2013年07月10日

人生を信頼しよう

すでに紹介していますが、本田健さんの著書「ユダヤ人大富豪の教え」の中に、このように書かれていました。

君に覚えておいてもらいたいことは、人生を信頼することだ。一時的に見捨てられたように感じたときは、今日のことを思い出してほしい。必ず、助けはくるとね。人生を信頼できる者にだけ、幸せは訪れるのだから。」(p.109)

これを読んだとき、私は鳥肌が立ちました。

「なんというシンプルで力強くて、ものごとの核心を突いた言葉なのだろう。」

そういう気持ちになったのです。


たしかに、幸せになるための一番のネックは、不安をどう取り除くかということにつきます。

不安が愛の対極であるなら、不安を取り除けばそこには愛しかなくなるわけですから、幸せになるなと言われても、ならずにはいられないでしょう。

ではどうやって不安を取り除くのか?

これはもう、信じるしかないのです。


重要なことですから、もう一度書きます。

不安を取り除くには、信じるしか他に方法はないのです。


「いやいや、使い切れないほどのお金があれば、不安はなくなるよ。」

そう思えるのは、貧乏なうちだけです。

そのことは、本田健さんの本を読めばよくわかります。金持ちには金持ちの悩みがあり、不安があるのです。

仮に世界中を手に入れたとしても、なお不安の種は尽きないでしょう。

 

なぜそんなことが確信を持って言えるかというと、大昔からすでに明らかにされていることだからです。

仏教ではこれを餓鬼(ガキ)と言います。

「このクソガキ!」と言って怒るときのガキは、仏教用語からきているのですね。

食べても食べても、まだ欲しがるのが餓鬼です。過食症という病気がありますが、これなどその典型ですね。


なぜお腹がいっぱいになっても食べたがるのか?

それは、本当に欲しているのが食べ物ではないからです。

本当に欲しがっているのは愛情です。逆の言い方をすれば、不安に怯えているのです。

本当は空っぽの(と感じている)心を愛で埋めたいのですけど、その代わりに食事を摂るのです。

いくら食べても、心が愛情で埋まるはずもありません。だから、もっともっとと欲しがるのです。


したがって、お金や何かをたくさん得ることでは、不安を取り除くことはできません。

解決方法は、本田健さんの「きっと、よくなる!」という本のタイトルではありませんが、そう信じることなのです。

 

この「信じる」ということは、もちろん私が考えついたことではありませんよ。これも昔から言われてきたことです。

たとえば、宗教というものは、そもそもそういう目的があったのです。

イエスも、「神を信じなさい」と何度も言っています。信じれば救われるのだからと。

キリスト教でなくても同じです。

西郷隆盛敬天愛人という言葉で知られるように、天というものを信じ、天に身を委ねる生き方をしました。

このように、自分を超えたはるかに大きな存在、大きな力に対して、完全に従順になって任せること。それを「信じる」という言葉で表現し、多くの人がそういう生き方をしました。


では、そういう「信じる」生き方をした人の人生が順風満帆だったかというと、必ずしもそうではありません。

むしろ、苦難に満ちた人生であることも多いのです。

ですから、「ザ・シークレット」などで「思ったことが現実になる」と単純化して言っていますが、必ずしもそうではないということも事実です。


たとえば、聖人孔子の人生を見てもそうでしょう。

孔子そのものは、けして優遇された華やかな人生だったわけでもありません。

とりわけ、後を託そうとした弟子の顔回が若くして亡くなったときは、こう言ってその死を嘆いたのです。

ああ、天我を滅ぼせリ、天我を滅ぼせリ

これがどれほどの苦悩だったか、おわかりでしょうか。孔子の晩年の出来事です。


また、先ほどの西郷隆盛も3度の島流しにあっていますし、自殺未遂もしています。

とりわけ自殺未遂をしたときは、どれほど苦しかったことでしょう。



そうなると、次の疑問が出てきます。

「信じても困難が待ち受けているかもしれないなら、何のために信じるの?」


これに対して、前出の孔子がみごとに答えています。

詳細は以前、「君子困窮」という記事で書きました。

要は、もし信じることができるなら、困窮することがあってもうろたえることがない、ということになります。

 

考えても見てください。本当に重要なのは、心の平安なのではないでしょうか?

