2012年05月16日

「ありがとう」と言葉にする

私が20代の頃、三笠書房の「知的生き方文庫」をよく読みました。

三笠書房の本は、生き方を考える上で良い本が多かったのですが、さすがに単行本は良い値段がします。

そんな良書も単行本となると、半額以下で買えるからお買い得です。


私は、本はなるべく書店で新品の物を買うようにしていました。

それは、わずか1,000円そこそこで、とても有益な知識が得られるからです。

それをけちって図書館で借りたり、古本屋で買うなどというのは、著者や出版社に対して申し訳ないと思ったからです。


もちろん、古本屋で古い本を探すこともあるし、図書館を利用することもたまにはありました。

あくまでも原則として、そういう意識を持っていたということです。


そんな私でも、文庫本と単行本があれば、8割ぐらいは文庫本を選びます。

見てくれよりも、実利をとったのです。

実利というのは値段だけではなく、持ち運びやすさとか、電車内での読みやすさですよ。


それはさておき、その知的生き方文庫は、安くて良い内容の本が多かったので、好んで買っていました。

その中に、本のタイトルや作者は忘れたのですが、こんな内容の本がありました。


それは、「ありがとう」と言葉に出して言うことを勧める本です。

感謝の意味で「すみません」という人が多いけれど、それでは感謝の気持が伝わらないからと。


そして、その実践のエピソードが書かれていたのですが、2つほど印象に残っていることがあります。

1つは、エレベーターガールに対して、「ありがとう」を言うことです。

著者も照れてなかなか言えないと書いていたのですが、これは本当ですね。

私もウエイトレスなどには言えたのですが、エレベーターガールには言いづらかったです。


もう1つは、道路工事をしていた肉体労働者の人を見ていた著者が、気がついたら深々とお辞儀をしていたというエピソードです。

単に見過ごしてしまう光景。むしろ肉体労働者をバカにして、蔑む人もいる中で、汗をかきながら人々のために黙々と働いている姿に、著者は感動したと言うのです。

このエピソードは、私の心を打ちました。



それから私も、意識して「ありがとう」と言葉にするようになりました。

先ほどのようにウエイトレスや売り子にも、客の私が「ありがとう」と言うのです。

そしてエレベーターガールにも、勇気を振り絞って「ありがとう」と言いました。


「ありがとう」と感謝の気持を示せば、相手が喜んでくれる。

そう思うと、「ありがとう」と言うことが、だんだんと楽しくなってきます。



新聞奨学生として大学に通っていたころ、販売店で優秀従業員賞に選ばれ、特典としてグァム旅行をさせてもらいました。

そのとき、当時はスチュワーデスと呼んでいましたが、エアアテンダントの女性の笑顔や対応が素晴らしく、非常に感動しました。

飛行機から降りるときに「ありがとう」とは言いましたが、それだけではもの足りません。

私はその感動を伝えたくて、JALに手紙を送ったのです。彼女の対応の素晴らしさ、そしてどれだけ私が喜んだかを手紙に書きました。

その内容が本人に伝わったかどうか知りませんが、JALからはお礼の手紙をいただきました。


「ありがとう」と言う習慣を身につけると、それだけで楽しくなります。

あなたも勇気を出して、今から始めませんか?


タグ:感謝 言葉
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:41 | Comment(0) | 実践内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月17日

