2019年09月16日

がんばらない



鎌田實(かまた・みのる)さんの本を読みました。Amazonを見ていて、タイトルが面白そうだと感じて買ったのです。どんな方だか知らなかったのですが、あとで調べてみると、テレビでよくお見かけしたお医者様だったのですね。

内容もよくわからなかったのですが、エッセイ集のようなものでした。学生運動に身を投じていた鎌田さんは、人々に優しい医者になるという信念のもと、損得を度外視して医師不足の信州へ行かれた。そこで、住民から喜ばれる医療というものを考え、実践してこられたのです。

2003年に発行された文庫本ですが、私が買ったのは2017年の第30版です。長い間、一定の支持がある本のようです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

ぼくの大学時代の同級生に長谷川幹という、おもしろいリハビリ医がいる。彼が障害の受容についてこんなことをいっていた。
「障害の受容という言葉を医療人はよく口にするが、そんなに簡単なことではない。障害を受け入れてはいないが、日常的に、麻痺や障害などの回復する話が、あまり出なくなる状態と考えたほうがわかりやすい。そして、そのような状態になるのに、数年かかるのが普通だ」
 同感である。障害や死の受容はそんなに簡単ではない。研治くんも悪性リンパ腫であることを家族から話してもらったが、ひと晩だれとも口をきかなかった。ひと晩で受容したように見えたが、受容に軸足を置きながらも、「否認」や「怒り」や「取り引き」に、行ったり来たりしていたのだ。このジグザクがなんとも人間的で、いとおしい。
」(p.34)

スケート部で活躍してた研治くんは、親や家族を心配させたくない思い、なんで自分がこんな病気にという恨み言など、様々な思いが押し寄せたのだろうと思います。そういう思いを鎌田さんも理解して、見守っておられたのでしょうね。


たいした用はなかった。外出の日ぐらいどうにでもなったのさ。治らない病気だと知っていたら、じいちゃん一人にしないで、じいちゃんの布団のなかに入って、いっしょにいろんな話をしてあげたかったのに」と、たぬきのおばあちゃんは笑いながら話してくれた。
「いっしょの布団に入りたかった」か。いい話だなあ。ぼくは二人にそうしてもらいたいと思って外出をさせた。だけど「貧血」というぼくの嘘がそうさせなかった。ぼくが勇気を出して、白血病であること、命に限りのある病気であることを、たぬきのおばあちゃんに伝えていたなら、おじいちゃんは自分の家の、自分の部屋の布団のなかでひとりポツンとしていなくてすんだのだ。
 日本流のやさしさがつらい話は聞かせないという習慣をつくってきたが、告知をしないことは本当のやさしさだろうかと思った。
」(p.41)

おばあちゃんに白血病と知らせなかったのは、おばあちゃんが動揺しておじいちゃんに伝わってしまうから。それぞれの立場で、それぞれの考え方で、それぞれの判断があったのです。

しかし鎌田さんは、こういうことから、真実を知らせることが何よりも大切だ、という考え方に至ったのでしょう。真実を知らせることほど優しいことはない。私も、そう思います。


奥さんのお父さんが亡くなられた事例をあげて、鎌田さんは次のように語っています。

ぼくは自分の命のあり方を自分で決めていくことが、大切なことだと常々思っている。自分で決めるためには、本当のことを知ることが大切だ。本当のことをお互いが隠さずいい合えること、真実を語り合えることが、生き方を選択するためにも、決定するためにもどうしても大切だと思っている。」(p.43)

おじいちゃんの三年半の闘病で隠し事はひとつもない。おじいちゃんがうちに着て、ご飯を食べていても病気であることをみんなが知っている。みんなが大事にする。おじいちゃんもいよいよであることを知っているから、孫たちを大事にする。隠し事がないということがとても大事なことだった。」(p.53 - 54)

医療は今まで医師が絶大な権限をもって、患者さんそれぞれの生き方まで決めることがあった。しかし、そういうお任せ医療はもう時代おくれだ。自分の体に起きたことをよく知りながら、自分で自分のことを決めていく、自分の人生を自分色に染めて、デザインしていくということが大事だと思う。」(p.55)

人の尊厳は、自分の自由に決められることにある。そのためには、できるだけ真実を知る必要がある。まして、真実を知っていながら、それを隠すようなことはしてはならない。それが鎌田さんの信念になっていったようですね。


ぼくたちの始めた市民中心のデイケアは厚生省の目にとまり、厚生省で、ボランティアが撮ってくれた八ミリ映画の活動記録の上映会がおこなわれた。これがきっかけになったのだろう、それからしばらくして、デイケアやデイサービスの制度がつくられ、日本じゅうにデイサービスセンターができるようになった。
 命を支えるのに、こんなものがあったらいいなあという市民の単純な思いが、国の新しい制度をつくったように思う。
」(p.95)

