2021年09月24日

この国で死ぬということ



前回の「私は、看取り士。」に引き続き、柴田久美子(しばた・くみこ)さんの本を読みました。同時に購入したものですが、日本講演新聞で著者のテーマや内容がだいたいわかっていたので、複数冊を買ったのです。それだけ関心のあるテーマだということですね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

これまで私は、十数冊の著書(巻末に拙書「参考図書」)を出版してきましたが、「看取り士」に関心を持たれるのはほとんどが女性でした。それはそれでよかったのです。しかしこれからの超高齢化・多死社会の到来を考えると、もっと男性の方たち、とくに団塊世代と団塊ジュニア世代の人たちに、「この国」の現実を直視してほしいと強く思うようになりました。」(p.i)

冒頭の「はしがき」で、柴田さんはこのように語られています。つまり、この本はある意味で、男性向けと言えるでしょう。


私たちの看取り学というのは、最期を看取ることだけを学ぶのではなく、死生観そのものを確かなものにして生きることです。旅立った人々の魂を重ねて生きることが今を生きる者の務めです。すべての人が誕生の時、天国行きの切符を手にしているのだから……。」(p.7)

看取りをするということは、確固たる死生観を持つ必要があるのですね。すでに天国行きは約束されている。そういう死生観があれば、生き方もまた違ってくることでしょう。


親の最期に近づいたとき、子供たちは「仕事があるから」と親の看取りよりも仕事を優先することが当然のように、あたかも美談のように語られた時代がありました。しかし、日本にはかつて家族全員で看取る風習がありました。看取りはすべてに優先すべき、最も大きな豊かさだと、先人たちは無意識のうちに感じていたのではないかと思えてなりません。
 死は、旅立つ人がこれまで生きてきたエネルギーのすべてを、見送る人たちに渡す荘厳な場です。また、死は第二の誕生のときであり、その誕生に家族が立ち会うのが看取りだと、私は思っています。
」(p.28)

私自身、家族親族の看取りの場に立ち会ったのは祖母の時だけですから、偉そうなことを言える立場ではありません。死に目に会えないのであれば、葬式に遅れてもかまわない。そう考えて、母の看取りもせず、火葬された後に帰省して初七日の法要だけで済ませたくらいです。
けれども、看取りを家族の重要なイベントと位置づけられる柴田さんの考えもわかります。


しっかりと自らの行く先を決めて凛として生きていく。それこそが人間らしい生き方だと思う。死は決して忌み嫌うべきものではない。それは私たちが魂の故郷に帰る日なのです。それを無理やりに引き止めるかのような、行き過ぎた医療行為は決して許されるべきではないでしょう。その意味で私たちは自分がどんな最期を迎えたいのか、しっかりと決めておくことが大切です。そのとき、私たちは医療を介さなくても、自然な死が迎えられることを忘れてはならないと思います。」(p.70-71)

医療を否定するわけではありませんが、むやみに延命するような医療行為は、私も拒否したいと思います。そういうことも死生観として確立しておくことで、「自然な死」を迎えられるのです。
かつては医療が無力だったために、「自然な死」が当然でした。しかし、医療が発達し、力を得ることによって、私たちの死は自然でないものになっていったのですね。


しかし、命の長さは決まっていたのだから、どれだけ親御さんやご家族がそばで目を光らせていたとしても、きっと救えなかったのではないかと思うのです。逝くときは逝ってしまう。
 けれど、どのような形であれ、その人は命の長さの分を生ききったわけなので、「ありがとう」と感謝して、手放してあげてほしいのです。罪悪感や責任感などで相手の魂をつかんで放さないようなことはせず、生き切った魂を解き放すのです。そうすることで、その魂も救われることになるし、遺された人間にとっても救いになると思うのです。
」(p.73)

身近な人が自殺した場合の心得です。私も、人は死ぬべき時に死ぬのだから、その死に方がどうであれ、地獄へ行くなどということもないし、その生き様(死に様)を丸ごと受け入れることが大切だと思います。


人はこの世に生を受けた限り、老いも病も死も決して避けて通ることはできません。私たちは病で寝たきりの生活を強いられることもあれば、ボケてしまうこともある。でも最後は必ず誰もがこの世を去って行く。それを私たちは当然のこととして受け入れていかなければならない。だからこそ、寝たきりになっても、ボケても、安心して暮らせる社会を築いていくべきではないでしょうか−−。」(p.79)

老いも死も避けて通れないし、寝たきりやボケも、そうなる可能性を否定できません。それでも人間の尊厳性を守れる社会を私たちは作っていけるのか? それが問われていると思います。


この世に生を受けた一人ひとりの人間には、すべて大切な役割がある。今までの人生がどうであれ、たとえ罪を犯し、人々からどんなに罵られようとも、生かされるべき尊い存在なのです。」(p.85)

命に貴賎はありません。軽重もありません。私も同感です。


人は死に背を向けている限り、あるいは生にのみ執着している限り、決して心に心の安らぎを得ることはできません。死を遠ざけようとすればするほど、苦しみや不安は増していく。しかし、離島で暮らす幸齢者のように、死をあるがままに受け入れて生きようとするとき、私たちの人生は大き変わるのです。」(p.87)

島根県の隠岐の島で看取りの家を始めた柴田さんは、高齢者のことを幸齢者と書かれます。あるがままに死を受け入れて亡くなっていかれるお年寄りの方々の中に、幸せな死に様、幸せな生き様を見つけられたのでしょう。


臨終にあって送る側が何をするのか。その人をそばでじっと見守りながら、ただひたすら手を握り抱きしめて、感謝の思いを伝えること、それだけです。そして、臨終という尊いときを共有できることに感謝する。この世を旅立つ人は、そばにいる者たちに目には見えない大きな贈り物、生きるエネルギーを手渡そうとしているのだから。このエネルギーを受け取り、また次の世代に手渡す。これこそが、まさに「命のバトンリレー」です。そして人類は命をバトンリレーすることで進化していく……。」(p.101)

何をするかということよりも、見守っていること、感じようとしていることが重要なのでしょうね。


母は以前に自然死を希望すると言っていましたから延命治療はしませんでした。しかし、あの時、私の気持ちは揺れていました。最期の14日間は母と一緒にいて、少しでも長く生きてほしいと思っていましたから。家族の方が延命治療を希望するという気持ちはよくわかります。ですから、延命治療をしないと決断するには、勇気が必要なのです。」(p.110)

柴田さんもそうであったように、家族にとっては葛藤があるでしょうね。最期を迎えた方への思いもあれば、世間体というのもあるでしょうから。

怖いというより、つまりは人の命を引き受けられない家族が多いということだと思います。漠然と誰かが何とかしてくれるだろうと期待して、家族の命も誰かにお任せしたい、ということです。お医者さんにお任せしたいし、自分が責任を取りたくないということです。」(p.111-112)

自分の病気の治療のことも自分で決めずに医師に「お任せします」と言ってみたり、最期を迎えた家族を、その希望通りに引き取ろうとせずに病院にお任せする。つまり、重要なことから責任を回避したいという気持ちなのでしょう。
けれども、それでは自分らしい生き様、死に様は、できないではありませんか。だからこそ、死生観を持つことが大切なのです。


しかし最近は医師のなかにも「患者の尊厳」を重視する方も多くなり、多死社会の到来が迫る中、厚生労働省も「患者の尊厳」についてはようやく指針を変えざるをえませんでした。
「できるだけ長く自宅や介護施設などで療養を続けた上で、最期は本人が希望する場所で亡くなることを推進する」
 このように、2018年に指針の改定がなされました。その背景には、医療費高騰に歯止めをかけたいという国の思惑もありますが、とにかく患者の尊厳を尊重する方向に国が舵を取る時代になったことは私たちにおいては大きな喜びです。
」(p.120)

どこで最期を迎えるかについての自己決定権を尊重する。国がそれを推進する時代になったのですね。


死は再び胎内に戻ることだと私は思っています。女性が胎内から命を産むなら、男性がその命を胎内に戻すことをしてほしいのです。女性は出産によって魂の覚醒をしますが、男性にはそのチャンスがありません。男性に魂の覚醒をしてほしいというのが私の切なる願いです。女性と同じように体で受け止めることで魂は覚醒するでしょう……。」(p.123)

確かに女性の妊娠出産は、神秘的で魂的と考えることができますね。一方の男性には、そういう命のつながりに生理的に関与している実感が湧くものがありません。柴田さんは、看取りに参画することで、そういう経験をしてほしいと願っています。


そしてこの体験で、私は、初めて看取りの意味がはっきりとわかりました。人は息を引き取ってから何時間もかけて「魂のエネルギーを放出していく」ということです。今では私達看取り士が当たり前のように行っていることですが、それまでの看取りは、お亡くなりになって30分から長くて1時間。何時間も抱き続けているわけではありませんでした。」(p.130)

亡くなられた男性の背中がずっと熱くて、7時間以上も抱き続けられたそうです。そういう経験から、抱き続けるという看取りのスタイルが生まれたのですね。


2人の距離が縮まったのには、ちょっとしたきっかけがありました。肝臓がんは皮膚にかゆみが出ます。そのため、軟膏を全身に塗るのですが、毎日、夏海さんが塗ってあげていました。来る日も来る日も祐子さんの肌に触れているうちに、夏海さんの中にあったわだかまりのようなものが溶けていったようなのです。」(p.133)