どうして使う予定もないお金を貯めようとするのかというと、たいていの人が「老後に備えて」と言います。

でも、老後の何にいくらお金がかかるから、いくら貯めておくというような、計画的な貯蓄ではありませんよね。

ただ漠然と不安だからと言って、できるだけの貯蓄をしようとするだけです。

もし、本当に「老後も何とかなる」と信じていたらどうでしょうか?

少なくとも、漠然とした貯蓄はしなくなるでしょう。


そう言うと、必ず出てくるのがイソップ物語「アリとキリギリス」の話です。

「そうやって能天気だったキリギリスは、冬になったとき飢え死にしたんじゃないの?」

確かに、それはもっともな話です。何の備えもしなかったら、行き詰まってしまう可能性もあるでしょう。


問題にしなければならないのは、用心するかどうかではなく、怖れるかどうかなのです。

用心というのは、あらゆることを想定し、それに対する備えをすることです。

できる限りのことをやったなら、思い切って一歩を踏み出すことができます。

しかし怖れというのは、ただ心配して右往左往することです。

何をやっても怖れが消えることはなく、したがっていつまでたっても一歩を踏み出せません


できる限りのことをやっても、上手くいかないことはあります。

けれどもそれを、完璧な結果だと受け止められるかどうかが重要なのです。

完璧とは、自分にとって役立つということです。

自分にとって役立つとは、魂の目的にかなっているということです。

もしどんな出来事が起ころうとも、それが完璧だと信じられたら、何を怖れることがあるでしょうか?


孔子は、天を信じたのです。

弟子の顔回が亡くなったことで一時的に取り乱したものの、それもまた自分にとって完璧なのだと受け止めたのです。

西郷隆盛もまた、天に対する忠誠心を捨てませんでした。

だからその後も明治維新の中心人物として、世界の歴史に残る偉業を成し遂げられたのです。


信じる対象は、神でも天でもかまいません。人生でも、宇宙エネルギーでも、生命でも、魂でも良いのです。

ともかく何らかの私たちの意識を超えたレベルの存在が、この世を上手くコントロールしていて、その働きに任せておけば必ず上手くいくと信じるのです。

どんな結果(出来事)が現れようと、それはすべて良いことです。

なぜならそれは、私たちの意識を超えたレベルの存在が完璧にコントロールした結果なのですから。

安らいで、その働きを妨げないようにすること。

それが、物ごとが上手く回り出すようにすることを助けるのに、もっとも有効な方法なのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:45 | Comment(0) | 実践内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月14日

お金と人生の真実



本田健さんのライフワークとも言える、お金と幸せな生き方に関する本です。

2010年11月に発行されたもので、すでに2年半以上たっていますが、なぜか初版本が手に入りました。


ここに書かれている内容は、おそらく他の本でも書かれているのでしょう。

読みながら、すでに見たことがあるなという感じのところがたくさんありました。


たとえば、お金がどんなものに見えるのか、という分類があります。

「お金=安心感」「お金=やりがい」「お金=社会的地位」というように、その人がお金をどう見ているかを分類しています。

「お金=友情」「お金=愛情を示す道具」のように見る人は、友情や愛情を表現する道具としてお金を使うので、そういう人は上手にお金を使っていると言います。

「お金=人生の楽しみを提供してくれるもの」と考える人も、健康的な人生だと言います。


では、どうすればそういった幸せなお金持ちになれるのか、というところがポイントになると思います。

そのためには、「お金のIQ(知性)」と、「お金のEQ(感性)」を高めることが欠かせないと健さんは言います。

そして、お金の使い方が重要で、お金を使うことで誰かが幸せになるとイメージできるような使い方が良いのだそうです。


お金のことで不安になったり、悩んだりしない人生は、それだけで幸せな感じがしますよね。

私も、そういう人生を過ごしたいと思って学んでいます。

お金と人生の真実
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:18 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月16日

「大発見」が届きました

先週末から昨日まで日本からの来客があり、その方たちのお相手をする必要があったので、ブログ更新の時間がとれませんでした。

今日からやっと平常通りに戻りました。


昨日の夜は、タイ人社員たちも交えて食事会を開きました。

レインボーロール

和食のレストランですが、レインボーロールという名の変わった巻きずしもあり、社員たちは大喜びです。

寿司や刺身、それに日本酒も好評だったようで、お陰で予定の1.5倍くらいの経費がかかってしまいました。

まあでも、これで社員たちが喜んでくれるなら、それに越したことはありません。

 

