2023年01月25日

Humankind 希望の歴史 上



私の友人がFacebookでお勧めしていたので、興味を持って買ってみました。
上下巻に分かれており、上巻だけで250ページある本です。読み終えるのにいったいどれほどかかるのかと心配しましたが、意外にもさくさく読めました。
それはこの本が、まるで小説のような体裁で書かれているからだと思います。逆に言えば、それだけ冗長だとも言えますが、つい引き込まれてしまう書き方は、まるで長編小説のようでした。

とりあえず上巻のみを買って読んだので、今回は上巻のみの紹介となります。
上巻が素晴らしかったので、読み終える前に下巻を注文しました。いずれ下巻の紹介もしたいと思います。

著者はルトガー・ブレグマン氏。オランダ出身の歴史家であり、ジャーナリストだということです。書物や論文を丹念に読み、さらにその裏取りをして、真相を明らかにしていく。そういう事実と論理を重視する姿勢は、とても好感が持てます。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

明らかにヒトラーは重要なことを忘れていたようだ。それは、少々のことでは動じないという、英国人気質である。空襲で破壊されたデパートが、「営業中。本日から入り口を拡張しました」とユーモアあふれるポスターを掲示したのは有名な話だ。また、あるパブの経営者は、空襲の日々にこんな広告を出した。「窓はなくなりましたが、当店のスピリッツ(アルコール。精神の意味もある)は一流です。中に入ってお試しください」
 英国人は、列車の遅れを我慢するように、ドイツによる空襲も我慢した。確かに腹は立ったが、全体としては許容範囲だった。大空襲の間も列車はいつも通り運行し、ヒトラーの策略は英国の国内経済にほとんど影響しなかった。
」(p.15)

第二次世界大戦でドイツは、ロンドンを空爆しました。その目的は、市民を震え上がらせ、パニックを起こさせ、戦意を喪失させるというものでした。
しかし、結果はこの通り。人々はパニックに陥らなかったというのです。

この間を通じて、工場や橋などの戦略的目標を攻撃したのは、連合国空軍のごく一部だけだった。最後の数か月間、チャーチルは、戦争に勝つ最も確実な方法は、一般市民に爆弾を落として国民の戦意をくじくことだと主張し続けた。一九四四年一月、英国空軍の内部文書はこの主張を全面的に支持し、「爆弾を落とせば落とすほど、効果は確実になる」としている。」(p.18)

連合国側も、同じ考え方だったようですね。実態に学ばなかったようです。
事実、アメリカは東京大空襲によって一般市民を標的とした大殺戮を行いました。広島と長崎の原爆投下も同じです。目的は市民の殺傷であり、市民の戦意喪失でした。

これはある意味で正しい方法です。国民のほとんどが戦意を喪失したなら、その国は容易に降伏するでしょうし、相手国を降伏させることが戦争の目的なのですから。
しかし、現実的には、叩けば叩くほど、戦意は高揚したのです。意図と反する結果になったのですね。

この残念な物語に関して、最も興味を惹かれるのは、主要なメンバーが揃って同じ罠にはまったことだ。ヒトラー、チャーチル、ルーズベルト、リンデマン。この全員が、人間の文明的な暮らしぶりは表面的なものにすぎないというギュスターヴ・ル・ボンの主張を信じた。彼らは、空襲によってこの脆い覆い(カバー)を吹き飛ばすことができると確信した。しかし、爆撃すればするほど、カバーは頑丈になった。それは薄い膜などではなく、カルス[訳注:植物の傷を癒す組織]のようなものだった
 残念ながら、軍事専門家はその後も長くこのことに気づかなかった。二五年後、米軍は第二次世界大戦で投下した爆弾の三倍にあたる爆弾をベトナムに落とし、さらに壮大な規模の失敗を招いた。わたしたちは、証拠が明白でも、どうにかしてそれを否定しようとする。今でも多くの英国人は、ロンドン大空襲時に英国人が示した耐久力(レジリエンス)は、英国人の特質によるものだと信じている。
 しかし、それは英国人だけのものではない。人間の特質なのだ。
」(p.20)

冒頭でこのように、人々は容易にパニックに陥ると信じられていることに、疑義を呈しています。そういう事例があっても、それはたまたまだったとか、その民族性だとか決めつけている。
しかし、本当は「人」というものがそういう存在なのだとブレグマン氏は言います。人を侮ってはいけないのだと。


人間は本質的に利己的で攻撃的で、すぐパニックを起こす、という根強い神話がある。オランダ生まれの生物学者フランス・ドゥ・ヴァールはこの神話を「ベニヤ説」と呼んで批判している。「人間の道徳性は、薄いベニヤ板のようなものであり、少々の衝撃で容易に破れる」という考え方だ。真実は、逆である。災難が降りかかった時、つまり爆弾が落ちてきたり、船が沈みそうになったりした時こそ、人は最高の自分になるのだ。」(p.24)

2005年8月のハリケーン・カトリーナの被害を受けたニューオリンズで、人々が商店から略奪する姿がTVで放映されました。そういう非常事態に、人々は利己的になる。人とはそういうものだ。私も、そう思いました。
しかし、ブレグマン氏は、それは事実ではないと言います。多くの場合、警察の指導の元に、生活に必要な物資を得ようとした行為だったのだと。

人間が災害にどのように反応するかについて、科学が発見していたことを裏づけた。デラウェア大学の災害研究センターは一九六三年以降、七〇〇件近くのフィールドワークを行い、映画でよく描かれるのとは逆に、災害時に大規模な混乱は起きないことを明らかにした。自分勝手な行動は起きない。総じて、殺人や強盗やレイプなどの犯罪は減る。人はショック状態に陥ることなく、落ち着いて、とるべき行動をとる。」(p.26)

東日本大震災の時、日本の被災地での整然とした様子が世界で称賛されたと報道されました。私はそれを、日本人の民族性によるものと単純に信じたのですが、どうやらそれは疑ってみなければならないことのようです。

ほとんどの人間は信用できない、とあなたが思うのであれば、互いに対してそのような態度を取り、誰もに不利益をもたらすだろう。他者をどう見るかは、何よりも強力にこの世界を形作っていく。なぜなら、結局、人は予想した通りの結果を得るからだ。地球温暖化から、互いへの不信感の高まりまで、現代が抱える難問に立ち向かおうとするのであれば、人間の本性についての考え方を見直すところから始めるべきだろう。」(p.30-31)

自分が「人間とはこういうものだ」と信じていることが、現実社会を創っているという指摘です。
もしそれがネガティブなものであれば、その恐れによって、社会は不利益を被ることになる。たしかに、そう言えると思います。

人間はなぜ、ニュースが伝える破滅や憂鬱さに影響されやすいのだろう。それには二つの理由がある。一つは、心理学者が「ネガティビティ・バイアス」と呼ぶものだ。わたしたちは良いことよりも悪いことのほうに敏感だ。狩猟採集の時代に戻れば、クモやヘビを一〇〇回怖がったほうが、一回しか怖がらないより身のためになった。人は、怖がりすぎても死なないが、恐れ知らずだと死ぬ可能性が高くなる。
 二つ目の理由は、アベイラビリティ・バイアス、つまり、手に入りやすい(アベイラブル)情報だけをもとに意思決定する傾向である。何らかの情報を思い出しやすいと、それはよく起きることだと、わたしたちは思い込む。
」(p.37)

それでも私たちがネガティブな情報を信じやすいのは、恐れることが生存に役立つということと、滅多に起こらないネガティブなことをメディアが繰り返し報道するため、そういうことがよく起こっていると誤認してしまうからだと言います。
たしかに、そういう傾向はありますね。だから人は、不安を煽られると容易に信じてしまうし、何度も繰り返して言われると、簡単に洗脳されてしまうのです。


ホッブズが自らそうして出した答えは、実に希望のないものだった。
 彼はこう書いた。−−遠い昔、わたしたちは自由だった。好きなことは何でもできたが、その結果は恐ろしいものだった。自然状態における人間の生活は、「孤独で、哀れで、おぞましく、野蛮で、短い」ものだった。彼は理由を説明する。−−なぜなら、人間は恐怖によって動かされるからだ。他者への恐怖、死への恐怖、人間は安全を切望し、「永続的で止むことのない、力での欲求に翻弄される。その欲求は死ぬまで続く」。
 その結果は? ホッブズによれば、「万人の万人に対する闘争」、ラテン語で言えば、Bellume omnium in omnes である。
 だが、心配しなくていい、とホッブズは直ちに保証する。混乱を抑制し、平和な社会を築くことは可能だ。わたしたち全員が、自由を放棄すればよいのだ。すなわち、体と心を、ただ一人の君主に委ねるのである。ホッブズはこの独裁者を、聖書に登場する海の怪獣にちなんで「リヴァイアサン」と名づけた。
」(p.71)

何度か聞いたことがあるホッブズの理論ですが、すっかり忘れていました。こうやってまとめられると、大変わかりやすいですね。
ホッブズは性悪説なのだとブレグマン氏は言います。放っておけばろくなことにはならない。だから、たがをはめる君主(規制)が必要だということですね。

ルソーの考えは、ある主張に哲学的論拠を提供した。その主張は、後世の無政府主義者、政治運動家、自由人、煽動家が、数千回、いや、数百万回も繰り返すことになる。
「わたしたちに自由を与えよ。さもなければ、すべてを失うことになる」と。
」(p.73)

ホッブズの性悪説に対して、ルソーは性善説を唱えたのだとブレグマン氏は言います。
ルソーは売れない音楽家だったようですが、リヴァイアサンから100年後、懸賞論文に応募したことがきっかけとなり、哲学者として名を馳せた人のようです。
土地に囲いをして、「これは俺のものだ」と主張すれば、人々はそれを信じるようになった。それが私有財産の始まりであり、そういう価値観の文明社会によって、幸せな「自然状態」が破壊され、人々は不幸になったのだとルソーは言っています。


野生のキツネは生後約八週間でかなり攻撃的になるが、トルートが選択交配したキツネは、いつまでたっても子どもっぽく、一日中、遊ぶことしか考えていないように見えた。「飼いならされたキツネは、成長せよという命令に抵抗しているように見えた」と、後にトルートは書いている。」(p.91-92)

他の本で知っていましたが、これは野生のキツネの家畜化の実験です。私たちの祖先が狼を家畜化して犬を創り出したように、キツネを家畜化したのです。方法は、人懐っこい個体同士をかけ合わせていくという単純なもの。
この結果、人に懐こうともしない野生のキツネは、まるで子犬のように見た目が可愛らしくなり、人間に対してしっぽを振り、名前を呼ばれると応えるようになったのだとか。

「キツネに起きた変化はすべて、ホルモンに関係があると、わたしは考えています」と彼は言った。「ひと懐っこいキツネほど、ストレス・ホルモンの分泌が少なく、セロトニン(幸せホルモン)とオキシトシン(愛情ホルモン)の分泌が多いのです」
 そしてこう言って締めくくった。「これは、キツネだけに言えることではありません。もちろん、人間にもあてはまります」
」(p.93)

突き詰めれば、ドミトリー・ベリャーエフは、人間は飼いならされた類人猿だと言っているのだ。数万年の間、良い人ほど、多くの子どもを残した。人間の進化は、「フレンドリーな人ほど生き残りやすい」というルールの上に成り立っていた、というのが彼の主張だ。」(p.93)

なぜガタイが良くて脳も大きいネアンデルタール人が滅び、華奢で脳も小さいホモサピエンスが生き残ったのか? その問の答えを、人間の家畜化にあるとブレグマン氏は考えています。
キツネと同じように、私たちの祖先ははフレンドリーになることによって、個体としては優れた能力を持ったネアンデルタール人でさえ生き残れなかった環境を生き抜いた。だから人間は本来、フレンドリーであり、他者を気遣うDNAを持った種なのであると。


結局のところ人間は超社会的な学習機械であり、学び、結びつき、遊ぶように生まれついているのだ。だとすれば、赤面するのが人間特有の反応なのは、それほど奇妙なことでもないだろう。顔を赤らめるのは、本質的に社会的な感情表現だ。他人の考えを気にかけていることを示し、信頼を育み、協力を可能にする。
 わたしたちが互いの目を見る時にも、似たようなことが起きる。それは人間の目には白い部分があるからだ。これも人間だけに見られる特徴であり、おかげで、他者の視線の動きを追うことができる。
」(p.99)

人間が社会的な種であり、常に他者の動向を気にしているから、赤面するとか、白目があるという特徴が生まれたとブレグマン氏は言います。
たしかに、社会的でなければ赤面するのは意味不明ですし、視線が把握されるということは、襲撃者に利することですから。

はるか昔から、それは真実だった。遠い祖先たちは集団で暮らすことの重要性を知っていて、個人をむやみに崇拝することはほとんどなかった。かつては、極寒のツンドラから酷暑の砂漠まで世界のどこでも狩猟採集民は、全てはつながっていると考えていた。彼らは自分のことを何か大きなものの一部であり、他のすべての動物と植物、さらには母なる地球とつながっていると考えていた。おそらく彼らは、人間の状態を、現在のわたしたちよりもよく理解していたのだろう。」(p.104)

ネイティブ・アメリカンに伝わった教えなどを知ると、本当にそうだなぁと思います。


しかし、その後、別の重大なニュースが届いた。二〇一〇年にアムステルダム大学の研究者たちが、オキシトシンの影響はグループ内に限られるらしいことを発見したのである。このホルモンは友人に対する愛情を高めるだけでなく、見知らぬ人に対する嫌悪を強める。つまりオキシトシンは、普遍的な友情の燃料ではなく、身内びいきの源だったのだ。」(p.106)

フレンドリーであることが人類の特徴ですが、しかし現実的には、想像を絶する残酷なこともやってしまうのが人類です。それは歴史が示しています。
その理由として、ホルモンのオキシトシンの働きを提示します。仲間にはフレンドリーですが、見知らぬ他人には逆に非情になるのだと。

わたしは、マーシャル大佐による分析と後続の研究を読めば読むほど、人間は本質的に戦争好きだという見方に疑いを抱くようになった。何と言っても、もしホッブズが正しかったのなら、わたしたちは皆、人を殺すことに喜びを感じるはずだ。それはセックスほどには好まれないとしても、嫌悪感を抱かせたりしないはずなのだ。
 逆に、もしもルソーが正しければ、狩猟採集生活を送っていた祖先たちは、大半が平和を好んだだろう。その場合、わたしたちホモ・パピーは、世界に広がっていった数万年の間に、流血に対する嫌悪感を進化させたと思われる。
」(p.119)

人間は残酷な種だという研究もあれば、そうではないとするものもある。ブレグマン氏は、そういう研究の裏側を紐解きながら、人間は残酷な種ではないことを明らかにしていくのです。

また、狩猟採集民の間で等しくタブーになっていたのは、備蓄と貯蔵である。歴史の大半を通じて、わたしたちが収集したのは、物ではなく友情だった。」(p.131)

大航海時代に先進地域のヨーロッパの人たちが未開の地を訪れると、彼らは総じてフレンドリーで、要求すれば何でも分け与えてくれたそうです。

しかし、やがて氷期は終わり、西のナイル川と東のチグリス川にはさまれた地域は豊穣の地となった。そこでは、団結して厳しい自然に立ち向かう必要はなかった。食物が豊富にあったので、移動するよりとどまったほうが得策だった。家や神殿が建てられ、村や町が形成され、人口が増えた。
 さらに重要なこととして、人々の所有物が増えていった。
」(p.136)

狩猟採集から農耕へと文明が進化することで、私たちに所有の概念が生じたのですね。まさにルソーが言った通りです。

彼女らは嫁ぎ先では、よそ者として扱われたが、男の子を産むと、ようやく家族として受け入れられた。もっとも、それは嫡出子を産んだ場合だ。この頃から女性の純血が異常なほど重視されるようなったのは、決して偶然ではなかった。狩猟採集の時代の女性は自由に行動できたが、この頃になると家に繋がれ、すっかり覆い隠された。家父長制度が誕生したのだ。」(p.140)

狩猟採集民の生活は意外にも安楽で、1週間の労働時間は30〜40時間ほどだったそうです。のんびりしていて、大いにセックスを楽しむことができ、一夫一婦という結婚制度もなかったようです。生まれた子どもは集団全体の子どもとして、大切に育てられたとか。
一方の農耕民は、穀物を育て、蓄え、調理しなければならず、日々の労働は比較すると多かったようです。そのため、女性は労働力や、労働力である子どもを産む機械のように考えられるようになったのでしょう。

性病感染症も同様である。狩猟採集の時代にはほとんど存在しなかったが、牧畜をするようになると流行し始めた。なぜだろう? その理由はかなり恥ずかしいものだ。家畜の飼育を始めた時、人間は獣姦を思いついた。つまり、動物とのセックスだ。」(p.141)

女性が商品として扱われるようになれば、安易に手を出すことができなくなる。そうすると欲望が強くても対象がいない男は、身近な家畜を相手にセックスをして、ストレスを発散させる。それが性病の蔓延につながったということのようです。

しかし大規模な集落が出現するようになると、信仰に劇的な変化が起きた。人間は突然降りかかる大惨事を説明するために、執念深い全能の神の存在を信じるようになった。わたしたちが何か間違ったことをすると激怒する神である。」(p.142-143)

こうして人間の罪という概念が発達したとブレグマン氏は言います。私たちが何か間違ったことをしたから神が怒っている。その神の怒りを鎮めるために、私たちは何かを犠牲にしなければならない。生贄というおぞましい慣習が生じたのは、こういう背景があると言うのですね。

では、なぜ人間は、かつての自由気ままな生活に戻ろうとしなかったのだろう。一言でいうと、遅すぎたからだ。食べさせなければならない家族が増えすぎただけでなく、この頃になると人間は、狩猟採集のコツを忘れてしまっていた。また、荷物をまとめて、より緑豊かな草原に引っ越すこともできなかった。なぜなら、周囲の土地にもすでに人間が定住していて、侵入者は歓迎されなかったからだ。要するに、祖先たちは罠にはまったのである。」(p.145)

農耕によって定住し、所有物が増え、人口も増える。それは一見すると良いことのように見えますが、私たちの自由を失うことでもあったのです。
そして私たちは、二度と過去に戻れなくなってしまった。戻ろうとすれば、あまりに失うものが大きいように思えるから。

植民地の開拓者が続々と未開地に逃げ込むのに対して、反対のことはほとんど起きなかった。だが、誰が彼らを責められるだろう? 先住民の中で暮らす間、彼らは植民地の農民や納税者より多くの自由を謳歌した。女性にとってその魅力はいっそう強かった。「わたしたちは好きなようにのんびり働くことができました」と、自分を「救う」ために送られてきた同国人から身を隠した女性は語った。「ここに支配者はいません」と、別の女性はフランス人の外交官に告げた。「望めば結婚できるし、離婚もしたい時にできます。あなたの街に、わたしほど自立した女性がいますか?」」(p.147-148)

私たちは文明を発展させることによって、自由を失っていったと言えるのですね。だから未開の社会に入って、その自由を再び得た時、それを失いたくないほどの大事なものと感じたのでしょう。

私たちは狩猟採集から農耕へと移行し、文明を発展させてきました。しかしその過程で自由を失い、信頼する気持ちを失っていったのかもしれません。
日本でも、縄文時代には戦争など大規模な闘争はほとんどなかったと言われてますね。弥生時代になって、農耕社会になってから、戦争が起こるようになったのです。


あまりにも多くの環境活動家が、人間の回復力を過小評価している。彼らの暗い考えが自己成就的予言になることをわたしは恐れている。つまり、それがノセボ効果となり、わたしたちを無気力にし、温暖化をいっそう加速させるのではないかと懸念しているのだ。気候変動にも新しい現実主義が必要だ。」(p.177)

イースター島では、無人島だった島に先住民がネズミを持ち込んでしまったがために森がなくなったのですが、先住民はその環境下で最適な農業を編み出して、生産性を増やしていったそうです。
それなのに、人間はこんなダメな種なんだという思い込みを持てば、本来の可能性を見失うことになるということです。その悲観論を受け入れてしまうと、それがやる気を失わせ、その悲観的な現実を引き寄せることになる。だから、正しく現実を知ることが重要になってくるのです。


実験を終えた被験者にミルグラムが、あなたの貢献は科学に役立つだろう、と伝えると、その多くは安堵の表情を浮かべた。」(p.216)

そして、ここが肝心なのだが、悪事を行わせるには、それを善行であるかのように偽装しなければならない。地獄への道は、偽りの善意で舗装されているのだ。」(p.216-217)

人はどこまで残酷なことができるかという実験がなされたそうです。しかし被験者は、それは実験であり、実験に参加することが社会(他人)のために役立つ、つまり善行だと信じていたのです。
義賊と言われるように、悪事ではあっても、それは他人のために行う善いことなのだという信念があれば、人は容易に悪事を行えるものです。また、必要悪という言葉もあります。人は、本質的に善いことをしたいのでしょう。