仲違いしていた母と娘が、「触れる」ことを通じて心を通わせるようになった。私がレイキを始めてから、「レイキは愛だ」と確信するに至ったのも、まさにこういうことです。


車内で何度も何度も繰り返し、「大丈夫だよ。ありがとう」と心の中で呟いていました。のちに看取り士になってから、この短い言葉こそ、死にゆく人を抱きしめる言葉であり、自分自身を励ます祈りの言葉であることに気づいたのでした。」(p.144)

私もこの「大丈夫」と「ありがとう」には、とても大切なメッセージを感じます。


死の孤独を癒せるのは、抱きしめることしかありません。私たちは母の命がけの出産により体をもち、この世に生み出されます。その瞬間に希望と孤独を手にするのです。自分では癒すことのできない背中があること、自分の身体の中に、自分の手の届かない場所があることを理解したとき、他者の存在が認められるのではないでしょうか?
 そして、ひとりでは生きることも、死ぬこともできないと受け入れた時、人はやさしく生きていけるのではないでしょうか?
」(p.145)

何ごとも1人でできることはない。その当たり前の事実に気づくことで、私たちはつながって生きているのであり、孤独は幻想だとわかるのですね。


旅立つ方は、自分が旅立つことを理解しています。ちゃんとそのお迎えが来て、自分も逝く準備ができたとき、その方は、私たちのような健康な人に比べて肉体こそ自由に動かせませんが、私たちにさまざまな気づきを与えてくれます。
 この域に到達すると、彼らの魂は完成度が高くなっています。私たちが偏見や先入観を捨てて心をオープンにしていくと、彼らの愛が私たちの中に流れ込んでくるようになります。
」(p.164-165)

実にスピリチュアルな話で、信じられないと感じる人も多いでしょう。けれども私は、こういうことはあると思うのです。


遺族の方が思い残すことなく看取りをしておくと、ひどい喪失感に陥ることはなく、旅立たれた方の魂が自分の中に生きているような感覚になるのです。
 人が旅立ってゆくとき、首の後ろからエネルギーが抜けていきます。看取る人は首筋から背中の方に手を差し込んで、この部分にふれたり、ひざ枕でその方からのエネルギーを受け取ることになります。すでに息を引き取られていても、肉体がある限りは時間をかけてエネルギーを放出していますので、同様の姿勢で看取り続けてください。最初は冷たく感じても、ふれているうちに肌のぬくもりが戻ってくることがわかります。
 この作法は、肉体がある限りはできるので、ぜひ実践していただきたいと思います。
 肉体があるうちに何時間もお体にふれて、エネルギーをいただくことは、グリーフケアの観点からも大切なことなのです。
」(p.170)

少し長くなりましたが、看取りのやり方が端的に述べられていたので引用しました。

でも大丈夫です。悲しみはいつでも癒すことができます。旅立った人の肉体があるか否かで異なる部分はあるものの、いつでも”看取る”ことができ、それによってあなたの悲嘆を癒すことができるのです。旅立った方は遺された人のことをとても愛していて、彼らの幸せを願い見守っています。決して恨んだり怒ったりなどはしていません。」(p.173)

愛する対象を失った喪失感、死に目に会えなかったという臨終コンプレックスなど、私たちは大切な人の死によって悲しみを抱くことがよくあります。その悲しみを緩和することがグリーフケアですが、看取りや看取り直しによって、グリーフケアができると柴田さんは言います。


死者と話ができるというと、不可思議なことかと思われる方もいるかもしれませんが、自分自身との対話でもあるのです。」(p.179)

これまたスピリチュアルな内容ですが、私もこのように思います。魂が永遠なら、死んでも生きています。生命は永遠であり、ひとつのものであるなら、誰かとの対話は自分自身との対話でもあるのです。


私は「『ご縁をいただいてありがとうございます』と声をかけてください」と伝えました。私達の人生において偶然はありません。その自衛隊の方も、職務上のこととはいえ、何らかの理由があってその犠牲者と出会ったのです。その出会いに感謝し、「ご縁をありがとうございます」と伝えることで、相手の方は喜ばれます。」(p.180)

東日本大震災の後、被災地に入った自衛官で、赤ちゃんを抱いた若いお母さんの遺体を収容した時、何も声をかけてあげられなかったことが悔やまれるという話に対して、柴田さんはこのように言われています。
私たちの出会いは、すべてがご縁なのだと私も思います。どんな素敵な人でも、どんな嫌な人でも、出会いはご縁であり、必然だということです。それに感謝できるかどうかは、見方次第だと思うのです。


私が島に暮らしていた当時、抱きしめて看取った幸齢者さまのお通夜が7日間通して行われ、その間、ご遺体はずっと自宅にありました。」(p.182)

隠岐の島にはこういう風習があったのですね。「もがり」と呼ぶ死者の魂が戻るかもしれないという期間があり、それが死後の7日間なのだそうです。
実はタイでも、似たような風習があります。葬儀は3〜7日くらいかけて行われるのが普通で、その間、ご遺体は安置されたままです。葬儀の最期の日に火葬の儀が行われます。高貴な方になるともっと長くて、前国王のご遺体は1年間安置された後に火葬されました。


看取りとは何かと一言で言うなら、「愛を伝えること」だということです。これさえ心の底から納得できたなら誰でも看取り士になることができるのです。
 前にも書きましたが、愛を伝えるには、まず自分自身を愛さなくてはいけません。誰しも人間は完璧な人にはなれませんから、ときには自己嫌悪に陥ったり、人を羨んだりすることもあるかもしれませんが、看取りの場面では全ての人が「許し」と「愛」を心の底から体験します。
」(p.192)

私は、「レイキは愛だ」と言っていますが、柴田さんに言わせたら、「看取りは愛だ」ということなのでしょうね。
すべての経験は愛に通じているし、私たちは愛を経験するために生き、そして死んでいくのかもしれません。


実に、いろいろなことを考えさせられる内容でした。
特に私が男性であるだけに、男性にこそ看取りをやってほしいと言われる柴田さんの言葉が響きました。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 09:03 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月18日

私は、看取り士。



日本講演新聞で紹介されていて、ピンと来たので買ってみました。映画にもなったのですね。著者は柴田久美子(しばた・くみこ)さん。縁があるのか、島根県出身の方でした。

ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。


死は悪いものでも、怖いものでも、ましてや穢(けが)れたものでもなく、むしろ、ものすごい量のエネルギーを放出する、その人の人生にとって最も大きな愛に溢れたイベントなのです。
 その場でエネルギーを受け取り、いのちのバトンをつないでいくことは、感動的な体験となるでしょう。
」(p.10)

柴田さんにとって「看取り」とは、こういうことなのですね。私も、死を忌み嫌うものではありませんが、こういう価値観の土台があってこその看取りなのだと感じました。


私は、敏夫さんから発せられるものすごい量のエネルギーに圧倒されながら、「ああ、人は社会のルールに反してさえいなければ、自分らしくわがままに生きていいんだ。むしろ、自分の心が喜ぶ生き方をすることが大切なんだ」と感じたのです。」(p.29)

わがままを言ったり、「普通」じゃない人というのは、扱いにくいと嫌われがちですが、柴田さんは別の見方をします。それは、その人の発するエネルギー量が大きいのだ、という見方です。芸術家にも変人は多いですが、それは裏を返せば、社会を変革するだけのエネルギーがあるということなのかもしれませんね。


この体験で、私は、初めて看取りの意味がはっきりとわかりました。それは、「看取りというのは、その方がお亡くなりになられてから何時間もかけてエネルギーを放出していくのだ」ということです。」(p.30)

看取りというのは、死ぬ直前からせいぜい死後30分程度の短いものではなく、死後24時間でさえ感じられるその方のエネルギーを感じ取ることなのですね。
ですから、死に目に会えなくても大丈夫なのだと言います。現代は、死後すぐに葬儀屋がやってきて納棺して通夜という段取りになって、死者とじっくり別れを惜しむこともできません。柴田さんは、そういう流れを変えていきたいようです。


敏夫さんの魂は、「自分がいやなことはしなくていい」「無理はしなくていい」、そして「喜びを感じられる生き方をしよう。それこそが魂を磨く道だ」という、とても大切なことを教えてくださいました。」(p.31)

わがままで無頓着で、他人に迷惑をかけるような変人だからこそ、そういう言わば非常識なメッセージを発することができたのだろうと思います。
自分に正直であること。ことに死の間際であればこそ、自分らしい生き方を選択することが大事なのです。


キラキラとした輝きの中で、「愛」という字がきらめいていました。そのとき、「ああ、私たちの存在って単純に”愛”なんだ」と妙に納得したのです。」(p.33)

ある看取りで、部屋に入った瞬間に空気が違うと感じたそうです。今まさに亡くなろうとされてる方の首の後から水蒸気のようなものが立ち上がっていて、それが部屋中に充満していって、キラキラして見えたそうです。その美しさに見とれてしまった時、その霧のようなキラキラしたものが「愛」に見えたのですね。