万引きをしてしまいました

私は、けして立派な人間ではありません。

すぐにくじけてしまうほど弱くて、臆病な人間です。

それを他人に知られまいとして、虚勢を張って生きてきたのです。


そんな私ですが、必ずしも品行方正ではありませんでした。

いや、無理に過去形で言うのはやめましょう。今も、品行方正ではありません。

叩けばホコリが山ほど出てきます。

なので、絶対に政治家にはなれません。スキャンダルだらけで、すぐに潰されてしまうでしょうから。


そんな私の真実の面を、開示していきたいと思います。

なぜなら、そうでないと私の言うことが上っ面だけの言葉に聞こえるでしょうから。



あれは、小学校4年生のころだったと思います。

夏になると、男の子は川で鮎釣りを楽しんだものです。

川で鮎を釣るには鑑札が要るのですが、小学生までは不要でした。


その頃の子ども釣り方は、金色のおもりに天秤を付け、そこから毛鉤を垂らした仕掛けを軽く上下させながら鮎を誘うもの。

縄張りを持って石についた苔を食べるような大きな鮎は連れませんが、淵で集団で泳ぐ小型から中型の鮎が釣れます。

こういう小さな鮎は、まとめて唐揚げにしてもらって食べたものです。

毛鉤にはたくさんの種類があり、その違いによって釣果が変わることもあります。

子どもたちにとって、毛鉤をたくさん持っているということは、ステータスだったのです。


ある日、毛鉤を買いにお店に行くと、他に客が誰もおらず、店の主人は奥の方に居ました。

急に魔が差したと定番の言葉で説明したくなるほど、私は万引きしたくなったのです。

買うだけのお金は持っています。

毛鉤は1つ、100円から200円ほどのものが主流です。

当時は月に600円くらいの小遣いでしたから、1つや2つは、買えなくもなかったのです。


でも、ここで100円、200円と使ってしまうと、他のものが買えなくなります。

買えないから万引きしたかったのではなく、手元にあるお金が減るのが惜しかったから、万引きしたくなったのです。

心臓が飛び出しそうなほどドキドキしながら、私は毛鉤を2つほど盗みました。



このことは、誰にも話さなかったし、誰にもバレませんでした。

でも、確実に私は知っていたし、ずっと忘れずにいたのです。


「なんであんなことをしたのだろう。」と、何度も後悔しました。

しかし、やってしまったという事実は取り消せません。

店の人にお詫びしたくても、今はもう、その店もありません。


私は弱い人間です。

一時の執着心から、罪を犯しました。

そういう人間だということを、私自身は忘れることができないし、それを背負って生きて行かなければなりません。


法律だけの問題なら、すでに時効です。

隣の家のカキを盗むのと同じくらい、子どもの出来心という他愛もない事件かもしれません。

でも、犯罪を犯したという点では、間違いなく罪なのです。



だから私は、聖人君子のように偉そうなことは言えません。

ぶつかりながら、傷つきながら、相手を傷つけながら、ボロボロになって生きてきたのですから。

それでも自分自身を見捨てず、ちぎれてボロボロになった自分のかけらを拾い集め、パッチワークのように繋ぎ直しているのです。

純粋無垢な美しさは、まったくありません。


それでも、そういう弱さがあるからこそ、他人の弱さに共感できます。

それは私にとって、一筋の救いです。

タグ:非行 万引き
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:52 | Comment(2) | ├ 私の生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スリッパを揃える

