2018年01月02日
起業家
誰だったか忘れましたが、「これ、面白いよ」と勧められて買った本だと思います。これもずっと積読(つんどく)してました。(笑) アマゾンのリンク先は文庫本になってますが、私が購入したのは単行本です。2013年の発行ですから、3年くらいは読まずにいたのかもしれません。
著者は有名な藤田晋(ふじた・すすむ)氏とのことですが、申し訳ありませんが聞いたことがありません。どうやら、ホリエモンさんと同時期に活躍された若手起業家のようです。あのころ、ヒルズ族とか話題になりましたが、あまり興味がなかったので。
藤田さんは、起業家の中では憧れの的のような存在だったようです。サイバーエージェントという会社の社長。サイバーエージェントなんて聞いたことないなぁと思っていたのですが、読み進めるうちに気が付きました。アメブロを提供している会社なのですね。それで俄然興味が湧いて、あっと言う間に読み終えました。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
「クライアントや業界づきあいなど、企業を相手に仕事をしてきた我々に対して、秋元さんはひたすら視聴者、ユーザーと向き合って、面白いことや心を掴むことをやろうとしていました。
仮にもメディアを創ろうという会社の社長がこれではいけない−−。
私もそう考えるようになり、「千枚CD」の試みが転換点となって、仕事上でつきあう人の業種が少しずつ変わり始めたのです。」(p.43)
サイバーエージェントは、元々インターネット広告の分野で大きくなった会社です。しかし藤田氏は、メディアを創るという目標を持っていました。それがいつしか、既存の取り引きの中に埋没するようになっていたのですね。そんな時にネットと連動した音楽番組「千枚CD」を秋元康さんと行ったことで、秋元さんの生き方(つきあう人のジャンル)に気付かされたのだそうです。
私も、IT関連の仕事をしていて、似たようなことを考えたことがありました。仕事は大型汎用機の仕事でしたが、ワープロ、パソコン、インターネット、ブログ、スマホと、なるべく新しいものに手を出すようにしてきました。それは、「SEたるもの、ITの基本的なことは知っておかなければならない」という気持ちからです。それが直接仕事で役立ったかどうかは何とも言えませんが、こうしてブログを書いたりメルマガを出したりすることが、まったく苦労なくできています。
「大型買収はやらないという方針が決まると、大物人材を外部から採用しないということも同時に決まりました。
時間を金で買う買収が、事業をじっくりそだてている当社に合わないならば、時間を金で買うような採用も、人材をじっくり育てている当社には合わないと考えたのです。」(p.80)
それまで出入りの激しい会社だったそうです。しかし、日本の伝統的な終身雇用を行うと決めたことで、会社の中が落ち着き、愛社精神が芽生えてきたと言います。
時は、M&Aが盛んだった時代です。良きライバルだったホリエモンさんは、ライブドアを買収したり、有用な人材をスカウトするなどして、どんどん会社を大きくしていきました。藤田氏とは対極的な手法です。それだけに焦ったり、迷ったりすることも多々あったとか。それでも、自分はこのやり方でいくと決め、それを貫かれたようです。
どっちが正解かではなく、自分のやり方を崩さないことが重要なのだろうと思います。とは言え、自分のやり方に固執するのもよくない。この相矛盾した感覚の中で、どちらを選ぶかは難しいことです。経営者というのは、つねにそうした矛盾を抱え、それでも決断しなければならない存在なのです。
「しかし、アメーバ事業部の中では本部長の渡辺すらもほとんど自分のブログを更新していませんでした。そこで働く社員たちがアメーバに対する愛情も誇りもない状況であることに、今さらながら気づかされることになったのです。
しかも、社長である私も外様扱いで、現場は私の指示を素直に聞くような状態ではありませんでした。
この現場の現状を思い知ったとき、それまでの自分が間違っていたことに気がつきました。
(このままではいけない……)
(自分を変えなければ、会社は変わらない……)」(p.211)
やっと見つけたメディアの種。それがブログだった言います。しかし、藤田氏の熱い思いとは裏腹に、現場は本社ビルからも離れ、なかば見捨てられた状況だったのです。それまで、現場を信頼して任せる方針だった藤田氏ですが、ここにきて方針を転換します。
まずは、自らが陣頭指揮に立つよう体制を変更したこと。これまでの幹部クラスは更迭したそうです。そして、2年間の期限を切り、黒字化できなければ退陣すると宣言し、背水の陣を敷きました。さらに、売り上げを無視してPV(ページビュー)だけを意識するよう社員の頭に刷り込むようにしました。目標を絞り、明確化したのです。
ともかくユーザーの使いやすさ、使った時の楽しさを追求する。そうすればPVは自然に大きくなる。そういう方針のもと、ページを増やして姑息にPVを上げることを禁じたり、芸能人にブログを書いてもらうよう働きかけたりして、改革を進めたのです。
そして2年後、見事にアメーバ事業部は黒字化しました。現在でこそブログの中でもっとも知られたアメブロですが、ライブドアブログなどが有名で、事業としては後発でした。しかし、各社が伸び悩む中で、アメブロだけがどんどん事業を伸ばしていったのです。
「結果的に、「何がアメーバの転換点になったのか?」と尋ねられれば、幹部3人を更迭したことでした。
しかし、3人は3人とも優秀でした。ではいったい何が問題だったのでしょうか。
本当の理由は、幻冬舎の見城社長から聞いた言葉で気づかされました。
「全ての創造はたった一人の「熱狂」から始まる」
「新しいことを生み出すのは、一人の孤独な「熱狂」である」」(p.287)
ブログこそがメディアだ。そう信じた藤田氏の「熱狂」が、孤独に押しつぶされることなく赤々と燃えた。それが成功につながったと言うのですね。
メディアなんか作らなくても、広告事業でそこそこの成果を残せば、それで一生安泰かもしれません。しかし藤田氏は、そういう生き方を潔しとしませんでした。その思いが、この本のタイトルに表れています。自分は起業家である。起業家として生きる。それは、無から有を創り上げる喜びです。
六本木ヒルズで暮らし、派手な生き方をしているようなイメージがある青年実業家ですが、意外としっかりとした堅実な生き方をしているのだと気づかされました。それはある意味で当たり前かもしれません。本当に成功する人は、成功するなりの理由があるのです。もちろん運の良さもあるでしょうけど、それだけではありません。生き方に芯があるように思います。
私は、経営者としてはそれほど上手くいきませんでした。最初は、この事業は上手くいくはずだと信じ、日本の会社に戻るという道を捨てて、タイに残ったのです。それがいつしか現状に甘んじてしまって、「熱狂」がなくなっていたように思います。「熱狂」こそが重要なのだと、改めて気づかせてもらいました。
2018年01月04日
青虫は一度溶けて蝶になる
書店の「読書のすすめ」へ行ったとき、気になって買った本です。「私・世界・人生のパラダイムシフト」とサブタイトルにあるように、凡夫が仏になる過程で起こるパラダイムシフトについて、またそれがどういうことで起こるのかについて、書かれた本のようです。
著者は、禅僧の藤田一照(ふじた・いっしょう)氏、社会芸術家で起業家の桜井肖典(さくらい・ゆきのり)氏、編集者で文筆家の小出瑤子(こいで・ようこ)氏の3人です。これは、月に1回行われた「仏教的人生学科 一照研究室」という学びの場の16回分の講義録を元に、何か面白い本を作ろうということになり、小出氏がピンと来たものを選んで、そこに肉付けして作られたとのこと。その学びの場では、午前中は座学で、なぜか英文の仏教書を元に藤田氏が講義し、午後はワークをしたのだそうです。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
「「私」と「経験」とを切り離して考えていると、なにかが起こってきたときに、「私」にはなにも問題がない、問題があるのは「経験」の方、だから「経験」をいじれば問題が消えるはずだ……という路線での思考に陥ってしまうんですよ。これって、「私」をいじらないためのトリックですよね。」(p.39)
「つまり、「私」が「経験」の外側にいて、「経験」を持っているんじゃなくて、「経験」のなかに「私」が生まれているということです。」(p.41)
非常にわかりにくい言い回しですね。ご本人もわかりにくいとは思うと言われてます。ただ、ここがすべての基礎になるから、ついてくるようにと。しかし、もうちょっとわかりやすく表現できないものですかね。
そのあと、桜井氏が「やりがいのある仕事」と「私」との関係で説明していますが、こちらの方はまだわかりやすいです。つまり、「やりがいのある仕事」というものがどこか外にあるのではないということです。「仕事」のなかにやりがいを感じない「私」が生まれているのだと。