柴田さんは、そういう不思議な体験をされています。私にはそういう体験はないのですが、そういうものが見える人もいるだろうなぁと思います。


看取りに大切なのは「傾聴」「反復」「沈黙」「ふれ合い」です。お返事に困ることがあれば、「大丈夫ですよ」とやさしく声をかけます。死の前には誰もが無力です。それは当然のこと。」(p.48)

何か特別なことをしてあげようとか、導いてあげようとか、そういう驕った考えはじゃまなのです。ただそばに寄り添ってあげる。
私もよく「大丈夫ですよ」と老人介護の現場で声をかけます。それは、不安を取り除いてあげたいからです。何の根拠もなく、ただ優しくそう言って、少しでも安心してもらうようにしています。その際、できれば相手の身体に触れて、時には撫でてあげて、相手の話を聞いてあげます。奇しくも同じようなことをしているなぁと思いました。


看取り士がお伺いするのは、依頼を受けて最初にご説明に上がるときと、旅立ちの前後です。呼吸が乱れ始めたころにご連絡をいただければ、駆けつけます。看取り士の費用は1時間5千円です。保険は適用されませんので高額に思われるかもしれませんが、実際に看取り士が介在するのは、最初の面談の2時間、旅立ちの10時間ほどと、ご依頼いただいたときのみです。それ以外の時間は、「エンゼルチーム」がボランティアの形態でサポートします。」(p.65)

看取り士の業務と報酬に関して、具体的に書かれた部分があまりないので、この部分を引用しました。依頼する側は、だいたい6万円くらいを支払うことになるようです。ただ、ここには医師や看護師との連携や葬儀屋との折衝など、重要な部分の報酬に関しては書かれていません。
医療関係者を説得するのは、なかなか骨の折れることだと思います。なぜなら、医療界では「死は敗北」という価値観がいまだにまかり通っていると聞きますから。

※次に読んでいる本には、2019年現在で1時間8千円と書かれていました。値上がりしたようです。したがって、だいたい10万円くらい支払うと考えればよいかと思います。


看取りのとき、私は抱きしめてふれ合いながら呼吸を合わせます。40分、50分と合わせているうちに、旅立たれる方の呼吸と私の呼吸が一つになる瞬間が訪れます。呼吸と、ふれるという動作が連動して一体になった感覚−−。二人が一つの体になったような感覚は、相手も同じように感じられ、とても心地よく、一切の不安がありません。呼吸を合わせるという行為は、ただそれだけで喜びですし、深い安心感が得られるものなのです。」(p.69-70)

亡くなられる方の頭の後ろに腰を下ろし、片足あぐらのようなかっこうで、亡くなられる方の頭を足に乗せ、胸やお腹あたりに手を当てます。こういう姿勢で抱いていれば、長時間抱き続けられるそうです。

できれば24時間はご家族でお体にふれたり、話しかけたりする時間にしていただきたいです。24時間は、お体にまだぬくもりが残っています。この間、エネルギーを受け取り、いのちのバトンの受け渡しをしてください。もちろんドライアイスは不要です。」(p.76)

死後24時間、ずっと体に触れ続ける。そんな看取りを提唱する人はいなかったし、現代の葬儀では難しいものがあるでしょうね。けれど柴田さんは、こういう看取りこそが大事だと言われるのです。


亡くなってから時間が経過し、ご遺体もない中で、他界された方に対する思いや悔いが残っている場合があります。その場合は「看取り直し」といって、もう一度自分の心の中で他界された方を看取ることで気持ちの整理をすることができます。「看取り直し」もまた、グリーフケアの一つです。」(p.91)

日本では初七日の法要がありますが、それまでは魂が留まるとされています。そのことから、まるでその方が生きていらっしゃるかのように考え、朝の挨拶から食事などを一緒に行って過ごす。それが「看取り直し」になるのですね。


死というものは、あちらからお迎えが来て、初めて逝けるものです。そして、お迎えが来なかったら必ずこちらの世界にもどされます。ですので、自死で亡くなられた場合も、あちらからお迎えが来ているはずです。
 私たちは勝手に、自死はいけない、事故死は残酷だなど、目に見える事象で善し悪しを決めつけていないでしょうか。もちろん、自死という選択肢はないに越したことはありません。しかし、何が起こるかわからない世の中で、主観的な価値観だけで決めつけるのは、あまりにも愚かなことです。死の前には善悪の判断など存在し得ないのです。
」(p.100-101)

私も、自殺を悪いこととは考えません。残念なことではありますが、自殺されたという結果が出たのであれば、それもまた必然であり、最善であり、完璧だと考えるからです。

いのちの価値は長さではありません。十分に生き切ったかどうかです。自死だったけれども、その人にとっては周りの人にいのちの重みを伝える役割があったのかもしれませんし、何か訴えたいメッセージがあってのことだったのかもしれません。もしからしたら、そのメッセージを訴えるために、自死という方法を取らなければならなかったのかもしれない。
 遺された人は、そのメッセージをきちんと深く理解して、心に刻んで「ありがとう」と思うことから、次の一歩が始まるのだと思います。
」(p.103)

すべての出会いは贈り物だと「神との対話」シリーズでも言っています。どんな出来事も「気づき」を与えてくれるために起こっている。そうであれば、知り合いの死もまた贈り物なのです。


看取り士は彼らの生きる希望になるように努めます。死は敗北ではありませんが、かといって、看取るためだけの看取り士でもありません。「奇跡をあなたに届けます」という意味もあるのです。ここでいう奇跡とは、万能な力で病を治すようなことではありません。最後まで自分らしく生きていただくために、「希望を届ける」とも言えるでしょう。」(p.118)

高齢になって、老衰して亡くなって行くのであれば、生への執着心もそれほどないかもしれません。しかし、若くして亡くなっていかなければならない運命を背負った方の看取りは、また違うものがあると柴田さんは言います。
看取り士は、そういう方に対しても「大丈夫」と希望を与え続けるのですね。治るかどうかは何とも言えない。けれど、治らないなら治らないままで大丈夫なのだと。


「もういいよ、ありがとう」というのは、「これまでよく頑張ったね、もう頑張らなくてもいいよ」という意味です。人生の終末期を迎える人は、遺る人たちのことを本当に心配しています。彼らが自分に対して「逝かないで」と思っていることを、誰よりも敏感に感じ、遺される人がその手を放したくないことを痛いほどわかっているのです。ですから、「もういいよ、ありがとう」と言ってあげることは、「ああ、もう頑張らなくていいんだ」と、彼らの背中をちょっと押してあげるような意味合いがあります。」(p.134-135)

私の祖母がまさに亡くなろうとしていた時、泣いてすがって祖母を呼び続ける母に対し、近所の親戚の方がもう呼ぶなとたしなめたことがありました。その記憶が蘇ります。
本人にとって死は、悪いことでもなければ敗北でもありません。魂にとって死は喜びだと「神との対話」シリーズでも言っています。ただ別れの時なのです。未練なく逝かせてあげること。それもまた愛なのですね。


1度聞いてだめなら2度聞いて、それでもだめなら3回、4回と何度も聞いて……。諦めずに何度も繰り返し質問すれば、必ず意思疎通はできます。「認知症の方は決められない」と思うのは、単なる思い込み、固定観念にすぎません。ご自身が救われるためにも聞き続けることは大事です。」(p.157)

終末期に自分がどうしたいのかは、自分が決めるしかないのです。たとえ認知症であっても。医療を続けて助かりたいのか、それとももう十分なのか。決めるのは本人です。


お医者さんで「自分が当直になると、亡くなる人が多い。だから怖い」と悩んでいる人から相談を受けたことがあります。でも私は、それはいいことだと思います。その先生は、「この先生だと安心して逝ける」と患者さんから信頼されて、選ばれているのです。」(p.162)

介護の現場でも、亡くなる日の夜勤はやりたくないという雰囲気があります。作業が大変だからではなく、気が重いからという理由で。
私はむしろ、私の時に亡くなってほしいと思っています。それは、人が亡くなるというあまりない経験が積めるということがあるからです。でも、柴田さんの話を読んで、それもすべてその方が決めているのだなぁと思いました。


それより上の世代、団塊の世代やそのすぐ下の世代に、私が提案したいのが、男性による看取りです。看取りを経験すると、確実に自らのいのちが覚醒して成長できます。」(p.174)

「息子」という字は、最期の息を引き取る子どもという意味だと聞いたことがあると柴田さんは言います。女性は子どもを産んで命のリレーをするのが役割なら、男性は看取って魂の受け渡しをするのが役割ではないか。そう言って、男性に看取りを勧めておられます。


私が提案したい一つの目安の年齢は60歳です。60歳を過ぎたら、自分の旅立ちのことを考えて準備を始めてほしいのです。準備とは、エンディングノートを書いただけでは完全ではありません。それを、配偶者や子供たちとすり合わせ、これを執行するのは誰とか、いのちの責任を持つのは誰なのかというところまで、一つ一つ詰めていくことが必要です。」(p.189-190)

私も還暦になったばかりですから、ちょっと考えさせられました。


「看取り士」とは、余命宣告、または、お食事が口から取れなくなってから、ご本人、そのご家族の不安を取るために、共に寄り添う役割です。納棺前まで寄り添わせていただきます。」(p.237)

