2014年09月07日

バンコクでレイキ練習交流会をやりました

昨日(9月6日(土))、レイキ練習交流会をやりました。

レイキはそれ自体素晴らしいものですが、使わなければ意味がありません。

せっかくレイキができるようになっても、積極的に受けてくれる人がいないと、なかなか続けられないものです。

そういう中で、仲間同士の交流があったり、互いにレイキをし合うなどして、レイキの実践を継続できたら、いつでも必要な時にレイキができますよね。

それより何より、この素晴らしいレイキを、もっと活用してほしいし、使える人が増えてほしい。

そういった思いから、バンコクでレイキ練習交流会なるものを開こうと計画していました。


思い立ったが吉日とばかりに、無料情報誌に広告を載せたのが、先々月の半ば過ぎのこと。

とりあえず、レイキの集まりに興味がある人を誘ってみよう、という試みでした。

すぐに2〜3人の方から反応があったので、お会いしたり、メールでやりとりさせていただきながら、構想を練っていました。

そして先月半ばに、第1回バンコク・レイキ練習交流会を9月6日(土)に開くことを決定したのです。


昨日集まってくださったのは、女性4名(+女の子2名)と男性2名の方々です。

レイキのレベル2が2人、レベル3が2人、マスターが2人という感じです。

マスターの方が多いというのが、なんだか意外でした。

そして、海外で習われた方が多いというのが、さすがバンコクならではだと思いました。


そういう方々の中で、もっともペーペーの私が司会をさせていただきました。

まずは自己紹介から始まり、そして会の運営についての話し合いと進み、後半はレイキサークル(靈氣回し)レイキマラソンといった実践です。

時間はそれほど長くとれなかったのですが、みなさん満足していただけたようで、さっそく次回はいつやろうかという話で盛り上がりました。


次回の第2回バンコク・レイキ練習交流会は、10月4日(土)14時から2〜3時間ほど行うことになりました。

マスターの本田さんが、ご自宅の一部を使わせてくださるそうで、そこで行うことになったのです。

本田さんは、レイキ用の簡易ベッドもすでにお持ちとのこと。さすがマスターまでなられる方は、本気度が違います。

現代レイキを習われてて、日本で現代レイキの練習交流会を何回も経験されてるとのこと。

実はお子さんが私の郷里の島根県にある高校に通われたのだそうで、まさかそういうご縁があるとは思いませんでした。

また、集まったメンバー同士でも、実は過去に会ったことがあるなど、不思議な縁がありましたね。

こういう縁というのも、なんだかレイキのお陰のような気がします。


レイキは癒し(ヒーリング)の方法として知られてますが、かつては代替療法(民間療法)として行われていました。

そしてそれだけでなく、自己実現という意味もあります。

臼井甕男氏が提唱した五戒にあるように、「今日だけは、怒るな、心配すな、感謝して、業を励め、人に親切に」というのは、まさに新たな生き方だと思います。

これは「神との対話」バシャールが示している生き方と、完全に一致しているのです。


こういうレイキと出合えたことは、私にとっても何か意味があるのだと感じています。

ですから今は、このワクワクするレイキをバンコクでも広めるという仕事を、精力的にやろうと思っています。


さっそく「バンコク・レイキ(reiki)普及会」というFacebookページを作りました。

これからさらに、多くの方が集まってくれることを期待しています。



 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 19:24 | Comment(0) | レイキ・ヒーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月15日

マイホーム・レイキ



私がレイキのレベル1を習った香りの森仁科まさきさんが、レイキの素晴らしさを広めるために書かれた本です。

私は2014年6月にレイキをレベル3まで習ったのですが、その後、ネットで調べているうちに、もっと奥深いものがあると思うようになりました。

特に香りの森では、日本で始まった靈氣(れいき)が、どのようなものだったのかも、詳しく説明してありました。

それで、もう一度そこで習いたいと思い、7月にレベル1を習ったのです。


この本は、「家族の不調のケアや、病気の予防など、レイキで健康を守ることにスポットを当てた、これまでにあまりなかったタイプ」です。

ただ手を当てるだけ、心身を癒し、自然治癒力を高めることができる。ただ、レイキは時間がかかるというのが、短所といえば短所でしょう。

ところが、この短所が、家族という親しい関係においては、むしろ長所ともなるのです。

病院の治療なら1時間かけるより、1分で済ませてくれた方がありがたいです。でも家族ならどうでしょう?1時間、寄り添ってくれる方が、ありがたいと思いませんか?

