2012年07月19日

感情を制することは大変です

感情というのは魂の声であると同時に、大変大きなエネルギーです。

ですから湧き上がった感情そのものを制御しようとするのは、とても大変なことです。


エネルギーというのは、推進力に例えることができます。

たとえば車ならエンジンです。エンジンの出力が大きいということは、車が進むパワーが大きいということになります。

大きなパワーで進もうとする車を制御するのは、なかなか容易ではありません。

感情を抑えようとすることは、まさに進もうとする車の前に立ちはだかり、進まないように抑えるのと同じことです。


克己という言葉がありますが、たいていはこのように感情を制御しようとしたのです。

そのため、大変な修行や鍛錬を必要としたのでしょう。

お坊さんでも性欲を制御できないのは、この湧き上がる感情を抑えこもうとしたからです。

かなりの難行苦行をしたとしても抑え切れない感情というエネルギー。

一般の人にできるはずがありません。


お釈迦様も難行苦行を重ねましたが、それでは悟れないことを悟ったと言われています。

只管打坐(しかんだざ)という言葉にあるように、ただ座るだけで良いという座禅の考えは、お釈迦様が座禅の中で悟りを開いた所から来ているのです。


もちろん、そういった修行の効果を否定するものではありません。

たいへんな練習に耐えたのだから、自分たちが優勝できないはずがないと自信をもって試合に望み、みごと優勝したというスポーツの話はよく耳にします。

単に体力や技術が向上しただけでなく、精神的に強くなったことは間違いないでしょう。

つい、くじけてしまいそうになる自分の弱さを克服するために、滝に打たれたり、山野を駆け巡るなどの苦行も、それなりに意味があることだと思います。



それはそれとして、私は別の方法を勧めています。

それが考え方を変えるという方法です。

車の例にたとえるなら、感情がエンジンなら考え方はハンドルです。

湧き上がる大きな推進力を正面から止めようとするのではなく、方向性を変えることで自分に役立てれば良いと思うのです。

車のハンドルを切ることが容易なように、考え方を変えることは実に簡単ですから。


「そんなことないよ。怒るまいと思っていても、どうしても怒るようにしか考えられないもの。」

そう言われるかもしれませんが、それはまだ試していないから、よくわからないだけだと思います。

たとえば「どっきりカメラ」という番組がありましたが、あとでいたずらだったんだよとタネを明かすと、あれだけ真剣に怒ったり驚いたりしていた人が、思わず笑い出してしまいます。

どうしてそうなったかというと、考え方が変わったからです。

「いや、それは現実が変わったんでしょ。考え方じゃないですよ。」

たしかに、現実が変わりました。そしてそれによって、考え方が変わったのです。

では、現実が変わらなければ、考え方は変わりませんか?


たとえば、友だちが待ち合わせ時間になっても現れず、何の連絡もないとしましょう。

「何やってるんだろうなあ。連絡くらいよこせよ。」

最初はそう思って怒るかもしれません。

それで電話を掛けてみましたが、まったく出ません。

「あれっ、どうしたんだろう。ひょっとしたら事故にあったとか。そんなことになっていないといいけど。」

今度は怒りの感情から不安の感情に変わります。

これは現実が変わったように見えますが、そうではありません。単に考え方が変わったのです。

だって、電話を掛ける前でも、同じように考えてみることはできますよね。


そう、つまり想像してみるということです。

ひょっとしたらこうなっているかもしれない。

その考え方が、あなたの感情を変えるのです。


想像をより容易にするには、現実が幻想であると見破ることです。

夢の中にいながら「これは夢だ」と見破ることは容易ではありませんが、そう思い込むことは可能です。

そこには信念が必要です。

その信念を打ち立てる土台が、スピリチュアルな体験だったりします。

私は、そういう特異な体験をしなくても、理屈で考えればわかりますよという考え方なだけです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:37 | Comment(0) | 幸せ実践塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

考え方の習慣を変えるのは大変です

感情を制御するのは大変ですが、考え方を変えることで方向性を制御するのは簡単だと書きました。

でも、考え方の習慣を変えることは大変です。



わからなくなりました?

