2012年05月24日

価値観とは考え方のこと

この前の「出来事と感情のすき間」 では、そのすき間に価値観とか考え方が入っているという話をしました。

そのときは、価値観について詳しく説明せず、考え方ということで話を進めました。

今回は、価値観とはどういうことなのか、ということを考えてみたいと思います。



「大きいことは良いことだ。」

昔、食品メーカーのCMで流れて、流行語になりましたね。

こういうのを価値観と言います。


他にも、こんなのもありますね。

「子どもは親の言うことをよく聞くべきだ。」

「後輩は先輩に従うべきた。」

「女は仕事のことに口出しすべきではない。」

「40歳までに結婚できなければ負け組」

「遅刻するやつは仕事ができない。」

「大企業は安定しているから良い。」


どうでしょう?同意される方も多いのではないでしょうか?

「それが筋だ」「当然だよ」「常識だね」と言うようなことは、たいてい価値観に属します。


こういった価値観というものは、定着した考え方と呼べると思います。

まさに自分が「当然だよ」と思っている考え方。当然だと感じるくらい、自分の中で定着した考え方なのです。



つまり価値観といえども、考え方に過ぎないということを言いたいのです。

考え方ですから、どのようにも考えることができます。

女が仕事に口出しするという考え方もありですし、遅刻しても仕事ができるやつがいても良いのです。


そういうように異論を唱えると、とたんに血相を変えて「非常識だ!」「ほとんどの人はそうは思わない」などと怒り出す人がいます。

自分の価値観が否定されると、自分自身が否定された気になるのでしょうね。

そして自分を守ろうとして、人数の力を借りて自分の正しさを証明しようとするのです。

しかし、人数の力を借りなければ正しさを証明できないとしたら、それはすでに証明に失敗しているのです。



価値観も考え方の一種であり、人それぞれです。

だから、どんな風に考えることもできるし、どんな価値観を持つことも可能だと言えるのです。




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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 15:21 | Comment(0) | 幸せの公式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

会社で泣いてしまいました

昨日のブログに書いた のですが、野口嘉則さんの「僕を支えた母の言葉」は、本当に素晴らしいですね。

ユーチューブの動画を見ていただければ、それがわかると思います。

以前にも見て、思い切り泣いてしまいました。

今度も久しぶりに見たのですが、やっぱり泣いちゃいましたよ。

退社時間は過ぎていましたが、まだ社員が大勢残っていたのに。


うちの社員は帰りがけに私の席の前に来て、「お先に失礼します」と挨拶をして帰るのです。

みんなタイ人ですけど、なぜか日本語で挨拶しますね。

それに応える私は、きっと泣きはらした赤い目をしていたでしょう。

本当に、野口さんダメですよ。こんな感動的なもの作っちゃ。



野口さんのお知り合いの方の実話なのだそうです。

その方のお母さんは、何があってもその方を認められたんですね。

「お前は素晴らしいんだから」

にっこりと微笑みながら、確信に満ちてそう言われたのでしょう。


不思議なのは、お母さんはどうしてそんなに確信できたのかってことです。

ひょっとしたら、何らかの信仰を持っておられたのかもしれません。

その方が表面的にどうであれ、その本質は素晴らしい存在なのだと信じておられたのだと思います。


そのことを考えた時、また泣いてしまいました。

私たちはみんな、本当に素晴らしい存在なのだなって。

そう思っただけで、泣けてくるのです。

もちろん、感動の涙です。

魂の声が聞こえる気がします。

「それだ!それだよ!それが私なんだよ!」

もうそれだけで十分。

他に何も要らない。

そんな満たされた気分になったのです。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:00 | Comment(0) | SJ通信過去ログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