じっくりと時間を掛け、ただ傍に寄り添って手を当ててくれる。そこに愛を感じるのではないでしょうか?

レイキは、レイキをすることで、自分にとってその人が大事だということが伝わるのです。子供に言葉を使わないで愛情を送ることもできますし、親に言葉を使わないで愛情を伝えることも出来ます。」(p.43)

私がレイキを習ったのは、病弱な親のためでした。そして初めて親に対してレイキをしたとき、まさにこのことを私も感じたのです。

もしレイキを習っていなかったら、年老いた親の足を触ってあげることなどあっただろうか?

そう思った時、レイキを習って良かったと、心から思えたのです。


単純に手を当てるということ自体、それを心を穏やかにして自然体で実行すれば、実はレイキは生き方になるのです。
 他人に何かをしてあげよう、この人の力になってあげようという優しい気持ち、結果を相手に任せようという謙虚な心持ち、相手に喜んでもらう嬉しさ、自分にもエネルギーが流れるありがたさ、そういった素晴らしい気持ちや感謝が自分の生き方に反映されてきます。レイキをするという行為、レイキをしながら起こる心持ち、自然と生まれる相手に対する感謝の気持ち、自分に対するポジティブなイメージ、このような素晴らしいことができるように作られた自然や宇宙に対する感謝や敬意、これらは技法ではありません。精神世界という単語で表現できるものでもありません。これらは生き方そのものと言えるのです。
」(p.260 - 261)

仁科さんは、「レイキは自然な意図のないエネルギーだ」と言われます。私はこの表現を、本当に素晴らしいなあと感じたのです。

意図がないとは、ああしてやろうとか、こうしてやろうという方向性がないということです。つまり、病気を治してあげようという気持ちさえ放棄します

それを情がないとか、薄情と感じてしまう人は、本当の愛がわかっていないのです。

「神との対話」シリーズでは、愛は自由だと明言しています。つまり、治るも治らないも相手の自由にさせることが愛なのです。

こういうことから私は、レイキは本物だと感じています。

そして、そのレイキの真髄を、この本は伝えてくれていると思いました。


なお、仁科さんには、「日本と霊気、そしてレイキ」という本もあります。



私はこれをkindle版で読んだのですが、伝統の靈氣と、西洋レイキの違いや、その違いが生まれた背景など、詳しく書かれています。

レイキの歴史に興味がある方には、こちらの本もお勧めです。

マイホーム・レイキ
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:20 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月16日

直傳靈氣



日本発祥のレイキを忠実に伝えてきていると言われる、直傳靈氣研究会代表の山口忠夫さんの本を読みました。

レイキを始めたのは臼井甕男さんですが、そのときに作られた臼井霊気療法学会は門戸を閉ざしたため、現在、一般の人が伝統的なレイキを知る方法は、この直傳靈氣のみとなっているようです。