自宅で介護するのが当たり前とされた時代、お嫁さんは休むことさえ許されませんでした。病院で預かるというデイケアなどは、鎌田さんたちのアイデアで始まったのですね。


「ぼくはこの地獄の板挟みのなかで、よしさんから大切なことを学んだ。七十になっても、人は人に触れていたい、触れられていたい。そんな思いだったのだろう。
「治療する」ことを「手当て」と呼ぶ。治療の原点はまさに手を当てて触れることなのだろう。よしさんのことはぼくたちに、その大切さを忘れるなよ、と語っていたような気がする。
」(p.99)

よしばあさんは、どうやら故意に鎌田さんの股間を触っていたようです。触られまいとする鎌田さん、何とか触ろうとするよしばあさん、2人の攻防は看護婦さんたちの間でも注目されていたとか。

しかし、そういうやり取りをしている間、よしばあさんは狭心症の発作が起きなかったようです。それが、鎌田さんが東京へ出張したところ、久しぶりに発作が起きた。鎌田さんは、ニトログリセリンよりも人との触れ合いの方が、体調を維持するのに役立ったのではないかと思われたようです。

私もレイキを母にしてあげた経験から、同じようなことを感じています。「手当て」とは、愛情表現なのです。


この本を読み始めたころ、購読している「みやざき中央新聞」に、鎌田さんの記事が載りました。何という奇遇でしょう。

その中で鎌田さんは、昭和23年に生まれ、親から捨てられたという話をされています。養父の岩次郎さんは、奥さんが心臓の病気で入院していることもあり、1日15時間働いて生活を支えていたにもかかわらず、鎌田さんを拾って育てたのです。

鎌田さんは、人間はこの「にもかかわらず」が大事だと言います。

そして、高校を卒業するころ、大学に進学したいと養父に伝えると、3度話して3度とも否定されたとか。大暴れした後、養父はやっと、自由にやっていいが、費用は自分で工面しろと言って、許してくれたそうです。

鎌田さんは、人間にはこの「自由」が大事だと言います。

テレビで拝見しただけの鎌田さんですが、温かくて優しい印象があります。鎌田さんが、様々な苦難を乗り越えてこられた結果、そういう人格が形成されたのでしょうね。そんなことを感じさせてくれる本でした。

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2019年09月02日

犬飼ターボ

犬飼ターボ(いぬかい・たーぼ)さんの小説は、2007年に読んだのが最初のようです。

「チャンス」は、1人の青年がメンターと出会って、成功していく感動のストーリーです。

それから犬飼さんの小説にはまって、全作を読んできました。

ただ、その記録をとっていないので、このブログで紹介できているのは、その一部になります。


◆犬飼ターボさんの本(小説)
「CHANCE チャンス」
「星の商人」
「仕事は輝く」
「DREAM ドリーム」
「TREASURE トレジャー」
「SIGNAL(シグナル)」



物語によって重要なことを伝えるという手法は、昔から利用されています。神話というのは、まさにそうなのです。そういう意味では、オーソドックスなのですが、犬飼さんの作品は、それを現代に生かしている感じがします。

他にも、福島正則さんとか喜多川泰さんなども、そういう感じです。私が大好きな著者さんです。

犬飼さんは、最初は「成功」に焦点を当てていますが、そのうちの「幸せ」に焦点が移ります。そして、私が読んだ最新作の「SINGLE(シングル)」では「愛」へ。犬飼さん自身が進化し続けているのだろうと思いました。

上記の他では、「オレンジレッスン」「天使は歩いてやってくる」「月の商人」があります。
 
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SIGNAL(シグナル)



日本での成功小説の先駆者である犬飼ターボさんの本を読みました。サブタイトルに、「愛 とは 欲求 が 満たさ れ た 喜び の 記憶」とあります。これまでのテーマとは少し違って、「愛」について正面から向き合った小説です。

※犬飼さんの本の一覧は、こちら「犬飼ターボ」のページをご覧ください。

この本は、Kindle版でしか発売されていません。「あとがき」に書かれていますが、4年間かけてやっと書き上げたもの。しかし、出版社の反応があまり良くなくて、紙媒体での出版ができなかったようです。

犬飼さんは、書籍として残したいという希望があるようで、出版してくれる会社を探しているようです。この本もまた、これまでの本と同様に、紙媒体で発行されるといいなと思います。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう・・・と思ったのですが、今回の本は、なかなか引用する箇所の選定が難しかったです。なので、あらすじを簡単に紹介しましょう。