みとめの3原則



これはビジネス書で、営業のための本なのです。

けれど、その影響範囲は仕事だけにとどまらず、人間関係全般に及びます。

「みとめる」ことで、すべてが上手くいくようになる、と言うんですね。


タイトルにもあるように、3つの原則があります。

みとめの3段階と言っても良いと思いますが、ホップ、ステップ、ジャンプとレベルアップしてくのです。


原則1:見とめる まずは受けとめるだけでいいんです。

原則2:認める いわゆる認める。受け入れることです。

原則3:皆豊める 最後はお互いに受け入れ合うことです。


普通はこう書かれても「みとめる」とは読めませんが、漢字から意味が伝わってきます。

著者の木戸さん は、こういうのが好きなようで、「がんばる」も「頑張る」じゃなくて「顔晴る」って書かれるのです。



私は木戸さんのメルマガも購読していますが、メールで質問をすると気さくに答えてくれます。

その人柄が素晴らしくて、ファンになっちゃいました。

この「みとめる」ということは、この前紹介した野口嘉則さんの「僕を支えた母の言葉」 に通じるものがあると思いませんか?

やはりそういうことなんだなって思います。


「なんだお前、こんなこともできてないじゃないか!」

上司からそう怒られたら、部下だってヤル気がなくなります。

そこを「みとめる」んですよと、木戸さんはおっしゃいます。

できなかったところを「できた」と言うんじゃありません。

できなかったとしても、「あなたは素晴らしいんだから」と「みとめる」んです。


私も会社で取締役をしているので、社員が思い通りに動かなくてイライラすることがあります。

でも、それじゃあダメなんですね。いくら怒っても、社員は動きません。

私も自身を戒めて、「みとめる」ことを実践したいと思っています。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:53 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月25日