「神との対話」などでは、「経験」という言葉ではなく、「出来事」とか「状況」という言葉で説明しています。いずれにせよ言葉には制約があるので、なかなか共有しづらい面があるのだと思います。
「たとえば誰かが必死になってお金を稼いでいるとしますよね。でも、その人は、実はそういう努力のうちで「家」や「故郷」を探しているんですね。本人はそのことに自覚的じゃないでしょうけど。恋愛だってそうですよ。誰かを好きになって、一緒に生きたいという願いを持っているとして、その根っこには、実は「家」や「故郷」を求める気持ちがあるんです。
でも、現代に生きる僕たちは、「家に帰りたい」という心の奥底にある願いにきちんと向き合っていないから、どうしても、家の代用物みたいなものを自分の目標にしてしまうんですね。」(p.52)
これは古代から言われていることですね。人間は、本来の居場所へ帰ろうとしているのだと。その潜在的な欲求を満たそうとして、そのためにお金を稼いだり、人気を得ようとしたり、パートナーから愛されようとする。そういうものなのです。
「この「無限」というのが、つまりは僕たちの<家>というふうに言った方がいいかもしれないね。家に帰るというのは、有限が無限との不可分のつながりに落ち着くこと。「有限」と「無限」が横並びに対立しているのではなくて、「無限」に根差して「有限」があるという縦の関係にある。つまり、「有限」を通して「無限」に触れているんです。」(p.59)
有限の波と無限の海というたとえで説明しています。あるときふっと立ち上がっては消えていく波は、海を離れては存在しません。それと同様に、個々人である私たちも、この世では有限な存在ですが、実は無限の世界とつながっていて、そこへ帰ろうとしているのだと。
「OSがチェンジする前は、思考も言葉も動作も、みんな「分離」の方向に使っていた。自分を守るためにね。それが、全部、反対の方向に切り替わるんですよ。今度は、思考や言葉や動作を「つながり」の方向で使っていく。なぜなら、つながっているのが自然なことだというヴィジョンを得たから。「つながり」こそが、ほんとうの生き方だという洞察を得たから。」(p.89)
「神との対話」などでも、分離から統合へという話があります。それと同じことを言っていると思いますが、それを「OS I」から「OS We」へのアップデートで説明しています。
私は、IT関連の仕事をしていましたし、パソコンやスマホもよく使っています。OSとアプリの違いもわかります。ですが、そういう私でさえ、このたとえはわかりづらい。具体的なイメージとまったく結びつきませんでした。言っていることは何となくわかるけど、心に沁みてこない感じですね。
「僕たちに絶対的に必要なのは、なにが起きてもそれらすべてを自分のworkとして、ありがたく受け取り、誠実に取り組んでいこう、と主体的に決めてしまうこと。それと同時に、今目の前にあるものをしっかりappreciateできる繊細な感受性なり、受け取る能力なりを、ちゃんと訓練して育てていくこと。まあ、それ自体がworkになる、と言ってもいいかもしれないね。」(p.110)
英語の仏教書が元になっているからかどうかわかりませんが、このようにやたらと英語表記が出てきます。もちろん、その言葉の説明はありますが、言われてすぐに身につくものでもなく、この文章だけ読み返しても、何のことやらさっぱりわからなくなります。appreciateというのは「理解する」「鑑賞する」「感謝する」という意味だそうです。普通に「理解し、受け入れ、感謝する」というように、日本語で説明してくれればわかりやすいと思うのですけどね。
workもそうですが、具体的にいったい何を指しているのか、心に残りません。その前の章で、「どんなものでもworkにできる」という意味で、workableという言葉を説明しています。なぜなら諸行無常だからだと。つまり、すべては変わりゆくものだから、「すべてのものはworkable」だと言います。だからすべてをworkにできるのだと。そのことからするとworkとは、自分が取り組むべき課題、のような意味になるのでしょうかね。
「「あたらしい世界」を実現していくのは、なにも難しいことじゃないんですよ。当たり前の日常の中で十分実現していけます。具体的に言えば、この旅の中で何度も言ってきたけれど、「分断」ではなくて「つながり」のヴィジョンを持って生きていくこと。それをあなたの人生というフィールドで、あなただけのやり方でやっていくことです。」(p.187)
「神との対話」などで言われるように、本質的にはすべては「ひとつのもの」です。ですから「分離」ではなく「統合」へと方向を変えることが重要になるのだと思います。
途中で書きましたが、やたらと英語が出てくるため、私にはとてもわかりづらいです。言葉が沁みてこないのです。もちろん、日本語では上手く説明できない概念があるケースもあるでしょう。しかし、この本では、そうでない言葉までも英語で書かれている部分が多数ありました。どうしてわざわざ英語で言うんだろう? 英語が話せることを自慢したいのかなあ? と思ったくらいです。
その理由は、最後に書かれていてわかりました。教科書が英語の仏教書なのですね。なぜかはわかりませんが。おそらく英語ができる人のための講座でもあったのでしょう。私のように英語がほとんどできない人もいれば、逆に普通に英語ができるよという人もいるので、このことの良し悪しは論じないことにします。
書かれている内容は、「神との対話」などで言われているようなことなので、何となくこういうことが言いたいんだろうなと理解できました。おそらく、こういう感性の方がわかりやすいという人もいるのだろうと思います。私には合いませんでしたが。
2018年01月05日
仏教の大意
これも書店「読書のすすめ」で購入した本です。著者は鈴木大拙(すずき・だいせつ)氏。お名前だけはよく存じ上げていますが、おそらく本を読むのは初めてです。少し難しそうな気はしたのですが、少々難しいくらいの本を、わからなくても読み進めることが重要なのだという、「読すめ」で買った別の本にあったもので…。
たしかに、難しい本です。昭和21年に鈴木氏が、天皇皇后両陛下に講演した内容を基に加筆修正されたものですが、こんな難しい話をされたのですね。それを聞かれた当時の両陛下は、ご理解されたのでしょうか? それは何とも言えませんが、なかなか一度読んだくらいでは理解できない内容です。
難しい理由の1つは、やはり使われている言葉や漢字が古いということがあります。ルビもないので、どう読むのかさえわかりません。精読するには、辞書を引かなければなりません。今回は、類推しながら読むだけにしましたけど。また、表現が古い(耳慣れない)ために、何を言っているのか理解できない、ということがあります。
まあそういう難しさがあるとは言え、仏教の各宗派に通じて、仏教全体として捉えておられるようで、それぞれの宗派の真髄を語られています。そして、その中で仏教全体にまたがる本質的なことを語られているように思います。
では、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
「知性的な言ひ詮わし方では、智慧の眼を開くことです。また意性的にいえば、矛盾そのものの真中へ飛び込むことです。なぜ手を手というか、片手にどうして声が出るか。これを外から眺めないで、そのものの中に入ると−−即ちそのもの自体になると、問題はなくなるのです。それはどう解消したのかというと、無解消の解消です。不思量の思量です、依然として論理や思索の圏内へは入ってこないのです。それが不可思議解脱です。」(p.34 - 35)
これが仏教的な考え方、解脱、悟りということなのでしょうか。矛盾するものをそのままに、知性で理解しようとするのではなく、そのものの中に入る。そのものと一体化する。そうすると、問題が問題ではなくなっているのだと。ちなみに「片手にどうして声が…」というのは、「隻手音声」という白隠禅師の公案のことですね。
これは非常に難しいのですが、何となくわかります。それは、「神との対話」で「聖なる二分法」ということが書かれていたからです。私たちは別々のもののように知覚認識されますが、一方で「ひとつのもの」だと言います。個々と一体が同時に存在することはできない、というのが知性の働きです。でも、それが真実なのだと。矛盾しているように見えて調和しているのです。
「なぜそのように非合理性の経験事実を取り上げなくてはならぬかというに、吾等平生の立場では憂悩・恐怖に逼(せま)られてのみいるからです。そうしてそれは知性的分別の故であるから、この分別面を脱却しなければ、心の平和は得られないのです。分別思慮を抉出するという外科的大手術は決して容易ではありません。山が山であって山でないとか、山は山でないから山だとか申すことは、ただ言葉の上の遊戯ではないのです。」(p.37)