教育に従事する者なら、「森信三」という名前に聞き覚えがあると思います。

いやむしろ、深く師事しておられる方も多いかと。

日本の教育界に多大な影響を与えた方。それが森信三氏です。


彼は、「しつけの三原則」というのを提唱しています。

1.朝の挨拶をする。

2.「ハイ」とはっきり返事をする。

3.席を立ったらイスを入れ、履物を脱いだら揃える。

躾はこの3つが基本で、この3つができる子は良い子に育つと言うのです。


私が子どもの頃、親からは「あいさつ」「返事」「履物を揃える」ということを、常に注意されました。

私の親は、どこかで森信三さんの教えを聞いたのかもしれませんね。



その習慣が身についていたからか、私は履物が乱れていると、なぜか気持ち悪いのです。

学校のトイレでも、私が行くと、たいていスリッパがあっちこっちに散らかっています。

なので、私はそれらを揃えることも多かったのです。

別に、誰かから褒められたくてやったわけではありません。

ただ自分が気持ち悪いから。そして、きれいに揃えてあったら、次に来た人が履きやすいだろうからと。


ある日の朝礼で、全校生徒の前で1人の女性の先生が話をされました。

その中で、私の行為を褒めてくださったのです。

誰に指示されたわけでもないのに、トイレのスリッパを黙々と揃えていたと。

嬉しかったなあ。まさか見られていたとは思ってもいなかったので。しかも、みんなの前で褒められたことが、ちょっと照れくさかったけど嬉しかった。


誰かから褒められることが目的ではなく、ただ自分がそうしたいから、他の人が喜ぶだろうからと思ってやっていた行為。

それがいつの間にか誰かに見られていて、賞賛される結果になった。

この体験は、私の生き方を考える上で、大きな影響を与えてくれたと思っています。



「陰徳を積む」という言葉があります。

誰にも知られずに、密かに徳を積むこと。

そういえば聖書にも、似たような言葉がありますね。

「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。」


誰にも知らせずに、他の人のためになることをしてみませんか?

なぜそれをするのか?

それは自分が報われるためではなく、そうすることが自分らしいことだと気づくためです。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:46 | Comment(0) | 実践内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

他人を思いやる

「思いやり」という言葉は、大好きな言葉でした。

「重い槍」ではありませんよ。


そういえばTVアニメの「巨人の星」の主題歌に、「思いーこんだーら、試練の道をー行くがー男のーど根性るんるん」というのがありましたね。

その歌詞が流れる時、主人公の星飛雄馬が、必死になってローラーを引いている場面が映し出されます。

だからあのローラーは、「こんだら」という名前なのだと思ったと、私の友達が言っていました。

だって「重いこんだら」って歌っているからって。

ごめんなさい、ただ言ってみたかっただけです。


まあそんな話はさておき、「思いやり」というのは、本当に大切なことだと思います。

でもそんな思いやりが、余計なお節介になることもあります。

「小さな親切、大きなお世話」なんて、標語のパロディーもありましたね。

つまり、自分の価値観で相手もこうなのだろうと決めつけ、それに基づいて相手のために何かをしようとしても、場合によっては迷惑になることもあるということです。

「じゃあ、どうしたらいいの?」ってことですよね?


アメリカ・インディアンの教えを知っていますか?

「その人のモカシンを履いて1マイル歩くまでは、その人のことを批判してはならない。」

モカシンというのは、獣の皮を袋状にして作った靴のこと。

つまり、その人の靴を履いて1マイル歩かないと、その人の事情というのはわからないのだから、安易に批判するなっていう教えです。


実際にその人の靴を履いて歩けという教えではなく、事情は人それぞれだから批判するなという教えですからね。

そのへんのところ、勘違いされませんように。

つまり、「思いやる」というのは、相手の事情を「理解する」ということではなく、相手には相手の事情があるのだということを「思いやる=想像する」ということだと思うのです。


日本では、「盗人にも五分の理」という言葉がありますよね。

つまり盗みを働くような悪い人であっても、そうせざるを得ない事情があるのだということ。

だから盗みをしても良いとは言わないけれど、半分くらいは「そりゃしょうがないよ」と言える事情があるのだと。



思いやりというのは、もし自分が相手と同じ環境にいたら、同じことをしたかもしれないなあと想像すること。

だとしたら、批判なんてできるはずないですよね。

「批判するな」という命令ではなく、本当に思いやりを持てば、「批判などできなくなるはず」という意味です。


何かにつけ相手を責めたくなった時、アメリカ・インディアンの教えを思い出しては、相手を思いやることを自分に課したいと思うのです。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:13 | Comment(0) | 実践内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月18日