とある国(島)、とある時代、まったくの空想の世界です。そこは、「恐ろしい霧」に包まれようとしていました。その霧は毒で、包まれると死んでしまいます。この世の終わりを彷彿とさせます。

その毒の霧から世界を守ることができるのか? そのポイントは、「愛」です。愛があれば、毒の霧を抑え込むことができる。そう信じられていました。

最初、「愛」とは奉仕する精神であり与えることだと説く教師のところに、若者と娘がやってきます。若者は教師の言葉が信じられません。なぜなら、教師はそう言いながら、物を売ろうとするからです。矛盾しているのではないか? 理屈っぽい若者は、理性で愛を理解しようとします。

一方、娘は、人のオーラを見ることができる能力を持っています。直観で愛を知ろうとします。

その世界では、ある伝説がありました。世界を滅ぼす毒の霧が現れる時、一人の英雄が愛を歌って世界を救うと。

英雄が歌ったという「愛の歌」は、子どもの頃からすべての人が聞かされ、覚え、歌っていました。しかし、毒の霧から世界を救うには、その英雄が歌う必要があるのです。

長老で占いをするオババは、毒の霧の出現を予言していました。そして、世界を救う英雄は、その若者だと言ったのです。

オババはその若者に、愛がわからないと愛の歌は歌えないと言います。そこで、まずは愛のマスターを探せと若者に指示します。

こうして、若者と娘は、愛を教わるために愛のマスターを求める旅に出発するのです。


物語はこうして、若者が少しずつ愛について理解を深めていく様子を描きます。

そうして最終的に、「愛」とは何なのかということを理解します。それが、サブタイトルに示されていた「愛とは欲求が満たされた喜びの記憶」なのです。

そのことについて、「あとがき」にこう書かれています。

おそらく「 愛 とは 欲求 が 満たさ れ た 喜び の 記憶」 という 定義 に 反対 さ れる 方 も 多い と 思い ます。 私 も 最初 は そんな はず が ない と 何度 も 考え直し まし た が、 考察 し て いけ ば いく ほど「 愛 とは 欲求 が 満たさ れ た 喜び の 記憶」 だ という こと が 鮮明 に なっ て いき まし た。
 そして、 人間 が 認知 する 仕組み、 行動 する 仕組み を当てはめ て 考え て いく と、 愛 は 暖か さ、 愛 は 光、 愛 は 思いやる こと、 愛 は 奉仕… といった いろいろ な 本 に 書か れ て いる 定義 が すべて しっくり と 収まり まし た。
 この おかげ で、 愛 は 難解 で、 高尚 で、 崇高 な もの で ある という 幻想 から 解放 さ れ まし た。 そして、 誰 でも 再現 が できる よう になり まし た。
」(Kindle の位置No.2106-2113)


これが犬飼さんがたどり着いた結論なのでしょうね。


これを読んだ私の感想ですが、これまでの本と違って、やはりわかりにくく、あまり感動が伝わってきませんでした。これは正直な感想です。

しかし、だからと言って、間違っているとは思いません。そうではなく、消化しきれていないという感覚なのです。

このことについて犬飼さんは、すでに予想されていたようで、「あとがき」にはこうあります。

何度 読みかえ し ても 新しい 発見 が ある よう に、 かなり 深い 心理的 な 解説 や それ を 元 に し た さりげ ない 描写 を 入れ て おき まし た。 愛 とは 何 かが 分かっ て くる ほど、 文章 に 隠れ て いる こと に 気づく でしょ う。
 一度 目 は、 愛 の 理解 を 言葉 上 は でき ても 腑 に 落ち て おら ず、 主人公 の 成長 に対して 感情的 に つい て いく のが 難しい と 感じ られる はず です。 しかし 脳 は 寝 て いる 間 も 処理 を 続け て い ます ので、 一 ヶ月 ほど し てから 読む と、 一度 目 よりも 主人公 に 感情移入 が 出 て いる こと に 気付く かも しれ ませ ん。
」(Kindle の位置No.2085-2090)-2086)


なかなか読みごたえのある小説だと思います。私も、しばらくしてからまた、読み直してみようと思いました。

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2019年08月23日

本田健

本田健(ほんだ・けん)さんのことを知ったのは、おそらくメンターの吉江勝さんからだったと思います。あるいは、箱根合宿の時の講師の鳥居氏からか、はたまたレイキや宝地図の望月俊孝さんか。

そしてお名前を知った時、すでに健さんの翻訳本を読んでいたことがわかりました。それで興味を持って、健さんのご著書を読むようになったのです。

当時は顔出しNGの方でしたので、どんな方だろうという興味もあり、福岡で行われたセミナーに、健さんに会うためだけにバンコクから行きました。本の印象とは違って、とてもひょうきんな方だったので、それも驚きでしたね。

