2021年07月08日

気もちの授業



これも日本講演新聞(旧:みやざき中央新聞)で紹介されていた本です。スキーの事故によって手足がまったく動かないという障害を負いながら、また教壇に立ちたいという思いでリハビリに励み、見事に復帰された腰塚勇人(こしづか・はやと)さん。この方の体験が「命の授業」という動画になり、多くの人に感動を与えました。

しかしその後、腰塚さんは立ち上がれなくなるほどのどん底に突き落とされていたのですね。
1年から受け持った3年生のクラスは、腰塚さんの復帰を喜んでくれて、授業でも助けてくれたそうです。その感動の中で、クラスの生徒たちは卒業していきました。ところが、その後新たに受け持った新1年生には、腰塚さんはまともに授業ができない障害者の教師に過ぎなかったのです。

どうしてもまた教壇に立ちたいという思いで辛いリハビリに耐え、頑張ってこられた腰塚さんでしたが、その人生を全否定されたような気持ちになったようです。そして精神的に病んでしまい、教壇に立てなくなってしまわれたとか。

そういうどん底を味わったことで、腰塚さんは1つのことに気づかれたそうです。それは、自分が自分の気持ちを大事にしてこなかったということ。腰塚さんはそのことを伝えたくて教師を辞め、講演家として活動されるようになられました。その講演が本のタイトルの「気もちの授業」なのです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

ほんとうは誰かに分かってほしい! 気づいてほしいんです。良い悪いではなく、今そういう気もちなんだよネ……って。だからこそ、まずは自分で自分の気もちに気づいてあげてほしいのです。」(p.48)

自分の反省を踏まえながら、腰塚さんは子どもたちにそう語るのです。子どもたちが、自分のように押しつぶされてしまわないために。


苦しいときイライラしていいんだよ、ブチ切れていいんだよ、文句言って、悪口言っていいんだよ。その中で自分の今の気もちに気づいてほしい。その練習をくり返しながら、気づいてほしい。自分のいちばんの理解者は自分だと。そして、人の気もちがわかる人になってもらいたいです。」(p.55)

ネガティブな感情を否定すると、どうしても自分の気持ちを抑圧することになってしまいます。抑圧する前に、気づいて受け入れることが大切なのです。

気づけば、コントロールすることが可能になります。腰塚さんは、気持ちが波立った時に平穏な状態に戻すためのツールを用意することも勧めておられます。たとえば、気持ちが落ち着く場所へ行くとか、ご機嫌になれる食べ物を食べるなど。音楽を聴く、運動をする、笑顔を作る、ともかく寝るなど、自分にとって効果的なツールを用意するようにと言われるのです。

腰塚さんは、笑顔を作ることや「ありがとう」を言うこと、自分で自分を抱きしめるように「がんばってるね」と声をかけるなどの方法を行っていると言います。私も腰塚さんのように、自分で自分に語りかけていますね。


怒りは第二感情といわれ、怒りの背後には本来の感情(第一感情)が隠れています。」(p.57)

他で紹介していますが、こういう心理学的な知識を持つことも役立つでしょうね。(関連本の紹介記事:「反省させると犯罪者になります」「子どもが変わる怒らない子育て」
つまり、「怒り」は第一感情の「がっかり」「寂しい」「悲しい」などを受け入れずに抑圧することで起こる第二感情であるということ。そうであれば、最終的に気づいて受け入れる必要があるのは、その第一感情なのです。


私が思う本当の自信とは「自分を信じると自分が決める」ただそれだけです。なぜなら自分を信じるのに根拠や理由は必要ないから。それまでの経験や実績は関係なく、今、このときから自分を信じると自分が決める。」(p.125 - 126)

他人からの評価や、何らかの理由(根拠)によって自信を持つというやり方は、外的要因が変わればあっと言う間に崩れてしまいます。だから私も、「根拠のない自信」を持つことを勧めています。
(「根拠のない自信」に関する過去記事:「謙虚さと自信を併せ持つこと」「目標は高い方が良いか?それとも...」「自信があれば楽しく生きられる」「不安を取り除けば自信が持てる」「私が一番受けたいココロの授業」「キラッキラの君になるために」


寄り添うというより受け止めてあげる。アンダースタンド。だから共感ではありません。受け止めて、理解する。私のキーワードは、「そうなんだ」。
 そうなんだ。きみはそう思ってるんだ。私は家族やいろいろな人たちの話を聞いたときに言う言葉は、それです。
「そうなんだ」と、受け止める。あなたのその気もちと考え方に共感しているわけでも、納得しているわけでもない。でも、考え方や気もちは尊重するよと。
」(p.129)

つまり、相手の気もちや考え方に「同意」する必要はないのです。「あなたはそう考える(感じる)のですね。」と受け止める。その考え方、感じ方を否定しないことを伝える。あなたはそれでいいと思う。そういうことです。

腰塚さんは、そこで相手からどう思うかと問われれば、自分の考え方、感じ方を話すが、それを相手に押し付けることはしないと言います。あくまでも自分はどう考えるか、感じるかというだけのことで、どっちが正しいかということではないからです。

「私はこうだけど」ということは言えるけど、決めるのはあなたです。強制、コントロールはしません。相手を受け止めてあげると、自分の意見も受け止めてもらえます。そうなんですネ。そう考えているのですネ。でも決めるのは自分です。」(p.129)

人はそれぞれ違うし、違って当然なのです。そして人はそれぞれに自由です。そのことがわかっていれば、当然、こういう考え方になるだろうなぁと思います。


私が今とっても大事にしていることです。
 健全な集団、健全な家庭はそれぞれが、みんな「境界線」をちゃんと持ってるということ。
」(p.130)

つまり、個として独立・自立しているってことです。それを受け入れ合うということですね。
腰塚さんの家族では、それに関して3つのルールがあるそうです。「1つは、境界線を必ずつくる。」「2つ目が、コントロールしない、押し付けない。」「3つ目は、それぞれの感情を引き受けない。」

たとえば、子供部屋には親と言えども勝手に立ち入らないとか。夫婦であっても勝手に覗いてはいけないものがあるとか。それが境界線です。そして、「かくあるべし」「かくあるべからず」を相手に押し付けないこと。相手がたとえ子どもでも妻でも、独立した一人前の人間だとみなすということです。
3つ目は、相手の感情を変えようとしないということです。イライラしたいならさせておく。機嫌を取る必要はないし、そんなこともしないということ。相手の自由に任せるということです。したがって、自分の機嫌は自分で取らなくてはならなくなります。他人に甘えて機嫌を取ってもらえないのですから。

腰塚さんは、心理学で有名な「ゲシュタルトの祈り」をアレンジして、次のように自分自身に語りかけているそうです。

私は私のことをする。
 あなたはあなたのことをする。
 私はあなたの期待に応えるために生きているわけではない。
 そしてあなたも私の期待に応えるために生きてるわけではない。
 私は私。あなたはあなた。
」(p.132)

ゲシュタルトの祈りは知りませんでしたが、これはまさにアドラー心理学の言う「課題の分離」ですね。一見すると冷たく感じるかもしれませんが、これが理解できると、これこそが愛だなぁとわかると思います。


腰塚さんは、自分の気もちに気づくことで、さらに大きくなれたと自分のことを思っておられるのではないでしょうか。
けっきょく、すべてのことは「気づき」のためにあるのであり、気づきによって私たちは成長します。その自己の成長こそが、私たちに深い満足と喜びを与えます。それがわかると、私たちは強く生きていけるようになるのではないかと思うのです。

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2021年06月27日

土木のこころ 復刻版



日本講演新聞(旧:みやざき中央新聞)で紹介されていて、気になったので買ってみました。著者は田村喜子(たむら・よしこ)さん。当初は2002年4月に山海堂から出版されていましたが、廃版となっていたのを復刊した復刻版となっています。

