2017年06月26日

晴耕雨談 第1弾

今日は本ではなくCDの紹介です。アマゾンなどでは取り扱っていないようですので、お求めは喜多川泰さんのオフィシャルサイトからどうぞ。

先日、「読書のすすめ」さんの企画で、喜多川泰さんの講演会に参加しました。

そこでは、喜多川さんの講演、読すめ店長の清水克衛さんの講演、そしてお二人の対談が行なわれました。

その後、書店の方へ移動して、喜多川さんのサイン会も行なわれました。そこでこのCDを購入して、サインをしていただいたのです。

喜多川泰
【喜多川泰さんと一緒に】

清水克衛
【清水克衛さんと一緒に】


CDは、喜多川さんが尊敬してやまない各分野で活躍する一流の人を招いて対談するというもの。その第1弾は、通称ウエジョビ(上田情報ビジネス専門学校)副校長の比田井和孝さんです。

比田井さんと言えば、「私が一番受けたいココロの授業」がベストセラーになった教育者で、喜多川さんとは相通じるものがあるようです。


CDなので、引用することができないのですが、心に残った話をご紹介します。

お二人とも教育者という立場なのですが、そこにはどうやって生徒を成長させるかという課題があります。ウエジョビでは、「挨拶、掃除、素直」というスローガンを掲げて、そういう生徒を育てたいと思っているのだそうです。

では、どうやって生徒に挨拶させるのか? 比田井さんは、けっきょく先生たちが変わらなければならないのではと気づき、先生たちの間で意識を共有するところから始めたと言います。

喜多川さんもそれに同意され、けっきょく他人を動かすことはできないのだと言われます。他人を裁いたり押し付けたりするのではなく、自分がそうであろうと努力し続けること。その姿を見せるしか方法はないのだと。

これを、「人を相手にせず、天を相手にする」と言われています。西郷隆盛「敬天愛人」につながる考え方ですね。他人を批判したい気持ちをぐっと抑え、黙って自分がやるべきことをやる。それしか方法はないのだと。


喜多川さんと比田井さんの熱い思いがぶつかりあう対談は、何度も繰り返して聞きたくなります。

晴耕雨談 第1弾
 


posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:20 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月23日

TREASURE トレジャー



犬飼ターボさんの本を読みました。成功小説というジャンルでは、日本で草分け的存在の犬飼さん。その犬飼さんの成功者シリーズ3部作の第1部になります。

出版されたのは第2部の「チャンス」、第3部の「ドリーム」が先です。第1部が最後になっています。この第1部は、「チャンス」でメンター役として登場する弓池を主人公とした物語だと、「ドリーム」で語られていたのですが・・・。読んでみると違っていましたね。(笑)

「チャンス」と同様に、飲食業界での成功を夢見る中田功志が主人公で、弓池をメンターとして様々なことを教わるという内容でした。「チャンス」ほどは教わる頻度が少ない感じですね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

「困った出来事が起きたら、『私は何を学ぶためにこの出来事を体験しているのだろうか?』と自分に問いかけるんだ」
 コウジはノートに書いた文章を味わった。
「なんだか不思議な質問ですね。”何を学ぶために”ですか。そんなふうに考えたことはありませんでした」
「不幸が起こったのではない。自分が常に成長するために最適な出来事を引き寄せているんだ。この質問を続けていくと、全ての体験を選んでいるのは自分だという認識が育っていく」
」(p.105 - 106)

出来事はすべて自分のために起こる。その認識を深めていくことが重要だと弓池はコウジに説明しているのです。


弓池は3つの意識について説明してくれた。
 意識……思考であり、知覚し考えている自分のこと。
 潜在意識……過去のデータが蓄えれれている。主に危険や苦痛から守るために働いている。
 神性意識……全ては1つであることを知っている意識。それを体験するために出来事を起こす。
」(p.110)

自分の思考が出来事を引き寄せるのですが、その思考を生み出す意識に、この3つがあると説明します。そして、ほとんどの場合は潜在意識や神性意識で出来事を創造すると言います。

「神との対話」などで言われているのも、まさにこの通りです。神性意識というのは、魂と言ってもよいでしょう。ですから、自分の意識(顕在意識)で考えたことではないようなことが起こるのです。

しかし、たとえ自分の意識が自覚してないとしても、この3つの意識は「自分」そのものです。ですから、自分がその出来事を選んだことには違いなく、またその目的は、自分のためになることだと言えるのです。


でも君は、本当は自分で成功すると認めたいんだよ。ところが、その認めたいという想いを自分で認めていないから、他人に認められたいと思った。これは、自分で想いを認めないと、代わりに誰か他人に認めてほしくなるという心の作用なんだ。『自分を認めたい』という想いを認めないと、『認められたい』になる。『役立ちたい』という思いを認めないと、『感謝されたい』になる。『自分を愛したい』という想いを認めないと、『愛されたい』になる」(p.131)

他人の評価を得たくなる(執着する)のは、自分が自分を評価していないからです。本当は自分で自分を評価したいのだと気づかないと、自分を評価できません。まずは自分の本当の欲求に気づくことが重要なのですね。


(そうだ、あのときも大好きだと言ってくれた。今も……僕は愛されているんだ)
 それに気づくと、自分でも驚くような答えがふと浮かんできた。
 愛を学ぶため。
 今、この出来事は愛を学ぶために体験している。
」(p.300)

すべての出来事は、究極的には「すべては1つのもの」であることを学ぶために、思い出すために起こります。そしてそれは、「愛」だということです。この世はすべて愛だったことに気づく。そしてそれを体験する。それが、起こる出来事の目的なのですね。まるで「神との対話」で語られているような内容です。


本の帯には、「実話をもとにした、心が軽くなるビジネス小説」とあります。この小説に出てくるエピソードのほとんどは、犬飼さんがインタビューした実話だそうです。事実は小説より奇なりと言いますが、そういうことがあるのでしょうね。

