2020年03月27日

どんなステキな色か見せて



Twitterで紹介されていて、興味を覚えたのですぐに買ってみました。Kindle版の小説です。著者は比嘉ダイヤ(ひが・だいや)さん。表紙にもあるように、LGBT、発達障害、虐待、ポリアモリー、霊的体験がてんこ盛りの小説です。多様性ということ、愛ということを、深く考えさせられる内容になっています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。ただ、これは小説なので、ネタバレにならない範囲で引用します。

最初に、この小説の体裁を説明すると、主人公のエリが、親しい友だちに、自分のことを話すというスタイルで物語が進んでいきます。したがって、登場人物は他にたくさんいても、語っているのはエリだけです。

ちょっとおちゃらけた感じのエリですが、発達障害があり、子どもの頃から霊的体験もしていて、母から虐待を受けたトラウマがあります。そんなエリが、自分がポリアモリーだということに気づいていく中で、自分の心の問題と向き合っていくのです。


自分が特定のパートナーとだけ関係を持つモノガミーだと思っていて、男性(タクヤ)と結婚したエリ。しかし、魅力的な女性(エステラ)と出会ったことで、ポリアモリーだと気付かされることになります。そこでエリは、タクヤにカミングアウトすることに決めました。

以下、断片的に引用しますが、エリが自分の心に正直に生きようとする姿が見て取れるかと思います。


あたし は 性別 問わ ず、 たくさん の 人 を 好き になり ます。 これ が あたし の セクシャリティ。 これ が あたし の パーソナリティ。 だから 変え られ ない。 これ が 本当 の自分 なの。
 そう やっ て 自分 の セクシャリティ を ハッキリ と 自覚 する こと。 それ が、 まずは 大切 な 第一歩 だっ た。
」(Kindle の位置No.467-470)

あたし は 彼女 への 恋 を通して、 どんどん 本当 の 自分 を 取り戻し て いっ た の。
 無意識 の うち に、 社会 常識 に 合わせ て 抑圧 し て 閉じ込め閉じ込め て い た 自分 を、 一つ ずつ 取り戻し て いったん だ よね。
 たま しい を 解放 さ れる 喜び で いっぱい だっ た よ。
」(Kindle の位置No.498-500)

それ って エゴ じゃん。 相手 の ため に 与える 純粋 な 愛 では ない じゃん。 なー ん だ。 そう 思っ たら すごく 気 が 楽 に なっ た の。
 嫉妬 イコール 愛 だって 思っ て た のは 完全 に 間違い だっ た って。 だから 反射的 な 怒り や 反発 は ある だろ う けど、 三日 も すれ ば その 状況 に 慣れる と 思う。
」(Kindle の位置No.584-586)

コツ として は、 お互い に 自分 の ルール を 簡潔 に 説明 する こと。 その ルール の 背景 を 理解 し て もらっ たり、 共感 し て もらっ たり する 必要 は ない の。 お互い に 自分 の ルール を 説明 し あっ て 共通点 を 探し て、 一緒 に い られる 場所 を 探す こと。」(Kindle の位置No.601-603)

それ を 聞い た 彼 が どういう 選択 を する のか、 それ は 彼 が 決める こと だ。 それ は あたし の コントロール できる こと じゃ ない。
 すべて を 包み隠さ ず 話す こと。 あたし に できる こと は そこ まで。 それで 彼 が どういう 選択 を し た として も、あたしはそれを受け入れるしかない。
」(Kindle の位置No.667-669)

どっち が 幸せ か、 どっち がより 自分 らしく 素直 に 生き られる か って いつも 考え てる の。 社会 常識 よりも 自分 の 心 に 従っ てる。 自分 の 心 を 無視 し て 生きる なんて、 あたし には 無理 な ん だ。」(Kindle の位置No.888-889)

きっと あたし 以外 にも、 スピ や 発達障害 の こと で 自分 を ごまかし て 否定 し て 生き てる 人 が たくさん いる だろ う ね。
 誰 もが 自分 らしく のびのび と、 ありのまま に 生き て いける 世の中 だっ たら いい のにね。
」(Kindle の位置No.1223-1225)


自分に正直であること。そして相手にも正直であること。「神との対話」でも語られていますが、「正直」ということが、重要なキーワードだと思います。

そして、自分の価値観を他人に押し付けないこと。他人のことは他人が決めればいいという、アドラー心理学の「課題の分離」が重要だということも語られています。相手を自由にさせることが愛なのです。

そうすれば結果として、多様性を受け入れる社会になります。多様性とは、それぞれが自由に自分自身でいられるということなのです。


こうしてエリは、自分自身と向き合い、ありのままの自分を受け入れることで、変わろうとします。しかし、どうしても弱い自分が現れてしまいます。そんな時のコツも語っています。


この 浄化 魔法 には ちょっとした コツ が ある よ。
 最初 に「 ねえ ね え リノ、 今 から 十分 だけ グチ 聞い て くれる?」 って 言う の。 そして 終わっ たら「 あー スッキリ し た!」 って 言う こと。
 最初 と 最後 の 区切り を つける 魔法 の 呪文 を 言う ん だ よ。 これ すっごい 大事 ね。
」(Kindle の位置No.1842-1843)

ダメ で 弱く て 情けない よね。 でも、 それ が あたし で すっ て 堂々 と し てれ ば いい。
 そういう 自分 の こと、 もう 許し て あげよ う よ。 そのまま で いい じゃん。 顔 を 上げ て 前 を 向こ う。 自分 の こと も 人 の こと も、 いびつ な 形 の まま 愛し たい。
 正しい こと だけが 美しい って わけ じゃ ない。
」(Kindle の位置No.2095-2098)


他の人から見れば「おかしい」のかもしれないし、「正しくない」のかもしれない。そして、自分自身も、そんな自分は嫌だと感じているかもしれない。でもすぐには変われない。そんなジレンマもある中で、まずは「これが今の自分です」ということを受け止めることが大切なのだと思います。

感情は抑え込まないこと。抑圧せずに目の前にさらけ出してみること。そうすることで、そんな自分を受け入れられるようになります。そして、受け入れることによって、少しずつ変わっていけると思うのです。


ちょっと変わった小説ですが、人間として大切な「生き方」について深く考えさせられる内容だと思いました。LGBTとかポリアモリーなど、世間の常識を最初からガンガンぶち破るため、嫌悪感を覚える方もいらっしゃるでしょう。そういう方にはお勧めしませんが、多様性こそが重要だと感じている方は、読んでみられてはいかがでしょうか。

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2020年03月07日

あふれでたのはやさしさだった



何でこの本を知ったのか忘れてが、おそらく日本講演新聞(旧みやざき中央新聞)だったと思います。ひょんなことで奈良少年刑務所で詩の教育を担当することになった著者で作家の寮 美千子(りょう・みちこ)さん。体当たりで始めた「 社会性涵養 プログラム」での教育が、受刑者たちの心の扉を開く奇跡を次々に起こしていったことが、この本には書かれています。

人はなぜ犯罪に走るのか? 犯罪者を真に反省させ、更生させるには何が必要なのか? そんなことを考えさせてくれる内容になっています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

そんな 彼ら は、 心 の 扉 を 固く 閉ざし て い た。 自分自身 の 感情 も わから ない ほどに。
けれども、 その 鎧 を 脱ぎ捨て、 心 の 扉 を 開け た とたん、
あふれで て き た のは、 やさし さ だっ た。
重い 罪 を 犯し た 人間 でも、 心 の 底 に 眠っ て いる のはやさしさなんだ。
ほんとうはだれもが、愛されたいし、愛したい。人間って、いい生き物なんだ。
彼らに出会って、わたしはそう確信するようになった。
」(Kindle の位置No.14-16)

受講 生 の 一人 が、 固く 閉ざし て い た 心 の 扉 を 開く と、 連鎖反応 の よう に、 次 から 次に 心 の 扉 が 開か れる。 する と、 みんな が 心 の 奥 に しまっ て い た つらい 体験 や、 悲しい 出来事 を 堰 を 切っ た よう に 語り だす。 それ を きっかけ に、 とめどなく「 やさし さ」 が あふれ て くる。 仲間 を 慰める 言葉、 自分 も 同じ だっ た と 共感 する 言葉が、教室にあふれかえるのだ。」(Kindle の位置No.93-96)

友 から やさしい 言葉 を 浴び た 少年 たち は、 わたし の 目 の 前 で 変わっ て いっ た。 まるで 蛹 から 蝶 に なる よう に 一瞬 に し て 変わる 様子 を、 何度 目 に し た こと だろ う。 まったく 無表情 だっ た 少年 が 微笑み、 はげしい チック 症状 が ピタッ と 止まり、 吃音 が 消え、 ならず者 の よう な 子 が 自ら 姿勢 を 正し、 ひどく 引っこみ 思案 の子が手を挙げ発言するようになった。魔法だった。奇跡だと思った。」(Kindle の位置No.101-105)

詩 によって 自分 を 表現 する。 それ を だれ かに 受けとめ て もらう。 たった それ だけの こと で、 人 は こんなにも 変わる。 言葉 に そんな 力 が あっ た のか、 と 驚き を 禁じ 得 なかっ た。 自身 が 詩 も 書く 作家 で ある のに、 そこ まで 言葉 の 力 を 信じ て い なかっ た。」(Kindle の位置No.108-111)

わたし は 確信 し た。「 生まれつき の 犯罪者」 など い ない の だ と。 人間 は 本来、 やさしく て いい 生き物 だ。 それ が 成長 の 過程 で さまざま な 傷 を 受け、 その 傷 を うまく 癒 や せ ず、 傷跡 が 引き つっ たり 歪ん だり し て、 結果的 に 犯罪 へと 追い込ま れ て しまう。 そんな 子 でも、 癒 やさ れ、 変わ れる こと が ある の だ と、 心から 信じ られるようになった。」(Kindle の位置No.119-122)

