2015年07月12日

自殺は悪いことですか?

さて今日は、「自殺は悪いことですか?」という話です。

ちょっと重い話になりますので、嫌な方は読まないでくださいね。


先日、中学生がいじめを苦に自殺した、というニュースが流れました。

その中学生は先生と交換ノートをしていて、そこにいじめを受けているとSOSらしきことが書かれていたそうです。


問題は、それに対する先生の返事です。

生徒の訴えに対し、まったく答えていないと思われます。

それでネット上では、先生に対する批判が広まったのです。


この事件について心屋仁之助さんが、Facebook上で問題発言をしました。

炎上している心屋仁之助さんの投稿をシェアします。「神との対話」では、死は最高の出来事だと言っています。「では、あなたがたが「死」と呼ぶものが、じつは誰にとっても最高の出来事だと言ったらどうかな?(中略) あなたは、地上の暮らしのほ...

Posted by 幸せ実践塾 on 2015年7月12日


これが大炎上と言うか、批判のコメントが多数、寄せられています。

著名人が自殺を容認する発言は、自殺を助長しかねないというものです。

また、先生の対応に対する批判も、数多くありました。


けれども、本当に先生が悪いのでしょうか?

その後、実は良い先生だという話が、ツイッターに流れました。

すると今度は、報道がけしからんというマスコミ批判が起こってきました。


また、心屋さんの発言に共感して、体験談を寄せてくる方もおられました。

先生批判からマスコミ批判へ。ともかく誰か他人を批判してないと気が済まないのでしょうね。絶対的な真実など存在しません。それぞれの人の真実があるだけです。批判したい人は、常に批判する材料を探してきます。それで幸せですか?満足ですか?もしそうなら、好きなだけそうすればいいのです。もう飽きたなら、そういう考え方を変えてみませんか?

Posted by 幸せ実践塾 on 2015年7月11日



問題点を整理すると、まずは「死」そのものは悪いことか? ということがあります。

死が悪いことだと考えるから、殺人や自殺も悪いことになるのでしょう。

そしてもう1つの問題は、真実(事実)というものはあるのか? ということです。

事実があると思うから、その事実を前提として善悪を判断しようとするのでしょう。


まず1つ目の問題について、「神との対話」シリーズでは一貫して、死は悪いものではないと言っています。

では、あなたがたが「死」と呼ぶものが、じつは誰にとっても最高の出来事だと言ったらどうかな?
(中略)
 あなたは、地上の暮らしのほうが天国での命よりも良いものだと思っているのか?いいかね、死の瞬間にあなたは、かつて味わった最大の自由、最大の平安、最大の喜び、最大の愛を知るだろう。それでも、イバラの藪にウサギどんを放りこんだキツネどんを責めるかな?
(「神との対話A」p.63)

私たちの本質である魂は、永遠に生き続ける存在です。

ですから、死は存在しません。幻想です。


しかし、私たちが言うところの「死」は必ず訪れます。

それは本質的には「変化」にすぎません。

ですから、本質的な存在という観点では、死は祝福なのです。


「でも、他人によって殺されたり、死に追い込まれるのは、自分の望みじゃない!」

そう思われるかもしれませんね。

でも、それも間違いだと、「神との対話」では言います。

この世に起こることは、すべて必然です。

生まれる時や環境を自分で選ぶなら、どうして死を自分で選ばないことが有り得るでしょうか?

ですから、たとえどんな死に方であったとしても、それは自分が選択したのです。


このことは、親しい人を亡くした方に、おおっぴらに語れることではありません。

私も、そんなことはしません。

けれども、いつかはこれを受け入れることになると思っています。

少なくとも自分が死んだときには、何が真実だったかがわかるでしょうから。


そして2番目の問題です。

実は良い先生だとわかったから、今度はそれをねじ曲げて報道したマスコミを批判したのですよね。

では、その良い先生という話が、実は間違っていたらどうなりますか?


心屋さんは、報道は事実ではなく、製作者の感情が入っていると言います。

もっと進めてみれば、仮に自分が直接見聞きしたとしても、それは自分のフィルターがかかっています。

つまり、私たちが認知できるのは事実ではなく、認識に過ぎないのです。

つまり、事実に対する解釈です。


私たちは、そういう解釈を前提として、誰かを批判非難しているだけなのです。

先生が悪い、マスコミが悪い・・・。

そうやって常に、他者のせいにし続けています。

だから、本質的に何も解決しないのだと思います。


問題解決手法のホ・オポノポノでは、他者を批判することは勧めていません。

起こったことはすべて、ウニヒピリ(潜在意識)が見せている過去の投影だと言います。

だからそれをクリーニングすることで、問題を投影する必要性をなくすのです。


クリーニング手法の1つは、次の4つの言葉を言うことです。

「ありがとう、ごめんなさい、許してね、愛してます」

すべて、自分自身の問題です。


バシャールは、現実は鏡に映った自分だと言います。

誰も鏡の中に手を突っ込んで、鏡像を変えようとはしないはずです。

変えるなら当然、自分自身です。


「神との対話」では、すべては自分が何かを選択する機会を提供してくれているだけだと言います。

その現実を前にして、愛を選択するのか? それとも不安を選択するのか?

批判や非難は、不安を選択した結果です。

そしてその選択によって、自分の人生を創造しています。


もちろん、私が言うことが正しいなどとは、絶対に言いませんよ。

これも1つの考え方です。

受け入れられる人は、受け入れてみませんか?

これまでの考え方で上手く行かないなら、自分自身が変わるべきだと思うのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:39 | Comment(0) | SJ通信過去ログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月13日

いま伝えたい!子どもの心を揺るがす”すごい”人たち



みやざき中央新聞の魂の編集長、水谷もりひとさんの本を読みました。

と言っても、これも同紙の社説から選ばれた40編を集めたものになっています。これまでに出版された、「日本一心を揺るがす新聞の社説」などのシリーズになります。

今回のは、サブタイトルに「魂の編集長が選んだ「教科書に載せたい」新聞の社説」とあるように、子どもたちに読んでもらいたい内容となっています。

とは言え、もちろん大人が読んでも、読み応えのあるものになっています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

腎臓がんを克服した杉浦貴之さんの話です。

28歳で「もって半年、2年後の生存率は0%」と言われた杉浦さん。でもお母さんは、「余命宣告なんて私は信じません。」と言ったそうです。

そんなお母さんも、仕事の行き帰りに何度も車を止めて、泣き崩れたことがあったと、杉浦さんは後で知ったそうです。

信仰心などなかった父親も、毎日、仏壇と神棚に手を合わせるようになったとか。おばあさんは、「私が代わってあげたい」と言って泣いたそうです。

そんな家族を見て、杉浦さんは「僕は無条件に愛されているんだ」と気づいたそうです。

しかし、病気になってやっと気が付いた。
 「僕は生きているだけでお父さんお母さんに幸せを与えていたんだ」と。毎晩、両親が病室を出た後、彼は感謝の涙で枕をびしょびしょに濡らしていた。
」(p.37)

自分が死んでいなくなることで、家族を悲しませることになる。それで杉浦さんは、絶対に病気を治そうと誓ったのだそうです。


次は婚活の話です。

世界的な物理学者、米沢富美子さんは、物理学が面白くて仕方なかった大学院1年の頃、証券会社に就職していた恋人からプロポーズされたそうです。

そのとき富美子さんは、「結婚より研究を選びます」と言って断ったそうです。研究は、片手間にできるようなものではないと思ったからだとか。

ところが彼氏は、「僕の妻になることと物理の研究と、両方取ればいいじゃないか」と言ったそうです。それで富美子さんは、結婚を決めたのだとか。

結婚生活では、「夫は家事・育児には一切協力しなかった」のだそうです。

夫が何もしてくれないことでイライラするより、夫には何も期待しないと覚悟したことで、心はいつも穏やかで、楽しく子育てをし、研究にも没頭できた。」(p.73)