物語形式なので読みやすく、また主人公に感情移入して、自分がその場で生きているかのように感じます。そして主人公とともに苦悶しながら学び、成長していくのです。犬飼ターボさんの成功小説は、わかりやすく真理を伝えてくれます。

TREASURE トレジャー
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:40 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月21日

お金のいらない国2〜4

  

以前に読んだ第1作の「お金のいらない国」が素晴らしかったので、その続編を買ってみました。作者は長島龍人(ながしま・りゅうじん)さんです。

物語のシチュエーションはすべて一緒です。主人公が未来の社会に紛れ込み、その社会にお金がないことに驚き、自分が住んでいた社会のいびつさに気づいていくというものです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。なお、ページの前に数字を入れましたが、これが何作目かを表しています。

「じゃあ、その国の真似をすればいいじゃないですか。いっそのこと税率を百%にしてしまえば……」
「ええ!……ああ、でもそうか。そうすれば確かに、お金のいらない国になりますね」
」(2 P.9)

言われてみると、たしかにそうですね。税率100%なら、お金が要らないことになります。稼いだお金はすべて税金として吸い上げられ、あとは使いたいだけ使えるのです。それで上手くいくなら、何の心配も要らないように思います。どう思いますか?


紳士はしばらく黙っていたが、ぽつりと言った。
「お金はね、貯めてはいけないものなんです。貯める人がいなければ、貧しい人も生まれません」
 紳士は言った。
「そしてもうひとつ、あなた方は重大な過ちを犯しています」
「な、なんでしょう?」
「その進歩とお金を得るために、たくさんのものを作り、捨てたことによって、資源が大量に失われ、環境が破壊されたのです」
」(2 P.11 - 12)

お金を貯めるということは、将来への不安であったり、今持っていないくらいのお金がかかるものを買うためです。しかし、そうやってお金が滞留しているということは、それだけで無駄になっているのですね。

たとえば、お金がなくても欲しいものが得られるなら、家が欲しい時は「家が欲しい」と言えば、家を建てたい人(大工さんなど)が家を建ててくれます。お金が貯まるのを待つ必要はないのです。将来、病気などでお金が必要になっても、その時に必要なケアをしてもらえるなら、前もって貯め込む必要はありません。

そして、お金を貯めるためにお金を稼ごうとすると、不要なものを大量に買わせるための努力をすることになります。それが資源の無駄遣いになっているのです。


お金が存在しなければ、子供の養育費や教育費もいらないから、他人が保護者を特定する必要はないかもしれないし。結婚しても、誰かを扶養する必要もなければ離婚の時に慰謝料を払うこともないから、これも本人たちの気持ちの問題だし。遺産相続も無いから、親族が誰かなどは当事者だけがわかっていればいいことでしょうしね。そうなると戸籍も必要ないか」(2 P.24)

たしかにそうですね。今の結婚制度は、お金があるからこそ必要な制度かもしれません。お金がないのであれば、親子関係も周りや社会が把握しておく必要がないとも言えません。

もちろん、子どもの養育を親が放棄をした場合のケアは必要ですが、親の養育義務が、要はお金の問題に行き着くのであれば、他の人が養育したっていいわけです。養育放棄する人は、どうせそうするのでしょうから、同じことですからね。


病気は、精神を含めた体の異常を訴えるサインですから、治療は表れた症状を抑えようとするだけではだめなんです。また、体は自然の力で治ろうとしますから、そのために出ている症状をむやみに抑えてしまうと、かえって治らなくなります。病気の原因は、その人の生き方、考え方、経験、環境など、あらゆることが考えられます。医者は患者のそういったことまですべて引き出して、親身になって治療に当たれる人がならないといけませんね」(3 P.38)

お金がない進んだ社会では、病気に対する考え方も違いがあるようですね。(笑)
しかし、本来はそういうものだろうと思います。保険診療の問題もあって、医療関係者はやはり、どうやってお金を儲けるかということも考えざるを得ないのが、今の医療だと思います。

本来なら、未然に病気を防ぐ予防とか、なるべく身体に負担がかからないように薬を使わないなどの治療法が、優先されるべきだと思います。それをしないのは、それでは儲からないからです。


そうか! やはり、根本原因は所有じゃないか! 自分だけのものという概念。自分のものと人のものを分ける発想。そして比較する、競争する。そういう社会では、自分にとって都合のいいことは、相手にとっては都合が悪い。自分が勝てば相手は負ける。自分の幸せは相手の不幸せ。この、所有に伴う、比較、競争、勝ち負けの世界。これを基本にしているから、お互いが納得できる道などないと思い込んでしまうのではないか。」(3 P.47)

なぜ対立が起こるのか?
それは競争しなければ必要なものが得られないと信じているからです。競争してまで何かを手に入れなければ、それが不足していると信じているからです。

これは、まさに「神との対話」が示している幻想です。幻想によって不安が生まれ、その不安に突き動かされて、所有しなければと思い込んでいるのです。


「そうか。同じにしなきゃいけないと思うから苦しいのね」
「相手に自分の意見を受け入れさせようと思うからけんかになるのよ。お互いが受けとめられれば問題は起きないでしょう?」
」(4 P.16)

相手の意見を受け入れる(=同意する)必要はなく、ただ受け止める(=相手は相手の意見のままでいいと思う)だけでいいのです。違いがあって当然だと思えば、何も問題は起こりません。

それを、自分の意見以外は間違っている(=あってはならない)と思うから、問題になります。そして、そう思ってしまうのは、不安があるからです。そうでなければ生きていけないという不安が、自分の意見に固執させるのです。


正解を覚えればよいという教育は自分で考える力をつけない。答えは決まっているのだから覚えるだけで考える必要はない。誰もが同じことを覚えさせられ、そこに疑問の入り込める余地はない。また、わからないことは質問すればいいから、依存が起きる。自立ができない。結果、自分が何をしたいのかわからない、することが決められないという人間が作られる。」(4 P.41)

