

私の希望で、バンコクで買った日本のインスタント味噌汁、そして「サロン文庫」で黒豚製品などを売っていた方から餞別にいただいた山菜です。
それと、ルークチン・トートにつけるきゅうりの余りがおかずです。
主食はカオニァオ(ข้าวเหนียว:おこわ)です。


明けて今朝、お店につけいていた私のチラシを取り替えました。
昨夜のうちにプリントして置いたものを、これまでのチラシの上に貼り付けたのです。

新しいチラシ

ほとんど前のと同じですが、値段の下に一文を付け加えました。

ฟรี 30 นาทีแรกเท่านั้น」

つまり、最初の30分は無料というプロモーションです。

誰も、やったことがないことは、不安でできませんからね。
とりあえず1回、お試しでいかがですか、というお誘いです。


今朝も昨日と同様に、静かなスタートです。
お昼ごろに雨が降りそうな予報ですが、最高気温は32度まで上がるとのこと。
暑くなってくると、かき氷が売れそうなんですけどね。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:03 | Comment(0) | ├ タイの田舎・イサン地方暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

食べない生き方



森美智代(もり・みちよ)さんの本を読みました。森さんの本は、以前に「「食べること、やめました」」を紹介しています。また、翌日の記事「病気が教えてくれること」でも、森さんの本の内容を引用して紹介しています。

森さんは、若くして難病にかかり、数年のうちに死ぬことになるという運命を、甲田療法によってひっくり返された方です。その中で、断食、少食、生菜食という食事療法を、自分に合った形で進めるうちに、今のように1日に青汁1杯だけ(50Kcal)という食事になりました。それをもう20年も健康で続けておられるのですから、現代科学では理解できない存在と言えます。

なお、森さんの病気は、脊髄小脳変性症というものでした。そう言えばつい最近、その病気にかかって亡くなられた少女の日記をまとめた本「1リットルの涙」を読みました。何だかつながっているなぁ、という気がしました。

その森さんの新たな本が出るということをFacebookで知って、買うことにしました。読んでみると、甲田療法の詳細も書かれていますが、それ以上に、少食の意義を訴える内容となっています。少食が人類を救うという使命感を持たれていて、それを広げるための本のようです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

私が、本書を通して、皆さんにお伝えしたいのは、きわめてシンプルで素朴な思いです。
「現在の食生活を見直しましょう」
 このたった一行の短いフレーズには、しかし、深い意味が込められています。なぜなら、「食べ方」は「生き方」をも大きく揺り動かして、その人の生きる価値観を根底から変えてしまうほど、強く影響を及ぼすことだからです。
」(p.6)

食べ方を見直せば生き方が変わる。だから、生き方を変えるために食べ方を見直しましょうという訴えなのです。


例えば一枚の葉っぱを食べたら、それは葉っぱの栄養素をいただくだけでなく、その葉が生き続けるためのいのちを丸ごと受け継ぐ、すなわち、目に見えないエネルギー、「気」そのものをいただくことになる。その葉を煮たり焼いたりするよりも、生のままのほうが、より自然のエネルギーを丸ごと損なうことなくいただくことができる、と考えるのです。」(p.31)

生野菜が体に良いのは、熱によって栄養素が壊れないからというよりも、「いのち」のエネルギーがあるからだと森さんは言います。この後に書かれていますが、生の葉なら、そこから根が出てきて育つ植物もあります。しかし、煮炊きすれば、後は腐れるだけです。その差が、生のエネルギー、つまり「いのち」なのです。


病気を引き起こすもとになった体内環境を一変させるには、食の改善が一番です。
 断食・少食・生菜食をすると、体は浄化モードになり、体中のゴミが一気に出ようと動き始めます。皮膚からも腸からも尿からも、耳、目、鼻、息からも老廃物が噴出します。その最たるものが後で詳しく述べる宿便です。
」(p.36)

断食や少食の目的は、体を浄化モードに変えることにあると森さんは言います。口臭や体臭がきつくなったりしますが、これらは瞑眩(好転)反応なのですね。


甲田療法では、ガンや難病、アレルギーなども、宿便を原因とみるケースが非情に多く、したがって断食や生菜食で宿便を出すことが、病気が治る第一歩だと位置づけています。」(p.88)