なぜわたしたちは、これほど熱心に自らの堕落を信じたがるのだろう。なぜベニヤ説はこうして何度も復活するのだろう。それは、その方が都合がいいからだ。奇妙なことに、自らの本質は罪深いと信じると、人は心が休まる。そう信じれば、一種の赦しが得られる。なぜなら、ほとんどの人が本質的に悪人であるなら、約束も抵抗も無駄だからだ。
 また、その考え方は悪の存在をうまく説明する。憎しみや身勝手さに直面しても、「仕方がない、それが人間の本性だから」と自分に言い聞かすことができる。逆に、人間は本質的に善だと信じるのであれば、なぜ悪が存在するのかと問わなければならない。また、約束や抵抗は価値あるものとなり、そうする義務が生じてくる。
」(p.222-223)

私たちは善でありたいと願いながら、なかなかそうできない自分がいることに気づくものです。それを「人間の罪(原罪)」だとすれば、安心することができます。個人の責任ではないからです。

このメタ分析から二つの洞察がもたらされた。一つ、傍観者効果は確かに存在する。わたしたちは、時には、他の誰かにまかせた方が筋が通っていると思って、介入しない。また時には、間違った介入をして非難されることを恐れて、何もしようとしない。また時には、誰も行動を起こしていないのを見て、まずいことは起きていないと思い込む。
 では、二つ目の洞察は? もしも緊急事態が(誰かが溺れているとか、襲撃されているといった)命にかかわるものであり、傍観者が互いと話せる状況にあれば(つまり、別々の部屋で孤立しているのでなければ)、逆の傍観者効果が起きる。「傍観者の数が増えると、救助の可能性は減るのではなく、増える」と論文の著者は記している。
」(p.238-239)

誰かの緊急事態に、それを目にした人はどう行動するのか? 助けようとするのか? それとも、ただ傍観しているだけなのか? そして、それを分けている要因は何なのかという研究がなされているのですね。
こういう研究を通じて見えてきたことは、ほとんどの場合、人は人を助けようとする、ということだったそうです。一方でマスコミは、救助しようとしなかった面に注目し、そこばかりを強調して報じる傾向があるようですね。そして時には、それを強調したいがために、事実を報道しないことによって虚偽の事実を浮かび上がらせる。


本書は、人間とは善なるものである、という性善説の考え方を、研究論文を紐解くことで示そうとしています。
この本は上巻ですが、読んでみて興味深かったので、下巻も読んでみようと思いました。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:29 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月21日

あなたはあなたが使っている言葉でできている



これも本の要約をしているYoutube動画を観て、興味を持って買った本だと思います。
著者はゲイリー・ジョン・ビショップ氏。コーチングをされている方のようです。

言霊と言われるように、普段どういう言葉を使っているかで、その人が創られる。そういうことはあると思います。
本書もそういう言葉の使い方に関する内容かと思ったのですが、意外にもそうではありませんでした。ただ、やはり状況を悲観的に捉えるのではなく、ポジティブな考え方によって人生を切り開くことを推奨しています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

この本は
 あなたを励ますために書いたものだ。
 あなたが内に秘めた
 本当の能力に目覚め、
 自分を責めるのをやめて、
 輝かしい人生に歩みだすのを
 手伝うために、私はこの本を書いた。
」(p.11)

冒頭にこのように大書されていました。

そんなふうに、心の中の自滅的な声が止まらない人のためにこの本はある。寄せては返す不安の波は、日々の生活をむしばんでいく。この本はあなたを励ますために書いたものだ。」(p.12)

「自分はなんてダメなんだ」「大変なことだ。どうなってしまうんだろう」というようなネガティブな声が心の中で繰り返される。そんな経験が多くの人にあるかと思います。私もそうでした。
ビショップ氏は、そういう人たちを励まし、本当は大丈夫なんだよということを示したくて、本書を書かれたと言います。

この本は正しい言葉を使って人生を上向かせる方法を解説したものだが、私は今すぐポジティブな思考を持てとか、自分を愛そうとか言うつもりはない。」(p.16)

ただ単にポジティブ・シンキングを勧めるものではない、ということですね。

人間の感情の大部分が思考から生み出されているのなら、感情をコントロールするには思考をコントロールすればいい。もっと言うなら、心の中で思い描く文章、つまり自分との会話に使う言葉を変えればいい。そもそも感情はそこから生まれているのだから。
 −−アルバート・エリス(アメリカの心理学者)
」(p.17)

エリスは、体験の印象はとらえ方や話し方によって変わるということを発見した。つまり思考と感情は切っても切れない間柄にあるということだ。」(p.17)

思考によって、ある状況をどう捉えるかが決まり、それによって感情が湧いてくる。同じ状況でも「大変なことだ、どうしよう」と思えば不安感に襲われて萎縮し、ネガティブになるでしょう。でも「よし、私の出番だ」と思えばやる気が出てポジティブになる。
つまり、感情を決めているのは状況ではなく、思考だということです。

そして、その思考を変えるには、その思考に基づいて表現される言葉を先に変えてしまうのが容易だということですね。
これは、お勧めしている「神との対話」でも言われていることです。人は「思考」「言葉」「行為」の3段階で創造をしますが、元になる「思考」を変えるには、その順番を逆転させて、こう考えたいと思う「思考」に続く「言葉」や「行為」を、「思考」が変わる前に表現するようにすることなのです。

「人生は不公平だ」と不平を言いながら生きている人は、その見方に沿った行動を取るようになり、やがては被害妄想を抱く。ある研究によれば、そんな不平をよく言う人は仕事がおざなりになるという。「がんばったって意味がない」と最初から決めつけているからだ。」(p.20)

私たちは、こうやって自分が発する「言葉」によって、思い通りの現実を創造しているのです。

一番簡単なのは、意識的ではっきりとしたセルフトークを行うこと。自分との力強い会話は、道を切り開き、人生をコントロールする力をもたらす。」(p.24-25)

最初の一歩は、自分のためにならないしゃべり方はやめて、ためになるしゃべり方を意識することだ。正しい言葉を使い、問題を別の角度からとらえ直すことで、ものの見方、世界との関わり方は劇的に変わる。」(p.25)

無意識にネガティブな言葉を使っていることに気づいて、それを意識的にやめて、ポジティブな言葉を使うよう心がけることが重要ですね。
これは斎藤一人さんが言うところの「地獄言葉」をやめて「天国言葉」を使うことや、小林正観さんが言うところの「五戒」をやめて「祝福神」を使うことと同じだと思います。


第2章は「私には意志がある」ということで、自分に意志があることを再認識し、それを意識することの重要性が語られています。

愛する人の死や失業といった一見どうしようもない出来事に出くわしたとしても、そのあとどんな人生を送るかは自分でいくらでも決められる。

 状況を変えるために行動する気がないなら、別の言い方をすれば、状況を変える意志がないのなら、どんなにイヤでもそれはあなたが選んだ人生だ。
」(p.34)

状況や運、他人など外的要因によって人生が翻弄されると考えたいなら、それは自分ではどうにもならない人生を自分で選んだことになるのです。

「やる意志はあるけど、でも……」と言いたくなる気持ちはわかる。しかし最後に「でも」をつけるたび、自分は被害者という意識が強まっていく。」(p.37)

今、使っている「でも……」という言葉は、「私は被害者だ」という言外の言葉であり、その言葉を使い続ける限り、被害者だという現実を創造し続けることになるのです。


第3章は「私は勝つに決まっている」ということで、自分が決めた(選んだ)ように人生は変わっていくことが語られています。

ありもしない問題に敏感になったのはあなただ。ほんの小さな問題を取り上げてイライラしたり、感情を爆発させたりしたのはあなただ。そうやってあなたは、恋は悲しい終わりを迎えるのが道理なんだという自分の考えを証明した。「勝ちっぱなし」と言ったのはこういう戦いを指している。」(p.60)

いつも恋が短い期間で終わってしまうのは、自分が恋とはそういうものだと信じているからであり、その思い通りの現実を創っているだけなのですね。

そんなわけで、この章のアサーティブな言葉はこうだ。「私は勝つに決まっている」
 あなたは常に勝っている。頭がそうさせている。問題は、無意識的な本当の望みと表向きの望みとのあいだにずれがある点、ときにはまったく異なっている点にある。
」(p.61)

本当は永遠の恋を願っているにも関わらず、信念はその反対だということです。そして現実は、表向きの望みではなく、信じていることによって創られる。そういう意味で、すべては私たちの望みどおりになっているのです。

愛される価値がない。怠け者だ。いつも太っている。いつも貧乏だ。そうしたことを証明しようとしている自分の心を征服することはできない。
 しかし少し見方を変えれば、そうした難攻不落ぶりを活用し、ポジティブな目標や夢に向かって行動できる。
 人にはみな勝ち癖が備わっている。必要なのは、それを正しい対象へ向けることだけだ。そうすれば、意識的に選んだなわばりで、あなたは勝利を収められる。
」(p.70)

まずは、現実は常に私たちの信じたとおりになっていることを認めることですね。そして次に、自分が信じていることを、意識的に変えていくことです。


第4章の「私にはできる」は飛ばして、第5章の「先がわからないからおもしろい」から引用します。

本当に大きなことを成し遂げないなら、頭がおかしいとか、バカとか、わがままといった評判を、ある程度は覚悟しないといけない。」(p.109)

他人の評判を気にし、常識に縛られていたら、自分らしく生きることはできません。基準を他人軸から自分軸へと移す勇気が必要です。
もしそうすれば、他人からは批判されるでしょう。バカにされるでしょう。それでもいいと決めることが重要なのです。

確実なものを求め、すべてをはっきりさせようとするのをやめれば、ストレスの大半は消えて失くなる。わかることなんて一つもない。少し考えれば、自分の一番の不安の種が、思いどおりにならないことを拒否し未来を予測したいという願望だと気づくはずだ。
 人生は冒険だ。そこには無数のチャンスが転がっている。その壮大で、恐ろしくて、同時にわくわくするような不確実さをフルに、100パーセント楽しめるかどうかはあなた次第だ。
」(p.112)

お勧めしている「神との対話」でも、人生に確実で安心を求めるなら、それは台本通りのリハーサルであって、人生を望んでいないことになるとありました。人生は不確実なものであり、何が起こるかわからないからこそ面白いのです。

「先がわからないからおもしろい」。このシンプルな言葉を口にすることで、あなたの生き方は一変する。人生は一瞬ごとに変わっていく。唯一確実なのは、この先どうなるかなんてわからないということだけ。わかるのは、わからないということだけだ。」(p.113)

だから、ケ・セラ・セラなのです。「神との対話」でも、変化するということだけが変化しない(確実だ)とあります。そうであるなら、もう確実を求めて石橋を叩くのはやめましょう。


第6章は「自分は思考ではなくて行動だ」とあって、思考よりも行動を重視すべきだと語っています。
ここで、「言葉」よりも「行動」ということを言っていて、タイトルの範囲を超えているかなと思いました。
ただ、前にも書いたように、「神との対話」では思考を変えるために、言葉や行動を変えることが提唱されています。言葉も行動も、思考から切り離して変えられるのです。

心がやる気になるのを待っていてはいけない。自分を駆り立てる魔法のような感覚をいつまでも探していてはいけない。
 ただ動こう。思考は脇に置いて進もう。
 心の準備ができていないときもあるだろう。常に正しい行動を取れるわけでもないだろう。それでも動こう。やろう。
」(p.129)

不安(恐れ)に支配された心は、どうしてもブレーキを踏みがちです。ですから、思考が判断するのを待っていてはいけないのです。直観にしたがって、自分がやるべきと感じたことをさっさとやる。やってから考えればいいのです。


第7章は「私はがむしゃらになる」です。第6章では思いついたらすぐ行動を勧めていましたが、それを持続的に行うことが語られています。

望みをかなえたいなら、とにかく粘り強く前へ進み、自分の権利を主張し、必死でがんばることだ。人生には、無理やりにでもやらなくちゃならないときがある。」(p.143)

すぐに達成できないこともあるでしょう。その目標が大きければ大きいほど、ハードルが高ければ高いほど、挫折することも多々あります。
それでもがむしゃらにやるかどうか。そこは意志の問題になります。

結局は、できないという見方を認めるか、認めないかだ。意見はあなたがそれを受け入れ、自分の可能性を追求するのをやめて、はじめて真実になる。」(p.145)

たしかに、非常に困難なことはあるでしょう。けれども、諦めない限りは可能性がゼロにはならないのです。

がむしゃらになるコツは、目の前の問題に集中すること。全神経を注ぐことだ。」(p.148)

登山と同じですね。常に山頂を見て歩いていると気が遠くなり、諦めてしまいがちです。コツは、足元を見て歩き続けること。目標は、時々眺めれば良いのです。


第8章は「私は何も期待せず、すべてを受け入れる」というものです。期待を手放すことの重要性が語られています。

問題が人生をおかしくするのではない。隠れた期待がおかしくするのだ!
「期待」は百害あって一利なしだ。あなたを苦しめているのは、実は状況そのものではなく、期待のほうだ。何がいけないって、期待が問題を実際よりも大きく見せ、問題に対して効果的に、力強く取り組むパワーを奪い取ることだ。
」(p.163-164)

そこで提案だ。期待を切り捨てよう! 期待を手放すのだ! 今すぐに!
 不必要で非生産的な期待にしがみついて泥沼にはまるより、人生は予測がつかないという事実を受け入れ、実際の状況と向き合うほうがずっとパワフルだ。
」(p.164)

「神との対話」でも、期待を捨てることが語られています。結果がどうなるかはどうでもいい。すべての結果を受け入れることです。
情熱は、その行為そのものに対して燃やすこと。結果はあとから勝手についてくる。そう思って、目の前のことに取り組むことが重要なのです。

何も期待しないとき、あなたは今という瞬間を生きられる。未来への不安も、過去の拒絶もなく、シンプルに訪れた状況を歓迎できる。
 そしてすべてを受け入れるとは、仕方なく妥協するという意味じゃない。引き受けて責任を取るという意味だ。覚えておいてほしい。自分が権利と責任を持っているものは、いつでも変えられる。問題を解決する唯一最大の効果的な方法になることもある。だから引き受けよう。
」(p.168)

責任を引き受けなければ変えられない。これも「神との対話」で言われています。だから他者のせいにしている限り、変えられないのです。


第9章は「次はどこへ?」ということで、まとめ的な章になっています。

今とは違う人生を送りたいなら、変化を起こさなくちゃならない。そして、どれだけ思索にふけり、瞑想し、計画を立て、抗不安薬を飲んだところで、外へ出て行動を始め、変化を起こす意志がなければ何も始まらない。」(p.178-179)

はっきり言おう。死の床のあなたが後悔しているのは、何も成し遂げられなかったとか、目的のものが手に入らなかったとかいったことじゃない。挑戦しなかったことだ。がんばらなかったことだ。つらくなったときにあきらめてしまったことだ。」(p.182-183)

失敗したことの後悔よりも、失敗を恐れて挑戦しなかったことの後悔の方が大きいのです。やってみてダメだったら、諦めもつくというものですね。

必要なのは今すぐ選ぶことだ。今やっていることをやめない限り、人生は変えられない。」(p.189)

まずは、不要なことをやめることです。何かが入る余地を作ることです。そして、やめた時間やそこに注いでいたエネルギーを、他のやるべきことに使うことですね。

物で言うなら、まずは捨てることです。あっても困らないけど、使っていないなら不要なもの。お片付けの極意ですね。そうやって片付ければ、空いた空間を埋める何かが手に入ります。


内容としては、すでによく知っていることです。しかし、非常にシンプルに、かつわかりやすく、書かれていると感じました。
うじうじグズグズして動き出せないでいるなら、この本を読んで、その通りにやってみるのも良いかと思います。また、読むだけでも一歩を踏み出そうとする勇気が湧いてくると思います。

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2023年01月17日

免疫力が上がるアルカリ性体質になる食べ方



これも本の要約をしているYoutube動画で知った本ですが、著者の小峰一雄(こみね・かずお)さんのことは、以前に「名医は虫歯を削らない」という本を読んでいたので知っていました。

本書のタイトルからして、よく言われているようにアルカリ性食品を食べることでアルカリ性体質になることが、健康のために重要だという内容だとわかります。それにしても、なぜ歯科医の小峰さんが? そこが疑問でした。
しかし、本書を読むことで、小峰さんがなぜアルカリ性体質に注目されたのか、そしてそのアルカリ性か酸性かでどういう違いが現れるのかが、よくわかりました。
実に興味深いと感じました。そして、歯と身体とは切っても切れない関係があるのだと、改めて思いました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

そしてそのアンケート結果を分析したところ、その食事内容にある明確な違いを見出しました。そこからさらに研究を重ね、小峰式虫歯予防プログラムを確立した他、虫歯は食事療法で自然治癒できるという結論を得ることができたのです。」(p.6)

すでにヨーロッパでは、唾液PHが酸性に傾いている人は虫歯や歯周病のリスクが高いとされていたため、筆者のクリニックでも初診の患者さんにおいては唾液PHを測っていましたが、PH値が低い人、すなわち酸性体質の人は虫歯が多いだけでなく、何らかの病気を持っている可能性が高い場合が多いことがわかりました。」(p.7-8)

そしてわかったのが、体内のPHがアルカリ性に傾いている人は虫歯がなく病気にかかるリスクが低いということ。それは新型コロナウイルス感染症に対しても同様で、すなわちアルカリ性体質になることは、ワクチンに勝る予防策であるということができるのです。」(p.8)

このように冒頭で、歯の病気である虫歯などと、身体の病気との関連が、唾液PHを計測した結果からわかってきたことが語られています。


この一件依頼、筆者はインプラントを装着している患者さんが来院するたび、電磁波メーターで状態を測定していますが、やはりその多くの患者さんの口の中で電磁波が発生していることがわかりました。」(p.16)

小峰さんが口腔内のPHに興味を持つきっかけになったのが、歯の詰め物や被せ物に金属を使った場合の悪影響に関する研究を知ったことだそうです。
酸性の液体に触れた金属はイオン化し、溶け出すことで、その液体が電解質となり、電流が流れます。電流が流れば磁場が発生し、電磁波が起こります。また脳や神経は電気信号をやり取りしているので、そこに悪影響が起こると考えられるのです。

唾液PHが酸性に傾いている人ほどガルバニック電流の電圧が高いことが確認できました。また金属の種類やメーカーによって異なるものの、唾液が酸性に傾いている人ほど、歯の詰め物等に使われた金属部分が黒く変色しており、中には炭のように真っ黒になっている人もいました。」(p.18)

「ガルバニック電流」というのは、先ほどの金属が酸性液に触れて発生する電流のことです。
このガルバニック電流の大きさの違いがなぜ起こるのかを調べたところ、金属の種類などより、唾液の酸性度の違いによる影響が大きいことがわかったのだそうです。


有害ミネラルは魚介類や、農薬を使った米や野菜、加工食品などに多く含まれている他、気をつけたいのが調理で使うことが多いアルミ鍋やアルミ箔です。」(p.22)

二つめの経路は、空気中に含まれる有害ミネラルを肺から吸い込むことです。特に中国から飛来するPM2.5には、鉛やカドミウム、ヒ素などが多く含まれているので、PM2.5が多い日は外出を控えるなど、何らかの対策が必要です。またタバコにはアルミニウムやカドミウムが含まれているため、喫煙や受動喫煙も有害ミネラル中毒の一員となります。」(p.22)

そして三つめの経路が、皮膚と有害ミネラルが接触kし続けることです。中でも口腔内の粘膜は、体表に比べて48倍吸収率が高い他、唾液が酸性に傾いていると有害ミネラルが溶け出しやすくなるため、より有害ミネラルを吸収しやすくなります。」(p.24)

口腔内にガルバニック電流が起こることで、脳障害や味覚障害、そして有害ミネラル中毒も起こると小峰さんは指摘しています。
有害ミネラル中毒そのものは、体内に有害ミネラルが取り込まれることで起こります。ただその経路の1つに、口腔内があるのですね。
以前はアマルガムを詰め物に使用していましたが、悪影響が明らかになったことで、今では使用されていません。

特に唾液PHが酸性に傾いている人は、より有害ミネラルが体内に溜まりやすいと考えられます。というのも、体に有害な老廃物や有害ミネラルは、有害でないミネラルによって体外に排出されますが、酸性体質の人は、その酸を中和させるためにそれらをより多く使ってしまうため、常にミネラル不足の状態になっているからです。」(p.24)

有害ミネラルを吸収しにくくするためにも、口腔内をアルカリ性にしておく方が良い。そう、小峰さんは言われます。


一方、小唾液腺は口腔粘膜やのどの粘膜に無数にあり、食事のタイミングとは関係なく、常に唾液を分泌して口の中を潤しています。つまり小唾液腺から分泌される唾液は、間質液(体液)に成分が近いと考えられ、この唾液PHがすなわち、体全体の状態を表していると考えられるのです。」(p.25)