現代の教育の問題は、自分で考えさせるのではなく、誰かが考えた「正解」を覚えさせ、当てさせるだけの教育になっていることだと思います。だから個性など、生まれようがありません。他人と違うことを否定されるのですから。


肉体がなくなれば、お金や財産はいくらあっても触れることもできず、使いようがない。地位や名誉のようなこの世限りのものにも価値はない。死んだ後に意識が残ると思うのと思わないのでは、ものの価値観が大きく変わりそうだ。」(4 P.54)

人は誰も死にます。死亡率100%ですから。その死ぬ時に、何か必要なものがあるでしょうか?
それを考えれば、本来、何も必要でないことがわかります。この世に生きている間だけの幻想だとわかるのです。そんなものにしがみつくことで、もっと大切なことを忘れてしまっている。それが私たちなのでしょう。


このシリーズは、単にお金がない社会の空想だけでなく、人としての本来の生き方に対するヒントを与えてくれているように思います。

もちろん、そんな理想的なことがすぐにできるはずはない、という考えもわかります。でも、誰かが一歩でも踏み出さなければ、いつまでたってもそこへ到達することはできないでしょう。ですから、今の自分ができる一歩を踏み出せば、それだけでも進歩だと思うのです。

たとえば、ここで紹介した本を読むのも小さな一歩です。また、「ベーシック・インカム」などの本を読み、最低限の生活に関してお金が要らない社会のことを勉強するのも、小さな一歩だと思います。

1冊あたりわずか60ページほどなので、すぐに読めてしまいます。ですが、その内容はとても深いものがあります。ぜひ、じっくり読んでみてください。

お金のいらない国2〜4
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 22:01 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月19日

ブレイクスルー



先日、喜多川泰さんの講演会へ行き、書店「読書のすすめ」で行われたサイン会へも参加しました。その時、喜多川さんが松尾健史(まつお・たけし)さんの本を紹介されていました。

松尾さんのことは全く知らなかったですが、喜多川さんがそこまで勧められるならと思い、買ってみることにしました。

本の帯には、作家・喜多川泰さんの推薦文(?)として、こう書かれていました。「「突き抜けろ!に心震える、圧倒的爽快感!」

この小説の特異な点は、主人公が複数いることです。同じ時期の登場人物を、それぞれを主人公にした物語と言えばよいのでしょうか。表現方法はわかりませんが、短編のようなそれぞれの登場人物を主人公にしたような物語が、他の短編の物語と関連しています。

ですから、誰が本当の主人公なのかということはよくわからないのですが、それぞれにそれぞれの人生があり、その中でそれぞれが「突き抜ける!」ということをテーマにして、自分の人生を戦っているように感じました。


それではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。ただ、これは小説ということもあるし、まとまった文でメッセージを伝えられそうなところも少なかったので、引用はごく一部にします。

知っていると見えるけど、知らないと見えないことっていうの、世の中にはあるじゃん。ウミガメ一つをとってもそうだよね。これから俺がウミガメを見たときにはさ、今までよりもたくさんのことを読み取ることができると思うんだ。一つの情報から、より多くより深く読み取れることを、俺は『知性』って言うと思ってるんだ。」(p.112)

ハワイの海でサーフボードに乗って波を待っていた時、ウミガメに出会って乗ってみたくなったのだそうです。でも、人間がウミガメに触れたら人間の匂いが残るので、そのウミガメは群れからはじき出されるのだとか。

そういうことを知ることが、実は人生や社会にとって、重要な判断をする上でのポイントになる。だから、どんな出来事が自分に役立つかは、何とも言えないのです。だから、何でもないがしろにすることなく、今の人生を受け入れて、そこから学ぶことが重要なのでしょうね。


「突き抜ける!(ブレイクスルー)」というのは自分の限界を超えるということです。ちょっとしたことでもかまわないけど、自分が「ここが限界だ」と勝手に決めたことを、「そうじゃないんじゃないの?」と思って超えてみる。そうやって突き抜ける経験を増やすことで、自分の変化が加速するのだろうと思います。

この小説は、それぞれの立場で課題を抱えながら、それを突き抜けようとする人々の物語と言えるでしょう。どこにでもいる普通の若者が、それぞれの人生の中で、自分の限界に挑戦する。こういう話を読むと、自分ももっと突き抜けなくちゃなぁと思うのです。

ブレイクスルー
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 23:44 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月18日

タッチハンガー



何で知ったのかわかりませんが、三砂ちづる(みさご・ちづる)さんの本を読みました。読み始めて気づいたのですが、これはエッセイ集なのですね。「ウフ.」という雑誌に連載された「タッチハンガー〜ふれられなかったあなたへ〜」に、加筆・訂正して制作された単行本です。

サブタイトルに、「がんばり続けてなお、満たされないあなたへ」とあります。本の帯には、「Touch(タッチ)=ふれあい Hunger(ハンガー)=飢え 欲しいのは包み込む優しさ、無償の愛。」と書かれています。触れられるだけで、すべてを受け入れてもらえるような愛を感じる。そんなことがテーマかと思います。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

恋人が欲しい、誰かにそばにいてほしい、という思いは、しかし、ひょっとしたら、そっと誰かに抱きとめられ、受けとめられ、背中をなでてもらいたいということではないでしょうか。今の日本では、恋愛を通じてしか抱きしめらられ、やさしくなでてもらうことができなくなってしまっています。セクシャルなニーズのもっともっと前に、そっとふれられたい、しっかり抱きしめられたいという人としてのニーズがあるということに、なかなか気づけずにいます。」(p.6)

たしかに日本では、「触れる」ということが、すごく特別なことになっていますからね。恋人同士とか、まだ子どもが小さい頃の親子しか手をつながない。それが当たり前という空気があります。

でも、三砂さんが長く滞在されたブラジルでは、普通にハグし合ったりするのだとか。そういう経験によって、人として人肌に触れたいという欲求があり、触れてもらいという欲求があるという気付きになったのだと思います。

