2020年08月22日

食えなんだら食うな



執行草舟(しぎょう・そうしゅう)氏が大絶賛される本を「日本講演新聞(旧「みやざき中央新聞」)」で紹介していたので読んでみました。

著者は禅僧の関大徹(せき・だいてつ)氏。書店「読書のすすめ」でもオススメの本だったそうですが、絶版になっていました。それを復刊したのが本書になります。

帯には執行氏が「俺は、この本が死ぬほど好きなんだ!」と寄せておられます。執行氏は本書の最後に、「解題−復刊に寄す」と題して解説文を書かれています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

自分は僧侶として好きなことをやっているのだから、一握りの米も頂けなくなったら、誰を恨むでもない。そのときは、心静かに飢え死にすればいい。高祖いらい、みんなその覚悟でこられたからこそ、こんにちの禅門があり、禅僧といわれる人は、その祖風をしたって仏門に入ったはずである。」(p.10)

本のタイトルはここから来ています。僧侶というのは、農耕採集狩猟ということはしないのですね。托鉢によって、その日いただく食べ物をもらう。それが僧侶というものだという覚悟を持って生きておられたのです。


いっておくが、「食えなんだら食うな」とは、「買えなんだら買うな」の意ではない。食えなんだら、食うな、という言葉には、本来、食うことのできない、おのれが……という傷みがある。懺悔(ざんげ)がある。禅僧は、乞食(こつじき)に頼っている。本来、一粒の米も生産できないのである。それが、お恵みを得て、食えるべきでない身が、食わしていただいている。その実感を、小僧の時分から、叩き込まれるのである。」(p.18)

直接生産に携わってないのであれば、食べられる道理がないと言うのです。実際、戦後の日本では、農家でもなければ食べ物に困る日常がありました。それが当然なのであり、幸運にも食べ物をいただいて生かしていただいている、という感謝の思いが常にあるのです。


人間、本来、自由なのである。誰も、自分を縛りつけているものはいないのである。縛りつけているものがあるとすれば、それは自分自身かもしれず、自分で自分を閉じこめているのである。そうではないか。」(p.28)

関氏は、座禅によって「自由の境地」を得たと言います。自分が自分を縛っていて、そのことに気づいていない。しかし、そのことに気づけば、人間は本来、自由だとわかるのです。


関氏は、ガンを患ったことがあるそうです。幸い、手術のお陰で命をとりとめたのだとか。

「おめでとう」といってくれる人もあった。こちらは胆の中で、何がめでたいものか、と思っている。そこで、別段、嬉しがりもしなかったら、相手は拍子抜けがしたような顔をして帰っていった。
 それはそうではないか。ガンにかかって奇跡的に命を得たからといって、不老長寿の保証を得たわけではない。何年か、何十年か生き永らえるだけであり、あるいは、死のきっかけがガンという病名でなくなっただけのことであって、死から免れたわけではないのである。
」(p.56)

いつも「死」と向き合って生きておられた関氏ならではの言葉ですね。


たとい、言語を絶するとはいえ、苦痛に耐えるだけでよかったのである。だから、たといガンとはいえども死ねばなおると、当然の帰結に安心しておれた。それだけでなく、私は一命をとりとめたばかりか、なお得がたい多くのことを、身につけることができた。
 仏教は「転禍招福」の教えである。禍いを除いて、ではなく、転じてというところが、いかにも面白い。禍いは、一度降りかかったら免れ得ぬものとすれば、その禍いを禍いのままに、そのまま、幸福にひっくり返そうというのが仏教の基本的な味わいである。
」(p.71)

つまり、見方を変えればどうにでもなる、ということですね。


私は、揮毫(きごう)をたのまれると「本来無一物」と書くことにしている。
 人間、本来無一物なのである。呱呱(ここ)の声をあげたときに、ものをもって生まれた赤ン坊があるか。有りあまる金を、あの世までもっていった大富豪があるか。もっというなら、なまじっか、人間にものを付託したために、人を不幸にすることだってあり得る。
」(p.87)

豊臣秀吉が我が子秀頼かわいさに、城や金銀財宝をたくさん遺したがために、一族もろともに滅んだ事例を挙げています。赤ちゃんは、何も持たずに生まれてくるからこそ、両親などから無尽蔵の愛を受けられるのだと。


そうして彼は勝った。しかし、敗けても本望だったであろう。それは、敗ければ口惜しいに違いない。けれども、彼は彼なりに、全知全能を傾けたのだから、敗けても本望という澄明(ちょうめい)さがなければ、勝負はできない。
 いや、勝負だけでなく、人生全般、そうではないか。何物をもおそれないという心境がそれである。
 自分の敗北すらおそれなくなってこその大禅定である。
」(p.96)

伝統のプロ野球球団の監督が、任された年には散々な成績だったが、座禅修行した後に優勝したという例を挙げています。おそらくは川上哲治氏のことでしょう。

結果に対する執着心を手放すこと。その上で、行為に対して情熱を燃やすことですね。


−−だから、便所掃除をせよ。
 とまではいわない。せめて、その娘にあやかりたかったら、便所を掃除してみよ。自分もさっぱりした気になり、これで人にも喜んでもらえると思ったら、これにまさるよろこびはあるまい。これこそ「徳」のよろこびであり、このよろこびを味わったら、明日に死すも可なり、であろう。
」(p.135)

死相が出ていた娘が、ひどく汚れていた公衆便所が気になり、夜寝る前にわざわざ戻って便所掃除をしたことで、運勢が変わって死相が消え、死ななかったという話です。

それが本当かどうかは別として、禅寺では修行として便所掃除を行うそうです。たとえ一山の管長であっても、一禅僧として便所掃除をする。その心がけが大事なのだと。


仏教では三毒の煩悩という。貪欲(どんよく)・瞋恚(しんに)・愚痴(ぐち)である。
 あれも欲しい、もっと欲しい、安楽にしたいという貪(むさぼ)りの心(貪欲)。自分は間違っていないのに、あいつがいけないという身勝手な怒りの心(瞋恚)。自分の運命は自分で背負っていかねばならないのに、それを誰かの責任のように愚痴る心(愚痴)。
 自分がいま人間として生きているということの幸福感をたしかめられぬ人は、すべてこの曇りによるものと心得られるがよい。しかして、この曇りは、自分自身の手でとり除くよりほかはないのである。
」(p.180)

中村久子女史が、不自由な身体で身の回りのことをすべて完ぺきにこなし、不平不満も言われないことを挙げて、このように言われます。肉体の目は開いていても、心の目が曇っていると、三毒の煩悩のままに生きることになるのですね。


完全に捨て切ることで、すべてを得ることになる。そんな信念が表れていて、叱咤激励される本でした。

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タグ: 関大徹
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2020年07月29日

セールスの絶対教科書



「日本講演新聞」(旧「みやざき中央新聞」)の社説で紹介されていた本だと思います。著者は岡根芳樹(おかね・よしき)さん。以前に「オーマイ・ゴッドファーザー」という本を紹介しています。

タイトルにもあるように、これはセールス指南の本です。そうなのですが、セールスを極めると「生き方」になるのではないか。そう感じさせるくらい、素晴らしい内容なのです。そのことが社説を読んで感じられたので、ちょっと高いのですが、買ってみました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

この本はサブタイトルに「演劇の手法による」とあるように、演劇によって伝えるという体裁になっています。つまりこの本は、全体が演劇の台本なのです。この台本を読むことで、まさに目の前でそのドラマが繰り広げられており、それをイメージしながらセールスを学ぶことができます。

さらには、この台本通りに演じてみることによって、より深く学び、かつその手法を身につけることができるのです。

登場人物は7人です。主人公は、セールスの天才、桑森正春52歳、そして22歳の頃の桑森。ブチョーと呼ばれるおっさん60歳くらい。他には、ダメセールスマンの柊(ひいらぎ)、警察官のホンカンなど。