禅問答と言われますが、普通に考えると何を言っているのかわけがわかりませんよね。しかし、それは言葉の遊びではないのです。知性を捨ててそのものと一体化する中で解脱する。そうしなければ、煩悩から決別し、執着を脱することができないのです。それができなければ、心配して憂い悩むことや不安になって恐れることから逃れられないのです。
「死ぬ時に死にます、生れるときに生れます。生きて喜ばず、死んで悲しまず、晏然としています。この人は哲学者でもなければ、科学者でもない、それ故、何の理屈もいわずに、そのままに何もかもを受け入れています。これが無分別の分別、分別の無分別という即非の論理を生活そのものの上に認覚した人の境地です。」(p.57)
あるがままを受け入れる、ということでしょうか。死ぬ時は死ぬがよろしく・・・という良寛さんの言葉が思い出されます。そして、仏教を正しく理解する上では、こういう「不可思議」に完全に没入することが必要だと鈴木氏は言います。
「理と事と−−これを神と人、または仏と衆生とにして見ると、両者は互いに相容れぬと考えるのが宗教学者一般の見解です。しかし華厳ではこれを円融無礙するといいます。理を事のうちに見るとか、事を理の中に見るとかいうのでなくて、理即事、事即理というのです。またこれを相互に鎔融するといいます。」(p.72 - 73)
般若心経では「色即是空」というように、「色」が実態で「空」が一般であり普遍です。それを華厳経では「事」と「理」で説明しているそうです。それをここでは、「人」と「神」という対比にも当てはまると言っています。
そういえばある説によれば、レイキ(霊氣)の創設者、臼井甕男氏が鞍馬山での修行で得た悟りは「神即我」「我即神」であったそうです。それが本当かどうかはわかりませんが、真実は一体であるという考え方は、仏教の真髄でもあるのですね。
「阿弥陀はすでに無量劫の昔に正覚を成じた、そうしてこの成正覚(じょうしょうがく)の条件として衆生の成正覚を提供しているのです。もし弥陀の方ですでに成正覚の事実があれば、人間もすでに成正覚しているものと考えなくてはならない。果たしてそうだとすれば何もそのためにせっせと求道だ何だといって騒ぐには及ばないと、−−こういうふうに考えるのです。しかしこれも人間的知性的分別をもとにしての判断で、未だに法界の風光には接していないのです。弥陀が無量劫の昔に正覚を成じたというのは、人間的歴史的事実として伝えられるのでなくて、人間各自が霊性的直覚に入るとき感得または悟得せられる事実なのです。」(p.103)
阿弥陀仏の本願の話です。阿弥陀仏は無量劫というはるか昔に願をかけ、すべての人を救うまでは自分は成仏しないと誓ったのだそうです。それが事実であれば、すでに阿弥陀仏という仏になっている以上、その願が叶ったことを意味します。では、人はすでに救われているのか? ということですね。
鈴木氏は、それは知性による考え方であり、そうではないと言います。これまでの話からすれば、そうであると同時にそうではない、ということなのでしょう。そもそも、時は誰にも同じように流れるわけではないことを、アインシュタインの相対性理論が証明しています。ですから、阿弥陀仏の本願が先か、自分の覚醒が先かなど、意味のないことなのです。
「神との対話」では、この辺はもっとわかりやすく説明しています。私たちは最初から神であり、神でなかった時など一度もない。ただ、この世に生まれる時、神であることを忘れるのだと。おそらく、仏教の言う救いについても、同じようなことではないかと思います。
ここまで読むと、仏教は何やら難しくて理知的な人しかわからないのではないか、と思われますが、そうではないと鈴木氏は言います。そして、浄土系信者の讃岐の庄松という人の話をします。文字の読み書きもできない貧農だったそうですが、「庄松ありのままの記」という言行録に、彼のエピソードが載っているとか。
京都の本山にみんなでお参りし、大阪から船で帰る途中、播磨灘で大暴風雨に遭遇したそうです。船はいつ転覆するともしれない。一行は船にしがみつき、お題目を唱えたりして、無事に帰港することを願ったのです。
「ところが庄松一人は船底でいびきも高らかに前後不覚に寝ている様子であった。つれのものはいかにも不思議な落ち着き方だと思って、庄松をゆりおこした、そうして「同行、起きないか、九死一生の場合じゃ、ぐずぐずしてはいられぬぞ」といった。庄松曰(い)う、「ここはまだ娑婆か」と。
庄松の生きていた世界はどこであったのだろうか。浄土でも娑婆でも、華厳の法界でも諸行無常の浮世でもなかったらしい気がする。彼は彼自身の霊性的直覚の世界に住んでいたのである。」(p.119 - 120)
つまり庄松にとっては、死ぬことは恐いことではなかったのです。死んだら浄土へ行ける。ただそれだけです。この世(娑婆)から逃げ出したいわけでもなく、しがみつきたいわけでもない。すべて阿弥陀仏の思し召しのままに、という安心した中に生きていたのでしょう。安心立命という悟りの境地ですね。
完全にすべてを理解できたわけではありませんが、この本全体を通じて言っているのは、個人的に霊性的直覚を得ることが、仏教的に重要なことだと言っているように思います。それは知性を捨てて、こちらたいあちらという分別をやめること。分離から統合へという意識でもあります。
この本の内容が多少でも理解できたとすれば、それはやはり「神との対話」を読んでいたからだろうと思います。仏教は哲学だと、海外では捉えられているようです。たしかに、そういう一面があるかもしれませんね。
難しい本ですが、読み応えがあると思います。ページ数は126ページと少ないので、がんばって取り組んでみてはいかがでしょうか。
2018年01月06日
バンコク・スワンナプーム空港でリエントリー・ビザを取得する
先月は、バンコクで自家用車の運転免許証の更新とオートバイの免許取得(日本の免許からの切替え)を同時に行うことに挑戦しました。
今回はもっと簡単なのですが、スワンナプーム空港でリエントリー・ビザ(リエントリー・パミット:再入国許可)を取得することに挑戦しました。
事前の情報で、簡単にできるということはわかっていました。問題は場所です。以前のところができなくなっている、という情報があったからです。
早めの3時間前に空港に到着し、チェックインを済ませました。チェックイン後でないと得られないという情報もあったので。
ANA(Lカウンター)は、3時間前でないとカウンターをオープンしないので、それ以前に行っても、ただ待つだけになります。
●発行カウンターを探す
まずは、どこで発行してくれるのか、カウンターを探しました。念のために、最初は以前の情報の場所へ。
情報通り、GとFのチェックインカウンターの間の向こう側に、それらしき部屋がありました。
カウンター(ブース)そのものは閉まっていませんが、リエントリーの発行はここではやっていないことが書かれています。各ゲートにある、ということが書かれていますね。
情報では、2番のパスポートコントロールにあるとのことですが、念のために一番奥の3番へ行ってみました。その入口で尋ねると、やはり2番へ行けとのこと。2番で正しかったようです。
チェックインカウンターのMまたはJの向こう側に、エスカレーターの登り口があります。そこから登って、上階で荷物検査を受けます。それが終わったら、内部のエスカレーターを降ります。
降りたところで、右は外国人、左はタイ人と書いてあります。人が多い時は、外国人でも左へ行けます。そのように書いてあるので。
しかし、リエントリー・ビザの発行カウンターは右側にしかありません。エスカレーターを降りて右側の突き当り壁沿いです。
他のWEBサイトで写真も載っているので、写真は撮りませんでした。一応、撮影禁止なので、わざわざ断って撮影するのも面倒なので。
それに、場所は簡単なのですぐにわかります。部屋のコーナーに小さいブースを設け、その上に「RE-ENTRY」とでかでかと書いてありますから。
●リエントリー・ビザを申し込む
人がいれば、順番待ちをします。私の場合、前に3人ほどいました。私の後は誰も来なかったので、けっこう空いているようです。1人5分くらいで受付は終わります。
順番が来たら、パスポートを渡します。(航空券を渡したかどうか覚えていませんが、ここまで来れば必要性はないかと。)
タイにいつ戻ってくるのか、シングルかマルチか、と尋ねられるので、それに答えます。
WEBカメラを持って「写真を撮る」と言うので、いい顔をします。(冗談です。普通にしてください。)
あとは係員がタイプしてくれて、申込書を印刷して出しますから、それにサインをし、料金を支払います。
私は、シングル1,000バーツ+申込書&写真200バーツ=1,200バーツでした。(マルチは3,800バーツです。)