その後、富美子さんは45歳で乳がんになり、左乳房を摘出する手術を受けています。そして夫は60歳で亡くなられたそうです。

その夫の病床で富美子さんは、「あなたに支えられたから私はやってこれた。ありがとう」と心から言ったのだそうです。

社説は、以下の言葉で締めくくっています。

人生、「楽しもう」という覚悟をした人間ほど逞しいものはない。結局、あれもこれも手に入れている。」(p.73)

ざっと読んだだけでも、必ずしも順風満帆とは言えない人生です。それでも、ポジティブに立ち向かうことを決めたことで、それは満足の行くものになるのですね。


以下は、いくつかの社説の締めの言葉です。

名前を付けると、モノがもはやモノではなくなる。命が吹き込まれるようだ。だから「命名」というのだろう。」(p.129)

何かに挑戦しようとするとき、「誰かのために」という目的があると、人は諦めない。すごい力を発揮する。きっとそれが愛の力だからだろう。」(p.139)

でも、100%勝てると分かっている試合に勝って何の喜びがあるのでしょうか。君が本当にやりたいのなら、たとえ勝算が1%の確率しかなくてもやったらいいのです。
 それを「挑戦」といいます。

 そして失敗しましょう。たくさん悔しい涙を流しましょう。
 失敗していいのです。もしうまくいったら大きくガッツポーズをして「ありがとうございます」と叫びましょう。
 もしうまくいかなかったときは小さくガッツポーズをして、『天才バカボン』のお父さんの、あの名台詞をつぶやきましょう。
 「これで…いいのだ!」と。
 そこから君の可能性の芽が出てくるのです。
」(p.144)


お子さんへの贈り物にもいいかもしれませんね。

それとともに、私も愛読している「みやざき中央新聞」を購読してみてはいかがでしょうか。

いま伝えたい!子どもの心を揺るがす”すごい”人たち
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:21 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月16日

なぜ、宮崎の小さな新聞が世界中で読まれているのか



「みやざき中央新聞」の社長、松田くるみさんの本を読みました。

松田さんは、同紙の魂の編集長水谷もりひとさんの奥さんです。

お二人で築いてこられた素晴らしい「みやざき中央新聞」の歴史を覗いてみたくて、この本を買いました。

大変な時期を、多くの人に支えられて乗り切ってこられたことが書かれていました。

どうしてそんなにも多くの人がお二人を支えてきたのか?

その答えは、お二人の生き方にあるように思いました。


では、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

当初から、水谷には心に決めていたことがあった。
 それは、「自分が感動した話を伝えたい」ということだ。私も、その思いを大事にしたいと思った。
」(p.30)

もとは宮崎中央新聞という名で、役所などの不正を暴くような新聞だったそうです。

蓋をしておきたいことは記事にされたくないから、役所や企業は新聞を購読する。いわば、総会屋の新聞のようなものだったのでしょう。

それを引き継ぐことになったお二人は、なんとなく方向性を、上記のように考えたようです。


引き継いだ後も元オーナーの関係者から、運営資金を提供されていました。

しかし、独立から4ヶ月目に、松田さんは資金提供を受けないようにしようと決心します。「私が営業に出、読者を増やせばいいのだ。」と決意されたのです。

当時の発行部数は500部くらい。表裏2面の小さな新聞で、わずか500部では赤字です。

そこからコツコツと営業を重ね、3部増えては2部減るという遅々たる歩みでしたが、年間に100部ずつ部数を増やしていかれたのです。


寒くても暑くても、晴れていても雨が降っていても、動いていれば気分が晴れた。1日3件の見本紙申し込みが取れれば、さらにその日は気持ちが良かった。
 しかし翌日には、またゼロから出発をしなければならない。いつ終わるともしれない気持ちになって、落ち込みそうになる日もあった。
」(p.52)

この気持ち、よーくわかります。目標に近づいていることが明確なら、やる気も持続できるでしょう。しかし、いつになったら経営が安定するのか見通せないままに、ただ1部ずつ積み重ねていくという行為は、徒労ではないかと思えてくるのです。


そんな中で松田さんは、社会教育家の田中真澄氏の講演を聞く機会がありました。その講演によって松田さんは、悩まずに頑張っていこうと決意されたそうです。

そして12年後、田中氏が読者になってくれたとき、松田さんは嬉しくて、次のように手紙に書いて送ったそうです。

今の私があるのは、12年前に田中先生の講演を聴き、『凡人は一点集中しかありません』の言葉をいただいたお陰です。コツコツコツコツやってまいりました。途中挫折しなかったのは、田中先生のご講演のおかげです」(p.64)

折れそうな気持ちを立て直し、営業の柱をまっすぐと私の心に建ててくれたのは、確かに田中先生の言葉だったと信じている。
 もしあの時、あのタイミングで先生の講演を聴いていなかったら、近道をしようとして、かえって遠まわりをしていたかもしれないし、あそこまで根気強く、営業が続けられただろうか疑問に思う。
」(p.65)

すべてのことは、適切なタイミングで起こるのです。松田さんが田中氏の講演を聞いたことも、また必然だったのでしょう。


また、阪神淡路大震災の後、親しい読者の木村さんから頼み事をされたことがあったそうです。それは神戸で宝石商をやっていた木村さんのいとこが、神戸では売れないからと宮崎に行商に来るので、「よろしく」ということだったとか。

当時の松田さんは、宝石を買う余裕などまったくなかったのですが、「何とか協力したい」という思いから、一番小さい指輪を月賦で購入しました。

毎月2千円ずつを木村さんのところに届けることにしたのです。このことが、後に「みやざき中央新聞」を大きく発展させる礎になるとは、松田さんも思ってもみなかったそうです。

それは、独立して10年が経ったころ、住居件社屋がほしくなったときに起こりました。

それまでは、3LDKのマンションの中に、オフィスを置いていたそうです。それでは環境的にあまり良くないので、新社屋をと思っていたとき、すぐ近くに最適な店舗付き住宅が見つかったのです。

価格は2300万円。当時、会社の収益は損益分岐点を超えてはいたものの、金融機関から信頼される資産はなし。地元の銀行を回ってみても、どこも融資を断ってきたそうです。

そんなとき、読者の木村さんから、「あの物件はどうなったの?」と聞かれたそうです。正直に銀行から融資を受けられないことを話すと、「宮崎太陽銀行に行ったら? 私から話しておくわ」と言われたそうです。

木村さんのご主人が、その銀行の常務だったのです。こうして、無事に融資を受けられて、新社屋と住居を手に入られたそうです。

復興支援のためにと思い切って買った指輪が、幸運を招いたのだ。木村さんは、毎月必ず指輪の代金を持ってきた私を信頼してくれたのだろう。
 3年間払い続けたことで得たものは大きな信頼だった。
」(p.76)

何がどう転ぶかわかりません。ただ誰かのためにと思ってやったことが、後々、自分に返ってくるのでしょう。


最初のころは、松田さんが一軒一軒回って営業していましたが、そのうち、読者の方が紹介してくれることが多くなってきたそうです。

松田さんはありがたくて、紹介先の方だけでなく、紹介してくださった方へも、丁寧にハガキや手紙を書いて送ったそうです。その伝統は、今でも残っていています。

丁寧に書いて郵便ポストに投函した。投函する時は、赤いポストに向かって手を合わせた。ハガキに書いた言葉は、本当なら私自身が相手に面と向かって話すことだ。
 その言葉を葉書で伝えないといけない。郵便局員さんにこの気持ちも一緒に運んでほしい、そう言う気持ちで手を合わせた。
」(p.83)


松田さんの読者に対する思いは、並外れています。どこかへ行けば、必ず読者のお宅を訪ねたそうです。

「手間暇を考えると、費用対効果が合っているとはとうてい思えない。しかし、どうしても「読者に会いたい」という思いが自分の中で強くなっていた。理由があるとすれば、それだけだ。」(p.91)


松田さんは、非常に行動的な方です。その行動力は、次のような考え方から生まれているのでしょうね。

やりたいことを口に出して、自分の行動を決めていく。いいところか悪いところか分からないが、これも私の癖である。
 この時も、観光バスを出して青空のもと、読者の皆さんと宮崎の観光地をまわっている私の姿をイメージしていた。
」(p.130 - 131)