また、バンコクで健さんに近い方とお会いする奇遇もありました。そういうこともあって、親しみを込めて「健さん」とお呼びしています。


◆本田健さんの本(翻訳、対談を含む)
「ユダヤ人大富豪の教え」
「愛とは、怖れを手ばなすこと」(ジェラルド・G・ジャンポルスキー著)
「あなたのお金はどこに消えた?」
「幸せな経済自由人という生き方」
「きっと、よくなる!」
「お金と人生の真実」
「「ザ・マネーゲーム」から脱出する法」(ロバート・シャインフェルド著)
「「ビジネスゲーム」から自由になる法」(ロバート・シャインフェルド著)
「あなたの夢をかなえる目に見えない力の秘密」(ロバート・シャインフェルド著)
「未来は、えらべる!」(バシャールと対談)
「一瞬で自分を変える法」(アンソニー・ロビンズ著)
「人生を変えた贈り物」(アンソニー・ロビンズ著)
「バシャールのワクワクの使い方実践篇」
「人生の目的」
「アンソニー・ロビンズの運命を動かす」(アンソニー・ロビンズ著)
「幸せなお金持ちになる本」(雑誌「ゆほびか」)
「運命をひらく」
「本調子」(共著)
「happy money」



健さんは、「お金」と「幸せ」の両方に軸を置いたテーマを追求されています。ただ金持ちになればいいわけではない、ということですね。そのために、人生を信頼することを説かれています。

そういう健さんの考え方は、私がお勧めする「神との対話」シリーズととても親和性があります。だからこそ、健さんに親しみを感じるのだと思います。


※参考:「ナビを利用すると便利ですね」「本田健さんの読者の集いに参加します」「今夜出発します」「「本田健 読者の集い」に参加しました」「弁護士が脱いじゃダメですか?」「「ひとつのもの」とつながる何かをする」「出来事はすべて良いことです」「自分で自分のコーチになる」「読書は瞑想です」「人生を信頼しよう」「不思議な出会いがありました」
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:33 | Comment(0) | ├ 著者別まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

happy money



本田健さんの新刊が出たので、Kindle版を購入して読みました。この本は最初、英語で出版されたそうです。その翻訳を健さん自身がされて、日本語訳として出版されたものになります。

お金に関する本は、これまでに何冊も書かれていますし、翻訳も手掛けておられます。ある意味でこれは、健さん集大成という感じの本になっています。

※健さんの本の一覧は、こちら「本田健」のページをご覧ください。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介します。なおKindle版ですので、ページがありません。位置情報を入れておきますが、正確ではないことをご承知おきください。

あなた が 持っ て いる お金 が「 Happy Money」 か「 Unhappy Money」 かは、 あなた の 収入、 資産 の 金額 で 決まり ませ ん。
  あなた が どちら の お金 の 流れ に 入る かは、 あなた が お金 を 与え たり 受け取っ たり し た とき に、 その お金 が どんな エネルギー を 持っ て いる かで 決まる の です。
」(Kindle の位置No.289-292)

あなた が お金 を 受け取る とき に、「 感謝 する こと を 選ぶ」 だけで いい の です。 そして、 惜しみ なく お金 を 与え、 喜び や 感謝 を 込め て お金 を 払え ば いい の です。」(Kindle の位置No.294-295)

「はじめに」の中で健さんは、この本の結論を語っています。お金はエネルギーであり、それにはHappyとUnhappyの2種類があるのですね。もしHappyなエネルギーとしてのお金を扱いたいのであれば、「感謝」「選ぶ」ことだと指摘しています。


もし あなた が お金 を「 良い こと に 使う もの」「 豊富 に ある もの」「 自由 に 与え たり、 受け取っ たり できる もの」 と 考える よう に なっ たら、 内面 の 変化 が、 あなた の 外側 の 人生 に 反映 さ れ て いき ます。」(Kindle の位置No.338-340)

お金に対する信念が、現実に反映されると健さんは言います。これはどんな信念も同じで、Unhappyな信念なら、その信念が反映されるのです。


そこで 博士 は、 コミュニケーション には 2つ の 種類 が ある と 主張 し て い ます。
  愛 と 怖 れ です。
  お金 に対する 向き合い 方 にも 2つ の 種類 が あり ます。
  それ が お金 に対する 愛 か、 お金 に対する 怖 れ です。
  あなた が お金 を 稼い で 使う とき、 そこ には 愛 か 怖 れがあります。
」(Kindle の位置No.894-896)