唾液腺の中でも大唾液腺から出される唾液は、消化酵素を多く含んでいるそうです。食事の助けになるものです。
小峰さんが注目したのは小唾液腺から出る唾液で、これは体液とほぼ同等のものだと考えられたのですね。つまり、口腔内をアルカリ性にしておきたいのであれば、体液をアルカリ性にする必要があるということです。


前述したようにこの乳酸を含む酸はミネラルによって中和されますが、これは酸性体質だと常にミネラルが不足した状態になるため、慢性的に疲労感を感じるようになってしまうのです。」(p.28)

酸性体質によって身体にどういうことが起こるかについて、小峰さんは、免疫力低下、慢性的な疲労感、栄養素の吸収不全、皮膚炎や口内炎、骨粗鬆症、生活習慣病などを上げています。
その中の疲労感については、疲労物質の乳酸が中和されずに残ることが原因だとしています。その他も、必要なミネラルが不足してしまうことなどが原因で起こると考えておられるようです。

また酸性体質は、がんの発生とも大きく関係しています。1931年にはドイツの生理学者・Warburg博士が、がんが無酸素や酸性条件下で発症あるいは増殖することを発見し、ノーベル生理学・医学賞を受賞しています。実際、筆者のクリニックで行っている唾液PH検査でも、PH7.0以上(アルカリ性体質)の方は健康な方が多い一方、7.0未満の低PH、つまり酸性体質の患者さんは有病率が高い傾向にあります。」(p.31)

小峰さんは、体液が酸性かアルカリ性かで、がんになりやすいかどうかも決まってくると言われています。

これは筆者の個人的な見解ですが、新型コロナウイルス感染者がアメリカで爆発的に増えたのは、現地で普段よく食べられているピザやフライドポテト、ハンバーガーなどのジャンクフードの90%近くが酸性食品であることが一因だと思っています。また基礎疾患のある人が重症化しやすいのも、病気の人や薬を飲んでいる人のPHは酸性に傾いている場合が多いこととも一致しています。」(p.33)

スイス、チューリッヒのジェイソン・メルツァ先生の論文によると、ウイルスの一部は直接細胞内に侵入できるものの、ある特殊な環境が必要になる、としています。例えばデング熱ウイルス、C型肝炎ウイルス、アデノウイルス、手足口病ウイルス、インフルエンザウイルス、ヘルペスウイルス、HIVウイルス、ヒトパピロマウイルス、コロナウイルスなどは、酸性環境でないと細胞内に入れない、としています。つまり、ほとんどのウイルスは、アルカリ性環境下では生存できないのです。」(p.33-34)

このように、ウイルスなどによる感染症を防ぐには、体液をアルカリ性にすることが重要だと小峰さんは言います。


その結果わかったのは、酸性体質の患者さんとアルカリ性体質の患者さんでは、食事内容が全く異なるということ。一言でいうと、「アルカリ性食品を摂取している人ほど、アルカリ性体質である」ということです。」(p.38)

体液をアルカリ性にするには、アルカリ性食品を接種することが重要だと小峰さんは言います。この因果関係は科学的にはまだよくわかりませんが、小峰さんの実感なのでしょう。

では、アルカリ性食品とは、どういう食品でしょうか?
よく言われるように、梅干しは、そのままで測れば酸性です。しかし、体内ではアルカリ性になる。ここがアルカリ性食品をわかりにくくさせています。

食品の体内におけるPH値を計測したい場合は、その食品を完全に燃焼させ、灰にした状態で酸性ミネラル量とアルカリ性ミネラル量を計測します。灰にすることで体内で変化した状態に近いPHが得られるのです。例えば梅干しの場合、加熱前はPH4の酸性でしたが、加熱後はPH10のアルカリ性になります。」(p.42)

う〜ん、これは理屈としてはやや疑問です。まず、体内で燃焼は起こっていません。また燃焼したらミネラルが変化するというのも、ちょっと説明不足ではないでしょうか? たとえばでいいので、化学式を示してほしかったところです。

今回、筆者が本書を執筆した最大の目的は、世の中には酸性食品とアルカリ性食品があることを知っていただき、健康のためにはアルカリ性体質になる食生活を心がけていただきたいという思いからです。」(p.42-43)

たしかに、わかりにくいから浸透していないという一面もありますね。

その違いとは一言でいうと、酸性体質の人は炭水化物や動物性たんぱく質の摂取量が多く、アルカリ性体質の人は、生野菜や果物の摂取量が多いということです。」(p.43)

つまり、アルカリ性食品とは、主に生野菜や果物ということのようです。
このあとに一覧表がありますが、たとえば「生ほうれん草」はPHチャートの10(もっともアルカリ性が強い)にランクされていますが、「調理したほうれん草」は6にランクされています。
どうしてこういう違いが生じるのか、それはよくわかりません。実際に計測した結果と言われてしまえばそれまでですが。

他には、海藻、レモン、オリーブオイル、発芽穀物、果物、大豆、アーモンドなどが、8までにランクされていました。煮豆やビールなどはランクが5で、5以下は酸性食品になるのだそうです。

ただし、何が何でも酸性食品をゼロにする必要はありません。ヨーロッパでは酸性食品20%、アルカリ性食品80%の摂取が理想とされていますが、最低でも酸性食品が全体の食事の割合の50%を超えることがないよう心がけることが重要です。」(p.46)

酸性に傾くかアルカリ性に傾くかは、摂取したもの全体のバランスによるのですからね。
ここからあと、小峰さん自身のメニューが載っています。朝食は食べないか、りんごなど果物と紅茶など。またサラダもアルカリ還元水に晒すなどしておられるようです。生野菜は、1日に1kgも食べられるとか。ふつうの人の食生活とは、大きく違うようです。


酸性体質をつくる要因の一つめは、それはストレスです。
 ストレスが酸性体質をつくるのか、酸性体質がストレスを生み出すのかは定かではありませんが、関連性が高いことは筆者のクリニックで行っている検査からも明らかです。
」(p.60)

体液(唾液)が酸性になるのは、食事の影響だけではないということですね。因果関係はわかりませんが、ストレスとの相関関係は、十分に考えられることかと思います。

この場合、誤診はもっての他ですが、腹立たしいのは、歯科医師が「治療をしないと命にかかわる」と患者を脅したことです。本来なら、担当医が病気の原因と対処法を伝えて、最後に「きっと治りますので頑張ってください」と励ますべきです。しかし日本は、薬剤処方、手術、検査等で利益を得る医療システムになっているため、精神的に勇気づけることは一切利益にならないとでも考えているのでしょうか。むしろ不安を煽ることで薬剤処方や手術に導いているように感じられます。」(p.64-65)

ストレスが病気を生み出すことはよく知られてますが、医療現場では、患者の不安を煽ってストレスを与えることが日常茶飯に行われています。
この例では、歯根治療をしないと膿が脳に回って命の危険があると患者を脅した歯科医の発言を問題視しておられます。これに限らず、似たようなことは普通にあります。

昨年、TVでは統一教会関連で話題が尽きなかったのですが、マインドコントロールしてお金を出させるって、医者がやってることと同じではないかと思いますよ。
私が勤める老人介護施設の利用者さんも、多剤併用の方が多数おられます。なぜそんなに薬をたくさん処方するのか? 患者は素人だから、医師に質問することすらできません。それを良いことに、これしか方法はないかのように決めつけ、それをしなければ大変なことになると脅す。
本当に、病気を生み出しているのは医療関係者ではないかとすら思えてきます。


水素は、酸化された身体をアルカリ性に中和するため、水素吸入することで体内に溜まった活性酸素が中和されると考えられます。人はストレスを感じたり、急性疾患を患うとPHが低下することがわかっていますが、一方で水素が症状を改善したり、PHを上昇させることも確認しています。」(p.88)

酸性体質からアルカリ性体質に改善するための方法がいくつか書かれていますが、その中で水素吸入というのもあるそうです。
水素水という得体の知れないモノが流行ったりもしましたね。今もまだ売れているのでしょうか。私自身は、こういう不自然なものに頼るのはいかがなものか、と思っています。不自然なことをしないと健康が保てないとすれば、それは人間(動物)の欠陥だと感じるからです。


もっとも身体を酸性にするもの、それは薬剤の服用です。特に日本の社会では当たり前のごとく大勢の患者さんに大量の薬剤が処方されております。ご存知ない方も多いと思いますが、世界中には「薬剤処方は一人の患者に対して最大4剤までとする」「60歳以上の患者に対しては最大2剤までとする」というルールがあります。それは薬剤服用者ほど病気になりやすいことや、長期服用者の致死率が高いことが証明されたからです。」(p.98-99)

先ほど言った多剤併用の害について、小峰さんも指摘されています。ただ、薬剤がなぜ酸性体質の原因になるかについては、何も言及されていません。おそらくこれも、小峰さんの実感ということなのでしょう。


砂糖を摂ると虫歯になりやすい、というのは日本理論にも共通しています。しかしその理由は、「酸が発生して歯を溶かすから」というものではありません。アメリカ理論では、砂糖を摂ると血糖値が上昇し、今まで内側から外側に向かって流れていた間質液が逆流するため、口の中の細菌が歯の内部に吸引され、虫歯になるというものです。確かにこの理論ならば、日本理論では説明のつかなかった「虫歯が歯の内側から進行する」理由を説明できます。」(p.112)

なぜ虫歯ができるかということに関して、確立された理論があるわけではないようです。
日本理論はよく知られているように、食物を餌にした細菌が酸を出して歯を溶かすとされています。しかし、アメリカ理論やヨーロッパ理論は、違う原因を提示しています。

さらにロマリンダ大学は、ストレスでも虫歯が発症することを実証しています。つまり人は何らかのストレスを受けると間質液の流れが停滞し、自浄作用が弱まるため虫歯になりやすいということです。」(p.112)

歯というのは死んだ無機物ではなく、生きている体内組織の一部なのですね。だから間質液が循環している。それによって健康を保っているのです。
だからその間質液の循環が乱れるようなことをすると、健康を害することになる。これがアメリカ理論です。

このPHに関する文献の中で、最も興味深く感じたのは、「PH7.5の人には虫歯は一本も確認できなかった」ことと、「PH6.5以下で虫歯がない人はいなかった」ということです。」(p.118)

ヨーロッパではすでに、唾液PH検査をすることが一般的になっているそうです。つまり、虫歯のできやすさは唾液PHによって決まるということです。

ヨーロッパ理論でも、アメリカ・ロマリンダ大学が発見した、歯のリンパ液(間質液)が流れているという理論をベースにしていますが、ただし虫歯が発生するのは、リンパ液(間質液)が酸性に傾いているときとしています。間質液は、酸性化すると歯のミネラル分が溶け出し、中和しようとする緩衝作用が働きます。そのミネラルが溶け出したところに空洞が生まれ、そこに細菌が入り込むことで虫歯を発症するというものです。」(p.119)

歯の平らな表面とか先端に虫歯が発生する理由も、このヨーロッパ理論なら説明できると小峰さんは言います。
私は、どれか1つが正しいのではなく、それぞれが正しいのではないかと思いました。間質液の循環の不良、間質液の酸性化、そして口腔内の細菌が作り出す酸の影響など、すべてが相互に関連しあっているのではないかと。


小峰式の虫歯予防には、砂糖の摂取制限、ストレス解消、運動不足解消、微小栄養素不足改善、薬の服用中止というものがあるそうです。

逆に考えると、虫歯ができやすい人は血糖値が上昇しやすい可能性があり、将来的に血管の病気(心筋梗塞・脳梗塞・その他)を起こしやすいと考えられます。」(p.124)

血糖値の上昇度合いには個人差があり、だから糖質を摂っても虫歯にならない人がいると小峰さんは言います。
つまり、虫歯になりやすいかどうかは、血糖値が上昇しやすいかどうかと関連しているということですね。したがって、必ずしも糖質制限するのが良いわけではなく、自分の体質と相談しながら、低GI食を増やしていくことが重要だということです。

微小栄養素(ビタミン・ミネラル)不足を解消するためには、生野菜をたっぷり食べるのが効果的です。生野菜を食べると体が冷える、と思っている人も多いようですが、筆者が試した限り、一時的に体温が下がることもありますが、すぐに平熱に戻りますし、むしろ高くなることもあります。実際、筆者は1日1kgの生野菜を毎日食べていますが、平均体温は最近では37℃をキープしています。」(p.128)

生野菜は体を冷やすし、そもそも大量に食べられないと言われますが、小峰さんはそれでも生野菜を大量に食べて、効果を実感されているようです。

長期間、薬を飲んでいる人の多くは、生活習慣病の方だと思いますので、そういう方はまずは日常生活や食生活を見直すといいでしょう。患者さんの中には、薬を飲み続ければいつか治ると信じている方もいるようですが、何度も書いているように、薬は対処療法であって原因療法ではありません。食習慣や生活習慣を改めない限り、一生薬を飲み続けることになるのです。」(p.130)

生活習慣病の対策として薬を飲み続けることは、害はあっても益がない。私もそう思います。


ハーバード大学のバン・ダイク教授は2012年に発行されたアメリカ歯周病学会の会報誌に「歯周病は感染症にあらず、これまでの感染症対応治療は誤りであった。歯周組織の細胞環境に問題あり」と発表しました。そして歯周病の原因として、糖質の摂取とマグネシウム不足、カルシウムの過剰摂取、オメガ3脂肪酸不足、ビタミンC不足等を挙げています。」(p.136)

アメリカ理論による歯周病の原因は、細胞環境であり、それを決めているのは食べたものということのようです。

そのメカニズムは、歯肉から染み出る組織液「歯肉溝滲出液(しにくこうしんしゅつえき)」のPHが酸性になると、歯周ポケット(歯と歯茎の境の溝)内に細菌やカビ菌、ウイルスが生息しやすくなる、というものです。逆にアルカリ性になると生息できなくなるため、歯周病が改善するとしています。」(p.136-137)

ヨーロッパ理論の歯周病の原因は、やはり体液の酸性化にあると言うことですね。唾液が酸性化しているから、歯周ポケットに細菌が増え、さらに酸を排出して歯茎を痛めてしまう。

アメリカとヨーロッパの歯周病発生理論は、このように少し違いがあるようです。ちなみに日本は、口腔内の細菌が増えることが原因で、歯垢や歯石が最近の巣窟になっているとしています。

筆者は10年以上、日常的な歯磨きはしれおらず、炭水化物を食べすぎたときだけ磨くようにしています。また乳製品を摂らないので、歯石が付いたこともありません。」(p.139)

私も、歯磨きは寝る前だけです。それでいて最近は、虫歯になることがありません。以前はしょっちゅう歯科医のお世話になっていたのですがね。
もともと虫歯菌がいない人がいて、そういう人は歯磨きをしなくても虫歯にならないと言われていますよね。でも、本当にそうなのでしょうか? 私にはまだ納得できない部分があります。おそらく、科学的にもまだ解明しきれていないのでしょう。


夕食は、仕事から帰って遅い時間に食べる人も多いと思いますが、夜8時以降に食べると血糖値が上がりやすくなります。するとメラトニンという睡眠のホルモンの分泌不全に陥り、睡眠障害を引き起こすだけでなく、様々な生活習慣病の重大な原因になります。」(p.154)

さらに朝食についても思うことがあります。それは、世界には朝食を摂らないほうがいいという多くの研究論文がある中、なぜ日本だけは「朝食は摂らなければならない」という論調が主流になっているのか、ということです。」(p.155)

小峰さんは食生活の改善を提唱されていますが、本書では、徹底した酸・アルカリの区別、栄養は全体のバランスで考える、食事内容を吟味する重要性、食品添加物の排除、食生活パターンの改善、というテーマで語られています。
上記は食生活パターンの改善からの引用ですが、考えさせられますね。ちなみに私は、朝食抜きもやっていましたし、たんぱく質をメインで食べるというのもやっています。自分の身体を使って、いろいろ試してみることも重要だと思います。


3歳までは薬剤系の摂取は控えなければなりません。幼少時に薬剤系を摂取すると脳障害を起こす危険性があるのです。脳には「血液脳幹門」という関所のようなものがあり、これが完成するのは3歳です。したがって、3歳前に薬剤系を摂取すると薬剤が脳に届いてしまい、脳の損傷を起こす可能性があります。」(p.172)

これはまったく知らない情報でした。1歳まではハチミツを飲ませてはいけないとか、いろいろあるようですね。
なお、「血液脳幹門」と本書にはありましたが、正しくは「血液脳関門」のようです。誤植でしょうね。意味からしても「関門」ですから。

日常生活で減菌・消毒をやり過ぎると、免疫力が低下してしまいます。もともと免疫力の低い人は感染に注意しなければいけませんが、減菌・消毒をやり過ぎると、いつまでたっても免疫力が上昇しないのです。」(p.173)

健康のためには微生物との共存が重要です。耐性を高めるためにも、ある程度のストレスにさらす必要があるのですね。
しかし、その匙加減が難しい。過ぎたるは及ばざるが如しですから、清潔好きもほどほどに、ということでしょうか。


いわゆるアルカリ性食品を食べてアルカリ性体質にすれば健康になる、という類の本かと思っていましたが、まったく違っていました。
歯科医の観点から、酸性やアルカリ性体質が虫歯や歯周病に関連していることを理論的に説明され、歯と身体はつながっているという観点からその体質が体全体の健康に関係してくるという内容でした。

ある意味で、虫歯は健康のバロメーターでもあるなと思いました。身体が健康的であれば、虫歯も歯周病も起こらない。
そうであれば、日本のこれまでの口腔ケアを中心とした虫歯予防法が、大きく変わる可能性があります。老人介護施設で利用者様の口腔ケアもやっていますが、時々、これにどれほどの意味があるのだろうと思っていました。

すぐに結論が出せることではありませんが、新たな視点を与えられたようで、楽しい気分になりました。
本書で書かれていることが、必ずしも正しいわけではないと感じています。けれども、新しい視点を与えられるということは、それだけで楽しくなるものです。

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タグ:小峰一雄
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2023年01月09日

うまく老いる習慣



これもYoutubeの本の要約を紹介する動画を観て、良さそうだと感じたので買った本です。
著者は「心が元気になる」をテーマとした著述活動をされている植西聰(うえにし・あきら)さんです。資生堂の勤務後に独立され、人生論の研究をされ、独自の「成心学」理論を確立されたのだとか。ひと言で言えば、ずいぶんと変わった方のようです。まあ、私も他人のことは言えませんがね。(笑)

本書は、9章の大きなテーマ別に、見開き2ページにまとまった考え方や方法を紹介するという体裁になっています。そのため、たいへん読みやすく、どこから読み始めても楽しめるようになっています。
また、多くの先人の生き様や言葉が紹介されていて、それを知るだけでも教養が深まりますね。

ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

もし60歳で仕事に一区切りつけて100歳まで生きるとすれば、「シニア人生」は40年もある計算になります。
 言い換えれば、この「シニア人生」をいかにポジティブに生きていくかということが、その人の人生全体にとって大きな意味を持つのです。
」(p.3-4)

冒頭で植西さんはこう言って、シニア人生を有意義に過ごすことの重要性を述べます。

人それぞれに、その人なりの「シニア人生」があるのです。
 とはいえ、どのような生き方を選択するにせよ、「シニア人生」を幸せなものにするためには、いくつかの共通点もあるように思います。
 それは、たとえば、「夢や、生きがいになるものを持つ」ということです。
 また、「小さなことでクヨクヨしない」ということも大切でしょう。
 言い換えれば、「心をプラスの状態に保つ」ということが、とても重要になってきます。
 心がプラスの状態であってこそ、前向きな、ポジティブな生き方ができるようになるからです。
」(p.4-5)

何よりも重要なのは、心の状態をポジティブに保つこと。その思考習慣を身につけることだと私も思います。


第1章の「夢・生きがいを持つ」の中から引用します。

そのように、旅の準備をすることは、その人にとって楽しい生きがいにもなっていきます。
 したがって、そういう意味では、年齢にかかわらず好奇心を持って、いろいろな場所に旅していくのが若返りの秘訣だと思います。
」(p.29)

私も長期の旅、特に一人旅を勧めていますが、旅を計画するだけで好奇心がかき立てられますね。

60歳から65歳という年齢は、「これから第二の人生が始まるんだ。この第二の人生を、どのように生きていこうか」と考える、いい機会になると思います。」(p.37)

退職後のシニア人生を「余生」と考えるのではなく、「第二の人生」と考えるようにしようという主張です。
これから新しい人生が始まるのだと思うと、それだけでワクワクしてきます。私も今61歳ですから、自分のこれからの人生を、ワクワクしながら夢見たいと思います。


次は第2章の「年齢を意識しない」からです。

体力が落ちたり、記憶力が悪くなると、つい人は自分の年齢を意識してしまいがちです。しかし、そこで、できるだけ自分の年齢を意識しないことが、若々しさを保っていくコツになるのです。」(p.45)

「もう若くないから」みたいな口ぐせをやめることですね。そういう口ぐせによって、自分で自分を洗脳しているんですよ。だったらむしろ、「まだまだ老け込む年齢じゃないから」とか、「今、第二の青春のまっただ中だ」みたいな言葉を口ぐせにしたいですね。