痴漢をしてしまいました

私の真実の面を開示することに決めた 以上、この話題を避けるわけにはいきません。

恥ずかしながら、痴漢行為をしてしまいました。

これ以上ないスキャンダルでしょう。

だから政治家にはなれないし、芸能人とかも無理です。ましてや教師などの聖職者には、なれるはずもありません。



たしか小学校5年か6年の頃だったと思います。

私の田舎では秋祭りとして、夜、お宮で神楽をやります。

そこに行った時の話です。


どういういきさつがあったか忘れましたが、神楽を見に来ていた中学生のお姉さんたちと仲良くなり、抱っこしてもらうような形で一緒に毛布にくるまったのです。

そのとき私は、毛布に潜って、そのお姉さんの胸を触ろうとしました。

抵抗されましたよ。それでも諦めずに、執拗に触ろうとしたのです。


子どもが母親のおっぱいを求めるような無邪気なことと思われるかもしれませんが、そうではありません。

あれは明らかに、男性としての性欲から自分自身を制御できなくなったのです。

いや、性欲と言うより、情欲と呼んだほうが正しいかもしれません。

今にして思えば、性的な欲求を満たそうとする気持ちの中に、愛されたいという思いが深いところにあったことがわかりますから。


いつの間にかやってきていた家族に見つかってしまい、気恥ずかしさを感じながら、その試みは終わりました。

でも、もしあそこで止めてくれなかったら、どこまでエスカレートしたかわかりません。

神聖なお宮で、いったい何をやっているのでしょうね。

思い出すたびに恥ずかしくなります。


それでも、やってしまった過去を変えることはできません。

そういうことをした人間だというのが、私の真実なのです。



私は、自分で言うのも何ですが、とても性欲が強い人間です。

人一倍、エッチでスケベだと思います。煩悩にまみれています。

ただその本心を、滅多に見せないように生きていただけです。


女性をレイプすることを想像したことは、それこそ数え切れないほどあります。

自分でも、危ない人間だと思います。

もちろん、そんなことは想像だけで、実行に移すことはありませんでした。

しかし、もしその環境が整い、何かストレスが溜まって「どうにでもなれ!」というような気持ちになったら、やっていたかもしれません。

本当に、とんでもないヤツだと思います。


自慰を知ったのは、小学校に上がる前のこと。

保育園に行っていましたが、たぶん4歳か5歳だと思います。

外に面した廊下に天井を支える鉄柱があり、それにつかまって天井までよじ登るという遊びがありました。

それをしていたとき、下腹部になんとも言えない気持ちよさを感じたのです。

当時は、それが何を意味するか知りませんでした。まあ、当たり前ですけど。

ただ気持ちがいい。それだけはわかりました。それで、私は好んで、その遊びをするようになったのです。

おませにも程があるってものですよね。

そんな幼い頃からオナニーをやっていたのですから、性欲が強いのは間違いないでしょう。


東京で満員電車に乗るときは、本当に危なかったです。

意図的に触るなんてことはしませんでしたが、触れてしまうことはたまにありました。

手を動かして触ってみたいという衝動に駆られたこともありました。

一歩間違えば、それこそチカンの現行犯で逮捕されたかも。

そんなスレスレのところで生きていたのだと思います。


いつ犯罪者になってもおかしくない。

それが良いことだとは言いませんが、過ちを犯す人の気持ちはわかります。

私もそういう人たちとさほど変わらないくらい、弱い人間だったのです。



かつてイエスは、こう言ったそうです。

「だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。」

姦淫というのは、不義なる性交のこと。モーセの十戒の第7戎に定められています。

そういう意味では、私は何度姦淫の罪を犯したことか。

そう思いながらも、自分自身を制御できずに生きてきたのです。

それが、私という人間なのです。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:18 | Comment(2) | ├ 私の生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ツキを呼ぶ「トイレ掃除」



これはある意味で、衝撃的な本でした。

トイレを掃除するだけでツイてくるだけでなく、宝くじに当たったとか、赤ちゃんができただなんて。


話題になっていたので、私も買いましたよ。

読みやすいだけでなく、薄い本だったので、あっという間に読んでしまいました。

そして、すぐに実践しましたよ。トイレ掃除。


と言っても、一人暮らしの水洗トイレですから、大したことではありませんでした。

それで私が何かツイている出来事があったかですって?