柊 「運がよかったんすね」
桑森 「運か。まあそうかもしれんな。人生は無限にある選択肢の中から常に一つを選びながら進んでいくようなもんだからな」
」(p.56)

セールスを始めたばかりの桑森は、柊と同様にダメなセールスマンでした。そんな桑森がホームレスのブチョーと出会ったとき、請われるがままに缶ビールを買ってあげたのです。なぜそんなことをしたのか? それは「理屈」ではなく「勘」だと言います。

桑森 「俺はな、一番面白そうな道を選ぶのさ。無難でもない、楽でもない、正しいかどうかでもない。大変かもしれないし、損するかもしれないけど、面白い。ドラマになる。家賃もないし、財布に千円しかない。でも、ホームレスのじじいに缶ビールをおごってやる。面白いだろ」」(p.57)

桑森の選択基準に注目すべきですね。損得ではなく面白いかどうか。直観に従うという生き方です。
このことによって桑森の道が開かれ、ブチョーからセールスを教わることになります。


ブチョー「感動するストーリーにするにはどんなシーンにする?」
桑森 「ああ、そうだな……失敗しても失敗しても、何度でも挑戦していくシーンだな。」
ブチョー「そういうことじゃ。それがドラマとして面白いのじゃ。しかしおめえは、失敗を恐れて挑戦をしなかった。うまくいきそうな相手をひたすら探し続けておった。はあ、まったく面白くない。そんなドラマを誰が観る?
」(p.103)

セールスはドラマだとブチョーは言います。その見方が失敗を恐れないメンタルを作るのです。

ブチョー「セールスはドラマのワンシーンじゃと思え。初めからうまくやろうと思わずに、むしろ逆じゃ。初めはドラマを盛り上げるためにわざと失敗するようにやってみろ」」(p.103)

わざと失敗するなら、失敗を恥ずかしいとは感じません。「契約数=アタック数×契約率」ですが、テクニックを磨いて契約率が高くなると、アタック数が落ちてしまう傾向があるのです。それは、アタックすることが楽しくないからですね。


ブチョー「真面目に頑張るたあ、どういうことかわかるか? 嫌なこと、辛いことを我慢して頑張るっちゅうことじゃ」
桑森 「それのどこがダメなんだ?」
ブチョー「我慢しておるから、楽をしたくなるんじゃ。それでも契約が取れるんなら我慢もまだ報われるというもんじゃが、契約が取れなかったらどうなる。我慢に我慢を重ねた結果、心が折れてセールスの世界から去っていくんじゃ。数日前の誰かさんみたいにな」
」(p.111)

人生も同じですね。真面目に我慢して頑張っている人ほど、心が折れやすいものです。そして人生から自主退場してしまう。

では、真面目でなければいいのか? 不真面目ならいいのか? それに対してブチョーは次のように言います。

真面目も不真面目も自然界にゃぁ存在しないんじゃ。真面目なライオンや、不真面目なキリンがおるか? 真面目も不真面目もどっちも不自然なもので同じことじゃ。表裏一体ってことよ。いいか、真面目の反対は自然体、つまり『馬鹿』のことじゃ。」(p.111 - 112)

馬鹿力という言葉があるように、「馬鹿」は頭が悪いという意味ではなく、頭で制御しないという意味です。真面目に固くなるのではなく、制御せずに柔らかくあること。それが馬鹿になることなのです。


桑森 「プレゼンテーションの極意は、心理学だけではダメなんだ。心理学に基づいた素晴らしい台本ができたとしても、客は台本に金を払うわけじゃないだろ?」
柊  「そっか、役者の演技力が必要なんすね?」
桑森 「そうだ。心理学を応用したトークが縦軸だとすれば、相手の心に響かせる表現力は横軸だ」
」(p.269)

知っているだけでは不十分なのです。それに基づいて実際に表現できること、使えることが重要なのですね。

人生も同じで、何度も何度も繰り返しながら実際にできるようになっていきます。でも、こんなふうに演劇としてデモンストレーションすれば、もっと簡単に身につくのかもしれない。そんなことを思いました。


桑森 「ああ、すごく面白い。まるで長い長い一本の映画のようにな。だから何があろうと大丈夫だ。私の人生はこれまでいい人生だった。そしてこれからもいい人生だ。そのことを知っておいて欲しい」」(p.287)

人生は長く、大変なこともたくさんあるが、「面白い」と桑森は言います。「面白い」と思えれば最強ですね。


桑森 「君が見ている夢なのか、私が見ている夢なのか、それとも知らない誰かが見ている夢なのかもしれないな。」
桑森(三十年前)「誰かが見ている夢の中を俺は生きているっていうのか? じゃあ、昨日のことはどうなる? ゆうべ俺が夢だと思ってたことが実は夢じゃなかった……という夢? ややこしいな!」
桑森 「でも、それを否定することは誰にもできない。私が存在していることは私にはわかるが、君が存在しているかどうかは、私にはわからない。この世界は、たった一人の誰かが見ている長い長い夢なのかもしれない」
桑森(三十年前)「あるいは人類が同時に見ている夢なのかも」
」(p.293)

セールスの達人となった桑森は、時空の歪みから30年前の自分自身と遭遇し、語り合います。その中でのセリフですが、私たちの本質が「ひとつのもの」だけであれば、この世は幻想であり、個々の人もまた幻想だということになります。それはまさに、「ひとつのもの」の夢なのです。

このことについて、これ以上の言及はありませんが、そう考えてみれば、人生を楽しんだらいいじゃないか、楽しめば上手くいく、という考え方が受け入れやすくなるのではないかと思います。


大ぶりで厚みのある本ですが、演劇の台本なのでスラスラと読めました。そして、セールスとは人生そのものだなぁと感じました。何度も読み返して、このように人生を演じたいと思いました。

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2020年07月17日

心。



JALの再建など、困難な事業を次々と成功に導いてきた稲盛和夫(いなもり・かずお)氏の本を読みました。ミリオンセラーとなった前作「生き方」の続編になるとのことです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

そんな私を見かねたのか、当時隣に住んでいたおばさんが一冊の本を貸してくれました。そこにはおよそ、次のようなことが書いてありました。
「いかなる災難もそれを引き寄せる心があるからこそ起こってくる。自分の心が呼ばないものは、何ひとつ近づいてくることはない」
 ああ、たしかにそうだ、と私は思いました。病気を恐れず懸命に看病をしていた父は感染せず、また病気など気にせず平然と生活していた兄もまた罹患しなかった。病を恐れ、忌み嫌い、避けようとしていた私だけが、病気を呼び寄せてしまったのです。
」(p.015)

稲盛氏は小学生のころ、肺結核の初期症状である肺浸潤にかかり、闘病生活を送ったそうです。死を間近に感じて、恐怖におののきながら過ごしたのだとか。

そんな中で1冊の本との出会いがあり、すべては自分の心が引き寄せているということを知ったのですね。私も母からある本を勧められて、同じように感じたことがありました。ひょっとしたら同じ本かもしれませんね。


栄光に満ち、歓喜きわまる日があれば、苦難にさいなまれ、歯を食いしばって耐え忍ぶ日もあるでしょう。
 そんな人生を、私たちはどう生き抜いていったらよいのでしょうか。この世という荒海をどのように漕ぎ進めばよいのか。
 それは、実にシンプルなことなのです。人生で起こるあらゆる出来事はすべて自らの心が引き寄せ、つくり出したもの。そうであればこそ、目の前に起こってきた現実に対して、いかなる思いを抱き、いかなる心で対処するか−−それによって、人生は大きく変わっていくのです。
」(p.035)

たとえば苦難な状況に出会った場合にも、運命を呪って自暴自棄になる人もいれば、希望を胸に困難を克服しようとする人もいます。目の前の現実がどうかではなく、自分がどういう心持ちで生きるかが重要なのですね。なぜなら、自分の心が原因だからです。