彼女を泣かせました

私は昨年(2011年)、4年付き合った彼女と結婚しました。

付き合って3年で婚約し、それから約1年後に彼女の実家で結婚式を挙げました。


そんな彼女と付き合っていた時、私は何度か彼女を泣かせたことがあります。

その中で、私の記憶に一番残っているエピソードを書きます。


その日は、彼女の誕生日でした。

仕事が終わってから、小洒落たタイ料理のレストランへ行きました。

特に予約したわけではなく、単に私の住むコンドミニアム(日本で言うマンション)に近かったから行ったのです。


そこで彼女は何品か注文しましたが、味が気に入らないのか、あまり食べません。

スプーンでいじるだけです。まるで子どものよう。

自分が食べるからと言って注文したのにそれを食べない。

しかも退屈なのか、テーブルの下で足を伸ばし、向かいに座っている私の足を、自分の足の指でつまんだりして遊びます。

「はしたないなあ。そんなことするなよ。」

そうたしなめたいところですが、「はしたない」というタイ語がわかりません。

私は彼女にかまわず、出された料理を食べることにしました。


「食べないの?」と尋ねても、「食べない」と答えるだけの彼女。

私も少し腹が立ってきました。

「自分で注文しておいて、ふざけるなよ!」

そう言いたかったけれど、それはグッと飲み込んで黙って料理を食べました。

彼女にも、私の不機嫌な様子が伝わったのでしょう。

「私のこと、嫌いなの?」と聞いてきます。

「そんなことないよ。」と答えたものの、「好きだよ」とは言えませんでした。「そんなことを今、質問するなよ。」と言いたい気分です。


食事が終わり、精算をして店を出ると、彼女は私と微妙な距離を保ちます。

「ついて来ないなら、それでもいいか。」

そう思いながら、私は彼女の前を歩きました。

「怒りたいのはこっちの方だよ。」と、やるせない気分です。

それでも一応、彼女の動きを見守りながら、私の部屋へ行きました。


私がテレビをつけて見ていると、彼女は誰かに電話をかけ、ベランダの外へ出ました。

窓を締めて、誰かと話をしている様子です。

私はソファーに座ってテレビを見ていましたが、ふと気づくと、けっこうな時間が過ぎています。

「まだ電話をしているのかなあ。どうしたんだろう?」

そう思ってベランダの方へ近づくと、鳴き声が聞こえてきたのです。


私は慌てました。

窓を開けて、「どうしたの?」と尋ねても、彼女は座ったまま泣きじゃくっています。

私は、思いました。

「ああ、また泣かせてしまった。もっと優しくしてあげれば良かったのに。」


私は彼女の背後に腰を下ろし、後ろからそっと抱きつきました。

声を掛けたくても、なんと掛けて良いのかわかりません。

だから黙ったまま、ただ愛しく思いながら抱きついたのです。


しばらくすると彼女が、私にもたれかかってきました。

「許してもらえたのかも。」そんな気がしました。


それからしばらく、彼女は泣き続けました。

5分か10分くらいたって、やっと彼女が落ち着いてきたころ、私は彼女に言いました。

「ごめんね。今日はあなたの誕生日だったのに。」

彼女はまた、声を上げて泣き始めました。



彼女と私とで、価値観が違っているのは明らかです。

私は人前で、はしたないことをするのは嫌いです。

でも彼女は、そんなことをあまり気にしません。

私は、注文した料理を残すのも嫌いです。

でも彼女は平気です。食事代は私が払うというのに、まったく気にしていません。


そんな彼女を、私は愛そうと思いました。

私と価値観が違うから、違いすぎているからこそ、ありがたい。

お陰で私は、自分とは違う考えをする人がいることを実感できるし、それを受け入れることができるから。



そんな彼女と、付き合い始めて丸5年が過ぎました。

もうすぐ彼女の誕生日。結婚してから、最初の誕生日です。

今度は泣かせないようにしないとね。そう思っています。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:44 | Comment(0) | └ 家族のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

根気がなくても継続する方法とは

高校の時の陸上部の顧問の先生が、座右の銘としておられた言葉。

それが「継続は力なり」です。


わかっちゃいるけどやめられない。

そういうことってありますよね?

たとえば、タバコが好きな人、パチンコが好きな人など、やめようと思ってもなかなかやめられない。

1日だけやめてみることはできたとしても、それを続けることが難しいのです。


このように、何かを続けるということは、それだけで才能だと思うのです。

何かをずっと続けている人は、それだけで素晴らしい能力を持っているということ。

だからわざわざ「継続は力なり」と言わなければならないほどなのです。



私が言っている幸せ実践も、やはり続けないと意味がありません。

続けることで、新たな考え方の習慣を身につけることが目的ですから。


「それじゃあ私には無理だわ。根気がないから。」

そう言って、はなから諦めてしまう人もおられるかもしれません。

でも、心配は無用です。幸せ実践には、根気がなくても続く魔法があるからです。


それは悔しいと感じる感情です。



たとえば、上司から「こんなこともできないのか!」と怒られたとしましょう。

悔しくて、悔しくてたまりません。

忘れようとしても、なかなか忘れられず、何度も何度もそのことを考えてしまいます。


それが良いのです。


忘れてしまいたいほどなのに、何度も何度も思い出すのですよね?

つまり、自動的に繰り返させてくれているわけで、これって継続していると言えませんか?


もちろん、「あの上司にどうやって復讐してやろうか?」ということを、繰り返し考えていてはダメです。

幸せ実践を繰り返さなければ、何の意味もありません。

仮に最初は悔しさから上司への復讐を考えたとしても、そこで考えを変えるのです。

「復讐なんてできないし、仮にやっても自分は幸せにはなれない。だから...」

そう思い直すことが大切です。


そうすれば、悔しさから何度も繰り返して考えることが、自然と幸せ実践を繰り返すことになりませんか?

こうやって、考え方の習慣を改めるのです。新たな好ましい習慣を身につけるのです。

続ける努力などしなくても、自然と繰り返させてくれます。

あなたは、考え方の方向を修正するだけ。

あなたの魂が新しい考え方の習慣を身に着けたいと願っているなら、意図しなくてもそういう体験を引き寄せてくれるのです。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:47 | Comment(0) | 幸せ実践塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ツキを呼ぶ「魔法の言葉」



この本も、大ヒットしましたね。

量も少ないから、簡単に読めてしまいます。


要は、常に「魔法の言葉」を使いましょう、というものです。



【魔法の言葉】

・ありがとう

・ツイてる

・キャンセル


私も、この本には大いに感化されました。

手帳に書いて、いつもこの言葉を使うようにしたいと思いましたからね。


面白いのは、嫌なことがあったときに「ありがとう」と言うのです。

嫌なことがあって、どうして「ありがとう」なのか?と、不思議に思われるでしょう?