ブラジルでは家族は必ず抱擁しあうし、親しい友達同士もいつもハグしています。同性の友人だけではありません。異性の、恋人でもない友人と会ったときもしっかり抱きしめます。そのときの気分や会わなかった時間の長さや思いによって抱き方は微妙に変わります。別に恋人にならなくてもいいけどちょっと素敵だな、と魅力を感じる人は、周囲に一人二人はいるものです。特別な関係にならなくてもいいけどちょっと抱きしめてみたい、という人もいるでしょう。日本ではそういう気持ちは行き場がありません。手を取ってしまったり抱きしめてしまったりしたら、それはもう特別な関係になるしかありません。絶対に手を出さないか、あるいは「最終的な関係」までいってしまうか、どちらかしか魅力的に感じている人に接するすべはありません。」(p.10)

このように、日本の杓子定規な関係のあり方について、疑問を呈しておられます。もちろんこれは、日本が間違っているという意味ではなく、ちょっと不便じゃないかなぁというくらいの感じだと思います。


「タッチハンガー」はふれられなかったわたしたち、みんなが持つ心の渇望です。だからと言って、今、すぐには人にはふれられない。今の日本を生きるわたしたちの世代は、そうやってふれてもよいと思えずに生きてきたのでしょうから。ならばせめて時折、「もの」の所有に対するルーズさ、いい加減さを取り戻しながら暮らすことから始められるのかもしれません。」(p.111)

スペインの人とルームシェアをしたとき、冷蔵庫の中の物は、どっちが買ったかに関係なく自由に使うのが当然という感じだったのだそうです。また沖縄でも、「この鉛筆借りましょうねー」という言い方で、貸して欲しいという意味になるのだとか。

誰の持ち物という厳格な区別をせず、所有に対するルーズさがある。そういうルーズさがあると、生きることが楽になると三砂さんは考えるのです。


最近の母親と子どもはあんまり肌と肌でふれあってないんじゃないかなあ。昔は、日本は、みんなすぐ裸になってたからね。だからおっぱいなんてずいぶん大きくなるまで吸っていたなあ。ほら、昔の女の人って、みんな日本髪結っていたじゃない。あれ、上半身裸で結うんだよね。ぼくの母もよく鏡の前で、きものを半身脱いで髪を結っていた。ぼくはさ、高校生になっても、学校から帰って母が半身脱いで髪結っていると、母のおっぱいさわったり吸ったりしてたもんだよ。」(p.130)

三砂さんの知り合いの70代のドクターが、このように話されたそうです。さすがに私は経験ありませんが、私の祖母などは、暑い夏は上半身裸で過ごしてましたし、郵便配達の方が来られても、そのままのかっこうで受取りに出たりしていました。

銭湯が普通にあったので、少なくとも同性間なら、裸を見せ合うことに抵抗はありませんでした。けっきょくこういうのは、慣れの問題なのかなって思います。


「子育てはストレス」という言い方をやめたいなと思います。言葉には力があります。言い続けるとそのような気がしてきます。かわりに「子育てが一番楽しい」と言ってみたらどうでしょう。あれ、でもそうすると、女に子育てを押しつけるな、男も協力せよと鋭意努力してきたわたしたちの今までの主張はどうなるのか。たくさん子どもを産まされて(ということになっている)、苦しんできた昔の女性たちの苦しみはどうなのか。そう思いはします。でも、「楽しいから、一緒にやりましょうよ」と言えるようになるほうがいいのではないかなあ。「これがストレス」と親に思いながら育てられることを、あなたが子どもなら望むでしょうか?」p.167)

たしかにそうですね。子育ては大変だという一面があることも事実ですが、そう言われたら子どもとしては立場がありません。


幼い人ほど丁寧に接していたい。ゆったりとした気持ちでやさしい手でそっとふれていたい。おだやかな声で語りかけていたい。しっかり抱きしめて、あなたのことをわかっているよと言ってあげたい。大丈夫、少しずつ楽になるからと語りかけてあげたい。言葉で説明できないってつらいよね、言葉で説明できないから泣きたくなるんだよねと泣いている子には寄り添っていたい。言葉が話せるようになった子の話はないがしろにしないで、丁寧に聞いてあげよう。たくさんたくさんの思いが一言に込められているはずだから。小学生には、こんなに大変なのに、生きているだけでえらいと言ってあげよう。中学生には、まだまだしんどいよね、でも大丈夫だよと言ってあげたい。」(p.211)

辛くて自殺する人が大勢います。大人には大人の辛さがありますが、子どもには子どもの辛さがあります。それが大人からすれば「たいしたことないじゃない」と思えたとしても、子どもにとってはどうにもできない大変さだったりもするのです。

そういう三砂さんの経験を重ね合わせながら、三砂さんは大人の方がまだ自由だなと言います。子どもには選択の余地がないことが多いけれど、大人には自分で選べることが増えるからです。だからこそ、子どもに寄り添いたいと言われるのですね。


エッセイなので、「かくあるべし」というよな話はないし、体系立てて何かを説明するものでもありません。一つひとつのエッセイを読みながら、「なるほど。うん、そうだな。」とか「いや、ここは私ならこうだよ。」みたいな、自分の思いを確認するような読み方になりました。

タッチハンガーという言葉は初めて聞いたのですが、たしかに「人肌が恋しい」という思いは、普遍的にあるのかもしれないと思います。チンパンジーの赤ちゃんも、母親に抱かれないとうつ病になるそうですからね。

寄り添うこと、抱くこと、触れること。そんなことを、この本を読みながら考えてみるのも、いいのではないかと思いました。私がやっているレイキは、ただ触れているだけなのですが、私はこれは愛だと思っています。ただ触れているだけ。それだけで癒されるものがあるのです。

タッチハンガー
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 23:13 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月15日

セックスは、神さまからの贈りもの



友人からもらった本を読みました。著者はチャック・スペザーノ博士。対話形式になっていて、質問者はVOICEの喜多見龍一(きたみ・りゅういち)氏、通訳は大空夢湧子(おおそら・ゆうこ)氏、監修は栗原弘美(くりはら・ひろみ)氏となっています。