正直に言うと、何もなかったのです。

いえ、特別にツイていることが起こったと、思っていなかったのです。


今になって考えれば、また別のことを言うでしょう。

何も変わらなかったということが、そもそもツイているのだと。


タイで暮らせるようになったということも、それだけでツイています。

収入だって、日本にいる時より増えましたから、十分にツイています。

増えた収入で、親にいろいろなものを買ってあげられるようになったし、前からやっていた子どもたちの就学支援を増やすこともできました。

そんなことをさせていただけるなんて、ツイてますよ。

さらに昨年は、50年生きてきて、初めて結婚できたのですからね。これって、奇跡に近いじゃありませんか。



実は今は、トイレ掃除をやってません。

トイレ掃除は妻の役割りなので、あまり手出ししないようにしているのです。

でも、ツキとは何かということがわかっているので、何の心配もしていません。

ツキというものが何かを知るために、実践を促してくれた本だとも言えますね。



それと、今になって気がついたのですが、この本を書かれたのは、あの小林正観さんだったのですね。

読んだ当時、まったく気が付きませんでした。

小林正観さんの存在すら、そのときは意識していなかったからです。

あとになって、「もうひとつの幸せ論」などを読ませていただき、すごい方なのだなあと思いました。

たしか昨年、亡くなられたのでしたね。

トイレ掃除の本は、すでに誰かにあげてしまってないのですが、「もうひとつの幸せ論」は手元に残してあります。

またいつか、読み直したいと思っているのです。

 

こちらの本も、良い本でした。
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:35 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月19日

妹をいじめました

妹は、私とは3つ違い。

生まれたときは可愛くて、2歳くらいの頃は私と姉とで挟んで、川の字になって寝たものです。


そんなかわいかった妹を、私はいじめました。

「お前はお父さんとお母さんの子じゃない。橋の下で拾われてきたんだ。」

そう言って、いじめました。


小学校に通うときは親の命令で、妹と手をつないで登校しなければなりませんでした。

しかし私は、妹と手をつなぐことが嫌で嫌でたまりません。

見送る親の姿が見えなくなると、私は妹の手を離し、「勝手に行け」と突き放したのです。

なんというひどい兄ではありませんか。

私は、そういうことをしたのです。


妹と2人きりで、同じ部屋の空気を吸うのも嫌でした。

他に母親とか姉がいてくれるなら良いのですが、その人がトイレなどに行って妹と2人きりになると、急に落ち着かなくなるのです。

たまりかねて、私も部屋を出ることもありました。

でもそうすると今度は、悔しくてたまらないのです。

「なんでオレが出て行かなければいけないんだ!?」

その悔しさは、さらに妹への恨みになって、憎しみの強さを増すことになったのです。



私がどうしてそんなに妹を嫌ったのか、それには理由があります。

両親が共働きの我が家では、母親はとても大きな負担を負っていました。

保母の仕事、食事の支度、後片付け。それだけで1日が終わってしまうほどです。

仕事から帰ってきた母親に、私は学校のこととか話したかった。甘えたかったのです。

でも母親は、「ちょっと待って。後でね。」と言って、すぐに食事の支度に取り掛かります。

食事中は、「話をするな」というのが父親の方針。さっさと食事を終えて、母に甘えようとすると、また拒否されます。今度は後片付けがあるからです。

後片付けが終わっても、今度はTVを見ていて、「少し休ませてよ」と言われる始末。でも私は、母が大変なのだということをわかっていました。だから我慢したのです。


姉と私は、母親に甘えたくても甘えてはいけないのだと、自らを律してきたのです。

ところが妹は違いました。天真爛漫に甘え、また母親もそれを受け入れました。

おそらく、私たちのときと事情が違っていて、少し楽になっていたのだと思います。

でも、子どもの私には、そんな事情はわかりません。


私たちは、いや私は、ずっと我慢してきた。それなのに妹は...。

この強烈な思いが、妹への恨みとなって現れたのです。



ここで、頭の良い方なら気が付かれるかもしれません。

ちょっとおかしい。だって、ひいきしたのは母親だから、恨みは母親に向かうのでは?