最後に鎌田實さんとの対談がありました。鎌田さんの著書は、「がんばらない」などをこのブログでも紹介していますが、諏訪で活躍されておられて、介護の仕組みづくりにも尽力された方でした。そんなこともすっかり忘れて私は縁あって長野県で介護職をすることになったのですが、これもまた魂の導きなのかもしれないなと思いました。

ここでは柴田さんが鎌田さんへ、「看取り士」というものを端的に説明されておられたので、その部分を引用しました。


「死の哲学」ってわかりにくいけど、せめて自分が万が一寝たきりに近いような状態になったら、胃ろうはつけるのかいらないのか、どちらでも構わないので、その判断を人に任せずに自分で判断することです。また、その希望や判断が変わることも”アリ”ですよね。」(p.257)

鎌田さんは、「死の哲学」を持つべきだと言われます。つまり、死が目前に迫った時、自分は何を選択するのか、という考えです。胃ろうや人工呼吸器などの延命措置はどうするのか、ガン宣告されたら手術や抗癌剤投与などの治療はどうするのか、認知症になったらどうするのか、などなど。私も、こういうことを日頃から考えておいて、親しい関係者に伝えておくことが重要だと思います。


でも、どんなに進歩しても、少しは良くなっても、ずっと生きることはできないっていう前提でいのちがあるんだということを、もう再認識すべきときに来ています。そうであるならば、自分が最期のときにどういうふうに逝きたいのかということを、自分が選択して自己決定するようにならなくてはいけないと思います。」(p.276)

医師など医療関係者が決めるのではない、ということはもちろんのこと、家族にすら決めさせてはいけないのです。自分のことは自分が決める。そこはわがままであっていいし、わがままであるべきだ。鎌田さんも柴田さんも、そう思っておられるようです。


縁あって介護職になりましたが、この仕事は身近に人の死がありました。考えてみれば当たり前なのですが、私もこの仕事をすることで、死のあり方について再考せざるを得ませんでした。

そんな時に、この本と出会いました。柴田さんは、私と同じ島根県出身で、対談された鎌田さんは、今、私が働いている長野県で医療関係の仕事をされてる方。そういう奇遇もあり、この「看取り士」というものに興味を持ちました。さらに多くを学びたいなぁと思っています。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:00 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月08日

体温を上げて健康になる



前回の「免疫力強化大作戦」に引き続き石原結實(いしはら・ゆうみ)医師の本になります。
これは別冊宝島homeというムック本です。内容は、石原医師のこれまでの本とほぼ同様ですが、オススメの運動のやり方とか食べ物の作り方などが、絵や写真入りでわかりやすく書かれています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

日本人の死因は、第1位ががん、第2位は心疾患、第3位は脳血管疾患です。2位と3位が血栓症(血管内で血液が固まって起こる病気)ですから、これを防ぐには血液をサラサラに保つ必要があります。
 しかし、血液をサラサラにするというのは、水で血液を薄めるという意味ではありません。血液をサラサラにするためには、血液の汚れを取りのぞき、循環をよくすることが大切なのです。
 水は摂りすぎると体の熱が水分に奪われてしまい、体の冷えにつながります。体の冷えは体内の代謝反応を抑制し、そのため血液中に老廃物が残って血液がドロドロになり、逆に血栓症が起こる可能性を高めることがあるのです。
」(p.10)

重要なポイントが書かれていたので、少し長いですが引用しました。
ちなみに死因の第4位は肺炎、第5位は不慮の事故、第6位は老衰、第7位は自殺と続きます。さらに第8位は腎不全、第9位は肝疾患、第10位が慢性閉塞性肺疾患となっています。(厚労省の「平成20年人口動態統計」より)
このように、2位と3位は血管の詰まりが原因の病気です。その原因は、血液の汚れだという分析なのですね。この血液の汚れをきれいにしている臓器が腎臓と肝臓だということを考えると、8位と9位も同じ原因とも言えます。また第1位の悪性新生物(いわゆる癌)は、石原医師によれば血液の浄化装置だそうですから、これも血液の汚れに関係しているのです。

このように考えると、事故、自殺、老衰を除くと、肺関係の病気以外はすべて血液の汚れが原因だと推測されます。しかし、その汚れを水で薄めるべく、大量に水を飲むというやり方は上手く行かないと指摘しておられます。
石原医師は東洋医学にも精通しておられるようで、「水毒」についても解説されています。ここでは引用しませんが、水分過多は水毒になり、冷え、つまり体温低下を招いて、様々な病気の原因となるのです。


「がんは血液の汚れの浄化装置」という理論は、血液生理学者の森下敬一氏が打ち立てられたものです。胃がんなら吐血、子宮がんなら不正出血など、がんには出血がつきものです。このように、漢方医学では「すべての病気は血液の汚れからくる」と考えます。血液をサラサラにするには、化学薬品で一時的に症状を抑えるより、生活習慣を改めて体質改善をはかることが大切です。」(p.16)

石原医師は、癌も生活習慣病の1つだと言います。そして生活習慣が良くないことが血液の汚れにつながり、そこから多くの病気が発生するのだと。

その生活習慣の中で大きな比重を占めるのが食事、つまり飲食の習慣です。そしてその中でも、食べ過ぎという習慣が、もっとも悪影響を与えると言われるのですね。
また、ここでも指摘されているように、薬の飲み過ぎも長い期間を経て人体に悪影響を与えます。薬は最終的に肝臓で分解されますが、人体にとっては毒素であり、汚れなのです。


現代人の体調不良の大半は「食べ過ぎ」が原因です。たいして体を動かさなくても、1日3回、習慣的に食事を取り続けています。
 消化吸収が追いつかず、胃炎・腸炎を引き起こしているにもかかわらず、消化剤や整腸剤を使ってまで食事を取り続けようとしたり、栄養剤の点滴まで登場しています。
」(p.38)

食べ過ぎの問題点を指摘されていますが、現代人は薬に頼ってまでも食べようとしているという指摘は、まさにその通りだなぁと思いました。

この後、スウェーデンのカロリンスカ大学の研究報告より、外科手術後に高栄養の輸液をすると、肺炎や胆嚢炎などの感染症を引き起こしやすい、という指摘をされています。いわゆる細菌は、汚れた成分を分解する掃除屋なので、体内でも老廃物の掃除を細菌が担当しているということが表れている、というわけです。


このように、石原医師の考えは一貫しています。ほとんどの病気の原因は血液の汚れであり、その主たる原因は食べ過ぎにある。また水分の取り過ぎで水毒を引き起こし、体温の低下を招いている。それらが関連して、免疫作用が弱まり、病気を深刻化させている。

そうであれば、重要な対策は食べ過ぎないことです。そして体温を上げることです。そのための生活習慣が重要だというわけです。

最初に書いたように、対策としての運動や食事のレシピは、本に詳しく書かれています。気になる方は、手にとってお読みくださいね。

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2021年09月06日

免疫力強化大作戦



この前、末期の癌を克服したムラキテルミさんの本「世にも美しい癌の治し方」を読んで、その治療をされた石原結實(いしはら・ゆうみ)医師の本を読みたくなって数冊買いました。これはそのうちの1冊です。
挿絵が豊富で読みやすい体裁となっています。絵はいげためぐみさんです。

石原医師の本は、すでに2冊ほどこのブログで紹介しています。(「100歳まで元気でボケない食べ方・生き方」「「食べない」健康法」)書かれている内容に大きな違いはなく、要は少食にすることと体温を上げることがポイントだという点で一致しており、それを貫かれています。
なので、どれか1冊だけでいいので、読んでみられることをお勧めします。

この本は、がん治療に特化したものではなく、一般的に免疫力を高めるということをテーマに書かれています。コロナの流行がもう1年以上も続いている中、有益な情報ではないかと思いました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

さて、われわれ人間も、動物も、病気がひどくなると、食欲不振に陥るか発熱することが多いものです。われわれが食物を食べないと血液中の栄養素も不足がちになり、白血球も十分な「栄養素」を食べられなくなり、空腹になり、ばい菌やガン細胞などを食べる力(貪食力)が増します。
 また、体熱が上がると、われわれが入浴中やサウナ浴中はからだが温まりよく動くように、白血球もその働きが促され貪食力が増強します。
 そうです。免疫力=白血球の貪食力は、「空腹(少食)」のときと「からだが温まった」ときに強化されるのです。
」(p.2 - 3)

「はじめに」の部分に、このように結論が書かれています。免疫力という概念は、科学的なものではないのですが、その主要なものを白血球が異物を除去する力だと考えれば、白血球がよく働く環境にすることが免疫力を高めることになる、という理論なのですね。
そして、そのような能力を身体は最初から備えています。だから自然と食欲がなくなり、発熱するのです。


食べないとからだが冷えると思われがちですが、じつは反対。食べすぎは体温を下げ、免疫力をダウンさせてしまいます。なぜなら、たくさん食べると、血液は食べたものを消化しようとして胃腸に集まります。その影響で、熱を多く生む筋肉や肝臓、脳には血液が十分に送られなくなり、体温が下がってしまうからです。
 ですから、体調が悪いときに「いっぱい食べないと力が出ないから」などと、無理に食べようとするのはよくありません。
」(p.30)