約10年間、186名の受刑者の教育を担当された寮さんは、この奇跡的な成果を目の当たりにして、人間の素晴らしさを実感されたようです。

犯罪者になりたくてなった人などいない。彼らの置かれた環境によって、彼らは自分自身を守るために、犯罪者にならざるを得なくなったのだと。

そうであるなら、彼らと犯罪者からまっとうな社会人に引き戻す力も、環境にはある。その環境とは、何ら根拠もなく彼らを信頼し、受け入れる人々なのです。


犯罪 にまで 至っ て しまっ た 人 に 共通 し て いる のは、 彼ら を 取り巻い て い た 環境 の すべて から『 正しい 愛情 を 受け た こと が ない』 という こと では ない でしょ う か。 だから、 心 が 育っ て い ない の かも しれ ませ ん。 本来 の 自分 を 否定 さ れ 続け て いる ので、 自己 肯定 感 が 育た ない。 その 結果、 自尊 感情 も 育た ない。 自分 を 大切 に できでき ない 人 に、 他人 を 大切 に する こと は でき ませ ん。 だから、 犯罪 も 可能 に なる のでは ない かと 思い ます。
 親 から 否定 さ れる、 捨て られる。 そんな つらい 思い を し たら、 心 を 閉ざし て しまっ ても 仕方 あり ませ ん。 内側 に 大きな 怒り を 抱えこみ、 悲しみ を 悲しみ とも 感じ られ ない よう な 状態 です。 する と、 うれしい 楽しい、といったプラスの感情も感じられなくなってしまうのだと思います。
」(Kindle の位置No.377-382)

愛情とは、「あなたはそのままで素晴らしい!」「私にとってかけがえのない存在です」という人の思いです。それを感じてこられなかったから、彼らは鎧をまとうしかなかったのです。


この 本 を 書く にあたり、 この とき、 細水 統括 の やり たかっ た こと を 改めて 聞か せ て もらっ た。「 彼ら の 物語 を 書き換え て あげ たかっ た」 と いう。 苦しみ に 満ち た 悲惨 な 記憶 の なか にも、 きっと 美しい 記憶、 愛さ れ た 経験 が ある はず だ と。 ほんの か けら の よう な 小さな 記憶 でも いい、 そこ に 光 を 当て、「 愛さ れ た 経験」 を 取り戻す取り戻す こと で、「 悲しみ を 悲しみ として 受けとめる 感性」 や「 人間 らしい 気持ち」 を 取り戻し て ほしい。 そう すれ ば、「 すべて を 怒り に 変え て、 犯罪 に 向かわ なく ても すむ よう に なる はず だ」 と。
「短く て 美しい 言葉 を、 繰り返し 繰り返し、 寄せ ては 返す 波 の よう に 彼ら に 体験 し て ほしかっ た」 とも。「 そうすれ ば、 彼ら の なか で 切れ切れ だっ た もの が つながっ て、 やがて ひと まとまり の 物語 に なっ て いく と 思う ん です。 思考 が 構造 化 さ れ、 人生 を 見通せる よう に なる 気 が し まし た。 だから『 童話』 や『 詩』 が、 大切 だ と 思い まし た」
」(Kindle の位置No.439-447)

寮さんが行ったのは、絵本や詩による自己表現です。私は「詩」というものが苦手だったのですが、この本を読んで、詩を難しく考えすぎていたなぁと感じました。ただ感じたことを言葉にすれば、それはすでに「詩」なのです。

そして、言葉によって自らを表現し、それを仲間たちに受け入れてもらえるという体験によって、彼らは変わっていったのです。


この 瞬間、 いきなり なに かが 変わる。 ほんとう に、 一瞬 で 変わる の だ。 演技 を し た 子 たち が、 びっくり し て みんな の 拍手 を 聞い て いる。 それ が、 戸惑っ た よう な 表情 になり、 ゆっくり と 笑顔 に 変わっ て いく。」(Kindle の位置No.685-687)

絵本の朗読をしてもらうだけでも、彼らには自己表現になる。それによって、変わっていくのです。

驚い た。 これ っぽ っ ちの こと なのか。 たった これ だけで、 人 は いきなり 変わる もの なのか、 見た目 で わかる ほどに。 つまり、 この 子 たち は、 いま までの 人生 で、 これ っぽ っ ちの 受けとめ もさ れ て こ なかっ た、 という こと なの だろ う か。」(Kindle の位置No.694-696)

ただ普通に読めただけで受け入れてもらえる。ダメ出しせずに受け入れてもらえるということによって、人は簡単に変わるのです。


ある とき、 緘黙 に 近い 受講 生 が やってき た。 絵本 の 朗読 の 授業 で、 彼 に 振る と「 無理 です。 ぼく、 でき ませ ん」 と 言う。 する と、 乾 井 教官 が 満面 の 笑み を 湛え て こう 返し た の だ。
「そう か、 でき ない か。 よく 言っ て くれ た!   やら なく て いい よ。 でも、 やり たく なっ たら、 いつ でも 言っ ていい ん だ ぞ」
 それ を 聞い た 受講 生 の 一人 が、 むくれ 顔 で 言っ た。
「え えっ、 先生、 そんな の あり です か。 だっ たら ぼく も、 やら なかっ た のに なあ」
 乾 井 教官 は、 にっこり し て 抗議 を し た 子 に 頷く と、「 でき ませ ん」 と 言っ た 子 を 見 て、 こう 言っ た の だ。
「ほう ら、 きみ が『 でき ませ ん』 って 勇気 を 出し て 言っ て くれ た おかげ で、 この 教室 には『 し なく て いい』 っていう 選択肢 が 生まれ た ん だ。 みんな、 きみ に 感謝 し て いる と 思う よ」
 みんな が 笑顔 になり、 教室 に なごや かな 空気 が 流れ た。
」(Kindle の位置No.738-746)-741)

完全に受容するというのは、こういうことなのですね。どんな選択肢でも容認する。これは、「神との対話」シリーズで言っている神の対応ではありませんか。つまり、完全な愛なのです。


じっくり 待っ て みる と、 驚く べき こと に、 必ず 声 が 出る の だ。 言葉 の 出 にくい 子 は 何人 も い た が、 その 全員 が、 最後 には 必ず 声 が 出 た。 待つ と いっ ても、 何 十分 も かかる わけ では ない。 ほんの 数 分 の こと だ。」(Kindle の位置No.985-987)

ようやく 発する こと が でき た その ひと言 の 後ろ には、 言い たい こと が 芋づる 式 に ぶらさがっ て いる から だ。 だから「 はい。 ぼく も そう 思い ます」 と 返答 し た その後、 ひと 呼吸 置い て、 言い たかっ た こと が ツルツル と 出 て くる。 ああ、 この 子 は ほんとう は しゃべり たかっ た の だ、 彼 の 言葉たちはみな、重石を付けられて外に出てこられないでいたのだ、と実感する。」(Kindle の位置No.991-993)

困難 を 抱え、 刑務所 まで 来 て しまっ た 子 でさえ、 信じ て 待て ば、 自分 から 成長 する。 それ も、 目 を 見張る ほどの 成長 だ。 どんな 人 も、 心 の なか に 光 に 向かっ て 伸びる 種 を 持っ て いる。 その 見え ない 種 の 力 を 信じ て 待つ こと を、 わたし は 刑務所 の 受講 生 たち から 教わっ た の だっ た。」(Kindle の位置No.1037-1039)

「待つ」ということは、相手を否定しない、つまり受け入れるということなのですね。人は、待っていれば必ず成長する。その信頼を持つことが、何よりも重要なのだろうと思いました。


深く 苦しん だ 人 ほど、 他人 の 苦しみ を 理解 できる。 だから 彼 は、 人生 相談 の よき 聞き手 に なる こと が でき た の だろ う。 過去 は 変え られ ない。 けれども、 いま を どう 生きる かで、 人 は 過去 に あっ た こと の 意味 を 変える こと が できる。 つまり「 過去 は 変え られる」 の だ。」(Kindle の位置No.1198-1201)

社会 の なか で、 いちばん 困っ て いる 人、 困難 を 抱え て いる 人 を 支援 する という のは、 その 人 の ため だけの こと では ない の だ。 その 人 の 困難 が 解消 すれ ば、 みんな が 気持ちよく 前向き に 生き て いける 社会 に なっ て いく。 追い詰め られ て 犯罪 に 走る 人 も 減る。 被害者 も 減る。 だから、 障害者や 老人、 経済的 弱者、 虐待 を 受け て 心 に 傷 の ある 人 など「 弱者」 への 支援 が 大切 なの だ。 なん でも 根性論 に 帰し て「 自己責任 だ」 と 放置 し、 排除 すれ ば する だけ、 弱者 は 追い詰め られる。 その せい で、 周囲 に 負 の 影響 が 生じ て 社会 全体 の 困難 が 増す。 当然、 犯罪 も 増える。 みんな が 疑心暗鬼 に なる ギスギス し た 世界 に なっ て ししまう。「 情け は 他人 の ため なら ず」 という 言葉 通り、 支え あい 助け あう こと は、 ほか でも ない、 巡り 巡っ て 自分自身 の ため に なる こと なの だ。」(Kindle の位置No.1312-1318)1312-1314)

私たちは、それぞれにそれぞれの困難を抱えて生きてきました。そうであればこそ、他人の困難に共感し、支援の手を述べることができます。そしてそのことで、自分自身の過去を変えることができます。さらにそのことで、社会全体を変えていけるのです。


遠回り に 思え ても、 彼ら に対して 人 として 向き あい、 あなた も また 大切 な 一人 の 人間 な ん だ と 心から 伝え、 固く 閉ざし た 心 の 扉 を 開い て もらい、 自分 の 命 の 大切 さに 気づい て もらわ なけれ ば なら ない。 そこ に 気づい て こそ、 他者 の 命 の 大切 さ、 人生 の かけがえ のなさに、 彼ら は ようやく 気づく の だ と 思う。 そして、 自分 の 犯し犯し た 罪 の 大き さを 思い知り、 深く 悔い、 罪 を 背負っ て、 つぐない の 人生 を 歩み はじめる。」(Kindle の位置No.1915-1919)