そして今日、実家に依頼して送ってもらった荷物が届きました。

この中には、例によってたくさんの本が入っています。

実家から送られてきた本

届いた本は11冊。この中には、中村天風氏安岡正篤氏、そして日木流奈くんの本などがあります。

まだこちらに20冊の未読があるので、これで未読の本は約30冊になります。

優先順位を考えながら、早く読みたいと思っています。

 

優先順位を言うなら、実はこれらの本ではなく、もっと早く読みたい本が届きました。それがこれです。

「大発見」のカバー

「本に見えない」ですって?その通り、これはケースです。

最初に、そのケースの上に置いてある金色の鍵が届きました。それから1ヶ月近くたって、この本が届いたのです。

これは、神田昌典さんが自費出版された「大発見」という本なのです。


カギを開けると、中にはこれまたすごい装丁の本と、DVDが入っていました。

これは読むことで夢が叶うという、神田さんが自信を持って世に送り出した本なのです。

大発見

当初は、通常の出版を考えていたそうですが、その書き方や内容に編集者からクレームが付き、仕方なく自費出版することになったもの。

値段は1万5千円くらいしましたが、この装丁だけ見ても、そのくらいの価値がありそうに思います。

しかも3千部限定の自費出版で、21日間のメールサポート付きだそうです。


前に出版された「全能思考」という本で提唱された、全能思考チャートを書くことになるのですが、それによって夢が叶うという点がミソなのだそうです。



まだ今日届いたばかりで、最初の部分しか読んでいませんが、そのようなことが書かれていました。

これから読んで、ワークに取り掛かろうと思っています。

さて、これでどんな夢を叶えましょうかね。

なんだかワクワクしますよ。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:43 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月17日

人間この輝かしきもの



神渡良平さんの、一隅を照らす人々のシリーズです。

以前に読んだ「一隅を照らす生き方」もそうですが、それほど有名でないけれど、自分がやるべきことを真摯にされている人々の生き様に、スポットライトを当てて紹介しているものです。

これが神渡さんの手にかかると、みるみる輝いてくるから不思議ですね。


今回も、最初に紹介されていた義足のランナー島袋勉(しまぶくろ・つとむ)さんの話から、すっかり本にのめり込んでしまいました。

両足義足で走るということがどういうことなのか、私たち健常者の想像を絶する部分が丹念に描かれていて、その乗り越えてきた山の高さが目の前に見えるようです。


次のカンガルーケアを広めようとされている山縣威日(やまがた・たけひ)院長も、産科医でありながら、小児科の研修を受けたという経緯が心を打ちます。

そんなことをすれば経済的にも地位的にも、自分にとって不利益であることがわかっているのに、それでも子どものことを考えると、そうせざるを得なかったのです。


トイレ掃除によって荒れた高校を立ち直らせた山廣康子(やまひろ・やすこ)先生も、事なかれ主義の教師たちの中で孤立しながらも、子どもたちに申し訳ないという思いで奮闘されたのだそうです。

こういう話があることは知っていたのですが、具体的に、しかもそれが私も住んだことがある広島県で実際にあったことだと知ると、急に身近に感じられますね。


こうした人々の生き方に焦点を当てながら、この世は愛に包まれており、生命は永遠だという真理があぶり出されてきます。

「そうか、私も自分のやるべきことをやればいいんだなあ。」

そんな思いにさせてくれます。

神渡さんが師と仰ぐ安岡正篤氏の言葉は、私も座右の銘として使わさせていただいています。

「一燈照隅 万燈照国」

その明かりがどんなに弱く小さいものだとしても、自らが灯火となって足下を照らせば、周りの人々の希望になるでしょう。

そして、そういう灯火を掲げる人が1人、また1人と増えてくれば、国中が、そして世界中が明るくなるのです。

希望と勇気を与えてくれる神渡さんの本は、本当にお勧めです。

人間この輝かしきもの
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:42 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