横並びに椅子が並んでいて、そこで待つように指示されます。待っていると、5分かそこらで、領収証とパスポートを持ってきます。そこで、リエントリー・ビザを示して正しいことを確認するので、OKなら受け取って終わりです。
正面がパスポートコントロール(出国審査場)ですから、そのままそこへ出て、適当な列に並んで、出国審査を受けて出国します。
●わかったこと
手続きは簡単ですが、実際にやってみてわかったことがあります。
1つ目は、写真だけ持って行っても受け取ってくれない、ということです。調べた情報の中に、申込書と写真を持っていくと200バーツかからないとか、写真だけでもOKだとかあったもので、とりあえず写真だけ持って行って差し出したのですが、あっさりと突き返されました。
その理由は、出来上がった申込書を見たらわかりました。写真は、貼り付けたものではなく、印刷されたものだったのです。それに、はっきりと書かれていました。申込書&写真で200バーツだと。
ですから、おそらく自分で書いて写真を貼った申込書を持って行ったなら、200バーツは不要だということでしょう。
2つ目は、出国審査を済ませた後でもリエントリー・ビザを発行してもらえる、ということです。
前に並んでいた2人の女性は、パスポートを受け取った後で、そのまま壁沿いに進んで、出国審査の裏側へ出てしまったのです。係官に誘導されて出て行ったので、問題はないのでしょう。
それで思いついたのは、出国審査を経て出た後、壁沿いに左に回ってくれば、そこへ来られるということです。だから元のブースに、各ゲートと書いてあるのではないか、と思うのです。
ただしこれは、私の憶測です。ファーストトラックなど特別なパスポートコントロールを利用した人しか受けられない方法かもしれません。ですが、もし出国審査を出てしまった後で気づいた場合でも、諦めずに尋ねてみるとよいかもしれません。
ということで、プチ挑戦は問題なく終わりました。これで今月末までの滞在許可があるので、それが切れる前に1年ビザに更新します。
※ドンムアン空港でのリエントリーパミット取得方法は、次の記事をご覧ください。
→ 「バンコク・ドンムアン空港でリエントリー・ビザを取得する」
今回はもっと簡単なのですが、スワンナプーム空港でリエントリー・ビザ(リエントリー・パミット:再入国許可)を取得することに挑戦しました。
事前の情報で、簡単にできるということはわかっていました。問題は場所です。以前のところができなくなっている、という情報があったからです。
早めの3時間前に空港に到着し、チェックインを済ませました。チェックイン後でないと得られないという情報もあったので。
ANA(Lカウンター)は、3時間前でないとカウンターをオープンしないので、それ以前に行っても、ただ待つだけになります。
●発行カウンターを探す
まずは、どこで発行してくれるのか、カウンターを探しました。念のために、最初は以前の情報の場所へ。
情報通り、GとFのチェックインカウンターの間の向こう側に、それらしき部屋がありました。
カウンター(ブース)そのものは閉まっていませんが、リエントリーの発行はここではやっていないことが書かれています。各ゲートにある、ということが書かれていますね。
情報では、2番のパスポートコントロールにあるとのことですが、念のために一番奥の3番へ行ってみました。その入口で尋ねると、やはり2番へ行けとのこと。2番で正しかったようです。
チェックインカウンターのMまたはJの向こう側に、エスカレーターの登り口があります。そこから登って、上階で荷物検査を受けます。それが終わったら、内部のエスカレーターを降ります。
降りたところで、右は外国人、左はタイ人と書いてあります。人が多い時は、外国人でも左へ行けます。そのように書いてあるので。
しかし、リエントリー・ビザの発行カウンターは右側にしかありません。エスカレーターを降りて右側の突き当り壁沿いです。
他のWEBサイトで写真も載っているので、写真は撮りませんでした。一応、撮影禁止なので、わざわざ断って撮影するのも面倒なので。
それに、場所は簡単なのですぐにわかります。部屋のコーナーに小さいブースを設け、その上に「RE-ENTRY」とでかでかと書いてありますから。
●リエントリー・ビザを申し込む
人がいれば、順番待ちをします。私の場合、前に3人ほどいました。私の後は誰も来なかったので、けっこう空いているようです。1人5分くらいで受付は終わります。
順番が来たら、パスポートを渡します。(航空券を渡したかどうか覚えていませんが、ここまで来れば必要性はないかと。)
タイにいつ戻ってくるのか、シングルかマルチか、と尋ねられるので、それに答えます。
WEBカメラを持って「写真を撮る」と言うので、いい顔をします。(冗談です。普通にしてください。)
あとは係員がタイプしてくれて、申込書を印刷して出しますから、それにサインをし、料金を支払います。
私は、シングル1,000バーツ+申込書&写真200バーツ=1,200バーツでした。(マルチは3,800バーツです。)
横並びに椅子が並んでいて、そこで待つように指示されます。待っていると、5分かそこらで、領収証とパスポートを持ってきます。そこで、リエントリー・ビザを示して正しいことを確認するので、OKなら受け取って終わりです。
正面がパスポートコントロール(出国審査場)ですから、そのままそこへ出て、適当な列に並んで、出国審査を受けて出国します。
●わかったこと
手続きは簡単ですが、実際にやってみてわかったことがあります。
1つ目は、写真だけ持って行っても受け取ってくれない、ということです。調べた情報の中に、申込書と写真を持っていくと200バーツかからないとか、写真だけでもOKだとかあったもので、とりあえず写真だけ持って行って差し出したのですが、あっさりと突き返されました。
その理由は、出来上がった申込書を見たらわかりました。写真は、貼り付けたものではなく、印刷されたものだったのです。それに、はっきりと書かれていました。申込書&写真で200バーツだと。
ですから、おそらく自分で書いて写真を貼った申込書を持って行ったなら、200バーツは不要だということでしょう。
2つ目は、出国審査を済ませた後でもリエントリー・ビザを発行してもらえる、ということです。
前に並んでいた2人の女性は、パスポートを受け取った後で、そのまま壁沿いに進んで、出国審査の裏側へ出てしまったのです。係官に誘導されて出て行ったので、問題はないのでしょう。
それで思いついたのは、出国審査を経て出た後、壁沿いに左に回ってくれば、そこへ来られるということです。だから元のブースに、各ゲートと書いてあるのではないか、と思うのです。
ただしこれは、私の憶測です。ファーストトラックなど特別なパスポートコントロールを利用した人しか受けられない方法かもしれません。ですが、もし出国審査を出てしまった後で気づいた場合でも、諦めずに尋ねてみるとよいかもしれません。
ということで、プチ挑戦は問題なく終わりました。これで今月末までの滞在許可があるので、それが切れる前に1年ビザに更新します。
※ドンムアン空港でのリエントリーパミット取得方法は、次の記事をご覧ください。
→ 「バンコク・ドンムアン空港でリエントリー・ビザを取得する」
あなたの「最高」をひきだす方法
カリスマ・コーチのアンソニー・ロビンズ氏の本を読みました。翻訳は堀江実さんです。この本も、ずっと前に購入し、途中まで読みながら読み終えずにいたものです。ロビンズ氏の言葉を集めたもので、「こころの習慣365日」というサブタイトルがついています。日めくりのように1日に1つずつ読みながら、ロビンズ氏の考え方を身につける。そういう意図なのでしょう。
これまでにロビンズ氏の本は、「自分を超える法」、「一瞬で自分を変える法」、「人生を変えた贈り物」、「アンソニー・ロビンズの運命を動かす」を紹介しています。ロビンズ氏の考えは、単にコーチング手法的なものではなく、何かスピリチュアルな感じがします。それだけ本質的だということです。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
「すべての行動のもとは何でしょう。私たちは何者なのか、この人生においてどこへ向かおうとしているのか。これらを決めるものは何なのでしょう。
それは決意です。決意した瞬間に、私たちの運命は形作られるのです。状況とか条件とかではなく、あらゆるものにもまして、私たちの決意こそが運命を決定するのです。」(p.12 - 13)
自分の運命を決めているのは、出会う人や状況、出来事といった外的要因ではないのです。その主要因は「決意」だと言い切ります。私たちの意志が、自分の運命を決めるのです。
「人間の持つすごい能力は、起こる出来事を幸福にも不幸にも、どちらにも意味づけできるということです。」(p.52 - 53)
どんな出来事が起きても、幸せにも不幸にもなれる。この幸せ実践塾でもそう言っていますが、ロビンズ氏も同じことを言っています。
「習慣的に自分に尋ねるには、どんな質問が有効でしょう?