京セラの本社の前には、連日テレビカメラが列をなし、私が頭を下げて謝る姿が幾度となくテレビで放映されました。私は身も心もすっかり疲れきってしまい、老師のところに相談に上がったのです。
 老師はいつものようにお茶を点(た)てて、私の話をじっと聞いてくださいました。そして、「それはよかったですね。災難が降りかかるときは、過去の業(ごう)が消えるときなのです。それぐらいのことで業が消えるのですから、お祝いしなければなりませんな」といわれたのです。
」(p.043 - 044)

京セラが人工膝関節の認可を受けずに製造、供給していたことで、世間からバッシングを受けた時の話です。認可を受けていたのは人工股関節だけでしたが、医療関係者からの急を要する強い要望があって、人工膝関節の認可を待たずに供給したのでした。

稲盛氏は一切弁明せず、ひたすら頭を下げたとのこと。それでも心身が疲弊し、元臨済宗妙心寺派館長の西片擔雪(にしかた・たんせつ)老師の話を伺いに行かれたのです。

そこで教わったのは、災難を喜ぶという考え方でした。意図的に喜ぶことです。

喜ぶことができれば、おのずと感謝することができます。どんな災難でも喜び、感謝すれば、もうそれは消えてなくなるのです。」(p.043)

この考え方は、安岡正篤(やすおか・まさひろ)氏「喜神を含む」という考え方に通じますね。また、良寛禅師の災難を避ける妙法の話にも通じます。起こったことは受け入れること、しかも喜んで受け入れることが大事なのです。


瞑想でも座禅でもよいのですが、毎日短い時間でもよいので、心を平らかに鎮めるひとときをとることによって、真我の状態に少しでも近づくことができる。それは人生全般を豊かで実りあるものにしてくれる一助となることでしょう。」(p.189)

「神との対話」シリーズでも瞑想を勧めています。静かにして自分と向き合う時間が大切なのですね。


しかし不思議なもので、進んでいくのを不安に思ったことはありませんでした。何か大きなものに守られているような安心感があり、その中で信頼と確信をもって歩いてこられたように思います。
 あるいは、恐怖や躊躇を感じる余裕すらなかったというほうが正しいかもしれません。深い霧に覆われて一寸先すらも見えない、そんな道を必死懸命に、目の前の一歩を踏み出すことだけを考えてひたすら歩んできた。
」(p.203 - 204)

半世紀以上も経営を続けられた稲盛氏は、危険で困難なことの連続だったが、不安を感じなかったと言われます。不安を感じる余裕もなく目の前のことに没頭したのだと。

ただ、心のどこかには、常に自分の心を磨いて自己を高めていれば、運命は必ず導いてくれるという信仰のようなものがあったとも言います。それによって安心感を得られたのではないかと。


経営の技術に関することは、ほとんど書かれていません。どういう心持ちで困難な出来事に対処してきたか、それが書かれているだけです。

常に自分の心を磨くこと。小さな自分のためではなく、全体のために「良い」と思うことを優先する。他に恥じることのない美しい心を保つ。
そういう生き方をすることで、運命は良いように導いてくれるのだということを、稲盛氏は語っておられるのです。

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タグ: 稲盛和夫
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2020年07月07日

チャラリーマンだった僕が人生は宝さがしだと気づいたら、世界に羽ばたくサムライ書家になっていた。



ちょっと長いタイトルなのですが、私の友人で書家の小林龍人(こばやし・りゅうじん)さんの本を読みました。小林さんの初出版ということで、買わせていただきました。

タイトルが長いのですが、「人生は宝さがし」の部分が大きく書かれています。ここだけをこの記事のタイトルにしようかとも思ったのですが、「チャラリーマン」という言葉が彼を表現するのにとても重要だと感じたので、長いままにしておきました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

小林さんは、見てくれだけを重視するチャラチャラしたチャラリーマンだったと自分のことを言います。しかし内心は、自分はできる男だと思っていたようです。そんな小林さんのプライドをズタズタしたのが、彼女にフラれた事件だったとか。

ただフラれたのであれば「仕方がないか〜」で終わったかもしれない。けれど、僕としては別れたつもりがないのに、飲み会で彼女とほかの男の交際宣言&キスシーンの場に居合わせた。
 僕の高いプライドはもうズタズタ。怒りと悲しみに打ちひしがれ、「こうなったら”できる男”になって見返してやる!」と思い立った。
」(p.018)

そこから本を読み、セミナーに通うという、これまでとはまったく違う生活になったのだそうです。


小林さんはその後、会社を辞め、若者向けのカウンセリングをしようと思い、路上に座る活動を始めます。そこで立ち止まってもらうために、気に入った言葉を筆で書いて並べるようになったのだとか。

それがきっかけで、かつて習っていた書を、本格的に再開した小林さんは、ある時、龍の文字の最後のハネに龍が現れたような書ができたそうです。そこから、龍が現れる書を追求することになるのです。

あまり狙ったり考えながら書いたりしても、ダメなのかもしれない……。
 そう思った僕は、それから書を書くときは、線に集中する、体の力を抜くなど、自分の心と体の状態を意識し、特に、心で書く、右脳(感性)で書くことに意識を向けるようになった。
 すると、しだいに、”龍”が現れる回数が増えていった。
」(p.047)


小林さんが路上に座ってカウンセリングを始めたのは、ある人から勧められたからでした。しかし、プライドの高さが邪魔して、すぐにそのアドバイスを受け入れることができません。けれども、話をしているうちに心の奥底から突き動かす何かが湧いてきて、最終的にはやることに決めたのだそうです。

頭(理性)と心(感情)が求めるものが食い違うとき、それまでの僕は、頭で考えることを優先してきたように思う。でもそのときは、なぜか、心が喜ぶほうを選択したのだ。
 もし、路上に座り込んでカウンセリングをするという選択をしていなければ、今の僕は間違いなくいない。
」(p.073)

何かを直感的に感じて、それを受け入れることによって、人生は開けていくのでしょうね。


小林さんはある時、人から紹介されてセミナーに参加したことがあったそうです。そんなに気乗りはしなかったそうですが、その人が非常に熱心に進めるので、とりあえず1回は行ってみようかと思ったのだとか。

でも、その「1回は勧めにしたがってみる」という考え方で行動したことで、師と仰ぐ白石念舟先生と出会ったと言います。幕末のことをまるで見てきたかのように語る白石先生に魅了され、人生の師と思ったのだそうです。その白石先生から、幕末の志士、坂本龍馬、西郷隆盛、吉田松陰らの直筆の書を間近で見させてもらって、そのエネルギーを感じたそうです。

先生いわく「書体はまねできてもその人の想いや波動、気まではまねできない。本物の作品からは風が吹いてくる」とのことだった。
 僕には先生のような感覚はわからないけれど、初めて本物の西郷隆盛の書を見たとき、墨の乗り具合に魅力を感じ、素直にすごい書だなと思った。
」(p.115)

本物の書を見ることで、小林さんの感性が磨かれていったようです。


その後、小林さんは、海外での活動が増えていきます。これもまた、いろいろな縁があって可能になっていったのです。しかし、単に偶然だったわけではなく、すぐに行動してみる小林さんの行動力によって、多くの人とつながっていったのです。

最初のミラノ万博日本館認定芸術展に出展した時も、単に海外の展示会に出展したという実績作りだけが目的だったと言います。しかし、その飛行機がアブダビでトランジットだとわかった時、同じUAEのドバイにFacebookで知り合った友人がいることを思い出し、ドバイでも活動したいという思いが沸き起こり、すぐに行動に移したのです。

そのとき役に立ったのは、”今”自分ができることは何なのかという意識だったように思う。物事を意識すると、それまで見えなかったいろいろなサインやつながりが見えてくる。その結果、自分が気になったものに対して行動する。」(p.178)