帯にもあるように、コミカルな一コマ漫画がたくさんあり、また対話形式にすることで、インタビューを聞いているかのような内容になっています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

つまりセックスは、人生のなかで大きな比重を占めているにもかかわらず、私たちは、その翌日の会社で「きのうはさあ、二回もセックスしちゃってね」と語ったりは、決してしない……。社会的には口にはしない。しかし頭の中にはしっかり定位置の居場所があって、時折、救急車の赤色灯のようにピーフォンピーフォンと光ったりもするのだ。」(p.4)

つまり、セックスについて大っぴらに語ることは滅多に(まずほとんど)ないにもかかわらず、頭の中に占める割合が大きく、重要なポジションを得ている、ということなのです。このことには、おそらく誰もが納得されると思います。

この本は、そのセックスの重要性を心理学的アプローチで、途中からはスピリチュアル的アプローチで、つまびらかにしていくものと言えるでしょう。


さげまんの意識の下に隠れているのは、素晴らしいギフト(才能)です。さげまんの人も、実はあげまんなのです。ただ、あげまんの部分が隠されているだけです。問題の下には、必ずギフトが隠されています。そのギフトはクリエイティビティであり、ミラクルであり、また、トゥルー・ラブ(真実の愛・真実のパートナー)です。」(p.34)

カップルは、お互いが対等な関係になるよう、パワーを与えたり吸い取ったりするのだそうです。そして対等になると、さらにコミットし続けて、全体でパワーがアップする。その時、「パートナーのひとりは世界に対して大きな貢献をしていくようになり、もうひとりは相手に対して徹底的に与え続けていくようになる」のだとか。これが「あげまん」の構造だと言います。

「あげまん」とは、「ナチュラルな形で流れに乗っている人のこと」で、その人からは常にエネルギーが流れ出ています。その逆が「さげまん」で、「被害者、加害者のパターン」を持っているなど、流れからそれている人だと言います。

そんな「さげまん」でも、「セクシャリティを持ってリーダーシップを発揮できる存在なのかもしれない」と言います。隠されたギフトを発見することで、大きく変わることができるのですね。


さげまんは、怖れという言葉に置き換えることができます。自分がどんどん縮こまっていくことであり、罪悪感や恥という間違った自己概念を信じている。つまり、自然な流れに乗っていかない道にいるわけです。
もし、あなたが流れに乗っていったなら、あなたはあなた自身になっていきます。すごく魅力的になるばかりか、自分はいいことをたくさん受け取って当然だし、自分には受け取るだけの価値があると信じられるようになります。しかしさげまんは、自分には悪運がついているという間違った自己概念を信じている。その上、自分は物事を台無しにする存在なんだと考え、それを楽しんでいる向きがあるのです。
」(p.44)

自尊心がない、自信がない。だから高い評価を受け取れないし、罪悪感を感じる。それが「さげまん」の傾向です。そして、あえてそういう自分であろうとしている。アドラー心理学で言うなら、そうすることが都合が良いからなのでしょう。


あなたのパートナーは、愛なる神、大いなる宇宙の力に至るためのゲートウェイ(入り口)なのです。エンライトメント(悟り)の最初の段階は、マインドの悟りです。ここで、私たちはワンネスを経験します。」(p.170)

パートナーを通じて悟りに至る。悟りとはワンネスを経験すること。ここまで来ると、完全にスピリチュアルですね。

ワンネスは、時間も空間も超越していますから、それ自体は変わることがあり得ません。私たちは、本来はワンネスの中にいます。つまり、私たちは「ワンネスから離れている」という夢を見ているに過ぎないのです。だから、私たちはパートナーとの関係を通して学び、夢から覚めようとしているのです。それは、とりもなおさず、自らがマスターになること。ブッダやキリストになり、そして、神とひとつになるということにほかなりません。」(p.178)

「神との対話」を読まれているなら、ここに書かれていることにうなずかれることでしょう。人間関係においてのみ、私たちは進化成長します。したがって、その人間関係の中でも特に重要なパートナーとの関係が、私たちの進化成長、その行き着く先の悟り(覚醒)のために、重要な役割を果すのです。


この本では、セクシャリティな内容が、面白おかしく、そして真面目に書かれています。そしてその行き着く先が、私たちの魂の目的であり、悟りにあることも示されています。

ただ、正直なところわかりづらいです。説明が端折られているように感じます。それは、質問者にある程度の知識があるために、細部を突っ込んで尋ねていない、ということがあるのではないかと思いました。

また、途中に博士のセッションの様子が書かれているのですが、対象者がスムーズにイメージし、博士の質問にスラスラと答えていることに違和感を覚えます。まあそういうすぐにイメージできる人もいるので、これが偽りとは思いませんが、私にはできないなと感じたので。

そういったことはありますが、パートナーとの関係、セックスについて、一歩踏み込んだ内容であることはたしかです。

セックスは、神さまからの贈りもの
 

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2017年06月12日

ダラダラ気分を一瞬で変える小さな習慣



もう6年前になるでしょうか。箱根ブランディング合宿で同室になった大平信孝さんの4冊目の本を読みました。今回は奥様の大平朝子さんも共著になっています。

以前に紹介したのは、「本気で変わりたい人の 行動イノベーション」「今すぐ変わりたい人の行動イノベーション」「「続けられない自分」を変える本」です。

友人と呼べるほど親しい関係ではありませんが、それでも同じ部屋に泊まり、将来を語り合った仲。そういう人がベストセラー作家になっているというのは、何となく誇らしい気持ちになります。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

ダラダラしてしまうのは、何もあなたが悪いわけではありません。
 あなたがダラダラしてしまうのには、ちゃんとした理由があります。
 じつは、あなたが「コントロールできないものをコントロールしようとする」から、気疲れしたり、心が折れたりしてしまって、仕事がはかどらないのです。
」(P.5)