その答は、本を読んでみてくださいね。
タグ: 言葉 手帳
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:09 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月26日

辛い失恋もありました

私も、失恋は何度も経験しました。

その中でも、23歳のときの失恋が、もっとも辛かったですね。


新聞奨学生として2つ目の大学に通っていたころです。

恋愛に奥手な私でしたが、やはり彼女が欲しかったのです。

それで、たしかアルバイト情報誌の掲示板に交際希望の案内を載せてもらって、何人かの女性と電話で話をしました。

その中の数人と会うことができ、私にも女友達というものができたのです。


その中に、目がキラキラしたかわいい女の子がいました。

私はすぐに好きになり、デートをするようになりました。

それが6月くらいだったでしょうか。


何度目かのデートで初キッス。順調に交際を深めて行きました。

私のような奥手な人間に、こんなに順調な恋があって良いものだろうか。

夢の中のような、天にも登る気持ちでいたのです。


そのころ私は、神奈川県の川崎市に住んでいました。でも彼女は千葉県の船橋市。オートバイで首都高を飛ばしても40分はかかりました。

それでも私は、時間を見つけては会いに行ったのです。

あるときなどは、彼女と離れたくなくて、深夜まで彼女の部屋にいました。

もう帰らないと新聞配達に間に合わない。そんなギリギリまで一緒に時間を過ごし、後ろ髪を引かれる思いで彼女の部屋を後にしました。

それからは猛ダッシュで川崎の販売店に戻りましたよ。

首都高では側壁に張り付きそうになるくらいにすっ飛ばし、途中で新聞を配達するトラックを追い越しました。


そんな純情な恋も、変化が起こるものですね。

8月には、2人で泊まりがけのデート。中禅寺湖のホテルへ行き、一緒にテニスなどを楽しみました。

それが恋の絶頂期だったのだと、今になればわかります。

それから2週間もたたないころ、もう雲行きが怪しくなりました。


長くなるので、別れに至る詳細は省きます。ただ言えるのは、頂上から転落するのに、さして時間はかからないということです。

「もう、あなたとは会えない。」

9月のある日、その電話が私に恋の終わりを告げたのです。

彼女には、新しい彼氏ができていたのでした。


あんなにお互いに好きになり、愛し合ったと思っていたのに。

私の何が悪かったのだろう?どうすれば、別れずに済んだのか?ひょっとしたらまだ、よりを戻せるのではないか?