初めてのことをしようとすれば、不安になるものです。小林さんもそうでしたが、声がかかったなら必ず受ける。そう決めて行動していったそうです。

なんでも気になったこと、やりたいと思ったことはやってみる。それでどうなるか、結果には執着しない。そうすることで、タイミングが合ったときに何事も自然にご縁が生まれ、物事が好転していくように思えた。」(p.193)


私と小林さんとの出会いは、2011年6月の箱根出版ブランディング合宿というセミナーでした。1泊2日のセミナーで、箱根のホテルで行われました。夜、食事の後にビールを飲みながら、話をしたのがきっかけです。

その後、小林さんの「龍」の書を買ったり、私が好きな言葉を書いてもらったりして、関係が続いていたのです。

その小林さんが、海外へ進出され、そしてついに出版もされた。しかも、「神との対話」シリーズを出版しているサンマーク出版さんから。すごいなぁと思います。本当におめでとうございます!そして、今後のますますの活躍を心からお祈りしています。

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タグ:小林龍人
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2020年06月27日

やりたいことをやるために、好きなものを好きだと言うために、僕らは生まれてきたんだ。



非常に長いタイトルですが、坂爪圭吾(さかつめ・けいご)さんが初めて出版された本を買いました。

坂爪さんのことは、「いばや通信」というブログで知り、Facebookでもフォローしていました。バンコクに来られたこともあり、お話し会に参加して、話をお聞きしたこともありました。

坂爪さんは、住むところをなくしてから、定住の場所を持たず、仕事もせずに暮らすという生活をされていました。この前「嫌なこと、全部やめても生きられる」という本で紹介したプロ奢ラレヤーの方と似たような感じですね。そういう自由なところが気に入っています。

また、後から知ったのですが、以前に「セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱」という本で紹介した坂爪慎吾さんは、実のお兄さんだったそうです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

自分で自分を決めつけない方がいい。自分は大丈夫。自分はダメ。自分は未熟。自分は愚か。私たちは油断すると、すぐに自分で自分を評価する。
 でも、これからの自分を決めるのは、今までの自分じゃない。
 自分もまだ知らなかった自分が、見つけられることを待っている。

 人生を楽しもう。
」(p.006)

自分はこうだと決めつけてしまうと、想定外の自分に出会えなくなると言われるのですね。だから決めつけず、楽しんで生きようと。


不安を原動力に生きる場合、いつまでも不安から逃れることはできない。「不安だから貯金をしよう」とか「不安だから資格を取ろう」などと考えて行動を起こしても、常に満ち足りることがなく、100万円貯めれば今度は200万円貯めなければ不安になるし、ひとつの資格を取ったとしても、今度はまた別の資格が必要になるのではないのかと新しい不安が生まれてくる。」(p.040)

もちろん、私自身に不安がないと言えば嘘になる。ただ、基本的には不安を日常的に意識することは少ない。それはなぜか、自分なりに考えてみた結果、それは「希望」をベースに生きているからなのだろうなと思った。」(p.041)

坂爪さんは、定住しない、定職を持たないという生き方をされています。それに対して、「不安にならないのか?」と尋ねられることが多いとか。坂爪さんは、そういう質問をする人の中に、そういう不安があるのだろうと思われるそうです。

まさにそうですね。不安を動機とすれば、不安が消えることはありません。坂爪さんは、定住しなければならないとか、定職を持たなければならないといった世間の常識をひっくり返したい、という強烈な欲求があるのだそうです。その「希望」が支えているのだと。

自分の日常的な行動の中で、「不安」ではなく「希望」を原動力にやれることを増やしていくこと。人生の十分の一でも構わないから、希望をベースに行動を起こせる何かを増やしていくこと。」(p.046)

いつも「不安」に突き動かされるのではなく、何か「希望」を動機として突き進むようなことを、少しでもやっていくことが大切だと坂爪さんは言います。これは、バシャールが言う「わくわくに従って行動する」ということと同じだと思いました。


何もしたくない時には、何かをしたくなる時まで、ただ、何もしないでいればいいのだと思う。

 何かをしなければいけないという罪悪感に駆られている時間はつらいけれど、その時期を超えた先には、前よりも透明で、前よりも強い、そして、前よりも揺るぎのなくなっている自分がいるのだと思う。
」(p.069)

何かをしなければ不安になる、ということがあります。そこでも不安に突き動かされるのをぐっとこらえて、何もせずにいることが大切だと坂爪さんは言われるのです。

だが、私は「どう転んだとしても、大丈夫だ」と思う。
 そして、実は誰もがそのことを知っているのだと思う。
 傷ついても、嫌われても、ひとりきりになったとしても、自分(あなた)は、自分(あなた)が大丈夫なことを知っている。
 自分には力があることを知っていて、自分は、自分が「幸せになる」と決めただけ、幸せになれることを知っている。
」(p.069)

私たちは、本当は自分を幸せにする力を持っていて、何があろうと大丈夫だということを本当は知っている、と坂爪さんは言います。自分の自由で、不幸になったり幸せなったりしているのだと。


今なら確信を持って言える。人生はどうにかなる。生きていれば何度でもやり直せる。人生は何が起こるかわからない。でも、地球全体は常にバランスを保つようにできていて、私自身も何度も何度も「もうダメだ……もう終わりだ……」と過剰に塞ぎ込んだりしてきたが、今もこうして平気な顔をして生きている。様々な問題をクリアしてこその今があるのだ。

 自分がダメなのだと塞ぎ込むのではなく、自分は自分で最高なのだと開き直ろう。完璧な人間になる意味も必要も価値もない。人間的な欠落を抱えたまま、ありのままの最高な存在として、黄金色に輝けばいいのだ。
」(p.088)


私も常々、「大丈夫、何とかなる」と自分に言い聞かせています。


金がないから幸せになれない。仕事がないから幸せになれない。恋人がいないから幸せになれない。環境が悪いから幸せになれない。
 これらは、全部、嘘だと思う。その気がないから、幸せになれないだけだ。幸せになら、今、この瞬間になれる。ただ、その気になればいいのだ。
」(p.103)

私も、幸せになるには、ただ幸せになればいい、意志の問題だ、と言っています。幸せになるかどうかは、選択の問題なのです。


まずはひとり。自分ひとり。
 仲間ができたら、とかではない。準備ができたら、とかでもない。最初はひとりでもやる。そして、出す。
 無視されても、罵倒されても、出し続ける。自分の世界に閉じこもるのではなく、外側の世界にコンタクトを続ける。ボールを投げ続ける。まずはひとり。
」(p.169)

前提条件を置かないことです。できるかどうかではなく、やるかどうか。ただ「やれ!」と坂爪さんは言うのです。

自分が自分であることを続けた分だけ、誰かの「そうするしかなかった」事情を汲み取れるようになる。

 だから、何度でも、何度でも、始めるんだ。始めたら、始めただけ、強くなる。そして、優しい人間になれるのだと思う。
」(p.171)

何かを始めて上手く行かないと、くじけそうになる。実際、くじけてしまうかもしれない。それでも、また初めてみる。そういう体験の中で、始められない人、くじけてやめてしまう人の心に、寄り添うこともできるようになるのですね。


坂爪さんは、Facebookでも素敵な言葉を発信しておられたので、幸せ実践塾のページでもシェアすることがよくあります。本を書くということについても、いろいろ問題があったようですが、こうやって形になったことをお祝いしたいです。おめでとうございます!

