2012年06月08日

お母ちゃんを迎えに

私が子どもの頃、両親は共働きでした。

どちらも地方公務員ですが、父は役場の職員で、母は保育園の保母さんでした。


私がおそらく小学校の3年生くらいだったある日のことです。

その日は、父親がわりと早い時間に帰宅しました。そしてすぐにビールを飲み始めたのです。

しばらくして母親から電話があり、遅くなるから車で迎えに来てくれと父親にお願いしました。

しかし父親は、もうビールを飲んだからダメだと、けんもほろろの対応です。


その時、私は思いました。

「お母ちゃんが遅くなるのはわかっていたのに、どうしてビールを飲むんだ!?」

父のことを優しくないと思ったのです。


私は、姉と妹と一緒に、母を迎えに行きました。

保育園までは2kmくらいあったでしょうけど、帰途についた母親と、どこかで出会うと思ったのです。

実際、約500mほども歩いたところで、母と出会いました。


母親も、そのことがとても嬉しかったのだと思います。

私が大人になってからも、何度も何度もその話をしましたから。

「童謡の七つの子を歌いながら帰ったねえ。かーらーすー、なぜなくのー、からすはやーまーにー・・・。みんなで手をつないで、横に並んで帰ったよねえ。」


私は、その童謡を歌ったかどうかの記憶はありません。

ただ、その話を聞くたびに、母を迎えに行こうともせず、テレビを見ながらビールを飲んでいた父の姿を思い出したのです。

「もっと優しくしてあげればいいのに。お父ちゃんは、お母ちゃんのことが好きじゃないのかなあ?ぼくは大好きなのに。」

優しかった母親と、厳しかった父親を象徴する出来事として、ずっと記憶に残っています。


ただ、今になって思えば、父にもいろいろ事情があったのかもしれないなと思います。


posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:46 | Comment(0) | └ 家族のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