困難にぶつかったときに、それを乗り越える質問の中で私が特に気に入っているものは、「この困難の良いところはどこだろう?」と「どうやってこれを利用できるだろう?」の二つです。」(p.86)
質問力が重要だというロビンズ氏。とりわけ、困難な状況で、そこに良い面を見つける質問をすることが重要だと言います。
「私たちは、嫌な気分にはごく自然になるのに、良い気分になるには理由を必要とします。でも、理由などいらないのです。今すぐ良い気分になろうと、ただ決めればいいのです。」(p.132)
感情は自分で決めることができる。外的な理由は要りません。このことも、幸せ実践塾で言っているのと同じですね。
「あなたがほんとうに望んでいたものは恋愛でも恋人でもなく、恋愛があなたに与えてくれるものだったのではないでしょうか。つまり恋愛の最終価値としてのパートナーシップや親密さです。恋愛はこれらを自動的に運んできてくれるわけではありません。
あなたのほんとうのゴールは恋愛の最終価値(としてのパートナーシップや親密さ)なのだと知らなければならないのです。」(p.175)
私たちは、つい目先のことを目標にしがちです。恋愛もそうですが、お金儲けもそうです。本当はそれが最終目的ではないのですね。
ただ寂しさを埋めたい為だけに恋をしても、寂しさは埋まりません。恋愛は、そういうものではないからです。「神との対話」でも、間違った理由で人間関係を結ぶから、人間関係が上手くいかなくなると言っています。
本当の目的を見極め、そこをターゲットにすべきなのです。
「良い気分になるためには何が必要でしょうか。
答えは、良い気分になるためには何も起きなくてもいいということです。
あなたは、今すぐにでもそうしたいと思えば、良い気分になれるのです。あなたを良い気分にするのは、ほかの誰でもないあなた自身なのですから!」(p.181 - 182)
前に出てきたのと同じですが、良い気分になるのに条件は不要です。自分がそうなると決めればいいのですね。
「私たちが授かった最も素晴らしい贈り物の一つは、未来に対する期待と不安です。
先がすべて見えてしまったら、人生はどんなにつまらなくなることでしょう。
次の瞬間に、あなたの人生をすっかり変えてしまうような何か素晴らしいことが起きるかもしれないのです。
私たちは変化を愛することを学ばなくてはいけません。
なぜなら、それだけが確かなことなのですから。」(p.245)
確実なのは変化。諸行無常と言われるとおりです。ですから、未来は安定しません。何が起こるかわからない。それは期待でもあり、不安でもあります。その不安を恐れるあまり、萎縮して、喜べなくなってしまうのはもったいないのですね。
短い言葉ばかりなので、1日1つずつ読むのに苦労はないでしょう。枕元に置いて、そういう習慣を作ってみるのも良いかもしれませんね。
2018年01月07日
お客さまはぬいぐるみ
不思議な旅行会社があることを、忘れてしまったのですが何かで知りました。「みやちゅう」こと「みやざき中央新聞」ではなかったかと思います。人間のお客さまはお断り。ぬいぐるみだけが対象のツアー会社なのです。
ぬいぐるみが旅行って、どういうこと? いったいどんなニーズがあるの? そんな疑問を抱きました。その答えは、本人が旅行に行けないから、その身代わりとして旅行してもらう、ということでした。わざわざそんなことをする人がいるのかなぁ? そういう気持ちもしましたが、なぜかとても気になったので、この本を買ってみたのです。
著者は、ウナギトラベルを起業された東園絵さんと記者の斉藤真紀子さんです。NHK「あさイチ」などで紹介されたことでブレークしたウナギトラベル。どんな人が、どんな思いで依頼するのか。その結果、どうなるのか。そんなことが、この本には書かれていました。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
「江戸時代には、お伊勢参りに病気などで行けない人は、犬にお金を持たせて旅に出し、お札をもらってこさせたという。そうしてお伊勢参りをする犬は「おかげ犬」と呼ばれた。
「おかげ犬ならぬ、おかげぬいぐるみが、自分の思いをかなえてくれるなんて」
由紀さんは、どうしてもこの年、伊勢神宮に行きたかったけれど、旅行に出られるほど体調が回復しなかった。でも、くまこさんが参拝している様子を見ていたら、なんだが自分がお参りしているような心持ちになってきた。」(p.64 - 65)
そう言えば、「おかげ犬」の話を聞いたことがありました。昔の人は大らかだったのだなぁと感じたのです。だって、その犬だって何かを食べなきゃなりません。みんなが餌をやって、「えらいねぇ。がんばってね。」と、犬を励ましたのでしょう。まあ、それ以前に、犬が伊勢神宮へ参ってくること自体がすごいことですけどね。
自分の身代わりに誰か(何か)にどこかへ行ってもらう。それを自分ごとのように思う。そういう考え方は、昔からあったのですね。そんな昔の大らかさを再現したのが、このぬいぐるみのツアーなんだなぁと思いました。
「おんぶでもドライブでも、のんびりした旅行でも、母はやっぱり「行きたくない」と言ったかもしれない。自分の手元を離れて楽しげに旅をするカエルがそうであるように、母も「ひとりの独立した存在」なんだ。みんな、それぞれの人生がある。その人生に、私が後悔したり、悲しんだりするなんて、おこがましいのではないだろうか。」(p.90)
旅行に誘っても頑なに「行かない」と言っていた母。その母が生前、京都旅行の写真を見せた時、いいところへ行ったねぇと顔を輝かせました。その記憶から、本当は行きたくなかったのではなく、旅行をすることで迷惑を掛けたくなかっただけではないかと、娘は感じたのです。
そうして申し込んだのは、母の代わりのカエルの旅行。母は、旅行をしたかったのか、したくなかったのか、そんなことをいろいろと考えさせられたのだそうです。そのことによって、旅行を依頼した本人が、気付かされることがあるのですね。
寝たきりの身体障害者の子どもの代わりとして、病気で外出が困難になった自分の身代わりとして、あるいは亡くなった親への孝行のつもりでなど、いろいろな理由で、このぬいぐるみの旅行に申し込みがあるそうです。
とても不思議な気はしますが、それによって申し込んだ本人が、何かを得たいとか、自分が変わりたいと思っているのでしょうね。ある意味で、カウンセリングのような役割をしているのだなと感じました。
2018年01月08日
マンガでやさしくわかる傾聴
カウンセラーの小宮昇(こみや・のぼる)さんの本を読みました。一部にマンガが取り入れられており、そのシナリオ作成は葛城かえでさん、作画はサノマリナさんです。この本は、1月6日に月島で行われた古宮さんの「神との対話4」のお話会で購入しました。
古宮さんの本はこれまでに、「やさしいカウンセリング講義」や「一緒にいてラクな人疲れる人」を紹介しています。この本は傾聴(けいちょう)がどんなものか、それを行う場合のポイントは何かについて、わかりやすく書いてあります。しかし、もっと詳しく知りたい場合は、上記の「やさしい…」を読まれることをお勧めします。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
「傾聴とは話し手の言葉をただ聞くことではなく、言葉によって表現されている話し手の思いをなるべく自分のことのように共感的に理解し、理解したことを言葉で返すことを指します。」(p.29)
傾聴のもっとも重要なポイントは、話し手に共感することだといいます。話し手の話の背後にある話し手の思いに共感することが重要なのです。
「傾聴するときに大切なことは、話し手の思いやわかってほしいことを、あたかも自分のことのようにありあり、ひしひしと想像して感じながら聴くことです。これが傾聴における「共感」です。それができていればいるほど、話し手は自分のことがわかってもらえるので、表現したい衝動がもっと湧いてきて、正直な思いをさらに話していくことができるのです。」(p.81)
聞き手がしっかりと共感しながら聞いてあげると、話し手はさらに表現したいという衝動から、自分の中の注目していなかった小さなことまで表現しようとします。その表現によって、自分で自分のことに気づいて、変わっていくのですね。