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タグ:坂爪圭吾
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2020年06月22日

すべては今のためにあったこと



修養団の元伊勢道場長・中山靖雄(なかやま・やすお)氏の本を読みました。2013年発行の本ですから、かなり古いものです。何かに紹介されていて、興味を抱いて買ったものです。

修養団という団体のことは、すでに知っていました。数年前に神渡良平さんの「照隅会」のゲスト講師として、修養団の寺岡賢(てらおか・まさる)氏が来られたからです。

どんな方なのかも存じ上げず、どんな話をされるかもわからずに聞いたのですが、聞いているうちにだんだんと前のめりになりました。そのくらい、感動的な講演だったのです。

あまりに感動したので、たしかDVDも買ったと思ったのですが、よく覚えていません。このブログで紹介したと思ったのですが、紹介していないようです。(寺岡氏の講演は、こちらのYoutube動画でご覧いただけるようです。)

ということで前置きが長くなりましたが、そういうことがあったので、「修養団」と聞いただけで、この本は間違いないと思って買ったのです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

私たちは今こうしてここに生まれてきているわけですが、古来ずっと続いてきた夫婦がいなければ、生まれることはできませんでした。「いもおせ」つまり、「夫婦」が、命をつなげてきたことで、私たちは今ここに生を受けているのです。
 じつは、夫婦というものは、お互いの魂を磨くために出会っています。思いがけない心を湧かせ合い、それに気づきお互いが綺麗になっていくというご縁なのです。
」(p.23)

修養団は伊勢にありますが、伊勢は「いもおせ(妹背)」のことだと言います。そこで、まずは夫婦のことを語っています。

夫婦は、互いの魂を磨くための存在。だからぶつかりあう。ぶつかり合いながら、磨かれ合っていく。なので中山氏は、いっぱい喧嘩するようにと結婚式で話すのだそうです。日々の修養のために、もっともふさわしい相手と結婚するのですから。


人生では、自分の力ではどうしようもないことが起こることがあります。そういう時こそ、「いいふうに」取れるかどうかが大事です。しかし、そのことは頭ではわかっていても、実際にその場ではなかなか考えられないものです。ですので、日頃からの修養が大切なのですね。」(p.143)

私の家内のモットーは、
 「済んだことはみんないいこと。これから起きることもみんないいこと。わたしに悪いことが起ころうはずがない」
 です。済んだことはみんないいことですし、これから起きることもいいこと。そういうふうに思えたら、今の人生をすべてこのままでやらせてもらうというだけになります。そうしたら、いいご縁がどんどん湧いてくるのです。
」(p.143 - 144)

実際は、悪いこともいっぱい起こります。しかし、その時は、そのように生きていくしかないのです。どんな出来事にあっても、自分が悪いことだと思わなかったら、それでいいのですから。
 天がそれを起こされたのだから、「あっ、そうなんですか」というだけのことです。それを苦にするか苦にしないかだけのことです。
」(p.144)

起こることはすべて必然で無駄がない。すべては完璧で最善だ。私がいつも言っていることですが、そういう心構えですね。


ある時、中山氏が、講演が立て込んでいて食事の時間が取れず、移動中のタクシーの中で買った巻き寿司を食べようとしたことがあったそうです。タクシーの運転手に断りをいれようとしたら、「やめてください」と拒否されたのだとか。

まさか断られるとは思っていなかったので、中山氏はむっとしたそうです。黙って食べても良かったところをわざわざお願いしたのに、それを断るとは何事だ!、客を客とも思ってないのか! という思いです。それで、隠れて食べてやろうかと考えたそうです。

しかし、すぐに考え直したのだとか。冷房が効いた車内に寿司の臭いが残れば、次の客が嫌がるかもしれないし、そのことで客が運転手に文句を言ったら、運転手も困るだろうと。

それで中山氏は、運転手にお詫びして、お寿司をカバンに戻したそうです。

このように、自分を育てるために、天がいろいろなお役の命と出会わせてくださる「仕合わす世界」「出会わしの世界」があると思うのです。
 どんな出会いも、理由があって出会っているのです。
 そして出会いはみんな、自分のためにあるのです。
 いろいろな出来事が起こることで、人はみな自分と出会っていきます。いい人でありたいと思っていても、思いがけず湧かされるいやな思いが誰にでもあります。そういう出来事に出会いながら、「ああ、自分にはこういう一面があったのだなぁ」と自分のことを一層理解する。そして、人のこともよりわかって生きていけるようになるのです。
」(p.153)

嫌な出来事も、何か気づきを与えてくれます。それは1つに、自分自身の意識していなかった一面です。そこに気づくことで、改めることができ、より素晴らしい自分になれます。

その気付きによって、出来事そのものに感謝することができます。嫌な他人に対して、出会ってくださってありがとうございます! と言えるのです。


中山氏には4人の息子さんがおられるそうですが、4人とも不登校がひどかったそうです。「一難(男)去ってまた一難(男)」などと面白いことをおっしゃられますが、実際その時には大変だったことでしょう。

ご自身が、他の人に対して人生の道を語りながら、自分の子どもたちは良い子に育っていない。自分の子どもでさえまともに育てられない人間が、他人に対して偉そうなことを言う資格があるのか? と悩まれたことでしょう。

中山氏は外に出て仕事をされるので、子どもたちと直接に向き合うことは少なかったようです。しかし奥様は、毎日家で引きこもっている息子さんたちと接するのですから、より大変だったかもしれませんね。

家内は家内なりに悩んだうえで、息子が学校に行かない日を「今日子どもが学校へ行ったら交通事故に遭って死ぬ日」と、自分で決めたのです。」(p.165)

その日、もし息子さんが学校へ行ったら、交通事故で死んでしまう。学校へ行かなかったら、他人から「中山先生の子なのに・・・」などと陰口を叩かれる。どっちがいいのか? と自問したのです。

そしたら、ぐうたらしていても、何をしてもしなくても、生きていてくれていたら、それでいいなぁと思えたのですね。
 これは自分の研修だと受け止め、息子のことは「これでいいんだ」ということにして、自分がこの出来事を乗り切るために、息子が交通事故に遭う日にしておこうとしたのです。
 そして、私たち夫婦にすれば、「子どものためになるなら何でもします」という気持ちになってくる。
」(p.165 - 166)

このように見方を変えることによって、相手(息子さん)を変えようとするのではなく、自分が変わろうとした。自分がやるべきことをしっかりやっているかだけを考えようとしたのです。

私も時々、妻の言動が気に障ることがあります。しかし、「もしこれが妻との最後の日だったら・・・」と考えて、妻に対して優しい自分でありたいと思うのです。


テレビや新聞で、子どもの虐待などそういう事件を知った時、自分とは関係のないことだと思われますか? それとも自分にもそういう種があると思いますか?
 そういう事柄に出会った時、虐待した人をただ一方的に責めるのではなく、私の中にあるそういう種を自覚させてくれているんだ、と受け止めてみてください。
」(p.169)

他人事ではなく、自分事として出来事を捉える。これを「居合わす」という日本の考え方だと中山氏は言います。すべての出来事は、自分が何かに気づくために起こっている。そういう考え方が大事なのです。


どんなご縁であっても、自分のためにその出来事に出会わせてもらっています。そのことを本当に納得し、「こういうご縁だったんだなぁ」と心から思えた時に、自分が解放されるのです。」(p.173)

辛く困難な出来事であっても、それも自分のため。それを心から納得すれば、自分が解放されるのですね。

中山氏は、学びに来ておられたご夫婦のエピソードを語られています。ある時、5歳になる娘さんが交通事故で亡くなられたのだそうです。その時ご夫婦は、事故を起こした人のところへ会いに行って、土下座をして詫びられたそうです。自分たちの気付きのために、人を跳ねて死なせるというご縁に会わせてしまったことを詫びたのですね。

娘を失った悲しみや、相手を許しがたいという思いもあったでしょう。けれども、真実はそうではないと理解しておられたのです。すべての出来事は、自分の気付きのために起こっている。それが真実なのです。

この話には後日談があります。30年後、娘さんの墓参りへ行ったら、ちょうどその事故を起こした人と出会ったのだそうです。その人は、30年間、1日も事故を起こしたことを忘れたことはなかったと言います。そして、許してくれたご夫婦の恩を忘れず、自分も他の人を許そうと思って生きてきたのだと。また、そのご縁を与えてくれた娘さんを神様のように思い、感謝し、お詫びしながら生きてきたと言うのです。

