2016年06月01日

私に帰る旅



何で紹介されていたのか忘れましたが、気になったので中古で買った本です。もう新品は売っていないのかもしれません。作者は岡部明美(おかべ・あけみ)さんです。

出産の喜びもつかの間、脳腫瘍のために意識不明となり、死の淵から生還された岡部さん。しかし、それからも腫瘍の再発に悩まされる中で、ご自身を深く見つめて行かれました。この本に書かれているのは、岡部さんが自分自身を探して行かれた旅なのですね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

出産のために、毎日「ラマーズ法の呼吸法」を練習するようになった。呼吸法をやり続けていたら、次第に自分の内的な世界に関心が向かうようになった。呼吸に集中すると意識が外に出掛けて行かないことを発見した。」(p.29)

ちょうど前に読んだ「ニュー・アース」で、エックハルト・トール氏が呼吸を観察することを勧めていたので、この部分が目に止まりました。


「もうやめよう。自分を責めることも、人生を恨むことも。あの雲と同じように、きっと、すべての状況は流れていく、変化していく」。今までだっていろいろつらい出来事があり、その時その時で悩み苦しみがあったけれど全部過ぎていったじゃない。気持ちも状況も全く同じままのものなんかひとつもないじゃない。だから、きっとこの状況だって変化していく、過ぎていく。」(p.45)

脳腫瘍の手術が終わり、これからが闘病だと告げられた岡部さんは、しばらくは自分の運命を受け入れられず、罪悪感のかたまりになったそうです。いつ襲ってくるかもわからない死の恐怖に怯えながら、自分の運命を呪ったのでしょう。

そんな中で、看護婦さんに開けてもらった窓から入ってきた風が頬を撫ぜた時、涙が溢れてきて、このように感じられたのだそうです。


実は、私は、この大変な状況の全体を眺めている「もうひとりの私」がいるということにも、うすうす気づいていたのだ。この状況に全く巻き込まれていない自分。この状況をただ静かに眺めているような自分。こんな体験は生まれて初めてだった。今までは、想像もしていなかったような突然の苦境に立たされると、決まってものすごく混乱し、パニックになり、あわてふためいていたのに。」(p.53)

観察している自分こそが本物の自分だと、多くの人が言っていますが、岡部さんもこのとき、本物の自分と出会ったのかもしれませんね。


もしかしたら人はみな、自分の存在が誰かの生きる支えや希望になっていることに気づきもせずに、自分にないもの、手に入らないもの、満たされていないものばかりを数えながら、日々を生きているのかもしれない。」(p.61)

私たちは、つい自己卑下しがちです。「どうせ私なんて・・・」そう言って、誰からも愛されない、関心を持たれない、無価値な存在だと信じ込もうとするのです。

しかし、岡部さんは病気を患うことで、自分は存在するだけで価値があることに気づきます。そしてそこから、すべての人がそうなのだと思うようになったのです。


でも考えてみれば、これって単なる暇つぶしの絵空事なんかじゃないと思った。実際、自分がこの世に生まれたということ以上の奇跡なんかないわけだし、その奇跡の人が生きて、死んでいくわけだから、一人ひとりの人生というのは、「この宇宙でたったひとつの映画であり、魂の物語であり、いのちの歌なんだ!」と、突然思えたのだ。」(p.85)

自分自身の半生を、まるで一観客として映画を観るかのように眺めてみると、意外と面白いと思えたのだそうです。退屈な人生ではなく、けっこう起伏に富んだ波瀾万丈の人生だったからです。

いい映画には、主人公を助けるいい人ばかりじゃなく、悪役も必要になります。そう考えてみると、なかなかいいキャスティングだと思えてくる。

自分の人生は深刻な状況だというのに、それを外から眺めてみたら、けっこう楽しめたのですね。

もし一人ひとりの人生が旅でこの宇宙でたったひとつの映画であり、一冊の小説だとしたら、人はみな自分の「人生のテーマ」を持って生まれてくるのではないだろうかと思えたのだ。人生の旅は、ただただ未秩序な出来事の集積なんかじゃないんだという確信は、私にある感覚をもたらしてくれた。それは、私というかけがえのない人間が生きるための理由があるという発見。私がここにいる理由を宇宙は知っているという感覚だった。」(p.86)