誰もが今のままで幸せになれる

今日届いた野澤卓央さんのメルマガ「たった一つの小さな「コツ」があなたを変える」を読んで、やっぱりそうなんだよなと改めて思ったことがあります。

今日は、そのことについて書こうと思います。


メルマガのタイトルは、「幸せな気持ちを維持し続けるコツ」です。

それによると野澤さんは、約10年間、幸せそうに生きている人を探してきたそうです。

その結果、世間からは成功者として見られている人の中にも、私生活が幸せとは言えない状態の人がいたそうです。

それによって野澤さんは、次のように思いました。

結局、目先の欲や
夢物語だけ追いかけた人は、

追いかけている最中も、
達成してからも、

満たされている様には
思えませんでした。



その一方で、ほんの一握りの人ですが、心から幸せそうと思える人もいたそうです。

そういう人は、次のような特徴があったそうです。

それは、

幸せになりたいと思って
生きていない人でした。


生きていること自体に心から
幸せと気づいている人でした
。」


そしてそういう人は、精神的に幸せなだけでなく、経済的にも満たされていたそうです。

その理由を、野澤さんは次のように分析します。

自身が心から
満たされているので、

周りの人を快く応援したり、
助けたりすることで、
必要な分のお金は得ていました。



つまり、まず自分がどんな状態であっても幸せに感じることによって心が満たされ、満たされた心で周囲の人を応援するので自然と人から助けられるようになり、経済的にも豊かになるということです。

これは、本田健さんの考え方と同じことですよね。

最初にお金を追いかける人は、お金に振り回されやすく、それによって不自由になり、不幸になってしまいます。

しかし、お金ではなく愛情や友情といったものを人間関係に実現すれば、自然とお金が入ってくるようになります。

お金に縛られずに、自由に自分らしく生きることの大切だと、健さんは言っておられます。


野澤さんも、お金や何かを得ることでは幸せになれないと言います。

では、どうすれば幸せになれるのか?

何があっても
幸せな人になること。


こういうシンプルな答に達したそうです。


これを詳しく説明すると、「何があっても」とは、「幸せと思えない状態になっても」という意味になります。

試験に落ちた、就職希望の会社から断られた、失恋した、大切な人を亡くした、大きな病気にかかった、会社が倒産した、リストラされた、無実の罪で収監された、などなど。

そんな不幸のどん底と思って当然の状態にあっても、幸せでいることだと言うのです。


「そんなこと無理だよ。だってそんな状況になったら、誰だってがっかりするし、将来が不安になるし、不幸を感じても仕方ないじゃないの。」

そう言いたい気持ちはわかります。

でも、たいていの人がそう思うから、ほんの一握りの人しか幸せな人がいないのです。

あなたは、その一握りの幸せな人の中に入ろうと思いませんか?

もし思うなら、野澤さんの言葉に耳を傾けるべきです。


野澤さんは続けて、そうなるための方法を説明します。

どんな状態の自分でも、
自分を見捨てないと決め、

自分が自分の一番の
理解者、応援者であり、

何がなくても、
自分という存在の価値を、

自分が認めた人だけが
ずっと幸せな気持ちになれる。



つまり、そういう不幸のどん底という状態にあっても、自分を見捨てないで応援し続けることなのです。

「諦めないこと」とも言えますが、私は「自分を信頼すること」と言う方が好きですね。

何があっても必ず良くなると、徹底的に自分を信頼するのです。


「私みたいなちっぽけな人間には、そんな力はないよ。」

そう言って自己卑下してはダメですよ。

自分のことが信じられないなら、自分の魂を信じてください。

魂は神のエッセンスです。神の一部です。全知全能で創造者である神が、あなたの魂なのです。

そして、その魂こそが私たちの本質です。



たしかに、自分が思い描いたような現実が現れないこともあるでしょう。

しかし、思い描いたような体験はできます。

この違いに注目してください。

たとえば1兆円の資産を持つ大金持ちになりたいと望んでも、それが実現しないことはあるでしょう。

けれども、そういう大金持ちになりたいという思いをもっとよく見てみれば、本当は大金持ちという状態になりたいのではなく、豊かさを実感したいということかもしれません。

豊かさを実感するということが、その大金持ちの状態という出来事を通じて得られる体験なのです。

そうであるなら、その体験をすれば良いだけではありませんか?