20周年の講演会を行う時、各地から集ってくれる読者と一緒に宮崎観光をする。そのイメージだけで、やることを先に決めてしまったのです。観光バスなど借りたこともなかったのに。


「みやざき中央新聞」は、今や発行部数1万7千部になるそうです。そこまで大きく発展するきっかけとなったのが、社説を集めた「日本一心を揺るがす新聞の社説〜それは朝日でも毎日でも読売でもなかった〜」という本を発行したこと、そしてその本が大ヒットしたことです。

その本が大ヒットすることに大きく貢献したのは、書店「読書のすすめ」店主の清水克衛さんが、テレビ番組で取り上げてくれたこと。その清水さんが同書を取り上げるきっかけが、実はスタッフの素晴らしい行動にあったのだそうです。

そんなある日、スタッフの刀根が「一日お休みをください。理由は聞かないでください」と申し出てきた。真面目な彼女にはめずらしいことだ。
(中略)
 刀根は、NPO法人「読書普及協会」の会員だった。読書普及協会は、東京江戸川区にある書店「読書のすすめ」店主の清水克衛さんが代表をしているNPO法人だ。
(中略)
 刀根に「みやざき中央新聞がどんな新聞か、番組担当者に見せたいので送付してほしい」と伝えた。そのとき彼女は誠意を尽くしたいと思った。そして清水さんに直接会って手渡すことを決めた。
(中略)
 編集長の本のことを思って上京してくれた刀根の決意を思うと、胸が熱くなった。そこまでやってくれるスタッフを持てたことが、何よりの宝物だと思った。」(p.138 - 139)

このエピソードを読んだ時、私は涙が止まりませんでした。

こんな熱い思いを刀根さんに抱かせたのも、いかに日頃から松田さんや水谷さんが、高邁な理想を掲げ、そしてスタッフのことを思って働いて来られたか。そんなことが伝わってくるのです。


松田さんは、一時期、高校の家庭科講師を務めたそうです。そしてそれにのめり込みそうになった時、妊娠されたのだとか。

天職とまで感じた講師の仕事は、1年で辞めることになったそうです。

とても悲しかった。運命の女神は何を教えようとしたのだろうと思ったほどだった。どんなことでも、時間が経って振り返ってみないと分からないことがたくさんあるが、それが人生かもしれない。
 後になって考えてみた。もしあの時、教師という仕事にのめりこんでしまっていたら、本業のみやざき中央新聞はどうなっていただろうか。やはり運命の女神は、「あなたのやるべきことはこっちです」と教えてくれたのかもしれない。
」(p.168)

そのときは理不尽に思えても、後になってみれば、あれで良かったと思えるものかもしれませんね。


3人目のお子さんが生まれた後、松田さんは海外生活をしたくなったのだそうです。今の生活に息苦しさを感じ、20代のころにやりたくてもできなかった海外留学を、どうしてもやりたくなったのだとか。

しかし、お金がない。時間がない。つてもない。この三拍子をどうしたらいいのか。
 面白いことに、その時私たち夫婦は「できない理由」を一切考えなかった。
 どうしたらできるようになるだろう……。二人で知恵を絞った。
」(p.171)

松田さんの言うことを否定しない水谷さんも素敵です。そして、できない理由を考えないというお二人の生き方も。

そういうお二人だったからこそ、「みやざき中央新聞」をここまで発展させられたのだと思います。


松田さんはその後、乳がんで左乳房全摘出という手術をされます。

そのこともまた、松田さんは前向きに捉えていました。そして水谷さんは、そんな松田さんのことを詩にして、病院の談話室にある「入院ノート」に書かれたそうです。

子どもたちのいのちを育ててくれたおっぱい
 失ったものが大きいから、きっとそれ以上のものが返ってくると思っていた
 本当にそうだった
 入院中、妻はとても大切なものをたくさんいただいた
 あの小さなおっぱいと引き換えに……
 この闘病生活はきっと活字になるだろう
 転んでもタダじゃ起きない女だから
」(p.210 - 211)

いかに水谷さんが、松田さんのことを信頼しておられるかがわかりますね。


タイにも日本人が大勢いますが、ぜひこの「みやざき中央新聞」を購読してほしいなあと思います。

私はWEB版で読んでいますが、本当は紙媒体の方が好きです。スタッフの方から、手書きのメッセージも届くそうですから。

なぜ、宮崎の小さな新聞が世界中で読まれているのか

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:41 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月17日

誰にも出来るホームセラピー



私がレイキを習っている「香りの森」仁科まさきさんのKindle版の本を読みました。

ペーパーバック版も751円で販売しているようですが、アマゾンでは現在、在庫切れになっているようです。


レイキがどんなものなのか、またどうやって使うのかを、マンガと豊富な写真で紹介しています。

「レイキって何?」「宗教と関係あるの?」「本当に誰でもできるの?」「その効果は本物?」など、様々な疑問があると思います。

そういう方にこそ、ぜひ読んでいただきたい本ですね。


特に講習を受けなくても、基本的には誰でもできるものです。

ですから、まずはこの本を読んで、レイキを実践してみるというのも、1つの方法かと思います。

その上で、さらに上達したいとか、もっとレイキが出るようになりたいと思った時、スクールに行って講習を受けると良いでしょう。


ちなみに、マンガはこんな感じです。

誰にも出来るホームセラピー・マンガ

少女マンガみたいな感じですね。

娘さんが怪我をしてオロオロする母親の前に、突然、現れるイケメンの好青年。その青年が手を当てるだけで、娘さんは痛みがなくなるのです。

父親はバカにして信じませんが、なんだか不思議な感じがしていた母親は、その青年と再会します。そこで、あれがレイキだったと教わるのです。


ペーパーバック版のページ数は40ページです。

わかりやすくコンパクトにまとまっていますので、ぜひお手にとって見てくださいね。

誰にも出来るホームセラピー
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 10:55 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月20日

驚きの最強思考「赤ちゃん脳」



西田文郎(にしだふみお)さんの本を読みました。「ツバメの法則」に続いて、西田さんの本は2冊目になります。

西田さんの本を読もうと思って2冊買ったのですが、そのうちの1冊です。

どうしてこの本を選んだかというと、「赤ちゃん脳」というタイトルに惹かれたからです。

赤ちゃんの例えは、私もよく使っています。それで、ひょっとしたらそういうことが書かれているのかと思って、この本を選んだのです。

結果、図星でしたね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

誰もがポジティブでありたいと願いながら、なかなかそうなれない現実があると西田さんは言います。しかし、それがどんな状況であっても、誰もが簡単に抜け出せる方法があると期待を持たせます。

その方法が”赤ちゃん脳”になることです。

 赤ちゃんの脳はとてもシンプルです。
 あらゆることに興味を持つ、興味を持ったら挑戦し、何回失敗してもできるまでやる。途中で痛い目にあっても、泣きはしますがやめません。
」(p.5)

「はじめに」に書かれたこの文を読んで、私は図星だったと思いました。もう少し、「赤ちゃん脳」の説明を見てみましょう。

世の中には赤ちゃん脳のまま成長した人もいます。そういった人は、誰もが不可能だと思うことを「できる」と思い込み、何回失敗しても、人に中傷されようとも、絶対に成し遂げてしまいます。
 苦しいことも楽しみとして受け止める、苦楽力を持っているので、落ち込んだりしないのです。
 世の中で成功している人、偉業を成し遂げた人のほとんどは赤ちゃん脳です。
」(p.6)

赤ちゃん脳になるのは簡単です。しかし「そう簡単にはうまくいかない」と思っている人には、簡単にはうまくいかないかもしれません。ですから、ぜひ、「チョロい」と思ってとり組んでください。そして楽しみながら続けてください。それが赤ちゃん脳への一番の近道です。」(p.7)

この「はじめに」に書かれた要点だけで、この本の内容はすべて書き尽くされています。とは言え、それでわからないから悩むのでしょう。では、もう少し引用を続けましょうか。