臼井甕男さんの直弟子の林忠次郎さんから靈授を受けた菅野和三郎さんが、山口千代子さんの伯父にあたる方です。

菅野さんに導かれた千代子さんは、林さんから直接、レイキを習ったのだそうです。その千代子さんの息子さんが、山口忠夫さんということなのです。

千代子さんはすでに他界されましたが、65年間レイキを守り続け、忠夫さんを育てる時も薬を使わずにレイキで育ててこられたとか。

このように、林さんから学んだレイキを千代子さんがしっかりと守ってこられたことで、伝統的な日本のレイキが一般に知られるようになったというわけです。


ちなみに西洋レイキは、林さんからハワイの日系二世の高田はわよさんに伝わったものが、そのお弟子さんたちを通じて世界に広まったものです。

ただこのとき、高田さんは伝統的なレイキを、かなりアレンジして伝えたようです。

それは法律的に、代替医療として認められなかったという理由があったのではないかと推測されています。

そのため西洋レイキでは、ヒーリング(癒し)手法として伝わっています。また途中でスピリチュアル的なものと結びついて、チャクラやオーラといったものと関連付けたものもあるようです。


伝統的なレイキは、臼井さんが悟りを得ようとして鞍馬山にこもって断食を始めたことがきっかけです。

断食に入り20数日目の真夜中頃、臼井先生は脳の中心部に落雷を受けたような激烈な衝撃を感じ、そのまま意識不明の状態に陥りました。
 数時間後、ふと気がつくと夜が明け始めた頃で、心身爽快な気分に満ちて目覚めた臼井先生は、あの衝撃を受けた時に強烈な靈氣が心身を貫き、体内の靈(たましい)と共鳴し、「神即我」「我即神」という神(天の太陽)との一体感を達成し、求めていた悟りの境地を完成したことを知ったのです。
」(p.28)

このように、臼井さんが悟られたのは、存在するすべては「ひとつのもの」という、「神との対話」で語られている真理だったのです。


伝統的なレイキは、もともと代替医療として行われていたものです。したがって直傳靈氣も、病気や怪我を治すということに重きを置いています。

しかし、靈氣療法の草創期において、靈氣はあくまでも治療を主眼にしたものでありました。現在の日本の法律上、医師や鍼灸師などの国家資格を持たない者が「治療」を標榜することはできませんが、それはそれとして、靈氣に治療効果があることに関しては、65年以上靈氣を実践してきた母・千代子がその生き証人だったといえます。」(p.54 - 55)

したがって直傳靈氣では、病腺(びょうせん)という「病気の原因となる筋肉のシコリやコリ」を探るということが行われます。

病腺は「血液やリンパ液が滞ることで起こ」るそうで、それが悪化すると病気になると考えられています。

一番多いのは、まず腎臓のあるあたりに病腺が発生し、それが肩胛骨(けんこうこつ)の内側→肩→ワキの下→首→全身の関節へと広がっていくパターンです。」(p.88)

病腺の種類は「温感」「熱い温感」「ピリピリ感」「響き」「痛み」という5つの段階として感知されると言います。


またレイキの特徴として、臼井さんが提唱した五戒というものがあります。

今日丈(だけ)は 怒るな 心配すな 感謝して 業をはけめ 人に親切に

この五戒「朝夕合掌して心に念じ 口に唱へよ」としています。

これによってレイキは、「招福の秘法 萬病の靈薬」となるのです。

臼井先生が、一度きちんと治療したはずの人が、しばらくするとまたやってくるのを見て、「人間は心を変えないと本当に元気にはならない」ということに気付き、この五戒を導入したといわれています。」(p.92)


今、この直傳靈氣が、日本発祥の伝統的なレイキとして、世界に広まっています。

西洋レイキを習った方が、さらに奥を極めたいと思った時、この直傳靈氣がその受け皿となったようです。

「一緒に習った友達も私のようにいつも使っていないと、イザという時に使えなくなってしまうようです。靈授で身につけたものを毎日どれくらい使っているかで変わってくるのです。
 私の祖母は『人に喜ばれることをしなさい』と口癖のように言っており、少しでも調子の悪そうな人がいると、私に『靈氣をかけてあげなさい』と促し、私もすぐに手を置いていました。だから、靈氣の驚くような効果をたくさん経験しています」(千代子談)
」(p.51)