筋肉が熱を生むということは、一般的に知られています。ただ、人間の深部体温が一定していることや、筋肉が少ないガリガリの人でも一定の体温を保っていることを考えると、必ずしも筋肉が体温を維持しているとは言い難い気がします。

ただそのことはさておいて、食欲がわかないとか発熱するという症状は、それ自体が病気ではない、という点に着目する必要があるかと思います。
私はレイキをやっていますが、そこでも症状は身体の浄化作用だと言っています。つまり自然治癒力の働きだということです。
このことからしても、食欲がわかないということは、身体が「食べるな」と言っているわけですから、無理して食べることは身体にとってよくないと言えるかと思います。


よく「朝食をしっかり食べよう」ということばを耳にします。「朝食は健康によい」というのが、世間の定説のようです。
 とはいえ、朝はなかなか食べる気がしませんよね。農作業をして日の出・日の入りとともに生活をしていたころと違い、現代人は夕食も遅めで夜更ししがち。そんなわたしたちにとって、朝食は必要のないものになってきています。白血球を空腹にするためにはむしろ、朝ごはんを抜いた”プチ断食”がおすすめです。
」(p.54)

断食が健康によいということは、最近はよく知られるようになりました。その一方で、朝食崇拝も相変わらずあります。
しかし、人類の長い歴史を考えてみれば、朝、食事をしてから活動するようになった時代は、そんなに長くありません。なぜなら、長い狩猟時代を考えてみれば、獲物を獲らなければ食べられないからです。運が良ければ、昼間得られた獲物を夕方に食べることができる。そんな生活だったでしょう。

また、農耕になってからも、農家は日の出とともに野良に出ます。朝ごはんを食べてからなどという余裕はありません。ひと仕事を終えてから食べるのです。

私自身、若い頃は朝食崇拝もあり、朝食を摂ってから出かけていました。しかし、寝坊した日には食べている余裕がありません。
そんなことから、忙しい朝に無理に食べなくてもいいんじゃないかと思うようになり、ダイエットをするようになってからは、朝食抜きをやっています。

一時期、朝、たんぱく質を食べると胃腸の働きを整えて基礎代謝がUPするという話を聞いて、朝納豆生活をやっていましたが、今はそれもやめています。


石原医師は、ご自身の理論を科学的に検証されているわけではなさそうです。多くの場合が推論だろうと思います。
しかし、その推論の正しさを、医療の中で適用することで確信してこられた。そういう感じがします。

したがって、先ほどの筋肉量が多いと発熱量が多くて体温が高まるという説も、私はちょっと懐疑的です。
この本では、どうやって筋力を高めるかという方法も紹介されてますが、それも通り一遍のもので、どのくらいやればどの程度筋力が高まり、どの程度発熱量に寄与するかというような科学的なデータは示されていません。

けれども、少食が健康長寿に役立つことは、動物実験では明らかになっています。また、昔からそう言われてきた経緯もありますし、私もその論理に賛同します。
体温を高めることに関しては、どうやってという方法論の根拠がやや乏しいようにも思います。ぜひこの部分は実証実験をして、データを出してほしいものです。

まだ科学的に正しいとは言えない理論だと思いますが、可能性は十分にあると思っています。

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タグ:石原結實
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2021年09月03日

世にも美しい癌の治し方



坂爪圭吾さんがSNSで絶賛されておられたので買ってみました。坂爪さんとはお会いしたことがありますが、著者のムラキテルミさんとはお会いしていません。坂爪さんは親しくされておられるようなので、どんな方なのか興味がありました。

読んでみて思い出したのですが、この本の内容は以前、WEBサイトで見ているように思いました。特徴的な挿絵にも記憶があります。そして、石原結實医師の指示に従って癌を治されたということも思い出しました。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

ムラキさんは、純粋無垢、純情一直線の一途な方ですから、熱情のあまりこの「極く少食法で、どんなガンも治せる」というような印象を与える表現が時々出てきます。しかし同様のガンを患っている方がすべて、ムラキテルミ式の食事療法をやれば治る。などとは、医師の立場からは、とても言えません。しかし、ムラキテルミさんが「悪性の肝臓ガンを極く少食で治した」という事実は、厳然として存在します。」(p.7)

冒頭にある石原結實医師の推薦文です。特に余命宣告されたような癌患者や関係者は、藁にもすがる思いで治る方法を探しているものです。それに対して希望を与えることは意味があるとしても、絶対という保証はできないと釘を差しておられます。


DR.石原「全ての病気の原因は1つ

  血液の汚れ‼
  血液の汚れの原因は2つ
  1.低体温 と
  2.食べすぎ です。

  ガンは、
  血液の浄化装置ですから
  怖れることはありません」
」(p.31)

石原医師の著書も以前紹介していますが、ガンというものも絶対的な「悪」ではなく、理由があって存在するという考え方ですね。それが、汚れた血液を浄化するために存在するということです。

そうであれば、血液を汚れたままにしておいてガンだけ除去しても無意味です。だから血液をきれいにすることを勧められるのです。


家族や財産に恵まれて幸福だったヨブは、すべてを失い、重い病気にかかります。信仰も篤いヨブは、「何も悪いことをしていないのに、なぜこんな目に遭うのか」と嘆くのですが、神さまから、「私の与えることに文句を言うのか」と叱られてしまいます。やがて「今までこれだけの幸せをいただいたのだから、神様がご用意くださるなら、不幸も喜んでいただこう」と思えるようになるのです。」(p.88)

クリスチャンだというムラキさんは、聖書のヨブ記の一節を話して、自分も同じような心境だと言います。
病気とか事故とか、そうなってほしくないと思うことがあります。しかし、どんなに生き方を正して健康的な生活を心がけたとしても、そういう状況になってしまうことはあるのです。
そういう時、天を恨んだり、自暴自棄になってしまうこともできますが、ヨブのように受け入れて穏やかに生きるという選択肢もあるのです。


その当時、日本ではまだハルステッド法(大胸筋とともに癌を切除する方法)が主流でしたが、カナダでは、すでに温存療法が主流になりつつあったそうです。コータック療法もこの温存療法の進化した方法といえます。」(p.112)

ムラキさんが出会った癌サバイバーのお一人、すみれさんが乳がんを克服された事例に書かれています。コータック療法という名前を知らなかったのですが、高知大学医学部など、一部の病院でしか行われていないようです。
癌患者さんが、あちこちの病院で治療法を探し回るという話をよく耳にしますが、現場の医師が知らないことはあり得るとしても、日本ではまだ、治療法や事例に関する情報を一元管理して提供するというシステムが整っていないのでしょうかね。


食を慎み、体温が上がれば、体内神秘の力が動いて、体が治癒のシナリオも書いて勝手に「病気」を治癒します。「気」の浄化に必要なのは、浄化し易い体内環境だけでした。
 「空腹」であること。「体温が高い」こと。この2つだけです。
」(p.125)

ムラキさんは、ガンが治った後も好転反応のような症状が次々と襲ったことを書かれています。その最後が、腎臓結石でした。
ムラキさんは癌になる前、腎臓の働きが悪くなっていたのです。ムラキさんの身体は、癌を治して、やっと本丸の腎臓を治す働きができるようになった、ということかと思います。


江戸時代の有名な人相観(観相家)の水野南北が、人相を観ても当たらない人がいて、そういう人は食習慣が違うということに気づいたそうです。そこで「人の運は食にあり」として残したのが次の言葉です。
「腹八分目で医者いらず。腹六分目で老いを忘れる。腹四分目で神に近づく。」

この言葉は、インドのヨガの教義という話もありますが、少食が健康長寿につながるということは、現代科学でも動物実験でわかっていることです。また、動物が病気になった時は食べずにじっとしていることからも、断食が健康に良いとも言われています。

現代の栄養学はカロリー信仰のようなものがありますが、それでは説明できない少食を何年も続けておられる方や、さらに進んで不食の方もおられます。そういうことも考えると、栄養を摂るのが身体のために良いという考え方は、疑ってかかってもいいのではないかと思っています。

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2021年08月24日

ちよにやちよに



博多の歴女こと白駒妃登美(しらこま・ひとみ)さんが、絵本を出されるというので購入しました。テーマは国歌の「君が代」です。

「君が代」は、国歌としては異質です。これは他国の国歌を知ればよくわかりますが、たいていは他の国々と戦って自国を守ろうとか、国のために戦えとか、勇ましい歌が多いのです。私が暮らしたタイの国歌も、Wikipediaにはこんな訳が載っています。
「血と肉によるタイの団結 タイはすべてタイ国民に属せり 一致団結 国家の独立永らえん 平和を愛するタイ国民 苦難に屈する臆病者なし 侵されることなき国家の独立 自由のために命を捧げん タイ万歳 永きに渡る勝利を!」

それに対して「君が代」は、57577(=31文字)という和歌になっています。これだけ短い歌詞も珍しいのですが、その内容は、ただただ「君が代」が長続きしますように、という意味でしかありません。
ところが、この「君」というのは天皇陛下のことであり、天皇制に反対する人たちから、「とんでもない」「けしからん」という声が聞こえてくるのです。