社会性 涵養 の 教室 に い た のは、 自分 たち と 同じ 境遇 の 仲間 たち だっ た。 だから、 安心 し て 自己 開示 し 自己 表現 でき た。 表現 する こと 自体 が、 一つ の 癒 や し に なる。 そこ には、 受けとめ て くれる 仲間 が いる。 それ が、 さらに 深い 癒 や し を もたらし た に 違い ない。
 グループ だ から こそ、 一対一 とは 違う 大きな うねりが 生まれ、 互いに 交感 し あい、 連鎖反応 を 起こし、 次 から 次に 心 の 扉 を 開け た の だろ う。
」(Kindle の位置No.1995-1999)

同じ犯罪者だからこそ、犯罪者に対して共感できる、ということがあるのかもしれませんね。1対1ではなく、仲間たちと一緒だったから、効果を上げることができた。そういうことがあるのかもしれません。


奈良少年刑務所で行われた、「 社会性涵養 プログラム」は、月に3回で、寮さんの詩のクラスはそのうちの1回です。他に絵のクラスも行われています。したがって、詩のクラスだけの成果ではないことは、寮さんも指摘しておられます。

しかし、わずか月3回、半年間だけのプログラムで、心を開いてコミュニケーションが取れるようになるという見た目の変化が起こったことは事実です。

この成果が、多くの場所で活かされるといいなぁと思います。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:38 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月02日

嫌なこと、全部やめても生きられる



面白そうな本を読みました。著者はプロ奢ラレヤーさん。他人から食事などをおごってもらうことで、働かずに暮らしておられる方です。最近は、noteの有料記事などで毎月100万円以上の収入があるそうですが、相変わらずおごられる生き方をされているとか。

この本は、おそらくSNSで知ったのだと思いますが、面白そうだったのでKindle版で購入して読みました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

そこ から 日本 に 帰国 し た あと は「 プロ 奢 ラレヤー」 として、 ツイッター を 介し て だいたい 月 50〜 60 人 ほどから メシ を 奢ら れる 生活 を かれこれ 3 年 ほど やっ て い ます。 つまり、「 他人 の カネ で 焼肉 を 食べる」 のが 僕 の 今 の 仕事 です。 そう です。 他人 の 金 で メシ を 食べ て い ます。」(Kindle の位置No.17-20)

普通のサラリーマンにはなれないと感じた彼は、わずか20万円弱のお金でヨーロッパなどを3ヶ月ほど放浪したそうです。その後、帰国してからも働きたくなくて、プロ奢ラレヤーになったのだとか。


というのも 僕 は 銀行 口座 に お金 が なく ても「 不安」 に なっ た こと が あり ませ ん。 でも 多く の 人 は、 不安 に なる らしい。 一体 この 違い は なん なのか?   それ は 結論 から いえ ば、 僕 は お金 以外 の「 何 か」 を通して「 安心 し て いる」 から です。」(Kindle の位置No.129-131)

どういう精神をしていれば、そんな生活ができるのか? と不思議になりますよね。その一端が、この文章から読み取れます。お金がなくても不安にならない。安心していれば、何とかなっちゃうんですね。

お金 の こと を 考える と 漠然と し た 不安 感 を 持つ という 人 は、「 お金」 が 足り ない と いう より「 安心」 が 足り て い ない のでは ない でしょ う か。」(Kindle の位置No.147-148)

発想の転換ですね。お金が足りないから不安になるのではなく、そもそも安心が足りないから些細なことで不安になるのです。たしかに、心配性の人の発想は、何とかして心配のタネを見つけようとしている、という気もしますからね。


僕 の 経験則 では、 家 が ショボ く ても 毎日 を 楽しむ こと は 可能 だ けど、 自由 な お金 が ない と 精神 が 死ぬ ん です。 だからこそ 収入 が 低い 人 ほど みんな と 同じ よう な 消費 を 見直し て、 固定費 を 減らし た ほう が ラク な ん です よ。」(Kindle の位置No.538-540)

彼のポリシーは、生活の中の固定費を減らすこと。そこに価値をまったくおかないのだとか。一番大きいのは住居費。そして食費です。ですから彼は、食事をおごってもらい、泊めてくれる人の家を転々として暮らしたのだそうです。それでも、自分が何かしたいと感じることに対して使えるお金があることが重要だという考えなのです。


手取り 15 万 円 の 中 で、 どこ まで 価値 を 最大 化 し て、 人生 を 楽しん で いく のかは 自分 次第 です よ。 子ども の 頃 10 円 を 手 に し た 時 の 気持ち を どこ まで 持ち 続け られる か。「 手取り 15 万 円 で 豊か に 生きる こと」 は 決して 簡単 では ない けど、 不可能 では ない と 僕 は 思い ます。」(Kindle の位置No.749-752)

手取り15万円で嘆く人たちが多いようですが、彼は別の発想をします。「たった15万円」ではなく、「15万年もある」と思える使い方を考えるのです。


僕 は、 一切 貯金 を し て い ませ ん。 別 に 長生き し たい とも 思わ ない し、 老後 に やり たい こと も ない し、 まあ 死ぬ とき は 死ぬ し。 しょうが ない じゃ ん って 感じ。 積極的 に 死の う とは 思わ ない けど、「 死」 は どうにも でき ない こと なので、 気 に 病む 時間 の ほう が もったいない です。」(Kindle の位置No.763-765)

死ぬことさえ心配していないのですから、最強ですね。私も、こういう生き方をしようと思い始めたところです。


今 でき ない こと は 老後 にも どうせ やら ない ん です よ。 だって 今 やり たく ない ん だ から。 老後 なんて 体力 も 落ち てる し、 もっと やり たい と 思え ない でしょ。」(Kindle の位置No.783-784)

定年退職したら何かをしようと考えている人たちに対する警鐘でもあります。やりたいことは、今すぐやるべきですね。


「好きなことを見つけろ!」って声がでかい人は、人生の序盤にたまたまそれが見つかっていた結果、声がでかくなっているだけなんですよ。早く見つけてるからこそ、長い時間と金をかけて成功しているわけだし。
 好きに出会うためには時間と金も必要です。何の習い事もさせてもらえない幼少期を過ごしたとしたら、それで「好き」に出会えるほうが奇跡じゃないですか。
」(Kindle の位置No.1205-1208)

「好きなことをやって生きろ」という声に対して、そう簡単に好きなことが見つかるわけでもないし、仮に見つかっても、それで上手くいくわけではないと彼は言います。それよりも、嫌いなことをやらないことの方が、人生の質は上げやすいという主張なのですね。


いずれにせよ、他人と比べるのは決して悪いことじゃありません。人間の当然の本能だと思います。ただ比較する際は、「この中で自分はどれぐらい上なのだろうか」という際限のない比べ方ではなく、「この中で自分は、自分にしかない価値を見出だせているのだろうか」という比べ方のほうが、ずっと幸せになれるバリエーションは多いんじゃないかなと思います。ランキングバトルは、結局1位しか幸せになれないんですよ。」(Kindle の位置No.1620-1623)

よく比較することが悪いという人がいますが、私はそうは思いません。彼と同様、ランキングバトル的な比較は無意味ですが、自分自身をよく知るという意味での比較は、むしろ良いことだと思います。


「不快なもの」の存在を認める、ということは非常に難しいのかもしれないけれど、自分以外の「正義」も存在するということさえわかっていれば、人生はラクになります。
 基本的に他人に厳しいのは、我慢ばかりしている人です。我慢するのをやめれば、自然と他人にも優しくなれるし、他人に優しい人は我慢する必要がありません。他人に厳しくした数だけ、我慢しないといけないことがそっくりそのまま自分に反射して戻ってくる。他人に厳しいことばかり言う人は、他人を殴っているようで、未来の自分を殴っているのです。
」(Kindle の位置No.1665-1669)

価値観は人それぞれなのですが、それが認められなくて、同調圧力を強める人が多いのが日本社会です。それは他人に厳しくしているようでいて実は自分に対して厳しくしているのです。だから我慢しなければならなくなり、自分自身が疲弊する。だから、うつ病などが増えるのかもしれませんね。


漠然と知っていたプロ奢ラレヤーさんのイメージが、ガラッと変わる本でした。もっといい加減な人かと思っていましたが、実にしっかりとした考え方をされているのです。

私も、彼に共感する部分が多いです。私におごってくれる人がいたら、喜んでお受けしたいと思います!

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2020年03月01日

GRAB配車アプリでタクシーを選べなくなった!?

