大阪に、飛田(とびた)という場所があるのだそうです。
そこは昔の遊郭の街並みがそのまま残り、そこを料亭という形で利用し、その内実は管理売春を行なっているそうです。
20分とか30分という短い時間で、風呂もシャワーもなく、安くエッチできるところ。
そういう意味ではソープとも違い、日本では飛田だけなのかもしれません。
そんな色街を、女性のフリーライター井上理津子さんが12年に渡って取材し、書き上げた本だそうです。
私はこの本を、読者登録したアメブロ「本が好き!」の記事 で知りました。(多分そうだったと記憶してます。)
それで興味を持って読んだのですが、たしかに女性がこういう裏の社会を取材したということに対して、敬意を表したいと思います。
管理売春は、日本では違法です。違法なのに存在している。警察は知ってて、許可している。
ときおり出てくる著者の正義感は鼻につくものの、それでもそこで生きている人たちを、「人は多面的だ」として認めようとする姿勢もあります。
「まあ、こんな世界もあるんだなあ。」
それがこの本の落ち着き先、ということでしょうか。
実は韓国のソウルにも、似たような形態の売春地帯があります。
遊郭とか料亭のような情緒はなく、2間ほどの間口があるプレハブ小屋が道の両側に並んでいて、まばゆいほどの蛍光灯の明かりが道路にまで漏れ出しているところです。
それぞれの部屋には1人か2人くらいの女性がいて、道を行く男性に声をかけて誘います。
30分1万円くらいの値段でエッチができるところだと、案内の人が説明してくれました。
もう15年くらい前の話ですけどね。
飛田も遊郭のころは、地方から女性を集め、借金を背負わせることで逃げられないようにしたのだとか。
東北の貧しい家が娘を売るという時代が、本当にあったのです。
しかし今は、借金を負わされてというケースは少ないようですね。
貧困のために他に仕事がないなど、てっとり早くお金を稼ぎたいという理由で働く人は多いようですけど。
タイはよく、日本の30年前のような感じだと言われます。
けれども、親が貧しくて子どもを売るというケースは、あまりなさそうです。
タイは暖かいので、最低限の衣食住には、あまりお金がかからないからだと思います。
それでも親が貧乏で可哀想だからと、子どもが自らこういう仕事に就くことは多そうです。
親を大切にしようとする気持ちは、日本よりもはるかに強いものがありますから。
「こういう場所があるから悪いんだ。」
そういう意見があることは知っています。けれども私は、そうは思いません。
なぜなら、日本でもそう言ってなくそうとしたけれど、結局はなくならずに生き残ったのですから。
太古の昔からある職業として、売春は知られています。
男と女がいる限り、この仕事がなくなることはないとさえ言われます。
なぜなくならないかと言うことを私なりに考えると、2つの理由が考えられます。
1つには、他に受け皿がないからです。
そういうところで働くしか他にないという女性たちを、社会は見捨ててきたのです。
さらにもう1つは、性について実体験できる場所が他にない、ということがあります。
これは先日紹介した「セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱」 に、詳しく書いてあります。
日本にも戦前は、子どもが大人になるための儀式として、性を実体験させる仕組が社会にあったそうです。
本書では、飛田が存在することに対する答は書いてありません。
けれども、かつて存在し、形式を変えながらも存在し続ける色街の、意義を考えるきっかけになるように思います。