喫煙と禁煙の体験

私が最初にタバコに興味を持ったのは、中学生の頃です。

父親が吸ってましたから、「どんなものなんだろう」と思ったのです。

私はおそらく、好奇心が旺盛な方なのだと思います。

でも、「良い子」でいることを捨てることもできず、興味はあっても手を出しませんでした。

だって父親のタバコを1本でも盗んだら、おそらくバレていたでしょうから。

幸いなことに、悪の道に引きずり込む先輩や同級生もいなかったので。



実際にタバコを吸ってみたのは、1つ目の大学に入ってから。

たぶん18歳だと思います。

先輩にパブに連れて行ってもらい、そこで1本もらって吸ってみたのです。


とは言え、大胆な行動ができない臆病な人間ですから、思い切り吸い込むことができません。

まるで葉巻のように吹かしていただけです。


その後もしばらくは、飲みに行ったときにもらいタバコを吸うだけでした。

そのうち、いつも貰うのは申し訳なくて、自分で買うことにしました。

私が選んだのは、たしか「コスモス」という名のタバコです。

名前もかっこいいし、ロングサイズというのも見た目がかっこ良いと思ったのです。


なぜそんなにかっこ良さにこだわったかと言うと、それには理由があります。

私は、タバコを吸いたくて吸っていたのではないのです。

パブに行った時、タバコを口にくわえると、カウンターの中の女性が火をつけてくれます。

それが嬉しかったから、タバコを吸うまねごとをしたのです。

だから、味がどうとかではなく、かっこ良さが必要だったのです。


それともう1つ、タバコを吸うメリットがありました。

いわゆる「酒の飲み方を知らない」ころだったので、注がれるとすぐに飲んでしまって、お酒に強くない私は、何度も吐くはめになったのです。

おしゃべりでもすれば良いのでしょうけど、恥ずかしがり屋で無口でしたから。

飲むときにタバコを吸うと、その間はグラスに口をつけずに済みます。

つまり飲むペースを遅らせるために、タバコを利用したというわけです。


かっこつけと酒を飲むペースを遅らせる。この2つのメリットがあって、1ヶ月に1箱くらいの感じで吸ってました。

まあこれなども、厳密に言えば犯罪ですね。未成年の喫煙と飲酒。明らかな法律違反です。

そのことをごまかす気はありません。法律違反には違いありませんから。

もちろん法的にはもう時効でしょうけど。



その後、新興宗教にハマる ことになって、喫煙も飲酒もやめました。健全な信仰生活です。

そして脱会。東京へ行き、2つ目の大学に通うことになりました。

新聞奨学生 もしながら、彼女もできて、あっと言う間の大失恋 へとつながっていきます。


その失恋のときです。

電話で別れを告げられた私は、諦めることができませんでした。

それでなんとか、もう1度会う約束を取り付けたのです。


電車で、西船橋駅まで行きましたよ。

駅近くのマックか喫茶店かで、彼女を待ち続けました。

そのとき私は、タバコを吸いたくなったのです。


1つは、手持ち無沙汰だったから、何かしたかったのです。

今なら携帯電話でゲームとかネットサーフィンでもできますが、当時はまだ携帯電話もあまり出まわってなかったと思います。

たしかPHSが普及する前だったと思いますから、タバコを吸うぐらいしか思いつかなかったのです。


もう1つは、彼女が来た時、灰皿に吸殻がたくさんあるという状況を作りたかったのです。

「オレはこんなに待っていたんだぜ!」ということを、言外に示したかったのです。

自分の存在感を認めてほしいという気持ちの表れだったと思います。


しかし彼女は、なかなか来ませんでした。

そのうちに土砂降りの雨です。

これ以上待っていると、電車があるうちに川崎まで帰れなくなる。そうなると、朝刊の配達ができません。

そう思った私は、残りのタバコをスパスパと吸い、タクシーに乗って彼女の部屋まで行きました。

ひょっとしたら部屋に戻っているのではと思ったのです。

しかし彼女がいないので、無念な思いを抱えながら私は、待たせていたタクシーに戻って駅まで行き、あとは電車でアパートに戻ったのでした。


電車で帰る途中、なんだか胃のあたりがムカムカしてきました。

部屋に戻った後、私は思い切り吐きました。しかし、いくら吐いても気持ち悪さがなくなりません。

「ちくしょう!せっかく行ったのに彼女にも会えず、しかもこんな苦しい思いをしなければならないなんて。なんでオレの人生はこうなんだよ!」


後になって思ったのですが、急にタバコをたくさん吸ったのが原因でしょう。

それで、タバコを吸うことをきっぱりとやめました。



あれから約30年間、私はタバコを吸っていません。

そのことは、結婚した妻からも喜ばれます。彼女はタバコの臭いが大嫌いなのです。

私がタバコをきっぱりとやめられたのは、あの苦しい経験があったから。

そしてその経験をすることができたのは、そのときの彼女が待ち合わせ場所に現れなかったからです。

あの悔しくて苦しい経験が、今の私につながっているのです。


人生に、無駄なことは何ひとつありません。すべてが必然です。

そして、すべてが私にとって、ありがたい経験なのです。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:43 | Comment(0) | ├ 私の生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

みごとにボラれました

幸せ実践塾−傷つきやすい、内気、自信がない、を幸せ体質に改善します。-ビアガーデン

先日、妻とあるビアガーデンに行きました。

ガイヤーン(焼き鳥)、オースワン(牡蠣のお好み焼き)などを食べながら、美味しいビールを飲みました。

暑いタイでは、ビールに氷を入れて飲むのが定番です。


食事が終わってチェック・ビン(精算のこと)すると、1,280バーツくらいの請求額です。

すぐに払おうとしたのですが、ふと、前回に来た時のことを思い出したのです。


前回は支払った後で「どうも高いな」と思えてきて、お釣りを持って来た時、念のために料理の値段を確認しました。

すると「ちょっと待って」と言われ、戻ってくると計算が違っていたからと言って、お釣りを多く持ってきたのです。


それで今回は、伝票を確認することにしました。

料理が合計で600バーツ。氷は35バーツ。ドリンクは4杯で、各120バーツになっています。

あれっ?ドリンク4杯って、どういうこと?