したがって、学校での国歌斉唱に起立しない、歌わないという教員がいるそうです。政治的なポリシーからそうするとのことですが、公務員という立場にはなじまないもの。国に雇われておきながら、国のやり方には反対というのでは、会社の規則を守らない社員と同じですからね。

そんな問題が社会にはありますが、白駒さんはそこに、違う視点を持ち込まれています。「君が代」は、天皇制礼賛の歌ではないということです。これは、すでに多くの人が言っていることではあるのですが、それをあえて絵本にすることで、また英語訳を加えたバイリンガルにすることによって、日本の国歌の素晴らしさを広めたいということなのです。

なお、この絵本の文は白駒さんですが、絵は吉澤みかさん、訳は山本ミッシェールさん、書は高村遊香(たかむら・ゆうか)さんとなっています。


ではさっそく、本の一部を引用しながら、内容を紹介しましょう。ただ、これは絵本ですので、絵を写真で紹介するのはやめておきます。また、絵本のキャプションも引用しません。その代わり、最後に書かれた「あとがきにかえて」から白駒さんの言葉を引用しましょう。

私たちの国歌『君が代』の本歌(ほんか)は、平安時代に生きた、ある人物の詠んだ「愛の歌」です。このことを知った時、梅の花に太陽の光が差し込みキラキラと輝き始めたような、美しいあたたかさが、胸いっぱいに広がっていきました。」(p.34)

詠み人知らずとされている歌ですが、古今和歌集に載っています。これが世間に広まり、祝い事の場で歌われるようになりました。その歌は、「君が代」ではなく「わがきみは」と歌われているのです。

「わがきみ」とは、男女問わずに愛するパートナーのことを表現する言葉だそうです。ですからこれは、愛する人に対して「長生きしてね」と願っている歌なのです。


この歌は、多くの日本人の心を捉え、結婚式だけでなく、祝いの席で歌われるようになりました。そのため、古今和歌集から100年が経った和漢朗詠集には、「わがきみは」を「君が代は」と変えて載っているのです。

たとえば、正月の祝いの場とか、上司が栄転する時のお祝いの歌として歌ったりもしたのでしょう。そういう時、「わがきみ」より「君が代」の方が都合が良かったのです。


『君が代』が、天皇に捧げる歌であるという解釈は、明治以降に生まれました。」(p.35)

つまり、天皇制を強固にすることによって、国民意識の統一を図ろうとするようになってから、こういう解釈が生まれたということです。

なぜそう言えるかと言うと、天皇陛下のことを「君」とは呼ばなかったからなのです。「大君」とは呼びます。もし仮に「君」と呼んだとしても、その場合は「君が御代」というように、必ず尊敬を表す言葉が付加されるのです。

このような経緯が、詳細に書かれています。これを、天皇陛下の世が長続きすることを考えて作られた歌だから国歌としてふさわしくないという理屈は、完全におかしいと言えるでしょう。


日本の国歌はラブレターだったのです。こんな国歌、他の国にありますか?
だからこそ、この歌をバイリンガルにして、世界中に広めたい。それが白駒さんをはじめとして、この絵本制作に取り組まれた方々の思いのようです。

この歌を歌うとき、誰を「君(きみ)」と思うのかは、歌う人の自由です。想像の翼は、国境も宗教も、時代さえも、たやすく超えることができます。「君」は人でなくてもかまいません。想像力をふくらませれば、虫や動物や草木、山や海や地球、月にも宇宙にさえも対象を広げることができます。
 おおらかで和やかな人類愛、地球愛、宇宙愛を込めた、究極の愛のうた。「この素敵な先人たちからの贈り物を、世界中の人々と分かち合いたい」との思いから、英訳をつけたバイリンガル絵本といたしました。
」(p.36)

ぜひ、この絵本の制作に携わった方々の思いを、感じ取ってみてほしいと思います。

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※白駒妃登美さんのサイン
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:16 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月18日

99歳、ひとりを生きる。ケタ外れの好奇心で



これも日本講演新聞(旧:みやざき中央新聞)で紹介されていた本です。著者は日本画家の堀文子(ほり・ふみこ)さん。ご高齢でありながらも子どものような好奇心を持ってハツラツと生きておられる。これはエッセイですが、堀さんの若々しく生きる秘訣を知りたくて、買ってみました。


ではさっそく、本の一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

新しい感性で作品をつくるには、いつも「現在(いま)」に興奮していなければなりません。死ぬことは”初体験”ですから、死の問題に自分が何を感じて、どんな最期を迎えるのか、興味津々なのです。」(p.19)

堀さんは、歳を意識したことはないと言います。けれども、だんだんと死に対して親しみを感じてきたのだと。それは、未知の死が目前に迫りつつある臨場感の中で、恐れよりも好奇心の方が勝っているからのようです。


年を重ねて、自由がだんだんそばまで来たような気がいたします。
 何ものにあってもおどおどしなくなるには、よほどの目にあわないとわかりません。
 打ちのめされて、必死で新しい道を探すたびに、今までの常識を壊し、少しずつ自由になってきたように思います。
」(p.37)

新しいものと対峙するということは、これまでの常識ややり方が通用しないということです。堀さんは、自分自身を追い込むために、あえて見知らぬ場所を訪れたり、住まいを引っ越したりされてこられました。それは、自由になりたいという渇望からだったのかもしれませんね。


わたくしにとって新しい住居や旅は、
 どんな努力も及ばない、自己改造への方法です。
 わたくしの中に眠る未知の因子に
 火をともしてくれるような気がいたします。
」(p.57)

同じところに留まっていたのでは息が詰まる。自分として成長できず、自分らしく生きられていないと感じる。だから堀さんは、あえて未知への挑戦を続けてこられたのでしょう。

喜多川泰さんの小説に「「また、必ず会おう」と誰もが言った。」(通称「またかな」)というものがあります。主人公の少年は、望んだわけではありませんが、ヒッチハイクをしながら長距離を旅して帰宅することになります。しかしその未知なる経験によって、少年は大きなものを得て、成長していくのです。


堀さんのような生き方が、誰しもできるとは思いません。人にはそれぞれ、与えられた課題があるのですから。
けれども、その生きている環境の中で、どうすることがより自分らしさを発揮することにつながるのか、ということへのヒントを与えられたように思います。

自分の限界を自分で決めないことですね。ただし、そうしなければならないのではなく、そうしたいから、そうすることが自分らしいからという理由で、何かに挑戦し続けること。たとえそれが小さなバンジーであろうと、自分を卑下することなく、その小さなバンジーを飛び続ける。そうすることで、より自分を生かせる環境へと導かれていくのではないか。

99歳の女性がやっていることです。それを知るだけでも、勇気が湧いてくるではありませんか。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:58 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月08日

気もちの授業



これも日本講演新聞(旧:みやざき中央新聞)で紹介されていた本です。スキーの事故によって手足がまったく動かないという障害を負いながら、また教壇に立ちたいという思いでリハビリに励み、見事に復帰された腰塚勇人(こしづか・はやと)さん。この方の体験が「命の授業」という動画になり、多くの人に感動を与えました。

しかしその後、腰塚さんは立ち上がれなくなるほどのどん底に突き落とされていたのですね。
1年から受け持った3年生のクラスは、腰塚さんの復帰を喜んでくれて、授業でも助けてくれたそうです。その感動の中で、クラスの生徒たちは卒業していきました。ところが、その後新たに受け持った新1年生には、腰塚さんはまともに授業ができない障害者の教師に過ぎなかったのです。

どうしてもまた教壇に立ちたいという思いで辛いリハビリに耐え、頑張ってこられた腰塚さんでしたが、その人生を全否定されたような気持ちになったようです。そして精神的に病んでしまい、教壇に立てなくなってしまわれたとか。

そういうどん底を味わったことで、腰塚さんは1つのことに気づかれたそうです。それは、自分が自分の気持ちを大事にしてこなかったということ。腰塚さんはそのことを伝えたくて教師を辞め、講演家として活動されるようになられました。その講演が本のタイトルの「気もちの授業」なのです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

ほんとうは誰かに分かってほしい! 気づいてほしいんです。良い悪いではなく、今そういう気もちなんだよネ……って。だからこそ、まずは自分で自分の気もちに気づいてあげてほしいのです。」(p.48)

自分の反省を踏まえながら、腰塚さんは子どもたちにそう語るのです。子どもたちが、自分のように押しつぶされてしまわないために。


苦しいときイライラしていいんだよ、ブチ切れていいんだよ、文句言って、悪口言っていいんだよ。その中で自分の今の気もちに気づいてほしい。その練習をくり返しながら、気づいてほしい。自分のいちばんの理解者は自分だと。そして、人の気もちがわかる人になってもらいたいです。」(p.55)

ネガティブな感情を否定すると、どうしても自分の気持ちを抑圧することになってしまいます。抑圧する前に、気づいて受け入れることが大切なのです。

気づけば、コントロールすることが可能になります。腰塚さんは、気持ちが波立った時に平穏な状態に戻すためのツールを用意することも勧めておられます。たとえば、気持ちが落ち着く場所へ行くとか、ご機嫌になれる食べ物を食べるなど。音楽を聴く、運動をする、笑顔を作る、ともかく寝るなど、自分にとって効果的なツールを用意するようにと言われるのです。