健さんが翻訳したジェラルド・G・ジャンポルスキー博士「愛とは、恐れを手ばなすこと」に書かれている内容です。愛と怖れ(不安)の2つのエネルギーがあるという指摘は、「神との対話」シリーズなどにもありますね。


怖 れ の 反対 は、 愛 です。 愛情 を 抱く には、 怖 れ ─ ─ 何 かが 自分 を 傷つける のでは ない か、 自分 の もと から なくなっ て しまう のでは ない か といった 怖 れ を 抱か ない こと です。 愛情 を 抱く には、 あなた が 誰 を 愛する に せよ、 その 人 が いつも そば に い て くれる と、 心 の 底 から 信じ なけれ ば なり ませ ん。」(Kindle の位置No.928-930)

愛と怖れ(不安)が対極であることは、「神との対話」シリーズでも言っています。愛に留まるには、絶対的に信じることが重要なのです。


幸せ で 豊か な 生活 を 目指す には、 倹約 しよ う なんて 考え ては いけ ませ ん。 むしろ、 意識的 に 使い ましょ う。 自分 が 幸せ だ と 感じ られる こと、 自分 の 欲しい もの に お金 を 使っ て ください。 意識的 に お金 を 使っ て いる と、 無駄遣い を し た とは 思わ なく なっ て いき ます。」(Kindle の位置No.1050-1052)

怖れ(不安)がなければ、安心してお金を使えるはずです。無駄遣いをせよということではなく、安心して、ワクワクすることに使うのです。


将来 が 怖い という 理由 で お金 を 貯める 人 が たくさん い ます。 病気 に なる かも しれ ない し、 職 を 失う かも しれ ませ ん。 人 は、 不慮 の こと、 つまり 何 か 悪い こと が 起き た とき の ため に 備え て 貯金 し たく なる の です。 日本人 は、 特に そういう 考え方 を する 人 が 多い よう です。
  ところが、 不安 や 恐怖 から お金 を 貯め て いる と、 お金 の 流れ の 中 に 怖 れ や 不安 ─ ─ 障害 ─ ─ を 増やす こと になり ます。
  副作用 として、 いくら 貯金 し ても お金 に関する 不安 が 消え ませ ん。
」(Kindle の位置No.1319-1324)

怖れ(不安)を動機として何かをする(お金を貯める)なら、そのエネルギーが現実を引き寄せますからね。


つまり、 真心 を 持っ て 生きれ ば、 人 から 大切 に 扱わ れる だけでは なく、 全 宇宙 から 支え られ て いる と 感じ られる よう に なる、 という の です。
  和平 さん に よる と、「 まろ」 が 増える と「 まろ アップ」 し、 人生 に たくさん の 奇跡 が 起きる と 言い ます。
」(Kindle の位置No.1361-1363)

和平 さん は、 幸せ や 繁栄 の 鍵 を 握る のは、 優し さ、 寛大 さと 感謝 だ と 信じ て い まし た。 神道 の 教え に ヒント を 得 た 彼 は、 人 が どの よう に し て 人生 に 幸運 を 招き入れ て いる か について 研究 し、 自分 が 幸せ だ と 感じる 人 は、 常に 今 に 満足 し て いる という こと に 気づい た の です。」(Kindle の位置No.1386-1389)

お亡くなりになられた竹田和平さんは、健さんのメンターだったそうです。たくさんの著名人に影響を与えた方ですね。
その和平さんが提唱されていたのが「まろアップ」です。まずは自分が幸せだと感じ、現状に満足していることが重要なのです。


今 自分 が 手 に し て いる すべて を 見 て、「 もう 十分 だ」 と 言える でしょ う か。
「もう 十分 に 自分 は 持っ て いる」 と 感じ られる なら 幸せ を 感じる でしょ う。
  この 幸せ は、 あなた の 内面 から 生まれ て き ます。 しかも、 お金 が 入っ て くる 前 に。 あなた も 幸せ を 感じ たければ、 ただ ひたすら、 幸せ で 満ち足り た 感情 の こと だけを 考え ましょ う。「 自分 は もう、 十二分 に お金 を 持っ て いる」 と 感じ て ください。
  そう すれ ば、 もっと 必要 に なっ た とき には、 どこ かから お金 が やってくる でしょ う。
」(Kindle の位置No.1851-1856)

現状に満足すると進歩しないと言う人もいますが、健さんは逆のことを言います。まず最初に豊かであれば、現実が豊かになるのです。こういう考え方は、「神との対話」シリーズでも示されています。