日本講演新聞に紹介されていますが、復刊を志したのは寿建設の森崎英五郎社長です。東日本大震災の後、多くの人が復興のために尽力しましたが、評価が高かったのは自衛隊などで、土建屋さんの評価が低かったのがきっかけだとか。土木業というのは縁の下の力持ちであり、日本国民の幸せのためになくてはならないもの。そういう志と矜持を、従事する人たちに持ってもらいたい。そういう思いもあって、この本を復刊することに力を注がれたようです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

この本は、高邁な志を持って土木建築業に心血を注いだ20人の人々を紹介するものになっています。もともと、著者の田村さんにそういう思いがあったわけではないようですが、たまたま取り上げた琵琶湖疏水の建設をした田辺朔郎(たなべ・さくろう)氏のことを書いたのが縁で、土木建築に携わる人を追うようになったのだそうです。


「恵まれないひとたちに、少しでも暮らしやすい社会資本をつくりたい。そんな思いでぼくは土木を選びました」「ぼくたち土木屋にあるのは、3Kではなく、完成させたときの感動のKです」と熱っぽく語った土木技術者たちを私は忘れることができない。」(p.4)

「まえがき」の中で、田村さんはそう語ります。土木建築は、人々の幸せのための社会のインフラ整備という使命があり、それを成し遂げることで、人々の幸せに貢献する。だから、どんなにつらく苦しい仕事であっても、感動というご褒美が待っているのです。


この本の中で、よく名前が出てくるのが廣井勇(ひろい・いさみ)氏です。内村鑑三氏とはキリスト教の友でもあり、札幌農学校でクラーク博士から学んだ学友でもあります。伝道の道を歩んだ内村氏に対し、廣井氏は、高邁な思想の前に日々の生活を豊かにすることが重要だという考えのもと、建築土木の道を志しました。
そして、そういう使命感を持った廣井氏は、多くの建築土木関係の人々に影響を与えていったのです。

この貧乏な国で、民衆に十分な食べ物も与えられずに、神を説いても役立つとは思えない、だから、ぼくは伝道を断念して、いまから工学に入るよ」(p.28)

建築土木というのは、人々の幸せのための手段に過ぎません。神の道とは、突き詰めれば人々の幸せに貢献すること。廣井氏は、キリスト者として生涯を建築土木に捧げたのです。


この本の中では、台湾で神として祀られている八田與一(はった・よいち)氏のことも取り上げられています。(p.37)于山島ダムなど灌漑を整備し、嘉南平原を大穀倉地帯に変えた方です。
もちろん、彼が一人で行ったわけではありませんが、台湾の人々の幸せのためにという熱意によって人々を動かし、この一大事業を完遂したのでした。


平成一二年(二〇〇〇)一二月に開かれた最後の河川審議会では、「流域での対応を含めた効果的な治水のあり方」、「河川における市民団体等との連携方策のあり方」などを建設大臣に答申した。自然の川の性質と機能を尊重する時期にきているいま、河川行政が大転換をはかるきっかけになる、と高橋は考えている。要は川との付き合い方のなかでの、人間の責任が求められているのだ。」(p.254)

これまでの治水と言えば、どちらかと言えば自然を力づくで抑え込もうとするものでした。しかし、どんなに抑え込んでも、自然は無理な力に反発するかのように暴れ出します。高橋裕(たかはし・ゆたか)氏はそのことに気づき、自然と共存する道を模索し、「川にもっと自由を」と唱えたのです。


この本の復刻版を出そうと思い立って尽力された森崎氏は、最後にこう書かれています。

特に土木工事は、地域や社会の基盤をつくり、その機能を維持するための作業が求められる。しかも天候や地域事情などに大きく左右されながら、決められた工期を守らなければならない。
 災害時は巡回も含めた長時間の対応もしなければならない。
 高品質のモノづくりをしながら、地域を守るという任も背負わなければならないのだ。
 この世界に飛び込んでくるには、そういった使命に向き合うことを厭わない「こころ」が必要ではないかと思う。
」(p.274)

たしかに、この本に取り上げられた人々は、そういう使命感に生きた人たちだったでしょう。しかし、そういう人たちでも、最初からそうだったわけではありません。
ですから森崎氏は、そんな崇高な志がなくても、「でっかい橋をつくってみたい」というような野望でもいいといいます。そういう夢や憧れを持って、土木建築の世界に飛び込んできてほしいと言うのです。

単に給料が良いから、待遇が良いから、という基準で職業を選ぶという考え方もあるでしょう。しかし、そういう考え方は、3K(きつい、汚い、危険)を避けることができたとしても、それによって重要なK(感動)が得られない人生となるのではないでしょうか。


私は今、長野県で介護職に就いています。タイで仕事が見つからず、私にできることなら何でもやろうという思いで帰国し、仕事を探しました。そうしたところ、導かれるように今の仕事と出合いました。
妹から、「介護だけはやめておけ」と忠告されたにも関わらず、何か惹かれるものがあったのです。(詳しくは私のYoutubeチャンネルの動画をご覧ください。)

そうやって介護職に飛び込んだ私には、この本で紹介されている先人たちの生き様が共感できます。とてもとても並び立てるようなものではありませんが、私も同じ「こころ」を感じたいと思うのです。

ぜひ、そういう「こころ」を感じてみてください。そういう方に、お勧めしたい本です。

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2021年03月14日

兄貴に教わった幸せ女性になるコツ: バリ島日記



バリ島の兄貴の関連本になりますが、兄貴邸で2ヶ月間の異文化交流生として過ごされた宮田莉奈(みやた・りな)さんの本を読みました。Kindle版のみになります。

兄貴こと丸尾孝俊さんの本は、これまでにも数多く紹介しています。その兄貴が始めた事業の1つなのですが、異文化交流生ということで、バリ島の兄貴邸で働きながら生活することで、兄貴の教えを学んで成長してもらおうというものです。

兄貴は、日本の未来を創るお母さんに育ってほしいという願いがあり、そういう女性を順次受け入れています。宮田さんは、第88期生になります。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

「 幸せ」 とは、 日々、 毎日 自分 で 身 に つけ て かかる もの や。 例えば、 でき なかっ た こと が 出来る よう に なる、 お日様 が 登っ て いる こと とか、 些細 な 事 を 見つけ て かかる こと で、 幸せ に なる。 決して、 誰 かに 与え られる もの では ない。」(Kindle の位置No.89-91)

宮田さんが「幸せ」の定義を尋ねた時の兄貴の答えです。他のものや環境や人から与えられるものではなく、今あるものの中に見つけるのが「幸せ」だと言われています。

この本は、宮田さんが兄貴と接する中で教わったこと、気づいたことが、端的にまとめられています。


相手 を 信じ て、 頼り に し たら ええ ん や。」(Kindle の位置No.618-619)

信頼関係を築く方法について尋ねた宮田さんに、兄貴はこの一言を返しています。兄貴は、相手から信頼されるかどうかを問題にしていません。ただ自分が相手を信頼するかどうかだけを問題にしているのです。