「考え方」を今、この場で変えてみることは、誰にでもすぐできるのです。

たとえば私があなたに、「明日、大地震が起きることを考えてみましょう。」と言えば、そのことを想像できますよね。

ほら、簡単にできるじゃありませんか。

でも、「考え方の習慣」を変えることは、とても大変です。

たとえば怒りっぽい人に、「相手にも何か事情があったと考えてみましょう。」と言えば、そのときは考えられます。

でも、そのあとで電車に乗った時、誰かからいきなり突き飛ばされたりすると、すぐに「てめえ、何しやがんでー!」と切れてしまうかもしれません。

本当はその人が突き飛ばしたのではなく、他の人から押されてしまって、つい押してしまっただけなのに。

「怒りっぽい性格」というのも、実は考え方の習慣なのです。

いつもいつもそういう考え方をするものだから、そう考えることが習い性になってしまい、無意識にその考え方を採用するようになってしまったのです。

ですから、その人の価値観と言うこともできます。



考え方の習慣を変えるには、新たな習慣を身につけるしか方法がありません。

最初は、古い考え方の習慣が邪魔をして、なかなかできないでしょう。

それでも新たな考え方を繰り返すことで、徐々に習慣化されるのです。


ただ、それを圧倒的に容易に変える方法もあります。

それは、非常にショッキングな体験をすることです。

以前に書きましたが、大病、貧乏、収監という3つ体験のうちのどれかでもあると、人はあっと言う間に考え方の習慣を変えてしまいます。

だから私たちがどうしても考え方の習慣を変えられない時、それでも魂が変えようと思ったなら、私たちにこのような体験をさせるのです。

家族が自殺したとか、事件や事故に合ったなど、ショッキングな体験をされた方で、そのショックから立ち直られた方は、素晴らしく変身された方が多いです。

ただ、そのショッキングな体験を乗り越えられなかった方は、自ら命を断ったり、誰かを恨んで自暴自棄な行動をしてしまうこともあります。

魂の意図に反して、残念な結果と言う他ありません。


それだけ、考え方の習慣を変えることは、大変なことだと言うことなのです。

時には命がけの体験までしなければならない。それほどの難事業なのです。



それでも、それを行う他ありません。

早いか遅いかの違いはあれ、いずれはそこに立ち向かうことになるのです。

しかし、その道はけして苦難の道ではありません。むしろ喜びに満ちた道のりです。

もし真実を知っていれば。

だから般若心経の最後は、そういう言葉で結ばれているのだと思います。

「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶(ぎゃーてー、ぎゃーてー、はらぎゃーてー、はらそうぎゃーてー、ぼーじーそわかー)」

これは真言(呪文)です。(※実際の読み方は説明する人によって多少違いがあります。)

意味は、みんなで仏の世界(彼岸)へ行こう、という喜びに満ちた言葉です。

未来は明るい。誰もが悟りに至る。だから希望を持って前に進もう。

それが仏教の考え方です。


必ず変わることができるのだと知って(=信じて)前に進むなら、必ずそうなるでしょう。

それは「引き寄せの法則」からしても、そうなります。

あなたが今、自信のない人であろうと、気が弱い人であろうと、愚図な人であろうと関係なく、必ず変わることができます。

私にはそのことがわかっているので、自信を持ってそう言うのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:15 | Comment(0) | 幸せ実践塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やりたいことが何かわからずに悩んでいるなら

アメブロは、健全な青少年の育成に反する記述は認めないという方針なので、あまり露骨なことは書けません。

なので、そういうことはメルマガに書くことにします。

したがって、そういう内容を書いたときは、アメブロの「SJ通信過去ログ」には載せませんのでご容赦ください。


今回の内容は、それほど露骨なものではありません。

そうしないと、上記の注意を過去ログに残せませんから。(笑)