冒頭でこのように説明しています。ついダラダラして行動できないのは、本来コントロールできるものに意識を向けず、他のことを考えているからですね。

ですから、対策は簡単です。コントロールできることに意識を向けるよう、工夫すれば良いのです。


では、「適度な緊張」を保つために、具体的にどうしたらいいのか?
 適度な緊張を保つ手段は3つあります。私は、これを「緊張スイッチ」と呼んでいます。次にあげる「3つの緊張スイッチ」のうちのどれか1つをオンにするだけで、適度な緊張を作ることができます。

@緊張を緩める(ユルメル)
A緊張を高める(タカメル)
B気持ちを切り替える(キリカエ)
」(P.33)

緊張が高すぎるプレッシャーも、緩すぎるダラダラも、仕事に集中するのにふさわしくありません。また、適度な緊張感があっても長過ぎてマンネリ化すれば、こても効率が下がります。ですから、適度な緊張の持続を目指す必要があるのです。

そのための方法を大きく分けると、上記の3つになるのですね。ここで紹介する全部で50個のルーティン(小さくて簡単にできる行動習慣)は、上記の3つに分類して紹介してある、というわけです。


ポイントは、会社のためでも、お客さんのためでもない、あなた自身の自己投資のために時間を使うこと、個人的に興味があって、あなたの理想の未来につながることに、1分間集中して取り組むことです。
 1分間経過したところで気分がよければそのまま続け、気分が乗らなければスパッとやめればいいのです。
」(P.60)

これは6番目の「タカメル」のルーティンにある「通勤電車で時間を持て余すときは「1分間勉強」する」に書かれています。

このように、ルーティンは簡単で、ハードルが低いものになっています。1分間の勉強で何ができるのかと否定的に考える人は、結局何もしません。しかし、とりあえずやってみるという人は、1分のつもりが10分になったりして、日々の時間を合わせると、かなりの勉強時間を確保したりもするのです。

ですから、簡単だから、ハードルが低いから、無意味とは言えないのです。まず第一歩を踏み出してみる。そこから始めることですね。


以上をふまえて、出勤時にたった5秒で、仕事のパフォーマンスを上げられるルーティンをご紹介します。「オフィスの入口で、(オフィスという場に)お辞儀をする」です。
 オフィス(という場)に対して挨拶することで、アウェイ感が減り、オフィスがホームに近づきます。
」(P.70)

これは9番目の「ユルメル」のルーティンです。オフィスがホームになれば、緊張せずにマイペースで仕事ができますからね。

実はこれに似たことを、私はやっていました。それは、一番最初に出勤してオフィスの鍵を開けるというものです。これでオフィスが完全に私の居場所になりました。ついでに机の上を拭いたり、こっそり社長の椅子に座ってみたりもしましたけどね。(笑)

野球などでは、グランドに入る時に帽子を取ってグランドに挨拶します。それは礼儀でもありましたが、そこに愛着を感じる一因になっているようにも思います。


このようなルーティンが50個紹介されています。そして最後に、ルーティンに関してこう言っています。

ルーティンは、自分で決めた行動の積み重ね。ルーティンを活用することで、あなたがコントロールできるものにフォーカスできるようになります。その結果、あなたの人生に主体的な流れが生まれるのです。」(p.218)

ルーティンそのものは簡単で、実行するのにハードルが低いものばかりです。しかし、その目的は大きなことを行うことにあるのではなく、コントロールできないものから自分でコントロールできるものへと、意識を向け変えることあります。


この本にも書かれていますが、この50個をすべて行う必要はありません。それに、この通りに実行する必要もないと思います。自分に合うもの、必要なものを選んで、あるいは自分で工夫して、ルーティンとしてやればよいと思います。

そうすることで、日々の単調な生活にもマンネリせず、また進歩がないことに将来を悲観せず、やるべきことを淡々とやれるようになる。それがルーティンの力だと感じました。

なかなか思った通りにやれないと感じている方には、ぜひお勧めしたい本だと思います。

ダラダラ気分を一瞬で変える小さな習慣
 



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2017年06月11日

夫のちんぽが入らない



ネットで話題になっていた本を読みました。著者は主婦のこだまさん。同人誌即売会の「文学フリマ」に参加し、同人誌「なし水」に載せたエッセイが好評で、単行本化された小説です。

タイトルがあまりに過激だということで、ネット上で話題になっていました。何となく読んでみたくなって、取り寄せてみたのです。


ではさっそく、一部を引用しながら・・・と言いたかったのですが、この小説では特に引用したいフレーズはありません。簡単にあらすじを紹介しましょう。

主人公は北海道の田舎で育ち、大学進学のために東北地方の地方都市に出てきました。誰とも上手く交われない性格は、母親に拒否され続けてこられたから、と想像されます。その母親や、閉塞的な田舎から出たくて、一人暮らしができる進学先を見つけたのです。

住むことに決めたのは、まるで学生寮のような下宿。室内にキッチンがあるものの、トイレと風呂は共同。ちょっと珍しい形態ですね。まあ最近は、下宿のようなアパートそのものが少なくなりましたからね。

そこで、1年先輩の気さくな男性と出会います。そしていつしか男女の関係に。ところが、タイトルにもあるように、どうやっても挿入できないのだそうです。彼の息子がデカすぎるのか、それとも主人公に問題があるのか。

その後、2人は結婚することになります。しかし、ローションを使ったりしても、まともに性交できません。夫は風俗へ通って性欲を満たし、妻は出会い系のブログで知り合った不特定多数の男性と関係を持ちます。そういう相手だと、普通に性交できるのが不思議なところ。

主人公も夫も、学校の教師として働くようになります。そこでは学級崩壊という問題と出会います。様々な葛藤を抱えて、「死」すら考えるように・・・。

また、そもそも挿入できないのですから、夫婦に子どもができるはずもありません。諦めかけていたころ、ふと、妊活をしようという気持ちになります。しかしその努力は・・・。