どんな人生であったとしても、それはかけがえのないものだし、その人生には重要な意味がある。それを宇宙はわかっているという感覚を、岡部さんは得られたのですね。


でも人生の冬の季節には、春の兆しがなかなか見つけられないからすごく苦しい。期限付きであれば、私は、その間いくらでも我慢できる。あと三年待てば、新しい道が用意されます、人生が好転しますという、絶対的な保証つきのお告げでもあれば、今のつらさは試練として甘んじて受けられる。「いつまで」というのがわからないからこそ底なしの不安地獄を生むのだ。
(中略)
ただただ、希望が欲しかった。一条でいいから、光が欲しかった。
 しかし、新しい季節というのは全く予想もしていないかたちでやってくるのだ。何の変哲もない日常生活のほんのひとこまに、それは突然起こる。不意にやって来る。
」(p.147)

たしかに、「いつまで」ということがわかっていれば、我慢できることは多いと思います。しかし、人生はそれがわかりません。この苦しみがいつ終わるのかわからないまま、生きていくのが人生なのです。

しかし、終わりの時は突然にやってくると言います。何の前触れもなしに、予想を超えた方法で。岡部さんが仕事で行き詰まって苦しんでいた時、信じられない場所でかつての婚約者と再会します。それによって、運命が変わっていったのだそうです。


そのストレスの内容は、多様で重層的で、何か一つということではなかったけれど、深いところで病の引き金を引くものは何かということが見えてきた。それは、人は愛に傷ついた時、自尊心が深く傷ついた時、深い喪失感から孤独になった時、失敗をして無力感に襲われた時、葛藤に悩み、苦しんでいる時……。人はそういう失意にまみれた時に病気になりやすいということだ、身体の極度の疲労だけでなく、怒りや悲しみや恐れが病の引き金になることもあるということ。病の根っこには、何らかの”関係性の崩壊”があるのかもしれない。自分との関係性、あるいは、誰かとの、何かとの関係性の崩壊。」(p.183)

ホリスティック医学に出会った岡部さんは、末期がんから生還した人などと会っては、その体験を聞き取られたそうです。その結果、このような共通点を見つけられました。つまり、上記のようなストレスが病気を引き起こすのだと。

怒りや悲しみの感情そのものより、怒りの抑圧と悲しみを感じ尽くしていないことの方が免疫力を落とすのだという。喜びの涙も、悲しみの涙も、共に免疫力をあげるというのが不思議だ。きっと、どんな涙も浄化のプロセスなのかもしれない。浄化して昇華させるのだろう。」(p.183)

そして、一般的に良くないとされる怒りや悲しみの感情そのものより、その感情をしっかりと味わわずに抑圧することが、免疫力を弱めるのだと言います。

岡部さんが話を聞いた人はみな、「病気になってよかった。今はあの病気に感謝している」と言われるそうです。それは、病気が治ったからではなく、その病気によって「より自分らしく生きられるようになったからなのだ」そうです。

そして、誰もが「一発でこれだというものに出会えたわけではなく、迷ったり、落ち込んだり」を繰り返しながら、ある時ふと、誰かと出会ったりという導きがあって、「”新しい人生の扉”が開かれた」のだと言います。

私は生還された人たちに共通する、最も偉大な治癒へのマスターキーを発見した。それは、一人ひとりが、「人の期待に応えてがんばる生き方」を手放して、本当に自分がやりたいことをやって「人と喜びを分かち合う生き方」に、人生を再編集されたということだ。この”人生の物語の再編集”こそが、本当は患者と医療者との共同作業なのだと思う。」(p.185)

誰かのための人生ではなく、自分のための人生であり、そして喜びを誰かと分かち合うというお互いのための人生に目覚めること。まさに「幸せになる勇気」で言われているように、「わたしたち」を主語にすることなのでしょう。


このように目覚めて行った岡部さんでしたが、それでも脳腫瘍の手術から4年後、再発した小さな影が消えることはなかったそうです。「これだけ頑張っているのにどうして?」そういう思いから、ヤケになってしまわれたとか。