今回は、やりたいことがわからずに悩んでいる人に対するアドバイスです。

特に20代の若者向けという感じですが、おそらくそうでない方にも当てはまるでしょう。


ブログに書きましたが、私は広島大学に入った時、新興宗教にハマりました

最初は興味本位というか、一部は卑賤な動機もありました。

そのことは正直に認めます。

私はけして偉い人間じゃなく、そういう下衆な人間です。

でも、そこで活動する中で、「私は人々を救うためにやっているのだ」という使命感が湧いてきたのです。


ご存知かもしれませんが、広島大学は△△(※)派という過激な○○主義思想を持つ団体の拠点校でもあります。

私が所属した団体は反○○(※)思想を持っていたため、校内で対立することもありました。

「爆弾を投げ込まれるかもしれない。」

そんな不安も、少しはあったのです。

それでもやらなくてはならない。

なぜなら、それが人々を救うことになるのだから。

そんな使命感に燃えて、日々の活動をしていました。


それが精神的に行き詰って、辞めてしまうことになったのです。

同時に生きがいとか希望というものもなくしました。

「何のために生きるのだろう?」

もし、その新興宗教の教えが正しいとしたら、私は永遠に地獄でさまようことになるのかも。

そういう失意の中で、人生をリセットした のです。



自分が何がやりたいかなどと、考えるような余裕はありませんでした。

流されていたら廃人のようになってしまう。

そう感じていたから、ともかく今までのことは忘れて、今、ここに生きようとしたのです。

その結果、道が開けたように思います。

もがくように生き方を求め、多くの本を読みました。

そうして生き方を求めると同時に、楽しむこともしたのです。


私は中学生の時に野球部に入っていました。

けして上手くはありませんでしたが、昔取った杵柄です。

他の人よりは多少は上手い。

それでソフトボール大会で活躍したのです。

それが嬉しかったし、楽しかった。

その楽しさを味わいたくて、社会人になってから草野球の同好会に入りました。


他にやる人がいなかったので、初めてキャッチャーをやりました。

経験はなかったのですが、野球部に入っていたという自負から、挑戦してみたのです。

キャッチャーというポジションは、地味に見えるのか、競争相手が少ないのです。

キャッチャーミットや面を自分で買って、まずは格好から入りました。(笑)


そしてやってみると、これがけっこう楽しいのです。

チームメイト全員に指示を出すリーダー的な立場になります。

ピッチャーを励まして、勝利に貢献する女房役でもあります。

私の性格にピッタリでした。

そして、盗塁を刺したときのカ・イ・カ・ン。

三塁走者がボーっとして帰塁が遅い時も、それを狙って三塁で刺します。

みごとに決まってアウトにしたときのカ・イ・カ・ン。

うーん、たまりません。(笑)



私は知らず知らずに、自分が楽しむことをやってきたのですね。

それは趣味の世界ですけど、それで良いのだと思います。

ともかく、楽しいことをやるという習慣を持つこと。

楽しくないことからはなるべく離れ、楽しいことをやるようにする。

どうしてもやらなければならないことなら、それを楽しむように工夫する。

そうしていく中で、本当に自分がやりたいことに出会ってきた気がします。



そんな経験をしてきた私から、やりたいことが見つからずに悩んでいる人にアドバイスするのは、以下のことです。


1.まず何でもいいから、楽しいことをやりましょう。

TVゲームでもOKです。

後ろめたさを持たずに、本当に心から楽しみましょう。


2.仕事など、なかなか楽しめないことは、どうしたら少しでも楽しめるかを考えましょう。

「心を癒す鏡のワーク」 を使って、自分の気持ちを高揚させることも良いでしょう。

単調な袋詰作業のようなものなら、何時までに何個できるか挑戦するなど、ゲームにしてしまうのもアリです。


3.必ずやりたいことが見つかると決めましょう。

理由なんてありません。ただそう決めるだけです。

根拠を探すから不安になるのですよ。

そもそも生きるのに精一杯だったら、そんなことさえ考えないでしょう。

悩むのは贅沢だからです。

ウソだと思ったら、絶対的な死地へ自分を追い込んでご覧なさい。

ア○○○スタン(※)などの危険地帯へ、ボランティアでもしに行かれたらわかると思います。



この3つをやっていたら、必ずやりたいことが見つかります。

実は、理由はありますよ。(笑)

まずこれは、「引き寄せの法則」 の応用だからです。

そして、理屈から言って、人がこの世に生を受けたのは、何かやるべきこと(体験すべきこと)があるからです。


それが見つかったら、必ず魂が喜びます。

だって魂は、それを体験したくて今の人生を創造したのですから。

だから、必ず見つかるのです。安心してください。

魂の声である感情を受け入れ、楽しく感じることをしていれば、必ず導かれるのです。

※ブログでは伏字にしましたが、メルマガには隠さずに書いています。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 19:31 | Comment(0) | SJ通信過去ログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

交通事故を起こすたびに考えてきたこと

私はこれまで、何度も交通事故を起こしてきました。

人身事故を起こした こともあります。
(※責任の所在については明確ではありませんが。)