タイ・バンコクで、時々、GRABを利用しています。

これは配車サービスと呼ばれるもので、タクシーなどをオンラインで呼ぶことができるのです。

最近は、呼んでもすぐ来てくれないことがあって、たまにGRABカーを使うだけで、GRABタクシーは使っていませんでした。

ちなみに、GRABタクシーというのは、通常のタクシーを呼ぶもので、メーター料金+25Bで利用できます。

一方のGRABカーは、一般の人が小遣い稼ぎで車に同乗させてくれるもの。いわば白タクですね。でも、配車アプリで呼ばない限りは乗れないので、雨が降った時などは、かなりの確率で来てくれます。それに車も割と高級です。


最近、あまり使っていなかったのですが、車だけではなく、オートバイも呼べたり、その呼んだオートバイに自分が乗るのではなく、デリバリーを依頼することもできるようです。さらにさらに、運転手だけの派遣を依頼できたり、逆に車だけ(自分が運転する)の依頼もできるようです。

UBERが撤退したこともあってか、どんどんサービスを拡大しているGRABですが、最近、ふと気付きました。「タクシーがない!」

アプリがアップデートされていて、以前のようにGRABカーやGRABタクシーを選択するメニューがないのです。

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「あれっ?タクシーはどこへ行ったの?」

アプリを探してみてもわかりません。「more…」を開いても何もないし・・・。とりあえず「Car」を選択しますが、近辺を走っているのはGRABカーと思われるものだけです。

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「おかしいなぁ?」と思いつつも行き先を入力すると、「Just Grab」と表示されていて、もっとも近い車が選ばれる設定になっていました。

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これ、すぐにはわかりませんよねぇ。いや、私がわからなくて、「タクシーがなくなった〜!」って騒いだんですけどね。(笑)

後で、他の人から指摘されて気付きました。ここに「View All」とあって、これをタップすると、メニューから車の種別を選べるようです。

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しかし、これはわからんわぁ。アプリが更新されると、こういうことがあるんですね。


どおりで、いくらネットで「GRABタクシー なくなった?」とかで検索しても出てこないわけです。

と言うことで、もし私と同じように、GRABタクシーがなくなったと勘違いしている人がいれば、役立つかなと思って記事にしておきます。参考にしてくださいね。(笑)

p.s. 一度GRABタクシーを選択すると、次からはJUST GRABではなく、GRABタクシーが優先表示されるという情報もありました。確認していませんが、参考にしてみてくださいね。
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:15 | Comment(0) | └ タイのお役立ち情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月20日

教誨師



これは、「日本講演新聞(当時は「みやざき中央新聞」)」で紹介されていた本です。著者は広島県生まれのジャーナリスト、堀川惠子(ほりかわ・けいこ)さん。同じ広島県出身の教誨師、渡邉普相(わたなべ・ふそう)氏の話を聞き取ってまとめた本です。2014年1月に単行本として発行されていますが、私が読んだのは2018年に文庫化されたものです。

渡邉氏は、浄土真宗の僧侶であり、死刑囚の教誨師です。教誨師というのは宗教家であり、死刑が確定したいわゆる死刑囚が、死刑を執行される前に唯一接することができる民間人です。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

間近に処刑される運命を背負った死刑囚と対話を重ね、最後はその死刑執行の現場にも立ち会うという役回り。それも一銭の報酬も支払われないボランティアだという。渡邉ほど長いキャリアを持つ死刑囚の教誨師は全国どこを探しても見当たらないし、恐らく今後も現れないだろう。理由は、その任務の過酷さである。身体よりも心がもたなくなる者が多いという。」(p.12)

教誨師には守秘義務があり、死刑囚との教誨において話されたことなどは、口外してはならないとされているそうです。なので渡邉氏は、自分が死んでからでなければ公にしないでくれと言われていたのだとか。守秘義務違反を問われても、すでにその時はこの世にはいない。それでも、この内容を世に問うべきだと、渡邉氏は考えたのでしょう。


「本人が執行されても、幸せになった人間は、誰ひとりもいません」
 教誨師に限らず、死刑という難題に真剣に向き合ったことのある者なら、その立場を問わず、誰もが共通して胸に感じる「虚無感」のようなものがある。
」(p.350)

被害者遺族の気持ちを慮ってか、死刑廃止に踏み切らない日本。しかし、犯人が死刑になれば、被害者遺族は幸せになるのでしょうか? 堀川さんも渡邉氏も、そのことを問いかけています。

社会が事件について遠く忘れ去った頃、死刑は執行される。世間で言われるような「とうとう仇を取った」とか「正義が貫かれた」などという勇ましい感慨も、達成感も、そこにはない。被害者遺族も、もろ手を挙げて喜んでいるわけではないだろう。」(p.350)


私たちは、死刑のある国に生きている。いかなる事情があるにせよ、生身の人間が、生身の人間を縊(くび)り殺すことが合法とされる現場について、もっと現実を知り、想像力を働かせ、その結末がどんな社会的な利益をもたらしているのか、いないのかを考え続ける義務がある。「守秘義務」を理由に、そのことをタブーにしたり、思考を停止させたりしてはならない。」(p.351)

私は以前、大塚公子さん「死刑執行人の苦悩」という本を読んだことがあります。仕事だから、義務だから、人を殺さなければならない。その苦悩を想像してみるべきだと堀川さんも言います。(以前の記事「自由とは何をしても良いこと?」にその本のことを書きました。)




大橋は紛れもなく老夫婦を殺害した「加害者」である。その事実に間違いはない。しかし彼は、自身が最も気に病んでいる右手のことを平然と馬鹿にされたことへの「被害者意識」を拭えないでいた。罪を犯しながら、心は被害者のそれなのである。」(p.150)

その死刑囚は、幼い頃から不自由だった手にコンプレックスを抱いていたのですね。貸した金を返してくれと言いに行っただけなのに、断られたばかりか、手のことをバカにされた。そこで我慢が限界に達して殺してしまった。「盗人にも三分の理」と言われるように、人にはそれぞれ「正義」があるのです。

だからと言って罪を犯すことが許される訳ではなく、自業自得と言ってしまえばそれだけのことだが、そうして行き着いた先が「処刑台」では救われない。事件のことはさておき、まずは彼ら自身に向き合って、その「被害者感情」を取り払わなくては、事件に対する真の反省も被害者への慰藉(いしゃ)の気持ちも永遠に訪れることはない。」(p.150 - 151)

すでに死刑が確定しており、更生したからと言っても許されるわけではない。では、何のために教誨をするのか? 渡邉氏は、被害者感情にこそ問題があると考えるのですね。

誰かのせいで自分がこうなった。この被害者感情こそが、犯罪の温床になっていると言えるかもしれませんね。自分も悪いけど、相手はもっと悪い、というような善悪の比較も同じです。人はみな、そんな風に考えます。子どもの頃のケンカで、どっちが先に手を出したかを言い合ったことを思い出しました。


私たちは、犯罪者を絶対的な「悪」に仕立て上げます。そうしないと叩けないからです。そして、絶対的な「悪」だからこそ、その家族も「悪」だとみなすことが正当化されます。

事件の後、大橋一家は店で食料を売ってもらえなくなったり、子どもたちが登校を拒否されたりと村中からひどく迫害された。一家は明日の米にも事欠き、子どもまで餓死寸前の状態に追い込まれていた。一審の途中で現場検証のために村を訪れた裁判長は、一家が置かれている状態を知って心を痛めた。」(p.152)

いったい、どっちが犯罪者なのかと言いたくなります。オウムの時もそうでした。地方自治体が受け入れ拒否をしましたよね。犯罪者の家族だというだけで。これが、また次の犯罪の温床になっていくと言うのに。


自分の右手の障害を罵られて殺人に及んだ大橋の場合もそうだが、死刑囚自身の心の奥底に燃え続ける怨みの炎を消さないことには、平穏はやってこない。自分が被害者であり続ける限り、自ら手にかけた被害者に思いを馳せることなど出来るはずもない。そんな心の状態に「処刑」という形でしかピリオドを打つことが出来ないのだとしたら、あまりに不憫だ。せめて誰を怨むことなく静かな心境で逝かせたい。渡邉は、それが自分の仕事だと思った。」(p.180)

死刑という制度は、犯罪撲滅には何の役にも立たない。私はそう思っています。本当は犯罪を犯さなくてもよかったのだと気づくこと、その心境に、犯罪を犯す前に至ることができることでしか、犯罪は防止できないのです。


世間を騒がす死刑事件が起きると、マスコミは繰り返し報道する。もう「死刑」という言葉を聞かされても、すっかり耳が慣れてしまって今更驚くこともない。しかし、実際の執行現場のことになると、人々はまるで自分には無関係とばかりに考えることを放棄してしまう、と渡邉は言った。」(p.250)

法務省が情報を出したがらないこともあるが、その気持ちはわかると渡邉氏は言います。それだけ重苦しい場だからです。

この後、堀川さんは旧約聖書にある石打ちの刑に言及します。野蛮な刑のようにも思えますが、死刑判決に加わった人から順に石を投げつけなければならないのだそうです。もし、自分が石を投げつける場面を想像したら、そう簡単に死刑判決をくだすことはできないでしょう。それでも死刑にすべきと思えた時だけ、死刑になるのです。そして、死刑執行の重苦しさを社会で共有したのです。


先進国の中で、死刑制度を維持しているのは日本だけになりました。人の命の重さを訴える一方で、国家が人を殺すことを正当化する。その矛盾に気づかないのが、今の日本だと思います。そして、実際に死刑囚に関わらざるを得ない人たちの苦悩に対する思い遣りも持たない。

死刑が犯罪抑止に役立たないことは明らかです。この本の中で問われているように、重要なのは、犯罪者が犯罪を行う心理です。その心に寄り添い、被害者意識を取り払わなければ、犯罪はなくなりません。

他人に対してひどいことをしても平気なのは、自分がひどいことをされたと思っているからです。その被害者意識こそが、犯罪を抑止するカギであり、死刑廃止のカギではないかと思うのです。

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2020年01月21日

本当にやりたかったことを、今すぐはじめよう!