「私たちは本来の自然な自分にになれば、調和を好み、人と仲よくなりたいと願い、自分の可能性を伸ばしたくなります。このように、傾聴の根底には、人間の本質への信頼があります。この信頼がなければ、「他人を、自分が思うよい方向へ変えなければならない」と思いますから、相手の話を落ち着いて聴き、相手を受け入れることはできません。」(p.85)
人は無意識に、「こうでなければ」という縛りを持っています。それによって自分も縛っています。そのことによって無理をしたり、傷ついたりします。そういう縛りがあると、不自然な状態になります。優しくしなければいけないと思って無理に優しくしようとすると、どこかぎこちなく、またそうすることで自分が苦しくなるのです。
人は本来、自然な状態であれば愛であり、より良くなろうという成長思考を持つもの。そういう人間性を信頼することが、傾聴には必要だということです。そうしないと、相手の悪い部分が増幅するのではないかという恐れがあって、共感できなくなるからですね。
「否定され抑圧されたものはなくなるわけではなく、奥に潜み、歪んで放出されます。たとえば性に対して否定的な態度と抑圧の強い文化ほど、レイプが発生し、性に関して傷付いたり苦しんだりする人が増え、売春やポルノが隠れて流行します。」(p.120)
否定しても、抑圧しても、すでに存在するものは消えません。歪んで醜くなります。これは感情も同じだと言います。「神との対話」でも言われている通りですね。だからこそ、否定して抑圧するのではなく、受容して解放することが重要なのです。
「当時の私のように、自分と他人の区別がつかないまま話し手の援助をしようとすれば、話し手がよくならないときに苦しむことになります。そしてそうなる原因は、私の中に根深く巣食っていた、「人を助けないとぼくは価値がない」という自己無価値感でした。」(p.136)
「私は私、あなたはあなた」というように、しっかりと自他を区別することが重要です。違いを認めるとか、ありのままに自他を受容すると言ってもいいでしょう。これが、傾聴する時に重要になると言います。そうしないと、かつての古宮さんがそうだったように、「相手を救う」ことを生きがいとして依存してしまうからです。
このように依存してしまうと、相手がありのままでいることが許せません。救われてくれないと困るからです。相手の自然な成長を待てないし、相手には相手の自由があることを受け入れられなくなります。これでは、相手を助けることにならないのです。
この本に書かれていることは、本当にポイントのみです。しかし、そのポイントがとてもわかりやすいです。おそらく、これを読むだけでも相当なレベルの傾聴ができるようになるのではないかと思います。もちろん、ただ読むだけではなく、実践が必要でしょうけどね。
今回の一時帰国では、お話会に参加して「神との対話4」の情報を得ることと古宮さんにお会いすることが、もっとも重要な目的でした。初めてお会いした古宮さんはとってもフレンドリーで、親しみやすい方でした。本にサインもしていただき、どうもありがとうございました。
2018年01月09日
幸せの神様に愛される生き方
博多の歴女こと白駒妃登美(しらこま・ひとみ)さんの新刊を読みました。白駒さんは、特に日本の歴史を伝えることで、日本人の誇りを取り戻すための講演を行われています。その白駒さんも、一時はガンで死を覚悟されたことがありました。しかし、そこからの大ブレークだったのです。
そんな白駒さんが、運を引き寄せる方法を伝えようとして書かれたのがこの本です。その前には、バリ島の兄貴こと丸尾孝俊さんとの出会いもありました。そしてそのことも、この強運と関係があったようです。帯には、「夢に描いた願望を越えて夢にも思わなかった「強運」のつかみ方!」とあります。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
「日本人が歴史に刻んできたのは、「天命追求型」の生き方と言えるのではないでしょうか。
「今、ここ」に全力投球をして最善を尽くした時に、道が開ける。こうして天命に運ばれていく生き方が、日本人の生き方の一つの特徴だと思います。」(p.29)
西洋の成功哲学は、目標を定めてそれに向かって突き進むもの。一方の日本人は、特に目標を定めることなく、与えられた場所で懸命に生きることで花を開かせる。そういう違いがあると言います。
「自分が下りのエスカレーターを駆け上がっていた時には、夢に描いたものしか現実になりませんでした。でも、人の応援をすることで、その人たちの応援を受けることができるようになると、まるで流れるプールを泳いでいるかのように、みんなの後押しで押し流されていく感覚なのです。いろんなことが加速度的にどんどん叶っていって、結局は「夢にさえ思わなかった、夢を超えた、もっと素敵な現実」がやって来るようになるのです。」(p.32)
自分で目標を立てて必死に頑張るやり方でも、夢を叶えることはできると言います。白駒さん自身、そうやって成功してきたのだとか。しかし、自分が目標を立てることをしなくても、他の人の応援をしていたら、他の人からも応援されるようになり、いつしか思ってもみなかった大きなことができるようになった。それが、日本人に合うやり方だ。そう、白駒さんは言います。
「私たちは、いいことだけが贈り物で、悪いことは試練なのだと思ってしまいますが、本当は、いいことも悪いこともすべてが天からの贈り物なのです。その時点では悪いことだと思っても、後になれば「あの時の、あの出来事のおかげ」と、すべてに感謝できるようになる。後から考えると、「なんて辻褄が合っているのだろう」と気がつくのです。」(p.54)
白駒さんは、「ぽんちゃん」(白駒さんはガンのことを「ぽんちゃん」と呼んでいます。)にならなければ、出版することはなかっただろうと言います。好きな歴史の話をして回ることも、「ぽんちゃん」のお陰なのですね。
「江戸時代の経営者は、「商売繁盛」は決して願わなかったそうです。
では、江戸時代の経営者が何を祈ったのかというと「諸国客衆繁盛」です。」(p.76)
つまり、全国のお客さまの繁盛を祈ったということです。自分につながる人たちの幸運を祈る。そういう姿勢があったから、日本は世界でダントツの長命企業が多いのだと言います。実に世界の200年企業の6割を日本の企業が占めているとか。もちろん、単一国家が2千年以上続いているのは日本だけですから、国の繁盛の土台にも、そういうことがあるのだと思います。
「私は、一つには、「共生」の思いの強い人を「粋」というのかなと思います。自分と他者との共生。あるいは、人間と自然との共生。
利休という人は、茶の湯を茶道にまで高め、その茶道を通じてひたすら自己を磨き上げ、究極の「粋」を生きた人だろうと思っています。」(p.135)
利休の前半生は、堺の商人としてお金儲けをすることだっそうです。それがあったからこそ、わびさびという対極とも言える世界を極めることができた。不幸のどん底がわからなければ、幸せの絶頂も極められない。利休は、他との共生を徹底的に極めることで、茶道を成したのだと言います。
「それ以来、私は「だからこそ」という言葉を心のなかで口癖にしようと、心がけています。
例えば、「両親の仲が悪い、だからこそ」と言ったら、「私はこんなに不幸だ」とは言えません。「だからこそ私は幸せな家庭をつくろうと思って、努力しているの」というように、プラスの言葉しか使えないのが、「だからこそ」なのです。」(p.140)
すぐに「でも」「だって」と言い訳をしていた白駒さんは、「だから」という接続詞に変えようとしたそうです。しかし、「だから」だと良い理由も悪い理由も探すことができます。そこで考えたのが「だからこそ」という接続詞だったのですね。これなら、悪い理由は出てきませんね。
「何をやるのかも大事ですが、もっと大切なのは、どんな思いでやるのかということ。
どんな花が咲くかは、種子で決まっています。それと同じように、どんな結果になるかは、その動機、その思いの純粋性が大きな影響を与えるような気がするのです。」(p.178)
どうやるかではなく、なぜやるか。子孫や他人の幸せを祈ってやれば、もっと大きく報われる。バリ島の兄貴と出会った白駒さんは、兄貴の動機の純粋性に感動したそうです。
「独立戦争で亡くなった人々の栄誉を称え、彼らの御霊を慰める英雄墓地が、バリ島にもあります。兄貴は、お忍びでしばしばお墓参りにいらしているようです。どれが日本へのお墓か、慰霊に訪れた人がわかるように、紐の鉢巻を準備してお墓に巻いてくれたのも、兄貴です。」(p.175)