山口千代子さんは、このようにして靈氣を守ってこられたのですね。その直傳靈氣は今、息子の山口忠夫さんによって世界に広められています。

直傳靈氣
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:29 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月17日

バシャールのワクワクの使い方実践篇



以前に紹介した「未来は、えらべる!」に続き、本田健さんバシャール本になります。

他に「人生に奇跡を起こすバシャール名言集」という本も、本田健さんは手がけておられるようで、この本は健さんにとって3冊目です。



本書では、バシャールの一番大切なメッセージである”ワクワク”をテーマに、どのようにワクワクを使いこなせばお金と豊かさを得られるのか、についてまとめてみました。」(p.12)

健さんがこう言っているように、この本はこれまでのバシャールの言葉を、ワクワクをテーマにまとめたものになっています。

このブログでも以前に紹介した、「バシャール スドウゲンキ」「BASHAR (バシャールペーパーバック@〜G)」などからもたくさん引用されています。

ご自身が対談された「未来は、えらべる!」からも、多くの引用があります。

以前の記事「幸せになるための「本の紹介」・バシャール」に載せた動画で、バシャール関係の本をどれか1冊と言うなら、本田健さん「未来は、えらべる!」をお勧めすると言いました。

それと今回の本を読むと、バシャールが言っていることがだいたいわかるのではないでしょうか。


この本は、ほとんどが他の書籍からの引用で構成されています。

したがって、他のバシャール本を読まれた方からすると、やや無駄なような感じがしてしまうかもしれません。

けれども、ポイントだけを効率よく読み返すという目的として考えるなら、こういうまとめ本は最適なような気もします。


ちなみに、どの本からどれくらい引用されているか、以下に記しておきます。

「BASHAR@」:28
「BASHARA」:11
「BASHARB」:12
「BASHARC」:9
「BASHARD」:5
「BASHARE」:6
「BASHARF」:7
「BASHARG」:5
「BASHAR GOLD」:13
「BASHAR2006」:11
「バシャール スドウゲンキ」:11
「バシャール 坂本政道」:5
「未来は、えらべる!」:10

圧倒的に「BASHAR@」からの引用が多かったですね。

@〜Gの中では、私も@がもっとも線を引きながら読んだ本でした。


少し、これはと感じた部分を引用しましょう。

この宇宙にはたくさんの生命が存在し、
それらの生命は、たくさんの異なる表現方法を取っています。
でも、ひとつの共通した概念は、
それらはみな「大いなるすべて」のさまざまな表現の一形態であるということです。
みなさんは、ひとつの創造の意識、
自分自身でもある「大いなるすべて」の表現なのです。
どのような形の肉体を持っていようと、各々の存在は、このひとつの宇宙意識が
自分自身を色々な表現方法で映し出す「鏡」なのです。
つまり、この宇宙意識の一側面が、個々の存在なのです。
」(p.22)

これは「BASHARE」のp.211からの引用になります。

実は私が「BASHARE」を読んだ時、この部分には線を引いていませんでした。きっとそのときとは、受けとめ方が違ったのでしょうね。

この部分は、「神との対話」「存在のすべて」は「ひとつのもの」と説明している部分と、完全に符合しています。

もっとも重要なのは、このことへの理解だろうと思います。


「自分は誰か」という存在の表現、
波動が「ワクワク」です。
それがみなさんを導いていく信号に
なります。
        (BASHARBP206)


この部分も、元の本を読んだときは線を引いていませんでした。

「神との対話」でも、「自分は何者か?」という問いに答えることになると言っています。

「感情は魂の言語だ」ということですから、喜びの感情を感じたときは、魂が自分自身を見出して「これが私だ!」と言っているのです。

バシャールはその喜びの感情を、「ワクワク」と表現しているのだと思います。


でも、バシャールの教えを素直に納得するような真面目な方ほど、自分だけのワクワクを追求することよりも、愛する家族や会社のために、いろいろな我慢をしてきたかもしれません。
 それは、今の社会の在り方では模範的な生き方なのかもしれないのですが、義務感や責任、協調性や常識を大切にするあまりに、自分に制限をかけるような生き方だったのかもしれないのです。
」(p.42)