もし、相手が自分を裏切ったとすれば、それは自分の尽くし方が足りなかっただけだ、という考え方なのですね。だから、相手に対して恨みを抱くことがありません。


「あの なぁ。 掃除 って、 ご 主人 が いる とき に し たら あか ん って 知っ て た?」
「ええ! ご 主人 が いる とき に 掃除 し ては いけ ない ん です か!」
「当たり前 や ない か! 平日 共稼ぎ で あっ ても、 早く 戻っ て 掃除 すん ねん。」
「え えー! 奥さん が 掃除 し てる 姿 を 見る と 旦那 さん は、 稼が ない ん です か?」
「はい。 気の毒 だ から、 手伝い ます。 身体 休まり ませ ん。 結果、 仕事 行っ て フラ フラ になり ます。」
「ああ あー。 なるほど ー。 でも、 奥さん も 旦那 も 正社員 なら、 大変 です よね?」
「いや、 でき ます。 旦那 が 風呂 入っ てる 間 に 掃除 出来る やん。」
「そういう こと です ね。 では、 子育て を 一緒 に やる のは どう です か?」
「子育て は お前 が やん ねん。 旦那 が 子育て に 参加 する のは し たい とき だけや。」
「あー、 そう な ん です ね。 では、 旦那 が 可愛い 女の子 と 話し て たら、 焼い たり し ませ ん か?」
「あの なぁ。 それ は お前 だけ です。 焼きもち や 嫉妬 は 未熟 って こと や。」
「一緒 に なっ て、 可愛い ねー 言う ん や。」
「なるほど ー。 では、 共稼ぎ だ から、 何 でも 半分 ずつ やるのは どう です か?」
「無い です。 そんな 嫁 は いり ませ ん。」
「えー! そう な ん です ね。」
「旦那 の 年収 を 伸ばす 奥さん は、 自分 の こと で 倹約 し、 旦那 には 倹約 さ せ ませ ん。 男性 心理 として は、 申し訳 無い として、 一生懸命 頑張り ます。 旦那 に 倹約 さ せると 旦那 は 稼げ ませ ん。」
「では、 小遣い 制 とか が ダメ って こと です か?」
「全然 だめ。 ブー。 クズ。 カス。」」(Kindle の位置No.788-801)

夫婦のあり方について、兄貴と宮田さんのやり取りが面白いので、少し長いですが引用しました。

これは、宮田さんが女性だから、兄貴はこう言われているのだと思います。つまり、女性の立場からしたら、完全に男性を立てるようにしなければ、アゲマンにはなれないよ、という教えなのです。

では、男性からすればどうか? おそらく、奥さんのためにも懸命に仕事をして稼いで、大きな人間になれよ、ということではないかと思うのです。

相手に何かを求めるのではなく、自分が相手のために何ができるかが重要なのです。それは、男と女で立場が違うから、やることが違ってくるかもしれませんが、その思いは同じなのではないかと。


まず なぁ、 おじいちゃん、 お ばあちゃん に 預けろ と 思う よ。 うち の 孫 見 て み て ー って、 近所 から そこら 回る やろ。 そしたら、 いろんな 人 に 可愛がっ て もらえん ねん。 これ で、 成長 率 バッキバキ や。」(Kindle の位置No.925-927)

子育てで重要なのは老人の活用だと兄貴は言います。これは、私がお勧めする「神との対話」でも言われていることですね。

今、 公民館 空い てる やろ? そこ に おじいちゃん、 お ばあちゃん 集め て、 子ども の 面倒 を 見 て もらう ねや。 両親 共働き の ところ 多い から、 そういう 子ども 見 て もらう ねん。 家 で 独り 寂しい 思い を し なく て 済む やろ? ほんで、 おじいちゃん、 お ばあちゃん に 日本 の 伝統 や 道徳、 モラル、 マナー、エチケット を 教え て もらう ねや。」(Kindle の位置No.951-954)

私も、老人ホームに保育園を併設して運営するのが、子どもの教育のために良いことではないかと思っています。


「あの な、 もっと 人 に 会っ た 方 が 良い と 思う よ。 ほんで、 人 と 人 を 繋ぎ まくる ん ねん。 人 を 幸せ に 豊か に し て 笑顔 に し て たら、 落ち込ん でる 暇 無い で。」」(Kindle の位置No.992-994)

落ち込んだり、鬱になったりする人は、自分の殻に閉じこもってしまいがちなのです。だから自分のことは放っておいて、他人のことにかまけるのだと兄貴は言うのです。

鬱から自殺してしまう人も多いですが、自分のことにかまけず他人のことにかまける、他人事を自分事にする、という兄貴の教えを、ぜひ知ってもらいたいなぁと思うのです。


最後に宮田さんは、異文化交流生という体験の素晴らしさを、次のように語っておられます。

異文化 交流 生 の 素晴らしい ところ は、 良い 教え の 話 を 聞く だけでは なく、 実践 する こと によって 体得 し て いく こと だ と 思い ます。
私 は 人生 の 中 で、 人 に 怒ら れ た こと が あまり あり ませ ん でし た。 しかし、 兄貴 に ダメ な ところ を 徹底的 に ご 指摘 いただける ので、 自覚 でき、 改善 出来る と 思い ます。
兄貴 は、 常に 私 たち の 成長 を 願っ て 接し て ください まし た。 歴史、 文化、 経済 の 事 など、 本 や セミナー では 知る こと が 出来 ない 事 も、 たくさん 教え て いただけ まし た。」((Kindle の位置No.1089-1093)

まさに、理論だけでは不十分で、その実践が伴わなければならないのです。理論と実践は、この幸せ実践塾でも大事にしていることです。実践しなければ、考え方の習慣は変わりませんから。


兄貴の側で暮らして、兄貴の素晴らしさを存分に体験された宮田さんが、わかりやすく兄貴の教えの素晴らしさを語ってくれています。
異文化交流生に興味がある方はもちろん、兄貴の教えをもっとよく知りたい方へも、お勧めの本だと思います。
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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:33 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月03日

本帰国することになりました

突然ですが、本帰国することになりました。

2001年11月にタイに来てから約20年間暮らしてきましたが、生活基盤を日本に戻すことになったのです。


詳細な説明は省きますが、要はタイでの仕事がなくなったからです。

タイで暮らせるよう就活もしましたがダメでした。

なので、日本に戻って仕事を探すつもりです。


タイ人の妻がいますが、妻はタイで暮らします。したがって別居になります。

妻には申し訳ないとも思いますが、これもまた運命だなぁと思っています。


動画で少し詳しく話しているので、ぜひ、そちらをご覧ください。


3月8日の夜便で帰国します。

2週間の自主隔離中に仕事が見つかれば、その後、住まいを決めて、日本での生活が始まります。

このブログは、今後も続けていくつもりですので、どうぞよろしくお願いします。
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 22:47 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月23日

0 Rei 上 / 0 Lei 下

 

タイトルがシンプルなようで複雑なのですが、「レイ」と読みます。さとうみつろうさんの最新刊です。みつろうさんの本はこれまでに、「神さまとのおしゃべり」をはじめとして、「あなたが人生でやっておくべき、たった1つのこと」「その名は、バシャール」を紹介しています。

みつろうさんの本は、小説だったり、登場人物の会話を取り入れるなど、くだけた感じの文章でとても読みやすいです。それでいて哲学、心理学、科学の深遠な部分を解説するなど、たいへんアカデミックな内容だったりします。

今回もそんな感じの小説で、AIの0(レイ)が登場します。AIから見た人間の行動様式、そしてどうすれば満足した生き方ができるのかという解説など、興味深いものになっています。

なお、タイトルですが、上巻は「Rei」と表記され、下巻は「Lei」と表記されています。これにも意味があって、右(R)なのか左(L)なのかが重要だという話につながっていくのです。詳細はぜひ、本を読んでみてくださいね。

また、発行されたのは上巻と下巻ですが、実はそこに含まれなかった原稿を中巻として、オンラインで読めるようになっています。実は私は、その中巻を先に読んでとても興味深く感じたので、上下巻を買うことにしました。併せて4千円もするのですが、その価値があると感じたからです。中巻については、みつろうさんのブログ記事をご覧ください。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