しかしそのとき、また岡部さんに出会いが訪れます。それは、「気づき」を大切にするワークショップでした。

自分の中の「好き、楽、心地いい、ワクワクする、楽しい、私がそうしたい」という感覚で人生を選んでいったら、苦しいことや問題が起きてきた時に人のせいにすることはなくなると思った。いや、人のせいになんかできないのだ、自分が選んでいるのだから。責任転嫁は、その時には一瞬自分は楽だけれど、決して本当には自分の人生の主人公にはなれないし、自分を幸せにしないのだ。」(p.218)

こうして、自分で自分を縛っている固定観念に気づいて、手放していこうとされたのです。


こういう生育歴、こういうトラウマがあるから自分はこうなったんだと人は思いがちだが、実は強い心の痛みを経験した時に、自分がそこで何を間違って”学んでしまったのか”、自分や人や世界に対して”どのような思い込み、信じ込み、信念”を持ってしまったのかに気づくことが大切なのだ。気づきこそが自由と解放への道だ。それによって人は、生命の自己修復力や自己形成力が働き出し、本来の自分を生きるという目的に向かっていけるようになるのだ。」(p.229)

つまり、出来事が原因ではなく、出来事は信念に気づくためのきっかけなのです。そこで気づかずにいると、思い込みを強めてしまい、その呪縛から抜け出せなくなるのですね。


おそらく家族というのが、この世で無償の愛というものを学ぶための最大の修行なのかもしれない。親子という縦糸の愛、夫婦という横糸の愛。この二つの糸が織りなす悲喜こもごもの愛憎ドラマが、まさに人間関係の修行なのだろう。チベットとかヒマラヤの山奥にこもって瞑想修行している方がよっぽど楽なことなのだと思う。」(p.237)

人間関係が重要だということは、先ほどの「幸せになる勇気」「神との対話」でも言われています。人間関係によって、私たちは重要な体験ができるのです。中でも、親子関係とパートナーの関係は、より深い体験になると思います。

愛という言葉は心地よいけれど、実はこの言葉はかなり曲者でもある。愛という名の支配、コントロール、束縛、依存、執着がいっぱいあるからだ。本当は、愛は相手を自由にしてあげること、幸せにしてあげること、幸せを願うことなのに。相手の喜びや幸せが自分のことのようにうれしいことであるはずなのに。愛が呪縛になるから人は苦しむ。愛が自分のニーズを満たしてほしいという相手への要求になるから、人は愛に苦しみ、同時に相手をも苦しめてしまう。一体、人はどれだけ泣くのだろう。痛い思いをするのだろう。愛を学ぶために、愛を知るために。親子の愛、夫婦の愛というのものが、人が無償の愛を学ぶための最大のレッスンであるとするならば、そのメンバー、相手は一筋縄ではいかないタイプであることの方が多いのかもしれない。」(p.237 - 238)

愛は自由であると、「神との対話」などでも言っています。そのことに気づき、本当の愛を体験していくことが、私たちの人生でもあります。そのためには、無意識に作り上げた自分の信念をぶち壊してくれるような相手が、親子やパートナーとしてふさわしいのかもしれませんね。


怒りの奥にある本当の気持ちを素直に伝えれば、人と人はもっとわかり合えるのに、表層の感情である怒りをぶつけてしまうから互いを傷つけ合ってしまうのだと思った。」(p.238)

怒りの奥に淋しさや悲しみがある。怒りは第二感情だと、心理学では言っていますが、第一感情としての淋しさや悲しさなどを感じたくないという思いが、怒りとなって現れるのですね。


愛と執着は紙一重だからこそ、執着に気づいても手放すことがとても難しいのだ。人が心の地獄を味わうのは、この執着が断ち切れない時なのだ。のたうち回るほどの痛みを通し、自分が一回死ぬような経験をしなければ、この執着というのは手放せないのかもしれない。」(p.248)

執着に気づき、それが本当の愛ではないと気づくことによって、私たちは本当の愛に近づいていけます。しかし、その執着になかなか気づけないために、痛みや苦しみを味わうことになるのかもしれません。