健さんはこう言って、今まで自分がとらわれていた信念を見直してみることを勧めています。


ワクワクするということは、愛の行動です。
自分を愛しているからこそ、それができるのです。
宇宙は愛です。
あなたは愛です。
ワクワクすることによってあなたは無償の愛を経験し、
それをまわりに広めることができます。
        (BASHAR@P249)
」(p.253)

私たちがみなさんを信じているのと同じくらい、
強く自分自身を信じてください。
しなければならないのは、それだけです。
みなさんは、「大いなるすべて」の無条件の愛とサポートを
受け取るだけの価値がある存在です。
価値がある存在でなければ存在しているはずがないからです。
        (バシャール スドウゲンキP210)
」(p.256)

愛がすべてなのですから、安心して信頼してよいのです。

それが、ワクワクして生きることを可能にするでしょう。

バシャールのワクワクの使い方実践篇
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:45 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月22日

おかげさまで生きる



東大医学部の救急医療の教授が神やあの世の存在を認めた。

そんなセンセーショナルな話題を引き起こした「人は死なない」という本から3年、東京大学医学部救急医学分野教授の矢作直樹氏が書いた本は、「おかげさま」という存在を意識したものでした。

目には見えないけれども、おかげさまという力が自分の周囲に満ちているのだと気づくのです。」(p.4)

「おかげさま」というのは一般的には、「お陰様で◯◯になりました」というように、相手の手助けによって自分にとって都合が良いことが起こったと言う時に使います。

それは直接相手が助けてくれた場合だけでなく、気遣ってくれた場合にも使います。

相手が気遣ってくれたということは、上手く行くように祈ってくれたのと同じですから、その祈りがかなったのだという理屈です。

しかし矢作氏は、「おかげさま」という存在を意識しています。

目には見えない感じる存在としての「おかげさま」。それは神と同じなのでしょう。

生きている方とのご縁もあれば、すでに他界している方とのご縁もあります。同時に、ご縁は自分と神さまとのつながりなのです。神さまは目には見えませんが、そもそも見る存在ではなく、感じる存在だと思います。ご縁も見えるものではなく、感じるものです。」(p.161 - 162)


矢作氏は、この本で何度も、死を恐れる必要がないことを説きます。死も生も、ともに近くにあるものなのだから、と言うのです。

そこで感じたことは、それは「死を心配する必要はない」ということです。
 肉体の死は誰にも等しくやって来ますが、死後の世界はいつも私たちの身近にある別世界であり、再会したい人とも会えます。でもその前にやるべきことがあります。自分の人生を全うすることです。人生を全うするということは、すなわち自分を知るということ。
」(p.3 - 4)

死を心配せずに毎日を楽しく生きることが今回の人生を与えられた私たちの使命であり、何よりも今を楽しむことこそ、最も重要なキーワードだと思います。」(p.4)

死ぬことを心配して、今の人生を楽しめないのだとしたら、それこそ本末転倒だというわけですね。


死に対する誤解や恐怖心は、それが未知なるものであるから生まれます。」(p.21)

つまり死後のことがわかれば、恐怖心はなくなります。ではどうやって知るのか?そのためには、可能性に心を開くようにと言います。

死後の世界はあるのかもしれない。死者とも再会できるのかもしれない。

こうやって可能性を広げておくことで、いつかそういった体験も可能になります。


死は終わりではありません。私たちの魂は永続します。そもそも私たちの本質は肉体ではなく魂ですから、病気も加齢も本当は何も怖がる必要はないのです。」(p.162)

このように、私たちの本質が永続する魂であり、生も死も仮の姿(幻想)なのだとわかれば、ものごとに執着することもなくなり、怖れや不安もなくなります。


そしてそうなったなら、私たちはただ自分が楽しむために生きることが可能になるのです。

今を楽しむ。
 たったこれだけです。
」(p.171)