白人国家が有色人種の国家を蹂躙し、植民地化していく。アジアでは、タイと日本しか、植民地化されなかった国はありません。日本は、アジアの解放を1つの目的として、大東亜戦争を戦いました。ですから終戦後も、やがてやってくる旧宗主国に歯向かう現地の人たちを助けようと、多くの日本兵が現地に残り、共に独立戦争を戦ったのです。その英雄を、兄貴は大事にしたいと思っておられるのですね。
「兄貴のもとを訪れる日本人に、私は声を大にして伝えたいです。「みんな兄貴にやり方を訊きに来るけれど、大切なのは、”やり方”よりも”あり方”。私たちは、兄貴の真心をこそ見習うべきです」と。」(p.181)
自分が成功したいから、兄貴に近づく多くの日本人がいます。でも、兄貴はそんな人も排除せず、優しく歓迎してくれます。そんな中で白駒さんは、「やり方」ではなく、兄貴の「あり方」に学ぶべきだと言います。兄貴の「あり方」とは、「恩返し」であり「恩送り」なのです。
「兄貴曰く、
「一生つきあうという覚悟でいると、人に不平不満を持たなくなる」
なるほど、この覚悟を聞いて、兄貴の人柄や人づきあいの謎が一つ解けました。兄貴は、人の悪口を一切言いません。肩書や実績で人を見ることをせず、いつでもその人の本質を見て、とことん向き合ってくれます。」(p.192)
白駒さんはそれまで、運を良くするには「縁を大切にすること」や、「恩を感じるセンサーを育むということ」などのポイントがあると考えていました。さらに3番目に、「勘(直感)を磨くこと」も重要だと考えていたとか。ところが兄貴と出会ったことで、その3番目が変わったのだとか。
兄貴は、人付き合いに直感は必要ないと言います。つまり、付き合う人を選別しないのです。その代わり、最初から一生付き合うという覚悟を決めていたのですね。ですから兄貴の周りには大勢の人が集まります。兄貴はすべての人を受け入れ、誰も責めず、切り捨てたりしないからです。
「おそらく日野原先生を支えていたのは、医師としての使命感と、「受けて立つ」という気概だったのではないでしょうか。「受けて立つ」、これが日本人の生き方の本質だと思うのです。」(p199)
戦争体験から、常々、野戦病院をイメージして準備をしてきた日野原重明医師。その聖路加病院での準備が生きたのが、あのオウム真理教の地下鉄サリン事件でした。いつ役立つかわからないのに、そのための準備をして来られた日野原先生。それにしても、いざという時は「受けて立つ」という気概を持って望む他なかったのですね。
「若者たちは、よく「自分探し」と称して、海外を放浪したり、アルバイトや仕事を転々と変えたりするけど、「君たちに必要なのは「自分探し」ではなくて「お手本探し」だよ。自分というのは、「今、ここ」にしか存在しないのだから、旅に出たり、仕事や環境を変えたところで、自分が見つかるわけではないよ。それよりも、こうなりたいと思えるようなお手本を持てれば、目標とするその人が、人生の岐路に立たされた時に、あなたを導いてくれるよ」と。」(p.208 - 209)
トリプルアクセルで結ばれた伊藤みどり選手と浅田真央選手の思い。他の人がどうかとか、それをして意味があるの?勝てる?とか、そんな世界を超越したつながりと思いがある。それが、「お手本」であり、あこがれの存在なのだと思います。
そこには、ただ自分が美しく生きたい、自分らしく生きたい、という思いしかないのだろうと思います。真央ちゃんは、キム・ヨナのことを見ていたのではなく、ずっと伊藤みどりさんの思いを追いかけていたのだろうなぁと思いました。どんなに失敗しても、自分はトリプルアクセルを跳ぶ。そこにどんな意味があるかなど、どうでも良かった。ただ憧れたから、跳び続けたのだと思います。
この本を読むと、兄貴と出会った後の白駒さんの熱い思いが伝わってきます。白駒さんが、これからの日本人に、若者たちに残したいこと。それは、強運を引き寄せたいなら、自分のことではなく、愚直に他人のために生きよ、という思いではないかと。
これまでの歴史のエピソードは控えめにして、新たな白駒さんの境地が表れている本だと思います。兄貴のファンでもある私は、この本をぜひお勧めしたいと思います。
2018年01月10日
白駒妃登美
突如現れた歴史女子という感覚があった白駒妃登美(しらこま・ひとみ)さんです。博多の歴女とも呼ばれていますね。おそらく最初に知ったのは、「みやちゅう」こと「みやざき中央新聞」の記事だったと思います。そのころはすでに、ひすいこたろうさんとの共著を発行され、全国で講演会をされてたのだろうと思います。
白駒さんの本を読むと、ひすいさんとの出会い、そこからブログで情報発信するようになったこと、そんなときにガンになって生きるか死ぬかの状況で本を執筆したことなどがわかります。順風満帆に、歴史家として世に出た方ではありません。知識的には歴史オタクと同じようなレベルだということをご自身も言われていますが、日本の歴史にロマンを感じておられた。その思いが、他の人たちに共感されたのだろう思います。
私も、白駒さんの記事を読んで、すぐに小冊子を取り寄せ、さらには本も購入して読みたくなりました。最近ではついに、バリ島の兄貴ともつながったようで、そのつながりが素晴らしいなぁと思うのです。
◆白駒妃登美さんの本
・「博多の歴女 白駒妃登美講演録」
・「感動する!日本史」
・「人生に悩んだら「日本史」に聞こう」(共著:ひすいこたろう)
・「こころに残る現代史」
・「歴史が教えてくれる日本人の生き方」
・「幸せの神様に愛される生き方」
・「なでしこ歴史物語」
・「誰も知らない偉人伝」
・「古事記が教えてくれる 天命追求型の生き方」
・「ちよにやちよに」
白駒さんの本を読むと、日本人としての誇りというか、自信が湧いてきます。日本人は、こんなに素晴らしい民族なのだ、その末裔としての自分はどう生きるべきか、というようなことが自然と思われるのです。
おそらくそれだけ、白駒さん自身が過去の日本人に対してリスペクト(尊敬)されているのだと思うし、それだけの価値があると思えてきます。
白駒さんは最近、バリ島の兄貴と出会われたことで、なおさら日本人としての心意気を失ってはいけないと感じられたようです。「粋」か「野暮か」。そういう判断基準が日本人らしいと白駒さんは言います。こういう感性って、本当に重要だなぁと思います。
※参考:「すぐに結果を求めない生き方」,「「憧れ」の思想」,「人生を照らす禅の言葉」,「バリ島へ来ました」,「バリ島2日目はマルガ英雄墓地へ行きました」,「バリ島旅行3日目以降」
白駒さんの本を読むと、ひすいさんとの出会い、そこからブログで情報発信するようになったこと、そんなときにガンになって生きるか死ぬかの状況で本を執筆したことなどがわかります。順風満帆に、歴史家として世に出た方ではありません。知識的には歴史オタクと同じようなレベルだということをご自身も言われていますが、日本の歴史にロマンを感じておられた。その思いが、他の人たちに共感されたのだろう思います。
私も、白駒さんの記事を読んで、すぐに小冊子を取り寄せ、さらには本も購入して読みたくなりました。最近ではついに、バリ島の兄貴ともつながったようで、そのつながりが素晴らしいなぁと思うのです。
◆白駒妃登美さんの本
・「博多の歴女 白駒妃登美講演録」
・「感動する!日本史」
・「人生に悩んだら「日本史」に聞こう」(共著:ひすいこたろう)
・「こころに残る現代史」
・「歴史が教えてくれる日本人の生き方」
・「幸せの神様に愛される生き方」
・「なでしこ歴史物語」
・「誰も知らない偉人伝」
・「古事記が教えてくれる 天命追求型の生き方」
・「ちよにやちよに」
白駒さんの本を読むと、日本人としての誇りというか、自信が湧いてきます。日本人は、こんなに素晴らしい民族なのだ、その末裔としての自分はどう生きるべきか、というようなことが自然と思われるのです。
おそらくそれだけ、白駒さん自身が過去の日本人に対してリスペクト(尊敬)されているのだと思うし、それだけの価値があると思えてきます。
白駒さんは最近、バリ島の兄貴と出会われたことで、なおさら日本人としての心意気を失ってはいけないと感じられたようです。「粋」か「野暮か」。そういう判断基準が日本人らしいと白駒さんは言います。こういう感性って、本当に重要だなぁと思います。
※参考:「すぐに結果を求めない生き方」,「「憧れ」の思想」,「人生を照らす禅の言葉」,「バリ島へ来ました」,「バリ島2日目はマルガ英雄墓地へ行きました」,「バリ島旅行3日目以降」
2018年01月11日