けれどもこれは、裏を返せば痛みや苦しみのお陰で、気づきを得られるとも言えます。そう考えたなら、ひどい痛みや苦しみさえ、ありがたいこととも言えるのです。


人生でも人間関係でも、失敗ばかり、転んでばかりの私にとって「生きることはどこまでいっても学びのプロセスなのです」というメッセージに救われる思いがした。大切なのは、失敗しないことでも、常にいい関係でいることでもないのかもしれない。失敗した時、トラブルが起きた時、うまくいかない時には、そこから自分が何かを学び、あるいは態度を選び直すしかないのだろう。そして転んでしまったら、再び立ち上がるために必要なことをきちんとやるだけのことなのだと思う。」(p.251)

人生は、上手く行くことが「良い」ことではないのです。失敗したり、上手く行かなかったりすることで、何かに気づけるからです。その気づきを得ることが、人生なのだと思います。

だから赤ちゃんが、転んでも転んでも何度でも立ち上がろうとするように、私たちはただ立ち上がろうとするだけでいいのだと思います。


「あとがき」には、岡部さんがここに書いたのは、内なる旅の途中までだとありました。「からだ」から「心」に気づいていく道程だと。さらに魂の世界へと、岡部さんの旅は続いたそうです。その過程で様々なことに気づかされると同時に、脳にあった小さな影が消えたそうです。

病気は、私たちを苦しめるために存在するのではなく、何かに気づかせるためである。そのことを、改めて教えてもらえたように思います。

私に帰る旅
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 19:53 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月06日

夢がかなうとき、「なに」が起こっているのか?



昨年、バンコクでも講演をされた石田久二(いしだ・ひさつぐ)さんの本を読みました。

昨年くらいにこの本の紹介を見て、「あー、また引き寄せ系なんだろうな。」と思って放っておいたのですが、割りと最近になってまた見かけることがあり、それなら何か意味があるのだろうと買ってみたのです。

手にとって読み始めるまで、あの石田さんの本だと気づきませんでした。

実は昨年の4月、講演を聞いたあとのメルマガでは、石田さんのことを紹介していました。そのとき、この本のことも紹介したのですね。すっかり忘れていましたよ。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

「石田さん、人生はね「思い込み」だけで決まるんですよ」

 そう、最初の話に戻るんだけど、そこは年収1億円の言葉の重み。
 妙に説得力があった。

「かなわない」という思い込みを「かなう」に変えるだけ。
」(p.12)

27歳でニートの石田さんは、時給650円のバイトから始めて、やっと正社員になっても月収12万円。それでいて仕事は超ハードで、身体もボロボロになりました。そこでスピリチュアルに走ったのですが、「ツイてる」と言いまくっても効果が出てこない。

そんなときに出会ったのが、年収1億円というビジネスマン。どこにでもいる感じの人が放った言葉が、石田さんを変えることになりました。


どの人も、ギリギリまで追い込まれてふっと力が抜けたときにかなっている。
 自己啓発書などには、よく「願いは忘れたころにかなう」って書かれているけど、これと同じこと。

 その状態を「さとり」と呼んでいる。
」(p.32)

「思い込み(ビリーフ)」を変えるには、ギリギリまで自分を追い込んで、そこでふっと力を抜くことが重要なのだと、石田さんは発見されたようです。

「人間万事塞翁が馬」っていうけど、そのときどきで困ることはあっても、売上げが下がること自体が、すべての人にとって絶対的に普遍的に「悪」でもない。
 少なくとも自殺するようなことじゃない。
」(p.36)

追い詰められてふっと力を抜く感覚は、状況を受け入れることだといいます。だって、どうしようもないのですから。そのとき、「悪い」と思い込んでいただけで、他の価値観で見れば、大したことないと言えるんじゃないかと気づく。それによって、力が抜けるのです。

そもそもオレたちは、この世界をそれぞれのフィルターを通して見ていて、「あるがまま」の世界など見てない。
 さとりとは、まさにこのフィルターを外すこと。
 自我、つまりフィルターの線がすべて消え去ったとき、初めて世界が「あるがまま」に見えるようになり、すべては「ひとつ」ってことに気づく。
 これは、精神世界では、「ワンネス(Oneness)」と呼ばれている。
 すべてはひとつで、そこははじめから一切の差のない世界。
」(p.42)