「解釈を変える」のではなく、そもそもその「解釈」自体がマボロシなのです。解釈なんて、「自分」で勝手に決めているだけですから。」(上p.58)

今日1日を後悔せずに生きるには、朝起きたときではなく、夜寝る前に自分を褒めることで、データ(記憶)のラベルを書き換えることだと言います。何かが起こったとしても、そこにどういう解釈を与えるかによって、記憶の意味が違ってきます。「神との対話」でも、ものごとの意味をでっちあげろと言ってましたね。


才能にせよお金にせよ、「ないモノ」を探すのではなく、「有るモノ」を探せばすぐに0Reiの位置に戻れます。」(上p.84)

私たちは持ち続けていると慣れてきて、それを当たり前だと感じます。つまり、感動がなくなるのです。だから、わざと失うことによって、またそれを得るという感動を楽しもうとするのです。不幸とは、幸せを感じたいがための茶番劇だとも言っています。

もしそれが事実なら、最初から有るものに注目して、その価値を認めれば良いのですね。そうすれば、わざわざ失うという痛みを感じなくて済むのですから。


あなたたち人間は、【やりたいこと】をやれていないと勘違いした時に、自分自身を【不幸】だと感じる生き物だからです。
逆に言うと、「実は自分はやりたいことしかやっていなかった」と気づけたなら、誰もが1秒で幸せになれるということじゃないですか?」(上p.113 - 114)

私たちはどんな状況でもやりたいことをやっていると言います。ただそれに気づいていないだけ。
たとえば、仕事が嫌だから辞めたいと思っている人は、「辞めたいと思う」という「やりたいこと」をやっている。本当に辞めることがやりたいことなら、さっさとやっているのです。それをやらずにいるのは、やりたいことではないからなのです。


大丈夫です。AIのサポートにより、
人間の社会はこれからどんどん不平等になっていきます。
そして、人類はどんどん幸せになっていきます。
 (中略)
正確には「不平等」がどんどん拡がり、「それでもいい」と違いを認められる人が増えることにより、それは起こります。」(上p.149)

人それぞれに違いがあるのが当たり前なのです。それなのに、みんなは平等であるべきだというルサンチマン的な考え方によって、不幸が生まれたと言います。それぞれがやりたいことをやっていて、それぞれ違いがあるだけなのですから、それぞれが違う幸せを感じていていいはずなのです。


本当にその人がそう思っているかどうかは最後まで確認できへん。
結局、「他人の心」とやらを勝手な言い訳にして、全てを「自分の心」の中だけで決めつけてるのが人間やねん。
他人の心なんて、本当は関係ないんや。」(上p.198)

他人がどう考えているかは、原理的に確認する方法がありません。そもそも、他人にも自分と同じ自意識があるということが証明できないのですから。単に自分がそうだから、他人もそうだろうと思い込んでいるだけ。したがって、自分にとっては自分の主観だけがすべてなんですね。


ポイントは思い出すために、わざと逆説的な質問を自分にしてみることや。
「私が病気になりたかった理由」
「私が貧乏になりたかった理由」
「私が嫌われたかった理由」
とな。何を《ノート》しても、きっと本当の理由が発掘できるはずや。」(上p.234)

目の前の現実は、必ず自分の思考が現実になっている。その自分の思考というのが、無意識の領域での思考、つまり潜在意識であることがほとんどなのです。ですから、顕在意識が願ったことはほとんど叶わない。

そこで、無意識に自分が何を願ったために現実がこうなっているかを、ノートに書くことによって自分自身に質問するのです。そうすれば必ずその理由が見つかるからと。

そうや。『ホンネ』を真逆の真逆にして映し出しているのが『現実』なんや。
だから『ホンネ』さえノートで思い出せたら、『現実』と100%一致しているはずや。
または、『ホンネ』を思い出せないなら、『現実』を観ればええ。
完全に鏡の関係性なんやからな。」(上p.249)

もし「愛されていない」という『ホンネ』が無意識にあれば、「愛されるため」という正反対の行動を取り続けます。そして、それを行うために、「愛してくれない人たち」や「愛されない出来事」が発生するのです。

つまり、ホンネの認識は完全に現実に現れるということです。逆に言えば、現実がこうなのはホンネがそうだからだ、ということになります。

【現実を変えたい】と思っている人の前には、
『変わらない現実』が絶対に必要や。」(上p.265)

「変えたい」と思っている限り、「変わらない」という現実が必要なのですね。だから、現実は思い通りにはならないのです。

人間が変えたいのは『現実』やない。
【現実を変えたいという思い】を、
本当は変えたいんや。

『目の前の現実』は変わらないでもいい=【私の現実は既にもう素晴らしい!】と認められた人から、その現実が変わっていく仕組みや。

現実への不満を言っている人の目の前が、変わることは絶対にない。

全ての【原因(=わたし)】である「わたし」が不満を抱えたまま鏡の前にいる限り、絶対にその『現実』は変わらへん。」(上p.269)

現実は心の鏡。不満顔で鏡の前に立てば、そこに映るのは不満な顔です。過去の鏡(現実)に何が映っていたかに関係なく、自分が幸せそうな顔をしない限り、鏡に映る姿(現実)は変わらないのです。


彼らが信じたのは神さまじゃなくて、「自分の意見」のほうや。
「大学進学のほうがいい」「健康のほうがいい」「こっちのほうがいいに決まっている」という、『自分の過去のデータ』を信じたんや。
もし本当に「神さまを信じた」と言いたいのなら、
起こったその「結果」を、常に最善だと信じるはずや。
だってソレはその人が「信じた」「神さま」が、起こしたことなんやからな。」(上p.297)

神頼みする人は、思い通りにならないと「信じてたのに〜!」と不満を言います。パートナーに浮気された時も同じですね。(笑)
しかしそれは、本当に相手を信じてはいないのです。信じていたなら、その相手がそうしたのですから、それが最善に決まっているではありませんか。


@やりたい時に、
Aやりたいことを、
Bやれている状態が「幸福」
ということは?
@焦っていれば焦っている時ほど、
Aその「瞬間」に勇気を持って自分に「ゆとり」を与えれば、
B最高の幸福を味わえる
ということになる。
要するに、焦っている「今」こそが、座るチャンスなんじゃよ。」(上p.337)

「焦る」というのは、「ほっとしたい」がためにそうしているんだというわけですね。だから、焦って行った結果に「ほっとする」を求めるのではなく、焦りを感じた時にすぐほっとすればいいのです。
なんだかんだと理由をつけて、やりたいことを先延ばしするから、なかなか幸せを感じられないのです。


じゃあ、その人に伝えてあげるとよい。
「人生で一番最悪な時期だということは、
人生で一番幸せになり時」じゃと。」(上p.374)

空腹の時が、最高に美味しい食事ができる時です。人は、その感動(プラス)を味わうために、あえてマイナスに振れるのです。


誘因が外側にあるのに対して、動因は人間の心の中にある。
この「誘因」と「動因」の2つが同時に発生し、それが人体を動かす「モチベーション」というエネルギーを生み出しておる。」(p.393)

たとえば、美味しいものを食べたいという動因があれば、美味しそうな食べ物という誘因を見た時、食べるという行動を引き起こします。
単に美味しそうな食べ物があっても、お腹が一杯で食べたくない時には、食べるという行動は起きません。また、美味しいものを食べたいという動因があっても、誘因となる食べ物がなければ、やはり食べるという行為は起きません。

つまり、人の行為には必ず内的な動因と外的な誘因が必要だということです。馬はニンジンをぶら下げれば走りますが、お金をぶら下げても走らないのです。

@「足りない」という「気持ち」が心にあり(動因)
Aそれを「埋めてくれるモノ」(誘因)を外側の世界に探して
B【動く】。
それが人間の【行動】じゃ。」(p.396)