自分 は、 つながり の 中 の ほんの 小さな ピース に すぎ ない と 悟り さえ すれ ば、 自然 と 感謝 できる よう に なる でしょ う。
  その つながり を 見る こと が できれ ば、 満ち足り た 気持ち に なれ ます。 たとえ レタス 1 枚 でも、 当たり前 だ とは 思わ なく なり、 ありがたい と 感じる でしょ う。 そして、ちょっとした こと への 感謝 の 気持ち は、 過去 や 未来、 現在 との つながり を 意識 する たび に、 どんどん 広がっ て いく の です。
」(Kindle の位置No.2010-2013)

1食の食事が目の前にある時、それに関わった人たちのことを想像するだけで、「ありがたい」という気持ちになりますね。私たちは、大勢の見知らぬ他人とつながっている。それを意識することが重要なのです。


自然の法則によって、やがてはお金が自分のところに戻ってくることを理解して、投資や支払いをするときも、感謝しながらお金を送り出すことです。」(Kindle の位置No.2113-)

出したお金はやがて戻ってくるというのは自然法則だと健さんは言います。だからそれを信じて、感謝することが大切なのです。


ただ、こんな状況は一時的であること、また、もっと収入がアップしても問題が解決するとは限らないことを忘れないでください。ご存じのように、お金はあればあるほど使ってしまうものなのです。
 むしろ、この厳しい時期を内省と成長の期間ととらえ、人生にお金の流れを引き寄せるためにやるべきことを見極めましょう(まずは、自分が「持っている」ものに感謝してください)。それから、幸せで情熱的にワクワクすることにフォーカスするのです。
」(Kindle の位置No.2201-)

人生には、経済的に厳しい時期というのもあります。そんな時こそ、成長するチャンスなのですね。


でもブータンでは、私が話を聞いた人のほぼ全員が、自分の人生に満足していました。彼らは、お互いを比較したり評価したりするゲームには巻き込まれていません。」(Kindle の位置No.2829-)

国民のほとんどが幸せだと感じているというブータンに行かれて、健さんはこのように感じたのですね。現状に満足しているからこそ、幸せだと感じられるのです。


「不安」とか「恐怖」といったものに、ダマされてはいけません。私たちが不安に思っていることは、たいていは現実にはなりません。それなのに、私たちは自分のエネルギーの多くを心配することに費やしています。それでは、時間と才能と潜在能力の無駄遣いというものです。
 あなたが「何かをやりなさい」という天の声が聞こえたような気がしたときには、リスクを負ってそれをやりましょう。たいていの場合、そうすることが正しい道であり、あなたを次のレベルに引き上げることになります。
」(Kindle の位置No.2854-)

不安(怖れ)は幻想だということを、「神との対話」シリーズでも言っています。不安を乗り越えて、勇気を振り絞って直観にしたがって一歩を踏み出すこと。それが大切なのです。


人生には、計画したとおりにいかない時期もあります。ですが、感謝の気持ちでいっぱいの心は、どんな荒海も乗り越えられる力を生み出します。ですから、事あるごとに感謝の気持ちを表しましょう。自分への感謝の気持ちも表しましょう。あなたが「感謝の気持ち」の流れの中で生きていたら、人生が思いも寄らない奇跡に満ちたものになるでしょう。」(Kindle の位置No.2955-)

一見、思い通りにならない状況が現れても、それでも感謝の気持ちを持ち続けることが大切なのです。しかも、自分へも感謝するようにと健さんは言います。まずは自分を愛し、大切に扱うこと。頑張っている身体に、いろいろ考えさせてくれる精神に、そして導いてくれる魂に対して感謝することです。


さすがに健さんの本ですね。内容が実に本質的で、普遍的です。健さんご自身がこのように生きてこられただけに、説得力もあります。改めて、健さんは偉大だなぁと思いました。

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タグ:Kindle 本田健
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2019年08月16日

神へ帰る(目次)

「「神との対話」シリーズを読む」というメルマガをまぐまぐで発行しています。
過去ログを他のブログで公開していますので、こちらにリンクを貼って目次を作っておきます。
(※章、ページは単行本をもとにしています。またページは、メルマガに出てくる最も大きいページですが、メルマガで紹介する都合上、ページが前後する場合もあります。参考程度にご覧ください。)

また、露骨な性描写を含むような時は、メルマガのタイトルに「(18禁)」とつけます。
もしそういう内容は読みたくない方は、それを目印にしてください。

それからこちらで、過去ログ内の検索もできます。
 


どうぞ、ご利用ください。


「神へ帰る」

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「神との対話」シリーズの書籍紹介は、リンク先のページをご覧ください。

●はじめに,第1章
01「神なしに死ぬことはできない」
 (2019年8月12)1回目(〜p.21)