テーブルには彼女が注文したサパロット・パン(パイナップルジュース)のグラスと、私が注文したビールの瓶が2本あるだけです。

ウエイターに、いちいち「これは何か?」と確認します。

「これはサパロット・パン。これはビール。これはビール。」「じゃあ、これは?」

ウエイターくんが答えられなくなりました。

「ちょっと待って」そう言って、伝票を持って帰りました。


私は妻と、「ぜったいにわざとだよね」などと話しました。どう考えても、そんな間違いをするわけがありません。

かなり待たされたあげく、今度はマネージャー風の女性が伝票を持ってきました。

そこには手書きで1,140バーツと書いてありました。

VAT(消費税のようなもの)7%とサービスチャージ7%が付加されるので、だいたいそんな値段です。

私は1,000バーツ札を2枚置いて、戻ってきたお釣りをすべて取って、チップを置かずに帰りました。


しかし考えてみると、その値段もおかしいです。

単純合計で995バーツですから、その14%増しだと1,134.30バーツになります。


「ボラれたー!」

「ちくしょー。ぜったいにチップなんて残さないと思ったのに、強制的に約6バーツほど取られてしまった。」



まあ、バンコクではよくあることですよ。こういうごまかしは。

単純に計算ミスということもよくあるので、一概にボッているとは言い切れませんけどね。

だからタイ人は、食事の後の伝票を徹底的にチェックする人が多いのだと思います。


でも私は、そんなときでも嫌な気持ちを引きずらないことにしています。

だって、幸せな状態でいたいですから。

「おっしゃー!ブログネタをゲットー!」

わずか6バーツの投資で、こんな貴重な体験はできませんよ。

私ってやっぱりツイてますね。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:21 | Comment(0) | └ タイのお役立ち情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

運転手さんに感謝です

私はタイでは運転をしません。

会社の車を使わせてもらうのですが、運転手さんがいるので。


これって、すごいでしょ?まるで大会社の社長さんみたい。

でも、これがタイの普通なのです。

日本から駐在で来ている日本人のほとんどは、会社が提供する運転手付きの車を使っています。


1つには、自分で運転させないようにするためという理由があります。

やはり交通事情は日本と異なるし、何かあったときの対処もできませんから。

私もそうですが、電話して保険屋さんを呼ぶとか、警察を呼ぶなどという日本では常識的なことさえできません。

そういうこともあって、会社提供の運転手付きの車を利用するのです。



幸せ実践塾−傷つきやすい、内気、自信がない、を幸せ体質に改善します。-ゴルフ練習場

今日は会社が休みですが、車でゴルフの練習場へ行きました。

これは全くのプライベートなのですが、車を使うには理由があります。


それは私の所属する会社は、運転手さんの残業が少ないのです。

ほとんどの運転手さんは残業することで稼ぐ仕組みになっています。

ところがうちの会社は、社長も私も接待をする機会がほとんどなく、夜、車を使うことがありません。

それで休みの日は私が使って、個人的に運転手さんにお手当てをあげることにしているのです。

今日は半日使ったので、300バーツを払いました。タクシーを使えば、往復でも150バーツでお釣りが来るような距離ですけど。


でも乗っていていつも、ありがたいなあと思うのです。

もし自分で運転したら、こんな場面では緊張したり、イライラするだろうなあと思うと、いつも安全に運転して送り届けてくれることを、心からありがたいと思うのです。

私よりも1歳年下の人ですけど、温厚で、遅刻しない、素晴らしい運転手さんなのです。

こういう運転手さんと出会えたことも、心からありがたいなあと思います。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:55 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月10日