理屈はそうですが、感情はそうはならないのです。

母親の愛情は、欲しくて欲しくてたまらないのです。でも、それが得られない。

その原因を、妹がいるからだと考えてしまうからなのです。もし妹がいなくなれば、自分への愛情が増えるはず。

人というのは、そういう風に考えてしまうようです。


心理学的にはこれを、カイン・コンプレックスと呼びます。

もちろん、後で知ったことです。


たしか「スケボーに乗った天使」というタイトルだったと思いますが、映画がありました。

その映画を見て、私は妹に対してどんな仕打ちをしてきたのかを思い知らされ、自らを深く反省したのです。

そして、そうせざるを得なかった自分の気持も、はっきりと理解したのです。

長くなりますが、そのあらすじを書きましょう。


主人公のケニーは、下半身がない状態ながら、スケボーに乗って元気に遊びます。

その姿をドキュメンタリーにしようとしてTV局のクルーが来るのですが、実はそれまで家族関係に微妙な亀裂があったのです。

TVに出るということで、家族が集まり、仲の良い家族を演じます。

しかし、撮影が終わると、またバラバラに。姉もまた、1人暮らしのアパートに戻っていくのです。

ケニーは、お姉さんが大好きでした。「お姉さんも、一緒に暮らしたらいいのに。」でも姉は、ケニーの言うことを聞いてくれません。

姉が出ていった後、ケニーはスケボーに乗り、姉の後を追いかけます。たった1人の大冒険です。

そして、やっと姉のアパートに着き、姉に会いに行きました。

「きっとお姉さんも喜んで迎え入れてくれるに違いない。」ケニーはそう考えたのですが、残念ながら彼の願望は、虚しく打ち砕かれることになりました。

姉は、ケニーに冷たく言います。「私は、あなたが嫌いなの。だからあなたとは一緒に暮らしたくない。」

ケニーは驚いて言います。「どうして?ぼくはお姉さんのことが好きなのに。」

姉はついに、怒りをぶつけるようにケニーに言いました。


「私がまだ子どもの頃、あなたが生まれた。初めての弟で、私も嬉しかった。でも、あなたはそんな身体だったのよ。」

「だから、お母さんもお父さんも、あなたのことが心配で、何かと言えばあなたのことばかり。私が何か話そうとしても、いつも後でと言われたのよ。」

「あの家に私の居場所なんてないの。それを奪ったのは、あなたなのよ。私だって、本当はお父さんやお母さんから愛されたかったんだから。あなたには、わからないでしょう。」

「あなたさえいなければ、あなたさえいなければ、私は両親から愛されて、幸せになれたのよ。だから、あなたなんか大嫌い。出て行って!」

姉に拒絶され、打ちひしがれたケニーは、とぼとぼとアパートを後にします。

しかし、しばらくしてお姉さんは、自分がしてしまった過ちに気が付きます。

「ケニーが意気消沈して、自殺でもしたらどうしよう。あー、私はなんてことをしてしまったのだろう。」

お姉さんは、必死になってケニーを探します。「お願い。どうか死なないで。そんなつもりじゃなかったの。大嫌いだなんてウソ。私は本当は、あなたのことが大好きなのよ。」

そして、やっとケニーを見つけ、お姉さんはケニーをしっかりと抱きしめたのでした。



この映画を見た時、私は涙が止まりませんでした。

今、こうしてそのあらすじを書こうとしただけで、もう涙が溢れてきます。



親の、特に母親の愛を奪い合い、兄弟で仲違いすること。その心理を、カイン・コンプレックスと呼びます。

聖書にある、カインとアベルの物語が、その名前の元になっています。

同じように供え物を捧げたのに、神は弟アベルのものだけを受け取り、兄カインのものを受け取らなかった。

カインはアベルを恨み、野に誘い出して弟を殺害した。人類史上、最初の殺人事件とも言われます。

神から愛されたかっただけ。愛されたいという願いがかなわなかったとき、他にその愛を受けた者がいると、その者に恨みの矛先が向かう。




その物語は、今もなお世界中で繰り返されています。

兄弟げんかによる殺人事件も、後を絶ちません。

また、浮気をしたご主人を恨むのではなく、その相手の女性をひどく恨むのも、このカイン・コンプレックスなのです。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 15:44 | Comment(2) | ├ 私の生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