悟ることは、自分が自分の価値観(信念=ビリーフ)というフィルターを通して世界を見ているのだと、単に気づくことなのですね。そうすれば、本当は「ひとつのもの」しかないのだとわかるのです。

喜びも、苦しみも、すべて自我、つまりフィルターが作っているとすれば、もともとのひとつの世界に戻ることで、すべての喜びと苦しみが消滅してしまう。
 だけど、人間として産まれた以上、喜びも苦しみもない人生はあり得ない。
 だったら、これからはできるだけ喜びを選択するようにすればいい。
」(p.42)

つまり、フィルターを意図的に選べばいいだけなのです。自分の価値観を、自分に都合がよいように変えるだけで、喜びを選択できるのですね。


石田さんはこの本で、100日で願いをかなえる「秘伝」を公開しています。そのエッセンスを紹介しましょう。

それは、1日の最後に、100日以内に叶う3つの願いを、否定形と形容詞を使わずに具体的な言葉で、完了形や進行形にして、3回ずつ書くというものです。

書く時のポイントは、大きく息を吸って止めて、その間に1つの願いを3回書き、大きく息を吐きます。これを3つの願いに対して行い、最後にリラックスして「ありがとうございました」と書きます。ここには先程の、とことん自分を追い詰めるストレスと、ふっと力を抜くリラックスが含まれています。

このように書くことを、1日も欠かさず100日間続けることが「秘伝」なのだそうです。しかし、この続けることが意外と大変で、多くの人は続けられないと言います。

オレがいままで見たところ、100人に3人も続けばいい方かな。
 そしてその3人が実際に夢をかなえている。
」(p.166)


だからいま、つらくても大丈夫。
 そのうち、忘れるから。
 願いがかなわなくても大丈夫。
 そのうち、かなうから。
 それよりもさあ、「いま」を味わいつくしましょうって言いたいわけ。
」(p.241)

石田さんがインドへ行ったとき、暴漢に襲われたりして所持金がなくなったそうです。それで、予定日まで般若心経を1000巻唱えることにしたのだとか。そのとき、「この世の中は、この宇宙は、感謝でできているのか。」(p.238)と悟った経験があるそうです。

だから石田さんは、大変なことが起こって大丈夫だと言います。ストレスが強いほど、そのあとのリラックスによって大きな願いが叶うのだからと。


では、どうすれば苦しみから解放されるのか。
 それがまさに、あきらめる。戦おうとしない。
 ただ、身体の力を抜いて、息をふーっと吐く。
」(p.249)

出来事に抵抗せずに、闘おうとせずに、あきらめて受け入れればいいのです。「しょうがない。」「これもまたいいか。」「なんとかなる。」などの言葉で、現状を受け入れるのです。


もちろん願いをかなえるにはストレスの時期も大切。
 だけど、本当に願いをかなえる人は、ストレスがリラックスに転じることを知った上で、むしろストレス自体を楽しんでいるところがある。
」(p.254)

ストレスが起こったら、不都合な出来事に遭遇したら、そのときに「チャンス」だと感じているんですね。だからストレスそのものも楽しめます。これは、そういう仕組を信頼しているからできることです。つまり、人生を信じているんですね。


そして、そのような本物の占い師は人を脅すようなことは言わない。
 スピリチュアルにかかわる仕事をしている人に対して、本物と偽物の線引するところもここ。
 本物はけっして人を脅さない。偽物は10回のうち9回くらいはいいことも言うけど、1回の強烈なネガティブメッセージで人を陥れようとする。
」(p.265)

これはまったく同感です。「脅す」というのは、「恐怖(不安)」によって他人をコントロールすることです。他人に自分の価値観を押しつけることです。これほど本質から離れたことはないと思います。


そもそも「大丈夫」な世界なんだけど、オレたちが幸せを感じ、そして魂を成長させるために、あえて「苦」ってものが用意されているだけ。」(p.275)

私たちは、成長するために生まれてきました。成長することが、私たちの幸せなのです。魂が成長するためには、「苦」が必要なのだと石田さんは言います。ですから、安心して苦しむことが重要なのですね。

結果は確かに「失敗」だったかもしれない。だけど、いうまでもなく出場してよかった! なぜなら、「成長」できたから。」(p.282)