本田健さんバシャール本になります。大勢の日本人を誘って、アメリカへ行き、バシャールと対談されたことは知っていました。その時の対談内容から得たことを、この本にまとめられたのです。チャネラーはダリル・アンカ氏です。すぐに読みたかったので、私はKindle版で購入しました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

でも、 途中、 止まら なかっ た のは、 なぜ だ と 思い ます か?
  私 の 場合 は、「 未来 の 自分 に対する 好奇心」 でし た。
」 (Kindle の位置No.42-44)

健さんは、作家や講演家になるという夢を、何度も諦めそうになったと言います。しかし、好奇心があったから、諦めなかったのだと言うのです。未来の自分のことを想像すると、ワクワクして仕方なかったのだと。


第 3 段階 は、 自分 の 熱意 を もっ た こと に対して 行動 を 起こし、 いっさい 結果 に 期待 し ない という こと です。」(Kindle の位置No.198-199)

バシャールの「ワクワクにしたがう」という公式には、3つの段階があると言います。1つ目は、「ワクワクすることをやる」ということ。2つ目は、自分の最大限の情熱を傾けてそれを行うこと。そして3つ目がこの「結果に期待しないこと」なのです。しかも、この3つ目が最も重要だと言います。

このことは、「神との対話」シリーズでも言われています。行為に対して情熱を燃やしても、結果には期待しない。これが悟りだと書かれていました。


ときどき 自分 が 思っ て い た とおり、 描い て い た とおり に なる こと は あり ます が、 多く の 場合、 そう では ない 形 の 結末 で 終わり ます。」(Kindle の位置No.203-204)

ワクワクすることを情熱を持ってやっても、思い通りの結果になるわけではありません。そして、それを期待してもいけないのでしたね。なぜなら、ハイヤーマインドが、最もふさわしい結果を与えてくれるからなのです。


1つ 目。 あなた は 存在 し て い ます。 それ は 不変 で、 変える こと が でき ませ ん。
 2つ 目。 すべて が 今、 この 場 に ある という こと です。 それ を 変える こと は でき ませ ん。 事実 です。
 3つ 目。 すべて が 1つ で、 1つ が すべて です。
 4つ 目。 出し た もの が 返っ て くる という こと です。
 5つ 目。 これら の 法則 以外 は すべて 変わる という こと です。
」(Kindle の位置No.296-299)

「存在についての事実」はこの5つだけで、あとはすべて観念だとバシャールは言います。これは存在の構造を説明したもので、変わるのはこの構造をどう経験するか、どういう視点から見るか、ということだけなのだと。

本質的に時空がなく、「ひとつのもの」だけが存在している、という考え方からすると、1〜3はわかります。そして、その存在は創造主であり、思考(意識)によって幻想を創造するのだとすれば、4も明らかです。また、すべては変化するということも、「神との対話」シリーズに書かれています。変化しないのは、「変化する」という事実だけだと。


経験 は 自分 が 何 を 信じ て いる か という こと に 基づい て い ます。 すべて は 視点 に 基づい て い ます ので、 視点 が 変われ ば 経験 も 変わり ます。 でも、 存在 の 構造 自体 を 変える こと は でき ませ ん。」(Kindle の位置No.302-304)

経験というのは、自分の視点(見方)が作り出すものですね。


しかし、 相手 が それ に 注意 を 払う か どう か、 聞い て いる か どう か という こと までは、 みなさん の 仕事 では あり ませ ん。 そういった こと に 関与 する 必要 は あり ませ ん。」(Kindle の位置No.343-344)

私たちの仕事は、自分自身であることだとバシャールは言います。したがって自分に正直であることが重要であり、自分の真実を正直に語ることが大事なのです。しかし、他人がそれをどう受け止めるかを気にするなと言うのですね。後にも出てきますが、アドラーの言う「課題の分離」です。


私 が すごく パッション を もっ て 何 か し たい と 思っ た という こと は、 どこ かで 誰 かが それ を 受け取っ て くれる と いう こと が わかっ て いる から です。」(Kindle の位置No.357-358)

たとえ誰かが自分のことを思い通りに評価しないとしても、バシャールは気にしないと言います。「卒啄同時」という言葉がありますが、自分が何かに情熱を感じたなら、必ずそれを受け入れてくれる人が同時に存在するということなのです。


この 公式 を ぜひ 覚え て おい て いただき たい の です が、 自分 の もっとも 情熱 を もっ て いる こと に対して 行動 を 起こす、 しかも 自分 の 最大限 の 力 で それ に 臨み、 その 際、 いっさい 結果 を 期待 し ては いけ ませ ん。 期待 度 は ゼロ で なけれ ば なら ないのです。」(Kindle の位置No.446-448)

先に引用した3つの段階を、ここでまとめて説明しています。重要だと言っていた3つ目ですが、「期待度はゼロ」だと説明しています。完全に結果への期待を放棄すること。それが重要なのです。


前 にも いい まし た が、 何 が ほしい か という こと に 焦点 を 当てる のでは なく、 現在、 つねに 必要 な もの は 与え られ て いる と 認識 する こと です。   です から、 その 人 にとって 本当に パートナー が 必要 で あれ ば、 自動的 に パートナーは現れます。」(Kindle の位置No.537-539)

パートナーがほしいなら、「ほしい」に焦点を当てるのではなく、すでにほしいものは与えられているのだと認識することが大事なのですね。本当に必要なら、必ず与えられるのだからと。


ですから、すべての豊かさの表現に自分がオープンであることによって、もっとも効率的でもっともいい量の贈り物やシンクロニシティが現れます。」(Kindle の位置No.774-)

それは今お話したとおりで、お金しか自分の問題を解決してくれないと思い込みすぎることによって、そこで悩みが生じるわけです。
 絶対にこれをやるためにはお金が必要だと思い込んでしまうと、お金に対する信念がきつくなり、そのぶんそれにしがみつくことになって、事は流れていかないわけです。
」(Kindle の位置No.782-)

「豊かさ」ということを考える時、「お金」だけに意識を向けていると、他の「豊かさ」に気づかずに受け取れなくなったりします。だから、心をオープンにすることが重要なのです。


それは自分のパッションに基づいてやっていき、シンクロニシティを信じることです。やったことによってシンクロニシティが生じているということを信じることです。」(Kindle の位置No.850-)

自分が本来あるべき形であれば、他とフィットするとバシャールは言います。それに対して健さんが、自分の適正な大きさや形を知る方法を尋ねたのに対して、バシャールはこのように答えたのです。つまり、ワクワクにしたがって行動し、シンクロを信じて任せるということですね。


相手にとって役に立つかもしれないアイデアを提案するところまでがそちらですべきことであって、それを使うかどうかは相手しだいです。」(Kindle の位置No.1179-)

これは先にも引用したことと同様で、アドラーが言う「課題の分離」ですね。自分は自分の課題を、相手は相手の課題をこなせばいいんです。


それは将来、これから経験していく地球のバージョンです。 でも、それはステップ・バイ・ステップで起きることであって、そのために自分がみなさんのお手本となるようにふるまっていくことが必要です。そういうお手本が増えれば、それについてこられる人も増えるのです。」(Kindle の位置No.1328-)

これはアセンションというか、多重世界の話です。地球には複数のバージョンがあり、徐々に自分が選んだバージョンしか見られなくなる。愛を信じる人は愛のバージョンの地球に暮らし、そうでない人はそうでないバージョンの地球に暮らすというように、分離していくとバシャールは言います。そこで、自分がお手本となって、愛を示していくことで、そのことに気づく他の人も増えていくと言うのですね。


過去世というのは違う人が生きた違う人生であって、それは、今同時進行で起きています。それをぜひお忘れなく。」(Kindle の位置No.1408-)

本質的に時間はないので、過去と呼ばれる世界も、今同時に存在することになります。今現在の自分とエネルギー的につながることで、私たちはそれを過去の記憶とすることができるだけだとバシャールは言います。過去も現在も未来も、同時進行であって、どこに目を向けるかだけの違いなのだと。


でも、より大切なのは、それが誰であるか、何という名前を語っているかということよりも、その情報が自分にとって有効なのかどうかということです。
 得ている情報がポジティブで、大きく拡大するようなものであるかどうか、それとも小さくなるようなネガティブなものなのかと考えていけばいいのです。
」(Kindle の位置No.1473-)

バシャールは、今、自分とチャネリングできるのはダリル・アンカ氏だけであり、他は違う存在だと言います。ただそこで重要なのは、誰が本物か偽物かということではなく、その情報が有効かどうかということだと言います。こういう考え方は、「神との対話」シリーズでも言われてますね。


バシャールがダリル・アンカ氏を通じて私たちに語りかけるのは、自分自身のパッションによる行動だと言います。しかし、私たちがそれを聞くかどうか、信じるかどうかは私たちに任されたことであり、自由に決められるとも言います。これも、「神との対話」シリーズ、特に高度に進化した存在(HEB)が私たちを助けようとしているという話の、「神との対話 完結編」に書かれていることと符合します。

バシャールは、自分に厳しくしないようにと最後のメッセージで言っています。物事は思っているより簡単だから、真剣になりすぎずに、楽しむようにと。こういうメッセージも、「神との対話」シリーズの言葉と一致していて、私はすんなりと受け入れられます。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:09 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おくりぶた



この本というか漫画は、SNSで誰かがお勧めしていたものです。誰のお勧めだったかうろ覚えなので、ここでは名前を出しません。おそらく、スピリチュアル関係の方だと思うのですけどね。

したがって、内容はスピリチュアルなものです。作者は山賊さん。漫画なので、あまり引用することもできないのですが、少し内容を紹介しましょう。なお、私が購入したのはKindle版です。


物語は、農業(牧畜?)をしている若い男性が、飼っていた豚を1頭、トラックに乗せて出荷するシーンから始まります。男性は、自分が生きるために命を売るという行為について、考えてしまいます。

その夜、なかなか寝付けなくて起き上がった男性は、ふと振り返ると、そこに自分が寝ていることに気づきます。そこに、売られて行った豚がやってくるのです。

こうして男性は、豚と一緒にあの世に旅立ちます。


まず最初に、地縛霊を見かけます。この世に未練を残しているため、自分で自分を縛り付けているのだと。「ずっとあのままなの?」という男性の問いに、豚は「現状に気づくまでは、現状のままなのです」と答えます。

この答えが秀逸ですね。「神との対話」シリーズでもあの世のことが書かれていますが、まさにこういうことです。自分の思いで自分の現実を創造しているのですから、自分の思いが変わらなければ、その現実も変わらないのです。


このように男性は豚と一緒に、あの世を旅します。地獄へ行ってみたり、天国へ行ってみたり。そこに描かれている内容は、「神との対話」シリーズに書かれているものと本質的に同じで、実に的を射ているなぁと思いました。

ひとつわかったのが、死というものもまた
命の延長線上にあるものなのですね


天国で男性は、このように気づきます。こういう気づきは、実に本質的で素晴らしいと感じました。


山賊さんは「あとがき」で、命とか人生とかについて考え、いろいろな知識を得た集大成として、この作品を創ったと言われています。なので、様々な知識の寄せ集めみたいなものだと。

しかし、この作品にある一貫性は、おそらく、山賊さんが得た知識を、自分なりに体系的に捉えた結論ではないかと思うのです。そして、それが「神との対話」シリーズに書かれているものと、非常に似ているという点に、私は驚いたのです。

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2020年01月18日

あり金は全部使え



ホリエモンこと堀江貴文さんの本を読みました。堀江さんの本はこれまでに、「お金はいつも正しい」「もう国家はいらない」「バカとつき合うな」を紹介しています。堀江さんは、いつも本質をズバリと指摘されるので、とても気に入っています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

『アリとキリギリス』の世界は遠い過去だ。
 食べ物がなくなる冬など、もう地上には存在しない。
 いつでも腹いっぱい、安くて美味しい食べ物を食べられる。

 じゃあなぜ、貯めるのか?
 簡単だ。「貯金信仰」にとらわれているだけだ。

 古い時代からの幻想を、少しでも解いてもらうために、僕は本書をまとめた。
 声を大にして言いたい。

 あり金は、全部使え!