ある人は、朝、洗面台の鏡に映る自分の顔を見ながら、「自分は今日も若い。若々しい顔をしている」と、自分に言い聞かせているそうです。
 そういう習慣を持つことで、「気持ちが若々しくなるように感じられ、それとともに、いろいろなことにポジティブにチャレンジしていける」というのです。
」(p.63)

これはまさに私が提唱している「鏡のワーク」のようなものです。自己洗脳の効果的な方法です。
そういうことと共に、やはり筋トレなど運動をして、一定以上の体力を維持することも重要だと思います。やはり気力も、体力があってこそ湧いてきやすくなりますからね。


次は第3章の「行動力を高める」からです。

「学ぶ」ということは、もちろん、脳にとってもいいことなので、認知症予防にもなります。
 しかし、そればかりではなく、より行動的に生きていこうという意欲も湧いてきます。
 そして、積極的に学び、意欲的に行動していく人は、いつまでも若々しいのです。
」(p.81)

83歳で亡くなったヘンリー・フォードが80歳になっても学び続けたことを例に、何歳になっても学び続けることが大切だと植西さんは言います。
たしかに、何かを学ぶということは、好奇心を持ち続けていることでもあるので、精神的に若いと言えるでしょう。


次は第4章の「楽天的に考える」からです。

この先、どうなるかはわからなくても、「人生は結局、なるようにしかならない」と、いい意味で開き直って、「今日という日を幸せに過ごせるならば、この幸せを満喫しよう」と考えるほうが賢明です。」(p.92-93)

年老いてできることが減っていくと、段々と心細くなり、心配が増えるというのも事実でしょう。しかし、そうであっても、どうにもならないものはしょうがないと開き直れば、サバサバとしていられるものです。
そのことが理解できれば、あえて心配することに頭をつかうのではなく、あえて楽天的に考えるようにする。その心がけが大事だと思います。

この「手にみてり」とは、すなわち、「こだわっているものを手放せば、もっと豊かなものを手にすることができる」ということです。
 では、その「豊かなもの」とは何かと言えば、それは、たとえば「精神的な気楽さ」です。
 あるいは、「シンプルな生活」です。
」(p.104-105)

禅の言葉にある「放てば手にみてリ」から、植西さんはこのように言います。
お勧めしている「神との対話」シリーズでも、1つの扉が閉まればまた別の扉が開く、とありました。何かを手放せば、別の何かをつかむことができるのです。それが何かはわかりませんが、そこでまずは勇気を出して手放すことが大事なのですね。

楽天的な人は、一般的に、健康的に長生きでき、また、心血管死のリスクが低い、という研究結果があります。
 では、その「楽天的な人」とは、どのような人なのでしょう。
 それは、たとえば、次のような性格を指すのです。
*これからの人生で、自分に何が起こるか楽しみにしている
*将来に向けて、たくさんの計画を持っている
*日々の生活を「ゆっくり楽しんでいこう」と思っている
 まずは、年令を重ねても、「将来を楽しみにする」ということが大切です。
」(p.108)

心配性が病気の原因になると言われますが、その逆もまた真なりで、楽天的な性格は病気を遠ざけるものです。


次は第5章の「クヨクヨしない」からです。

この坂村真民は、「年をとることはいいことだ。とってみなければわからない世界が開けていく」と述べました。
 確かに、年齢を経なければ、わからないということがあると思います。
 たとえば、「生きていることの、すばらしさ」です。
 若い頃は、「生きている」ということは当たり前すぎて、何の感動も覚えないかもしれません。
 しかし、年令を重ねると「今生きている」ということ自体が、とても貴重なこと、ありがたいこと、すばらしいことに思えてくるものです。
」(p.126-127)

歳を取って老い先が短いからこそ、平凡な日常の中に感謝のタネを見出すこともできます。
何となく頭でわかっていたことであっても、いざ自分がその状況に置かれることで、切実に感じることができる。だから、なにごとも経験することが大切なのですね。

若い頃には若い頃の経験があり、歳を取れば歳を取った後の経験がある。そう思えば、未知の経験を楽しむことができるでしょう。


次は第6章の「楽しいことをする」からです。

すると、75パーセントを超える人たちが、「読書が好きだ」と答えたといいます。
 さらに、「読書が好きだ」と答えた人の80パーセント近くが、「月に2冊以上の本を読む」と答えたといいます。
」(p.142)

にわかには信じがたいのですが、60歳以上のシニア層へのアンケート調査結果だそうです。これだけ読書が好きで、学ぶことが好きで、好奇心が旺盛なら、老後の生活が楽しいでしょうねぇ。
でも、本当でしょうか? 少なくとも私が勤める老人介護施設で、そんなに読書をしている姿は見ません。見ていないところで読んでいるのでしょうか?

以前、あるテレビ番組で健康寿命が長い地域の特徴として、図書館の利用が多いというのがありました。知的な好奇心があり、読書の習慣があることが、健康で長生きすることにつながっているのかもしれません。


次は第7章の「よく笑う」からです。

確かに、いい年齢のとり方をしたおばあちゃんや、おじいちゃんの笑顔は、とてもほがらかで、かわいらしいものです。
 そんな「笑顔がかわいいシニア」になることを目指すのがいいと思います。
「笑顔がかわいいシニア」イコール「幸せなシニア」ともいえるのではないでしょうか。そして、「笑顔がかわいいシニア」イコール「心が澄んでいるシニア」と言うこともできると思います。
」(p.179)

好々爺(こうこうや)という言葉がありますが、いつもニコニコしていて憤ることがなく、何でも受け入れてくれるような優しい人という印象があります。私も、そういうシニアになりたいものです。


本書は、同じような内容が繰り返されているという面もあるように思いますが、見開き2ページで話題が完結しているので、読みやすいとも言えます。
より良い老後のために、何をどう考え、行動すればよいかというヒントを得たいのであれば、こういう本はお勧めですね。パラパラとめくってみて、気になったページだけを読むという読み方もあると思います。
古今東西の先人たちの言葉や生き様の紹介もあるので、知的な好奇心も満たせるでしょう。気になった人の書物などを読むきっかけにするのも良いかと思います。

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タグ:植西聰
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2023年01月06日

日本のこころの教育



白駒妃登美(しらこま・ひとみ)さんの動画を観ていたら、白駒さんが一番お勧めしたい本ということで本書が取り上げられていました。それで興味を覚えて買ってみました。

著者は境野勝悟(さかいの・かつのり)さんです。境野さんの本は、かつて雑誌「致知」を購読していたころ、何冊か読んだように記憶しています。ここ10年以上はまったく読んでいませんでした。
本書はその致知出版社から刊行されたものですが、花巻東高校で全校生徒700人に対して行った講演の講演録となっています。また、その生徒たちから寄せられた感想文の抜萃も、終わりに付けられています。

講演録ですから読みやすく、2時間もあれば読めてしまいます。しかしその内容は深く、多くの生徒たちが感動したように、私も感動しながら本書を読みました。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

「日本」という字を見ればわかります。わたくしたちの命の元が太陽だと知って、太陽さんのめぐみに感謝をして、太陽さんのように丸く、明るく、元気に、豊かに生きる。これが日本人だったのです。」(p.34)

日本人とは何か? そう問われた時に答えに窮してしまう。ほとんどの人はそうでしょう。それに対して境野さんは、太陽のように生きるのが日本人だと明快に答えられます。

主義が違っていてもいい。思想が違ってもいい。それぞれが持っている才能が違ってもいい。記憶力の優れている人、創造力の豊かな人、ものごとに積極性のある人、社会性のある人。一人でコツコツやるのが得意な人。運動能力のある人。手作業のうまい人。話し方のうまい人。料理が達者な人……。それぞれの個人の才能を尊びあって生きる。ピンセットでつまんで、この才能だけがいいとか、この個性だけがいいとかというようなことはしなかった。みんなが、それぞれの特質や個性を活かして生きる。みんなで、明るく、楽しく、おたがいの才能を認めあって、おたがいの主義や主張をよく理解しあって、この共通の太陽の生命を喜びあって仲よく生きていこう……これが、わたくしたち日本人の生き方の原型だったのですね。」(p.35-36)

競争で優劣を定め、劣った人を排除するような社会は、本来の日本人の生き方ではないのだと境野さんは言います。


いくら太陽があっても、日本の大地・自然というものがないと、わたくしたちは生きてはいけないんです。空気も、山も水も田んぼも含め、日本の大自然がないと、いくら太陽があってもわたくしたちは生きていけない。それで、命の原因の二番目にわたくしたちの先祖は日本の自然を大事にしたんです。日本の大地・自然というものがあるから、わたくしたちは日本人としてここに生きていられるんですね。」(p.46)

日本人として生きることができる原因として、1番は太陽ということでしたが、2番は日本の自然、つまり国土だと境野さんは言います。
このことから、これが日本の国土ですよという印として国旗というものがあり、日本の国旗が日の丸に定められた経緯などが語られます。


それから話題は国歌「君が代」の話になります。
「君が代」といううたは、1228年に書き写された「和漢朗詠集(わかんろうえいしゅう)」という歌集に出ています。初代本は1013年で、藤原公任(きんとう)によって選ばれた歌だとか。
けれどもそれには元歌があって、905年に編纂された「古今和歌集」に載っているそうです。つまり、約1100年前には詠み人知らずの歌として存在していて、それが今のような歌に変わったのが800年くらい前だったということです。

古今和歌集」の原歌(もとうた)では、「君が代」が「わがきみ」となっていることに、注目してください。「わがきみ」とは、昔は、女性が尊敬したり、愛したりした男性に対して用いたことばです。すると、このうたは「読み人知らず」でだれが詠んだかは、まったくわかりません。が、平安時代(八百年ごろつくられたと考えられています)のある女性が、敬愛する自分の男性に送った「恋のうた」であったことがわかります。」(p.82)

わたくしたちの国歌「君が代」の原歌(もとうた)は、平安時代の女性の、愛する男性への恋のうただった。素敵なことだと、思いませんか。軍国主義のうただなんて、どこで、どう間違えてしまったのでしょうか。とても悲しくなります。」(p.83)

このことは、白駒さんの「ちよにやちよに」にも同様の解説がされていましたね。

世界のいろいろな分野での世界一の記録集、イギリスの「ギネス・ブック」を知っていますね。そこに、日本の「君が代」が、世界でもっとも古い国歌である、(The oldest national anthem)と書いてあります。」(p.85)

ギネスに認定されているとは知りませんでした。


かつて来日したブルーノ・タウトさんが、こんなことをいっています。
「日本人は礼儀正しく勤労意欲が盛んで勉強もよくする。しかし、あまりにも自分の国について知らなすぎる」
 と。
」(p.88-89)

わたくしたちは向こうからいいものをたくさんもらった。しかし向こうの人も、日本について勉強したいことがたくさんあるんです。日本について聞きたいことがたくさんある。なのに、日本人自身が日本の文化や伝統を知らない。これじゃあ、日本人って自分の国のことを知らない。教養がないなあって、他国の人に軽蔑されるのも当然ですね。「日本人って何ですか」。こんな基本的な問いにも答えられないんですから……。教養人とは、自国の文化や芸術や伝統をよく理解し、その一つか二つをしっかりと身に付けている人のことをいうのですよ。」(p.90)

これはよく指摘されることですね。諸外国の人と対等に話し合うには、まずは自分のアイデンティティを確立することであり、祖国のことをよく知って、愛する想いがなければならないのです。


今日になって国民みんなががんばって、やっと朝昼晩三食、栄養のあるおいしい食事がとれるようになった。やっと着るものも自由に着られるようになった。やっと個人の家が建てられるようになった。こんなにも、恵みの多い国、こんなにも平和で美しい国土・自然に対して、もし、きみたちが感謝できないとしたら、不幸なのは諸君ですよ。
 感謝するのは、他人の問題じゃないんだね。ああ、ありがたかった、ああ、自分でよかったと、自分が自分自身でそう思ったときに初めて、それじゃ自分は何をしたらいいか、どういう夢を持ったらいいかがわかるんだよ。自分自身の在り方に感動し、感謝するということは、何のことはない、きみたち自身の人生にとってすばらしいことなんだ。
」(p.92-93)

頑張って来られた祖先の方々がおられたから、今の日本がある。そう考えれば、感謝の想いしか湧いてきません。
つまり感謝するとは、そう考えるかどうかということなのです。そして感謝することによって、それが自分の原動力となり、自分を輝かせることになるのですね。

幸福とは何ですか。何のことはない、感謝して生きることができる人間が幸福だったんです。いくら金があったって、いくら物があったって、いくら地位があったって、ちっとも感謝できない人は、幸福になることはできない。逆に物質的にいくら不自由をしても、ありがとうという感謝の気持ちがあれば、けっこう幸福になるものなんですよ、楽しくなるものなんですよ。そういう気持ちもすごく大事だと思うんだな。感謝したところで、太陽さんは別に喜びやしませんよ。感謝して得するのは、実は君ひとりであるということを、どうか忘れないでほしいんです。」(p.94-95)

太陽の恩恵を感謝しても、太陽から見返りがあるわけじゃありません。感謝することによって、感謝した人自身が幸せになれるんです。

自分の人生を充実させていくのは、親でもないし、先生でもないし、環境でもないように思います。きみたち自身が感謝する心を持てるかどうかだと思うのです。感謝する大自然を持つためには、自分で考えて発見しなきゃだめ。それは、人が教えてくれるものではない。自分でありがたいと思うものを、大自然の中に発見していくことなんです。
 このみんなの共通の生命、みんなの共通の恵みに対して、感謝の心を育てることが、実はわたくしたちの民族の「心の教育」だったんです。
」(p.96-97)

太陽だけでなく、国土の自然の様々なものに対して感謝を捧げた。それが日本人です。その思いが、八百万の神々を生み出しました。「疫病神」や「貧乏神」など、一見すると悪いと思えることにも神を見いだした。その神様を大切にしたのが日本人なのですね。


いくら太陽があっても、いくら自然があっても、わたくしたちは生きられないのです。わたくしたちの生命の原因の三番目は、父母なんです。この「父母」とは、お父さん、お母さんだけを意味するのではありません。そのお父さんのお母さん、そのまた先のお父さんのお母さん、ずーっと……。つまり民族ですね。わたくしたち日本の民族、長い間の父母です。そういう人たちがいたから、わたくしたちはいま生きている。それで三番目に、「父母の恩」と言って父母の恵みを大切にしたんです。」(p.98-99)

この後、なぜ母を「おかあさん」と呼び、父を「おとうさん」と呼ぶかという語源の話があります。
よく知られていることとは思いますが、「か」や「かっ」「かあ」は太陽を表すから、「お・かあ・さん」とは「太陽さん」ということですね。うちの「かみさん」とも言いますが、「かみ」とは「日身」であり、太陽の化身、つまり「神」なのです。
ついでに「おとうさん」も「お・とう・さん」であり、「とう」とは「尊い」ということです。つまり、「尊い方」という意味で「おとうさん」なのです。

また、小林多喜二氏のお母さんのエピソードも載っていましたが、これには泣けて仕方ありませんでした。
「蟹工船」を書いたことで逮捕留置された多喜二氏は、獄中で身体が弱っていきます。面会など許されない時代でしたが、北海道の小樽で暮らすお母さんの元に、5分でよければ3日後に面会させるから来い、という通知が届きます。お母さんはお金を借りて集め、列車に乗りますが、雪で立ち往生することがありました。それで1つ先の駅に列車が停まっているなら、それに乗り換えようと歩いて行く。必死で約束の日時に間に合わせようとしたのです。
やっと面会が叶っても、顔を見ては伏せて泣き崩れる。会話になりません。看守に促されてやっと言ったのは、「おまえの書いたものは一つも間違っておらんぞーッ。」(p.117)という絞り出したような言葉でした。
面会はそれで終わり。お母さんはまた雪の小樽に戻っていくのです。

多喜二氏は、一度は釈放されるものの、すぐにまた逮捕され、死刑を待たずに獄中で死んだそうです。その最後の言葉を、境野さんは語っています。

遺憾ながら私は地獄へは落ちません。なぜならば、母が、おまえの書いた小説は一つも間違っていないと、私を信じてくれた。むかしから母親に信じてもらった人間は必ず天国へ行くという言い伝えがあります。母は私の太陽です。その母が、この私を信じてくれました。だから、私は、必ず、天国へ行きます」
 ときどき息を絶えながら、最後の力をふりしぼり、そう言い切って、彼は、にっこり笑って、この世を去ったというのです。
 多喜二のお母さんは、漢字が一つも読めないんですよ。片仮名がほんの少ししか書けなかった。だから、息子の書いた難しい小説は一行も読んでいないのです。にもかかわらず、「おまえの書いたものは間違っていない。お母さんはおまえを信じておる」と声を張り上げて言ったそうです。
」(p.118-119)

野口嘉則(のぐち・よしのり)さんの本に、「僕を支えた母の言葉」というのがあります。これにも、息子のことを信頼する母の姿が描かれていました。
母親は、子どものことをただ「それでいい」「あなたでいい」と受け止める、信頼する。それが何よりも大切なことなんだなぁと思います。
そしてそれは母親だけの役割ではなく、私たち人としての生き方、在り方につながるのではないでしょうか。私はそう思うのです。


そして、私たちが日常的に使って挨拶言葉についてです。「こんにちは」「さようなら」と言いますが、その意味は何でしょう?
多くの人が、その意味を知らずに使っています。ある意味で「どうも」も同じですね。関西の「おおきに」もそうです。それだけでは意味をなさない言葉ですが、それに続く言葉が隠されており、それを含んだ意味を持っているのです。

昔は、どの地方でも太陽のことを「今日様」と呼んだのですから、
「今日は」
 という挨拶は、
「やあ、太陽さん」
 という呼びかけであったのです。
「元気ですか」の元気とは、元(もと)の気(エネルギー)という意味ですから、太陽の気(エネルギー)をさすことになります。つまり、「今日は、元気ですか」とは、あなたは太陽のエネルギーが原因で生きている身体だということをよく知って、太陽さんと一緒にあかるく生きていますか、という確認の挨拶だったのです。
」(p.122)

「さようなら(ば)、ご機嫌よう」
 となります。
「機嫌」とは、「気分」とか、「気持ち」という意味です。したがって、
「さようなら、ごきげんよう」の意味は、
「太陽さんと一緒に生活しているならば、ご気分がよろしいでしょう」
 となります。
」(p.123)

日本語の挨拶にも、太陽の存在が表れています。日本人は、常に太陽とともに生きてきたのですね。


この講演を聞いた700人の生徒から、感想文が届いたそうです。境野さんはそれをすべて読んで感動し、本書の刊行が持ち上がった時、その感想文を含めたいと思われたそうです。
以下は、その感想文からの引用になります。

外国の人が自分の国を自慢しているのをよくテレビで見かけますが、日本人は日本の国をけなしてばかりで、日本の国に自信を持っている人を見たことがありません。境野勝悟さんが言った日本の心の話で、日本人として自分に自信が持てるようになりました。」(p.139)

日本といえば、すぐ、ここが悪い、ここがいけない、などの悪い意見しか今まで耳にしなかったが、なぜ大人たちは、この美しい思想を持った日本人の良い面を提示しないのだろうかと感じた。」(p.142)

自虐史観という言葉がありますが、戦後の日本はGHQの日本精神骨抜き戦略によって、精神的にズタボロにされた感があります。今の私たちにできることは、そういう自虐的な見方を排して、日本の素晴らしさを再発見し、その情報を共有していくことではないかと思います。

極端に否定的な目で日本をみながら教育していると、日本の子どもたちの将来に、光が射してこない。」(p.171)

境野さんもこのように言っています。


私もそうですが、私たちは日本のこと、日本人のことを、もっともっと学ばなければいけないなぁと思います。
もちろんその中では、悪かったと感じることはあるでしょう。しかし、だからと言って罪悪感を感じて前に進めなくなってはダメなのだと思います。
反省すべきことは反省して、前を向くことが大事です。そのためにも、虚心坦懐に多くの人の考えを聞いて、日本についての知見を深めていくことが大切だと思います。

そのための第一歩として、この本は役立つのではないでしょうか。高校生へ向けた講演であり、難しい話はひとつもありません。この本の内容に触発されて、日本人としての自信を深めるなら、何よりだと思うのです。

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タグ:境野勝悟
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2023年01月01日

「働いたら負け」って決めたら”金運レベル99”になったけどなにか?