今を楽しむこと。たったそれだけで、人生は変わります。」(p.174)


そういう生き方をするためにも、怖れを手放して、起こったすべてを受け入れることが大切です。

こうした事態に直面した時は「しかたがない」と考えるほかありません。
 しかたがないというのは、理不尽な状況を粛々と受け入れる心です。

(中略)
 しかたがないという言葉は、あきらめの境地で使うのではありません。
 自分の力(自力)ではどうしようもない状況に際して、それもまた人生と、まずはその状況を受け入れることで大きな学びを得ることができます。人智を超えた存在によることだと、ちっぽけな人間にはどうにもしようがないという心構えが必要なのです。
」(p.54)

だから私がご提案したいのは「つかんだら手放す」という習慣です。
 良かったこと、つまり成功したと思ったことは本当に嬉しいだろうし、いつまでもその世界に浸っていたい気持ちはわかりますが、その感情を実感し続けるのではなく、できれば早めに手放すことをお勧めします。
 同様に悪かったこと、つまり失敗したと思ったことも、ひと通り反省が終わったら悔しいとか悲しいといった感情を早めに手放しましょう。
 反省すれども後悔せず。この心構えが重要です。
」(p.84 - 85)

このように言って、すべてを受け入れ、感情を手放すようにするという習慣が重要だと言います。

「おかげさま」で生かされているのだと思って、それを前提とした思考にシフトするという感じでしょうか。

お医者さんと言うよりもお坊さんに近い感じがする矢作氏の言葉です。

おかげさまで生きる
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:01 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月25日

日本一社員がしあわせな会社のヘンな”きまり”

 

未来工業の創業者、山田昭男さんの本を読みました。

この本は私の友人が紹介していたもので、その紹介文を読んで面白いと感じ、即効でネットで注文したのです。

同じタイトルの2も発売されていたので、2冊同時に注文しました。


この本を読み始めてから、「あれっ、どっかで読んだ気がする。」と感じました。

そして調べたら、すでに山田さんの本を読んでいましたね。「稼ぎたければ、働くな。」です。

書かれている内容は、この前作とほぼ同じだと思います。

差別化をすることで価格競争をしなくて済むようにする。

倹約することで利益を大きくし、それによって社員に餅を与え、モチベーションを高める。

社員に自由にさせることで、仕事が楽しくなるようにする。


だいたい、こういうことが書かれています。そして、その具体例がいくつか書かれていました。


そういう中で、山田さんの言葉にピンときた部分を引用しましょう。まずは1冊目の方からです。

自分から考えて行動し、売り上げを上げ、あるいは節約した結果、会社が利益を出したら、その分自分たちに”分け前”がたくさん回ってくるのだから、社員たちはうれしいだろうし、やりがいがあるはずだ。餅を与えれば、モチベーションが上がる。
 私は社長の仕事というのは、社員を幸せにし、「この会社のためにがんばろう!」と思ってもらう”餅”を考え続けることだと思っている。
」(p.4)

餅とモチベーションはオヤジギャグ的ですが、飴や人参より面白いです。

たしかに社長(経営者)の仕事というのは、社員のパフォーマンスをどれだけ高められるか、そのことへの挑戦なのですよね。私も経営者ですから、このことは大いに反省です。

大事なことだから本書では何度でも繰り返すが、多くの中小企業の経営者がダメなのは、経験がないのに先入観で決めつけることだ。
 「そんなことをしたら会社がガタガタになる」と勝手に思い込んでいるんだな。自分でやってもいないのに、どうしてそんなことわかるの?そこがおかしいよ。
」(p.63)