オートバイで後ろに姉を乗せ、隣の家の玄関に突っ込んで玄関を壊したこともありました。

2スト(ヤマハDT125)でトルクが弱かったので、少し吹かし気味でクラッチをつないだら、おそらくウイリーしてしまったのです。

私もわけが分からず、制御不能になって突っ込みました。

あのときは、後始末を全部親に任せてしまいました。本当に恥ずかしい限りです。


また、車に乗ってバックしようとして、他の車にぶつけたこともありました。

あわてて逃げようとしましたが追いかけられて、結局お詫びをすることに。

お金がない貧乏学生だったので、損害賠償請求されるのが怖かったのです。

それにしても逃げるとはひどいやつです。


バイクに乗っていて、前を走る車やバイクに追突したこともありました。

前の車が急ブレーキをかけたためです。

しかし、悪いのは後続車ですから、私が弁償することになりました。



そんな事故を数え上げてみると、おそらく10件以上あったと思います。

そして事故を起こした時に思うことは、いつも「これをなかったことにできないだろうか?」という考えでした。

だから、逃げられるものなら逃げたかったのです。

誰も見ていなければ、自分が責任を追求されなくて済む。そう考えたのです。


何がそんなに怖かったかと言うと、さっきも書いたように、まずはお金です。

わずか数万円だとしても、それが非常に惜しかったのです。

おそらく払おうとして払えない金額など、想定していなかったはず。

それでも、自分が自由に使えるお金が減ってしまうことが、とても大きなことのように思えたのです。


それともう一つは、私が悪いと責められることから逃げたかったのです。

私が悪いことをするということが、受け入れがたかったのです。


私は本当に完全主義者でした。

ですから、100%確実にできると思えなければ、何もやらなかったのです。

何もやらなければ、絶対に失敗はしませんから。

それくらい、失敗することや、間違ったことをすることが怖かったのです。



タイでは、バスが人身事故を起こすと、運転手が逃げるというのが相場になっています。

いや本当の話です。たいていは逃げます。

そういうものだとみんなも認識しているので、たまに逃げなかった運転手がいると、「運転手は逃げませんでした」と報道されます。

ネタじゃありませんよ。本当の話ですって。

そんな運転手に対して、私は親近感を覚えます。

もし私がタイで運転手をやっていたら、きっと同じことをしただろうなと。


もちろん今は違います。

と言っても、逃げるような状況が発生していないのでわかりませんけど、多分逃げないだろうと思います。

なぜなら、人生において起こることはすべて必然で、意味があるとわかっているからです。

事故を起こしたとすれば、それは起こす必要があったのです。

そして、それを体験することによって、自分の課題をクリアできるのです。

もしそういう状況が起きても、「どうするのが自分らしいことなのだろうか?」と、自分に問うようにしたいと思っています。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:09 | Comment(0) | ├ 私の生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月20日

予定が狂った日に思うこと

昨夜は、7時半に妻と待ち合わせて映画を見に行きました。

「バットマン」が封切りされるので、待っていたのです。


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チケットを求める列はそれほど長くなく、やはり平日だからかなと思ってました。

いざ私たちの番になって席を予約しようとすると、なんとほとんど埋まっています。

私たちのお気に入りは、最後列のソファー席。

他よりも高い(450〜550バーツ:約1,300円)のですが、2人でこれですから、日本と比べたら安いものです。

そのソファー席はおろか、通常の席も真ん中から後がほどんど埋まっています。


すぐに妻が「やめよう」と言います。

前の方の席だと首が疲れるからと言うのです。

ソファー席が空いているのは、夜10時以降の上映からですから、とても待てません。

残念ですが、この日は映画を諦めることにしました。


どこかで食事をして、アパートに戻ってDVDを見ることにしました。

ちょうど先日、見逃した映画のDVDを見つけて買ってあったのです。

「バットマンはまた長くやってるから、来週でもいいよね。」

楽しみを先に伸ばすのも、まんざら悪いことではありません。

お陰で、DVDを見る機会ができました。



スクンビット通りを歩いていたら、ビルの工事現場の壁に、カタツムリを見つけました。

それも何十匹といたのです。こんなのは珍しいと、妻もビックリしていました。


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わかりにくいかもしれませんけど、右側にある巻貝部分が長くて大きいのです。