 それが、人としての信用を裏づけ、お金の本質を学ぶための最善策だ。

 誤解されてはいけないが、1円残らず使いきり、ボロボロの貧乏人になれと、売れない芸術家みたいなことを言っているわけではない。
 あり金をすべて使うつもりで、やるべきことをしよう。
」(p.8)

この「はじめに」に書かれている文が、この本の内容をすべて表しているかと思います。「貯金信仰」は「不安(恐れ)」から来ているのです。その不安によって萎縮してしまい、自分らしく生きられなくなっている。堀江さんは、そのことを指摘されているのです。


身体は大人になっても、行動の欲求は、3才児レベルでいいと思う。
 3歳時は、ご飯を食べていても興味がころころと移り変わり、ご飯をこぼして親を困らせる。好奇心を抑えられず、道路で走り出して、ケガしたりする。それで全然いいのだ。
」(p.28)

今、興味があることを、その好奇心のままに行動する。これは、まさにバシャールが勧めている「ワクワクする生き方」だなぁと思いました。


やりたいことが現れれば、後回ししない。やれるとき、その瞬間に乗っかって、やってしまうのが大事だ。
 できると思った順にチャレンジする。できそうかな……? などと躊躇していたらダメだ。できる! と確信して、やってしまおう。根拠はいらない。
」(p.50)

「できるかどうか」ではなく、「やりたいかどうか」で判断することですね。堀江さんは、自分自身で好奇心が強い方だと言われていますが、それをすぐに行動に移すことで、好奇心を育ててきたのでしょう。


好きになった女の子に、好きだ!と伝えるのに、腰が引けてどうするのか?
 断られる不安や、恥ずかしさは、とっくに捨ててしまった。
」(p.62)

堀江さんは、恋愛に対しても同じ姿勢を貫いておられるようです。アタックして成功することもあれば、玉砕することもあるとか。重要なのは結果ではなく、行為への情熱なのです。


これまでの人生で、親や教師、年長の大人の教えに従ったことは、一度も無い。
 僕が忠実に従っていた相手は、何かにのめりこんでいく自分自身。
 すなわち没頭だった。
 没頭が、僕を多くの遊びやビジネスとの出会いに導いた。
 お金や学び、そして生きていく楽しさを教えてくれたのは、家庭や学校ではない。没頭体験がすべてだ。
」(p.68)

自分の好奇心にしたがって、そこに全力で突き進むこと。これはまさにバシャールが言っていることですね。


仮に何か大きな目的があって、そのために投資をするのだという人がいたとしても、そんなことをするくらいなら別の、何か熱狂できる目の前のことにお金を使えと言いたい。株なんてギャンブルにすぎない。」(p.72)

堀江さんは、何かのためにお金を貯めることはもちろん、投資することも否定します。それよりも熱狂すること、没頭することが重要なのです。


誰だって、好きな遊びはある。遊びに没頭できる。
 生まれてから一度も遊んだことがないという人は、いないはずだ。
 好きな遊びは必ずある。中途半端にやめてしまって、遊びきっていないだけだ。
」(p.77)

何かに没頭すること、遊びにハマることが重要ですが、それは堀江さんが特別だからできるわけではない、と言うのですね。自分が中途半端にやめてしまうから、没頭しないから、ハマるものが見つからないのです。


お金の利便性と強さを盲信しすぎて、お金へのいびつな執着を生んでいるのだ。
 執着は、お金の本質を見抜くための思考を遮っている。そして少しの損を回避する(気がする)ために、貴重な時間を捨て、行列に黙々と並んでいるのだろう。
」(p.116)

月末に、お金を引き出すためにATMに並ぶ多くの人に対して、堀江さんはこのように言っています。現金にせずに、カード決済やオンライ処理で支払えば、余分なコストがかからないのにと。そして、自分の貴重な時間を無駄にしているのだと。


読書をしていれば、思考の筋肉をキープできる。
 分厚い小説や専門書を読まなくても、しっかりした取材に基づいて描かれた漫画でもいい。物語を丁寧に読むことで、思考の筋肉は鍛えられる。
 思考の筋肉は、物事を深堀りして、本質を見きわめるのに必要だ。
」(p.133)

このように読書を推奨しておられます。しかし、思考の筋肉を鍛えるのは、読書だけではないとも言われています。いけてる人に会って面白い話を聞いたり、めずらしい場所へ行って体験を重ねることの方が、時間対効果が高いとも言われています。


僕の行動原理はシンプルだ。
 楽しみが減る選択はしない。
 ときに非合理でも、ともかく楽しいと感じた道を行く。
 目標設定は、自分の限界を勝手に決める行為だ。
」(p.191)

堀江さんは、目標を決めないと言われています。ゴールを設定してしまうと、そこが限界になってしまうと言うのです。目標を定めなければ、もっと違う楽しさがあるかもしれないのに、それを捨てることになってしまうのですね。


堀江さんの考えは、どれもピンとくるものばかりです。私も、改めて、こういう考え方で生きようと思いました。

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2020年01月13日

月の商人



日本における成功小説の元祖、犬飼ターボさんの本を読んでみました。もう1年前に出版された本ですが、Facebookで知って、昨年、ネットで購入したものです。ターボさんらしい物語の展開が、とても安心して読める小説ですね。


ではさっそく、一部を引用しながら、内容を紹介しましょう。しかし、これは小説ですから、ネタバレしない程度に引用させていただきます。

まずはストーリーですが、主人公は奴隷の女性、ミーナです。主人を殺して逃げた仲間のとばっちりで、主人殺しの容疑がかけられます。かろうじて川に飛び込んで逃げますが、どこにも逃げ場はありません。ただ、莫大なお金を支払うことと引き換えに、自由になれるという選択肢があるだけなのです。

川に飛び込んで気を失ったミーナは、賢者様と呼ばれる富豪に助けられます。その富豪は、1年のチャンスを与えるから、その間に自分でその金を調達してみないかと持ちかけます。商売のやり方を教えるからと。



成功する商人は、人々が何を必要としているかを探す。成功しない商人は、自分が売りたい商品を売ろうとする。」(p.23)

商売の鉄則ですが、売りたいものを売ろうとすれば無理が生じます。消費者が必要とするものを売れば、無理なく売ることができます。それが大原則なのです。

商売の基本は物ではない。人を見ること。誰が何を必要としているか、欲しがっているかを知ることじゃ」(p.23)

商品ありき、ではなくて、消費者ありき、が原則だということです。その上で、安く仕入れて高く売る。そうすることで、儲けることができるのですね。


成功する者は、どうしたらうまく行くかを考える。
 成功しない者は、自分を責める。
 とにかく自分を責めることをやめなければ、成功することはできないぞ。自分責めをやめて、自分育てをするのじゃ
」(p.25)

自分を責める、つまり自虐とか罪悪感を持つことをやめることですね。それより、つねに何らかの理由を見つけ出して自分を褒めることによって、自分を育てることが大切なのです。失敗に臆せず挑戦し続ける中にしか、成功はないからです。


では、今は”商人を目指している者”だと思いなさい。」(p.32)

今日からその言葉を今の姿勢で何度も唱えるように。唱えるうちに染み込み、自分の血となって流れるであろう」(p.33)

アファメーションですね。自分は奴隷だという信念が身に染み付いた人だと、「自分は商人だ」というアファメーションは、すぐには受け入れがたい。だからこそ、それを目指している存在だという受け入れやすいアファメーションを用いたテクニックです。

テクニックの部分はさておき、要は自分とはどんな存在なのかという自意識が高いかどうかが重要だという話です。自己肯定感を高めるとか、自尊心を持つと言いますが、自分は素晴らしい存在なのだと思えるかどうかが重要なのです。


「賢者様、お言葉ですがメグは私のためを思ってやってくれたことなんです。助けてくれようとしたんです」
 「その通りじゃ。しかし、大切な人を大切にするとは、相手を甘やかすことではない。その人の人生にとって良い影響を与えること。
 メグよ。お前が苦労して獲得した販売経路をただで使わせてやることは、ミーナの教育のためにもよくないのじゃ。
」(p.51 - 52)

友だちだからと考えて自分が損を引き受けることは、必ずしも相手のためにはならないということです。もし、相手が自分以外の誰かと親しくなったりすると、嫉妬心が起こる。もしそうなら、無理をしているのですね。

そして、無理をするということは、実は相手に愛を要求しているのです。「これまでと同様に仲良くしましょうね」というプレッシャーです。これは、「愛の取引き」ですね。


この後、ミーナは、ターボさんの「星の商人」にも出てきた人物と親しくなります。その助けを受けますが、商売は順調なものの、目標とする金額にはなかなか届きません。やはり奴隷としての罪は消せないのか!? 絶体絶命のピンチ!