私たちは自由です。

自由に考え、自由に決断することができます。思考や意思は自由なのです。

ですから、自分がそうありたいように考え、そうであることを決断すれば良いのです。


どんな出来事が起ころうとも、それがあなたを不幸にするのではありません。

あなたが不幸になると認めない限り、不幸にはならないのです。

ですから、まず最初に幸せでいることを決断しましょう。

幸せは、何かの結果としてもたらされるものではなく、自分の意思で自由に選択できる自分の在り方なのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:55 | Comment(0) | 幸せ実践塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月19日

直観を使う全脳思考

先日、「「大発見」が届きました」の記事で書いたように、神田昌典さんが自費出版された「大発見」という本を読んでいます。

本を読んでいるというより、本を読んだりDVDを見たりしながら、ワークに取り組んでいます。


どんなワークかと言うと、全脳思考チャートを描くというワークです。

最初に3日間のチャートを描き、次に21日間のチャートを描きました。

この全脳思考チャートを描くことによって、課題が解決するというのが、この本の売りなのです。

ちなみに、私が描いた21日間のチャートは以下のようなものです。

全脳思考チャート

課題は、今のうちの会社にとって重要なことなのですが、SEやプログラマーの経験者を採用することです。

ちょっと無理っぽいなと思いながら、5人という人数を入れました。数字で表せるものが良いとのことでしたから。

下に日付も入っていますが、7月18日から8月8日までの21日間で夢がかなうかどうか、見ものだと思いませんか?


チャートの描き方は、神田さんの「全能思考」を読まれるか、セミナーを受講するなどしてくださいね。

たしかユーチューブにも簡易的な無料セミナーがアップされていたと思います。

簡単に説明すると、チャートの下に架空の物語(ストーリー)を描くのです。

そして、そこに書かれたキーワードから連想する形で、チャートの上に行動することを書くのです。

こうすることで、課題を解決する行動が示され、それにしたがって行動すると、なんと課題が解決してしまうという摩訶不思議なものなのです。


「うっそー!そんなのあり得ないよー!」

そういう気持ちはわかります。私はこれでも理論派ですから、理屈に合わないことは信じないタイプです。

ただ単にチャートを描けば夢が叶うと言われても、おいそれとは信じられませんよ。


でもね、このチャートの描き方には、「たしかにそうだ」と思わせるものがあるのです。

たとえば神話です。民族が民族たる所以は神話にあると、誰かが言っていたのを思い出しました。

何をもって日本人と呼ぶのかと言えば、その心の奥底に日本の神話を持っているかどうかなのだと。

その人は、古事記などから日本の神話を紐解くことで、日本人らしい考え方とか、信念だとか、行動パターンが見えてくると言います。

詳細を忘れてしまったのですが、それを読んだとき私は、なるほどそういう考え方もあるなと思ったのです。


また、本田健さん「ユダヤ人大富豪の教え ふたたびアメリカへ篇」で書かれていた人の4つのパターンも、なぜか人はそのパターンに合った役割を演じてしまうとありました。

つまり、その役割を演じることで、特定のストーリーを創っているのです。

これはおそらく、その人の両親とか、あるいはその両親(祖父母)が作ってきた物語に影響を受けたものです。

そういうことを代々繰り返すことで、民族というものができてきているわけです。

そうすると私たちは、無意識に何らかのストーリーを心に抱いていて、何か出来事があると、そのストーリーに合わせて反応してしまうと考えることができます。

ですから、もし私たちが人生を変えたければ、基になっているストーリーを変えれば良い、とも言えるわけです。


そこで先ほどの写真を見ていただきたいのですが、全能思考では、必ずハッピーエンドのストーリーを描くことになっています。

しかも、120%ハッピーという、自分の想定を超えるほどの何かすごいことが起こった、という物語なのです。

現在の不満足な状態から、何かがあって120%ハッピーになる物語。

それを描くことによって、新たなストーリーが心の奥底に設定され、そこから直感的に導き出される行動によって、現実でも夢が実現することになるのです。


要は、直観にしたがって生きるための、1つの方法だと言えるでしょう。

論理的に行動を積み重ねることで解決できるようなことなら、たいして問題ではないのです。

たとえば隣町のスーパーで何か買い物をするという課題なら、隣町まで行く方法を考え、費用が出せるかどうか、時間がとれるかどうかを検討し、可能だったら実行するだけです。

こういうのは、手順を考えてその通りに行動すれば解決するのですから、たいした問題ではありません。

その解決方法が思いつかない課題では、その手法は使えないのです。

たとえば今年中に結婚するという課題があったとすると、相手があることですから、100%確実な解決方法はありません。

そういう課題こそ、インスピレーションによってもたらされる想像だにしない解決策が、必要になるのです。


私の課題は、SEやプログラマーの経験者を集めること。

景気が良いタイで、技術者はさらに人手不足になっていますから、普通に募集をかけても集まりません。

しかも、私が動いて何かできることは少なく、まったくの手詰まり状態でした。

そこで今回、「大発見」のワークをすることになったので、この課題をあげてみたと言うわけなのです。


導き出された答の1つは、Facebookページを活用すること。

転職希望者が魅力を感じてくれるように、会社を紹介できたらと考えています。

さて、どうなりますか。乞うご期待!ですね。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:30 | Comment(0) | 実践内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月23日