日本のカタツムリは、ほとんど丸ですよね。これではまるでヤドカリです。

左に頭が伸びていて、影と重なっていますが触覚というか目が2本出ています。

映画をあきらめて通りを歩くことにしたから、こんな珍しいものも見つかりました。

タイに10年住んでいますが、あまり出歩かないこともあって、カタツムリを見ることは滅多にないのです。



それからさらに歩いて、和風の焼肉屋に入りました。

妻が、知っているけど入ったことがないというお店。

妻は焼肉が好きなのです。ただし、牛肉は食べません。メインは豚肉です。

日本だと焼肉屋で豚肉だけ食べても、けっこうな値段がしますよね。びっくりしました。

だってタイだと、豚肉は本当に安いですから。1kgで100バーツ(約260円)くらい。

ですから、タイ式の焼肉屋(ムーガタ)へ行くと、本当に安く済みます。


焼肉を食べながらハイネケンビールを飲む。

私はもう、これだけで幸せです。

ところが妻の顔が冴えません。小声で「まずい」と言います。

そう言われてみると、たしかにあまり味のしない豚肉です。

「日本で焼肉と言ったら牛肉だから。この店でも牛肉なら美味しいんだよ。」

そう取り繕ったのですが、妻は牛肉を食べないので関係ありませんね。


わざわざ歩いてやってきて、料理が美味しくなかったら最悪ですよね。

まあでも、他の考え方もあります。

わざわざ歩いたから運動になったし、ダイエットにも健康にもいいことです。

それに不味いということがわかったのだから、次に来る候補からは消すことができます。

他の友だちを連れてこないときに情報が得られて良かった。

そう考えることもできますよね。



それから部屋に戻って、LIO(リオー)ビールを飲みながら、DVDを見ました。

ただタイ語で聞くので私が理解できるのはちょっとだけ。

途中で眠くなってしまい、気づいたらエンディングでした。

まあ、もう1回見る楽しみができたと考えましょうか。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:27 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

怒った後で言い訳するのをやめる

つい怒ってしまうことは、誰でもありますよね。

もちろん私もそうです。いえ、正直に言えば、私なんてしょっちゅうです。

だって、もともと気が短い方なのですから。


ともかく思い通りにならないと腹が立ちます。

理屈っぽい方ですから、自分の考えは筋が通っていると確信しています。

それなのに他の人が筋の通らないことをする。だから腹が立つのです。


でもね、いくら私が怒ったところで、相手は改めません。

たいていは貝になって自分の中に閉じこもってしまいます。特に、自分に理がないと感じている人や、理はあると思ってもうまく説明できない人がそうですね。

そうでない人は、食って掛かります。私の妻はこちらのタイプですね。(笑)

いずれにせよ、「私が悪かった。申し訳ない。二度と同じことをしないように気をつけます。」と言う人はまずいません。

もしいるとしたら、それは取引先の下請け業者くらいなものでしょう。

本心からではなく、仕事の手前、そう言うだけのことです。


それに、怒った私も気分が良くありません。

怒るというのは、「助けてくれー!」という魂の叫びです。不安だから、怖いから、それを表現しようとしたのです。

それなのに相手は助けてくれません。相手は変わらないのですから。

つまり、不安の状態がずっと続くのです。怖い状態が固定化されるのです。

楽しいはずがないではありませんか。


それがわかっていながら、やはり怒ってしまいます。

考え方の習慣(=価値観)が変わっていないからです。

出来事を見た瞬間、自分が脅かされていると考えてしまうため、不安が湧き上がってくるのです。



そうやって怒った後、言い訳をしてしまうことがありませんか?

たとえば、相手にもそれなりに理由があったとわかったあとでも、「お前が事前に理由を説明して断らないから悪いんだろう」と、自分が怒った原因を、どうしても自分以外のものに求めてしまいがちです。