さて、物語はどうなっていくのでしょうか。気になる方は、ぜひ本をお読みください。

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2019年11月06日

みんな誰もが神様だった



Facebookでよくお見かけするようになって、興味が湧いたのでKindle版を読んでみました。著者は並木良和(なみき・よしかず)さんで、2020年ゲート問題がYoutubeで話題になっています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

最初に、その話題の2020年ゲート問題について説明します。およそ1万3千年前、アトランティスとかレムリアという高度な文明があったそうです。その時も、今と同様にゲート問題があったそうです。

このとき僕たちは、とても大きな意識に目醒めていくための重要なタイミングを迎えていたのです。それは、僕たちが本来は神であったという真実を、思いだすことでした。
 ところが多くの意識たちはまだ、目醒めるということに対して明確な意思決定ができていませんでした。それは、深い眠りの状態で、まだまだ人間としてやりたいことがあったからです。
」(Kindle の位置No.157-159)

このように、当時の人々の多くは、まだ目醒しないことを選んだのだとか。そのために、次のようなことが起こりました。

大陸は、そのために崩壊してしまったのです。
 もしもあのときに人類が、「深い眠りから目を醒まします」と諸手を挙げることができていたなら、大陸が沈むこともなかったでしょう。
 そしていまこの惑星は再び、そのときと同じタイミングを迎えています。
 ある意味で、過去の苦い経験を克服し、やり直すことのできるこれ以上ない大きなチャンスを迎えているのです。
」(Kindle の位置No.161-165)

大陸が沈んだ1万3千年前と同じことになるのかどうか、それが今の私たちに託されている、というわけです。そしてそれが、ゲートの問題に関わってくるのです。

ただし、チャンスのときはいつまでもは続きません。
 平成30(2018)年、2019年、2020年−−この3年間は大きく開いているゲートも、その後はいったん閉じることになります。
 皆さんが本来の自分を憶(おも)いだしたい、本当の自分の人生を生きたいと願い、そちらへ向かっていく意思表明をしなければ、このゲートを抜けて、その先に行くことはできないのです。いったん閉じてしまったあとでは、いくら目醒めたい、その先に行きたいといっても、それが叶えられることはまずないでしょう。そして次に同様のサイクルを迎えるのは、約2万6000年ほど先になるかもしれません。
」(Kindle の位置No.166-172)

1万3千年前に起こったことが再び起こるというなら、1万3千年周期のはずですが、なぜ2万6千年先になるのか、よくわかりません。

さて、3年というのはあっという間です。この間、目醒めることを決めた人とまだ眠り続けることを選択した人は、方向性の違いから加速度的に「分離」していきます。その結果、あまりにも波動が遠くなりすぎると、一緒にはいられなくなってしまうという大きな転換期を迎えているのです。」(Kindle の位置No.173-175)

また大陸が沈むような天変地異が起こるというならわかりますが、目醒めを決めた人と決めなかった人が生き別れになるようなことが起こるというのも、よくわかりません。

こういうところで不安を煽られた人が、Youtubeなどで騒いでいたようです。
本全体を読めばわかりますが、並木さんは決して不安がらせるようなことは言われていません。ただ、よく知らない人がこう聞くと、たしかに不安になっても仕方がないかなという気もしますね。


では、私がピンときた部分を引用しましょう。

です が イエス は、「 自分 だけが できる」 とは いい ませ ん でし た。「 私 が できる こと、 やっ て いる こと は あなた たち にも できる」 と いっ た の です。 でも 当時 の 多く の 人 たち は、 その 言葉 に 耳 を 傾け ませ ん でし た。」(Kindle の位置No.190-192)

イエスが奇跡を起こした後の話です。これは「神との対話」でも指摘されていますね。


なぜ 目 醒め たく なかっ た のかと いう と、 人間 として の 生き方 を まだまだ 楽しみ たかっ た から です。 人間 として の 生き方 という のは、 皆さん が 普通 に し て いる こと。 つまり 日常 で 起こっ て くる さまざま な 出来事 に 一喜一憂 する という 在り方 です。 思い通り の 結果 に なれ ば 喜び、 期待 外れ の こと が 起これ ば 落ち込む、 という生き方です。」(Kindle の位置No.202-205)

イエスの言葉を真に受けなかったのは、信じれば目醒めてしまうと直感したからだと言います。だから目醒めない状態を経験するために、イエスを攻撃したのだと。


あなた は もともと、 何 でも できる 意識 です。 そして、 でき ない という こと を 体験 し に 地球 に 遊び に き た だけなの です。 です から 最初 に 地球 に 降り て き た とき に 身 に つけ た 重し を 外せ ば 浮上 する、 つまり 波動 が 上がっ て いく のは 自然 な こと なの です。」(Kindle の位置No.316-319)

これも「神との対話」にある通りですね。本当は神であり、それを忘れて眠っているだけ。目醒めれば元の神に戻るのです。


でも 僕 たち は、 分離 の 限り を 尽くし、 分離 でき ない ところ まで 分離 し、 戦争 まで 起こし まし た。 もう 分離 の 振り子 が 振り切れ、 統合 へと 戻っ て いく とき を 迎え て い ます。 つまり、 もう 目 を 醒ます 時間 なの です。」(Kindle の位置No.329-331)

これも同じようなことが「神との対話」で語られています。私たちはもう充分に分離の世界を経験しました。これからは統合へと舵を切ることになるのです。


ただ 単に「 悲しかっ た」「 つらかっ た」「 苦しかっ た」 で 終わら せ ては なら ない の です。 「人生 には 予期 でき ない 大変 な こと も ある。 だから、 いつ までも クヨクヨ し て ない で、 前向き に 生き て いこ う!」 という のでも あり ませ ん。   なぜなら「 もう そろそろ、 その よう な 体験 を 繰り返す繰り返す 必要 は ない のでは ない です か?   本来 の 意識 に 目 醒め、 喜び や 調和 の 意識 から 現実 を つくりだし はじめれ ば、 もう だれ も 痛み や 苦しみ を 体験 する こと なく、 もともと の 平和 な 意識 に 戻っ て いける の です よ!」 という、 宇宙 からの 呼びかけ が やってき て いる の です から。」(Kindle の位置No.349-354)

結果に反応して生きる生き方をやめ、原因者として、創造者として生きること。それがこれから求められています。


この 地球 上 で 問題 を つくりだす のは、 それ を 解決 し た とき に 達成 感 が 得 られる から です。 では この 達成 感、 やりとげ た 感 は 何 の ため に ある の でしょ う か?   それ は 無 価値 感 から です。」(Kindle の位置No.384-386)

そもそも無価値感(劣等感)があるから、達成感で補おうとしている。そのことが、問題を起こしているという指摘です。
たしかに、達成できなければ自分の無価値感が強くなり、自己卑下したり、自尊心を失って自暴自棄になることもあるでしょう。また常に比較して優越感に浸ろうとしたり、そのために相手を蹴落とそうとするかもしれませんね。そういう問題があります。


すべて が 満ち て いる 意識 は、 人 を 自由 に し ます。 相手 が どの よう な 状態 なのか、 気 に もとめ ませ ん。 「あの 人 は ちゃんと 私 の ほう を 向い て くれ て いる」 とか、「 道 を 歩い て いる とき に、 ほか の 女 の 人 には 目 も くれ ない」 とか、 そんな こと には まったく 興味 が わか ない わけ です。 もっと いえ ば、 相手 が 浮気 を し た として も、何とも思いません。」(Kindle の位置No.419-422)

私がいつも言っていることですね。(笑)愛は自由ですから。


この 目 醒め を 促す エネルギー は、 実際 には どの よう に 体験 さ れる のかと いう と、 たとえば 仕事 を 突然 解雇 さ れ たり、 いま まで うまく いっ て い た もの が うまく いか なく なっ たり、 絶対的 に 信用 し て い た 人 に 裏切ら れ たり する など さまざま です。   でも、 この 強烈 な インパクト を 感じる よう な 出来事も、 目 醒める ため に 皆さん 自身 が 起こし て いる もの なの です。」(Kindle の位置No.496-499)

でも、 会社 から 解雇 さ れる 現実 を つくる のは 本人 なの です。 ここ に 気づか ない 限り、 目 醒める こと は でき ませ ん。 自分が 体験 する 現実 について は、 ただ の 1 ミリ たり とも、 だれ かの せい には し ない という こと です。」(Kindle の位置No.500-502)

ひょっとすると、私がリストラされたのも、こういうことかもしれませんね。ですからそれを受け入れ、それで完璧なのだと認めること。それが重要なのです。


とくに不安は、本当に感じられなくなります。あらゆるネガティブなものが消えていくのです。そういう次元に出れば、意識は常に晴れ晴れとしています。
 現実によって一喜一憂することもありません。そういう意識へと皆さんは出ていくのです。
」(Kindle の位置No.512-513)

不安は幻想ですからね。私もいろいろと不安に直面し、それを受け入れることで、だんだんと不安を感じなくなりました。


目を醒ましさえすれば、あなたは自分の見たい映像を映しだすために、意図的に周波数を変えることができるようになります。」(Kindle の位置No.522-522)

これも「神との対話」で語られています。私たちはエネルギーの周波数を変えることで、自由自在に創造できるのだと。


かつてあれほど高度な意識で存在していた僕たちが、本当にすべてを忘れ去り、何もできなくなっているわけです。
「すべてを知っていて、なんでもできる意識が、『自分はたいしたことのないちっぽけな存在だ』などという意識の状態まで、よく眠ることができたね」そういうのです。
」(Kindle の位置No.661-664)

たしかに元の意識からすれば、今の私たちは完璧に元の状態を忘れているのですから、驚くべきことなのでしょう。


でも実際、問題を解決しようと意識を水平軸に向け、波だったものをわざわざ固めていたのです。僕たちはそういうやり方を通して、人間ドラマを楽しんできたのです。
 さて、僕も本格的に目醒めることに取り組みはじめたころには、垂直軸を一日中意識していました。
 人や状況を何とかしようとするのではなく、ひたすら自分に集中し、とらえたネガティブなバイブレーションを垂直軸に拡がる宇宙意識を意識し手放す、ひたすらとらえては手放すという繰り返しでした。
」(Kindle の位置No.816-818)