先入観というのは、他人の価値観です。他人の価値観にしたがうのではなく、自分の体験に耳を傾けるべきだと、「神との対話」でも言っています。

この成果主義のダメなところは、人間が人間を評価するところだよ。
 人間には感情がある。誰だって、虫の好かない奴に良い評価を付けるわけがないんだから。
」(p.110)

未来工業の給料は年功序列だそうです。私も行き過ぎた成果主義には弊害が大きいと思っていますが、それでも「できる社員」と「できない社員」に差を付けないと、社員の中に不満が生まれると言われると、なかなかそれに抵抗できずにいます。

それぞれの評価が一致するなら問題ありませんが、低く評価された社員には、やはり不満があるようです。

幹部社員には、評価した結果はフィードバックし、社員が納得するよう説明しなさいと言っていますが、それでも無理なのでしょうね。

社内の協力関係を築くには、やはり成果主義はダメなのだろうと思います。

やってみてダメならすぐに元に戻せばいい。止めるときの決断も遅くなってはいけない。パッと止めることができれば、即始めることもできる。
常に考える−−。
他人と差別化する−−。
いいと思ったことは恐れず行動に移す−−。
ダメならすぐに戻す−−。
」(p.175)

これが山田さんの考えの基本となる部分だそうです。頭でっかちにならず、良いと思ったら即行動。行動しながら考えることが、大事なのだと思います。


次に2冊目です。こちらは1冊目で語れなかった、「なぜそうするのか」という部分を説明することで、「未来イズム」を伝えようとしています。

なぜなら、どんなにすばらしいことでも、「強制」されたら楽しくなくなるからだよ。そしてどんなに些細なこと、くだらないことでも、不満を持てば、やはり楽しくなくなる。社員がしあわせでなくなったら、モチベーションも下がって会社の業績も下がるんだ。」(p.10)

このように言って、社員を自由にさせるということに留意しておられるそうです。「ホウレンソウ禁止」というのも、そのためだそうです。

「ホウレンソウ禁止」には、もう1つ意味があります。それは、より知識があるのは現場だという判断です。

事情をよく知らない上司に説明していたら、ビジネスに一番必要なスピード感がなくなるし、その上司が正しい判断ができるとは限らない。そういう上司を説得するのに時間とエネルギーを取られるほどバカらしいことはないよ。」(p.42)

また、挑戦させるために、失敗の責任をとらせないと言います。

未来工業には「失敗の責任をとる」という概念はないし、そもそも「責任をとる」という言葉が俺にはよくわからない。
 責任ってどうやってとるのか?指でつまんでポケットに入れるのか?責任なんて、とれるわけない。次から失敗しなければいいよ。
」(p.51)

これも目からウロコでした。責任を取るとよく言いますが、本当にどうやったら取れるのでしょうね?

辞めれば責任を取ったことになるのか?罰を与えれば、取らせたことになるのか?

結局、その失敗を糧にして学ぶ他ないと思います。「神との対話A」でもヒトラーの話の中で、「過ちは非難して罰するべきものではなく、修正するチャンス、発達するチャンスを与えるべきものだ。」と神も言っていますから。

よく自由と言うと、「自由には責任が伴う」と言う人がいます。

山田さんは、それに対しても寛容です。

そこで自由であることを勘違いしてしまう奴もいるだろうが、その場合は、自分で失敗して気づけばいい。本書でも、古株の社員が「自由の中にもきまりがあることをわかっていなければダメ」と言っていたそうだが、そういうことも含めて「常に考える!」のが未来イズムだ。

他人からどうこう言われたから、というのを自分の行動規範にしてはダメなのです。

自由に自分で体験し、それをもとに考え、学んでいくのです。


まるで「神との対話」を地で行くような話だと感じました。

経営と言っても、それは人生の一部です。人生はすべて、自分自身を体験的に知る試みだと、「神との対話」シリーズでは言っています。

経営という場で、より大きな自分を体験的に知るチャンス。そう思って、この本の内容を活用したいと思います。

日本一社員がしあわせな会社のヘンな”きまり”
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:42 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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