自分の中で、「怒るべきではなかった」と感じた時、それを素直に認められず、「仕方がなかったのだ」という言い訳を探してしまうのです。


これをやると、考え方の習慣を改めることができません。

だって、怒った原因が自分にあるのではなく、他のモノにあると考えるのですから。自分にはコントロールできないと認めたようなものです。



前に、谷口祥子さんの「自分ホメ」 にあるように、「わかったよ。よしよし。」と、弱い自分を受け入れましょう と言いました。

このことと言い訳をすることは似ているように見えますが、まったく違います。

自分ホメは、怒ってしまったという事実を否定せずに受け入れることです。

誰が悪いなどと犯人探しをするのではなく、ただ結果を認めるのです。

それに対して言い訳をするのは、怒った事実を正当化しようとするのです。

怒ることは悪いことだから本来は怒るべきではない。けれど、怒らざるをえない状況を作り出したモノがあったから、仕方なく怒ったというシナリオを作っているだけなのです。


ただ、言い訳をしないということと謝罪するということは、また違うことになります。

「自分が間違っていたと認める」=「謝罪する」ではないのです。


私は、謝罪はそれほど重要ではないと考えています。

もちろん相手に対する影響という点では、重要なことでしょう。

けれど、自分の考え方を変革するという意味においては、重要でないということです。

謝罪よりも重要なのは反省です。

反省というのは、間違った考え方だったということを受け入れ、次からは別の考え方をしようと決めることです。



もし怒ってしまったら、まずはその事実を受け入れましょう。

怒ってしまったのは確かなことなのです。誰が悪いとかいう話ではなく、ただ怒ったという事実を認めるのです。

そして、何がそんな不安だったのか、何がそんなに怖かったのか、じっくりと考えてみましょう。

それから、その不安を生じさせるようなものが、本当に必要なのかどうか考えてみるのです。

本当に必要ではなかったはずです。必要性というものは存在しないのですから。

そこまできて初めて、怒る必要がなかったと気づくのです。


「次からは怒らないようにしよう。」

そう決めたら、この問題を心から解放してあげましょう。

罪悪感を感じる必要はありません。間違ったのだから、今度は正しい電車に乗り換えるだけのこと です。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:16 | Comment(0) | 実践内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

遺伝は理由になりません

「親の遺伝だからしょうがないよ。」「うちは○○病の家系だから。」

そういう話を聞いたり、自分で話たりすることはありませんか?

生物には親に似る遺伝というものがあります。

それは自分にとって都合が良いことばかりでなく、不都合なことであっても関係してきます。



私が遺伝のことを知ったのは、小学校4年生くらいだったでしょうか。

母親が買ってきた「親に似る子 似ない子」という本を読んだ時です。

もうさすがに絶版になったのでしょうね。アマゾンでも出てきません。

内容は、メンデルが遺伝を発見したことや、どういう仕組で遺伝するのかという話を、子供向けにわかりやすく説明したものだったと思います。


遺伝子は対(つい)になっているので、生殖によってコピーされるとき、父親の1本と母親の1本がそれぞれコピーされ、新たな1対となるのです。

その組合せは2×2=4通り。つまり、父親とも母親とも異なる遺伝子が4通りできる可能性があるのです。

ただ、優性遺伝や劣性遺伝というものがあって、優性遺伝の遺伝子を持っていれば、対になっている劣性遺伝の情報が表出するのを抑え、優性な方の情報が現れます。

たとえば二重まぶたとか毛深いなどは、優性遺伝だと言われます。


血液型だと、O型は劣性遺伝です。A型やB型は優性遺伝です。

A型は表面上は同じでも、遺伝子的にはAAとAOがあります。

したがってAAのA型とO型の人の子どもは、みんなAOのA型となります。

私の父親はA型で、母親がO型です。私も私の姉妹も、みんなA型です。表面上はA型でも、内部的にはAOなのでしょうね。

もし私(AO)がO型の女性との間に子どもをもうけると、AOとOOの組合せしかありませんから、A型かO型の子どもが生まれるはずです。

そうでなかったら、おそらく父親が違いますね。



それはさておき、このように遺伝というものによって、親から子へ、子から孫へと情報が伝わります。

そのため、「自分がこうなのは親に原因がある」と考えてしまいがちです。

たとえば、私も毛深いことにコンプレックスを持っていましたが、これなども父親が毛深いからで、父親のせいだと考えたものでした。


科学的に言えば、それは正しいです。

けれども、それは真実ではありません。


前に、印鑰理生(いんやくりお)くんの「自分をえらんで生まれてきたよ」という本を紹介しました。

最近では多くの人が言っていますが、子どもは、親や環境を選んで生まれてくるのです。

それは魂が、自分の課題を解決するための最適な環境を、自ら決めるからです。


この考え方によれば、親を選んだのは自分だということになります。

つまり、その遺伝子を受け継ぐことを自分が選んだということです。



もしその考え方を採用しないとすれば、これは偶然ということになります。

偶然だということになれば、自分には責任がないと言うことができるでしょう。

でもその代わり、自分には人生を変えられないと宣言することになるのです。

そして、偶然に生まれるのですから、どこにその尊さがあるでしょうか?