友だちの「ぱっさん」こと木場秀俊(きば・ひでとし)さんの2冊目の本が出版されると知って、予約して買いました。
ちなみに1冊目は「あきらめの「幸福論」」で、昨年の9月にすでに紹介しています。

本書は、今は宮古島で悠々自適な生活をしているぱっさんが、自分がそうなれた理由を論理的に解説しつつ、誰にでも同じことができるんだよと伝える内容になっています。
私は、ぱっさんがまだブレイクする以前から存じ上げているのですが、あれよあれよと言う間に、お金をどんどん稼ぐ人になっていきましたね。そういうことを思い出しながら、ぱっさんの秘密は何だったのかを考えながら読みました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

おっしゃるとおり、私よりお金を持っている方はいくらでもいるでしょう。
 でも、私ほど自然体に生きていて、お金を引き寄せている人はなかなかいないと思います。
 魚が水を意識せず泳げるように、鳥が羽を意識せず飛べるように、私はお金を意識せず稼ぐことができます。
 その理由は大きく分けて2つ、「マインド」と「方法」です。
」(p.5)

お金を意識せずに稼げるようになったポイントは、マインドと方法だとぱっさんは言います。

特に、昔の私のようにお金で困った経験を持っている人ほど、がんばりすぎてドツボにはまります。」(p.6)

マインドで重要なのは、「頑張って働かないとお金は稼げない」というマインドを変えていくことですね。

逆にいえば、催眠の力はそれくらい強烈であり、私たちのマインドを思うままに変容させることができるのです。」(p.7)

2つ目のポイントの「方法」とは、「催眠」だとぱっさんは言います。催眠を使って自分のマインドを変えることが、意識せずにお金を稼げるようになるポイントなのですね。

お金の問題だって、もちろん催眠で解決できます。
 むしろ私の経験上、お金に関する困りごとや、「お金持ちになりたい!」という願いに関しては、催眠を使うのが一番効果的といえます。
」(p.8-9)

霊視や占いだけでなくカウンセリングもしていたぱっさんは、多くの人の相談を受けて、催眠が効果的だと思われるようになったそうです。

そして本書の最後には、本書限定の観るだけ、聞くだけで金運レベルがアップするヒーリング動画へのリンクを設けました。本書で学んだこととあわせて視聴すれば、強力な武器になるでしょう。」(p.10)

催眠と言っても、自分でそんなことができるのかと疑問に感じるかもしれませんね。自分でできるようになるための懇切丁寧な説明もありますが、ぱっさんの動画を視聴するというのが手っ取り早いのかもしれません。


ただし、ここで残念なお知らせです。
 お金が欲しいと思っているうちは、いつまでたっても大金は入ってきません。
」(p.21)

「お金というのは、自分のマインドとイコールである」
 このようにとらえられるようになればいいんです。
 すると、お金に対する見方が変わり、その結果、大金を手にすることができるようになります。
 お金に愛されるマインドになるというわけです。
」(p.21)

お金を稼ぐための具体的な方法を探しているうちは、おそらくまだお金に執着しているのでしょうね。その執着心の表れが「お金が欲しい!」という思考なのです。
「お金が欲しい!」という思考は、「お金が欲しい!」という現実を引き寄せますからね。つまり、「まだお金が足りない」という現実です。
逆に、「もう十分にお金がある」「とっても豊かだ」というマインドは、お金を引き寄せるのです。


別の言い方をすると、「こうなれない自分を知っている」ともいえるでしょう。
 ようするに、本人は意識の深い部分で、自分はそのようになれないとわかっているからこそ、「なりたい」という意識が生まれるということ。
」(p.27)

「なりたい」という思いは、「なれない」という信念が生み出している思考とも言えますね。そしてその信念が現実を引き寄せます。


心が「ある」という状態だと、「ない」を埋めるための仕事ではなくて、「ある」状態から仕事をするようになるので、お金が楽に入ってくるし、ちゃんと稼げるようにもなります。
 たとえば、単価を3割増しにする交渉だってできるようになります。
「別の仕事に変えたって問題ないし、なくなってもかまわない仕事だ」
 と思っていれば、単価アップの要望はためらいなく伝えられるもの。
」(p.31)

「こんなにやっているのだから、お金という名のご褒美が欲しい」
 これこそ、お金のない人や、お金から愛されていない人の思考癖です。
「ご褒美はいらない」
「この仕事がなくなってもかまわない」
 こんなふうに思える人のほうが、じつはお金に愛されているのです。
」(p.33)

雇用手や顧客に対して、何の懸念もなく単価アップを要求できるかどうか。それによって自分の信念がどうであるかがわかりますね。


「これだけのお金をください」
 あなたは、誰に対しても、どの場面でも、このように堂々とギャラの交渉ができますか?
 なんのためらいもなく交渉ができるのであれば、おそらくお金に困ることもなく、すでにお金に愛されているはずです。
」(p.50)

これは、自分に対する「自信」がないとできませんよね。多くの人の場合、まず自信がないから、それを埋めたくて他人からの評価を求めています。


ですが、そのような人は、見返りやご褒美を求めているわけではありません。
 親切にしたいから、そうしているだけなんです。
 なので、業務外のことをしてお金をもらえなくても、文句も言わないし、お金を求めたりもしません。
」(p.56)

ぱっさんは、いろいろな国を旅行してみて、その国の人々の思考や、その背後にある信念に触れた経験があるそうです。
アメリカでは、決められたサービスしかしないというのが一般的ですが、中には日本人のようなホスピタリティのある人もいたとか。でもそういう人は、見返りを求めていたのではなく、ただそうしたいからしていたのですね。

ここが、日本人との大きな違いだと思います。日本人は、そうしなければならないという同調圧力によって、そうしていることがほとんどだと感じるからです。

「今、君と一緒にフェスに行くことが大事! 君といて楽しいし、フェスはその日しかない。音楽を楽しみたい衝動は、明日あるかわからないんだから」
 このマインドが彼らの幸せであり、けっしてお金が基準ではないように感じました。
 彼らにとっては、楽しそうなことや興味があるもの、行きたい場所があることこそが人生の幸せなのです。
「まずはお金を稼いでから……」というマインドはありません。
 ですので、「お金は、持っている人からもらえばいい」というマインドが自然とできあがります。
」(p.61-62)

これは南米の国で、お金がないのにフェスに行きたくて、臆面もなく「お金をちょうだい」と言う人がいたことから、ぱっさんが感じたことです。

こういう文化の違いは、海外へ行くとよくわかりますね。私もタイで暮らして、そういう文化の違いに驚かされましたが、そのお陰で「こんな考え方でもOKなんだ」と気づき、より自由になれたように思います。


たとえば、あなたがミネラルウォーターやサプリの広告を見て、
「これは健康に効果があるから、飲んだほうがいいんだろうな」
 と思って、購入したとします。
 それ自体、あなた以外の外側からの情報です。
 そして、それに反応して購入したということは、
「健康のケアをしないといけない」
 という観念が、あなたの中に根付いているということ。
 ケアをしなきゃと思ったということは、自分をまだ十分には大事にできていないことの裏返しです。
 すると、ここで「不足感」が生まれてしまいます。
」(p.66-67)

私たちのネガティブな信念は、こうやって外部からの情報によって作られるという話ですね。
健康に効果があると言われ、それを信じて買うという行動を起こせば、内部にある「健康という状態にはまだ不十分だ(不足がある)」という信念を強化することになるのです。

では、その不足感や承認欲求を肥大させないようにするには、どうしたらいいのでしょうか?
 それは、自分の内側と向き合うこと、です。
」(p.69)

お勧めしている「神との対話」でも、自分の内側に入っていくことの重要性が語られています。
ぱっさんは、自分の内側と向き合うために、スピリチュアルが助けになると言います。守護霊の言葉、自分の直観など、受け取るメッセージによって、自分の内側と向き合うきっかけになるからだと。


後半は、ここまでのマインドの説明から離れて、実際に自分のマインドを変える実践を紹介しています。
まず最初は、自分のマインドを知るためのワークです。12の質問に答えていくことで、それがわかるようになっています。

そして、よくマインドブロックと呼ばれるように、どうしても変えられない否定的なマインドと向き合う必要が出てきます。ぱっさんは、その否定的なマインドをトラウマと言っていますね。
そんな変えがたいトラウマであっても、必ず変えられるとぱっさんは言います。

結論からいうと、環境が変わるまでは、ブロックのヒーリングを続けてください。
 ようするに、きちんと成功体験を得るまで、です。
」(p.128)

ブロックのヒーリングについては、詳しいことは本書をお読みくださいね。これを続けていれば、必ず成功体験をすることができると言うのですね。


ぱっさん自身、親からブロックをもらっていて、お金に困っていたと言います。けれども、じっくり時間をかけて信念・価値観を変えていくことで、マインドを変えることができたと言っています。

たとえば、母親から「あなたは何をしても無駄よ」と言われたことが原因でいつも自信がなく、それゆえにマインドが書き換えられないとしましょう。
 そのブロックを解消するには、どうすればいいのか。
 母親ができなかったことをするだけでいいんです。

 例を挙げるなら、母親ができなかった縄跳びを跳べるようになったり、母親が苦手だったメイクをしたり、何でもかまいません。
 そうするだけで、
「私は母親と違う人間なんだ」
 と納得でき、ようやく自分と向き合う準備が整うのです。
」(p.166-167)

もし自分に課題があると気づいたら、簡単にマインドを変えられることから取り組んでみましょう。」(p.167)

課題を乗り越えるのは、筋トレと一緒です。」(p.167)

いきなり100kgのバーベルを持ち上げるのは無理でも、毎日少しずつトレーニングを重ね、徐々に重いバーベルに挑戦していけば、いつかは100kgだって持ち上げられるでしょう。
自分のマインドを変えるということへの挑戦も、同じことなのですね。私はこれを、小さなバンジーを飛び続けると言っています。


イメージとはスピリチュアルの根幹です。
 内側のエネルギーそのものです。
 私はそのエネルギーが地球も、またこの宇宙そのものも動かしているのだろうなと思っています。
 私に降り注ぐあきらめなかった夢こそが、この世界の神からのメッセージでありスピリチュアルそのものだと思うのです。
」(p.196)

ぱっさんの動画でありましたが、「世界」というのは「内側」と「外側」の2つしかなく、「内側の世界」が「スピリチュアル」だと言われていました。なるほど、そういう言い方もあるなと思いました。
ぱっさんは、内側を整えることによって、自然と外側が整ったのだろうと思います。

しかし、動画の中でも言われていましたが、内側が癒やされたとしても、外側が変わらないということはあります。ただ、それでも本人は満足していて、何も問題視しなくなるはずです。状況が同じでも、本人が問題と感じてないのであれば、外側の世界でも癒やされている、ということになりますよね。


ワークや具体的な方法については、引用を省きました。そこはぜひ本書をお読みください。
私は、特に前半部に書かれたぱっさんのスピリチュアル的な考え方について、非常に共感するものがあります。
たとえそのアプローチは違ってはいても、同じ方向を見ているなと思うのです。それが端的に現れているのが、「脅さない」「不安を煽らない」という姿勢です。
有名なスピリチュアリストや心理カウンセラーやスピリチュアル的な本をたくさん出版している著者であっても、不安を煽っていたなら私は共感できません。賛同できません。その人のスピリチュアル的なレベルを疑います。
これが、私のスピリチュアルに関する根幹的な考え方です。だって、そうでなければ理屈に合わないのですから。

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タグ:木場秀俊
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2022年12月29日

病気がイヤなら、これを食べなさい



これも本の要約をしているYoutube動画を観て、興味を持って買った本になります。
これまでにも、健康のために何を食べればよいのか、何を食べてはいけないのかという、食に関する本を数多く読んできました。なので、この本の内容そのものには、特段目立った新情報があったわけではありません。
ただ、本書の特徴は、市販されている商品を具体的に示している点にあります。自分が実際に行動に移そうとした時、何を買えばよいのか考えた時、参考になると思います。

著者はフリーの科学ジャーナリストの渡辺雄二(わたなべ・ゆうじ)さんです。医者かと思っていましたが、そうではなかったようですね。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

その答えは、「まず血液の流れを正常に保つこと」です。人間の体はさまざまな臓器や組織によって成り立っていますが、それらの細胞が活動できるのは、常に血液が酸素と栄養素をせっせと運んでいるからです。」(p.2-3)

冒頭で、重い病気になりたくないと思うなら、まずは血液の流れを良くすることを考えよと言います。
こういう言い切っているところから、医師だろうと思い込んでいたんですね。

そのためには、まず血管を丈夫でしなやかな状態に保つことです。」(p.4)

血管を構成する繊維質は、主にコラーゲンというたんぱく質でできています。したがって、体内でこのコラーゲンが十分に生成されれば、血管は丈夫になります。
 その方法として、私が長年実践し、みなさんにオススメしたいのが、ゼラチンパウダーを摂ることです。
」(p.4)

血液の流れを良くするには、丈夫でしなやかな血管を作ること。そして、その材料になるコラーゲンを摂取することが重要だと言われます。
この時点で疑問を感じますが、それについては後ほど。


それは緑茶を積極的に飲むことです。これによって、体内の中性脂肪や悪玉コレステロールが減って、血栓ができにくくなります。その結果、脳梗塞や心筋梗塞になりにくくなると考えられます。」(p.5)

血管に関わる重篤な病気として、動脈に血栓ができる心筋梗塞や脳梗塞があります。この予防のために、緑茶を常用することを勧めておられます。


その腸をよい状態に保つ方法として私が長年実践しているのが、プレーンヨーグルトを積極的に食べることです。これによって腸内環境がよくなって、便秘や下痢などの不調を改善することができます。
 さらに、最近になって腸は体の免疫と深い関係があることがわかってきています。ですから、腸内環境を整えて免疫を高めることができれば、全世界で脅威となっている新型コロナウイルスの感染を防止できる可能性もあるのです。
」(p.5)

日本人に多い大腸がんの予防のために、また摂取した食品の栄養を効果的に取り込むためにも、腸の状態を良くしておくことが重要だとして、プレーンヨーグルトを勧めておられます。


ところで私は、今66歳(1954年9月生まれ)ですが、もう20年以上病院のお世話になったことがありません。」(p.6)

私とは7歳違うようですね。私も、ここ10年近くは病院のお世話になっていないと思います。これについて、本書を読んで共感する部分がありましたが、これもまたのちほど紹介しましょう。


本書ではこのように、まずはゼラチン、緑茶、プレーンヨーグルト、ココアの商品を具体的に示しながら、その効能について書かれています。
まずはゼラチン、つまりコラーゲンに関してです。

たんぱく質は体の基本物質といえますが、実はそのたんぱく質のうち約30%がコラーゲンなのです。コラーゲンは、皮膚、血管、軟骨、骨、歯、目、腱、内蔵など全身に分布していて、体にとって不可欠なものです。」(p.50-51)

このコラーゲンの生成にはビタミンCが必要なのです。
 仮にビタミンCが不足して、コラーゲンが十分に作られなかったとします。すると、皮膚や血管、軟骨などへのコラーゲンの供給が減ってしまい、それらの組織に障害が現れることになります。その障害がまず現れるのが、細くてもろい毛細血管なのです。
」(p.51)

身体を構成するたんぱく質の中でもコラーゲンが重要であり、身体はそのコラーゲンを日々生成していますが、そのためにビタミンCが必要だということです。
壊血病がビタミンC不足で起こることはよく知られていますが、それはコラーゲンの生成が妨げられるからなのですね。

調べてみると、プロリンというアミノ酸からヒドロキシプロリンを生成する酵素を働かせるためにビタミンCが必要なようですね。ヒドロキシプロリンが減ると、コラーゲンの安定度が低下してしまうそうです。また、ヒドロキシプロリンを経口摂取しても、消化されたりするので効果はないとのこと。やはりたんぱく質とビタミンCの摂取が必要なようです。

コラーゲンを構成するアミノ酸、すなわちグリシン、プロリン、ヒドロキシプロリン、アラニンですが、これらはどれも必須アミノ酸ではありません。ということは、これらは私たちの体でも作られているのです。ただし、食事によってこれらを積極的に補給してあげたほうが、コラーゲンの原料がより豊富となって、それが盛んに作られるようになると考えられます。」(p.60)

これが渡辺さんのコラーゲンを摂取することが有効だとする根拠ですが、ちょっと希薄な根拠だなぁと感じます。
体内で生成されるコラーゲンの元は4種のアミノ酸であり、たんぱく質はアミノ酸にまで分解されてから吸収され、代謝されます。そうであれば、摂取するのはコラーゲンと言うよりも、十分な量のたんぱく質(アミノ酸)であるべきではないでしょうか?
そして、それと同等に重要なのは、ビタミンCの摂取になるかと思うのです。

「では、コラーゲンを摂るためには何を食べればいいのか?」ということなのですが、コラーゲンは、動物の体に含まれるたんぱく質であり、とくに牛すじ、鶏軟骨、鶏もも肉、鶏皮、豚レバー、豚スペアリブ、ハモの皮、ウナギ、サケの皮などに多く含まれています。これらを意識して多く食べるようにすればコラーゲンを摂取できるのですが、実際にはなかなか大変です。そこで、容易に摂取できる食品として私がオススメしたいのが、「ゼラチンパウダー」なのです。」(p.61)

動物や魚のコラーゲンに熱を加えて作ったものがゼラチン。煮こごりのように、プルプルしたものですね。それを乾燥させて粉末にしたのがゼラチンパウダーとのことです。
ゼラチンにもコラーゲンと同じ4種類のアミノ酸が含まれており、コラーゲンと同等だと渡辺さんは言います。そして渡辺さんはこのゼラチンを、15年以上毎日摂取していて、さまざまなメリットを実感しておられるそうです。

ゼラチンパウダーを摂るようになってからほんの数週間で、膝の痛みをあまり感じなくなったのです。」(p.64-65)

膝の痛みがきっかけで、ゼラチンを摂取するようになったのだそうです。そこで効果があったから、食べ続けておられるようです。

前述のようにコラーゲンは、骨の土台となる骨基質の大部分を占めています。したがって、ゼラチンを摂取することでコラーゲンが生成されやすくなり、骨基質の造りがよくなったことで、骨の強度が増したり、骨密度が増えたりという結果になったと考えられます。」(p.70)

加齢によって骨粗鬆症になる問題がありますが、それにもゼラチンが効果があると考えられるようです。これはラットの実験ですが、ゼラチンを餌のカゼインに添加するかどうかの比較試験で、添加した方が大腿骨の強度が増したというものですね。
しかし、明確にゼラチンが人の骨粗鬆症改善に役立ったという研究結果はないようです。こんな簡単な研究をやらないはずがないのに、それが書かれていないということは、おそらくそういう結果は出ていないのでしょう。

1日に摂っていいコラーゲンの量は諸説ありますが、私は1日に約1g(小さじに2/3くらい)のゼラチンパウダーを摂取しています。毎日摂るなら、そのくらいがよいと思います。どんな栄養素でも、摂りすぎると弊害が現れることがあるので注意してください。」(p.85)

少な!というのが正直な感想です。だって、1日に必要とされるタンパク質量が約60gだとすると、わずか1/60以下にしかなりません。たったそれだけコラーゲンを摂取したからと言って、それで劇的な変化が起こるとは思えないのです。
もちろん、その摂取したコラーゲンが引き金となって、代謝に変化が生じる可能性までは否定しませんよ。何が起こっているかなんて、誰にも正確にはわからないのですから。

ただ、私の妻も美容のための高価なコラーゲン商品を買って飲んでいましたが、それならゼラチンでいいのではないかと思ってしまいました。膝痛の人も、高価なヒアルロン酸やコンドロイチンなどを買って飲んでいますが、それほど効かないという話もあります。ゼラチンで効果があるなら、もっと広まっているでしょう。

それに、やはり有効なのはコラーゲンを摂取することを考えるより、十分な量のたんぱく質(アミノ酸)とビタミンCを摂取することだと思うのです。
それを大前提として、ゼラチンを使ってたんぱく質を摂取するという考えも悪くないかなと思いました。


次は緑茶についてです。

茶葉には茶独特の成分が含まれています。テニアン、カテキン、フラボノイド、カフェインなどで、これらが複合的に働いてコレステロールや中性脂肪を低下させると考えられます。とくにポリフェノールの一種のカテキンの働きが大きいとされます。」(p.90)

それからというもの、意識して緑茶を1日に2〜3杯飲むようにし、それをずっと続けました。そして、いよいよ年に1回の特定健診の日(2011年12月6日)がやってきて検査を受けたところ、中性脂肪が85mg/dlに減っていたのです。これは紛れもない事実で、その数値が書かれた検査報告書は今も手元に持っています。
「緑茶以外にも、何か影響していたのでは?」と言う人もいるかもしれませんが、緑茶を飲むようにしたこと以外、食事は以前とほとんど変わりませんでしたし、運動も以前と同様にそれほど行っていませんでした。したがって、やはり緑茶の働きによって中性脂肪が減ったと考えられるのです。
」(p.93)

2010年の特定健診では202mg/dlも中性脂肪があったのに、それ以降、緑茶を飲み続けたら正常になったと渡辺さんは言います。それ以外のことは何もしていないのだから、緑茶の効果に間違いないと。

この本全体を通じて言えることですが、この効果って、著者自身の1例に過ぎないのです。本人は他に何もやっていないと言いますが、それが本当かどうかもわからない。単に忘れているだけかもしれませんから。つまり、厳密な実験ではないということです。
もちろん、だからと言って、効果がないと否定できるものでもありません。科学的には一定の効果が認められているのですから。しかし、それが万人に如実に効果として表れるものでないことも事実です。
ですから、要因は他にもあるかもしれない、ということを忘れてはならないと思うのです。つまり、何ごとも決めつけないことですね。