石田さんはこれまで、直感(気づき)にしたがって、無謀と思えることに挑戦してきたそうです。それらがすべて成功したわけではなく、上手く行かずに撤退することもあったとか。でも、その挑戦には意味があったと言われるのです。

それをやったからといって、必ずしもうまくいくとはかぎらない。
 だけど、宇宙の目的はあなたを一時的に成功させることではなく、「成長」させること。
」(p.283)

ですから、宇宙(人生)を信頼して、直感(気づき)に従うことが重要なのですね。


フランクで独特な語り口の石田さんの講演が、目の前に蘇るような気がしました。叶えたい目標や夢がある人は、ぜひこれを読んで、100日間の秘伝に挑戦してみてください。

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タグ: 石田久二
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:29 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月07日

ニール・ドナルド・ウォルシュ

ニール・ドナルド・ウォルシュ氏は、「神との対話」シリーズの著者です。

私が「神との対話」シリーズと呼んでいるのは、「神との対話」から始まるサンマーク出版の本で、全12冊を指しています。

「神との対話」シリーズ

「神との対話」シリーズ
 ・「神との対話」
 ・「神との対話A」
 ・「神との対話B」
 ・「神との友情・上」
 ・「神との友情・下」
 ・「神とひとつになること」
 ・「新しき啓示」
 ・「明日の神」
 ・「神へ帰る」

 ・「神が望むこと」
 ・「変えれば、変わる」
 ・「神よりしあわせ」


このうちの最初の9冊は、著者のニール氏と神との対話形式で書かれていて、この9冊が狭い意味での「神との対話」シリーズと言えます。

また、その中でも最初の3冊は、本のタイトルに「神との対話」とつけられていて、これを「神との対話」三部作と呼んだりもします。

1冊目の本に書かれているように、この3冊は、最初から予定されていたものでした。そういう意味で、この三部作は特別なものという位置づけになります。

なお、上の写真の単行本のほとんどは、もうすでに絶版となっています。現在は、「神との対話」三部作を7冊に分けた普及版もありますが、それぞれの文庫本が売られています。運が良ければ書店で、単行本を見つけることもできるでしょう。

※参考:「「神との対話」の要点」「「神との対話」との出会いについて」「精神世界が見えてくる」


これ以外にも、ニール氏の著書はいくつかあります。これらも、広義的には「神との対話」シリーズと呼べなくもありませんが、私としては傍流という位置づけです。

 ・「人類との対話1」
 ・「人類との対話2」
 ・「10代のための神との対話」


「神との対話」シリーズは、私に最も影響を与えた本だと感じています。心からお勧めしたい本です。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:29 | Comment(0) | ├ 著者別まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月08日

斎藤一人

斎藤一人さんは、「銀座まるかん」という会社を作ってサプリメントなどを販売し、納税額日本一を何年か続けられたという方です。

その「お金持ち」になる独特の考え方が支持され、一人さんの本だけでなく、一人さんのお弟子さんたちの本も、たくさん売れています。

最近は講演録という形式の本がほとんどで、講演のCDが一緒についてくるケースが多いです。私もかなり多くの本を読みましたが、これでも一人さんの本の一部に過ぎません。


◆斎藤一人さんの本
 ・「変な人が書いた驚くほどツイてる話」
 ・「地球が天国になる話」
 ・「成功脳」
 ・「人とお金」
 ・「変な人が書いた成功法則」
 ・「大丈夫だよ、すべてはうまくいっているからね。」
 ・「世界一ものスゴい成功法則」
 ・「ツイてる!」
 ・「絶対、よくなる!」


どの本もお勧めですが、最後の「世界一ものスゴい成功法則」は、これはもう究極の答えかなと感じました。
つまり、自己肯定感を高めること。それにつきるというわけです。これまでにも、「ツイてる」と言うことなど、一人さんは言葉の重要性を説いておられました。言霊の力を借りて、自分の精神を鍛えるのです。
結果にとらわれることなく、何が起ころうとも「ツイてる」と言い続ければ、「ツイてる」ことが起こるようになる。これが一人さんの考えの中心にあるようです。