様々な考えが、私の頭をよぎります。

部屋にいると、今にも彼女からの電話のベルが鳴るのではないかと、つい期待してしまいます。

悲しくて、辛くて、息もできないほど苦しい。

気がつくと、私は息を止めていました。


それでも私にとって幸いだったのは、新聞配達の仕事があったことです。

時間になれば販売店へ行き、自転車に乗って配達しに行きます。

少なくとも配達中は、彼女のことを考えずに済みました。その時間が、私を救ってくれたのだと思います。


母親にも電話をして、辛い気持ちを話しました。もちろん友達にも。

親友は、1回は話を聞いてくれましたが、しつこく話す私に怒り出しました。

「それ以上言うな!もし言ったら絶交する!」

そう言われて、とても悲しかったです。

でも今になって思えば、愚痴を言わせないようにしてくれた彼の言葉も、私にとって救いだったのだと思います。


約1年間、心が痛かったです。

もし彼女がよりを戻したいと言ってきたら...。そんなことばかり想像していました。

そして失恋から1年後、私は自分の気持ちにけじめを付けることに決めました。

「もう後は振り返らない。」

彼女との思い出の品を処分しました。ただ1枚の写真を残して。

未練かもしれませんが、思い出は残したかったからです。


それから私は大学を卒業し、就職して埼玉県へ引っ越しました。

1年ほどで今度は東京都の大田区へ引越し。

数年後には転職して横浜市へと、数度の引越しをしたのです。


失恋から10年近くたったある日の夜、アパートの電話が鳴りました。

電話に出ると、しばらく無言。いたずら電話かと思った時、ため息とともに懐かしい声が聞こえてきました。

「わたし。○○です。」


私はまだずっと神奈川県に住んでいるに違いないと思った彼女は、104(NTTの番号案内)で探して見つけたのだそうです。

こんな奇跡もあるのですね。

もし私が埼玉県に住んでいたら、東京都に住んでいたら、彼女は私を見つけられなかったでしょう。


ただ、もう甘い関係に戻ることはありません。

彼女はその後、他の男性と結婚して子どもができたのですが、離婚したのだそうです。

お互いに、10年という長い時間を過ごしてきたのです。


私の心の中で微かに残っていた失恋のしこりは、その時に完全に消えたのかもしれません。

そしてその大失恋のお陰で、私は大きく成長できたと思っています。


どんな辛いことでも、時間は辛さを薄めてくれる。

身体を動かし、頭に他のことを詰め込むことで、つらい時間を過ごさなくて済む。

そういう貴重な知恵を、その失恋から学んだのです。


今でも私は彼女に、心から感謝しています。

「あなたとのあんなに辛い別れがあったから、私は強くなれた。ありがとう。」

彼女の電話から数年後、最後まで残していた彼女の写真を、私は処分したのです。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:09 | Comment(0) | ├ 私の生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちょうど良いと言ってみる

何か予期しない出来事があったとき、あなたはどんな言葉を言っていますか?

「ちぇっ、ツイてないなあ。」

思い通りにならないことで、それを不運だと嘆く言葉。使う人が多いと思います。

でも、こういう言葉を使っている限り、運が良くはなりません。


このことは、「引き寄せの法則」とか「潜在意識の利用」など、多くの人が言っています。

「ツキを呼ぶ魔法の言葉」の五日市さんもそうですし、斎藤一人さんもそう言われてますね。


とは言っても、それをなかなか変えられないという悩みもあると思います。

わかっちゃいるけどやめられない。

無意識に言ってしまうのですから、気がついたときはもう遅いという理由です。


こんなとき、どうしたら良いと思いますか?