あなたもかつては100%プラス思考だったはずです。そう、赤ちゃんの時には。
 赤ちゃんはみな絶対的なプラス思考で、積極的で、自分は何でもできると信じています。
」(p.16)

赤ちゃんは他人の目など気にしませんし、反省や落ち込みとも無縁だからです。」(p.17)

ここでのポイントは2つです。1つは、赤ちゃんは自己卑下したり、罪悪感を抱いたりせず、完全にポジティブだということです。もう1つは、誰もがそうだった、ということですね。


では私たちは、どうしてそんな「赤ちゃん脳」を失ったのでしょう?それを西田さんは、教育によるものだと言います。

転んでケガをするからやめなさいというような、あれもダメ、これもダメというようなダメ教育は、子供からチャレンジ精神を奪います。人は何度も失敗を重ねることで経験値を高め、いずれ失敗しなくなるものですが、親が先回りして失敗をさせないことで失敗自体が悪いことだと脳に刷り込まれていくのです。」(p.20)

こうして後天的に、「赤ちゃん脳」ではなくなっていったのです。

ですから、「赤ちゃん脳」に戻すには、マイナスの刷り込みをプラスの刷り込みに変えれば良い、ということなのです。

とにかく素直に受け入れ、続けてみること。
 それこそが、赤ちゃん脳になるための条件です。
」(p.28)

できるかどうかなど考えない。むしろ、根拠がなくても「できる」と思い込んで、プラスの刷り込みを続けること。これだけだと西田さんは言います。


ここからは、テクニックになります。いろいろな方法が示されていますが、必ずしもすべてをやる必要はないでしょう。1つでも2つでも、自分に合った方法を取り入れ、実践していくことですね。

ここでそのテクニックのすべてを紹介することはしません。気になった文章だけ、いくつか紹介しましょう。


人は自分のためにはなかなか頑張れず、困難に直面すると諦めてしまいがちですが、他人のため、特に大切な人のためには驚くほど力が発揮できます。」(p.34)

他の誰かを喜ばせている自分をイメージすること。それが重要だと言います。


あなたもメンタルタフネスになりたい、レベルアップしたい、成功したいと考えるなら、100回失敗してください。100回失敗したら目標が達成できるという意識に変われば、できるだけ早くしてしまうのが得策だと思えるでしょう。」(p.66)

「失敗ポイントカード」を作って、失敗するごとに丸でマスを埋めていくのだそうです。そのとき、「下手な反省など絶対にしてはいけません」と西田さんは言います。

本当にしなければいけない反省は「どうやったら解決できるだろう」「次はどういう戦略でいけばうまくいくだろう」といった次につなげるための発展思考です。」(p.67)

要は、罪悪感を抱くような、自己卑下するような反省はするな、ということですね。

反省するなといっても、上司やお客を怒らせたりした時には、謝らなければいけないこともあります。しかし、そんな時でも心からの謝罪などしてはいけません。脳が不快になるだけです。挨拶代わりの謝罪は、”心を込めずに元気よく”をモットーにしましょう。」(p.71)

これは傑作です。ここまではっきり言い切られると、かえって痛快です。これ、ぜひ実践したいと思いました。


ネガティブ脳のくせで「本当にできるだろうか」と否定的なことを考えた時でも「いや、自分なら絶対できる」と最終的にポジティブに切り換えればいいのです。
 100回ネガティブになろうとも、101回目でポジティブになればいいだけのこと。ポジティブになれないことで落ち込むのはやめましょう。
」(p.86)

ネガティブになってしまったときも、ポジティブに乗り切ることが重要なのですね。


人を喜ばせると、あなたに対して相手の脳が快になるため、応援者が増えていきます。また、人にいいことをすると、あなたの脳も快になり、やることなすことがうまくいくようにもなるのです。
 自分のことを好きになれない人は多いものですが、他喜力を使っていくと、自分のことも好きになれます。
」(p.87)

「他喜力」というのは西田さんの造語ですが、ただ存在するだけで周りを幸せにする赤ちゃんのように、人を幸せにする力を持つことも重要ですね。


「うまくいくかも」
 「今日はツイてるかも」
 それならばすんなり受け入れられるのではないでしょうか。
 人は行動によって条件づけられた記憶のほかに、実は想像による条件づけ記憶も行っています。ですから「〜かも」という想像の表現でも、体験したことと同じように脳のネットワークにインプットされていくのです。
」(p.106 - 107)

これを「かもめの法則」と呼ぶそうです。なかなか命名も面白いですね。


西田さんは、叱ってくれる人にも感謝するように、と言います。自分のことを思ってくれるからこそ、口うるさく叱ってくれるのですから。

叱られたときは落ち込むのではなく、こんなにも自分のことを思ってくれるのだと思って、感謝すればよいのですね。

実際はわかりません。ストレス解消のために怒っているだけかもしれませんし、あなたが失敗したことで自分が面倒なことになって単純に腹を立てているだけかもしれません。
 しかし、結局、それは本人にしかわからない、もしかしたら本人ですらわかっていないのですから、都合よくとらえていたほうがお得なのです。
」(p.129)

「神との対話」でも、自分に都合の良い理由をでっちあげろと言っていますが、まさにそういうことなのです。


西田さんは、子どもの教育についても、「赤ちゃん脳」を失わせないようにすることを訴えます。

また、子供を赤ちゃん脳のまま育てるために、ダメ教育はやめましょう。命に関わるようなことでなければたいしたことではありませんから、やりたいようにチャレンジさせて自分で失敗から学ばせるのです。」(p.175)

子どもの可能性の芽を摘まないことは、自分を励ますことにもなると思います。仮に叱らなければならないことがあっても、次のことを注意するよう言います。

ですからまず叱ってから、褒めるというのが正解です。そうすると振り子の法則で、叱られて脳が不快になった分、褒められることで大きく快に振れるのであなたに対する感情も悪くなりません。」(p.183)

最後は褒める。そうすれば、褒められた印象が脳に残るのです。このテクニックは、自分自身にも使えます。仮に自分にダメ出ししたとしても、最後は褒めてやればいいのです。


脳の働きを研究し尽くした西田さんだけに、脳を快にすることの重要性と、そのためのテクニックが網羅された一冊になっています。

ぜひこの本を読んで、人生に役立ててほしいなと思いました。

驚きの最強思考「赤ちゃん脳」


posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:43 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月22日

学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話



映画にもなった話題のビリギャル、読んでみました。著者はビリギャルを指導した塾講師の坪田信貴さん

なお、アマゾンのリンクは文庫本ですが、私は単行本を買って読みました。また、電子書籍も出ているようです。


物語のように書かれた本です。高校2年生の夏、偏差値30で小学校4年生レベルと判定されたさやかちゃんが、坪田先生の指導によってめきめきと学力をつけ、ついには難関の慶應大学に合格するという、アメリカンドリームならぬジャパニーズ・ドリームを実現させたという実話です。

話題が先行していて、けっこう批判もありました。なので最初は、この本を読もうとは思っていませんでした。

しかし、「みやざき中央新聞」の社説に、「「ビリギャル」から学んだこと」と題して、ビリギャルのママの話が載っていました。

「叱らない教育」に徹してきたとのこと。どんなときでも、子どもを信じ抜くこと、味方であり続けること、それがビリギャルのママの教育方針だったそうです。

そしてそのママの本、「ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家族を再生させた母の話」が紹介されていました。

それで私は、ビリギャルのママの本を読みたいと思ったのです。そのときついでに、それならいっそのことと思い、この本も買ってみました。

まず最初にこちらを読んだのですが、正直に言って、感動しました。


では、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

でも、僕は
 人間にとって一番大事なのは
 この、ゼッタイ無理を
 克服した体験だと思っています。
」(巻頭の言葉)

子どもや部下だって同じこと。
 ダメな人間なんていないんです。
 ただ、ダメな指導者がいるだけなんです。
」(巻頭の言葉)