人身事故を起こしてしまいました

私が1つ目の大学に通っていた頃の話です。

私の車ではありませんが、知り合いの車を借りて運転していました。



雨上がりの午後だったと思います。

私は、信号のある交差点に向かっていました。

国道2号線を横断して、向こう側へ行きたかったのです。


信号が青になったのですが、前の車が左折しようとして止まっています。

そこには横断歩道はなかったと記憶していますが、人か自転車が横断しようとしていたのかもしれません。

幹線道路に入る側の信号は、青が短く赤が長いのです。

「もうすぐ変わってしまいそうだ。」

少し焦った私は、前の車を追い越そうとして、右にハンドルを切ったのでした。


そのときでした。前の車の陰から、スクーターが向かってくるのが見えました。

おそらく、向こう側から直進してきたバイクでしょう。

前の車に隠れていて、私はまったく気づかなかったのです。


「危ない!」と思って、私は急ブレーキを踏みました。

するとそのバイクは、スーッと滑るようにして転けたのです。



バイクは、私の車のほぼ真横あたりで転倒していました。

私が運転席から見ると、おばさんが運転していたようです。

「大丈夫だろうか?」と思って見ていたら、その女性はむくっと体を起こし、私の方を睨みつけました。


私は、そのまま止まりもせず、交差点を渡って行きました。

「だって、ぼくが悪いんじゃないもん。ぶつかってないし。」

「だいたい、ちょっと飛び出しただけじゃないか。避けられないほど飛び出たわけでもないし。」

「あのまままっすぐ進んだって、ぼくの車にぶつかることはなかったのに。」

「おばさんだから、バイクの運転が下手なんだよ。前ブレーキばかりかけるから、ロックして転倒しちゃうんじゃないか。」

そんな言い訳を考えながら、私は運転し続けたのです。



私もオートバイに乗りますから、オートバイの危険性はよくわかっています。

私自身も、前のタクシーが急に止まったために、急ブレーキをかけてタイヤをロックさせ、転倒したことがありました。

タクシーはそのまま走り去り、悔しい思いをしたこともあったのです。


そのときの状況が、私にどれだけの落ち度があったのかわかりません。

警察を呼んで実況見分することもなかったため、客観的なデータはないのです。

ただ言えることは、私の挙動がきっかけとなって、その女性がバイクごと転倒したという事実です。

そしてその女性が私を睨みつけたことからも、その女性は私を恨んだということです。

さらに言えば、私自身も、自分が悪かったかもしれないと思ったということです。

そう思ったからこそ、あれやこれや言い訳を考えなくてはならなかったのです。



この出来事は、いまだに私の心の中から消えません。

それだけ、私自身が苦しんできたのです。

自分が怪我をしたような事故も何度かありますが、それは思い出しても苦しくはありません。

しかし、自分が誰かを傷つけたことは、何度思い出しても苦しいのです。

あのとき、車を停めて詫びれば良かった。その後悔は、消えることがないのです。


ただ今は、その体験もありがたいことだと思います。

そうやって何度も思い出しては苦しむから、私は二度とそのようなことをしないだろうと思うのです。

あのおばさんが痛い思いをしてくれたお陰で、じっと睨みつけてくれたお陰で、私はそう思うことができるのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:12 | Comment(0) | ├ 私の生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