もちろん、偶然か必然かを証明する方法はありません。

それは、あなたがどう生きたいかによって、自分で決めることなのです。

あなたは、たまたま生まれただけのどうでもよい存在でしょうか?

それとも、望まれて期待されて生まれた尊い存在なのでしょうか?

選ぶのは、あなたです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:32 | Comment(0) | 幸せ実践塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月21日

今日はめでたい結婚式

今日、結婚式があります。

もちろん私のではなく、私の会社の社員の結婚式です。

正確には、ありました、ということになりますけどね。


午前中に結婚式を行い、夕方から披露宴が行われる。まあ、日本式に説明すると、そういうことになります。

私は、夕方からのパーティーに出席する予定です。



結婚するのは、2人とも私の会社の社員。

女性の方は、入社して約10年になります。

私の会社が、ソフトウェア開発事業部を立ち上げてから、最初に採用した未経験のタイ人です。

当初は小さいオフィスで、その半分近くを倉庫として利用している感じでした。

そんな得体のしれない会社に、よくぞ入ってくれたものです。

そして、今日まで努めてくれたことを、本当にありがたく思います。


男性の方は、それから3年ほどしてから入社したのですが、年齢的にはほぼ同じです。

リーダーシップのあるしっかりした男です。

私が当初から、いずれはこの会社の中核を担ってくれると期待している社員です。


この2人が付き合うようになって、もう3年以上経つでしょうか。

いつかはこの日が来ると思っていましたが、やっと来たなあという感じです。



タイでは、パーティーなどの招待状を封筒に入れて渡すのですが、その封筒に宛名が書かれています。

ご祝儀は、この封筒に入れて、受付で箱に入れたり、直接渡すというのが習慣です。

日本の祝儀袋は美しいのですが、値段もけっこうしますからね。

タイはその分、安上がりだと言うことです。


私はその封筒に、ご祝儀として現金と、お祝いのメッセージ、そして折り鶴を入れることにしました。

折り鶴と言っても、普通の折り鶴じゃありません。夫婦鶴です。


幸せ実践塾−傷つきやすい、内気、自信がない、を幸せ体質に改善します。-夫婦鶴

手に手をとって飛んでいる夫婦の鶴に見えるでしょう?

これ、切り離していない1枚の紙で私が折ったんですよ。

折り方を紹介しているブログがあるので、知りたい方はそちらを参考にされてください。

両面折り紙を使って、2色の連鶴を折る方法です。


もちろんこれはタイの風習ではなく、私が考えたもの。

結婚のお祝いに夫婦茶碗や夫婦箸を贈ったりしますが、それを折り紙にしてみたのです。



私の会社にとって、社員が幸せになることは、本当に嬉しいことなのです。

いつまでも手を取り合って、力を合わせて会社を支えて欲しいと思います。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:50 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

奇跡をあたりまえにする22のヒケツ



私の知り合いのウィステリア・キョウコさんの本です。

パワーストーンを利用して、奇跡を当たり前のように起こすという本なのですが、最初はうさん臭く思いました。(ごめんなさい)

だって、パワーストーンで簡単に奇跡が起こせるなら、みんなこぞって買うじゃありませんか。

まあたしかに、それを求めて買う人も多いですけど。


キョウコさん自身、子宮頸癌を克服したという過去があり、それもパワーストーンのお陰だという話かなと思ったのです。

でも読んでみたら、そんな単純な話ではありませんでした。


第2章のタイトルは、「奇跡は自分で起こすもの」とあります。

「えっ、パワーストーンのパワーで起こすんじゃないの?」

そう思いたくなりますよね。

ただパワーストーンを手にすれば奇跡が起こるのではないと、キョウコさんは言い切ります。

あくまでも主人公は自分だということ。

その自分のエネルギーを、パワーストーンが補佐ししてくれるということなのです。



人生において、さまざまな悩みを持っている人もいるでしょう。

そういうとき、まずどのパワーストーンかではなく、どう考えたら良いのかということをアドバイスします。

その上で、どのパワーストーンをどんな風に持てば、そのエネルギーをより効果的に使えると教えてくれるのです。


人生は山あり谷ありと言いますが、キョウコさん自身がジェットコースターのような波瀾万丈の人生を送ってこられました。

そして今、その大変だった出来事をしっかりと受け止め、感謝することができると言います。

身近にあって、いつも自分自身を支えてくれたパワーストーンのことを、多くの人に知ってもらいたいと思われているそうです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:51 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「大器ハ晩成ス」〜太公望呂尚の生き方