◆一人さんのお弟子さんの本(一人さんとの共著含む)
 「感動の条件」(永松茂久)
 ・「これまでしたことのない話」(舛岡はなゑ)
 ・「器」(柴村恵美子)
 ・「運」(柴村恵美子)
 ・「天」(柴村恵美子)
 ・「幸せなお金持ちになる本」(マキノ出版ムック)



※参考:「気に入った本を7回読んでみる」「継続するにはコツがあります」「良い本を何度も読む習慣を身につける」「今朝はまたツイていました」「ついに7回目を読み終えました」「何があっても大丈夫」「自信が持てません」「三部作を読み終えて思うこと」「すべての良きことが雪崩のごとく起きます」


斎藤一人さん(お弟子さんも)の本は、いずれも読みやすいものです。CDを聞いていても、その語り口はとても温かい感じがします。
自分を変えたいと思われている方は、CD付きの本を買って、何度もCDを聞いてみるのも良いと思います。一人さんも、CDを100回聞くようにと勧めています。これくらいができないようでは、一人さんの弟子にはなれませんよ。(笑)
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:31 | Comment(0) | ├ 著者別まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月09日

奇跡が起こったのかもしれない

5月16日に1ヶ月後のリストラを通告されて、はや3週間が過ぎました。

最初は、現状が強制的に変化することに耐えられなくて、何とか今までのままでいられないか、または変化を小さなものにできないかということに、必死でしがみつこうとしました。

しかし、リストラされるという変化を止めることは不可能だとわかりました。そこで私は、その現実を受け入れることにしたのです。


この自分の気持ちの変化は、ある気づきから始まりました。

それは、しがみついている自分のことが嫌だなと感じたことです。

自分のことが嫌だと感じているということは、自分自身を客観的に見たのです。

誰が?

そう、そこにはしがみついている自我(エゴ)とは別の私がいました。私(自我)を観察している私です。

そして、私はしがみつくのをやめて、自分らしく生きようと思ったのです。


もう1つ気づきがありました。

それは、この変化は自分が創造している、自分が引き寄せているということです。日頃から私自身が言っていることですが、自分の現実を創造しているのは自分です。そのことに改めて気づきました。

「そうだよな。これも自分が創ったんだよな。」

何のために?

そう、それは自分のため以外に理由などありません。自分が何かを体験するために、最適な状況を創るのです。


そうだとしたら、もう受け入れるより他ないではありませんか。

私の精神にとって、これは快適な変化とは言えません。しかしこの変化を、私にとって良い変化だと見ることにしたのです。

「これもまた、しょうがない。」

そういう感じですが、これもまた私にとって必要なことなのだと、受け入れることにしたのです。


前にも書いたように、貯金はほとんどありません。ただ、会社に貸し付けたお金が少しずつ返済されるので、1年くらいは何とか食べていくことはできそうです。

しかし、今までのように何度も一時帰国するなど、そういったお金の使い方はできません。お金を使う時は、シビアに将来のことを考えないと・・・。

でも、そういうときに限って、お金を使う事態になるんですよね。妻が、日本に一緒に行きたいと言い出しました。

「そんなの、無理だよ。」

そう声に出しそうになって、私はその言葉を飲み込みました。

今回のリストラで、一番不安に感じたのは妻だと思います。それなのに、それをおくびにも出さず、明るく振る舞ってくれます。

その妻が、私の母親のことを心配し、会いに行きたいと言ってくれるのです。他で贅沢はしないから、日本に連れて行ってくれと。私の母からもらった浴衣を着て花火を見て、その写真を母に見せたいのだと。

これまでは、毎年2回、妻と一緒に帰省していました。そのとき、国内を旅行したりもしていました。でも今年は、まだ1回も連れて行っていないのです。

「わかった。いいよ。一緒に行こう。」


お金のことは、あまり考えませんでした。「なんとかなるだろう。」くらいなものです。

その数日後、売ろうとしていた投資用マンションが、予想以上に高く売れることがわかったのです。


10年くらい前だったか、売れないか検討したところ、ローン残高ほどの値もつきませんでした。なので、ローン完済するまで保持するしかないなと思っていたのです。

しかし、ちょうど悪い(良い?)タイミングで内装工事が必要となり、10万円以上の出費が発生しました。

この貯金が底をつきかけた状態で、この出費は痛い。今は、ローンの返済金と賃料がほぼトントンなので、こういう出費や税金も含めると、年間では赤字です。

賃料もだんだん下がってきたし、このまま持ち続けても負担が増すばかりではないか。そう思って、また売ることを考えたのでした。

10年前と比べると、多少土地の値段が上がったところもあるし、ローンの返済も進んでいるし、売ってローンを完済できるくらいになるのではないか。そういう淡い期待を抱いて、見積もってもらいました。