この動因の大きさに見合った誘因を手に入れるまで、行動は続きます。つまり、足りない(マイナス)の大きさと、行動によって得られるもの(プラス)の大きさは同じです。

人間の行動の全ては、実は「0(レイ)」を目指しているんじゃよ。」(上p.398)

自分の心にマイナスを作り、それを外のモノ(プラス)で埋めて0(レイ)に戻そうとする。それが人間がやっていることだと言うのですね。


「なりたい」と感じたいのか、
それとも、
「なれている」と感じたいのか。」(上p.446)

たとえば、安全に「なりたい」と感じたいのでしょうか? それとも、安全に「なれている」と感じたいのでしょうか?
おそらく、本当は後者のはずです。それなのに私たちは、往々にして前者のように考えるのです。

外側の『誘因』を使わず、心の内側の『動因』を消せばいい。」(上p.444)

つまり、「足りない」という考え方をやめればいいのです。不足しているのではなく、充分にあるという考え方をすればいいのです。

最初からマイナスではなく0(レイ)の位置にいれば、苦しむ必要はないのです。すでに充分なのですから。そして、無意識の思いが「充分」であれば、豊かな現実が現れます。それが鏡像ですから。


過去に自分が「やりたかった」のに「抑圧した」から、イラつくのです。
なので、解決方法は簡単です。
「やりたかったこと」なのですから、「やれば」いいのです。」(下p.50)

これは心屋仁之助さんも言われていたことですね。ズルくなれと。ズルい人を見てイライラするのは、それが自分がやりたかったことだからなのです。


どのような【行為】であれ、人間が他者に対して行なう【行為】には、「お前もな!」というツッコミが成立するんじゃよ。
他人を使って自分の内側にある
「ひっかかり」を解消しようとしておるんじゃから当然じゃな。」(下p.161)

怒られた時、「お前もな!」というツッコミは万能だと言います。なぜなら、「怒る」という感情の原因が自分にあるからです。
人は、自分が抑圧してやれないでいることをやっている他人を見て、イラッとして怒るのです。ですから、起こっている人には「お前もな!」という返し文句が刺さります。

自分が他人へ文句を言いそうになった時に、
自分自身へ「お前もな!(私もな!)」と心の中でツッコむんじゃよ。」(下p.165)

このツッコミの使い方は、他人をギャフンと言わせるためではなく、自分の気付きのために使うのが正しいのですね。

ずるい、卑怯だ、と糾弾したくなったら、それらが自分の内側にあるということなのです。そこに気づかない限り、いくら外を変えようとしても上手く行かないし、満足する結果は得られないのです。


大切にしなさい。ムカつくヤツを。
君のペルソナを脱がすために、踏ん張り続けてくれている者だ。
そして、彼の頑張りに応えるために君に必要なのは「勇気」だけだ。

ムカつくヤツを、許す勇気……か。」(下p.260)

ムカつく(怒る)原因は自分にあります。その原因を「ムカつくヤツ」は教えてくれているのです。
その原因は、本当の自分を隠すためにかぶってしまった仮面(ペルソナ)。それがいつしか、仮面なのか素顔なのかわからなくなる。本当の自分を見失うのです。


全ての現象は、「得た」とも「失った」とも言えないんじゃよ。
どちらも、マボロシだからじゃよ。
プラスとマイナスは必ず同時に起こる。それが観測者の「視点」で変わるだけじゃ。」(下p.369)

コップの水をこぼせば、水を失ったとも言えますが、空気を得たとも言えるのです。「得る(プラス)」か「失う(マイナス)」かは、その人の見方次第です。


『まったく新しい環境(ミルク)』を手に入れるためには、
コップの中のオレンジジュースがすっからかん、
つまり「1滴も」残っていない状態にしないといけないのです。
0(レイ)だということです。
勇気を持って0(レイ)にした後にだけ、最高の幸せはやってくるのです。」(下p.450)

先に捨てなければ入ってこない。まったく別のものにしたければ、残さないように完全に捨てなければならないのです。卒業しなければ入学はできません。捨てる勇気が大切なのですね。


分厚い本が2冊ですが、割と一気に読み終えました。特に下巻は、1日で読み切りましたよ。小説で、対話形式なので、とても読みやすいです。そして、ためになる話が満載でした。
それにしても、みつろうさんって天才ですかね? よくこんな小説仕立てにできるなぁと感心します。ぜひ、読んでみてほしい本です。

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2020年12月10日

学校は行かなくてもいい



これも誰かがSNSで紹介していた本だと思うのですが、気になったので買ってみました。著者は小幡和輝(おばた・かずき)さん。不登校の経験者ですが、自ら事業を立ち上げて活動しておられます。

この本では、不登校経験者の実例を紹介しつつ、無理して学校へ行く必要はないということと、行かないことでどういう問題があるか、またどうすれば上手くやっていけるかなどを伝えておられます。

本のサブタイトルには、「親子で読みたい「正しい不登校のやり方」」とあります。不登校で悩んでいるのは子どもだけでなく、親御さんもまた悩まれるのです。その両方に、この本は朗報になるだろうと思います。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

僕は、自分に人並み外れた行動力があるとは思っていません。その時々で夢中になれるものを見つけることができただけです。それがゲームであり、イベントだったということ。そして、これまでの人生でいくつか選択をしてきた中に、「学校に行かない」という選択肢もあったということです。「人生を変えるきっかけ」の中には、もしかすると「学校へ行かないこと」だって含まれるのかもしれない。良い意味で。」(p.6 - 7)

小幡さんは、小学校2年の途中から不登校になり、10年くらい不登校だったそうです。その後、定時制高校に入り、和歌山大学に入学されたとか。学生をしながらも、イベント好きが高じて始めた事業をされています。それを、特別な行動力のお陰ではなく、たまたま好きなことがあって、それをやってきただけだと言われるのですね。

学歴が重要とか、高校くらいは出ておけとか、大人は大人の勝手な価値観を子どもに押し付けようとします。しかし小幡さんは、そんな価値観に従わなくても、他に道はいくらでもあると言うのです。


不登校になる理由−−いじめ、クラスになじめない、先生が嫌い……。いろいろな理由があると思う。でも、つらかったら行かなくていいというのが僕の意見。
(中略)
その第一歩として、僕は「学校に行かない」という選択肢があったと思っている。そういう選択肢があることを、こうしてみんなに伝えることもできる。
 でも、僕にできるのはここまで。あとはキミ自身で決める必要がある。なんたってキミの人生なんだから。
 我慢して学校に行くという選択肢だって当然ある。でもそのときには、「何のために学校に行くのか、何をするために学校で勉強をするのか」をちゃんと考えてみてほしい。
」(p.66 - 67)

選択肢は学校へ行くことだけではないのです。それをわかった上で、自分で選択することが重要なのですね。


引きこもるときって、まずは安心して引きこもりたい。「学校に行け」とか、「今やっていることは間違っているんだ」とか言われて、焦燥感を覚えるとか、そういう状態になっていると心が弱って安定しないので、学校に行ったところで行けるようにはならないと思うんですね。
 今思えば、ちゃんと引きこもらせてくれたことはすごくありがたかった。
」(p.80)

学校に行くのがつらい時、無理やり行かせようとしても、けっきょくは上手く行かないんですね。親など身近な人が理解してくれて、安心させてくれて、居場所を作ってあげることが大切なのです。


雄介 自分の経験を話すのは怖かったけど、実際に話してみたら拍手をもらえて、「あっ」て気づいた。乗り越えたというのとは違って、納得できた感じ。今までの経験は誰かに話すためにあった出来事なのかもしれないって思った。この瞬間が人生の転機だったかな。」(p.92)