ソバニイルヨ
待ちに待った喜多川泰(きたがわ・やすし)さんの最新刊を読みました。喜多川作品ですから、ハズレがあるはずがありません。今回はどんなふうに感動させてくれるのだろう。そういうワクワクした期待とともに読み始めたのです。
しかし、読み始めてからしばらくは、特に大した感動もなく物語が展開します。「あれっ? こんなもんなの?」と、肩透かしを食らったような感じで読み進めたところ、後半にドカーンとでっかい感動が待っていました。
まずはこの小説の概要を説明しましょう。主人公は一人っ子で中学1年生の隼人(はやと)。父の幸一郎は、人工知能を研究開発する仕事の傍ら、自らの研究室を作り独自の研究をしている変わり者。母の真由美は、仕事と子育てですぐにイライラしてしまう性格。
そんな中で幸一郎は、3ヶ月のアメリカ出張に行くことになります。真由美は「大丈夫」と言うものの、隼人のことで頭が痛い様子。幸一郎は真由美に、自分に任せるように言い残し、アメリカに向かったのです。
幸一郎がアメリカに旅立った日、隼人の部屋に異様な物体がありました。それは幸一郎が残していったロボットでした。しかも、AI(人工知能)によって学習していくロボット、名前はUG(ユージー)。はじめはそのロボットを邪魔者と考え、嫌っていた隼人でしたが、友だちや周りの人との様々な出来事を通じて、徐々にユージーと心を通わせるのです。
ではさっそく、一部を引用してみましょう。
「まずはどんなことも、人のセイにしない。自分の責任だって思うこと」(p.119)
「あいつのせいだと思わない未来を想像するっていうのは、「将士くんのオカゲで、今の自分になれた」って未来が来るのを想像するっていう意味」(p.121)
どんなことからも逃げない強い人間になりたいと言う隼人に、ユージは先生になると言って教え始めます。その最初が、すべての原因を自分に置くということ。それは「自分が悪い」という意味ではなく、他人のせいだと思わない未来を想像することでした。
多くの人は、これができません。だから、政府が悪い、会社が悪い、上司が悪い、パートナーが悪い、子どもが悪い、近所の人が悪いなどと、他者のせいにして愚痴を言い、不平不満を漏らすのです。そして、自分が「悪い」と決めつけた他者を変えようとして、あくせくするわけですね。
しかし、それではいつまでたっても不幸になるばかりで幸せにはなれません。だから、すべてを自分の責任だと受け入れることが重要なのです。
「勉強から逃げずに、ドウセヤルナラって思いながら、質的にも量的にも、必要最低限を超え続けていけば、勉強する時間は隼人にとって、将来への投資になるだけじゃなく、その時間そのものが楽しい時間になる。ソレ人生を楽しむ秘訣。それを学ぶこと何より大事。成績は関係ない」(p.164)
勉強は自分のためにやるもの。そう言う人は多くても、そのように勉強する人がどれだけいるでしょうか? そのコツは、質(丁寧さ)や量(時間やページ数)で必要最低限を超えること。そうすれば、勉強そのものが楽しくなり、それが自分への投資になります。
私は、親から勉強しろと言われたことはあまりありません。「宿題やったか?」とか「お姉ちゃんは帰ったらすぐに勉強するのに・・・」と何回か言われたことはありますが。(姉はすぐに子ども部屋にこもるので、親は勉強していると思ったようです。本当は、マンガを読んだり描いたりしていたようですけどね。)
そもそも勉強そのものは嫌いなことではなかったのです。特に算数数学は、勝手に教科書の先まで自習し、2学期途中にはすべて終えていたくらいです。高校の物理でも、先生公認で授業中に寝ていたのは私くらい。当てられてもすぐに答えられたので、遅い授業ペースに退屈していたのです。自分で好きで勉強していたので、理解力が他の生徒とは別次元だったのでしょう。
その一方で、歴史や地理といった社会学、科学でも覚えることが多い化学や生物、そして英語は苦手でした。記憶しなければ良い点が取れない科目には興味をなくし、高校の世界史では欠点ギリギリという試験結果でしたね。あのころ、この「質と量で必要最低限を超える」という勉強方法を知っていたら、少し違ってきたかもしれません。
隼人の友人は、飼っていた犬(デルピエロ)が亡くなり、ひどく悲しんでいました。その話を聞いたユージは隼人に、コップ1杯の水が乾燥して、世界中に均一に散らばったとしたら、その水分子のうちの何個がこの部屋にあるかと尋ね、それを計算させます。中学1年生の知識でも、それは十分に計算できるのですね。
「今でもデルピエロを作っていた六億の原子に囲まれてる……」(p.204)
体重約6kgのデルピエロを形作っていた原子(ほとんどは水から生じた酸素と水素、そして炭素)は、ばらばらになり、この空間を飛び回っていると考えられます。ですから、死んだとしても、つねにその友人のそばにいることを示したのです。
昔、「千の風になって」という歌が流行りました。アメリカで、誰かが作った詩を翻訳し、それに曲をつけたものです。その歌では、亡くなった人が墓の前で悲しむ人に対して、自分は墓の中にはいないと言います。1000の風になって飛び回っているのだと。
たしかにユージの言うように、私たちの肉体を構成する分子は、死んだ後は朽ちていきます。最近は火葬ですから灰になりますが、多くは燃えて気体となって空中に飛び出します。その分子(あるいは原子)は、いつまでも消えることなく、飛び回っているのです。
この部分を読んだ時、ふと思いました。その一つひとつの分子(原子)には、自分(魂)が宿っていると。神は偏在します。すべてが神であると同時に、一つひとつが神なのです。そうであるなら、私たちの魂も同じではありませんか。このことに気づいた時、感動に打ち震えました。喜多川さんが意図したことかどうかはわかりませんが、私には魂がどのように存在しているかがわかったように思えたのです。
「思えば、好きな人との出会いというのが、人間を一番変えられるのかもしれない。」(p.207)
悩みの多くは人間関係から生じ、幸せになるのも不幸になるのも、人間関係次第だと言ったのはアドラーです。「神との対話」でも、人間関係がなければ人は進化成長しないと言っています。人は、好きな人と出会うことで自分を見つめ直したり、あこがれを抱いて変わろうとしたりします。どんな人と出会うかは、とても重要なことなのですね。
「人には好きなことを言わせておけばいい。
これをやったら、人からどう言われるか、こんなことを言ったら、人がどう思うか……。
そんなことを気にしてばかりで、自分の人生でやりたいこともやらずに、言いたいことも言わずに人生を終えていく人がたくさんいる。それって、すごくもったいない。たった、一度だけの人生。隼人は、他の誰かの価値観に合わせることに費やすんじゃなくて、自分の価値観にもっと正直に生きるべき」(p.215)
人はそれぞれ価値観が違います。どっちが正しいかを気にしていると、他人の価値観に合わせるような生き方しかできなくなります。それを「もったいない」とユージは言います。
「神との対話」でも同じように言っています。自分に対して正直になること。他人のことなど気にせず、超利己的になること。そうしなければ、自分の体験ができません。自分の体験をしないのであれば、何のために自分として生れてきたのか。自分を大切にするとは、自分として生きることなのです。
随所に、本質的な生き方を示す言葉が散りばめられています。そして、喜多川さんの作品には必ずある最後のどんでん返しも。喜多川さんの小説を読むと、本当に生きる気力が湧いてきます。そして、これを他の人に読ませたいという衝動に駆られるのです。
今回の作品を読みながら、私は何度もボロボロと泣きました。何度も嗚咽を漏らしました。読み終えてしまうのが名残惜しくて、あえて読み進めずに時間を置いたりもしました。愛しくて、愛しくて、この本を、この本を読んでいる自分を、読んでいる空間を、この本の存在そのものを、大切にしたいと心から思ったのです。
「愛とは神である」
私個人としては、このことを感じさせてもらった本でした。その意味については、またメルマガにでも書こうと思います。ぜひ、読んでみてください。
※2018年1月12日に発行したメルマガ【SJ通信】「愛は神である」に書きました。
なお、これまでに紹介した喜多川さんの本の紹介のまとめは、こちらのリンクからご覧ください。喜多川さんの本は、すべて網羅しているはずです。
●コメントを書く前に、こちらのコメント掲載の指針をお読みください。