腰塚さんは、笑顔を作ることや「ありがとう」を言うこと、自分で自分を抱きしめるように「がんばってるね」と声をかけるなどの方法を行っていると言います。私も腰塚さんのように、自分で自分に語りかけていますね。


怒りは第二感情といわれ、怒りの背後には本来の感情(第一感情)が隠れています。」(p.57)

他で紹介していますが、こういう心理学的な知識を持つことも役立つでしょうね。(関連本の紹介記事:「反省させると犯罪者になります」「子どもが変わる怒らない子育て」
つまり、「怒り」は第一感情の「がっかり」「寂しい」「悲しい」などを受け入れずに抑圧することで起こる第二感情であるということ。そうであれば、最終的に気づいて受け入れる必要があるのは、その第一感情なのです。


私が思う本当の自信とは「自分を信じると自分が決める」ただそれだけです。なぜなら自分を信じるのに根拠や理由は必要ないから。それまでの経験や実績は関係なく、今、このときから自分を信じると自分が決める。」(p.125 - 126)

他人からの評価や、何らかの理由(根拠)によって自信を持つというやり方は、外的要因が変わればあっと言う間に崩れてしまいます。だから私も、「根拠のない自信」を持つことを勧めています。
(「根拠のない自信」に関する過去記事:「謙虚さと自信を併せ持つこと」「目標は高い方が良いか?それとも...」「自信があれば楽しく生きられる」「不安を取り除けば自信が持てる」「私が一番受けたいココロの授業」「キラッキラの君になるために」


寄り添うというより受け止めてあげる。アンダースタンド。だから共感ではありません。受け止めて、理解する。私のキーワードは、「そうなんだ」。
 そうなんだ。きみはそう思ってるんだ。私は家族やいろいろな人たちの話を聞いたときに言う言葉は、それです。
「そうなんだ」と、受け止める。あなたのその気もちと考え方に共感しているわけでも、納得しているわけでもない。でも、考え方や気もちは尊重するよと。
」(p.129)

つまり、相手の気もちや考え方に「同意」する必要はないのです。「あなたはそう考える(感じる)のですね。」と受け止める。その考え方、感じ方を否定しないことを伝える。あなたはそれでいいと思う。そういうことです。

腰塚さんは、そこで相手からどう思うかと問われれば、自分の考え方、感じ方を話すが、それを相手に押し付けることはしないと言います。あくまでも自分はどう考えるか、感じるかというだけのことで、どっちが正しいかということではないからです。

「私はこうだけど」ということは言えるけど、決めるのはあなたです。強制、コントロールはしません。相手を受け止めてあげると、自分の意見も受け止めてもらえます。そうなんですネ。そう考えているのですネ。でも決めるのは自分です。」(p.129)

人はそれぞれ違うし、違って当然なのです。そして人はそれぞれに自由です。そのことがわかっていれば、当然、こういう考え方になるだろうなぁと思います。


私が今とっても大事にしていることです。
 健全な集団、健全な家庭はそれぞれが、みんな「境界線」をちゃんと持ってるということ。
」(p.130)

つまり、個として独立・自立しているってことです。それを受け入れ合うということですね。
腰塚さんの家族では、それに関して3つのルールがあるそうです。「1つは、境界線を必ずつくる。」「2つ目が、コントロールしない、押し付けない。」「3つ目は、それぞれの感情を引き受けない。」

たとえば、子供部屋には親と言えども勝手に立ち入らないとか。夫婦であっても勝手に覗いてはいけないものがあるとか。それが境界線です。そして、「かくあるべし」「かくあるべからず」を相手に押し付けないこと。相手がたとえ子どもでも妻でも、独立した一人前の人間だとみなすということです。
3つ目は、相手の感情を変えようとしないということです。イライラしたいならさせておく。機嫌を取る必要はないし、そんなこともしないということ。相手の自由に任せるということです。したがって、自分の機嫌は自分で取らなくてはならなくなります。他人に甘えて機嫌を取ってもらえないのですから。

腰塚さんは、心理学で有名な「ゲシュタルトの祈り」をアレンジして、次のように自分自身に語りかけているそうです。

私は私のことをする。
 あなたはあなたのことをする。
 私はあなたの期待に応えるために生きているわけではない。
 そしてあなたも私の期待に応えるために生きてるわけではない。
 私は私。あなたはあなた。
」(p.132)

ゲシュタルトの祈りは知りませんでしたが、これはまさにアドラー心理学の言う「課題の分離」ですね。一見すると冷たく感じるかもしれませんが、これが理解できると、これこそが愛だなぁとわかると思います。


腰塚さんは、自分の気もちに気づくことで、さらに大きくなれたと自分のことを思っておられるのではないでしょうか。
けっきょく、すべてのことは「気づき」のためにあるのであり、気づきによって私たちは成長します。その自己の成長こそが、私たちに深い満足と喜びを与えます。それがわかると、私たちは強く生きていけるようになるのではないかと思うのです。

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2021年06月27日

土木のこころ 復刻版



日本講演新聞(旧:みやざき中央新聞)で紹介されていて、気になったので買ってみました。著者は田村喜子(たむら・よしこ)さん。当初は2002年4月に山海堂から出版されていましたが、廃版となっていたのを復刊した復刻版となっています。

日本講演新聞に紹介されていますが、復刊を志したのは寿建設の森崎英五郎社長です。東日本大震災の後、多くの人が復興のために尽力しましたが、評価が高かったのは自衛隊などで、土建屋さんの評価が低かったのがきっかけだとか。土木業というのは縁の下の力持ちであり、日本国民の幸せのためになくてはならないもの。そういう志と矜持を、従事する人たちに持ってもらいたい。そういう思いもあって、この本を復刊することに力を注がれたようです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

この本は、高邁な志を持って土木建築業に心血を注いだ20人の人々を紹介するものになっています。もともと、著者の田村さんにそういう思いがあったわけではないようですが、たまたま取り上げた琵琶湖疏水の建設をした田辺朔郎(たなべ・さくろう)氏のことを書いたのが縁で、土木建築に携わる人を追うようになったのだそうです。


「恵まれないひとたちに、少しでも暮らしやすい社会資本をつくりたい。そんな思いでぼくは土木を選びました」「ぼくたち土木屋にあるのは、3Kではなく、完成させたときの感動のKです」と熱っぽく語った土木技術者たちを私は忘れることができない。」(p.4)

「まえがき」の中で、田村さんはそう語ります。土木建築は、人々の幸せのための社会のインフラ整備という使命があり、それを成し遂げることで、人々の幸せに貢献する。だから、どんなにつらく苦しい仕事であっても、感動というご褒美が待っているのです。


この本の中で、よく名前が出てくるのが廣井勇(ひろい・いさみ)氏です。内村鑑三氏とはキリスト教の友でもあり、札幌農学校でクラーク博士から学んだ学友でもあります。伝道の道を歩んだ内村氏に対し、廣井氏は、高邁な思想の前に日々の生活を豊かにすることが重要だという考えのもと、建築土木の道を志しました。
そして、そういう使命感を持った廣井氏は、多くの建築土木関係の人々に影響を与えていったのです。

この貧乏な国で、民衆に十分な食べ物も与えられずに、神を説いても役立つとは思えない、だから、ぼくは伝道を断念して、いまから工学に入るよ」(p.28)

建築土木というのは、人々の幸せのための手段に過ぎません。神の道とは、突き詰めれば人々の幸せに貢献すること。廣井氏は、キリスト者として生涯を建築土木に捧げたのです。


この本の中では、台湾で神として祀られている八田與一(はった・よいち)氏のことも取り上げられています。(p.37)于山島ダムなど灌漑を整備し、嘉南平原を大穀倉地帯に変えた方です。
もちろん、彼が一人で行ったわけではありませんが、台湾の人々の幸せのためにという熱意によって人々を動かし、この一大事業を完遂したのでした。


平成一二年(二〇〇〇)一二月に開かれた最後の河川審議会では、「流域での対応を含めた効果的な治水のあり方」、「河川における市民団体等との連携方策のあり方」などを建設大臣に答申した。自然の川の性質と機能を尊重する時期にきているいま、河川行政が大転換をはかるきっかけになる、と高橋は考えている。要は川との付き合い方のなかでの、人間の責任が求められているのだ。」(p.254)

これまでの治水と言えば、どちらかと言えば自然を力づくで抑え込もうとするものでした。しかし、どんなに抑え込んでも、自然は無理な力に反発するかのように暴れ出します。高橋裕(たかはし・ゆたか)氏はそのことに気づき、自然と共存する道を模索し、「川にもっと自由を」と唱えたのです。


この本の復刻版を出そうと思い立って尽力された森崎氏は、最後にこう書かれています。

特に土木工事は、地域や社会の基盤をつくり、その機能を維持するための作業が求められる。しかも天候や地域事情などに大きく左右されながら、決められた工期を守らなければならない。
 災害時は巡回も含めた長時間の対応もしなければならない。
 高品質のモノづくりをしながら、地域を守るという任も背負わなければならないのだ。
 この世界に飛び込んでくるには、そういった使命に向き合うことを厭わない「こころ」が必要ではないかと思う。
」(p.274)