いきなり、頭をガーンと殴られたようなショックを受けました。言ってることはよくある内容なのですが、なぜかそこに力を感じたのです。

「この本は本物だ。」そう感じました。


坪田さんは、学力的には非常に低いさやかちゃんの中に、素晴らしい才能があることを発見します。そして、それによって「行ける」と感じたそうです。

そして、さやかちゃんのことを褒め、信頼関係ができた後はときにけなすなどしていじりながら、学習に興味を持たせ、指導して行きました。


さやかちゃんのお母さんは、ちょっと変わった教育に対する信念を持っていました。

「子どもに絶対に腹を立てない。たたかない。子どもなりの理由をよく聞いて、さとして、わかってもらう」
「世界中が敵になって、我が家だけは絶対的に味方だ、と思える家庭を作る。怖い親にはならない」
「いつでも、どんな時でも愛情をかけ続けることで、なんにでも感謝できる子に育てる。感謝できたら幸福感も得られ、運も向いてくる。それが人にとって一番の幸せではないか」
」(p.68)

坪田さんは、さやかちゃんのお母さん、「ああちゃん」の教育方針が、慶應大学合格に大きな役割を果たしたと評価します。

確かに、ほめてばかりでは、子どもがダメにならないか、心配な親御さんは多いでしょう。でも実は、長年の指導経験と、心理学の成果から、僕はああちゃんの哲学には賛同をします。なかなか理解されないとは思うのですが(しかし本書を読み終わった方なら、きっとわかってもらえると思って、僕はこの本を書いています)。」(p.70)


自分が成功することを”知っている”こと。自分が天才だと”知っている”こと。根拠なんていりません。そう”知っている”だけでいいんです。もし、そう思い込めないなら、
「言葉に出して、みんなに言いふらすといいよ」
と僕はさやかちゃんに助言しました(そして実際、素直にそうしたようです)。
」(p.122)

坪田さんは、「神との対話」を読まれていたのでしょうか。それとも、斎藤一人さんの信者だったとか。そう思いたくなるほど、核心をついた言葉ですね。


結果的に、その後、さやかちゃんが『学研まんが日本の歴史』を全巻読破してしまったことが、前述したとおり、さやかちゃんの日本史の成績を急伸させることになるのです。やっぱり歴史は、暗記ではなく、ドラマやマンガで覚えるのが一番なんです。」(p.202)

これは私も実感しています。大の歴史嫌いでしたから。高校の世界史は40点の欠点ギリギリでした。

そんな私が20歳も過ぎてから、歴史小説にハマったことで、歴史を深く知るようになったのです。


受験勉強に打ち込むさやかちゃんは、相当なストレスを溜めます。そこで坪田さんは、時間があったら山登りをするといい、と勧めます。その理由を、ああちゃんは次のようにさやかちゃんに説明したそうです。

あのね、山登りでは、ずうっと足元を見て歩かなきゃいけないんだよね。
 たまに、頂上を見て、あそこまでたどり着いたら、どんな風景が見えるだろうな〜、って思いながら、また目を足元に戻して、また一歩、また一歩って歩んで行くんだよね。
 足元しか見えないと、つらくて、悲しくって、つらくて、つらくて、しょうがないんだけど、そうして登っていくと、いつの間にか、思いがけず高いところまで登っていて、すごい風景が見えたりするんだよね。
」(p.206)

指導する方もすごいと思いますが、それを読み取ったああちゃんも素晴らしいと思いました。


さやかちゃんの家族は、お母さんとお父さんが反目しあっていて、けして仲の良い家族関係ではありませんでした。

しかし、さやかちゃんが真剣になって慶応受験に挑戦したことで、家庭内にも一致団結する気持ちが芽生えてきたそうです。

さまざまな教育的な背景、価値観が違う人間が家庭を作る。そこでいざこざがあるのは「普通のこと」なのです。
 誰のせいとか、何が良い悪いとかではなくて、「家族」というのもたぶん、結婚した時を0歳として「成人」していくものなのかもしれません。
」(p.271)

問題を抱えているから悪いのではなく、そこが赤ちゃんの状態なのです。そこから大人へと、成長するチャンスが与えられたということなのですね。


さやかちゃんが嫌っていたお父さんですが、仕事ではお客様のために、損得抜きで最大限のサービスを提供しようとする熱い心を持った方でした。

何百キロも離れた人のために、トラックに代車を載せて駆けつけるというエピソードが、たくさんあるのだそうです。

その理由を、お父さんはこう説明したそうです。

先生ね、友だちが目の前で倒れてたら助けますよね? 10メートル先だったら? 百メートル先だったら? 距離の問題じゃないでしょう。」(p.272)

このお父さんのことに対して、坪田さんはこう言います。

そして、こんなすごい人でも、「家族」に接する方法は、試行錯誤(つまり失敗を重ねながら適応していくこと)のくり返しだったということ。
 それによって、「理想」を生み出して行くんだということを学びました。
」(p.273)

「失敗」は、そのままで終わらせない限り「失敗」ではなく、「理想」に近づくための「試行錯誤」なんですね。


そして、さやかちゃんが慶應大学に合格した最大のポイントを、坪田さんはこう言います。

それは、君が成功した一番の理由は、「中途半端なプライドを捨てて、恥をかくのを恐れなかった」ことにある、ということです。」(p.274)

最初、「聖徳太子」「せいとく たこ」と読んださやかちゃん。でも、読めないことを恥ずかしがらず、トライした結果だったのです。

ともかくトライする。失敗しても立ち上がって、さらに挑戦する。それが、成功につながるのですね。


さやかちゃんの努力、ああちゃんの教育信念、坪田さんの指導方法、お父さんの熱い思い、すべてに感動しました。

そしてこの本を、教育者だけでなく、子どもを育てている親だけでなく、多くの人に読んでもらいたいなと、心から思いました。

学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 19:20 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月26日

ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家族を再生させた母の話



前回、ビリギャルの本「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」の紹介の中で紹介した、ビリギャルのママ、ああちゃんビリギャルことさやかちゃんの本を読みました。

ビリギャルの本も感動して泣きましたが、こちらも、それに負けず劣らず泣けます。人はこんなにも成長できるものかと思うと、泣けて泣けて仕方がありません。

この本は、ああちゃんの家族が失敗を繰り返しながらも幸せな家族になるまでの、ドキュメンタリーとも言えるものに仕上がっています。

主人公はああちゃんですが、娘のさやかちゃん(ビリギャル)や妹のまーちゃんも、それぞれの言葉で家族のことを語っています。

またビリギャルの本の著者の坪田さんも、ああちゃんの子育てについて解説しておられます。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

娘のことで学校に呼び出されたとき
 私は、子どもに
 「親は絶対に子どもを守るものだ」
 と示すチャンスだと思っていました。

 親が子どもの善意を信じること。
 粗探(あらさが)しをせず、味方でいること。
 これは、実際には、難しいことです。
」(巻頭の言葉)

ここで示されたああちゃんの意思が、まさに彼女の教育方針を貫く1本の柱なのです。

これを守ろうとして頑張ったことで、子どもが何でも話してくれるようになり、自分らしく生きられる子どもに育てることができたと言います。


母は、私が無期停学になったことを、”わが家の恥”とは考えていませんでした。
 「親は、何があっても、絶対に子どもを守るものだ」ということを子どもに示す、チャンスだと考えていたのです。
」(p.34)

さやかちゃんの言葉です。無期停学にされたら、それを「悪い」ことと判断し、「恥」だと思ってしまうのが、おそらく大多数の人の考え方でしょうね。

でも、ああちゃんはそうは考えなかった。そのああちゃんの考え方が「原因」で、慶應大学に合格する娘に育ったという「結果」があります。この事実を、よくよく考えてみるべきだと思います。


母に「どうしていつも自分が後回しで、人のことばかりやってあげるの? 損ばかりの人生じゃない!」と言ったことがあります。すると母は、こう答えたのです。
 「でも私は、そんななかでも、ちゃんと大きくしてもらってるんだから、運がいいんだよ。他のきょうだいは、その頃のことだから栄養も不足していて、病気ばっかりしていたんだけど、私に限っては、不思議と病気なんてなあんにもしたことがないの。神様はちゃんと見ててくださるのかな、と思ったよ」
」(p.48 - 49)