結果は、ローンを完済した上に、さらに数百万円が手元に残ることがわかりました。

貯金が底をつきかけていた状態から、急に数百万円の自由になるお金が手に入ることになったのです。これを奇跡と呼ばずに何と呼びましょうか。

今、マンションを売却する手続きを進めています。予定通りに売れるよう祈っていますよ。


もちろんこれで、私の一生が安泰になったということではありません。数百万円と言ったって、それだけで生活すれば、せいぜい1年くらいで底をつきます。

けれども、まとまったお金があるということは、何かに投資することができます。つまり、自分が自分らしいことをして生きていくための、基盤を作るために使えるのです。

そして少なくとも、明日の生活を心配する必要性はなくなりました。もっとも、もともとそんな心配はしていませんでしたけどね。

でも、安心して妻を日本へ連れて行き、花火見物を楽しむこともできます。


あとは、これから私が何をしていくかです。

とりあえず当面の生活には困りませんが、生活が安定しているとは言えませんからね。

何をしていくのがいいのか、じっくりと考えたいと思います。


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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:02 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月14日

バシャール

バシャールというのは、チャネリングによってダリル・アンカ氏を介して語る「地球の時間で3000年後の惑星・エササニの多次元的存在。」(「未来は、えらべる!」より)なのだそうです。

その真偽はよくわかりませんが、1980年代にダリル・アンカ氏が来日し、バシャール・ブームが起こったようです。

「起こったようです」と他人ごとなのは、実はそのころ、私はスピリチュアル的なものを意図的に避けていました。ですから、おそらく「バシャール」という言葉がついた本を書店で見ているとは思うのですが、まったく記憶にありません。

私がバシャールのことを知ったのは、2014年1月に東京で行ったセミナーに参加された方が、「バシャールもいいですよ」と言われたのがきっかけです。

それから本を探してみると、なんと本田健さんとの対談があるではありませんか。それなら本物だろうと思い、読むことにしました。そして読み始めたところ、バシャールにはまってしまったというわけです。

バシャールの本は、バシャールが単独で語るものではなく、必ず誰かとの対談形式になっています。それが有名人の場合であれば、バシャールとの共著という形になります。そうでなく、日本に来て一般市民と対談した時のものは、バシャール(とダリル・アンカ氏)だけが著者になっています。


◆バシャールの本
 ・「未来は、えらべる!」(本田健)
 ・「バシャール スドウゲンキ」(須藤元気)
 ・「BASHAR (バシャールペーパーバック@〜G)」
 ・「バシャールのワクワクの使い方実践篇」(本田健)
 ・「その名は、バシャール」(さとうみつろう)



バシャールはつねに、「ワクワクすることをやる」ということを勧めています。「ワクワク」が私たちを導いてくれるのだと。

何が「ワクワク」するかは、人それぞれ違うと言います。したがって、他人が勧めることではなく、また「こうすべき」と示唆されたことや思い込んでいることではなく、自分の心に従うようにと言うのです。

ダリル・アンカ氏がチャネリングしている多数の動画が、Youtubeで見ることができます。その中でバシャールが、「神との対話」を勧めていたのには驚きました。



またバシャールは、2016年の秋ごろが、何か大きな転換点になるということも言っています。



何が起こるかははっきりと言えないということなので、知っていても知っていなくても、どっちでも変わらないようにも思います。

ただ、「知る」ということによって「経験」が生じますから、そういう意味では、「何か起こるのかもしれないな」と、それを許容する気持ちでいる方が良いのかもしれませんね。

※参考:「幸せになるための「本の紹介」・バシャール」
 

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:17 | Comment(0) | ├ 著者別まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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