永遠の0(ゼロ)



どこで勧められたか忘れましたが、面白そうだと感じて買いました。

最初、いきなり特攻の場面で始まります。そう、この小説は第二次世界大戦の、特にゼロ戦乗りを題材にしたものなのです。


昨夜読み終えましたが、読み終えるまでに何度も泣きました。

昨夜は隣に妻がいるにも関わらず、私が涙をボロボロと流していたので、妻が腹を抱えて大笑いしましたよ。

それでも私は顔をくしゃくしゃにしながら泣き、嗚咽を漏らしたのです。

「これが日本なんだよ。これが日本人なんだよ。そして、このような先輩たちのお陰で、今の日本があるんだよ。」

その思いを妻にも伝えたかったのですが、そこまでタイ語力がないので断念しました。

 

戦争が悲惨なものという考えは持っていましたが、なかなか実感としては得られません。

それがこういう小説を読むと、実感として伝わってくるのでいいですね。


そして、丁寧に描写された当時の様子から、新たな気付きもありました。

特攻隊員は、本当に喜んで命を捨てたのか?

考えてみればわかりそうなことなのに、私もついつい思い違いしていたと感じたのです。


いかにひどい戦争であったか、ひしひしと伝わってきます。

そして、同じ状況を見ているのに、それぞれ見方が違うということも。これは面白いと思いましたね。

また、どうして軍部が暴走したのかとか、なぜ特攻隊などというものができたのかについても、興味深い理由が示されています。

それが正しいかどうかは別として、これも充分に考えられるものだと感じました。


もちろんこれは小説ですから、ドキュメンタリーのように事実に沿っていない部分もあるでしょう。

けれども、日本が戦争をしたということは事実だし、そこでは様々な愚かなことがあったということも事実です。

それを未来に生かすためにも、私たちは歴史を知らなければならないのだと思うし、この小説はその役に立つと思うのです。


今年の12月には映画として公開されるそうです。

日本にいるならぜひ観てみたい。そして、これは世界中の人にも観てもらいたい。そう思いました。

タイにいると、日本の映画はほとんど観られません。まったく残念なことです。

永遠の0(ゼロ)
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:16 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月24日

妻が田舎に帰りました

昨夜、アパートに戻って、ソファーで本を読んでいました。

そのとき妻の携帯電話が鳴りました。どうやら親族からのようです。ところがしばらくすると、妻が泣きだしたのです。

何ごとが起こったのか?

激しく泣く妻を横に、私は電話が終わるのを待っていました。


ひとしきり泣いて電話を切った妻は、おもむろに私に言いました。

「お姉さんの父親が死んだの。私、すぐに田舎に帰りたい。」


もう夜9時を過ぎています。これから帰るとすれば、翌日の飛行機しかありません。

私はスマホを使って飛行機の時間を探します。

朝、7時台のがありました。その次は12時台です。妻は、7時台のに乗ると言います。

もうネットでの予約はできないので、翌朝、空港へ行ってチケットを買うことにしました。

「あなた、送って行ってくれるの?」

私は、「もちろんだよ」とばかりにうなずきました。

 