ああちゃんは、自分の母のことをこう言います。人生の中の良い面を見ようとする姿勢は、お母さんのときに築かれていたのですね。そういう遺伝子を受け継いでいたから、ああちゃんも割りと簡単に、それができるようになったのかもしれません。


今思うと、私たち夫婦は、育ってきた環境があまりに違っていただけで、お互いに悪気があったわけではなかったのです。でも、当時の私は、「自分は悪くない」とばかり思っていて、夫の立場に立って考えることができませんでした。
 夫による、長年にわたる経済封鎖などのせいで、怒りや憎しみがつのっていたからです。
」(p.66)

夫婦の仲が完全に冷え切っていて、約20年間の冷戦時代があったと言います。何度も何度も、離婚の危機があったことでしょう。

そんな中で子どもたちが苦しんでいる。子どもたちは苦しむ姿を見せることで、ああちゃんに「間違っているよ」と教えてくれたのです。

夫のことを理解できなくても「子どもたちのために、この人が、間違いなく家族を幸せにしてくれる人だ、と信じよう」と思いました。」(p.66)

現実がどうかではなく、まず自分の考え方を変えることに決めたのです。何を信じるかは、自分の意思の問題なのです。


今までの夫とのいざこざ、もめごとが、自分へのこだわりやプライドから起こったものであるなら、そんなものは捨ててしまおう。
 思春期を迎えた子どもの苦しむ顔を思い浮かべたら、夫のどんな言動も気にならなくなり、そんなことは、どうでもいいと思えるようになりました。
 嫌がらせや経済封鎖があろうとも、夫を恨まなければ路頭に迷うことはないでしょう。
 そう思ったら、とても気持ちが楽になって、すがすがしい気持ちになりました。

(中略)
 そうして私が、両手いっぱいに握りしめていたこだわりを、ぱっと捨ててしまったら、不思議と、予期せぬすばらしいものがどんどん手に入って来るようになりました。」(p.70 - 71)

まさに心屋仁之助さんが言われる「ぱっかーん!」が訪れたのですね。結果にこだわらず、ただ今のままで良いと受け入れる。今の状態に良い所を見つける。それだけでいいのです。


「おまえなんかが慶應に受かるはずないだろうが。きっとその先生は詐欺師だ。おまえを塾へ通わせる金なんて、どぶに金を捨てるのと一緒だ。だからおれは一銭も払わんからな」
 父が吐いたこの言葉、それへの怒り。
 絶対見返してやる。あいつに謝らせてみせると思いました。
」(p.81 - 82)

ああちゃんと冷戦状態だったお父さんは、ああちゃん側につくさやかちゃんにも辛く当たりました。

しかし坪田先生は、別の見方を示します。

「人間の感情で一番強いものは”憎しみ”なんだ。君は、今、お父さんに非常に激しい憎しみを抱いているね。それは君にとって、とても大きな原動力になりうるんだよ。だから、もし慶應に受かったら、お父さんにも感謝しなくちゃな」
 笑いながらそう言う先生の言葉に、私は、「なるほど、それはラッキーだな」と素直に思いました。
 パパは応援していないつもりでも、私はそのおかげでとんでもない大きな原動力をもらっているわけだ、それは悪くないな、と思い直したのです。
」(p.83)

こういう素直なところが、さやかちゃんの良いところだと思います。そして、見方を変えることができる能力は、やはりああちゃん譲りだなと感じました。

またこのエピソードからは、現実がどうかが問題なのではなく、それをどう見るかによって、どうにでもなることがわかります。一見、「悪い」と思える出来事でさえ、そのお陰で「良い」ことになることがあるのですから。


ともすれば、そこから本当の悪の道へ堕ちていく誘惑もあったでしょう。しかし、さやかやその友人たちは幸い、道をそれませんでした。
 「悪いことをしようとすると、お母さんが悲しむ顔が心に浮かんだ。だから一線は越えなかった。自分の母親は、こんな自分のことも愛して信じてくれていると知っていたから」
 さやかも、さやかの中学時代からの親友でギャル仲間だったアヤカちゃんやエリカちゃんも、そう口をそろえて言っています。
」(p.94)

このことからも、本当に堕ちていく子どもというのは、親に対する信頼がない子だとわかります。信頼があれば、必ず踏みとどまれるんですね。


親の価値観で、子ども自身が良かれと思ったことを制止させられ、叱られると、子どもの心は傷つき、反抗的に変わってしまいます。
 このことは、あるとき、私の確信となりました。
 当時の私は、大人の勝手な都合や、体裁、見栄で、長男を叱る母親だったのです。
」(p.104)

「あなたのことを思うから叱るのよ!」という言い訳は、ただの言い訳に過ぎません。本当は、自分がよく見られたいからです。そのことが腹からわかるまで、行動を改めることはできないでしょうね。

ああちゃんが変われたのは、それまでご自身が育った環境もありますし、彼女の性格や、学んだことも大いに影響したでしょう。


ああちゃんは、教育者の長谷川由夫氏の教えを「あなたと子供が出会う本」(情報センター出版局)で学んだそうです。

「叱る」とは、ある行為を否定禁止する「罰」の1種である。
 誰しも、あたたかい信頼関係があるときには相手を「叱る」などとは思いもしない。
 人間関係において、信頼と罰とは、相反する。罰が続けば、信頼関係は壊れる。
」(p.115)

信頼関係がない限り、誰も自発的にその人の言うことに耳を傾けようとはしません。ですからまず、信頼関係を築くことが大前提なのです。


私のために、今、必死で自分のやれることを探して行動してくれるパパを見て、車の助手席で涙ぐみそうになりました。
 今までも、こうして、娘に何かしてあげたかったのかもしれないな。
 私が機会を与えてあげられなかっただけかもしれない。
 パパに甘えたのは、いつが最後だったっけかな。甘えてほしかったのかもな、と急に反省したのでした。
」(p.139)

大雪だった最初の受験の日、お父さんはスタッドレスの車を用意して、さやかちゃんを会場まで送ってくれたのでした。父と娘の雪解けが始まったのです。

ちょっと見方を変えてみれば、本当は愛されていたのかもしれないと、思えてくるのですね。

自分が変われば、周りも変わる。イヤなヤツだって、変わる。どうしてこんなかんたんなことが、今まで、わからなかったんだろう。」(p.151)

お父さんを「憎たらしいヤツ」に仕立て上げていたのは、実は自分の見方だったのだと、さやかちゃんは気づきました。


本命にしていた慶應大学文学部。その試験でさやかちゃんは、まさかの不合格となります。でも、そのときのああちゃんの言葉がふるっています。

「ああちゃん、文学部、ダメだった。ごめんね」
 「そうか、じゃあ、さやかは、そこには行かないほうが良いってことだね!
」(p.162)

どこまでもポジティブに考えるああちゃんの、本領発揮とも言える名言です。


あなたも、今は、そのままでいいんだよ。これも通過点なの。だから、何も焦らなくていいからね。今からでいいんだよ。もう何を言っても叱られることはないよ。自由になれたんだから。あなたはすばらしい人間なのだから、大丈夫、今からゆっくり、自分の好きなこと、ワクワクすることを見つけていけばいいだけだよ。
 ああちゃんは、起こったことすべてに、無意味なことなどない、と思ってるよ
」(p.198)

グレてた長男に対して、自分の対応が間違っていたと反省したああちゃんが、そのままの長男を受け入れようと努力した結果、こういう話を聞いてもらえるまでになったのです。

自分が何が好きかもわからないほど、傷ついてしまった長男。慶應大学を目指して輝いている姉と比べ、自分は何もないと自己卑下する長男。そんな彼を、ああちゃんはそのまま受け入れ、それでも素晴らしいと信じたのです。

この部分を読んだとき、やはり野口嘉則さんの「僕を支えた母の言葉」を思い出しました。「あなたは素晴らしい」と、何があっても信じ続けることが、親にできる最高の子育てなのだと思います。


暴れて家のガラスを割るなど、思春期のすさんだ長男に何か言いたくなったときには、必ず、幼少期に叱ってしまったこと、そして夫がしてきた仕打ちの数々を思い出し、
「これは、その当然の報いなのだ」
と自分に言い聞かせ、ときに見守り、ときに優しく接するように心がけました。
 この、何かあるたびに、過去に傷つけたことをひとつひとつ思い返し、長男にお詫びするような思いで声をかけ続けたことは、確かに効果がありました。
 長男の性格の良い部分が、時間はかかっても、蘇ってきたからです。こうした努力が、必ず報われることを私は知りました。
」(p.267)

今からでも遅くないのです。どれだけ信頼関係がなくなってしまっても、まだやれることがあります。時間がかかっても、どれだけ大変でも、今から一歩ずつ信頼を築くのです。

そうすれば、必ず報われることを、ああちゃんは教えてくれます。親なら愛する子どものために、茨の道でも歩いて行けますよね?違いますか?