森さんは甲田医師から、お腹にガスが溜まっているので、「宿便を排出できれば病気は治る」と診立てられたそうです。そして実際、「すまし汁断食」をした時に宿便が出て、病状が好転したのだとか。


しかし、私もそうだったのですが、「宿便」に対して懐疑的な見方があります。便が腸肌にこびりついて出てこないなんて、そんなことがあるでしょうか? 森さんはこのことについて、不思議なことを言われます。下剤を使って腸壁がつるつるになるまでにして、大腸ファイバースコープで見ても宿便が見られない状態にまでした人のケースです。

ところが、そうした宿便がないと診断された人でも、断食をすると、なかったはずの宿便が出てくることもあるんですね。
 または、一年くらい生食を続けていたら、大量のくさい便が出てきたというようなことも起こります。宿便については、そういうマジックのような、まだまだ解明されていない部分がたくさんあります。
」(p.93)

甲田医師は、「腸の細胞の老廃物が出る」と言われていたそうです。森さんは、「体の中の古い細胞の一部ともいえる老廃物も一緒に排出されているのではないか」と思っているそうです。これについては何とも言えませんが、出てくるのは確かですから、どこからか老廃物が出るのでしょうね。


また、少食にしてカロリー制限をしながら、併せて青汁を飲むことによって、若返り遺伝子である「サーチュイン遺伝子」が活発に働き始めることもわかっています。」(p.116)

飢餓状態で目覚める「サーチュイン遺伝子」は、細胞中のミトコンドリアを活性化させてエネルギー効率を高めるのだそうです。マウスの餌を減らすことで長生きしたという実験は有名です。

ただ、ここでの森さんの説明は、それほど科学的なものではありません。青汁を飲むと「サーチュイン遺伝子」のスイッチがONになるという科学的な実験結果はありませんので。また、「サーチュイン遺伝子」そのものに懐疑的な見方も、科学者の中にはあります。まだ確定したことではないのです。


つまり、普通食の「腹いっぱい群」では体の外に捨てられてしまう尿素を、生菜食群や少食群では再利用して、栄養源として使うことが、この研究データからも裏づけられたのです。」(p.124 - 125)

森さんの体の中では、通常なら捨てられてしまう老廃物の尿素が再利用され、アミノ酸になっているということです。アミノ酸はタンパク質になり、それが筋肉になります。したがって、筋肉を溶かしては再利用し、新たな筋肉を作っていることになります。

しかしそうは言っても、1日に200gほど分解されるという筋肉が、再利用分だけでできるとは思えません。なので、奥田医師も次のように言っています。

森さんがなぜ食べなくても体重が減らず、二〇年も栄養不足にならず、元気で過ごしているのか、現代の栄養学では説明がつかない。」(p.125)

世の中には、まだまだ科学が及ばないことがたくさんあるのです。


この検査では、私を含め生菜食のグループも皆、普通の食事を摂っている人の四倍も、インターフェロンαの血中濃度が高いことが判明。食べないほど免疫力が上がる−−という結果によって、現代の西洋医学や栄養学の常識を大きく覆すことになりました。」(p.132)

少食によって免疫力が上がるということは、昔から言われていることです。昔は免疫力という言葉ではなく、「病気知らず」とか「医者いらず」と言っていますが。免疫学の権威、安保徹医師も、大食いしているとマクロファージが余分な栄養処理に使われて、病原体などの異物処理にまで手が回らなくなると言っているのだそうです。


かつては子どものときに、三九〜四〇度くらいの熱が出る病気を三〜四回することによって、免疫が正常に働くように成長することができました。だから、お医者さんも、喘息やアトピーの子どもに対しても、以前なら小学校に上がる頃には治りますよ、と言ったものです。それが今では少しでも熱が出たら、すぐに注射や薬で熱を下げてしまう。だから、いくつになっても免疫のバランスが調(ととの)わないのです。」(p.144)

これは対症療法の弊害ですね。熱が上がるのは、免疫反応であることがまだ理解されていないのです。最近やっと、解熱剤や下痢止めなどは、あまり飲まない方が良いと言われるようになりましたが。


漢方や鍼、マッサージ、整体など、いろいろな療法がありますが、何でもお任せで治してもらおうという受け身でいるうちは、なかなか治りません。それプラス、自分でも少食や運動療法を実行していくことで、快方に向かっていくのです。」(p.153)