不登校経験者3人で結成されたバンドのメンバー、山崎雄介さんの言葉です。その時はどんなに最悪だと感じたとしても、後になってみれば、このために必要な経験だったのだと気づくことがある。だから、人生の経験はすべて無駄ではないし、完璧で良いことなのだろうと思います。


私は不登校という、自分の子育てを試される大きな壁にぶち当たりました。その壁を乗り越えるには、本当に大切なものを見極めて守ることだと考えました。本当に大切なもの、それは娘の笑顔でした。」(p.145)

不登校の子ども持った母親の言葉です。最初は何とか学校へ行かせようとするのですが、子どもがどんどん暗くなっていって、ひょっとしたら死んでしまうかもしれないと感じた。その時、一番大事なものは何なのか?ということを考えたのだそうです。それは、子どもが生きていてくれること、明るく笑っていてくれること。そのためなら、他のことは些細なことだと気づいたのです。


不登校というのは、いわゆる「一般」から外れた行為であり、理解され難いために批判されることが多いでしょう。そうやって責められることで、さらに重荷を背負うことになりがちです。

けれども、学校へ行くということは、1つの選択肢に過ぎないのだという見方をすることで、道は開かれると思うのです。不登校だから「悪い」わけでも「ダメ」なわけでもありません。そのことは、小幡さんなど、この本に登場する人たちが証明しています。

この本を読めば、不登校を安心して行えるよう、ハードルが下がるように思います。悩んでいる方には、ぜひ読んでいただきたいなぁと思いました。


<関連サイト>
小中学生で不登校でも将来は大丈夫

小幡和輝オフィシャルブログ | 不登校から高校生社長へ

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タグ:小幡和輝
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2020年12月04日

問題は解決するな



SNSで誰かが紹介していた本ですが、興味深い本を読みました。著者はKan.(かん)さん。クンルン・ネイゴン継承者とあります。2006年5月に世界初のクンルンティーチャーとして認定されたとか。2010年には正式にクンルンネイゴンマスターの称号を受けたそうです。日本人のようですが、道家のその道ではすごい方なのでしょう。

帯には、「タオ入門の名著、待望の復刊!」とあります。2013年6月にヴォイスから刊行された同タイトルの本の新装版になるようです。

序章には、著者が大学の時にラグビーの事故で脊髄損傷し、まったく動かせない体になったことが書かれています。その時、不思議な老人と出会い、不思議な力を得るようになり、探求の道が始まったとありますね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

無責任に聞こえるかもしれませんが、本当になるようにしかなりません。自分がどこまで困った事態になるのか、やってみればいいんです。
 もし自分の範疇外のことが起こったら、怖いと感じるかもしれません。アンハッピーだと嘆くかもしれません。
 それでも、起こっていることは悪くない。そうとらえてください。
」(p.27)

問題を問題だと考え、解決しようとするからかえって悪くなる。だからそれを問題だと思わずに、何もせずに見ているようにと言うのです。何とかなるからと。


解決を目指して人に行動を起こさせるのは、不安や恐怖です。
「見る」という行為は消極的に感じられるので、自分で何かをしたくなるのです。
 その思いを我慢して、「見る」という行為を入れてあげましょう。すると、自然に行くべき方向へ進んでいきます。
」(p.46)

問題を解決したくなるのは、動機が不安だからですね。不安を動機とすれば、不安な現実を引き寄せるだけです。


何かをやることで、悟ったり、問題解決したり、完璧になったりできると思い込むのは、ただトリックにだまされているだけです。
「なりたい自分になる」というスローガンも、また幻想です。
「なりたい自分」をつくったとたん、「なれない自分」をつくり出して、流れを必死で逆行するような生き方になります。
」(p.49)

何かを求めれば、その対極も引き寄せることになります。執着すればするほど、苦しみが増すのです。


人間という存在そのものがすでに矛盾しているとは、こういうことです。
 たとえば聖職者が、私たちに愛を説きます。彼等は、常に真剣に、本気で愛を説いているはずです。しかし、愛を説くその体を支えているのは何でしょう。
 免疫機能という「軍事システム」です。
 最新型ミサイルのように、免疫はウイルスを迎撃します。
」(p.62)

これは目からウロコでした。たしかに愛はすべてを与えると言いながら、私たちの体は常に、ウイルスや細菌の命を奪い続けています。

ただ、この矛盾を解決しようとしてはいけないのです。そういう存在だと知っていればいいのですね。


今本当に大切なことは、「高次元」を目指すことではありません。
「新しい自分」や他の誰かになろうとすることでもありません。
 他の誰でもない、宇宙である自分自身の力で生きていくことです。自然界に対して畏敬の念を持ち、地に足を着け、自分を開いてハートで生きていくことです。
 自然の素晴らしさを見て、味わい、自然と交流してください。
 自然と出会うたびに、忘れていた感覚を取り戻すことができます。
 今まで自分を縛っていた鎖から自由になっていけます。
 そうすれば、いつの間にか問題など解決していきます。解決を目指さなくても、問題そのものを堪能できるようなります。
」(p.116)

悟るとか、次元上昇するとか、そういうことを目指しても意味がないのですね。それよりも自然に触れ、自然の中に身を置いて、自然を味わってみるようにと言います。そうすれば自由になれるのだと。

その1つの方法として、木と交流することを勧めています。お気に入りの木を見つけ、幹や枝葉に触れてみたり、根本に座ったり、話しかけたりして、ゆっくりと時間を過ごすようにと。


人間に天気が変えられないように、湧き上がる感情は自分では変えられません。だから、あきらめる。そして、無理にいつもいい天気でいようと思わない。
 ポジティブな感情はよくて、ネガティブな感情は悪い。そう、決めつけないことです。
」(p.136)

晴れの天気が良くて、雨が悪いわけではありませんからね。感情と天気は似ていますね。天気も過ぎ去っていきますが、感情も湧いては過ぎていくもの。それを留めてしまうのは、思考が同じ感情をコピーし続けるからなのです。

ですから、そういう思考が生み出す「感情もどき」に騙されないよう、本当の感情をしっかりと味わって、手放していけばよいのです。


そんなありふれた時間を大切にするということです。
 何の変哲もない、いつも通りの時間。代わり映えのしない時間も、自分にギフトされた貴重な時間です。
 どのシチュエーションにも、味わい深さがあります。そこで起こる喜怒哀楽、あなたへ贈られた宝物を味わいつくすことが大切なのです。
 そして、ピンチに見えることが起こった時、無理難題が持ち上がった時が、チャレンジの時。自分を成長させる教材がやってきた時です。
 そこで、「こうかな、ああかな?」と、取り組まないことに取り組んで、ほったらかしで生きる。すると、ある時、ストンと自分が納得できる時期が必ず来ます。
」(p.157)

何気ない日常を宝物だと思って、一瞬一瞬を味わいながら生きること。それが大切なのですね。

そしてピンチはチャンス。成長のチャンスだということを知って、取り組まないことに取り組む。この表現は面白いですね。安心してほったらかしにしておくのです。


大切なのは、自分の腑に落ちているかどうか。
 自分のものにできているかどうか。
 たとえ、自分の腑に落ちたものがスタンダードな考え方と違っていても大丈夫。
 そう思えるようになることが大事です。
 一人ひとりに、それぞれ多様な生き方があります。
 自分は自分でいい、そして、人は人でいい。そこに安心感を持ってください。
」(p.162)