児童心理学者 平井信義先生は、「しつけ無用論」を唱えておられます。
 小さいときから親と先生の言うことだけを素直に聞く、手のかからない子が、思春期に校内暴力、家庭内暴力、登校拒否、神経症、心身症などになりがちなのは、子どもの心を理解しない”命令的な圧力によるしつけ”のせいだ、と言うのです。
」(p.268)

ああちゃんは、この「しつけ無用論」を実践したと言います。特に妹のまーちゃんに対しては、謝らせたり、お礼を言わせたり、あいさつをさせたりなど、強制することをしなかったそうです。

”良い子”を装わせる育て方をしてしまうと、表では”良い子”としてふるまえても、心のなかでは、心ならずものことを強制されてきた不満が募っており、陰でいじめをしたり悪口を言ったりする大人になりやすいと私には思えます。」(p.269)

強制せず、ありのままの子どもを受け入れる。そうやって初めて、信頼関係が築かれるのです。

そんな行動的な、悪く言えば粗野で、お行儀の悪い、暴れん坊のような幼少期、小学校低学年時代を送ったのにもかかわらず、日々、なぜそうしたことをしてはいけないのか、穏やかによく説明し、諭していった結果、さやかもまーちゃんも、小学校高学年近くにもなると、改まった場所に出ても恥ずかしくない、場所をわきまえた行いができるようになり、何よりその場の空気を読んで、人の気持ちを理解できる能力が養われてきました。」(p.276)

けっきょく、「このままではひどい大人になるのではないか?」という不安が、子どもに強制させるのです。本当は、じっくりと待っていれば良いのに、成長するということが信じられないのでしょう。

子どもを信じていないのですから、信頼関係が築かれるはずがありません。不安は愛の対極ですから、不安を動機として何かをすれば、それは不安な現実を創造するのです。

もし子どもが「このおもちゃが欲しい」と駄々をこねても、ちゃんと穏やかに優しく説明し、「買いません」と言ったら、絶対に買わない。
 その際に、笑顔を忘れず、子どもが納得するのを待つ−−それが正しい厳しさであって、親がヒステリーを起こす兆しすらも見せなければ、子どもはそこから美徳を学ぶものだ。
 怒ること、叱ることは、単なる「相手への攻撃」である。
」(p.277 - 278)

長谷川氏の本から学んだああちゃんは、この考え方を実践して、子どもとの信頼関係を築いていったのです。


ああちゃんは、子育てにおける子どもへの考え方を、おそらく夫に対してもしたのだと思います。

仲が悪かったのは、ああちゃんが夫を信頼していなかったから。そのままで良いと、受け入れていなかったから。

そう考えることで、夫に対する自分の考え方を、変えていったのでしょう。

さやかのがんばりを見たことや、すさんだ長男のSOSのお陰で、私たち夫婦は、こうして改心し、お互いを成長させることができました。
 子育ては、まさに、最高の自分育てでもあったと思います。
 それが正しく全うできれば、人生は幸せなものになると思います。
」(p.309)

見た目には、さやかちゃんが慶應大学に合格したから、幸せな家族でいるように見えるかもしれません。

でも、そうではないと思います。それは1つのきっかけに過ぎず、様々な出来事の中で、自分の見方を変え、成長していったことで、現実が変わっていったのです。


この本は、子育て中の親御さんや教育を仕事にされてる方には、非常に参考になると思います。

それとともに、動かない部下を持つ上司や、性格が悪い上司を持つ部下にも、頭の硬い親を持つ子どもにも、役立つ本だと思います。

つまりこの本は、人間関係を良くすることについて、大いなるヒントを与えてくれると思うのです。

ああちゃんや、その家族の皆さん、坪田さんにも、心から感謝したいと思います。

ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家族を再生させた母の話
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:35 | Comment(0) | 実践内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月28日

小さな一歩が世界を変える

book20150727.jpg

「たまちゃん先生」こと小玉宏(こだま・ひろし)さんの講演録の小冊子、「ココロが元気になる小冊子シリーズ」の第2弾を読みました。

第1弾は「いつも心に太陽を」でした。10冊購入して、1冊を母にあげ、残り8冊を中学校に寄付しました。今回はやや厚めで1冊500円でしたが、同様に10冊購入して、母と中学校にあげましたよ。

やはりいいものは、みんなに読んでもらいたいなあと思います。それに、中学校に贈るにはちょうど良い小冊子ですから。

なお、この小冊子は一般書店で売られていませんので、たまちゃんファミリー島根支部の健ちゃんこと大島健作さんが経営している大島建材店のWEBサイトからお申込みください。

大島建材店・「たまちゃん小冊子のご案内」ページ


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

それまで『お金持ちになりたい』とかいう目標のときには、いつまで歩いてもその道一人しか、つまり、私しか歩いていなかったわけです。
 ところが、笑顔を増やしたいと思ってやった行動、あるいは笑顔を増やしたいと思った夢は、私が歩いて行くうちになんか一人増え、二人増え、三人増え、四人増え、十人増え、百人増え、千人増えになっていったんですよね。
」(p.10)

私の小さな一歩ちゅうのが、なんで突然力を持ち始めたのか。それは私が多分、『生きる軸』っちゅうのが固まったからなのかなあって思ったんですよ。それまで、「人に良く思われたい」っていう思いが自分の中であったわけです。「自分が良く思われたい」って思っていたとき、自分が何をしていたかっちゅうと、人に気に入られようと思って、自分を抑えて隠していたわけです。」(p.11)

自分がどう見られたいとか、お金がほしいという執着などを手放し、自分らしく生きようと決めたことで、多くの人から支援され、影響を与えられるようになったのですね。


もし自分が笑顔で生きていきたいと思ったとしたならば、やることは簡単ですよ。『それでも笑顔で生きていく』って唱えてください。『それでも笑顔で生きていく』って腹の中で唱えてください。たったそれだけなんですよ。
 かつての私はね、楽しいことが無いのに笑顔になんかなれるわけがないと思っていたわけです。でもね、違ったんですよ。世の中にどんな理不尽なことが起ころうが、どんな苦しいことが起きようが、どんな不幸が私の身に降りかかってこようが、「その出来事と、『私が笑顔になる』っていうこととは、全く関係が無かった」んです。
」(p.40)

笑顔になるのも、単に意思の問題なのです。自分の他に、笑顔の原因は必要ではないのですね。


講演のあとの質疑応答で、職場に人の悪口や噂をする人がいて困る、という質問に対して、たまちゃんはこう答えます。

「人を何とかすることなんて、できません」って。だってね、人は何とかしたいって思っているのに、自分が人からなんとかされそうになったら、めっちゃ抵抗するでしょ。ねえ。いやだって言ってるのに、人は何とかしたいんですよ。不思議なもんですよね。そうやって、「できませんって、人は人のことを変えることはできませんって。そんな無理なことをやって、無理って傷つくことはないんですよ」っていうお話をするとね、必ずこう言うんですよ。「私のほうが正しいんだ」ちゅうんです(会場笑)。
 「あの人が間違ってんだ。だから分からせたいんだ。何とかしたいんだ」って言うんですけど、皆さん、どう思いますか?いや、それは無理ですよ。いいですか、この世は、人を何とかしたくても何とかすることはできないんです。でも、世の中に、なんとかできる人がたった一人おるやないですか。しかも、誰からも文句を言われない。それが自分でしょ。
 世の中のすべての出来事は、自分がどう生きていくかっていうのを決心させるためにあるんですよ。