この水平軸というのは、現実の問題を問題視する意識の使い方です。直接的に問題解決に動く方向ですね。一方の垂直軸は、自分の思いがこの現実を引き寄せているのだと理解し、その原因となるネガティブな意識にフォーカスする意識の使い方です。
これは、ホ・オポノポノのクリーニングと同じことだと思います。津留晃一さんも、こういう思いを手放すワークを推奨しておられました。


とくに「恐怖」はチャンスです。恐怖を外すと、それだけでものすごく波動のレベルが上がるからです。ですから、恐怖という感情が出てきたときにはむしろ喜んでください。
 恐怖は、あなたが目を醒ましそうになると、立ちはだかる壁のように出てきては、足止めする周波数です。でも、それを正面において壁ではなく扉にして開けていったなら、あなたは、どこまでも先へ先へと進んでいくことになるでしょう。
 いずれにせよ、主人公はあなた自身です。
」(Kindle の位置No.848-852)

「恐怖」というのは、「不安」の中でも強いものです。そういう意味では、2020年ゲート問題で恐怖を感じる人はチャンスだ、ということになりますね。並木さんの狙いは、ここにあるのかもですね。


ですから他人の意見を聞かなくても、他人のアドバイスを受けなくても、ハイヤーセルフからのサインという心のコンパスを使えば、ちゃんとあなたは自分の道を明確に見極め、その通りに動いていけるようになるのです。
 つまりこれは、本当にあなたが心から望む人生にシフトできるということです。難しいことは何もありません。とてもシンプルで簡単なことなのです。あなたにとって、「心地よい」「惹かれる」「しっくりくる」「スッキリする」「楽しい」「腑に落ちる」「ワクワクする」「喜びを感じる」ことと一致した行動をとること。先ほどもお話したように、これらの感覚はハイヤーセルフからの「あなたにとって正しい道を進んでいる」サインです。そして、これらに従った結果、出てくるネガティブなフィーリングを手放すのです。
」(Kindle の位置No.971-977)

自分の真実は自分の内にある。そう「神との対話」でも言っています。自分の心や直観に従うこと。その結果起こる不都合な出来事は、完璧に自分の役に立つものなのです。


平成30(2018)年から2020年まで、この3年間で、僕たちが本来の自分に目醒めるための、「目醒めのゲート」は閉ざされてしまいます。これは変えることのできない流れです。
 ではこの時期、僕たちはいったいどうすればいいのでしょうか。
 答えはとてもシンプルです。
 このゲートが開いている3年間で、今回のタイミングで目を醒ますのか、それともまだ眠りつづけて次の機会を待つのかを、あなたが自分の意思で決めるだけです。あなたがあなたの主人公だからです。
」(Kindle の位置No.1177-1180)

まあこの本を読んだ人であれば、目醒めると決めるでしょうねぇ。


でも、これからの時代は目醒める流れが主流になりますので、気にせず自分軸で生きてください。大丈夫、これからは、出る杭は「打たれない」のです。ですから、これからの世の中は、いままで世間になじめず生きづらさを感じていた人ほど、生きやすくなるでしょう。
 逆に外や他人に合わせている人は、いままでは上手くやってこれたのに、これからは同じやり方をしても、なぜか上手くいかなくなることを体験するはずです。もう隠れて生きなくていいのです。だれかに合わせなくてもいいのです。本当に自分の心が求める生き方へと大胆にシフトしていきましょう。
 ただし、目を醒ましていくには、そうして自分に一致して生きることで出てくるさまざまな地球の周波数を手放していく必要があります。
「こんなことばかりしていて大丈夫かな?」
「自分勝手じゃないかな?」
「人はなんて思うだろう?」
 例をあげればきりがありませんが、目醒めのプロセスで直面する「あるある」です。でも、思いだしてください。本書でお話したように、あなたはそれらを簡単に手放す方法を知っていますよね?目を醒ますことに心が決まったら、常に向かう先を「目醒め」に定め、楽しみながら統合していって下さい。
」(Kindle の位置No.1332-1343)

「神との対話」でも、目醒めて生きようとすればバッシングされると書かれていました。人々は、直感的に自分を目醒めさせようとしていると感じて恐れるからです。
しかし、これからは目醒めが主流になるから、生きやすくなるということです。


眠りから抜けだす第一歩は、「現実にとらわれない」ことです。そして「手放す」のです。
 それにはまず現実を観察するのがいちばんです。
 悔しいと思ったり、罪悪感を感じたり、自分がその周波数を使っていることに気づいたら、すぐに手放すことです。
 何を手放すべきかは、現実が明らかにしてくれます。現実を見て、感じる居心地の好くないフィーリングは、どれもこれもが本来のあなたのものではないのですから。
「次は何を手放せばいいんだろう?」
「現実は何を教えてくれるんだろう?」
 そうなると、現実が大切に思えてきます。
 つまり現実をなんとかしようとするのではなく、現実を目醒めるために使うのです。
」(Kindle の位置No.1362-1368)

現実とは、原因である自分の思考に気付かせてくれるもの。そして、その現実が本来の自分かどうかを教えてくれるのが感情ですね。


まず、この意識の使い方に慣れていくために、たとえば自分の現実を見たときに不安を感じたら、「この現実によって不安を感じているのではない」といってみるのです。こうすることで、現実を映しだしているスクリーンとの間に隙間をつくることになります。つまり、何度もお話しているように、僕たちはスクリーンにベタッとくっつくようにして映像を見ているため、臨場感を持って体験できただけなのです。」(Kindle の位置No.1442-1445)

俯瞰してみることですね。現実は幻想だと見抜くことが大切です。


繰り返しますが、宇宙は否定形を聞いてくれません。ですので、ポジティブに何を体験したいか、それだけを決めればいいのです。そして宇宙はそれに対して「OK!」といってくれます。それくらい宇宙は自由で豊かでパワフルなのですから。」(Kindle の位置No.1523-1525)

これもよく言われることですね。「神との対話」でも、「私は〇〇だ(I am 〇〇)」という宣言が、もっとも力強い宣言だと言っています。


逆にいうと、日ごろから意識がしっかりとつながってさえいれば、必要なことはすべて魂が教えてくれるのです。
 だれかに頼ったり、話を聞いたりしてはいけない、というのではなりません。
 わからないことを、あくまでも参考として聞くのならいいのです。そうではなくて、ひとりの人にすべてを託してしまう、頼ってしまう、そういうやり方からは脱却していかなければならないのです。
」(Kindle の位置No.1605-1609)

他人を頼むな、自らを頼め。これもよく言われることですね。このことからも、2020年ゲート問題で不安になり、わからないのに闇雲に並木さんにすがるという生き方はダメなのです。


そういう意味で不用意に不安に思ってみたり、怖がってみたりするのをやめる。そういう習慣をつけることが重要なのです。
 それには毎日を、自分が心地よくいられるように工夫することです。
 何が必要なのでしょうか?
 まずは自分を気分よくさせることは何なのかということに、注意を向けていなければなりません。この音楽を聴いているととても心地よくなると感じるのなら、聴けばいいのです。これをやっているのが至福の時間だと感じたら、やればいいのです。
」(Kindle の位置No.1697-1701)

心地よいことをするには、まずは自分が何を心地よいと感じるかを知ることが大切ですね。


だから「学校に行きたくない」という子がいたなら、無理に行かせないでください。それによる宇宙からの贈り物、ギフトは必ずあるからです。
 たくさんの子供が不登校になれば、いつかは親も学校も解決策を模索しはじめます。
」(Kindle の位置No.1811-1813)

「嫌だ」という感情を大事にすることですね。


究極のことをいうと、いまは「不食」の人が話題になっています。断食というより、ほぼ何も「食べない」のです。
 彼らはどうやって生きているのかというと、大気中の気、プラーナで栄養を摂っています。ただ、それが可能だということになると、栄養学そのものが意味をなさなくなってしまいます。
 いままでの「これを食べるとこうなる」という概念が崩れようとしているのです。
」(Kindle の位置No.1832-1835)

私もいずれ人は不食になると思っています。今は、少食の人が増えました。私も徐々に少食になっています。


失礼な態度をとると、神が許してくれても、この眷属(けんぞく)が許してくれません。
 神が「いらっしゃい」といってくれているのに、その間に立ちはだかるのです。僕は宮古島に行ったときに、眷属によってどうしても境内に入れてもらえないという体験をして、とても閉口したものでした。
 そういうこともあるので、きちんと礼節は守って下さい。そうすれば神ともきっと友達になれます。そうなれば自分の意識も拡がるし、世界の見え方も、とらえ方も、そして感じ方もまったく変わってくることになります。
」(Kindle の位置No.1888-1893)

こういうところは、ちょっとどうかなって思います。「神との対話」では、神は礼拝をしてもらいたいなどと思っていない、と書いてあります。神は、崇められる必要がないからです。

眷属だか何だかわかりませんが、私はこれまで、どんな失礼な態度をとっても、神社に入れなかったという経験はありません。幽霊も見たことがありません。だからと言って、そんなものが存在しないと言うつもりはありませんよ。そういうのが感じられる人が、影響を受けるだけではないかと思うのです。


いずれにしても、これからの出来事にはあまり振りまわされないでほしいんですね。心が乱れれば乱れるほど激化しますから。そういった変化を見たとしても、「これはこの先に行くためのものだから心配ない」−−そう思えばOKです。何も心配することはありません。」(Kindle の位置No.2541-2544)

何が起ころうとも安心していればいい。それだけのことですね。


初めて並木さんの本を読んだのですが、ほとんど「神との対話」で言われていることと同じで、とても納得できました。2020年ゲート問題を強調されるのはおそらく、目醒めさせるためなのでしょう。私はそう好意的にとらえています。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:25 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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