真実は自分だけのものですね。自分の真実ですから、他人と比べて正す必要はないのです。ただ自分の真実に正直になることですね。


人生はせつないのだから、そのせつなさをしみじみ味わう。
 もし誰かがせつなさを味わっていたら、そっとそばに行って一緒にいる。
 せつない時には誰が何を言ってもせつないのだから、黙ってお茶でも飲んでいる。本当に「お互い様」なのだから、足を引っ張り合ったり非難し合ったりせずに、ナチュラルにいる。
 そこにしみじみとした味わい深さが出てきます。
 とってつけたような「修行」や「鍛錬」をしなくても、普段の暮らしの中でそうやって生きて、地球の上の人生を味わっていく。それで、十分です。
」(p.175)

無理に成長しなくていいのですね。何気ない日常を味わいながら生きること。その体験こそが宝です。

そして、せつない感情には、ただ寄り添っているだけでいいと言います。まさに、それが愛ですね。


上司は「機嫌が悪い」それ以上でもそれ以下でもない。機嫌が悪いという事実があるだけです。ただ見守ると、そこに自然に対応できるようになります。
 職場ではいろいろあるでしょう。仕事すべき時は仕事をし、休息する時は休息する。そして、ひとりでいられる時に、あらゆるものを起こるがままにする時間を持つのです。取り組まない。すると、先入観なしに、巻き込まれずに存在することができる。それが生き方のすべてに共通します。
」(p.192)

上司が不機嫌だと、自分のせいかと思ってドキドキしたり、理不尽に怒る上司に腹を立てたりしがちです。それを単に上司は機嫌が悪いという事実としてとらえ、眺めていればいいのだと言います。

自分が当事者になると、なかなか難しいかもしれませんが、「ただ自分に起こってくることを受け入れればいい」ということを知っているだけでもいいのだと言います。いつも頭の片隅に、そのことを置いておくことです。

時には受け入れられず、反応してしまうこともあるでしょう。その時は、その反応してしまう自分を見ていればいい。そのことを受け入れればいいのです。


最初から最後まで、一貫して問題を解決せず、見ているようにと言っています。しかしだからと言って、やるべきとわかってることをやるな、ということではありませんからね。働くべき時は働くのです。ただ、状況を良くしようとして、つまり何かを目指して、追い立てられるように行動することは意味がないのです。

私は最近、やっぱりこうだよなぁと感じていました。以前から言ってることでもあるのですが、ホ・オポノポノバシャールの考えもそうです。鏡の中に手を突っ込んで変えようとするのではなく、自分の考えを変えるのです。

そしてその自分の考えの根底には、「愛」か「不安」のどちらかがあると「神との対話」シリーズでは言っています。だから、目の前の状況がどうであっても、それは幻想なのだと見抜き、安心していることが大切なのですね。改めて、そのことを感じさせてくれる本でした。

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タグ:kan. 道家 タオ
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2020年11月30日

ずるい生き方



心屋仁之助(こころや・じんのすけ)さんの新刊を読みました。数多くの本を出版してこられた心屋さんですが、心屋さんとしての本は、これが最後になるのだそうです。心屋さんは、これまでのカウンセラーとしての活動を完全に辞めて、シンガーとしての活動を行われるとのこと。記念となる最後の本を読ませていただきました。

この本は、これまで語ってこられた心屋さんの考えの集大成になるものだそうです。したがって、ある意味で、この本さえ読めば、これまでの本に書かれている内容はすべてわかるということですね。


ではさっそく、一部を引用しながら、内容を紹介していきましょう。

「やらねば」とか「やるべき」をやめて、「やりたい」ことだけをする。生き方の優先順位を逆転させてしまうのです。
 それが人として、心の豊かな時間を過ごし、しかもお金も稼げて人からも愛される方法です。
」(p.17)

心屋さんは、これを「ずるい生き方」だと言います。努力もせず、頑張りもせず、我慢もしない。それでいて愛されて、豊かになる。そんな「ずるい生き方」を勧めているのです。


どっちにしても、お母さんを幸せにしてあげたいという気持ちが働くから、頑張ってしまう。
 これが、小さいときから刷り込まれる記憶なんです。お母さんとの関係が、自分を作るんですね。不思議なことに、このときお父さんの存在は一切出てこない。
」(p.61 - 62)

映画「かみさまとのやくそく」でも、子どもはお母さんを選び、このお母さんを幸せにしたくて生まれてくると言っていますね。そのことによって、無意識に自分自身を強制してしまうのかもしれません。

「お母さんを困らせてはいけない」「幸せにしなければいけない」と思っている人は、お母さんのことを「不幸」だと思っているのです。だから助けて「あげないと」と思う。
 なんて上から目線で、なんて失礼な(笑)。
」(p.64)

実際のところ、お母さんはそうしたくてそうしているのです。不幸だとすれば、不幸になりたくて不幸を選んでいるのです。不幸を選ぶことが幸せなのですね。

だから、親不孝していいのだと心屋さんは言います。親に感謝する必要もないし、何なら悲しませてもいい。お母さんはすでに幸せなのだ、という目で見てあげることが、本当の意味でお母さんの幸せに役立つし、自分も幸せになれるのです。


「僕が『自分はすごい』と言うことで、あなたに何か迷惑かけましたっけ?」
 というぐらいの態度で堂々としていたら、結果的にすごいと言われることがどんどん増えていくんですよね。
」(p.174)

福山雅治さんのコンサートで、心屋さんが感じたことです。福山さんは、ステージでは堂々としていて、自分を卑下することがない。だから、見ている方は安心して、その素晴らしさにハマることができるのです。

だから、前提を「自分はすごい」にすればいいのだと心屋さんは言います。根拠は不要なのです。前提ですから。


でも自分のほうが頑張っているはずなのにとか、面白いものを書いているはずなのにとか、そう思ったら嫉妬やねたみが生まれる。
 でもあるときふと思ったんです。
 どうして僕は、その100万部いった人のことを「見せられている」んだろう、「知らされている」んだろうと。そう考えたとき、
 「あ、そうか。これ、予告編なんだな」
 と思うようになったんです。
」(p.184)

羨ましいと感じるのは、自分もそうなれるからだ、という考えがありますよね。そもそもそうなりたくもないし、なれるとも思っていなければ、羨ましくも妬(ねた)ましくもないからだと。それを心屋さんはさらに進化させ、それは予告編なのだと考えます。

つまり、「いつかこんなふうになるよ」ということを、人生が見せてくれているんだというわけです。そう考えることによって、妬みという自分の進化を止めてしまう思考から解放されるのですね。


たとえば、何か問題が起きたときに「なんとかしなきゃ!」「解決しなきゃ!」とやっきになればなるほど、問題はそこに存在し続け、時に大きくなります。大切なのは「なんとかなる」と信じるかどうかなのです。」(p.197)

自分のことも他人のことも、目の前のことも「大丈夫だ」「これでいいのだ」。
 なんなら、
「私がやらねば誰がやる!」
 ではなく、
「私がやらねば誰やる!」
 ぐらいに全部信頼してしまう。ずるいでしょ?(笑)
」(p.197 - 198)

自分のことも他人のこと、大丈夫だって思うことが大事なのですね。自分には何の責任もない。周りが何とかしてくれるからと。


つまり、
 他人へのアドバイスや忠告は、
 自分へのアドバイス。
 だから、あなたが誰かに何かを言いたい気持ちになったり、ネットのコメントで悪口を書きたくなったりしたらちょっと立ち止まってください。

 (中略)
 それは自分自身へのアドバイス。気になる人へ投げたブーメランが、後ろから自分の頭に飛んできて刺さる! みたいな。」(p.204 - 205)

私も、SNSでコメントする時、これを意識するよう心がけています。この言ったことは、自分へ言うべきことではないかと。

投稿する時は、まさにそうだなぁと思いながら投稿するのですけどね。でも、つい誰かのコメントに反応してコメントを返す時は、忘れがちになります。でも、これがわかっていれば、後から自分のコメントを読み返すことで、気づくことも多いかと思います。