ところが、緑茶を意識して飲むようになって中性脂肪が減ってからは、熱いお風呂に入っても鼓動が激しくならず、また温泉にもふつうに入れるようになったのです。これはどう解釈すればよいのか難しいのですが(おそらくお医者さんに話しても信じてもらえないと思いますが)、多分血行がよくなることによって心臓に対する負担が少なくなって、それで暑いお風呂や温泉に入っても鼓動が激しくならなくなったのではないかと考えられます。」(p.94)

熱いお湯に入れるようになったとか、鼓動が激しくならなくなった、ということは事実なのでしょう。しかし、渡辺さん自身がおっしゃるように、その変化のメカニズムは不明です。


総コレステロールの基準値は150〜219mg/dlです(前出の特定健診「総合検査報告書」より)。つまり、この基準値を超えている220〜260mg/dlの人がもっとも死亡率が低く、基準値内に下がった180mg/dl未満の人のほうが死亡率が高く、がんになる人も多かったということです。」(p.100)

コレステロール低下剤を使った臨床試験の結果、それでもコレステロール値が高い人の方が死亡率が低くなったということですね。これは、コレステロールが減ったことで免疫力が下がったと推測されます。
血圧も同様ですが、身体がコレステロール値を高くしているのは、そうする必要があるからではないかと思います。つまり、自然治癒力の働きですね。しかし現代医学では、高血圧であることとか高コレステロール値であることそのものを病気と捉え、その数値を変えることにやっきになっています。そうやって無理に数値を変えることによって、かえって体の機能を阻害しているように思います。

病院で高血圧と診断されると、お医者さんは「これを飲みなさい」と言って降圧剤を処方しますが、抗コレステロール剤と同様に、できるだけ服用しないほうがよさそうです。」(p.103)

私も同感です。もっと自分の身体を信頼し、その声に耳を傾けながら、身体が喜ぶようなことをした方がよいように思います。


ですから、コラーゲンの新陳代謝がよくなって、常に新しいコラーゲンが生成されてそれが血管に供給されれば、血管は弾力性を保つことができると考えられます。そうなれば、高血圧は回避できる、あるいは回避できないまでも血圧の上昇の度合いを減らすことができると考えられます。」(p.108)

緑茶を飲んで中性脂肪を減らせば、血液がサラサラ状態になるので高血圧も解消されると渡辺さんは言います。また、高血圧の原因は他に、血管の弾力性が失われることもあって、それを解消するにはコラーゲンの代謝を促進することも有効だと。なので、高血圧への対処法としては、緑茶を飲むことも、前出のコラーゲンつまりゼラチンを摂取することも、効果があると言われるのですね。


次は3つ目のプレーンヨーグルトについてです。

この木クレオソートには大腸の蠕動(ぜんどう)運動を抑制し、また、腸内の細菌の活動を抑えるという働きがあります。そのため、下痢が止まるのです。
 しかし、それが体にとってよいことなのかというと、はなはだ疑問です。下痢をよく起こす人は、「お腹が弱い」と見られがちですが、一概にそうともいえません。なぜなら、下痢は体にとってよくないものが消化管に入り込んできた際に、それをいち早く体外に排泄してしまおうという働きでもあるからです。その意味では、体を有害なものから守る現象ともいえるのです。
」(p.119)

下痢になったら正露丸。私が子どもの頃、当然のように飲んでいましたが、その正露丸の主成分が木クレオソートだそうです。
正露丸よりも整腸剤、と言われる時期もありましたが、今では下痢止めも整腸剤も飲まなくなりました。自然が一番だと思うし、下痢そのものを病気とは考えなくなったからです。
レイキでは、下痢も嘔吐も身体の浄化作用だと考えます。つまり自然治癒力の働きです。その点、渡辺さんの考えにも賛同します。


なお、製品名の[R-1]とは、ブルガリア菌の一種のラクトバチルスブルガリカスOLL1073R-1(乳酸菌1073R-1)の最後の[R-1]をとったものです。明治によると、この菌は特定の多糖体を作り出すため、それが免疫力を高めて風邪やインフルエンザの感染を防ぐといいます。」(p.124)

ひと言でヨーグルトと言っても、その乳酸菌の種類によって働きも様々なようです。明治の[R-1]という商品のうわさは、私も聞いたことがあります。ブルガリア菌が優秀なようですが、その中でも特に優れているとうわさされていますね。
実際、明治も実験をしたようで、[R-1]を飲んだ人たちは風邪をひくリスクが明らかに低かったとか。しかし、薬として売ろうとしたわけでもないので、「強さひきだす乳酸菌」というキャッチコピーで、暗に免疫力を高めることを謳っているようです。

腸内の環境を整えるのに、発酵食品が良いという話はいろいろ知っています。水溶性食物繊維が良いとか、オリゴ糖が良いとか、いろいろありますね。なので、ヨーグルトももちろん良いと思います。
ただ、値段が高いのが玉に瑕。[R-1]も2020年3月から[R-1 プレーン]というのが発売されたそうですが、1個(336g)で408円(税込み)するそうです。渡辺さんは、ヨーグルトメーカーを使って、購入したヨーグルトから新たにヨーグルトを作って増殖させて食べているとか。たしかに、そうした方がコスパは良いでしょうねぇ。


次は4つ目のココアです。
カカオポリフェノールや食物繊維を摂取するなら、高カカオチョコレートよりも、カカオ粉末でもあるココア(カカオ脂肪を取り除いたもの)を飲むのが良いそうです。便秘の解消や、インフルエンザの感染防止にも役立つそうですよ。
私は、前に紹介した「医師が教える最強の間食術」の影響で、高カカオチョコレートを「チョコちょこ食べ」しています。


このあと、他のオススメ商品について話が続きます。
とりあげられているのは、ハチミツ、ニンニク、日本そば、漢方薬となっています。

これらについては、特に引用しません。気になる人は、ぜひ本書をお読みください。
いずれも健康に役立つであろうことは、容易に推測できるかと思います。薬やサプリよりも、自然な食品を継続的に摂取すること。これは私も重要だと思います。
最後の漢方薬は疑問もありますが、薬とも言えますが、自然のものですから、食品とも言えますからね。
ハチミツを舐めるのに、口に突っ込んで容器の口から直接舐めるという方法は、なかなかいいなと思いました。自分専用の容器にすれば、手間もムダもありませんからね。


それから何より重要なのは、「自分の体は自分でケアする」という意識を持つことです。誰かに頼ってはいけません。「他人に助けてもらおう」という甘い考えは捨てたほうがよいでしょう。「自分のことは自分で」という意識を持つか持たないかで、残りの人生がずいぶん変わってくるように思います。」(p.214-215)

「おわりに」に書かれたこの一文がたいへん秀逸だと思いました。この一文を読むだけでも、この本を買う価値があると思えるくらいです。
これまでにも言ったように、本書は科学的な情報を伝えるものと言うより、渡辺さんが自分自身で試してみて、自分に効果があった商品や方法をお勧めするという内容になっています。つまり、万人にとって正しいものではありませんし、そんな保障もしていません。

そこでこの一文になるのです。渡辺さんが実践してこられたことを参考にして、自分の頭で考えて、自分でやって、検証してみたらいいでしょう、ということです。
ですから、渡辺さんが言うことを鵜呑みにする必要はないし、むしろ鵜呑みにしてはいけません。それでは他人に頼ることになり、それは他人に助けてもらおうとする甘い考え方ですから。それではダメなのです。


いろいろな情報を元に自分なりに考えて、自分で実践していく。他人には効果があっても、自分には効かないかもしれませんし、その逆もありますからね。
だから、自分のやり方を他人に押し付ける必要もありません。単に自分はこれが良いと思ってこうしている、と伝えるだけでいいのです。

本書はまさに、そういう本だと思いました。そういう生き方を知って、自分の中に取り入れればいいのではないかと思います。

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タグ:渡辺雄二
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2022年12月24日

筋肉ががんを防ぐ。



これも本の要約をしているYoutube動画を観て、興味を抱いた本になります。
サブタイトルに「専門医式 1日2分の「貯筋習慣」 大腸がん 乳がん 対策」とあります。「専門医式」という言葉はちょっとどうかなという気もしますが、1日2分から始めて貯筋習慣を身につけることで、ガンの予防になり、健康的な身体が得られるという内容になります。

これまでにも、「2度のがんから私を救った いのちのスクワット」「ひざ・股関節の痛みは週1スクワットで治せる」など、健康のための筋トレ本をいくつか読んできました。
健康のためには食事、運動、睡眠が重要だということは、もう言われるまでもないことでしょう。しかし、それでもまだまだ知らないことがあり、より良い食事や運動や睡眠のための方法、知恵があると感じています。
なので、気になったらこうやって本を読んだりして、知識を得るようにしています。今回も、ふと出会った本ですが、読み進めてみると「これはいいなぁ!」と感じることが多々ありました。

著者は医師でヘルスコーチの石黒成治(いしぐろ・せいじ)さん。運動という重要ではあっても継続しづらいものを、どうやって継続させるのかという知恵が、たくさん詰まった本になっています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

男性でも女性でも、がんで手術をする人の腹筋は筋肉も筋膜も薄く、簡単に切ることができました。進行がんで栄養状態が悪い人だけではなく、早期がんの人でもおなかの筋肉が薄かったのです。」(p.2-3)

外科医の手術経験から、ガンと筋肉量に相関関係があると感じておられたようです。

がんは高血圧、糖尿病、脂質代謝異常症と同じく生活習慣病の一形態と見なされるようになり、その予防法は体の慢性炎症を抑えることであるという結論がでています。慢性炎症を抑えるためには、環境要因や生活習慣を変えることです。その結果、がんの90%は予防できるという見解になっています。」(p.4)

これはまったく知りませんでしたが、医学界の常識になっているのでしょうか?
石黒さんは、このことからも定期的な運動がガンを予防すると言われています。

40〜50代を中心に、これまで全く運動をやってこなかった人、どちらかというと運動が苦手な人を対象に、1日2分から始められる自宅でできるトレーニングの方法を伝えます。」(p.6)

運動習慣がガンを予防すると知っても、実践できる人は少ないと石黒さんは言われます。だから本書では、そういう人でも実践できて、運動を習慣化できる方法を示しておられるようです。


1960年代の男性喫煙率は80%を超えていますが、2018年は27%に低下しています。喫煙率は減っているのに肺がんは増え続けている。そもそも喫煙率の低い女性の肺がんが増えている。そのような状況にもかかわらず、禁煙を積極的に推し進めても肺がんが減少するとは思えません。本当の意味でがんを予防するための情報が国民に積極的にアナウンスされていないのです。」(p.19)

喫煙習慣がガンの発症率を高めると言われていますが、どうやら喫煙率との相関はないようですね。
こういう事実を知らずに、専門家の言うこと、政府の言うことを信じてしまっている。そういう現実がありますね。

免疫力が低下している状態を10年以上放置しない限り、「目に見える形のがん」になるまではなかなか進行しないわけですから、がんにならないこと(がんと診断されないこと)はそれほど難しいことではありません。」(p.21)

ガン細胞は毎日生まれていますが、それが免疫作用によって排除されています。したがって、医学的に「ガン」と認定される1cmほどの塊に肥大化する約10年間、免疫作用が抑制されなければ、ガンにはならないのですね。

筋トレすることで得られる効果は全身の慢性炎症の改善です。筋肉は動かせば動かすほど筋肉からミオカイン(myokine)と呼ばれるサイトカイン(細胞間の伝達物質)を放出します。このミオカインには炎症を抑える物質が含まれており、筋トレを繰り返すことで全身の炎症が改善していきます。」(p.23)

以前紹介したスロースクワットの本では「マイオカイン」と言っていましたが、本書では「ミオカイン」となっていますね。いろいろ言い方があるのでしょう。

がんは体の中の慢性炎症が持続することによって発生します(Immunity.2019)。全身の炎症が起これば筋肉はどんどん退縮していきます。僕がおなかの手術をした多くのがん患者さんの筋肉が萎縮していたのは、慢性炎症の結果だったのです。がんを予防するためには慢性炎症を改善することです。そのためにはまず、良い食習慣を形成することが重要です。しかしそれだけでは十分ではありません。筋トレをして筋肉自身から出る抗炎症物質を使って全身の炎症を改善することも併せて必要です。」(p.23-24)

慢性炎症には、やはりまずは食事を見直すことですね。その上での筋トレです。

あらゆる原因での死亡に関しては、筋トレでも有酸素運動でも死亡率の低下を認めました。しかしがんによる死亡率だけを検討したところ、筋トレのみの群、筋トレ+有酸素運動の群は、がん死亡率の有意な低下を認めましたが、有酸素運動のみの人はがん死亡リスクの低下は認められませんでした(Am J Epidemiol.2018)。」(p.24)

運動が健康に良いことは確かですが、有酸素運動と筋トレ、つまり遅筋と速筋のどちらを鍛えるかによって、効果に違いがあるようです。

リンパ管はリンパ球、樹状細胞などの免疫細胞や抗体などの免疫因子を運ぶ役割があります(Cell Mol Life Sci.2013)。リンパ管の途中途中にはリンパ節と呼ばれる結節状の組織が存在します。リンパ節は免疫細胞の貯蔵庫として働きます。
 血管とリンパ管の最大の違いは、血管は心臓がポンプとして血液を送り出すのに対して、リンパ管にはポンプにあたるものが存在しないことです。静脈と同じく逆流防止の弁はついていますが、そのリンパ液をリンパ管の中を流すためには外力が必要です。呼吸の動きや皮膚の緊張、動脈の拍動、姿勢の変化などでもリンパ液は移動しますが、最大の外力は筋肉を動かすことです(Physiol Rev.1990)。リンパは平均分速20ml程度で流れていますが、運動時にはこの速度が10倍以上になります。
」(p.25)

免疫を効果的に働かせるためには、リンパ液の循環を良くすることが大事ですが、そのためにも運動が良いようですね。


絶食時間が経過するにつれて成長ホルモンの分泌量は亢進(こうしん)していきますので、空腹であればあるほど成長ホルモンの分泌が刺激されやすい状態と言えます。そのため、いつ筋トレをするのがいいのか?という疑問に対しては、1日の最初に食事をとる直前に行うのが最も効率的だ、と言えます。そのため多くの方にとっては朝行うことが成長ホルモン分泌刺激の効果が一番良い時間帯となります。」(p.32)

運動は習慣化しなくては意味がありませんが、では1日のうちのいつやるのがいいかと言うと、成長ホルモンの分泌の観点からは、朝食前が良いということですね。
それとともに、朝起きてすぐというのは、比較的に予定が立てやすい時間帯とも言えます。私も今、朝起きてから間もない時間帯に運動をやっています。

健康のために行うトレーニングはあくまでも継続することが一番の目的です。そのためには毎日できるようなトレーニングを行う必要があります。自宅での自分の体重のみでのトレーニング(1回11分)を週3回行うだけで身体能力は向上します(Int J Exerc Sci.2021)。逆に毎日行うには、翌日に疲れを残さないように気をつけなくてはいけません。」(p.33)

筋トレは、高荷重の運動ですが、筋肉量を増やすには筋肉を休ませる時間が必要です。ボディービルのような目的だと、トレーニング後2〜3日は休ませないといけません。筋トレをする場合は、こういうことも考えないといけませんね。


ここから、日本人に多い大腸がん、乳がんについて取り上げ、その対処法としての筋トレを解説しています。まずは大腸がんから。

大腸がんの大部分はポリープから発生しますが、大腸ポリープを引き起こす原因は大腸粘膜の慢性炎症です(Int J Mol Sci.2020)。腸の中の炎症を引き起こす原因には、食事、環境要因、運動不足、ストレス、毒素など様々なものがあり、原因を1つに絞ることはできませんが、最もわかりやすい腸の中に炎症を起こす状態といえば便秘です。」(p.40)

大腸がんの予防には、まずは便秘を改善することですね。
便秘の改善には食事なども重要です。本書では、排便に役立つ筋肉を鍛えることも重要だとして、いくつかの筋トレメニューが紹介されています。


次は乳がんです。

看護師の健康調査を扱った研究では、夜勤で夜にライトを浴びている人は進行乳がんのリスクが上昇することが報告されています(Environ Health Perspect.2017)。世界保健機関(WHO)の一機関である国際がん研究機関(IARC)は、「概日リズムの乱れを伴う交代勤務は、ヒトに対しておそらく発がん性がある」としています。」(p.66)

夜勤がある仕事はリズムが乱れやすく、それが乳がんリスクに影響しているようです。私はやっていませんが、老人介護施設でも夜勤はつきものです。ある意味で職業病とも言えるのでしょうかね。

50歳から79歳のアメリカの女性7万4000人のデータからの解析では、1週間あたり40メッツ運動する人は全く運動しない人に比べて22%乳がんのリスクが低下します(JAMA.2003)。これは週あたりの運動量が増加するにつれてリスクは低下していました。メッツ値40は、週5日1時間のジョギングの運動に相当するのでかなりの運動量です。
 実際には週3回30分程度の運動(10メッツ)でも、18%低下します。特にやせ形の人(BMI>24.13)ではその傾向が顕著で、1週間あたり40メッツ運動する人は37%、10メッツでも30%の乳がんリスクの低下を認めています。
」(p.70)

運動が乳がんリスクを下げるという研究もあるのですね。ただ太っている人は、運動だけでは効果が薄く、やはり減量が必要になるようです。

サルコペニアの人はサルコペニアではない人に比べて、5年後、10年後の生存率が明らかに低下し、その死亡リスクは2.9倍でした。サルコペニアの人は、筋肉量が正常な人に比べて年齢が高く、脂肪の量も少ない傾向であったため、この影響を取り除いた解析を行いましたが結果は同じく筋肉量が少ないと死亡リスクは上昇していました(J Cancer Surviv.2012)。特に閉経後乳がんの患者(年齢55歳以上)ではサルコペニアの人ほど死亡リスクが高くなります(BMC Cancer.2020)。」(p.73)

筋肉量が一定量より少ない状態をサルコペニアと呼んで、健康に対する大きなリスクがあるとされています。そういう筋肉量が減少した状態だと、ガンに罹った時の死亡率が上昇するようです。

褐色脂肪を増加させる一番の刺激は寒冷刺激です(Diabetes.2015)。寒くなると熱を産生しなくてはいけないので体は褐色細胞を増やします。そして運動もまた褐色脂肪を増加させると考えられています。」(p.79)

首周りから背中にかけて多くある褐色脂肪は、通常の脂肪細胞と異なり、熱を産生して代謝を高める働きがあります。その部分を筋トレで刺激して褐色脂肪を増やすことで、肥満の解消につながります。また、背中の肩甲骨周りの筋肉を鍛えることは、乳がんのリスクを下げることにもなるそうです。

この後、本書では、乳がん予防のための筋トレメニューも紹介されています。


次はガンから離れて「転倒骨折」を予防するテーマになります。歳を取って恐いのは転倒ですね。すぐに骨折し、動けなくなります。もちろん、運動そのものができなくなりますから、筋肉量が著しく減少しますね。

転倒して背骨や大腿骨頭(大腿骨の骨盤側の根本)が骨折して動けなくなり、入院することによって全身の筋肉が萎縮し、立ち上がれないほどのダメージを受けます。高齢者は10日間の安静入院で全身の筋肉の30%を失ってしまいます(Extrem Physiol Med.2015)。その中でも特に失われるのは足の筋肉です。高齢になるとたかが1回の入院で回復不能なレベルまで弱ってしまう可能性があるのです。」(p.92)

私も老人介護施設で働いているので、この現実を経験しています。

しかしいくら骨の密度を上げる薬を使っても骨折する人は減少していません。それはなぜか? 骨折する一番の理由は骨が弱いからではないのです。転倒するから骨が折れるのです。高齢者全体の約20%に少なくとも年間1回は転倒し、転倒の5%程度に骨折が生じます。」(p.93)

骨粗鬆症の対策として、骨密度を高める薬を飲んだり、カルシウムを補給したりしていますが、あまり効果はないようですね。

骨折の多くは尻餅をついて倒れたときに起こります。臀部の筋肉が少ないためにショックを吸収できず骨が折れるのです。」(p.93)

つまり、転倒しても骨折しないためには、クッション代わりになるお尻の筋肉量を増やすことが重要なのですね。

もちろん、足の筋肉、体幹の筋肉は重要ですが、重点的に鍛えて欲しい筋肉があります。それはお尻の筋肉、中殿筋(103ページ参照)です。
 中殿筋は、骨盤横側の筋肉で、片足で立つとき歩くときによく使う筋肉です。骨盤が安定すればより長い時間片足で立っていることができるので歩幅が広がります。
」(p.94-95)