●第2章
02「死は自分が引き起こしている」
 (2019年8月13)1回目(〜p.27)

●第3章
03「自分の意志に反して死ぬことはない」
 (2019年8月14)1回目(〜p.31)

●第4章
04「自分の中に真実はある」
 (2019年8月15)1回目(〜p.39)

●第5章
05「すべての道は神に通じている」
 (2019年8月16)1回目(〜p.45)

●第6章
06「「わが家」とは完了すること」
 (2019年8月19)1回目(〜p.55)

●第7章
07「最初から「わが家」にいる」
 (2019年8月20)1回目(〜p.65)

●第8章
08「死は決して悲劇ではない」
 (2019年8月21)1回目(〜p.71)

●第9章
09「いつでも自分で死を選んでいる」
 (2019年8月22)1回目(〜p.84)
10「創造主は犠牲者になれない」
 (2019年8月23)2回目(〜p.87)

●第10章
11「課題から逃れることはできない」
 (2019年8月26)1回目(〜p.93)
12「絶望から救われるために」
 (2019年8月27)2回目(〜p.99)

●第11章
13「人の存在が神を証明する」
 (2019年8月28)1回目(〜p.103)

●第12章
14「信じるものを見る」
 (2019年8月29)1回目(〜p.116)

●第13章
15「選んだ視点が経験を創る」
 (2019年8月30)1回目(〜p.130)

●第14章
16「死後も信じたことを経験する」
 (2019年9月2)1回目(〜p.139)

●第15章
17「第三段階で神と一体化する」
 (2019年9月3)1回目(〜p.152)

●第16章
18「すべては連続同時である」
 (2019年9月4)1回目(〜p.164)

●第17章
19「私たちが時間の中を動いている」
 (2019年9月5)1回目(〜p.174)

●第18章,第19章
20「死は多様な経験のため」
 (2019年9月6)1回目(〜p.186)

●第20章
21「自分のアイデンティティを再確立する」
 (2019年9月9)1回目(〜p.194)
22「永遠に続く生命のサイクル」
 (2019年9月10)2回目(〜p.199)

●第21章
23「アップルオレンジの中の永遠の旅」
 (2019年9月11)1回目(〜p.211)

 
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2019年08月09日

ショーケン最終章



メンターの吉江勝さんのメルマガで紹介されていたので、読みたくなって買いました。吉江さんのメルマガは次のブログ記事になっていますので、ぜひそちらもお読みください。「【書評】人生の折り返し地点に入った人への応援歌「ショーケン・最終章」」

著者は、ショーケンこと萩原健一さんです。歌手でもあり俳優でもあり、多くのファンがいます。タイトルに「最終章」とありますが、萩原さんは今年の3月に亡くなられています。つまり、これが遺作ということです。

読んでみると、彼がストイックなまでに役作りに没頭していることがわかります。芝居や音楽という芸術に対して、人生をかけて取り組んでおられたのですね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

幸運にも私は日本を代表する映画監督や演出家、脚本家、カメラマン、そして俳優と一緒に作品をつくる機会に恵まれた。そこで学んだことは、この体に刻み込まれている。
 本書に記すのはそのごく一部ではあるけれど、創造の現場に情熱とエネルギーが渦巻いていた時代の証言として、またそれをいまに生かそうとする模索の記録として読んでいただければと思う。
 だから、この本はショーケンという俳優・歌手の闘病記ではない。
 人生に悔いがないよう納得のいく生き方を追求していった人間のドキュメントだ。
」(p.4)

「はじめに」にこう書かれているように、萩原さんが、どう考えてどう生きてきたのかが、実によく描かれています。


人間は生涯に何度か危機に直面するときがある。そのときにどうするか。
 難所は誰でも必ず渡らなければいけない人生の踏切だ。遮断器が下りている間、待つか、それとも遠回りするか。正念場だ、じっくり考えよう、と思った。
 どん底だと落ち込んで愚痴ばかり言っても前には進まない。生活をまず整えよう。健康に気をつけて体をいたわろう。なにしろ独り者なんだから。
」(p.24)

1983年、32歳の時に大麻の不法所持で逮捕された萩原さん。2004年には人身事故を起こし、2005年には出演料の支払いをめぐるトラブルで恐喝未遂容疑で逮捕され、有罪判決を受ける。2006年には離婚。芸能界から締め出され、生命保険も解約しなければ暮らせないほどお金に困っていたころ、最初の奥さんとその娘さんからお金の無心をされ、それを機に縁を切って一人ぼっちになった。

そんな萩原さんは、酒と睡眠薬をやめ、生活スケジュールを決め、体を使うことで健康を維持しようとしたのですね。自堕落にならずに、いつでも最高の演技ができるように自らを整え、仕事を待ったのです。