ご夫婦の生き方が、交通事故を起こしてしまった人の生き方にも、大きな影響を与えたのですね。人は責められて変わるのではなく、受け入れられて変わるのです。


出来事を完全に肯定する。それが、この本全体で語られていることだと思いました。すべての出来事は、今の自分のために起こるのです。

ただそれに気付けるかどうか。それだけが問われています。その気づきを得るために、日々の修養が大事だということなのですね。

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2020年06月08日

まんが超訳『論語と算盤』



いよいよ新一万円札の肖像が渋沢栄一氏になるということで、渋沢氏の著書「論語と算盤」が話題になっています。
以前、その解説本を読んだことがあると記憶していますが、内容はすっかり忘れてしまいました。なので今回、手っ取り早く内容を知りたいなと思って、まんがの解説本を買いました。

想像していたのとはかなり違って、雑誌編集者の孝が、故・竹田和平氏をモデルにした吉田和平と出会い、インタビュー記事を書いていく中で「論語と算盤」の教えを体験していくというものになっています。

シナリオは、かつて竹田和平氏に弟子入りして人生を好転させたという山本時嗣(やまもと・ときおみ)氏が、その実話に基づいて書かれたそうです。ベストセラーとなった「現代語訳 論語と算盤」を参考とし、訳者の守屋淳(もりや・あつし)氏が監修されています。解説には渋沢氏の玄孫の渋澤健(しぶさわ・けん)氏、漫画構成は今谷鉄柱(いまたに・てっちゅう)氏、作画は新津タカヒト(にいつ・たかひと)氏となっています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。と言ってもマンガなので、ストーリーの中でピンと来た部分を、セリフを引用しながら解説しますね。

今の境遇を「自己の本分」だと覚悟を決めることです。」(p.21)

これは「現代語訳 論語と算盤」(p.35)に書かれた言葉だそうです。たとえ逆境になろうとも、むしろ逆境だからこそ、そこに自分の進化を試される機会があると考えて、覚悟を決めて臨むことが大事なのですね。


本当の経済活動は、社会のためになる道徳に基づかないと、決して長く続くものではない。」(p.51)

これも「現代語訳 論語と算盤」(p.86)に書かれている言葉です。単に儲けようとすれば、時に騙すことを考えてしまいがちです。そうではなく、誠心誠意、社員のため、お客様のため、社会のために、良いことをする。それでこそ永続する事業だということです。


「理解することは、愛好することの深さに及ばない。愛好することは、楽しむ境地の深さに及ばない」と。」(p.58)

これも「現代語訳 論語と算盤」(p.108)に書かれていて、孔子の言葉の引用です。これを吉田和平は次のように意訳します。

要は「ワクワクして熱い真心を持って仕事をしましょう」ということです。」(p.58)

仕事は、嫌々やるのではなく、楽しんでやることが重要なのです。


そして、楽しみながらもコツコツとやり続けることが大事です。そのために、次のように言います。

「1日を新たな気持で」。殷王朝を創始した湯王が大事にしていた言葉です。」(p.65)

これも「現代語訳 論語と算盤」(p.112)に書かれているそうです。初心を忘れずに、倦まず弛まず続けることが大事だということですね。


大転換期にいた人たちは「これからの時代高度成長だ!!」と感じていたと思いますか?」(p.103)

渋沢栄一が活躍した時代は、まさに大転換期でしたが、それは日本にとっての大ピンチの時代でもあります。人々は期待したというより、不安にさいなまれた時代です。そんな時代に、希望を見失わなかった人が、常に前を向いてみんなを引っ張ったのです。


師となる人物を見つけ自己を磨くことです。」(p.105)

自分を磨き続けると、家族をまとめ、国をまとめ、天下を安定させる役割を担うというところまで道は続きます。」(p.105)

最近は「メンター」と呼びますね。自分を磨き、伸ばすために、導いてくれる師が必要だと言います。そして自分を向上させるための読書も。学問とは、自分を磨き、社会に役立つ存在となるために行うものなのです。


かりに悪運に助けられて成功した人がいようが、
善人なのに運が悪くて失敗した人がいようが、
それを見て失望したり、悲観したりしなくてもいいのではないかと思う。

成功や失敗というのは、結局、
心をこめて努力した人の身体に残るカスのようなものなのだ。
」(p.125)

成功や失敗は、単に結果に過ぎないのです。成功したから立派で、失敗したからダメなのではない。結果よりも重要なのは、どう生きたかという生き様なのだ。だから、結果に一喜一憂することなく、常に自分を磨き続けることが重要なのですね。


人は、その人が残した結果を見て判断しがちですが、渋沢栄一氏は、そのような生き方をしなかったのでしょう。
常に誠実な生き様をしようとした。それが結果として、日本の繁栄の基礎を築くことにつながったのだろうと思います。

マンガなので簡単に読めてしまいますが、これで興味を持たれたら、「現代語訳 論語と算盤」を読まれるのがいいかと思います。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:22 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コミンテルンの謀略と日本の敗戦



もうかなり以前に買った本なのですが、ついつい後回しになってしまいました。
これは、歴史を詳しく知るという意味で買ったのですが、けっこう目からウロコの話がありましたね。

「ゾルゲ事件」という有名なスパイ事件があったことは知っていましたが、世界の共産主義を指揮指導するコミンテルンがどう関わっていたのか、それが日本の知識階層や政治にどう影響したのか、詳しいことは知りませんでした。

著者は江崎道朗(えざき・みちお)氏。私より1つ年下の方ですが、読みにくい昔の資料を読み解いて、わかりやすく戦前、戦中の政治の動きに関して解説してくださっています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

ここで前提として知っておかなくてはならないのは、当時の日本のエリートたちの多くが、コミンテルンの対日工作以前に、社会主義に大いに魅了され、左傾化した思想にシンパシーを抱いていたことである。
 なぜ日本のエリートたちは社会主義に共鳴していたのか。理由は大きく分けて二つある。
 その一つは、幕末維新の開国以来、一般庶民とエリートたちとのあいだに生じた亀裂である。
」(p.99)

日本は明治維新を成し遂げたのち、近代化と称して西洋の文明を取り入れることに懸命になる。西洋文明を取り入れ、経済的にも軍事的にも発展していくことが日本の独立を守ることだと信じた。西洋のような近代産業国家になれなければ、日本も他のアジア諸民族と同じく、欧米列強の植民地になってしまうという危機感がそこにはあった。
 その結果、親が教える価値観や伝統や文化を受け継がないことがエリートの条件になってしまったのである。
」(p.100)

つまり、日本のおかれた立場による危機感が、エリートたちを進歩的な思想に走らせたというわけです。欧米で流行していた政治思想は、進歩主義と社会主義。だからこの2つの思想潮流を受け入れることが、エリートの使命でもあったわけです。

しかし、エリートたちが社会主義に惹かれていった原因はもうひとつあった。それは、明治以降、特に大正から昭和にかけての経済政策の失敗、社会保障政策の未熟さである。日本が近代産業国家になるとともに格差や貧困や労働問題が生じ、それに対する対応を十分にできなかったのだ。」(p.111)

つまり、当時のエリートたちは、貧困層に対して何ら効果的な対策を講じない既得権益層への反発があり、困っている庶民を何とかしたいという優しさから、社会主義思想を研究していったのです。

政府や上杉慎吉のような「右翼全体主義者」が、社会主義の研究をしている人たちに「お前たちは社会主義のようなけしからんものを勉強しているから非国民だ、国体に反する人間だ」とレッテルを貼って言論弾圧した。その結果、エリートたちを反体制側に追いやったのである。」(p.125)

ここでは東京大学で起こった森戸事件を取り上げています。いやしくも自由の府であるはずの大学で、言論弾圧という自由を否定する統制を行った。そういう「右翼全体主義者」が当時、実権を握っていたのです。その結果、エリートたちは反体制側になってしまったのです。