高齢者ですり足で歩く人が多くいますが、それも転倒のしやすさにつながってます。そしてすり足になる原因は、中殿筋の衰えなのですね。

要介護となる一番の原因は転倒、骨折や膝や腰の関節痛などが原因で、自力で動くことができなくなることです。動けなくなると筋肉量が減少しさらに歩行能力が低下します。すると外出しようとする気力がなくなり、その結果、家に引きこもってしまいます。動けなくなることが精神的・心理的なフレイルを憎悪していきます。」(p.96)

以前、「道路を渡れない老人たち」という本を読みました。歩く速度が遅すぎて、青信号の間に道路が渡れなくなって、外出しなくなるお年寄りの問題を取り上げていました。
筋力の衰えは、生活力や生きる意欲にまで影響してくるのです。


筋肉をつけたいと思っている人で、筋トレの前後でプロテインを熱心に飲んでいる姿を見かけますが、僕自身はプロテインをサプリメントとしてとってはいません。理由は、たんぱく質をたくさんとれば筋肉がたくさんつくわけではないからです。」(p.96)

よってある程度の年齢になると、いくらたくさんたんぱく質を摂取しても分解されにくいため、十分なアミノ酸を吸収することができなくなります。」(p.97)

筋肉を合成するにはタンパク質が必要ですが、それは一旦アミノ酸に消化分解されてから吸収されます。消化のためにはペプシンという酵素が働かなければなりませんが、胃酸が十分に出て強酸性にならないと効果が高まらないのだそうです。けれども加齢によって胃酸の分泌が少なくなる。だから、タンパク質を多く摂っても、アミノ酸に分解されなくなるのです。

まずは筋トレを行いつつ内臓脂肪を落とし慢性炎症を改善することがプロテインを摂取することよりも先決です。」(p.98)

吸収されたアミノ酸から筋肉を合成するには、インスリンが働く必要があるのだそうです。けれども糖質を過剰に摂取していたり、体内に慢性炎症があると、インスリンの効果が減弱してしまうと石黒さんは言います。
したがって、タンパク質を多く摂取することよりも、まずは肥満を解消し慢性炎症を改善することを優先すべきなのですね。

すなわち安静時と異なり、筋力トレーニングを行った場合はそのトレーニング直後には年齢が上がるにつれて多くのたんぱく質摂取をした方が筋肉合成には効果がいいということになります。無理して40gのたんぱく質を摂取する必要はありませんが、少なくとも20g程度はとりたいです。20gのたんぱく質は肉や魚では100g程度ですので、プロテインパウダーなど使用しなくても十分食事から摂取できる量だと思います。」(p.99-100)

消化吸収が十分な状態で筋肉合成を誘導するのに必要なタンパク質の量は、安静時の1食あたりは22歳で0.4g/kg、71歳で0.24g/kgという研究があるそうです。つまり高齢者は1日3食で0.72g/kg(体重50kgの人なら36g)のタンパク質を摂取すれば良いことになります。
筋トレをした場合は、高齢者は少なくとも1食20gのタンパク質摂取が必要だと石黒さんは言います。さらに40g摂取すると、20gの時より32%ほど筋肉合成の反応が向上するという研究もあるそうです。

1食20gのタンパク質を3食まんべんなく摂取するのがよいという話は、他でも聞いたことがあります。タンパク質は肉や魚、卵、大豆などに多く含まれますが、穀物や野菜などにも少なからず含まれています。なので、意識して肉、魚、卵、大豆などを食べていれば、自ずと達成できる量ではないかと思っています。


元々やせ形で筋肉量が少なく、運動経験、筋トレ経験がない人は筋トレを開始してもなかなか目に見える変化が起きません。それは筋たんぱく質の合成反応(同化反応)が減弱している同化抵抗性(アナポリックレジスタンス)の状態にあるからです(Front Nutr.2021)。同じく、同化抵抗性のある人がプロテインを飲んでアミノ酸吸収量を増やしても、筋細胞そのもののたんぱく質合成を起こしにくいため効果はありません。」(p.100)

よって継続的にトレーニングを繰り返すと、同化抵抗性があってもどこかの段階で筋肉合成が促進されてきますので、信じてトレーニングを継続すればいいのです。」(p.101)

筋肉内の毛細血管が少ないと、同化抵抗性というものが出てくるようです。なので、まずは筋トレで刺激を与えて十分な毛細血管が作られるのを待つ必要があるのですね。


ここまでで、筋肉量を増やして筋力を高めることが重要だという話は終わりです。ここからは、そのための筋トレをどうやって行うかという話になります。

ですが知識として理解したとしても、実際に筋トレを開始する人は少ないはずです。そして筋トレを継続できる人はおそらく1%もいないのではないでしょうか? 実際に日常生活に筋トレを導入していくためには作戦が必要です。」(p.112)

では、全く運動習慣のない人がこのような運動習慣を身につけるのにどれくらいの期間が必要だと思いますか?
 僕の個人的な経験では2年から3年かかると思っています。
」(p.112)

自重トレーニングだと1日30分を週6日、ジムなどで高負荷トレーニングを行うなら週3日だそうです。このような習慣を身につけることが重要なのですが、その習慣が身につくのに2〜3年かかるのですね。

私も今は朝のHIITやスロトレをやっていますが、まだ始めて3ヶ月にもなりません。この程度だと、いったん休んでしまうと、そのままなし崩し的にやめてしまう可能性が高いですね。

筋トレ開始の最初の1ヶ月の目標は毎日2分間の筋トレを行うことです。」(p.112)

運動を行う時間はなるべく一定にすることも習慣化には必要です。おすすめなのは朝行うこと。1日のなかで予定が最も狂いにくいのは朝です。」(p.114)

私も毎朝2分間のHIITをやっています。運動を習慣化するには、まずはハードルを思いっきり下げることが重要なのですね。
以前、ジョギングを習慣化するための方法として、着替えて運動靴を履いたらOKにする、というものがありました。続けることが最優先なので、何をするかは二の次なのです。

実際筋トレを始めても最初は見た目の筋肉は全く変わりません。そしておなかやお尻の脂肪も減ることはありません。それは初めは筋肉組織そのものが炎症状態にあるから。筋トレを行って炎症状態からまず脱出しないと筋肉組織は筋繊維の合成を増加できないのです。」(p.115-116)

そのため筋トレ開始時は、筋トレをする楽しみを別のところに見いだした方が継続できます。それは筋トレすることが楽しいと感じる人と一緒に筋トレすることです。」(p.116)

筋トレによる数値の変化や見た目の変化に期待すると、上手く行かないようです。筋トレ仲間は、家族や近所にいなくても、今はオンラインのコミュニティもありますからね。筋トレ仲間を作って、筋トレを楽しんでやることが継続のためのコツのようです。

ノルマが2分間の筋トレの習慣は3〜4か月で習慣化します。もちろんノルマが2分間なのであって、実際は2分以上行うことの方が多いはずです。2分をクリアできたら次の段階は、4分から5分の筋トレです。」(p.117)

4分の筋トレを欠かさず毎日できるようにする意識付けには、6か月から1年かかります。その間は筋肉がついたり、脂肪が減ったりするといった短期的な結果が目に見えなくても、継続していれば筋肉の代謝機能は格段に改善していきます。」(p.117)

少しずつハードルを上げていって、目標とする筋トレ量へと近づけていくことですね。それにしても、貯筋習慣を身につけることは、なかなか根気がいることです。


たった2分、たった4分の筋トレで効果があるのか? と疑問に思うかも知れません。もちろん残りの23時間56分を全く運動しなければ、効果がないことは明らかです。筋肉を使えるようになるためには筋肉自体にも筋肉を動かすことに慣れてもらうしかありません。そのためにはいつも動かし続けることです。」(p.118)

1回のスキマ筋トレは30秒から1分で十分です。そのとき重要なことは立ったまま気軽にできることです。」(p.118)

ノルマは朝の2分とか4分の筋トレだとしても、それ以外の日常生活の中で、思いついた時に立ったまま、あるいは座ったままでできる筋トレをどんどんやることが重要なのですね。
もちろん本書には、そういう筋トレについても解説してあります。


医学文献を読みながら感じたことは、筋トレの重要性に関する知見の集積の高まりは、この20年あまりで腸内細菌が健康の鍵であると認識されて研究が加速度的に進んでいるのと同じ現象です。これからの健康の鍵は、薬やサプリメントで達成されることはなく、腸内環境と筋肉を維持する生活習慣であることには疑いがありません。」(p.138)

本書では、たくさんの論文から研究結果が引用されています。筆者の思い込みではなく、こういう事実を前提とした論理展開は、私の好むところです。
そして私も、健康のためには食事、運動、睡眠が大切なのは当然ですが、食事で言えば腸内環境を整えること、慢性炎症を抑えること、酸化(活性酸素)や糖化(AGE)を抑えることが重要で、それらはいろいろ関連しあっていると思っています。また、食事とともに重要なのが筋肉量や筋力を増やして維持することだとも感じています。


たしかに筋肉量や筋力を増やして維持するには運動、とりわけ筋トレが大事なのですが、それがわかっていても継続できないという問題があります。本書は、そこに鋭く切り込んでいると思いました。
まずは毎朝2分間の筋トレ習慣からですね。私も継続しようと思います。

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タグ:石黒成治
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2022年12月22日

氣を活かしてわたしが変わる 究極の氣 レイキ



望月俊孝(もちづき・としたか)さんのレイキに関する本が出版されるとFacebookで知って、予約しておいた本が届いたので早速読んでみました。
望月さんはヴォルテックスという会社を運営されていて、レイキだけでなく宝地図やエネルギーマスターなどのセミナーを開催されています。
私も2014年6月に、ヴォルテックスのレイキ講座を受講しました。(※参考:「レイキヒーラーになりました」)そのころから望月さんとは、よくお会いしています。

これまでにも「癒しの手 心もからだも元気にするレイキ・ヒーリング」「超カンタン癒しの手」「癒しの手」などのレイキの本を出版されていて、このブログでも紹介しています。また、「靈氣と仁術−富田流手あて療法」というレアな書籍を復刻されるなど、レイキの普及に取り組んでおられます。
他に、「幸せな宝地図であなたの夢がかなう」「幸せブーメランの法則」の紹介もしていますので、ぜひ読んでみてください。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

つまり、私たち人間は無限の存在でもあります。
 そしてそれを意識しているか、しないかによって、「私たち人間は想像した通りに無限の存在にもなるし、想像した通りに限界のある存在にもなる」のです。
 しかも人間は固有のエネルギー≒氣を自由に変えることができます。どんなエネルギーを発信するか? 受け取るか? 自由に選べます。さらには他のものが発するエネルギーを敏感に察知することができ、それに対応することができるのです。
」(p.3)

実はこの「氣」こそ、人を幸せにしたり、癒したり、反対に失意のどん底に陥(おとしい)れたり、悲しませたり……と、人の人生を大きく左右する、すごい力を持つエネルギーなのです。」(p.5)

冒頭で、氣はエネルギーであり、私たちはそれを自在に操ることができる存在で、それによって幸せにもなれるのだと言っています。


早速、2日間、そのセミナーを受講し、遠隔でレイキのエネルギーを送ることができるようになったので、少しでも時間があれば、集中治療室にいる息子に遠隔でエネルギーを送ることにしていました。

 すると驚くべきことが起きたのです。
 息子にミラクルが起こる前に、まず私の身体にミラクルが起きました。

 2年間苦しみ続けた全身アトピーがなんと!たった3日で消えてしまったのです。
」(p.10)

望月さんのレイキ体験は、このようなミラクルから始まっています。
30代なかばで独立後、資金難で廃業。再就職して死にものぐるいで働くもリストラにあい、6千万円もの借金を抱えてどうにもならない状況になっていました。ストレスから全身アトピーとなり、やっと生まれた長男が切迫早産で集中治療室へ。
そんな中で遠隔ヒーリングができるレイキのことを思い出し、オーストラリアから来日していたリン・ペレツさんというヒーラーからレイキを習ったのでした。

レイキは、ちょうど100年前(1922年)に日本で発祥した癒しの手法です。波動を高め、エネルギーを強くするこの手法は、発祥の国・日本ではあまり知られていませんが、いまや米国、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどを中心に推定800万人以上の人々が、ヒーリング・メソッドとして、また美容健康法、能力開発法として実践しています。」(p.12)

このようにレイキは、欧米ではよく知られています。スーパーモデルのミランダ・カーさん、歌手のクリスティーナ・アギレラさん、パリス・ヒルトンさんなど、レイキの実践者、利用者が多数おられるのです。
それに対して日本では、あまり知られていません。それがとても残念なところだと私も感じています。


ここで「波動の7大法則」をお伝えしましょう。

❶この宇宙のすべてのものは特有の波動を出している
❷似た波動を出しているもの同士が引き寄せ合う
❸違う波動は反発・排斥し合い、相殺し合う
❹出した波動がブーメランのように還ってくる
❺強い波動は弱い波動に影響を与える
❻波動には高い・低い、強い・弱いがある
❼意識すればするほど、同調する波動の領域が広がり、近い波動のものを引き寄せ合うことができる
」(p.26)

「波動」とは「氣」であり「エネルギー」とも言えます。望月さんは、波動が低く弱い「発展途上人」タイプから、波動が高く強い「豊かな成功者」タイプへと成長していくのが人というものだと考えておられるようです。
また、いわゆる「引き寄せの法則」も、昔から言われる「類は友を呼ぶ」という言葉にもあるように、波動で説明ができることなのですね。


30年前の借金を抱えていたころの私は、この愛や喜びや宇宙エネルギーに意識や波動を合わせることもできるのに、「不安」や「心配」ばかりに意識を向け、波動を合わせてしまい、それを拡大していたのです。
 それが「レイキ」≒「宇宙エネルギーの最高峰」の波動に出会ってからは、愛や喜びや光といった高い意識に向けることができるようになり、それまでがウソのように人生が変わっていったのです。
」(p.40)

レイキは最高次元の波動(氣・エネルギー)と同調して行うヒーリングや自己成長のテクニックです。
 1922年、臼井甕男(うすいみかお)先生(P140参照)が京都・鞍馬山で21日間の断食瞑想修行の上、最高次元の氣=レイキを感得されました。
」(p.40)

私も「レイキは愛だ!」と言っていますが、レイキは愛にベクトルが向いています。100年前、臼井氏がレイキを創設してくださったことが、本当にありがたいことだと思っています。


「手当て」という言葉があるように、手を当てて癒す、愛情を伝えて元氣を取り戻す能力は、人類が誕生以来4〜500万年にわたって培ってきたもので、私たちのDNAにも深く刻み込まれています。熱がありそうなら額に手を当てますし、歯が痛いとほおに手を当てます。肩がこったりひざが痛ければ、「痛いなあ」と無意識のうちに手を当てたりします。手の癒しの力を身体が知っているということです。」(p.48)

私も「手当て」は人間の本能だと言っています。ヒポクラテスも、医者はマッサージに長けていなければならないと言ったとか。望月さんは、「看る」という漢字が「手」と「目」で構成されているように手を当てて見ることが癒すことになる、とも言われています。


同じ言葉を言っていても、同じことを考えていても、同じことをしていても、それが「愛」から出ているか、「怖れ」から出ているかによって、私たちが出す波動も、相手が受け取る波動もまったく違ってきます。

 私たちの感情は究極的には「愛」と「怖れ」の2つに分けることができます。
」(p.100)

お勧めしている「神との対話」でも、愛の対極が不安(怖れ)だと言っています。最近は、バシャールもそうですが、愛と不安(怖れ)を対極のものとして表現する人が増えましたね。


あなたの本業は「あなた自身」でいること。
「あなた自身」として成長すること!
」(p.113)

他人のようになろうとしなくていいのです。これも「神との対話」で言われていることです。自分であればいい。望月さんもそう思いながら、焦らずにやってきた結果が今だと言われています。


例えば、レイキのヒーラー(癒し手)は「病氣の人を治す」とは思いません。病氣の人を治すには膨大な力がいりますが、もともと病氣ではなく「元の氣」を忘れてしまっている人に、それを思い出すお手伝いをするだけでよいのです。レイキヒーラーがレイキで手伝うだけで、本人の自己治癒力が発揮されていきます。
 つらい状況にある人も、本来の幸せな状態を思い出すことで、理想の状態に戻っていきます。
」(p.134)

病気やケガが治るのは、その人の自然治癒力によるものですね。だからレイキは、その自然治癒力を手助けするだけのもの。
人は本来、健康であり幸せな存在である。そういう見方が大前提としてあるのですね。だから、私たちがそのありたい在り方に意識をフォーカスすれば、自然とそのようになっていくのです。


医療の分野では、「米国病院協会(the American Hospital Association)」の2007年の調査では、15%(800以上)のアメリカの病院が病院サービスの一環としてレイキを提供しているとされています。」(p.153)

他にもブラジルでは健康保険の対象にレイキが加えられたり、イギリスでは補完医療としてレイキが行われていたり、オーストラリアでもレイキが受けられるクリニックがあったりするそうです。このように海外では、レイキは着実に医療の一環として認知されつつあります。


「五戒」とも呼ばれ臼井先生の思想の根幹をなす言葉です。とてもわかりやすい内容で、読めばカンタンに頭では理解できます。ただ実践するにはとても奥深い内容なのです。実践を重ねただけ、一層、健康になり、人間性を高め、極めれば臼井先生が到達した悟りにも近づくことが可能な道と方法が、この短い言葉の中に示されているといってよいでしょう。」(p.183)

本の最後の方に、このようにレイキの「五戒」を紹介されています。
私もnoteやYoutubeで、この「五戒」を詳しく解説しています。それは望月さんと同様に、ここにレイキの真髄があると思っているからです。

※参考:「レイキの本質は「五戒」にあり」「「五戒」を説かないレイキは偽物」「レイキ施術者が「五戒」を唱える意味」「ナチュラルレイキ講座・動画01〜10」、など


想像してみてください。
 世界中の人が笑顔で、幸せに生きているシーンを。
 その過程で、
 「一家に一人、レイキヒーラー」
 「一家に一人、家族の心と身体のケアを行える人」がいたら、どんなに素晴らしいことでしょう!
」(p.209−210)

「一家に一人、レイキヒーラーを!」というのが、望月さんのヴォルテックスが掲げているスローガンです。そのためには、もっともっとレイキを広めていく必要がありますね。


先日、レイキ生誕100年記念のイベントが東京であり、私も施術者として参加しました。その時に、主催された元ヴォルテックのレイキ講師、慎ちゃん先生こと廣野慎一さんともお話させていただきました。小さな違いにこだわるのではなく、ともかくレイキを広めることが重要だということを。

私も、レイキ者として、今後もレイキの普及に助力していければと思っています。そういう意味でも、この本をみなさんにお勧めしたいと思います。

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タグ:望月俊孝
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2022年12月13日

いま、目の前にいる人が大切な人



「日本講演新聞」の社説で、編集長の水谷謹人さんが紹介されていた本を読みました。著者は「北の菩薩」と呼ばれる坪崎美佐緒(つぼさき・みさお)さんです。
セミナーや企業研修の業界ではカリスマ的存在である大久保寛司(おおくぼ・かんじ)さんが絶賛されておられたのだとか。本書は、その大久保さんがプロデュースされた形になっています。

それにしても「北の菩薩」とは大げさな。どれほどのものかと半信半疑ながら、興味を持って読み始めました。
しかし、最初からガツンと来ました。泣きました。ボロボロ泣きました。涙を拭くのに、ティッシュでは足りないほど。タオルが必要だと思いました。
それほど感動したのです。何に感動したのか? それは坪崎さんの、相手をありのままに受け入れ、その価値を認め、心底大事にしたいという思いです。
そんなことは頭ではわかっていても、坪崎さんの話を読むと、私にはまったくできていなかったなぁと思うのです。それなのに坪崎さんは、それが自然にできてしまう。
これはもう人間じゃない、菩薩でしょう。そう感じるほどなのです。ぜひこの本を読んで、その感動を味わってほしいと思いました。

年に50〜60冊は本を読む私ですが、この本は今年一番のオススメだと言って過言ではありません。ぜひ読んでみてください。


と、先に結論を書きました。以下、重要だなと感じた部分を引用したいと思います。

幸せになるために大切なことは、実は、人や物や事への観方・考え方・捉え方が鍵であるということです。
幸せになる人は、幸せになる観方・考え方・捉え方を、幸せでない人は、幸せにならない観方・考え方・捉え方をしている。
そして、どの視点から観るかは、すべて自分で決めているのです。
」(p.3)

これは大久保さんの文です。「坪崎さんの本 作成委員会 委員長」という肩書で、「はじめに」を書かれています。
まさにおっしゃる通りですね。幸せは自分が決めているのです。

幸せな人は幸せになる生き方をしている。
美佐緒さんの生き様を見ていて気がついたことです。
私が71歳の時です。
」(p.5)

大久保さんがどれほど坪崎さんに心酔しておられるかがわかりますね。


職場の皆さんには、「パートしながら仕事をしては?」とすすめていただき大変有り難かったのですが、コーチの仕事がなくてもなんとかなると甘えてしまう弱い自分がいることを知っていたので、「退路を断つ」ことに決めました。」(p.9)