(中略)
 この悪口を言っている人も、上司も、動きません。自分が何をしても、何を言っても。でもね、世界が百八十度変わる素敵な方法があるんですよね。それ、どうするか?簡単ですよ。『でも、私は笑顔でいる』って、心の中で唱えることです。」(p.45 - 46)

「あいつがいるからイライラするんだ!」というのが、これまでの考え方でした。でも、他人は変えられないし、変える必要もありません。

自分がイライラしたくないなら、他人を変えなくても、ただ自分が笑顔でいればいいだけなんですね。その決意をするだけなのです。

そうやって自分を変えていくために、イライラさせてくれる人が必要なのでしょうね。


次は、笑顔でいようと心がけているけど疲れる、という方への話です。

まず、「一番大切な人に『ありがとう』って言えないんです。」と言って、人は身内に対して厳しいという話をします。そして、世界一の身内は誰かというと、自分自身だと。だから、人は自分に厳しすぎると言うのです。

そういう滅多に「ありがとう」と感謝しない身内に「ありがとう」と言うと、そのエネルギーはものすごいものがあると言います。

そんなもんなんですよ。普段『ありがとう』って言わない人が、『ありがとう』っつったら、すげえエネルギーがあるんですよ。だから、自分自身に対して言う『ありがとう』は、とんでもないエネルギーがあるんです。ほんとです。騙されたと思って、言ってごらんなさいよ。私やったんですよ。鏡に向かって、『ありがとう、ありがとう』って言っていったら、涙が止まらなかったんですよ。」(p.56)

私も「鏡のワーク」で、自分を励ますように言っていますが、自分に感謝するというのも良さそうですね。


次は、専門学校を卒業しても働かずに家にいる子どもをどうしたらよいか、という質問に対する答えです。

この子は何ともならないんです、皆さんが何を言おうが。自分がどう生きていくかにかかっているんですよ。 (中略) 子どもが社会に出ようとするとき、その思いが強い、「俺は必ずこれになる」、「私は必ずこれになる」っていう強い力は何かって言ったら、『輝いている大人を見たとき』です。その時に、自分はこんな人になりたいって心から思ったときに、本気のスイッチが入ります。
(中略)
 気にする必要はないんじゃないですか。別に、それで生きていけるんやったらええんちゃいます。なんで、子どもが働かなあかんのでしょうかね。そこを考えていくんですよ。子どものため、子どものためって思っているのが、ひょっとしたら自分のためじゃあないのかなぁ、って。」(p.61)

子どもも、思い通りにさせることはできないし、させる必要もないんですね。ただ、自分がどう生きるかだけが、重要なことなのです。


次は、天才に育てる方法を尋ねられて、それに答えたものです。

なんと、驚きの事実が分かりました。その天才たちは、ある共通点があったんです。その共通点はなんと、「親がかけた言葉」、だったんですよ。その天才たちに、親はどんな言葉をかけていたのか。簡単ですよ。『あなたは天才』ってかけていたんですよ(会場笑)。」(p.63)

ファーブルやエジソンのエピソードを話して、親の声掛けが重要だと言います。つまり、親が絶対的に子どもの素晴らしさを信頼することなのですね。前回のビリギャルのママのああちゃんの言葉ともダブります。


次は、組織をうまく機能させる秘訣を問われて、それに答えています。私も会社の経営者ですから、この回答は心に響きました。

トップの人間力です。それしかありません。ほんとです、これは。トップの人間力です。何度も言います。トップの人間力です。ほんとです。これしかありません。
 そして、そのトップの人間力って何か。簡単ですよ。「あなた、すごいね」って言やいいんですよ。

(中略)
 トップってね、その部下のダメなところを見つけて、そんなんで喜んでいるようじゃ、トップ、失格ですよって。たくさんの人から、「あの人、どんな人ですか」って言われたときに、「あ、この人はこんな良いところがあります」って即座に言える人がトップですよって。簡単ですよね。」(p.69 - 70)

これは、非常に耳が痛いです。いかに私がこれができていなかったか、痛感させられました。

そして、これはまさに至言だと思いました。私がやるべきことは、これなんだなと。この言葉を肝に銘じて、私自身を変えていこうと思いましたよ。


次は、生まれてきた役割が何か、という質問に対する答えです。

名前も知らない誰かが、私の命を支えてくれているわけです。だから私は、どこの誰か分からない人のために、命を使えるわけです。そうやって、世の中って成り立っているんです。世の中ってね、支え合って助け合って、できているんです。名前も知らない誰かに、命を支えてもらっている。だから、自分も名前も知らない、誰かの命を支えているんです。
(中略)
 だからね、生まれてきた役割を簡単に言えば、「だれかに『笑顔』をプレゼントするために生まれてきた」んです。その役割に気付いた人が実践を始めると、風が吹いてくるんです。で、その風に吹かれて、心地よく生きてりゃええんでしょ。」(p.82)

お互いに支え合って生きているんですよね。だから自分はもっと積極的に誰かを支えようと思う。それが、誰かを笑顔にすることなんですね。そのために、まず自分が笑顔になることなんですね。


幸せに生きるコツって、一つしかないんです。「今までやって来たことの全てが、ベストの選択だった」って信じきることなんですよ。今までやって来たことの全てがベストだったって信じきれるから、初めて未来に希望が持てるんでしょ。
(中略)
 そして、自分がやってきた失敗とか挫折とか、つらかった過去というのは、全部自分の優しさにつながっているじゃないですか。ね、踏まれた者にしかその痛みは分からないんです。」(p.123)

過去を受け入れるとは、自分を丸ごとすべて受け入れることになるんですね。完全な自己肯定です。

過去の失敗や、つらい経験は、すべて自分の肥やしになっている。だから、すべてそれで良かったのです。


うれしいこととか楽しいこととか幸せなこと、気持ちいいことは自分の死には直結しないんですよ。だから、そこにフォーカスがなかなかいかないんです。生き延びるために、危険なものにフォーカスが行くように生き物はなっているわけです。それは、人間も例外じゃない。だからね、普通に何にも考えないで写真を撮っているとね、不幸の写真集ができるんですよ。」(p.131)

世の中には、不幸なこともあれば、幸せなこともある。けれど、写真を撮るときにピントを合わせるように、私たちが意識するものを見るクセがあるのです。

そして私たちがネガティブなものを意識しやすいのは、生存本能だというわけですね。そのために、ネガティブなことばかりのアルバムを、作ってしまいがちなのです。

では、そういう傾向があると理解した上で、どうすればポジティブなことにフォーカスできるようになるかを、次のように語っています。

実際に書いていけばいいんですよ。手帳か何かに、あるいはiphoneか何かのメモ機能か何かに、うれしかったこととか楽しかったこと、幸せなことをね、書いていけばいいんですよ。それだけですよ。私、やってきましたから、ずーっと。そうしたら、世の中にこんなに素敵なことがあるんやって、びっくりしましたよ。」(p.134)

途中、「三つ葉のクローバーの花言葉」の話や、「少女パレアナ」の話もありました。要は、見たいものに意識をフォーカスすることなのですね。そのために有効なのが、書き出すことだと。


今回の小冊子は、私自身にとても重要なことを教えてくれたように思います。

社員の良い所に意識をフォーカスし、積極的に「すごいね!」とか「ありがとう」と言えるようにしたい。そのためには、常にそのことを考えることですね。その方法として、書き出すことがよいのだとわかりました。

社員別に、すごいところ、ありがたいと思ったことなどを、書き留めるノートを作ろうと思います。

これが得られたことだけでも、10冊5,000円は惜しくありませんね。なのでさらに、第3弾を10冊注文しました!私も少しは変態に近づけたでしょうか。(笑)
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:11 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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