毛深いというコンプレックスがありました

体毛の濃さが目立つようになったのは、声変わりが終わった小学校6年生くらいだと思います。

夏場の体育の授業が大嫌いでしたね。

だって強制的に半ズボンなのですから。


足のスネ毛を友達から引っ張られるなど、いじめとは呼べないものの、嫌がらせをされたことは何度もありました。

中学生にもなると、だんだんと胸毛も目立って来ました。

野球部でしたから、体毛を見せる機会は少ないものの、部室で着替えるときは気を使いましたよ。

同級生だけならまだしも、先輩もいますからね。

「おっ、赤木。すっげー毛じゃん!」

などと、からかわれたこともありました。


高校になっても、体育でプールを使った水泳の授業もありました。

水泳は、身体のほとんどを見せないといけないし、しかも泳ぎは得意ではありません。

2回くらいは仮病を使って休みました。


社会人になってからも、銭湯などで裸を見られるのが嫌でした。

まあ、まったくの赤の他人なら、それほど気になりませんでしたが。

知り合いに見つかるのが嫌だったのです。


中学生の頃、母親に文句を言ったことがあります。

「どうしてぼくは、こんなに毛深いの?恥ずかしくてしょうがないじゃないか。」

暗に、毛深い父親を批判したのです。

母は私に、言いました。

「巨人軍の長嶋さんなんかも毛深いわよ。男らしくていいじゃないの。」

私は自分の繊細な気持ちを理解してもらえない気がして、悔しく思ったのです。



そんな私でしたが、タイに来て、そのコンプレックスが緩和しました。

マッサージを受けるときなどに体毛が見えてしまうのですが、マッサージ嬢の反応がほぼ好意的なのです。

「セクシー」「スワイ(きれい)」

そんなことを言いながら、私の胸毛を撫でたりします。


最初のうちは、どうぜゴマスリだろうと思っていました。

日本人の女性から、そんなことを言われた経験はまったくありませんから。

しかしタイ人の女性は、おそらく95%は毛深いことに好意的です。

そうやって好意的な反応をもらい続けると、だんだんとそういう気分になってくるものですね。


考えてみれば日本人もかつては、毛深いことにあこがれた時代があったのです。

西洋人の男性に毛深い人が多かったこともあって、それは強さの象徴だったのでしょう。

体毛を濃くする薬なんてのも、売られていたくらいです。

すべての国を調査したわけではありませんが、私が聞いた範囲では、日本以外の国の多くで、毛深いことに対して好意的です。

日本では毛深いのを不潔だと感じる人が多いように感じますが、世界の常識は違っているようです。

もちろんこの日本の常識というのも、マスコミによって作られた勝手な考えかもしれませんけどね。



こういうことがわかったのも、私がタイで暮らすようになったからです。

また、私が毛深くなかったら、そんなことも考えなかったでしょう。

子どもの頃に親を恨み、時にはスネ毛を全部剃ったことさえあったほどに嫌った濃い体毛ですが、今はそれも私の一部だと思うのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:00 | Comment(0) | ├ 私の生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トイレ掃除をしました

昨日、久しぶりにトイレ掃除をしました。

妻と一緒に生活するようになってからは、掃除はもっぱら妻の担当です。


でも、これはあとからわかったのですが、妻はけっこう横着なんですよね。

なので、ホコリが溜まっていたり、汚れが目立つことが多いのです。



以前はメイドさんを雇っていました。

なんて言うと「すっご〜い!ひょっとしてお金持ち?」と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

私くらいの所得がある人は、メイドを雇うというのがタイの常識なのです。


自分でできることを敢えて自分でやらずに、他の人にやっていただく。

そうすれば、その他の人も収入を得られるではありませんか。

週に3日、1日あたり2〜3時間くらいの作業でしょうけど、掃除、洗濯、アイロンがけをやってもらっていました。


メイドさんは、よく行っていたカラオケスナックの女の子です。

そこの給料が月に4,000バーツくらいだと言うのです。チップとか合わせても、月に6,000バーツくらい。

それでは収入が少ないので、滅多に田舎にも帰れないと言っていました。

それで、私の部屋の掃除などをやってもらうことにしたのです。

お手当ては、月に3,000バーツ。今だと約8,000円くらいです。


ところが妻が同居後に、メイドさんの掃除が雑だと言うのです。

自分がすればもっときれいになるから、自分にやらせろと。(もちろんその分の金をくれと言うことですが...。σ(^_^;) )

それでしょうがなく、メイドさんに辞めてもらったという経緯がありました。


それなのに、以前より部屋が汚くなっています。

それを指摘すると、「だったら新しい恋人を探せ!」と逆切れするのです。



まあ、そんなこともあったので、今は何も言わないようにしています。

昨日、妻は出かけていたので、これはちょうど良いと思ってトイレ掃除を始めました。

さすがに妻が見ていたら、当て付けがましいじゃありませんか。

だから私が家事をやるのは、いつも妻がいないときです。


腹を立てて、どうしても妻にやらせないと気が済まないという人もいますが、私は自分が怒る方が損だと思うのです。

汚いと感じるのは私の心です。だったら、私が掃除すれば良いだけではありませんか。

無理に妻にやらせる必要性もないし、やれと言って怒らせる必要性もないと思うのです。


トイレを掃除すると、今度は洗面台とか蛇口の汚れも気になりました。

風水では、蛇口は男性の象徴で、排水口は女性の象徴だと、お友達のお片づけ風水のプロ
の方が言っていました。

ということで、この部屋の住人の男性が幸運になるようにと、蛇口をきれいに磨き上げました。

えっ、排水口ですか?掃除しませんよ、そんなの。

って、うそうそ。ちゃんときれいにしておきました。(笑)
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 15:32 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人様に働いていただくということ

前回のブログでメイドさんについて書きました。

自分ができることを敢えて自分でやらず、他の人にやってもらうことが人助けになる。

そういうように書いたのですが、私がそう考える元になった話を思い出したので、続けて書くことにしました。



誰から聞いたのか忘れましたが、こんな話を聞きました。


私の故郷の島根県には、昔、大地主がいたそうです。(今もおられるかもしれませんが。)