コーチングを知って、これが自分の生きる道だと感じた坪崎さんは、学歴も実績もないままに、個人事業主として生きていこうと決めたのでした。それが2011年4月のことだそうです。

しかし現実は、全く仕事がありませんでした。
焦る気持ちはあるけれど、「仕事がない」「仕事がない」と泣いている人にコーチをお願いしたい人はいないと思い、どん底の時ほど笑顔で元気にしていました。
」(p.10)

そんな時に、コーチとして起業する人を支援する会社からメールが届き、坪崎さんは勇気を出して申し込み、面接を受けました。
すると、最初は歓迎してくれていた担当者が、坪崎さんの履歴書を見るなり態度を変え、学歴も実績もないのに申し込んできたことに腹を立てて坪崎さんを責めたのです。
考えてみれば当然かもしれない。学歴も実績もないのに、コーチングを依頼する企業なんてあるわけがない。客観的にはそう思えても、坪崎さんにはやめられない理由がありました。

でも…でも…、私みたいな人っていないのかな?世間にはいっぱいいるんじゃないかな?
もしも私みたいな何にもない人が
夢をもって諦めずに続けて
夢を叶えて誰かの役に立てたなら。

私のように、何にもなくて諦めようと思っている人の力になれるかもしれない!
こんな私でもできるなら、「私も、できるかもしれない」って思ってくれるかもしれない!!
」(p.18-19)

誰かの役に立ちたい。それが坪崎さんを突き動かす思いでした。


子どもも大人も見えていることが全てではないですし、子どもが何かをしてしまう時には、必ず理由があると思っていました。美奈ちゃんにも、ちゃんと理由がありました。
この本当の理由をわかってあげられる人になりたい、当時から、そしていまでも、私が願っていることです。
」(p.46)

小さい頃からの夢は保育士になること。そのためには大卒の資格が必要。しかし家の事情で坪崎さんは、進学を断念しました。その代わり、3日間だけ保育士実習ができる高校を選び、その3日間で保育士補助として充実した体験をされたのです。

寂しいけれども我慢しなくてはならないと自制していた美奈ちゃん。その心の葛藤が、優しい坪崎さんを叩くという行為として現れる。坪崎さんは美奈ちゃんをたしなめるのではなく、心に寄り添うことで素直な心を引き出したのです。それによって、美奈ちゃんが変わり、クラスメイトが変わり、お母さんまで変わりました。感動し、自ら変わったのです。
それを引き起こしたのが、坪崎さんの「必ず理由がある」という大前提だと思いました。


真野さんが他の人と楽しそうに話しているのを見かけると、私も真野さんを笑顔にしたいなと思いました。」(p.64)

真野さんのお客様への接し方や商品の扱い方、お店に来た営業マンの方との接し方を見ていると、仕事熱心な人であること、知識が豊富であること、誠実な仕事をしていることがわかり、心の中で尊敬するようになりました。」(p.64)

高卒後に最初に勤めた薬局では、お局様のような真野さんからなぜか冷たくあしらわれ、いびりのような仕打ちを受けます。それは坪崎さんのことが気に入らないというより、坪崎さんを紹介した人が気に入らなかったからです。だから1週間で辞めさせてやると言って、坪崎さんに嫌がらせをしていたのでした。
そのことを知った坪崎さんは、自分が原因じゃないことがわかって喜びます。そして、真野さんが喜ぶような仕事をしていれば、いつか必ず受け入れてくれると信じて頑張るのです。

そんな理不尽なことをされた時、ふつうはそうは思えませんよね。恨んだり、仕返しをしてやろうとか、鼻を明かしてやろうと思ったりするでしょう。けれども坪崎さんは、心から真野さんを尊敬し、慕っているのです。

厳しく睨(にら)まれるので、最初、真野さんといる時は緊張していましたが、いつの間にか心から真野さんと仲良くなりたいと思っていました。」(p.64-65)

高卒の若者が、どうしてこうも達観できるのでしょうか? これが自然とできてしまう坪崎さんの資質が素晴らしいと思うのです。
こうして数ヶ月後には真野さんから受け入れてもらえ、信頼の絆で結ばれることになりました。


でも、あの日、あなたはずっと私の話を聴いてくれた。一生懸命に聴いてくれた。本当に嬉しかったの。あの日から今日までずっと、あなたは私の話に耳を傾けてくれた。あなたに会えて本当に良かった。」(p.80)

仕事ができる真野さんでも苦手とした客を、坪崎さんは1回の接客で大ファンにしてしまいました。その秘訣は「傾聴」です。相手を否定せず、自分の考えを押し付けず、ただ寄り添って耳を傾ける。ただそれだけで、いや、ただそれだけに徹するからこそ、相手に満足感を与えることができたのです。

ふと思い出したのですが、似たようなことをした女性がいました。こちらは架空の人物ですが、「少女パレアナ」という小説の主人公、パレアナです。
彼女も、自分に冷たく当たる人々を、最終的には味方にしていったのです。否定せずに受け入れ続けることによって。


私がニコニコしてお願いしていると、
「ヘラヘラして、マジきもいんですけど」数人の男女からドッと笑いが起こりました。
「それでは、くじ引きの席に移動お願いしまーす」
あえて何もなかったかのように、私はニコニコしていました。
」(p.118)

最初はほとんどの方が私の言葉に耳を貸してくれませんでした。
それでも私は、この方たちならきっとわかってくれるはず、と、皆で楽しく授業をしている様子が目に浮かんで、その日が来るのを楽しみにしていました。
」(p.118)

坪崎さんがコーチングで起業して得た最初の大きな仕事は、求職者支援訓練の研修だったそうです。その研修での出来事ですが、いきなり受講者から小馬鹿にされています。
それなのに坪崎さんは、相手を責めることや自分の不遇を嘆くことをせずに、相手の本質は素晴らしいものだということを信じ切っています。どうしてそんな信念が持てるのでしょうか? そこが坪崎さんのすごい点だと思います。

私は昔から人の良いところにしか目が行かなくて、その良いところを素直に伝えると、「そんなことない」と謙遜から受け取ってもらえないか、「お世辞言って、何か裏があるの?」と疑われることが多かったので、伝えることをやめてしまっていました。
ところがコーチングなら伝えることが仕事なので、その人にその人の良いところを伝えられる!しかも、私が教えられるものは何もないけれど、一人ひとりには素晴らしい輝きや力があるとずーっと感じていたので、私にとってこんな理想的な仕事はありませんでした。
」(p.129)

相手の良いところが自然と目につく。坪崎さんの天性の才能ですね。そして、それを伝えられるコーチングは天職だと感じている。だから強固な使命感も持てるのでしょう。


普段だったらネガティヴなことを言われても、「どうしてそう思うのかな?」とその気持ちを知りたいと思えるのに、その時の私はそんなふうには思えませんでした。
「どうしたら、その誤解がとけて、私の気持ちをわかってもらえるのだろう?」と自分のことばかり考えていました。
」(p.131)

夫がわかってくれないと思っていましたが、実は、わかっていないのは私でした。
わかってほしいなら、まず私が夫の気持ちを理解しよう。
夫の嫌がることはやめようと心に誓いました。
」(p.132)

ご主人から紹介されて興味を持ったコーチングでしたが、坪崎さんがのめり込む一方で、ご主人は嫌悪するようになっていったそうです。そんな中で坪崎さんがコーチングで起業すると言い出したから、ご主人は大反対。理解してくれないご主人に対して、坪崎さんは不満をいだいたようです。
そして、まさに離婚の危機というところまで行って、やっと気づいたのだそうです。自分がご主人の想いを理解しようとしていなかったのだと。

そして、そういうことはコーチングの勉強を始めた頃にもあったようです。それは幼なじみの相談に対しても、ついコーチングの手法で質問を浴びせた時、会話が弾まず、気まずくなってしまったことでした。

私はいつの頃からか、コーチングはしようとしていたけれど、目の前の人の話には耳を傾けていなかったのです。

なんて質問しよう?
どう質問したら答えが出るだろう?

そんなことに気を取られ、目の前の人の言葉や、言葉の奥にある想いには心を寄せていませんでした。
」(p.137-138)

その日から、「コーチングする」という考えをやめました。
自分が関わることで相手が変わることを目的にするのをやめました。
それよりも、以前のように相手の想いや考えを知りたいという気持ちで丁寧に話を聴こうと心に決めました。
」(p.138)

その体験からも、テクニックで相手を変えようとすることが間違っていると気づかれたのですね。
変わるかどうかを決めるのは相手自身です。相手は相手にとって最善の方向へ進みます。それを信頼して相手に任せ、相手が相手らしく勇気を出して前進できるよう寄り添ってサポートする。それがコーチングの本質だと思います。

しかし驚くべきは、その本質を坪崎さんは元々持っていたということです。坪崎さんの本来の姿に立ち返るために、その本質をしっかりとつかみ取るために、こういう失敗の経験が必要だったのだろうと思います。


「自分がどうありたいか」に目を向けると、自分がどう関わるかを考えるので、目の前の子どもを変えようとは考えなくなります。つまり、相手を変えようと思っている矢印が、自分自身に向かい、自分ができることに取り組むようになっていくのです。
そうすると「子どもが何も変わらない、子どもが…」という辛い気持ちも楽になっていきます。
」(p.143)

子どもから信頼される存在でありたい。親なら、こう思うものではないでしょうか? 問うべきは、そういう自分のあり方なのですね。
そういう自分であるためには、目の前の子どもに対してどう関わるのがいいのか? 自分の望み通りの子どもに変えさせようという考えとは、ベクトルがまったく違うのです。
そして、そのように考え方を変えることによって、自分の苦しみがなくなります。他人(子ども)を変えようとする無理なことから解放されるからです。


彼の言葉を聞きながら、こんな気持ちなのに、よくここまで来てくれたと思うと胸が熱くなりました。
こんなふうに嫌がる彼をここまで頑張って連れて来たお母さんの気持ちを思うとさらに胸が熱くなります。
だから、もうここにいてくれるだけで十分だと思いました。
」(p.160)

不登校の息子を持つ母親が、その理由がわからなくて苦しんでいました。それで坪崎さんに会ってもらうことにしたのです。
無理矢理、母親に連れてこられた息子は、最初から反抗的な態度です。絶対に心を開かないと決意しており、それを隠しもせずに口にしています。
その時の坪崎さんの本心が、引用したとおりなのだと思います。ふつう、そんなふうに思えますか? 私にはできません。少なくとも今の私には。でも坪崎さんは、自然とこれができているのですね。
ですから、その思いから言葉が出てきます。テクニックではなく、本心なのです。「無理して話さなくてもいいからね」と。
これをテクニックで言っても、彼の心には響かないと思います。本心でそう思い、彼に寄り添うからこそ、彼が変わっていくのです。

ただ、私は颯太君があまりにも自分のことを責めて、これからも人生を楽しんではいけないと思いこんでいることが気になりました。
亡くなったお父さんはそんなことを望んではいません。
でも、その言葉をそのまま颯太君に伝えるとかえって彼を苦しめてしまう。

どうしたら、気づいてくれるんだろう…。

颯太君自身で自分がしあわせになることが、亡くなったお父さんが喜ぶことに気づいてほしいと思いました。
」(p.165)

彼が不登校になったのは、父親が死んだのは、うるさいことばかり言う父親のことを「死んでしまえ!」と呪ったからだと思い、それで自分を責めていたからです。自分が好きな学校へ行って、自分だけ楽しんでいてはいけないのだと。
坪崎さんは、彼がどうしていると父親が喜ぶか、という視点を与えます。天国の父親は、自分がどうしていることを喜んでくれるだろうか? この視点が、彼を救うことになったのです。


なのに、ほんの少しのやり取りで、相手は素直に自分のことを話してくれるようになります。どんな言葉をどんなタイミングで話すかも大切ですが、やはり美佐緒さんのまとっている空気というか雰囲気が本質だということです。」(p.190)

坪崎さんのことを絶賛されている大久保さんの評です。テクニックではなく、本質なのです。ふだん、どう考えているのか、どういう信念で生きているのか。問われるのはそこなのですね。


不快な思いをさせていることを心から申し訳なく思いました。
だからこそ少しでもお客様の気持ちを知りたいと思いました。
そして、本当によくぞ話してくださったという気持ちでお話を聴いていました。
」(p.194)

お客様の電話での耳の痛い言葉は、一見クレームに見えてしまうけれど、むしろお客様は言いにくいことを教えてくれています。本当に有り難い存在だと私は感じていました。クレーム担当と言われた時は驚きましたが、一生懸命にお客様の声を聴けるように頑張ろうと思いました。」(p.195)

パートで勤めていた会社で、クレーム担当に任命されたことがあったそうです。それにしても、こういう思いが自然と湧いてくるのが坪崎さんなのですね。


私が少しでも(早く終わらないかな)とか(嫌だな)と思っていると、父のイライラの時間は長引きます。
でも、(これで少しは楽になるといいな)という気持ちで聴いていると、早くスッキリしてくれました。
表面的には同じように聞いていても、心の中は相手に伝わるんだということを幼い頃から感じていました。
だから毎回、一生懸命に聴きました。
」(p.205)

一家の大黒柱だったお父様はおそらく脳梗塞で倒れられて、半身不随の不甲斐なさからイライラされることが多かったそうです。そこで坪崎さんは、お父様の辛い気持ちを聞いて差し上げるという役を買って出られたのですね。
その経験から、表面的なテクニックでは通用しないことを学ばれたのでしょう。しかし、これが小学校6年生の経験だというから驚きます。天は坪崎さんを菩薩とすべく、鍛えられたのかもしれません。


私はみずきさんの背中をさすりながら、
「みずきちゃんはね、息子ちゃんを守ったのよ。本当によく頑張りましたね。みずきちゃんは息子ちゃんが大きくなった時に、自分がどんな子だって思ってほしい?可哀想な子って思ってほしい?」
「違います!息子には、自分は愛されて必要とされていると思ってほしいです」
「みずきちゃんはどんな時、必要とされてると思うの?」
「誰かの役に立ったときです。
「そうよね。人の役に立った時って嬉しいですよね。じゃあ、息子ちゃんに『ありがとう』って伝えるのはどうかしら?出ていく時は、お留守番してくれてありがとう。帰ったら、お留守番してくれてありがとう。お留守番してくれていたから安心してお仕事できた、○○ちゃんのおかげだよ。ありがとうって。ごめんねをありがとうに変えてみたら?」
」(p.214)

DVが息子にまで及んだことで離婚を決意したみずきさん。しかし、息子を置いて仕事へ出かけなければならないことで、かまってあげられないことに罪悪感を感じていました。
その後ろめたさが息子さんにも伝わって、息子さんはぐずってばかりいたのです。それを見たみずきさんは、なおさら罪悪感を感じ、苦しんでいたのですね。


そんな私も、いまでは、沈黙は怖くありません。それどころか、沈黙が時に大切なものであり、沈黙の中で安心していられるのは、「信頼」があるからだとわかるようになりました。
コーチングに出合い、目の前の人が沈黙の時は、自分自身の奥にある思いに向き合っている大切な時であることを知りました。
」(p.231)

坪崎さんは子どもの頃、沈黙が怖くて、すぐに騒いで沈黙を打ち破ろうとする性格だったそうです。沈黙に潜む争いが耐えられなかったのです。
周りの人からは空気を読まない子どもと思われたでしょう。けれども本当は、空気を読みすぎてしまうからこそ、沈黙を打ち破ろうとしたのです。


相手の心のとびらを開くには、このように相手が語ったらこのように答え、こんな様子の時にはこのようなアプローチをしなさい…という手法を細かくガイドしている書籍はたくさんあります。またそのようなセミナーもあります。
美佐緒さんのしていることは、それらのこととは対極のことのように感じます。
相手を恣意的に変えようとはしていません。そのままなのです。
」(p.242)

大久保さんの坪崎さん評ですが、私も同感です。相手をありのままに受け入れているのです。信頼しているのです。変わるべき時がくれば変わるし、それまでは無理に変えなくてよい。そう強く思っておられるのでしょう。


研修が終わった時、浅田さんが私のところに来ました。
「先生さ、なんであんなこと、俺に聞きにきたの?」
「本当に体調が悪いんじゃないかと心配になって」
「なんでそう思ったの?寝てると思わないの?」
「具合が悪くて寝てるのかもと思ったんですが、もしそうじゃないなら、嫌なのにここまで来てくださって有り難いなと思っていました」
」(p.245)

あの先生は、あんな失礼な態度の私を叱るどころか体調を心配してくれたんですよ。私が大丈夫ですと伝えた時は、本当にホッとしたように良かったと言ってくれたんです。この先生は違う。だから話を聞いてみようと思ったんです。言ってることとやってることが一緒だったんです。こんなふうに自分のことを受け止めてもらったのは初めてで、これが先生が言ってた承認ってやつなんだと思い、自分も部下のことをもっと承認しようと思ったんです」(p.247)

社員研修の講師をした時、反抗的な部長がいたそうです。ぶすっとしていて、ワークにも参加しない。その部長が、長い時間ずっと目を閉じて苦しそうな表情をしているのを見た坪崎さんは、ひょっとしたら具合が悪いのかと思い、体調が悪いのではと声をかけたのです。
いったいどこまでお人好しなのでしょう。どこまで徹底的に他人を信頼しているのでしょう。こんなに信頼されたら、好きになってしまうではありませんか。まさにそれが、坪崎さんが自然とやっていることなのです。信頼するとは愛すること。愛は人を変えるのです。


それは、一人暮らしのお母さんが鬱(うつ)になった時に、離れて暮らしている息子さんとの話。お母さんに元気になってほしくて励ましても全然ダメで…。でも何とか元気になってほしくて、息子さんが思いついたのが空の写真を送り合うことだったらしいの。空の写真を撮る時には顔が上を向く。人は上を向いているときには、ネガティヴな気持ちになれないということを思い出して、『僕と母さんは同じ空を見ているけど、それぞれから見える空は違うから、写真を送り合おう』って言ったら、『それならいいよ』って毎日。時には日に何度も写真を送り合ったそうなんです。そうしたら、お母さんがドンドン元気なって、いまではすっかり回復しているって」(p.252-253)

これは坪崎さんが聞いて、実際にそれを勧めてみて、役立った方法だそうです。こういう方法は知りませんでした。


「正しいことを言ったところで、相手が変わることはない。正論は無意味」
うまくいかないことをたくさん経験して、この思いに至ったのは60代半ば過ぎからです。
」(p.255)

大久保さんは、晩年にしてやっとこの真理に至ったことを白状しておられます。しかし、それを自然と身につけていたのが坪崎さんなのですね。


当たり前のことですが、人は死ぬんだということが私なりにわかりました。

だからこそ、会えているこの時を大切にしたいと強く思うようになりました。
そして私自身がその時を迎えても悔いのないように生きようと思いました。
最期を迎えた時、少しは人の役に立てて良かったと思える人生が私にとっての最良の人生。
そのためにも、悔いなく良い人生だったと思えるように生きたいのです。
」(p.258-259)

坪崎さん、お祖父様、お父様など、家族の死を身近に経験してこられました。その経験から、このように思われるそうです。
けれども、同じ経験をしたからと言っても、同じような思いにはなりません。もちろんその時は、一期一会の精神で生きようと思ったとしても、それが持続しないのです。つい目の前の人の不遜な態度に腹を立てたりします。そこが坪崎さんとの違いですね。


私の勉強会仲間内での美佐緒さんの愛称は”北の菩薩”です。
美佐緒さんと二人で話していると「観方・感じ方・捉え方」が驚くほど同じの方がいます。
関西に在住の清水喜子さん、愛称は”関西の菩薩”。
誰と出合ってもその人の足らないところを見るのでなく、相手の良いところを観て、それを自然に引き出しています。良し悪しで判断せず、相手の全てをそのまま受け入れています。
お二人とも基本において常に相手が幸せになることを願っています。
この思いがとてもとても強いと感じます。
」(p.264)

大久保さんが最後にこう言われています。北の菩薩だけでなく、関西にも菩薩がおられるようですね。驚きです。
こういうレベルまで進化した魂がどんどん出てきている。それを思うと、人類は安泰だなぁと思います。


坪崎さんが言われること、実践されてることは、私も頭ではわかります。しかし、いざそういう場面で、それを思い出して実践できるかと問われると、難しいと答えざるを得ません。ましてや、そういうことが自然とできてしまうというレベルではないことも確かです。
しかし私は、今の私のままでいいと思っています。私には私の使命があり、私のレベルで経験できることがあり、それを経験することが私のために重要だと思うからです。

もちろん、一歩でも坪崎さんのようになりたいなぁとも思います。でも、そうならなくてもいいのです。そこを目指して精進するというだけでも十分だと思うからです。
そして、坪崎さんのような菩薩と呼ばれる方が次々と出てくることで、日本が、そして世界が、より平和で幸せな社会になっていくといいなぁと思います。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 10:01 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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