これは主人公の波乱万丈の人生です。少しコミカルでもあり、また深刻な悩みでもあります。そして、誰もが数人の登場人物のいずれかの思いに、多かれ少なかれ共感することでしょう。

そして主人公が、悩みながらも成長していく様がよく描かれていると思います。他の人の考え方に共感できるようになっていくのです。


タイトルがセンセーショナルなだけに、逆に反感を覚えるという人もいるかもしれません。ただ、夫婦間の性の悩みを赤裸々に語るということは、これまでにあまりなかったことです。そして、多くの人が夫婦間の性の問題で悩んでいたりもするのです。

主人公が様々な経験によって傷つきながらも、新たな視点を見出していく。そういう中に、自分自身の姿を見つけられるのではないでしょうか。

「かくあるべし」という価値観の押しつけではなく、こんな人がいますと素っ裸でさらけ出した感じの小説。そういう無防備な中に、何かしら感じることがあるように思うのです。

夫のちんぽが入らない
 

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:33 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

神との対話 25のコア・メッセージ



「神との対話」シリーズになるニール・ドナルド・ウォルシュ氏の本を読みました。翻訳は、最初から変わらずに吉田利子さんです。

この本は、これまでに受けた神からのメッセージの中で、ニール氏が重要だと思う25のメッセージに絞って紹介するものです。

そして、それぞれのメッセージが関連しあっていて、この本を読んでいくうちに深遠な世界へと誘われるようになっています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

手っ取り早く最大の効果をあげられるよう、わたしは「神との対話」シリーズのエッセンスである二十五のコア・メッセージを第2章にまとめた。
「神との対話」のなかで最も重要だと思う洞察を最もわかりやすく提示し、最も実用的に応用できるようにしたものだ。一度読めばすべて完璧に理解できるというわけにはいかないだろう。わたし自身、一度では理解できなかった。だからこそ、そのあとに詳しい説明がある。
」(p.24)

第1章でニール氏は、この本のスタイルを明確にします。ここで示される25のコア・メッセージは、「神との対話」シリーズのエッセンスです。そして、これは実際に応用できるものなのです。


「神に関する世界の考え方を変える!」
 なんと! すごい目標ではないか!
 それが、「新しい霊性(スピリチュアリティ)」の目標なのだ。それが、「神との対話」シリーズの目標だ。それが神を知って愛しているすべての魂の、復讐心が強くて暴力的な恐ろしい「神」の教えと人々が取り組んでいるのを、これ以上見過ごしていられない、またそのような信念が人類にもたらしている破壊的な結果を無視していられないひとたちの目標である。
」(p.50 - 51)

「神がそう命じた。」そう言って、テロ行為をする人たちがいます。そういう人たちは、特別な存在ではありません。誰もがそうなり得ます。なぜなら、権威的に命じる人の声に従う人たちが、敬虔な信者と呼ばれるからです。

神は何も求めないし、何も命じません。それが「神との対話」が言う神の姿です。どうして、そんな神なのか? それが、この本でも語られています。


だが、「まず幸せになる、あるいは自分が求めるような−−たとえばもっと豊かな、もっと愛に恵まれた−−存在になることは、どうすれば可能なのか? だって、その『存在』になるのに必要なものがないのに」と疑問に思われるかもしれない。
 答えは、必要なものをもっているかのように行動することにある。なぜなら、あなたはほんとうはもっているのであり、ただ、それを知らないだけだから。これが「シークレットの公式」で最も大切な部分だ。
 あなたはすでに幸せを、満足を、豊かさを、平和を、喜びを、智慧を、その他すべての「神性」の面をもっている。すべてはあなたのなかにある。それが「あなた」だから。それらが「あなた」なのだから。どこかでそれを見つける必要はない。あなたはただ、自分自身のなかから、それらを引き出せばいい。「ほんとうのあなた」になるだけでいい。
」(p.171)

必要なものはすでに備わっている。だから、この世の条件が整うのを待つことなく、さっさとそうであるがごとく行動すればいいのです。

幸せになりたいなら、幸せだと知って行動すればいい。豊かになりたいなら、豊かだと知って行動すればいい。それだけのことなのですね。

ただし、そうしたからそういう結果が現れることを期待していると、上手くいかないかもしれません。どのような結果が現れたとして、原因であることを忘れないことです。


「神との対話」シリーズは、すべての真実は主観的だという。つまり、自分にとってだけの「真実」だ。わたしにとっての真実は、あなたにとっての真実ではないかもしれない。ほとんどの場合は、違うだろう。」(p.234)

真実が主観的だというのは、多くの人が受け入れがたいことだと思います。どこかに絶対的(客観的)な真実があると思い、それを求め、それに従おうとしてきたのでしょうから。

しかし、実際には自分が主人公である以上、自分が決めた真実以外に真実はありません。だから主観的なのです。そして神は無限だから、どんな真実を選択しようと、それが不正解にはならないのです。


わたしたちは人殺しを防ぐためにひとを殺し、なぜ殺人がなくならないのか、といぶかる。テロを起こすひとたちをテロの対照にして、なぜテロが続くのか、といぶかる。ひとに怒るひとに対して怒り、なぜ怒りが消えないのか、といぶかる。ひとを虐待するひとを虐待して、なぜ虐待が続くのか、といぶかる。ひとを憎むひとを憎み、なぜ憎悪が続くのか、といぶかる。ひとを糾弾するひとを糾弾し、なぜ糾弾が続くのかといぶかる。」(p.370)

すべて、自分が蒔いた種です。自分の思考こそが原因であり、現実は結果に過ぎません。その結果に翻弄されて、また同じような原因を自分が作っている。それだけのことではありませんか。

このことがわかったなら、自分の心の持ちようを変えたいと思うはずです。本気で幸せを、豊かさを、愛を現実にしたいと思うのであれば。


「神との対話」シリーズは、私にとっては原点とも言える存在です。この本との出会いによって、私はスピリチュアルがうさんくさいものではなく、論理的にまっとうなものだと思えたからです。