中国山地の広大な山を持っていて、あの「絶唱」という物語のモデルになったとか。

山陰の大地主、園田家の一人息子の順吉が、山番の娘の小雪と恋に落ちるという物語です。

映画にもなりましたね。

小林旭さんと浅丘ルリ子さん、舟木一夫さんと和泉雅子さん、三浦友和さんと山口百恵さんなど、有名な俳優さんが演じてきました。


その大地主さんのエピソードです。

島根県で大規模な飢饉が発生した時、村人を救うために支援をしたそうです。

そのとき、単に米やお金をばら撒くようなことはしませんでした。

仕事があるからと言って村人たちを雇い、働かせて給金を支払ったのです。

その仕事とは...。

木を切って薪(まき)を作るというもの。大きな薪の山を作らせました。

次の日はその薪を、数十メートル離れた別の場所へ運ばせました。

さらに次の日は、また薪を少し離れた別の場所に運ばせたのです。

こうして仕事を創り続け、村人たちに仕事を与え続けたというのです。



「なんて無駄なことをするんだろう?」

そう思われますか?

私はこの話を聞いて、「すごいなあ」と感心しました。

だって村人にも面子というものがありますから。いくら地元の名士だと言っても、ただお金をもらったのでは乞食と同じです。

またお金を貸すと言われても、返す宛もないので借りるのを躊躇するでしょう。

それが仕事なのですから、堂々と給金をもらえるのです。


1日の仕事が終わって給金を渡す時、その地主さん(の代理人)は、「よく働いてくれたね。ありがとう。」と言って労をねぎらったと思います。

村人たちも、その地主さんの考えに気づくでしょうから、心からありがたいと思って受け取ったことでしょう。



私も今は経営者として社員を雇っていますが、この気持を忘れてはいけないなあと思いました。

ついつい、働きが悪いと非難したくなります。小言のひとつも言いたくなります。

でも、そうじゃないんですよね、本当は。ただ愛するだけで良いのだと思いました。

だって、何とか役に立ちたいという思いで、仕事をお願いする方が気持ちいいじゃありませんか。ねえ。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:08 | Comment(0) | 私の考え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人を殺してもいいですか?

また痛ましい事件がありました。

大阪のミナミで起きた通り魔殺人事件です。

犯人の男性は、住む家も仕事もなく、自殺しようとしたが死に切れず、誰か2人を殺せば死刑になると思ってやったと供述しているそうです。

それにしては馬乗りになって20回以上も刺したというのは異常で、まるで恨みがあるかのような犯行です。

大阪府知事は、「死にたいというなら自分で死ね」と言ったそうです。人を巻き込まず、自己完結しろと。

せっかく行政に支援の窓口があるのに、それを利用しようともせずに死にたいと言うなら、助けようがないということも言っていますね。


この発言は自治体のトップとしてどうかという見方もあると思いますが、おそらく多くの人が共感されることでしょう。

何の理由もなく、そんな理不尽な犯人の都合で命を奪われた被害者のことを思うと、そう言いたくなるのも無理ありません。



こういう殺人事件などがあると、私もいろいろなことを考えます。

理不尽に殺された被害者の気持ち。また最愛の人を突然に失った家族の気持ち。

一方で、そういう犯罪を起こさなければならなかった犯人の気持ちも考えます。

またその犯人の家族の気持ちも。

そして、どうしたらこういう痛ましい事件がなくなるだろうかと思うのです。



「そういう奴は死刑にすればいいんだ。」

そういう刑罰を重くするという考えの人が多いことも知っています。

でも、それで本当に事件がなくなるでしょうか?

特に今回のように、死刑になりたいからと言って犯罪を犯す人を、それで止められるでしょうか?

「ゼロにできなくても、減らせればそれでいいじゃないか。」

そう言いたい気持ちもわかります。

でもそうやって、一部の人を切り捨てるだけの方策で満足できるのでしょうか?