五日市さんは、「キャンセル」と言えば、前言を撤回できると言います。

「ちぇっ、ツイてないな。あっ、いけない。今のはキャンセル。ツイてる、ツイてる。」

という感じで言葉にするのです。


他には、「と、よく言ってたものだが、それは違うよな。」みたいに言う方法もありますね。

「ちぇっ、ツイてないな。と、よく言ってたものだが、それは違うよな。本当はツイているんだよ。」

というように言い足します。



私は、どんな方法でも良いと思っています。ともかく、言ってしまった事実は取り消せないのですから。

だからその都度、考え方を改めるようにすれば良いと思います。

「ちぇっ、ツイてないな。...あ、また言っちゃった。オレってダメだなあ。」

と言ったあとでもかまいません。

「そうそう、その都度、考え方を変えるんだったな。ツイてないと決めつけずに、その出来事を良いことと考えてみよう。」


そう思った時に使える魔法の言葉があります。それがこの言葉です。


「それはちょうど良い。」



予期せぬ出来事が起きた時、とりあえずこう言ってみるのです。

何がちょうど良いのか、考えてから言うのではありません。

まずそう言うのです。

そうすると人間の脳は、フルスピードでその答を探しに行きます。

だからあとは安心して、脳に任せておけば良いのです。


たとえば、彼女とデートの待ち合わせをしていたとき、急に来れなくなったとメールが入ったとしましょう。

そういうこき、この魔法の言葉を言ってみるのです。

「それはちょうど良い。」

するとあなたの脳は、その答を見つけてくるでしょう。


「雨が降りそうだったんだよな。降りだす前に帰れそうだ。」

「この近くに行ってみたいと思っていた店があったんだ。彼女と一緒じゃ行けないところだから、そこへ行ってみようか。」

「時間ができたから、本でも読もうか。読めずに置いていた本があったから。」


どんな答が出てくるか、それはわかりません。人それぞれですからね。

でも、どんな出来事にも「それはちょうど良い。」と言える一面があるのです。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:46 | Comment(0) | 実践内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月27日

母が教えてくれた言葉

私の母が教えてくれた言葉として、よく覚えているものがあります。

それは、尼子(あまこ)氏の武将としてその名を轟かせた山中鹿之助の言葉です。

「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ。」

そう三日月に祈ったと言うのです。


戦国時代、毛利軍に攻められていた尼子氏の家臣だそうです。

「山陰の麒麟児」という異名もあるほど、武勇で知られた戦国武将。

しかし多勢に無勢で、月山富田城はついに陥落。

戦国大名の尼子氏は、滅んだのでした。


しかし鹿之助は諦めません。

主家、尼子氏の再興のために奔走します。


最終的に鹿之助は捉えられ、岡山県高梁市で撲殺されたそうです。

尼子氏の再興はなりませんでした。



それでもその名が後世に残ったのは、忠臣として頼山陽(らい・さんよう)が称えるなどしたからでしょう。

また、戦前の教育で利用されたということもあったでしょうね。


母はただ、私に粘り強く頑張る力を身に着けてほしくて、その話を聞かせたのだと思います。

自ら苦難を求め、その苦難に耐えることによって、さらに胆力を鍛えようとした山中鹿之助

中国の故事にも臥薪嘗胆(がしんしょうたん)というのがありますが、少し似ていますね。

目的が主家の再興という忠義から来るものか、蹂躙された汚名を晴らすためかという違いはありますけど。


その話を聞いたのは、おそらく私が小学校の高学年のころ。

それ以来、月を見ると山中鹿之助という島根の英雄を思い浮かべるのです。

そんなに強くはなれないけれど、少しでも近づければ良いなと思って。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:07 | Comment(0) | └ 家族のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月28日