自分の体なのに、医者に治してもらうという姿勢でいることの問題点を、森さんは指摘しています。これは、ある意味で仕方がない部分でもあります。なぜそうするのか、そうしなければならないのか、素人にはわからないのです。それをしつこく尋ねて、医師の機嫌を損ねたくない。そういう弱い立場に患者が置かれたから、「お任せする」という思考習慣が身についたのです。

しかし、それでは本当にはダメなのですね。自分の体の主人は自分です。自分で自分の病気を治すという意思を持って、なぜそうするのかを考え、自分の意思で決定する。病気を治すとは、自分の体の主人の座を取り戻すという意味でもあるのです。


イエス様もお釈迦様も、合う人ごとに、次々と癒すようなことはされませんでした。サイババもむやみに人を癒されなかった。西勝造先生も甲田先生に−−お二人とも目には見えないヒーリング能力をお持ちでしたが、たとえ超能力で診察することができたとしても、その力を使って治療しないようにと、注意されていたとのこと。ヒーラーが、患者さんの宿題をおせっかいして、先走って解いてはいけないのです。病気が治るかどうか、最終的には、その患者さん本人の「治そう」という決意の強さが、非情に大きく作用します。」(p.157)

たしかに、病気は治る時に治ります。そして、病気を治しているのは、その人の自然治癒力です。ですから、その人の「治ろう」とする意思によらずに他人が病気を治してしまうことは、差し出がましいことであり、その人の自由を奪う行為です。ですから、ヒーラーはそういうことをしてはならない、ということが言われます。

しかし、この書き方だと、病気が治らないのは本人が悪いからだ、と本人を責める考え方にとられがちです。実際、最初に紹介した本の少女は、森さんと同じ病気で亡くなりました。他にも大勢の人が、同じ病気で亡くなっています。では、森さんだけが治そうという意志があったから治り、他の人にはその意志がなかったことになるのでしょうか?

これは、非情に微妙な問題だと私は考えます。スピリチュアル的に言えば、本人(魂)が死を選ばない限りは死なないのです。ですから、病気が治らなくて亡くなった人も、その魂はこの世では充分なことをやったと満足し、旅立っているはずです。またレイキでも、寿命以外の病気は治るという言い方をしています。つまりこれは、亡くなったならそれが寿命だと考えることもできるわけです。

言葉で的確に説明することが難しいのですが、治らないのは自分が悪いからだ、と自分を責めることは、意味がないと思います。自己卑下をやめ、罪悪感を捨てて、ただ淡々と病気に向き合う。そして結果は放棄する。それで良いのだと思います。


人生で、何か困ったことが起こったら、それこそがあなたのテーマ。あなたの宿題だと想い定めて、しっかり取り組んでいきましょう。
 私の場合は、難病を生菜食・断食によって克服していく中で、自分を磨いていくチャンスを与えられた、そのように導かれたのだと思っています。
」(p.161)

森さんは、ご自身が難病になったおかげて天職とも言える鍼灸師の仕事に巡り会えたし、周りのすべてのもものに感謝できるようになったと言います。つまり、難病は「敵」ではなく、自分を導いてくれる「天使」だったというわけですね。


お腹がいっぱいでも”別腹”を求めてしまうのは、実はその人の心の中に問題があります。精神的に満たされていない証拠で、いわば愛が足りていない。愛の代償として、手っ取り早く身近にある食べものに手を伸ばしているだけなんですね。」(p.172)

おやつやデザートをやたらと食べる人は、本当にお腹が空いているからではなく、口が欲しがるのです。その意味は、愛情不足だと森さんは言います。愛が足りなくて満たされない精神の思いを、身体で代償しようとしている。

しかし、それでは精神が満たされるのは一時的なもの。いくら食べても食べても満たされない、それこそ餓鬼になってしまうのです。


皆さんの中にも「手当療法」というのをご存知の方もいらっしゃると思います。
 お母さんが、お腹や頭が痛いという子どもの患部に手を当ててあげると、痛みが落ち着くことがあるでしょう。あれです。体のどこか悪いところに手を当てて、気を送ると、何となく気分がよくなったり、症状が和らいだりすることがありますね。
 そうした手当によるヒーリング能力を促す方法として、「四〇分合掌行」というのを、甲田医院の断食合宿では、皆で行うのが慣例になっています。
」(p.211)