明治時代は、まだ維新の元勲たちがいて、皇室と政府が共に貧困問題に対応しようとしていた。しかし大正時代になると、キリスト教徒と社会主義者しか、まともに貧困問題などに取り組まなくなった。政府は思想弾圧するばかりで、効果的な経済政策を行わなかったと江崎氏は言います。


政党というのは、議会制民主主義のプレイヤーである。政策を国民に訴え、選挙で支持を集め、議会で多数派を得て政権を獲得する。よって議会制民主主義というルールを尊重している。
 ところが、コミンテルン、共産党だけはまったく違う。彼らは、議会制民主主義そのものを破壊しようと考えているのだ。
 議会制民主主義を「破壊」するために、国会を「政治不信」を煽る宣伝の場として利用しているにすぎないのだ。この基本的な構図が日本ではほとんど理解されていない。
 しかも、共産党の特異性はそれだけではない。
 他の政党とは異なり、共産党は、非合法部門を抱えているのだ。
 非合法、つまり法律に違反している組織として、将来に武力蜂起に備えた軍事部門、いわゆるテロ組織と、スパイ工作組織などを持っているのが、共産党なのである。
」(p.225)

これは、共産主義と言うか、マルキシズムの本質ですね。歴史的必然として労働者による革命が起こるという暴力革命論。だから、その歴史を推し進めることが進歩であり、正義だという思想です。その思想に基づいて活動したのがコミンテルンであり、そのコミンテルンが指揮指導したのが共産党ですから。


「戦前の日本は右翼に牛耳られていた」という言い方がよくあるが、この「右翼」は正確にいえば「右翼全体主義」を指しているのである。しかもその中に、コミンテルンにシンパシーを感じる「左翼全体主義者=共産主義者」や、一皮むけば真っ赤な偽装右翼も多数紛れ込んでいたから、なお状況が複雑となる。
 つまり、「右翼全体主義者」と「左翼全体主義者」が結びついて(というより、「右翼全体主義者」の動きに「左翼全体主義者」がつけこんで)、大政翼賛会などをつくり、大日本帝国憲法体制を破壊した。昭和初期は、議会制民主主義と資本主義を敵視する社会主義に共感を覚えた「右と左の全体主義的エリート」たちによって、「保守自由主義」たるべき大日本帝国憲法体制が損なわれていった時代と見るべきだろう。
」(p.274 - 275)

大日本帝国憲法は、天皇を君主とした全体主義を目指したものではなく、議会制民主主義を目指したものです。その意義がないがしろにされて、右翼全体主義者によって破壊された。その右翼全体主義者を影で操っていたのが左翼全体主義者だったという分析です。


人間は不完全だ。不完全なもの同士だから、お互いに支えあい、話しあってより良き知恵を生み出すことが必要である−−この聖徳太子の発想は、まちがいなく明治日本の理想にも引き継がれている。
 五箇条の御誓文の冒頭に掲げられている「万機公論に決すべし」である。
」(p.348 - 349)

突出したリーダーが引っ張っていく全体主義ではなく、凡夫たちが集まって合議の上で方針を定める。それが、聖徳太子が示されたものであり、日本の伝統だと江崎氏は言います。十七条憲法の第十条に「共に是れ凡夫のみ」とあるのは、だからこそ話し合って、知恵を出し合おうということなのです。

明治天皇も、自ら君主として引っ張っていこうとされたのではなく、五箇条の御誓文を発布されて、議会制民主主義を推奨された。そのことによって、大日本帝国憲法体制が確立されたのです。

しかし、それを骨抜きにしたのが大政翼賛会であり、全体主義者たちの画策だったということなのです。


ソ連は、日本を米英と戦わせるために工作を続けました。どちらが勝っても、双方が疲弊する。それこそ、世界を共産化させるための方策でした。その結果、日本は泥沼の戦争に踏み込むこととなり、最終的には敗戦となったのです。

日本は、共産主義を警戒しており、徹底的に取り締まりました。しかし、軍や官僚、マスコミなど中枢部に、コミンテルンの内部浸透工作を許してしまう結果となっています。その原因を解明する研究が重要だと江崎氏は言います。

第一に、経済政策の失敗、経済理論への無理解がコミンテルンの跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を許してしまったことへの理解が不足している。」(p.400)

第二に、戦前の政府が、上杉慎吉の天皇主権説をただしいとみなして、美濃部達吉や吉野作造のような自由主義者たちへの弾圧を正当化するような愚行に走ったことだ。」(p.400 - 401)

そして第三に、貧民救済を願う人たちを社会主義者や共産主義者だとレッテル貼りして、反体制に追いやってしまったことだ。」(p.401)

何よりも「自由」を守らなければならなかったのだと思います。言論の自由、議論の自由、それが大事なのです。

その上で、貧困問題に効果的に取り組むこと。これは自由に反することではなく、自由だからこそ、人として優しい思いが自由に発揮されるべきなのです。


日本は、なぜ泥沼の戦争に踏み込んでしまったのか。このことは、歴史をきちんと精査する必要があります。その時、日本を牽引していたエリートたちが何を考え、どう行動したのかということを、よくよく知る必要があると思うのです。

簡単にサラサラと読めるような本ではありませんが、日本の将来を真剣に考える人には、ぜひ読んでいただきたい本だと思いました。

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タグ: 江崎道朗
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:20 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月16日

たった1つ変わればうまくいく



今回は医師の鎌田實(かまた・みのる)さんのエッセイ集です。前にも「がんばらない」という本を紹介しましたが、それと同じ時期に購入してあったものです。

この本も、単行本は2007年発行で、文庫化されたのが2011年となっています。ちょっと見方を変えるだけで、感じ方が変わるし、幸せでいられるというようなことを、タイトルと、そしてサブタイトルの「生き方のヒント幸せのコツ」で表しています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

彼女はこんなことを言った。「亡くなっていたのは悔しいけど、見つかってよかった」。四千人近くの人が未だに行方不明となっているなかで、遺体が見つかったことを素直に喜んだのです。あるがままを受け入れようとしています。この方はさらに話してくれた。「父と母がいっしょでよかった。二人が離ればなれだったら、二人ともさぞ寂しかっただろうし、怖かったろう」。こうやっていいこと探しをするのだ。さらに続けた。「父は生前、お酒を飲むと、最後は家だ、家だぞ」と繰り返していた。父と母は、自分の家の瓦礫の下で発見された。両親を一度に失ったことは悔しいけど、父が望んでいたように家で亡くなったのがせめてもの慰めだと、私に語ってくれました。「それでも人生にイエスと言う」という人間の強さをまざまざと見せつけられました。
 ほんの少しなんだ、たった一つでいい、ちょっと、考え方が変われば絶望を小さな希望へ変えられます。
」(p.6)

文庫化に寄せて、3.11の津波で両親を失った女性のエピソードを、鎌田さんはこのように語ります。どんな状況や出来事に対しても、絶望する見方もできれば、希望を持つ見方もできます。だから否定的に捉えず、肯定的に捉えるよう意識することが大切なのです。


すべての人に見捨てられたにもかかわらず、一人の看護師が彼のどこか一つでも信じ、支えたいと思ってあげたことで、生きる希望が生まれ、未来への可能性が開けたのです。周りの人たちが悪いレッテルを貼ったとき、「にもかかわらず」、その人のいい点を認めてあげることができる勇気ある人間になりたいものですね。」(p.22)

周りの人から見捨てられたアルコール依存患者さんが、1人の看護師の支えてあげたいという思いによって、奇跡的に断酒した事実を取り上げています。「困った人」という見方をすれば、その人はさらに「困って人」になろうとするでしょう。しかし、他の人と同じような見方をせず、その人の良い点を見ようとすることで、奇跡が起こるのです。