しかし、私の頭の中では、様々な思いがあったのです。

「飛行機か。また5千バーツくらいかかるのかなあ。痛い出費だなあ。」

「まあでも、こういうときの余裕として貯金しているんだから、思い切って使わなかった意味がないよね。」

「私は行かなくていいんだろうか?」

「お姉さんて言ってるけど、実の姉妹じゃないから、きっと従姉妹なんだろうなあ。」

「従姉妹の父親だとすると、おじさんじゃないか。でも、妻の両親の実の兄弟じゃないよね。」

「まあわからないけど、妻が催促しないんだから、私が行かなくても問題ないんだろう。結婚式で会ったかもしれないけど、まったく覚えていないし。」

「できれば仕事は休みたくないからなあ。葬式は3日から7日くらいあるだろうから、そんなには付き合えないし。」

「それにしても4時起きか。大変だなあ。まあ、ゴルフのことを考えれば同じか。」


薄情で打算的のように感じられるかもしれません。けれど、これが実際に私が考えたことです。

私もまだ、現実に翻弄される部分はあるのです。

「お金がもったいないなあ。使わないで済む方法がないだろうか?」

反射的に考えてしまいます。

しかしよく考えると、これは不安から来る考えです。

もし充分にお金があるとわかっていれば、そんなことは考えないでしょうから。

ですからもう一度、冷静になって考えるのです。

「待てよ。たかだか5千バーツ(約1.5万円)じゃないか。それで妻が喜ぶのなら、価値ある使い方じゃないか。」

「お金は使うためにあるんだよ。そうそう、今読んでいる日木流奈(ひき・るな)くんの本にも、お金は代価、代わりのものだとあったよなあ。」

「そんなものを惜しんで、本来の価値があるものを失ったら、それこそ本末転倒だよ。」

こんな感じで、自分で自分を説得するのです。

 

と言うことで、今朝は4時起きでした。

準備をしてから空港に向かい、航空会社のカウンターでチケットを購入しました。

チケット代は、片道2千バーツ程度で済みましたが、妻に2千バーツ取られました。往復のタクシー代を考えると、やはり約5千バーツの出費です。

妻はすぐにチェックインし、搭乗ゲートに向かいます。私はそれを見送って、タクシーでオフィスまでやってきたと言うわけです。

ですから今朝は6時過ぎにはオフィスに入り、今日の打ち合わせの準備を済ませ、このブログを書いているということなのです。

たまには、こういう日があってもいいよね。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 09:33 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伝わるのは愛しかないから



ひとことで言うなら、「ものすごい本」です。

著者は日木流奈(ひき・るな)くんという、脳障害の少年。しかも9歳。

その少年が、「神とはどういうもの?」とか「死をどう受け止めたら良いと思う?」などという、大人でも答えにくい質問に対して答えたのが、この本なのです。


私はこの本を、2000年の12月に読んでいて、別のブログで紹介していました

「神との対話」シリーズを読んで感動していたとき、それとよく似たことが書かれていたからです。

少し引用してみましょう。その方が、この本に書かれていることがどれだけすごいか、ストレートに伝わるでしょうから。


よくネ、いろんな宗教が問題になるでしょ。あれネ、その人たち責めても始まらないのよ。根本的に教育体制がそうなってんだもん。
 学校で先生の言うことをきく、家で親の言うことをきく、大きいものには従え、自分より知っている人には従えっていう教育されてんだもん。
 本当の教育って、何か問題が起きたら、それをどう対処するかって考えさせることだと思うの。問題を解決させることだと思うの。
 考えさせてあげないでしょ、今の教育って。考えさせてあげないで、教えちゃうでしょ。
 答えがもう決まってるの。その答えしかないんだもん、いいことすべて含めてネ。もっともっと考えさせる土台を作ってあげればいいのにネ。尋ねてあげればいいのに、子供に。
」(p.134 - 135)


どうですか?これ、本当にすごい内容なんですよ。

「宗教の問題」というのは、やはりイスラム過激派やオーム真理教などのテロの問題が思い浮かぶでしょうね。

でもそれは氷山の一角であって、その背後には根深い問題があるのです。

そのことを私も、以前の記事「アルジェリアの人質事件に思う」「宗教はアヘンですか?」で書いています。

この中で指摘しているのは、指導者が信者に盲目的に従わせる組織宗教の問題点です。

このことを流奈くんは見抜いていて、「教育に問題がある」と指摘しています。

言われてみると、なるほどですよね。

宗教だけの問題ではなく、私たちの教育がすべてそうなっていたのです。

 

しかし、残念な情報もあります。

流奈くんのことを以前、NHKの番組が取り上げたのだそうです。

そのとき、「お母さんが流奈くんの手を持って動かしているだけでは?」という指摘が、視聴者からあったのだそうです。

その後NHKは、放送内容に問題はないと公式発表しました。けれど、その放送分を観られないようにし、再放送もやめたのだそうです。

でも、その動画が出回っていました。それを見ると、たしかにその指摘通りに見えます。

流奈くんは文字盤を見ていないし、ついには眠ってしまいますが、それでもお母さんは語り続けています。

「それってどういうこと?やらせてるだけじゃないの?児童虐待でしょ。」

そういう指摘や苦情があったようです。


では真実はどうなのか?