レイキも手当て療法の一種ですが、レイキでなくても手から気は出ます。人間の本能であり、自然に備わった能力ですから。それを甲田療法では、「四〇分合掌行」という、肩より肘を高くした状態で40分間合掌をするという修行によって身につけるのだそうです。そういうやり方もあるのでしょうね。


心をこめて丁寧に作ったものには、目に見えないエネルギー、言ってみれば愛のようなものが入っています。その愛の気持ちは食べる人にも伝わって、ただ口に入れるだけではない、自分が愛されている喜びもプラスされます。」(p.243)

食事を作るという行為もそうですが、食べる(いただく)という行為にも、心を込める(愛を込める)ことで、その行為の意味というか質が変わってくるのですね。


「愛と慈悲の少食」とは、どういう意味ですか? とよく訊かれます。
 ここには、二重の意味が込められています。一つには、少食にすればたんに食べ物にする動植物の殺生を少なくすることができる、ということ。そしてもう一つは、少食によって、自分自身の細胞や意識、心というものも、大切にしなければならないという「愛と慈悲」の気持ちが湧いてくる−−そうした意味も含まれているのだと、甲田先生はおっしゃっていました。
」(p.262)

生命全体への責任を果たそうという思いですね。食べる生命を尊重するから、なるべくそれを減らそうとする。また、自分自身の身体を大切にしようとするから、食べるものを減らす。その両方とは、要は、存在する生命を最大限に生かそうという意志だと思います。


このように紹介してきたのですが、これを読んで、甲田療法さえ行えば難病がすべて治ってしまう、と考えるのは早計だと思います。この甲田療法を実践しているばかりか指導していた方が、ガンで亡くなっているという事実もあるからです。岡部明美さんの「約束された道」に書かれていました。

ですから、上記で書いたように、自分のやり方が「悪い」から病気が治らない、と考える必要はないのです。また、自分が「悪い」から病気になったと考える必要もありません。すでに起こったことをあれこれ悔やんでみても、意味がありませんから。結果は結果として受けとめ、今、自分がどうするべきかを考える。そういう前向きな生き方として、この本を役立ててもらえるといいと思います。

私自身、多くの本を読む中で、少食こそが最大のポイントだと感じるようになりました。1日1食にした時期もありましたが、今はそれにこだわらず、なるべく食をコントロールし、お腹と相談しながら食べるようにしています。そうすると、自然と少食になるし、好みはあっても食に執着する気持ちはなくなるように思います。

食べない生き方
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 22:17 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月15日

ガソリンの自販機あります

タイの田舎暮らし16日目です。
お店をオープンして13日目になります。

昨日の売上も、約500バーツでした。
最初のころは、500バーツ行くとよく売れたねと思っていましたが、今ではそれが最低ラインみたいな感じです。
「売れた」「売れなかった」というのも、相対的なものですね。
※1バーツ≒3円です。


さて、昨日も動く広告塔として、散歩にでかけました。(笑)
一昨日が村のメイン通りを右手(西側)へ行ったので、昨日は左手(東側)へ行きました。

まず目についたのが、まるでお寺の屋根のような建物です。

お寺の屋根のような建物

よーく見ると、ただの倉庫のようです。
倉庫なのに、この荘厳な屋根。
このアンバランスさが気になります。

ただ、こういう形の屋根は、時々見かけます。
妻のおじさんの家も、そんな屋根です。

日本なら、東北地方など雪国で、こういう傾斜が急な屋根が多いですよね。
雪が屋根に溜まらないようにするためです。

でも、雪がふらないタイでは、このような屋根は、実用的ではありません。
雨漏り対策としても、もっとなだらかで大丈夫ですから。
きっと、豪華さを表現しているのではないかと思います。


その先に、何やら気になるものがありました。
一見すると、何かの自販機のようです。
タイで自販機って、すっごく珍しいのです。

自販機のようなもの

しかも、小屋に入っているスタイルが気になりますね。
近寄ってみました。

ガソリンの自販機

これはどう見てもガソリンの給油機です。
右側がディーゼル(軽油)で、左側がガソリンのようです。
給油機の裏にはドラム缶が置いてありました。

こんな簡便な形でガソリンが売れるなんて、日本じゃ考えられないでしょうね。
実は、家から右側へ行くと、隣の家がお店になっていて、そこでもガソリンを売っています。

ただし、瓶などに詰めた形で、1〜2リットル単位です。
主にオートバイのようで、漏斗(じょうご、ろうと)を貸してくれますから、それを使って給油します。

ガソリンがこんな感じで身近にある。
これも日本では考えられないことです。


こちら側も、やはり犬と鶏が多いですね。
すべて放し飼いです。

放し飼いの犬と鶏

犬と鶏が同時に入る構図だったので撮ってみました。
わかりますかね?