鎌田さんは、サービス業に携わる人はクレームを受けることも多いが、こういう「にもかかわらず」という考え方が必要なのだと言います。


患者さんは誤解した。なぜ誤解してほめてくれたのか、ここが大事です。紙パンツに感動していたからです。一ついいことがあると、人間はいい方に解釈してくれるのです。」(p.192)

大腸がんの内視鏡検査で、鎌田さんが患者さんから感謝されたエピソードです。他の病院では、下半身丸出しのまま30分くらいの検査を行いますが、そこでは紙パンツを履いてもらい、少しだけ穴を開けて内視鏡を入れたのです。これは、1人の看護師が、患者さんの気持ちを慮って始めたものでした。

さらにその患者さんは、その検査中に痛くて苦しんでいた時、看護師さんがラジオのスイッチを入れ、自分が好きな演歌を聞かせてくれ、痛みを忘れることができたと言うのです。自分が好きな演歌のことまで知っている。すごい病院だと感動されたのでした。

しかし、実際はそうではなかったようです。内視鏡がS状結腸を越えられずに担当医が冷や汗をかいていたので、看護師は、リラックスさせるために医師が好きなクラッシック音楽を流そうとし。ところが、演歌が流れてしまったのだとか。あわてて変えようとしたら、患者さんが嬉しそうな顔をしているのが見えたので、そのままにしたのだと。

偶然の産物ではありますが、この看護師さんは、つねに周りの人の様子に気を配って、より快適にしてあげようとしていることがわかります。そういうホスピタリティの思いが、こういう結果を生んだのでしょう。


『フィールド・オブ・ドリームス』−−生きがいを見出せる場所はどこにでも転がっています。生きている意味が見つかれば、どこでも生きていけるのです。
 そして、自分のためだけに生きると、喜びは少ないということも忘れないでほしいのです。失敗のように見える人生を価値ある人生に変えるのは、実は簡単なのではないでしょうか。それは、誰かのために生きてみることかもしれません。誰かのために生きる。この生き方で、あなたもうまくいきだすかもしれません。
」(p.209)

鎌田さんは、都落ちしてはダメだと言われたころ、要請を受けて長野の万年赤字の病院へ赴任しました。そこでスタッフたちと協力しながら、病院の経営を建て直されたのです。

出世コースからは外れたかもしれませんが、面白い人生を歩めたと鎌田さんは言います。「人間到る処青山あり」と言うように、どこへ行っても自分らしく生きることはできます。そこで、自分のことだけを考えるのではなく、ホスピタリティ、つまり他人のことを中心にすることで、より有意義な人生になると鎌田さんは言われるのです。


TVなどでお見かけする鎌田さんは、いつもにこやかな感じです。しかし、以前は常にイライラしておられたのだとか。ある時から、常に上機嫌でいることを心がけるようにして、変わっていったと言われています。

私たちも、自分の思い1つで、自分の人生を変えていける。そう勇気をもらえる1冊でした。

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タグ:文庫 鎌田實
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 15:32 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月24日

「言葉」が人生を変えるしくみその最終結論



今年2020年3月4日に、Qさんこと石田久ニ(いしだ・ひさつぐ)さんがバンコクに来られていて、食事会が行われたので参加しました。その時に2冊の本をいただき(1冊は購入)、そのうちの1冊、「僕らの魂が地球に放り込まれた理由」を前回紹介しました。

今回は、残りの1冊になります。昨年9月26日に発行されたばかりの最新巻で、言葉によって人生が変わるという、Qさんの考え方の集大成という位置づけのようです。


さっそく、一部を引用しながら内容を紹介していきましょう。

空海によって開かれた真言密教では、私たち人間は、身・口・意の3つから成り立っていると言われています。身とは肉体、口とは言葉、意とは心を指しますが、もう少し意味を広げて考えると、肉体とは身体を使うことなので、行動とも置き換えられますし、意の心とは思考を指しているとも言えます。
 つまり、思考、行動、言葉、この3つは、三位一体と言われ、これらが一致するときに夢が叶うのです。
」(p.6 - 7)

私がお勧めする「神との対話」でも、思考、言葉、行為の3つで創造すると言っていますね。
Qさんは、思考は簡単には変えられないし、行動もそう簡単にはできないこともあるが、言葉ならすぐに変えることが可能だと言います。だから、言葉を変えることは、行動に方向を与え、思考の輪郭を作ることになり、この3つが一体化して夢が叶うのだと言うのです。


私たちが生きる意味は喜びを知ることにあります。だからこそ、その喜びを知るために、私たちは3次元で「苦」と直面し、苦しんだからこそ知る絶対的な「喜び」を体験しようとしているのです。「苦」はいわば、宇宙が人間に与えた最大のギフトなのです。」(p.64 - 65)

これも「神との対話」と同様の内容ですね。Qさんは、0次元は自我も認識もないあるがままの世界で、比較するものがないのだと言います。しかし、ただそこに存在しているだけで素晴らしいという、絶対的な喜びがあるのだと。けれども、そこでは比較ができないから、その絶対的な喜びを知ることができない。だから、わざわざ3次元に生まれて「苦」と直面するというわけですね。


実際は、明日の食べる物を心配している人は、日本を出ればたくさんいます。そこと比べたら、私たちは「ある」のです。すでに豊かさを持っているし、「ある」ことはいっぱい存在している。
「ない」に目を向けることは簡単ですが、あえて「ある」ものに目を向けます。すると、「ある」を種として、実際にも「ある」がどんどん増えていくのです。
」(p.148)

「ある」も「ない」も相対的ですから、基準をどこに置くかによって判断が変わります。Qさんは、その基準を変えることによって、「ある」という認識を持つようにすれば、実際に「ある」という現実が現れるのだと言うのです。


2005年に会社を辞めた直後、友人からある会合に誘われました。そこには4〜5名の方がいらっしゃったのですが、その中の一人が話題の中心になっていました。なんと4か月でゼロから月収100万円を超えたとの話。
「アレ、やってるんですよね」と言われたのですが、「アレ」とはまさに「願望を紙に書く」でした。具体的には「月収100万円を超えました」と毎日ノートに10回書く。そこにいた4〜5名の中でたった一人、その方だけが実行していました。
」(p.150)

これはQさんが、神田昌典さんの「非常識な成功法則」を読んで、目標を紙に書くことを知った後の出来事だそうです。私が読んだのはマンガにリメイクした本ですが、願望を紙に書くことが書かれてましたね。

このように方法はいくつもあるのですが、やはり実践する人が少ないということです。実は私も、目標を紙に書くということはしていません。まあ私の場合は、特に目標を定めない方が性に合っている気がするからでもあるのですけどね。


つまり「呪文の効果を最大限に高める方法」とは、結果を気にせず愚直に唱え続けることなのです。」(p.241)

バシャールも結果には少しもこだわってはいけない、ということを言っていますね。Qさんも、「どうせ叶う」と思って結果を気にせず、気楽に呪文を唱えるようにと言います。


最後に、258ページから書かれているお金を引き寄せる方法を紹介します。Qさんは、簡単に叶うと言います。

最初はアファメーションですが、「なぜかわからないけど○○円が手に入りました」という言葉を、1日目は15分間唱え続けるのだそうです。2日目以降は、1日に1回程度、好きな時に唱えます。願いが叶うまで100日間、これを続けます。

ここでも、いつどうやって入ってくるかを気にするなとQさんは言います。願いは、忘れた頃に叶うのですが、2〜6週間くらいで叶う人が多いそうです。

2つ目の方法は、「やった〜!100万円が手に入ったぞ〜!」という言葉を、その瞬間のように大声で叫ぶという方法です。未来を今、疑似体験する方法ですね。

いずれも詳しい説明が書かれていますので、ぜひ本を読んでみてくださいね。


Qさん自身が、何もない状態で独立し、どん底から言葉を変えることで今の状態にまでなったのだそうです。それだけに、説得力のある内容でした。

この本にもQさんのサインをいただきました。ありがとうございました。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:51 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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