私にはわかりません。以心伝心でお母さんに伝わっているのだと言う人もいます。そうかもしれません。

ただ私に言えるのは、ここに書かれた内容は、私を含めて普通の人には語れないような内容だということです。

つまり、世界のありとあらゆる書物を読んだような勉強家か、それともインスピレーションによって導かれた人でなければ、とうてい語れないだろうと思われる内容なのです。

私と比較するのもなんですが、私はおそらく一般的な人よりはるかに多くの書物を読んでいると思います。

その私ですら到達できていない境地に、あのお母さんが普通の生活をしながら到達していたとは、どうにも考えづらいのです。

また、お母さんが金儲けのために流奈くんを利用しているという批判もありました。

でも仮にお母さんがあの境地に到達していたとするなら、そんな人がそういう愚かなことをするとも考えられません。

ですからそれは、いわゆる下衆の勘ぐりではないかと思うのです。


ということで、この本に限りませんが、どう評価されるかは人それぞれです。

私はこの本を、「神との対話」シリーズに勝るとも劣らない素晴らしい内容だと思います。

伝わるのは愛しかないから
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 19:38 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月25日

出版オーディションを受けに行きます

今夜の飛行機で、また日本へ行きます。

今度は東京ですが、明日、出版オーディションの2次審査があるので、それを受けるのが目的です。


このオーディションで優勝すると、その出版社から本を出すことができるそうです。すごいでしょう?

1次は書類審査で、簡単なプロフィールを書いて提出するだけでした。

2次審査は15分間のスピーチとなっています。

2次審査に合格した8名が、9月に行われる決勝戦に進むことになるのだとか。

さて、私は決勝へ進めるでしょうか?もしそうなったらすごいですね。ワクワクします。

 

私はもともと、出版に関心があったわけではありません。

ミクシーをやってたころに友人から、「これだけのことが書けるなら本を出したらどう?」と言われたことはあります。

しかし、私が言っていることはすべて誰かの受け売りですし、何の実績もないので、本など出せるはずがないと思っていたのです。

ところが2年前、私のメンターでもある吉江勝さんにお会いしたい一心で、箱根で行われた合宿に参加しました。

それが出版ブランディング・セミナーだったのです。

私はまったく出版するつもりもなく参加したので、企画書など用意していませんでした。

けれども他の参加者の多くは、出版することを目的に参加している人が多かったのです。すでに出版している人もおられましたね。

そういう方々と接していると、出版することが特別なことと感じなくなってきます。

「私でも出版できるかもしれないなあ。」などと、漠然と思うようになりました。


そして今回、その吉江さんからの勧めもあって、出版オーディションに応募してみました。

ちょっとした出来心くらいの気持ちですね。するとなぜか、1次審査に受かってしまったのです。

企画書ではなくてプロフィールだけだったのですが、何か可能性があると出版社の方に思われたのでしょうね。

それから急遽、飛行機やホテルを手配し、東京へ行く準備をしてきました。

先月、福岡であった本田健さんの読者の集いに参加したばかりだと言うのに、自分で言うのもなんですが、このフットワークの軽さはどうしたことでしょう。


ただオーディションを受けに行くだけでは交通費がもったいないので、行ったついでに友人たちと会えるように手配しましたよ。

今回は、起業セミナーに参加した仲間や昔の仕事仲間など、8〜10人の方々とお会いすることになりました。

やはり人と会うというのは、刺激を受けますからね。

今後の活動に活かしたいと思います。


それで出版のことなのですが、私は結果にはこだわっていません。

絶対に優勝したいとか、せめて決勝に出たいなどという欲はないのです。

ただ私が、出版することで読者の方々へ伝えたい思いを、出版社の方の前で披露したいと思っています。

仮にその思いがそこで受け入れられなくても、その思いを表現することが大事だと考えています。

言葉になった思考は、よりポテンシャルの高いエネルギーですから、その強い波動はどこまでも広がっていきます。

そうすればどこかで、その波動に共鳴する人や思考に出会うでしょう。

そのとき、何かが起こると思うのです。


その起こる結果が何なのかは、どうでもよいのです。結果にはこだわりません。

それよりも、自分が発する波動が重要です。その起こす波動が原因ですから。

原因としての生き方をする。それだけが私の思いなのです。

 

と言うことで、また次の更新が遅くなります。

おそらく来週になってしまいますので、ご了承くださいね。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:47 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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