2012年08月01日

大いに迷惑をかけるべし

「他人に迷惑をかけるな!」とか、「人に迷惑をかけること以外なら何をやっても自由だから。」というように、親や大人たちから言われてきたと思います。

もちろん私もそうです。

そして、それを信じて生きてきました。

けれども、その教えが自分を縛り、他人と上手くコミュニケートできない原因となっていると思うのです。


まず「迷惑」とは何でしょうか?

「そりゃあ、されると面倒なこととか、嫌な気持ちになることだよ。」

そう答える方が多いと思います。

でも、ある事例に対して、それが迷惑な行為かどうか、本当に断定できるでしょうか?



たとえば、自動販売機でジュースを買おうとしたら、10円足りなかった。

「あと10円あれば飲めるのになあ。」

そこに誰かが通りかかった時、「10円もらえますか?」と尋ねるのは、迷惑なことでしょうか?


そんなことで呼び止められることが迷惑だと感じる人もいるでしょう。もしその人が、先を急いでいたら。

あるいは、10円というわずかな金額を言われたことが、迷惑だと感じる人もいるかもしれません。

「なんで10円なんだよ。100円なら堂々と断れるけど、10円ぽっちだと、断ったら自分がケチみたいじゃないか。」

しかし中には、ありがたいと思う奇特な人もいるかもしれません。

「ちょうど10円を持っていた。その10円で誰かが喜んでくれるのだから、こんな有効な使い方はない。そんな経験をさせてくれて、ありがとう。」



いかがでしょうか?その人の行為は迷惑でしょうか?迷惑と断定できるでしょうか?

断定できるはずがありません。迷惑どころか、誰かを喜ばせるかもしれないのですから。

迷惑かどうかは、それを感じる人が決めることです。他人がどう感じるかということまで、責任は負えません。


ハリネズミの夫婦の話は有名ですから、みなさんご存知でしょう。

寒いからお互いに近づいて温まろうとするのですが、近づきすぎると相手の針が刺さって痛い。

かと言って、離れると寒くてたまらない。

寒くないように、痛くないようにと、お互いの間合いを微妙に調整しながら暮らすのです。



人と人との関係も、そういうことではないでしょうか。

同じことをしても、迷惑と感じる人もいれば、喜んでくれる人もいる。やってみないとわからないのです。

やった上で、相手が「迷惑だ!」と言うなら、「ごめんなさいね。」と言ってやめれば良いのです。


KYと言って、「空気を読めよ!」と相手に過剰に要求する風潮がありますが、そんな価値観を持ったら自分が不幸になるだけです。

相手に何かされて「嫌だな」と感じることがあったら、それを自分がやらないようにすれば良いだけ。

相手はそのことを自分に教えてくれたのですから、ありがたい先生でもあるわけです。


すべては考え方次第。

自分が幸せになる考え方をしたいのか、それとも不幸になる考え方をしたいのか。

あなたは自由に決められるし、いつでも変えることもできるのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:41 | Comment(0) | 幸せ実践塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●コメントを書く前に、こちらのコメント掲載の指針をお読みください。

ランキングに登録しています。面白かったらボタンをポチッと押してね。
↓↓↓↓
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