大器晩成という言葉があります。

出典は老子です。

大人物というのは、すぐに頭角を現さないものだということです。


その言葉にピッタリの人物が、太公望呂尚(たいこうぼう・りょしょう)です。

太公望という言葉は、釣り人の代名詞として使われます。

それは、次のようなエピソードによるものです。


昔、呂尚が川の畔で釣りをしていると、そこに周(国の名前)の文王が通りかかりました。

「釣れますかな?」と声をかけたかどうかは知りませんが、2人は話をすることになりました。

驚いたのは文王です。

ただの老人(80歳ぐらいだったとも言われる)と思われた人物が、世界情勢や政治、戦略などに関して深い知識と見識を持っていたからです。

文王は思いました。

「これぞまさに太公(祖父)が待ち望んでいた人物に違いない。」

文王の祖父は、いつか素晴らしい人物が現れて、周を助けてくれると言っていたのです。

文王は、礼を尽くして呂尚を迎え入れました。

呂尚は軍師として文王とその子の武王に仕えたのです。




太公(祖父)が望んでいた人物だから太公望と呼ばれたという逸話です。

他にも、「覆水盆に返らず」という話も、この太公望の逸話です。


うだつがあがらない亭主を見限って、離婚した元妻が、出世した呂尚の元を訪ねて、復縁を懇願しました。

呂尚は盆に張った水を床にこぼし、こぼれた水を盆に戻してみろと言ったそうです。

それができたら復縁を認めようと言うのです。

元妻はなんとか手で水をすくって盆に戻そうとしますが、こぼれた水は床に広がり、地面に吸い込まれ、戻すことができません。

呂尚は言いました。

「一度こぼれた水が盆に戻ることはない。それと同様に、私たちの関係も元に戻ることはないのだ。」



カッコイイというより、ちょっと陰険という気もしますけどね。

ご都合主義の元妻に、愛想を尽かしたというところでしょうか。



それはさておき、この呂尚は、どうしてのんびりと釣りなどしていたのでしょうか?

けして出世を諦めていたわけではないのです。

若いころから日々研鑽し、知識を蓄え、見識を磨いていました。

就職活動をどれだけやったかはわかりませんが、それほど熱心ではなかったのでしょう。


おそらく、「いつか必ず見出される」という自信を持っていたのではないでしょうか。

その自信があったから、悠々と釣りを楽しんでいられたと思うのです。


世の中には、努力に努力を重ねても結果が出ないことを気にして、今を楽しめずにいる人がたくさんいます。

そういう人は自信がないのです。

自信とは、自分を信じること。

自分の素晴らしさを信じることです。

「必ずや自分の素晴らしさを体験する機会が与えられるに違いない。」

もう間近に死を感じるようになってさえ、呂尚はそう信じて疑わなかったのだと思います。

その信念が、大器の花を咲かせたのです。



努力しても結果が出ないと言って、投げやりになってしまう人がいます。

そういう人は、本当にもったいないと思いますよ。

もっと自分自身を信じてあげてください。


就活が上手く行かなくても、そんなことでへこたれないことです。

自分を採用しなかった会社は、大した会社じゃないと思いましょう。

また、会社に採用されなかったがために、他の人生(起業など)に進まざるを得なくなったということもあるでしょう。

そして実はそれこそが、自分が望んだ人生だったりします。

魂は、あなたに最適な人生を歩ませるために、様々な出来事を起こすのです。


だから言うのです。

「人生において起こる出来事は、すべて必然で無駄がない。」

あなたがあなた自身を信じるなら、人生は必ずやあなたに応えてくれるでしょう。

人生は、そんなふうにできているのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:36 | Comment(0) | 幸せ実践塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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