少なくとも私は満足できません。

強い者だけが這い上がってくれば良いという考えは、愛ではないと思うからです。

そして私は、愛することこそが自分らしいことだと思うからです。



歎異抄(たんにしょう)という本に、親鸞と弟子の唯円のエピソードがあります。

親鸞は唯円に、「私を信じるなら1000人殺して来い。」と命じます。そうすれば往生するからと。

しかし唯円は、自分の器量では1人も殺すことができないと言って拒否します。

そこで親鸞は次のように言いました。

人を100人、1000人殺すのも、また1人も殺せないのも、前世の因縁によるものであって、その人の心が良いか悪いかではない。


前世の因縁が原因だと言ってしまうと、もうどうしようもない気がします。

ただ、すでにそれは予定されていたことだという言い方にすると、そういう考え方もあるかなあと思うのです。

それは「神との対話」にも書かれています。


誰も自分の意志によらず、傷つけられることはないと言うのです。

つまり殺された人もまた、それを容認していたと。

もちろんそれは、私たちの意識のことではありません。

魂のレベルでの意思ということだと思います。


いつこの世を離れるのか、またどうやって離れるのか、それは自分が決めることだと言うのです。

「では犯人を罰する必要はないと言うのか?」

その問いに対しては、こういうことが書いてあります。

「あなたは右手が左手を傷つけた時、仕返しに左手で右手を傷つけるのか?」

私たちが、もし「ひとつのもの」だとするなら、そんなバカなことはしません。



私は、少なくとも厳罰主義という方法は破綻していると思うのです。

どんなに厳しい罰を与えたとしても、犯罪がなくなることはありません。

それによって被害者やその家族が苦しみ、そして加害者とその家族が苦しむのです。


「盗人にも五分の理」ということわざがあります。(三分という説も)

人は、その人の価値観において正しいことしかしません。

たとえば盗みを働くときでも、法律違反とか倫理的に悪いことという認識はあっても、そうせざるを得ない理由を持っています。

たとえば「そうでもしないと自分が生きていけない」「豊かな人からちょっと分けてもらうだけなんだから、そんなに悪いことじゃない」など。

それを屁理屈と言って否定することもできますが、少なくともその人にとっては、自分が行動するだけの十分な理由なのです。

その理由がある限り、犯罪はなくなりません。


その理由をなくすためには...。

完全な自由になることです。

他の何にも執着することなく、依存することなく、完全な自由の中で生きるようにすることです。

そうすれば、犯罪を犯してまでしなければならないという必要性がなくなるからです。

このことを、ここで全て書くことはできませんが、少しずつブログに書いていこうと思います。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 19:37 | Comment(0) | 私の考え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月12日

変な人が書いた驚くほどツイてる話



ご存知、斎藤一人さんの本です。

お弟子さんが書かれた一人さんに関する本の方が多いのですが、そういう本を読む中で興味を持ち、買ってみました。

これまた三笠書房さんの知的生きかた文庫です。

この文庫本シリーズには、特に2つ目の大学に入ってからお世話になりました。

月に3〜4冊は買って読んだと思います。

かの有名な、サミュエル・スマイルズの「自助論」も、この文庫で読んだと記憶しています。


それはさて置き、この本は本当に素晴らしいですね。

講演の内容から本にしたものだそうです。体系立ててないのにわかりやすいのは、おそらく言っていることがシンプルだからでしょう。

この本から私が学んだのは、以下の2つです。


1.「ツイてると口に出して言う」

2.「楽しいことをする」


たったこれだけなんです。

ツイてると口にすると、やはり脳がその理由を考えざるを得ないんですね。

そして、どっちが正しいかではなく、どっちが楽しいかで判断するようにすると、争いごともなくなるという考え方には感動しました。

キリスト教とイスラム教、資本主義と共産主義、どっちが正しい?とやったから、戦争にまでなったのです。

もしこれが、どっちが楽しい?だったら、相手が「自分の方が楽しいよ」と言ったって、「へー、そうなんだ。こっちも楽しいよ」って言えますからね。



最後に、どんな本でも1冊決めて、7回読むようにとありました。

7という数字にも意味があるのだと。

これは、いろいろなところで聞きます。数字には、そもそも意味があるんですってね。

それなので、生まれた日からその人の数字を割り出して、その運勢を見る数秘というものがあるのです。


私の友達に数秘カウンセラーの方がおられて、見てくれるそうですから、興味のある方はどうぞ。

雑貨と数秘セラピー@東京・板橋区大山

セラピストアカデミー&サロン 香りのアトリエ紗泡(SAPO)

スカイプでも診断してもらえるので、遠くの方も大丈夫ですよ。



話がそれましたが、それで私は、この本を7回読もうと思って自宅のリビングに置いてあります。

テーブルの上に出しっぱなしなのですが、こうしておくとテレビのコマーシャルの間とか、わずかな時間を見つけて読むことができます。

もう3回目に突入していて、だんだんと斎藤一人さんの極意が見えてきた気がします。

あなたもぜひ、読んでみてくださいね。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:42 | Comment(2) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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