実践してこそ実感できる

「幸せ実践塾」という名前にしたのには意味があります。

それは、単に知識を得るだけでは、幸せにはなれないと感じているからです。

幸せになるためには、得た知識に基づいて実践することが重要なのです。

それが、私の得た結論なのです。



私はおそらく、平均以上の読書家だと思います。

小学校の頃は、朝、学校へ行くとすぐに図書室へ行き、前日借りた本を返して、新たな本を借りました。

その本を、早ければその日のうちに読み、放課後に図書室へ行って返し、また新たな本を借りるのです。

このくらいのペースで読んだので、多ければ1日に2冊読めます。

年間で100冊どころか、1学期だけで100冊以上読みました。

ほとんどはフィクションで、サイエンス・フィクションや推理小説が好きでした。

もちろんムラもあって、読まないときはずっと読まないので、年間だと100〜200冊くらいは読んだでしょうか。


中学、高校とあまり読まなかったのですが、2つ目の大学の頃から、また読むようになりました。

その頃は、生き方をテーマにした本が多かったです。

「あんたはそういう本ばかり読んで小説を読まんから、頭が固くなるんだ。」

そう母親から注意されたこともありましたが、こればかりは変えませんでした。

小説も、時には読みましたよ。曽野綾子さんだったり、他には歴史小説をたくさん。



そんな私ですから、知識は人一倍あったと思います。

それではすぐに幸せになれたかというと、そうはいきません。

読んで感動するし、「あー、これだ!」と納得もするのですが、なかなか変われません。


そんなことをずっと続けてきて、やっと幸せになる方法が実感できたのは、実に40代も後半に入ってからでした。

まあそれでも、そんなことを実感できたのは、素晴らしいことだと思っています。

おそらく世の中には、そんな方法があることも知らず、不遇のうちに人生を終えたり、自暴自棄になって自ら命を絶つ人も多いでしょうから。


私は他でも書いているように、けして立派なことが言えるような人間ではありません。

ただ自分が生きてきて感じたことや、やって上手くいったことを、そうだと言えるだけです。

そして幸せになる理論があり、それが私だけに適用されるものではなく、おそらくすべての人にも活用できるだろうということを、得意の理屈で考えた結果、わかったのです。


もし、興味を持たれたなら、どうぞこのブログを読んでみてください。

私がわかっていることは、出し惜しみなどせず、すべてここに書くつもりですから。

そして、実践してほしいのです。そうすればあなたも、「なるほどね」と納得されるでしょうから。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:33 | Comment(0) | 幸せ実践塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月20日

歌に救われたこともあります

広島大学に入って、悩み始めた頃の話です。

半ば引きこもり状態でしたね。

限られた人としか接触したくない。

だから昼過ぎまで寝ていました。


夕方から起きだして、食事をしたり。

飽きて出かけることもありましたが、いつも必ず1人です。



渡辺真知子さんの歌が大好きでした。

そのころも、よく聴いたものです。


「迷い道」は、聴いてすぐに気に入り、それでファンになったのです。

まあファンになったのは中学3年生くらいでしたから、まだそんなに迷ってませんでしたが。



売り出されるアルバムは、10枚目くらいまではすべて買いましたよ。ファンクラブにも入りましたし。

「かもめが翔んだ日」「ブルー」くらいまでは良かったのですが、そのあとがダメですね。

「唇よ、熱く君を語れ」は、CMに使われたからヒットしたけど。

やはりメジャーになって、心の歌を歌わなくなったのではないでしょうか?