新聞奨学生の実態

「新聞奨学生ってどうよ?」という質問がけっこうあるので、そのことを書いてみたいと思います。

と言っても、私の経験はもう30年も前のことですけどね。

おそらく、それほど実態は変わっていないと思います。



まず重要なことは、販売店によって待遇が全く異なるということです。

私は読売新聞奨学生だったのですが、朝日でも日経でも毎日でも産経でも、だいたい似たようなものです。

それぞれの新聞社ごとに条件を提示して募集しますので、その条件についてはほぼ一律です。

ただ中には、その条件すら守らない販売店もあり、奨学生とトラブルになることもあるようです。


違いが出るのは、手取りです。給料から何が差し引かれるのか、それが明確になっていません。

販売店で提供する食事代をいくらにするのかなど、細かいことは販売店任せなのです。

朝夕食を販売店で作って用意してくれるところもあれば、お金だけ渡されて、自分で買って食べるように言われるところもあります。

配達はだいたい2時間半以内(慣れればですけど)ですが、拡張(営業)にどれだけ作業が要るかというのも、販売店次第です。

またチラシが多い店だと、次の日の分のチラシ折りという作業だって、30分〜1時間くらいかかることもあります。

配達に自転車を使うのか、オートバイなのかの違いもあるでしょう。


そういった様々な差異があることを、当然と心得ていないと、不満を感じてしまうかもしれませんね。

配達は、新聞が販売店に届けられてからですから、それも地域によって異なります。

東京近辺だと、遠いところほど配達が始まる時間が早くなります。

通勤前に配達しなければなりませんからね。


当時の読売新聞は13版までありましたが、私の入ったところは、比較的に後の方の版でした。都心部に近かったからです。

それでも新聞は販売店に、朝3時半くらいには届けられました。

受け取ってから、前日に折ったチラシを組み入れます。それぞれの配達区域ごとに、担当者が行うのです。

チラシが分厚いので、自転車にすべて積み込むのは無理です。半分くらいを積みますが、それでも相当に重くなり、自転車がふらつくほどです。

これに慣れるには数日が必要ですが、それでもバランスを崩してひっくり返すということが、何度かありました。


雨の日も雪の日も配達はあります。そういうときは積む量を少なくして、店まで3往復するように変えることもあります。それだけ、時間はかかってしまいますけどね。

雨は濡れるだけですから、その気持ち悪さを耐えればなんとかなります。

でも雪が積もると大変でした。自転車に乗るとバランスを崩すので、押しながら配達することが増えるし、走りにくいので時間がかかります。

普段なら2時間ちょっとの配達も、雪の日は3時間を超えてしまうほどです。

通常はだいたい、6時半までには朝刊の配達が終わります。それまでに帰ってこないと、お客様から「まだ届かない」という苦情の電話が入ってきます。


電話で思い出しましたが、私がいた販売店では、電話にすぐ出るように指導されました。

「3度鳴らすな電話のベル」ということで、2回鳴り終わるまでに出るようにと。

それ以上鳴らした場合は、「お待たせしました」と言って出るのです。

社会人にとって基本的な電話の対応を教えてもらったことは、とても役立ちました。


夕刊は、だいたい4時くらいまでに販売店に届きます。

夕刊は厚さも薄く、折込チラシもないので、自転車にすべて積めるので配達が楽です。

それに、朝夕刊のセットではなく、朝刊のみで契約される方もおられるので、配達先も少なくなります。

だいたい1時間半以内には配達を終えたでしょうか。


店に戻ってからは夕食をして、次の日のチラシ折りをします。

月の半ばくらいから集金業務が始まり、月末までに90%以上集金することが目標になっていました。

90%くらいまでくると、なかなか会えないお客さんが残ります。

こうなると、普通の時間に行っても無理ですから、遅い時間に行ったり、場合によっては朝行くこともあります。

もちろんイレギュラーな時間に訪問するときは、事前に了解を得るようにします。初めてのお客さんだと、メモを入れておくなどします。

最終的には100%回収が目標です。商売をやっていれば当然のことですけどね。


そういう仕事の詳細は、初めての経験ですから、とても勉強になりました。

また、配達区域はときどき変わります。誰かが急に配達できなくなっても、代われるようにするためです。いわゆる危機管理ですね。

なので、引き継ぎという仕事も重要です。

あらゆる情報を引き継いで、人が変わっても支障なく仕事が継続されるようにすること。

こういうのも、ビジネスの基本ですよね。

配達経路は当然のこと、どこに自転車を停めないとクレームがあるとか、この階段は静かに上がらないとダメだとか、ありとあらゆることを引き継ぎます。


その販売店の読売新聞の配達率は40%くらいあったので、その地域のことで知らないことはないというくらい、販売店には情報が集まっていました。

あるときは同じ新聞奨学生の人がバイクを盗まれたのですが、警察よりも先に発見しました。

販売店が持っている地域情報は、すごいものがあると思いましたよ。

特に転居情報はピカイチですね。転入者があると、その日のうちに駆けつけて、「新聞はいかがですか?」と営業するわけです。

引越し中を狙って、手伝いをして契約をもらうという営業方法もありました。


本気になってやれば、地域営業のあらゆることが学べる環境があります。

ただ言われて働かされているとしか考えない人にとっては、辛いだけの仕事かもしれません。

中には配達途中で新聞を放り出して、田舎に逃げ帰るという人もいますからね。

でも、働きながら学べる環境が提供されているということは、とてもありがたいことだと思うのです。

私は、新聞奨学生として働きながら学べたことを、人生の宝だと思っています。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:53 | Comment(0) | ├ 私の生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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