散歩に出かける前に、妻に注意されました。
犬に噛まれないようにと。

だいたい半分くらいの犬は警戒心が強く、吠えてきます。
その中に一部、近くまで来て威嚇する犬がいます。

うかつに背中を見せるとがぶりとやられそうなので、しっかりと見ながら離れるようにしました。
タイでは、狂犬病で亡くなる人もいるので、注意が必要ですね。


左側の端はお寺になっています。
そのお寺の手前で左手に折れて、裏道に入りました。

裏道から見る畑

そこから沖の方を見ると、広大な原っぱが広がっています。
おそらくここも、雨季になれば畑か田んぼになるのでしょうね。


そこからぐるっと回って、またメイン通りに戻りました。
行く時に気になっていたのですが、家の前で何か売っていたのです。

家の前で何かを売っている

こういうちょっとした商売は、けっこうあるようです。
家の近くにも、ソムタム(パパイヤサラダ)を作って売っている家があります。

近寄ってみると、どうやらバナナチップスのようでした。

バナナチップス

3種類あるようで、試食させていただきました。
「海苔塩」「BBQ味」「砂糖」の3種類です。

バナナをスライスして、味付けしているようですね。
ポテチっぽい味です。

せっかくですので、「海苔塩」と「BBQ味」の2袋を買いました。
1袋10バーツです。

「海苔塩」と「BBQ味」のバナナチップス

おそらく、こういう味付けの素が売っているのでしょうね。
揚げたてのバナナチップスにそれをまぶして、袋詰をする。

まあバナナは原価がかからないとしても、揚げ油、燃料代、袋代、味付けの素代など、そこそこかかるでしょう。
これも、原価率は5割を超えるのではないかと思います。

こんなちょっとした商売で、わずかな現金を稼ぐことで、生活の足しにしているのでしょう。
これだけではとても暮らせそうにありませんから。


昨日は、夕方から雨が降りそうな天気になりました。
風が強くなり、気温も下がってきました。

早めに片付けに入ったのですが、正解でした。
ほぼ片付け終わった5時45分くらいに、ザーッと激しい雨が降り出しました。
ギリギリセーフです。

 

明けて今朝は、気温は22度ですが、爽やかな風が吹いています。
風は爽やかですが、けっこう肌寒いです。

作務衣に帽子

Tシャツ1枚では寒いので、作務衣を上に羽織りました。
帽子もかぶって寒さ対策です。

早朝の売上が落ち着いてすぐ、朝食を摂りました。
終わるとすぐに、妻が、街へ出かけると言います。

どうやら、預けてあるオートバイを取りに行くようです。
どうせ街まで行くなら、ついでに買い物をしたらと言うと、あっさり却下されました。(汗)

そのくせ妻は、何度も買いに行くとガソリンも時間ももったいないからとか言うのですけどね。
まあ、妻にお任せします。


親戚の家に行くと、庭に蕾を付けた樹がありました。

蕾をつけた樹

何の樹かわかりませんが、白い蕾がかれんだったので、写真を1枚。
背景をぼかしたかったのですが、スマホじゃこれが限界ですかね。


そこで、妻はバイクを受けとりました。

受け取ったバイク

両サイドのウインカーが折れて垂れ下がって、何だかかわいそうな顔になっています。
誰も修理しないから、こんなことになるのです。

妻が買ったオートバイですが、こちらでは誰のオートバイとか自転車とか関係なく、借りて乗っていくということをよくやっていました。
鍵なんかつけっぱなしでしたから。

親戚同士の垣根が低いというのでしょうか。
ちょっと先の店まで何かを買いに行くくらいなら、断りすら不要なようでした。

さすがに最近は、そういうふうでもなくなったのでしょうか。
お義母さんのバイクは、しっかり鍵を外して、お義母さんだけが乗っているようです。

それにしても、妻のバイクは修理したらいいのに、と思います。
チェーンやワイヤーに油をさすこともしてないんだろうなぁ。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:09 | Comment(0) | ├ タイの田舎・イサン地方暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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