私が偉そうに言うことでもありませんが、1人のファンとして、そんな気がしていました。


でも彼女のアルバムには、良い曲がたくさん入っています。

シングルカットされてないけど、気に入っている曲が多いのです。

それは彼女が、どうにもならないつらさだとか、悲しさに寄り添った歌を作っていたからだと思います。


「片っぽ耳飾り」なんて、名曲ですよ。

彼とひとつずつ分けてつけたイヤリングかピアスなのでしょうね。

私が愛したのと同じくらい、もし彼が愛してくれたら、愛は続いていただろうに。

そう思うと悔しくもあり、また切なさがつのります。

別れてしまって、意味がなくなった片っぽ耳飾り。

それを愛と一緒に海に捨てるという叙情詩です。


「愛することだけすれば良かった」は、もう私の人生の教訓になっています。

喧嘩した彼が、突然の交通事故で死んでしまった。

もう謝って、仲直りすることもできない。そうとわかっていたなら、愛することだけすれば良かったのに。

その後悔する思いを、せつせつと歌った歌です。

この曲を口ずさみながら思うのです。

腹が立って怒った時も、「本当にこれが永遠の別れになっても良いのか?」と自問しようと。

「このやろう!」と言う代わりに、「それでも愛してる!」と言おうと。

それから後、私は恋を何度かしましたが、自分が思うほど相手が愛してくれないと感じた時も、それでも愛することを選ぶようになりました。



さて、そんな私ですが、引きこもり状態で悩んでいた時によく聴いたのは、また別の曲です。

これはシングルカットされて、アルバムタイトルにもなった曲。「Memories」(メモリーズ)

死ぬこともできない、かと言って歩くこともできない。ただ流されていくだけ。それでも心の傷は癒えず、ただ思い出が心の中で何度も繰り返されるだけ。

そんなどうにもならないつらさを、心からしぼり出すように歌った曲です。

この曲が流れると、当時を思い出して、胸がギュッと締め付けられる感じになりますね。


でも、歌というのは良いものですね。

その歌を歌うことで、受け入れられた気持ちになります。

「あー、こんな自分の気持ちをわかってくれる人がいるんだ。」

そう思うと、前向きにはなれなくても、それ以上落ち込まずに済むような気持ちにはなれました。

渡辺真知子さんの歌は、私にとってかけがえのないものなのです。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:08 | Comment(0) | ├ 歌の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月21日

「鏡のワーク」の誕生秘話

それほど大げさなものでもありませんが、「鏡のワーク」が生まれるには、生まれるだけの理由がありました。

私がそれを始めたのは、新聞奨学生として2つ目の大学に通い始めたころです。


人生をリセットしたのですから、ここでまたくじけるわけには行きません。

そうなった、もう自殺でもするしかない。そんな危機感がありました。

しかし、卒業は一足飛びにはやってきません。

1日1日を積み重ね、365日×4年の歳月が必要です。

その間、今の生活に耐えられるだろうか?

そのことが不安だったのです。


1日だけを考えれば、やってやれないことではありません。

配達の肉体的なしんどさも、集金や拡張(営業)の精神的なしんどさも、1日に限定すれば十分に耐えられます。

でも、これをずっと続けられるかどうかと考えると、気が遠くなってしまうのです。


そんなとき、私は自分自身に気合を入れ続けようと考えました。

鏡の中自分に話しかけるというヒントを、何から得たのかは覚えていません。

ただ、自分で自分を励まし続けて、マンネリ化を防ごうと思ったのです。


このとき始めたのは、「鏡のワーク」だけではありません。

気分が高揚する音楽をカセットテープに集めて、毎日聴くようにしました。

また、自分を励ます替え歌もつくり、配達中に歌うようにしました。

私の配達区域では、配達の最後辺りに神社がありました。

その階段を駆け上がって配達するのですが、そのときは映画「ロッキー」の主人公のように、両手を上げて達成感を味わったりしました。


もう失敗するわけにはいかない。

その思いが、いろいろなアイデアを思いつかせてくれたのです。

1日なら耐えられる。だから、1日1日を新鮮に生きようと思ったのです。


中国の古典である「大学」という書物に、こういう文があります。

「湯(とう)の盤の銘に曰(いわ)く、苟(まこと)に日に新たに、日日に新たに、又日に新たなりと。」

殷王朝を作った湯王は、朝、顔を洗う洗面器に、「毎日が新たなものだ」という文字を彫り、初心を忘れないように心がけたのだとか。

私も自分に言い聞かせることで、初心を保とうとしたのだと思います。

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 15:00 | Comment(0) | └ 鏡のワーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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