じゃあ、どんな人が幸せかというと、
 成功してもしなくても自分は認められていて、
 愛されていると感じている人なんですね。
」(p.211)

つまり、今あるがままで「これで充分だ」と感じているということです。そして、そう感じるためには、自分の好きなことを遠慮せずにやってみることなのだと。

そうしていれば、自然と成功するのだと心屋さんは言います。成功してから幸せになるのではなく、幸せを感じたら成功するようになるのです。


大丈夫だから、「ずるい生き方」をしよう! 心屋さんが、カウンセラー活動の中で最も伝えたかったことは、そういうことなのだろうと思います。

私も、「大丈夫だ、何とかなる!」ということが、この幸せ実践塾の究極のメッセージだと思っています。心屋さんには、たくさんの気づきをいただきました。今後のご活躍をお祈りしています。

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2020年11月21日

リト

かっこちゃんこと山元加津子(やまもと・かつこ)さんの新刊を読みました。

今回の本は、Amazonなど書店での購入ができないようです。モナ森出版さんエコ・ブランチ【樺゚田商会】鶴田紀子さんから購入することができます。

Youtube動画でも本の紹介をしています。また、かっこちゃんの本の一覧もありますので、ぜひご利用ください。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
この本は物語になっていて、子犬のリトが生きることの意味を探しながら旅をする話です。その過程で、ガシューダという不思議な存在が語られます。おそらくそれは「神」とか「サムシンググレート」と呼ばれる存在なのでしょう。

そして物語の中に、世界を襲う流行り病が出てきます。これはもちろん、今流行っているコロナウイルスを暗示しています。


誰のせいとか、誰が悪いとか思っても、流行り病いがおさまるわけではないのよ。誰かを恨んではだめ。恨むことは返って、ことを悪い方向へ進ませるわ。できることは、今、何をしたらいいか考えること。前を向いて歩いていくことよ。
 どんなことも必要で起きるとママは思っているの。だから、あの恐ろしい流行り病いにもきっと理由がある。でもね、その理由はずいぶん時間が経たないとわからないのかもしれない。
 ママもオリーもリトもいつかみんな死んでしまって、もっともっと時間がかかってようやくわかることもあるんだわ
」(p.85)

「悪い」という決めつけは、問題を解決することにはつながりません。起こることはすべて必要なこと、完璧で最善なのです。


「すべて必要で起きることなんだね」
 「うんそう。必要なんだ。全部だよ。ものも、ことも、人も、動物も、起きることも、何もかもがみんな必要」
」(p.107)

「人間万事塞翁が馬」と言いますが、「悪い」と感じることであっても、それが「良い」につながっている。だから、すべてが必要なのです。


出会いというものは、片方のためだけにあるわけではありません。いつも両方にとって必要なのです。」(p.123)

「神との対話」でも、人は贈り物を持って現れると言います。その贈り物を相手に与え、そして相手からも贈り物を受け取る。だから出会いは神聖なのです。互いにプレゼントを与え合うのです。その贈り物によって、私たちは気づきを得られるのですから。


覚えておいてね。この世界には約束ごとがある。それはどんなこともいつかのいい日のためにあるということ。
 ガシューダは私たちをいつも愛してくださっている。ガシューダの魂の声に耳をすませて生きていけば大丈夫。私はいつもそう信じているわ
」(p.132)

ママは娘のオリーとリトに対して、こう語っています。これが、かっこちゃんがみんなに伝えたいメッセージだろうと思いました。


「あとがき」でかっこちゃんは、この物語を作るきっかけになった雪絵ちゃんという女の子のことを語ります。雪絵ちゃんはMS(多発性硬化症)という難病で、やがて体が動かなくなって死んでいく病気です。症状が現れるたびに、目が見えにくくなったり、手足が動かしにくくなっていきます。

けれども雪絵ちゃんはいつも前向きで、いつも「私は私でよかった」ということを繰り返し伝えてくれました。
 「もし目が見えなくなったら、手や足が動かなくなったら、私は、目や手や足にありがとうと言うよ。私のために頑張ってくれたのに、なんでよーなんて言ってはあんまりだから。ありがとうって言うよ」
 「私は12月28日に生まれました。1分1秒間違いなくこの私になるために生まれてきたよ」

 そんな雪絵ちゃんが亡くなるときに、私に言いました。
 「世界中の人に、一人ひとりが違ってそれが素晴らしいということ、みんなが素敵で大切だということ。すべてがいつかのいい日のためにあることをかっこちゃん(私のことです)が伝えて。約束して」
 それが雪絵ちゃんの遺言になりました。
」(p.150)

雪絵ちゃんの想いに応えようとして、かっこちゃんは講演をしたり、本を書いたりしているのです。


それにしても、雪絵ちゃんという少女は、天使なのだなぁと思いませんか? 私はそう思います。
かっこちゃんは、天使から見初められたのでしょう。そして、このメッセージを伝えてくれるかっこちゃんは、私たちにとっての天使なのだと思います。

だからこそ私は、そのメッセージを他の人に伝える天使になりたいと思うのです。

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2020年11月13日

明日を笑顔に



日本講演新聞(旧「みやざき中央新聞」)に、とても魅力的な記事を書かれる人がいます。現在は中部支局長をされている山本孝弘(やまもと・たかひろ)さんです。最近は時々、社説も書かれるようです。随分と出世されたなぁと思いながら、注目していました。

その山本さんが、本を出版されたと聞きました。最初のご著書ですから、これは買わずにはおれません。さっそくネットで注文しました。

新聞でも、センスの良いコラムを書かれていた山本さんが、いったいどんな本を出版されたのかと思ったら、文庫本サイズのエッセイ集のような本でした。

旅がお好きで、経験豊富な山本さんのエッセイは、読んでいてほっこりしたり、ホロリとしたり。そんな見開き2ページにぴったり収まるエッセイが、36話、収められていました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。それほど長い文章ではないので、特に気に入ったエッセイを2つ選び、そこからの引用です。

今では口癖になっているという桜井さんの台詞に心を打たれた。
 「私は不運ではあったが不幸ではない」
 不運を不幸だと思わない生き方をする人に幸福はやってくるようだ。
」(p.55)

「不運を不幸と思わない生き方」と題したエッセイで、桜井昌司さんという冤罪被害者の方の話です。あの冤罪があったからこそ幸せに生きられる。そう桜井さんは本気で思っておられるようです。


妻の無言の励ましを受けて世間の攻撃と戦ってきたと言う河野さんは、さらにこう言った。
 「人は間違えるものです。仕方ありません。人を恨むことで人生に与えられた貴重な時間を費やすくらいなら他のことに使いたい。私は人格者ではありません。許す方が楽だからそうしているだけです」
 平穏に常に感謝し、今は釣りが楽しみだと語る彼に真の強さを見た。
」(p.57)

これは「その男は「許す方が楽だ」と言った」と題するエッセイで、松本サリン事件の被害者でありながら、犯人扱いされた河野義行さんの話です。

河野さんは、刑を終えた犯人を自宅に優しく迎え入れました。何の落ち度もないのに、しかも被害者なのに、犯人扱いされて苦しめられた。その原因となった犯人を、河野さんはいとも簡単に許されたのです。

それは、14年間、意識が戻らずに亡くなられた奥様から、いつも見守られ、励まされてきたという思いがあったからのようです。恨んで生きるのも人生なら、許して生きるのもまた人生。河野さんは、それが楽だからと言って、許す人生を選ばれたのです。


山本さんのエッセイには、いろいろな人が登場します。そこで語られるエピソードは、山本さんご自身の経験の深さによって培われた人間観察力によって掘り出された、一級品の彫刻のような感じがします。だから私は、山本さんの文章が好きなんですね。

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