たしかに、この本に取り上げられた人々は、そういう使命感に生きた人たちだったでしょう。しかし、そういう人たちでも、最初からそうだったわけではありません。
ですから森崎氏は、そんな崇高な志がなくても、「でっかい橋をつくってみたい」というような野望でもいいといいます。そういう夢や憧れを持って、土木建築の世界に飛び込んできてほしいと言うのです。

単に給料が良いから、待遇が良いから、という基準で職業を選ぶという考え方もあるでしょう。しかし、そういう考え方は、3K(きつい、汚い、危険)を避けることができたとしても、それによって重要なK(感動)が得られない人生となるのではないでしょうか。


私は今、長野県で介護職に就いています。タイで仕事が見つからず、私にできることなら何でもやろうという思いで帰国し、仕事を探しました。そうしたところ、導かれるように今の仕事と出合いました。
妹から、「介護だけはやめておけ」と忠告されたにも関わらず、何か惹かれるものがあったのです。(詳しくは私のYoutubeチャンネルの動画をご覧ください。)

そうやって介護職に飛び込んだ私には、この本で紹介されている先人たちの生き様が共感できます。とてもとても並び立てるようなものではありませんが、私も同じ「こころ」を感じたいと思うのです。

ぜひ、そういう「こころ」を感じてみてください。そういう方に、お勧めしたい本です。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:20 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月14日

兄貴に教わった幸せ女性になるコツ: バリ島日記



バリ島の兄貴の関連本になりますが、兄貴邸で2ヶ月間の異文化交流生として過ごされた宮田莉奈(みやた・りな)さんの本を読みました。Kindle版のみになります。

兄貴こと丸尾孝俊さんの本は、これまでにも数多く紹介しています。その兄貴が始めた事業の1つなのですが、異文化交流生ということで、バリ島の兄貴邸で働きながら生活することで、兄貴の教えを学んで成長してもらおうというものです。

兄貴は、日本の未来を創るお母さんに育ってほしいという願いがあり、そういう女性を順次受け入れています。宮田さんは、第88期生になります。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

「 幸せ」 とは、 日々、 毎日 自分 で 身 に つけ て かかる もの や。 例えば、 でき なかっ た こと が 出来る よう に なる、 お日様 が 登っ て いる こと とか、 些細 な 事 を 見つけ て かかる こと で、 幸せ に なる。 決して、 誰 かに 与え られる もの では ない。」(Kindle の位置No.89-91)

宮田さんが「幸せ」の定義を尋ねた時の兄貴の答えです。他のものや環境や人から与えられるものではなく、今あるものの中に見つけるのが「幸せ」だと言われています。

この本は、宮田さんが兄貴と接する中で教わったこと、気づいたことが、端的にまとめられています。


相手 を 信じ て、 頼り に し たら ええ ん や。」(Kindle の位置No.618-619)

信頼関係を築く方法について尋ねた宮田さんに、兄貴はこの一言を返しています。兄貴は、相手から信頼されるかどうかを問題にしていません。ただ自分が相手を信頼するかどうかだけを問題にしているのです。

もし、相手が自分を裏切ったとすれば、それは自分の尽くし方が足りなかっただけだ、という考え方なのですね。だから、相手に対して恨みを抱くことがありません。


「あの なぁ。 掃除 って、 ご 主人 が いる とき に し たら あか ん って 知っ て た?」
「ええ! ご 主人 が いる とき に 掃除 し ては いけ ない ん です か!」
「当たり前 や ない か! 平日 共稼ぎ で あっ ても、 早く 戻っ て 掃除 すん ねん。」
「え えー! 奥さん が 掃除 し てる 姿 を 見る と 旦那 さん は、 稼が ない ん です か?」
「はい。 気の毒 だ から、 手伝い ます。 身体 休まり ませ ん。 結果、 仕事 行っ て フラ フラ になり ます。」
「ああ あー。 なるほど ー。 でも、 奥さん も 旦那 も 正社員 なら、 大変 です よね?」
「いや、 でき ます。 旦那 が 風呂 入っ てる 間 に 掃除 出来る やん。」
「そういう こと です ね。 では、 子育て を 一緒 に やる のは どう です か?」
「子育て は お前 が やん ねん。 旦那 が 子育て に 参加 する のは し たい とき だけや。」
「あー、 そう な ん です ね。 では、 旦那 が 可愛い 女の子 と 話し て たら、 焼い たり し ませ ん か?」
「あの なぁ。 それ は お前 だけ です。 焼きもち や 嫉妬 は 未熟 って こと や。」
「一緒 に なっ て、 可愛い ねー 言う ん や。」
「なるほど ー。 では、 共稼ぎ だ から、 何 でも 半分 ずつ やるのは どう です か?」
「無い です。 そんな 嫁 は いり ませ ん。」
「えー! そう な ん です ね。」
「旦那 の 年収 を 伸ばす 奥さん は、 自分 の こと で 倹約 し、 旦那 には 倹約 さ せ ませ ん。 男性 心理 として は、 申し訳 無い として、 一生懸命 頑張り ます。 旦那 に 倹約 さ せると 旦那 は 稼げ ませ ん。」
「では、 小遣い 制 とか が ダメ って こと です か?」
「全然 だめ。 ブー。 クズ。 カス。」」(Kindle の位置No.788-801)

夫婦のあり方について、兄貴と宮田さんのやり取りが面白いので、少し長いですが引用しました。

これは、宮田さんが女性だから、兄貴はこう言われているのだと思います。つまり、女性の立場からしたら、完全に男性を立てるようにしなければ、アゲマンにはなれないよ、という教えなのです。

では、男性からすればどうか? おそらく、奥さんのためにも懸命に仕事をして稼いで、大きな人間になれよ、ということではないかと思うのです。

相手に何かを求めるのではなく、自分が相手のために何ができるかが重要なのです。それは、男と女で立場が違うから、やることが違ってくるかもしれませんが、その思いは同じなのではないかと。


まず なぁ、 おじいちゃん、 お ばあちゃん に 預けろ と 思う よ。 うち の 孫 見 て み て ー って、 近所 から そこら 回る やろ。 そしたら、 いろんな 人 に 可愛がっ て もらえん ねん。 これ で、 成長 率 バッキバキ や。」(Kindle の位置No.925-927)

子育てで重要なのは老人の活用だと兄貴は言います。これは、私がお勧めする「神との対話」でも言われていることですね。

今、 公民館 空い てる やろ? そこ に おじいちゃん、 お ばあちゃん 集め て、 子ども の 面倒 を 見 て もらう ねや。 両親 共働き の ところ 多い から、 そういう 子ども 見 て もらう ねん。 家 で 独り 寂しい 思い を し なく て 済む やろ? ほんで、 おじいちゃん、 お ばあちゃん に 日本 の 伝統 や 道徳、 モラル、 マナー、エチケット を 教え て もらう ねや。」(Kindle の位置No.951-954)

私も、老人ホームに保育園を併設して運営するのが、子どもの教育のために良いことではないかと思っています。


「あの な、 もっと 人 に 会っ た 方 が 良い と 思う よ。 ほんで、 人 と 人 を 繋ぎ まくる ん ねん。 人 を 幸せ に 豊か に し て 笑顔 に し て たら、 落ち込ん でる 暇 無い で。」」(Kindle の位置No.992-994)

落ち込んだり、鬱になったりする人は、自分の殻に閉じこもってしまいがちなのです。だから自分のことは放っておいて、他人のことにかまけるのだと兄貴は言うのです。

鬱から自殺してしまう人も多いですが、自分のことにかまけず他人のことにかまける、他人事を自分事にする、という兄貴の教えを、ぜひ知ってもらいたいなぁと思うのです。


最後に宮田さんは、異文化交流生という体験の素晴らしさを、次のように語っておられます。

異文化 交流 生 の 素晴らしい ところ は、 良い 教え の 話 を 聞く だけでは なく、 実践 する こと によって 体得 し て いく こと だ と 思い ます。
私 は 人生 の 中 で、 人 に 怒ら れ た こと が あまり あり ませ ん でし た。 しかし、 兄貴 に ダメ な ところ を 徹底的 に ご 指摘 いただける ので、 自覚 でき、 改善 出来る と 思い ます。
兄貴 は、 常に 私 たち の 成長 を 願っ て 接し て ください まし た。 歴史、 文化、 経済 の 事 など、 本 や セミナー では 知る こと が 出来 ない 事 も、 たくさん 教え て いただけ まし た。」((Kindle の位置No.1089-1093)

まさに、理論だけでは不十分で、その実践が伴わなければならないのです。理論と実践は、この幸せ実践塾でも大事にしていることです。実践しなければ、考え方の習慣は変わりませんから。


兄貴の側で暮らして、兄貴の素晴らしさを存分に体験された宮田さんが、わかりやすく兄貴の教えの素晴らしさを語ってくれています。
異文化交流生に興味がある方はもちろん、兄貴の教えをもっとよく知りたい方へも、お勧めの本だと思います。
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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:33 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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