どの本から入っても良いのですが、今から初めて読もうと思われるなら、第1作の「神との対話」かこの本がいいのではないかと思います。

神との対話 25のコア・メッセージ
 

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2017年06月07日

肩こりも、首痛・腰痛・ひざ痛も体をゆるめるだけで9割完治する



ずっと以前に買った「さとう式リンパケア」佐藤青児(さとう・せいじ)さんの本ですが、やっと読むことができました。

タイ・バンコクにも「さとう式リンパケア」のインストラクターさんが来られ、実演されていたのです。それで、そう言えば本を買っていた気がするなと思い出し、読んでみたという次第です。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

強い力だ加わった筋肉は当然、筋膜も破れるし、筋繊維は断裂してしまうのです。「イタ気持ちいい」の正体は、なんとなんと、筋肉の破壊だったのです。」(p.27)

肩こりなどでは、マッサージや按摩、指圧などをしてもらう方も多いと思います。子どもが親孝行にと肩たたきをすることもありますね。ところがそれら叩く、揉むという行為は、筋肉を傷つけているのだと言うのです。

当然、破壊された筋繊維も再生しますが、困ったことにそのときは、筋繊維が以前よりも硬くなってしまうのです。極端にいえば、マッサージをすればするほど、その部分の筋肉はガチガチになってしまうということです。」(p.29)

傷ついた筋肉が再生する時、筋肉が硬くなるのですね。さらに、一度破れた筋膜からは、筋肉がはみ出て固定化されてしまうこともあるのだとか。それが慢性的な痛みの原因になるとも言います。


硬くなった筋肉の”弊害”はすでにお話したとおりです。
 ということは、筋肉を生き生きとさせるためには、逆に軟らかくすれば(ゆるめれば)いいのでしょうか? そのとおりです。
 では、どのようにゆるめればいいのでしょうか?
 その方法こそが、私たちが提唱している「筋(きん)ゆる」なのです。
」(p.38)

ストレッチは、筋肉を軟らかくするのではなく、かえって緊張させるものだと言います。筋肉を軟らかくするのは、緊張の反対で緩めること。そうすることでリンパなどの体液が流れやすくなり、身体の健康が保たれるという考え方なのです。


では、「筋ゆる」で筋肉をふにゃふにゃにするには、どうすればいいのでしょうか。
 ストレッチではなく、もちろんスポーツでもなく、筋肉やその周辺を広い範囲で、ごくごく弱い力で揺すってあげればいいのです。
」(p.44)

具体的には、20gくらいの圧をかけて揺することだと言います。これは、非常に弱い力です。直接緊張した筋肉だけに働きかけるのではなく、その周囲を揺らして、間接的に緩むようにする。これが「筋ゆる」なんですね。

こうして筋肉を弛緩させることで、正常な収縮と弛緩によるポンプ機能が復活します。筋肉のポンプ運動があるから、静脈の血液もよく流れるし、リンパや体液も流れるようになるのです。

なお、詳細なやり方は図解されていますが、これを読んだだけでは難しい部分があるかもしれません。非常に多岐にわたっていますし、圧の程度だとか、揺らし方だとか、判断の難しいこともあるからです。なので、インストラクターさんから習うのが手っ取り早いと思います。


もとをただせば、ヒトの身体は一本の筒なのです。
 ヒトの身体をリフレッシュしたり正したりするときは、このことを頭に置いて対処しなければなりません。
 ここがわかっていないから、身体の痛みを叩いたり揉んだりして解消しようなどという、間違った対処法がはびこってしまうのです。
 筒を叩いたらつぶれてしまいますよね? つぶれたら、治るものも治りません。
」(p.115)

佐藤さんは、人体はツーバイフォー工法に似ていると言います。いわばマッチ箱を積み重ねたような構造です。背骨など骨による柱があるのではなく、筋肉や骨などがそれぞれ構造物となっていて、それの集合体だと言うのです。

筒構造は、圧力が均等にかかる場合には、非常に頑強です。円筒形のスチール缶に、人が乗ってもつぶれませんから。しかし、それが一部にかかってくると、簡単につぶれてしまいます。「バランスを崩した攻撃には弱い」と佐藤さんは言います。

したがって、約6kgの頭が身体の筒の上にまっすぐ乗っている時は問題ないのですが、前に飛び出してしまうと筒構造が壊れてしまいます。それが猫背であり、それによって肩こりなどの障害が生じるのです。


ですから、身体全体の空洞を広げ、「腔を立てる」ためには、口腔を広げることが基本となります。口腔の動きに合わせて胸腔も腹腔も広がっていくのです。

 この3つの「腔」を広げるためには、第2章で紹介した「耳たぶ回し」をおこなうのが効果的です。
」(p.136 - 137)

佐藤さんは、身体は構造からできているという理論のもと、それぞれの構造を広げてやることが重要だと言われます。ここでは口腔、胸腔、腹腔の3つをあげ、それぞれを正常に広げること。そのためには、まず口腔からだと言われるのです。

「耳たぶ回し」は、両手で左右の耳たぶを軽くつまみ、ごく弱い力で後ろに4回回すというものです。これだけではなく、頬をなでるとかあごを揺らすなど、いくつかの運動が組み合わさっています。これが肩こりの解消や頭痛の軽減につながるのだと言います。


この「さとう式リンパケア」は、Youtubeでやり方が紹介されていますので、そちらを見られるのも良いと思います。

「本当にそんな弱い刺激で良くなるの?」という疑問もありますが、それによって痛みが解消したという実例が多数あります。不思議なことだと思っていましたが、事実なのでしょう。

今回は本を読むことで、その理論について知ることができました。まだすべてを納得したわけではありませんが、そういうこともあるのかな、という気持ちにはなれました。

肩こりも、首痛・腰痛・ひざ痛も体をゆるめるだけで9割完治する
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 00:00 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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