「まあいいか。よくやったよ」と自分を褒めた途端、先細りが始まる。だから自分を褒めないように、マゾヒスティックなまでに自分を縛ってきた。それは自分に飽きた偉大な先輩たちを見ているからでもあった。
 いったん自分に飽きてしまうと、表現者としては致命傷になる。
」(p.120 - 121)

「太陽にほえろ!」で正義の刑事をやり、「傷だらけの天使」ではエロや暴力にまみれたチンピラのような若者になり、「前略おふくろ様」では純朴で照れ屋の板前というように、様々な役をこなしてきた萩原さん。イメージが固定化して、それを受け入れてしまうことを「自分に飽きる」と言っています。

新しい可能性に挑戦しなくなったら「表現者としては致命傷」と考えていて、挑戦する生き方を貫かれたようです。それだけに、挑戦をやめてしまった先輩に対して、厳しい言葉を投げかけたりもしたのでしょう。


信仰心を持ったり、信仰に関心を持ったりすることはいいことだといまも思う。けっして否定はしない。
 ただ、あえて言えば、自分は”卒業”した。好んでお寺や神社には参らなくなったものの、行けば普通に手を合わせる。
」(p.140)

瀬戸内寂聴さんや大阿闍梨の酒井さんなどと親交を結び、マザーテレサに会いに行ったり、四国八十八ヶ所のお遍路も何度も経験された萩原さんは、特定の宗教や宗派の信徒ではないものの、念仏を唱えたり毎日、神棚に向かって拝んだりなど、信心深い生活をしていたのだそうです。

それが2011年に結婚されてから、奥様の影響もあって、徐々に信仰の世界を離れて考えるようになったのだとか。汚れた人も多い芸能界の中で、いつしか宗教に助けを求めていたのだと自己分析します。それが、神に頼るのではなく、自分を頼るように変わったようです。

私は清潔なものが好きだった。本当に清いものを探していた。」(p.142)

神に助けてもらうのではなく、自分が「清い生き方」を求めて生きる。生きる基準が自分軸になったのだろうと思います。


一日一日を大切に生きようと思った。「大切に生きる」というのは、必死で勉強することでもなければ、心を入れ替えて暮らすことでもない。
 ただ、一日をゆったりと過ごす。怠惰に暮らすわけでもなく、お迎えが来るのであれば、それに逆らわないということだ。
 私がずっと考えているのは、「安楽死」だ。
」(p.236)

2018年6月、余命1年半との宣告を受けます。病を患ったことは不快であるものの、何が何でも治そうとするのではなく、病のままでもかまわないという生き方を、萩原さんは選びます。その「死」に対する考えが「安楽死」なのです。

私の言う安楽死とは、自分が逝くとき、逝った後のことを含めて不安に陥らず、心安らかなまま人生の幕を閉じることを指している。」(p.236)

どうせ治らないなら楽に死にたい、ではないのです。安楽な心を保ちつつ、穏やかに死を迎えるということです。

残された人間が「最後は穏やかだった」「安心しきっていた」と温かな灯りを抱いて見送り、その灯りをともし続けてほしい。そのとき、私は初めて心置きなくこの世に別れを告げることができるだろう。」(p.237)

スキャンダルの標的にされてきた萩原さんは、残される人々、特に奥様のことが気がかりだったのですね。その奥様のために、穏やかに死にたいと思われたのです。

俳優、萩原健一、本名、萩原敬三さんは、2019年3月16日、病院の一室で愛する奥様に見守られながら、とても穏やかで安らかに、ゆっくり眠るように息を引き取られました。最後の言葉は、「ママ、ありがとう」だったそうです。


ガンによって、余命宣告を受けてからも、萩原さんは役作りに没頭されます。命が尽きることよりも、もっと大きな自分を見てみたいという欲求に突き動かされていたかのようです。

私は、ショーケンのファンでもなかったので、あまりよく知りませんでした。しかし、この本を読むことで、こんな役者さんだったんだなあと、改めて思いました。

そしてその生き様には、深く考えさせられました。私も私として、しっかりと生きようと思ったのです。

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タグ: 萩原健一
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2019年07月30日

気象予報士のテラさんと、ぶち猫のテル



この本を読もうと思ったきっかけは、「みやちゅう」こと「みやざき中央新聞」の「人生には「晴れ」も「雨」も「風」もある」という社説(2791号 2019年6月3日付け)を読んだからです。水谷編集長が紹介されるこの本の内容に惹かれて、すぐに注文しました。

この社説で水谷編集長は、この本を読みながら「「雨」や「晴れ」、「風」や「雪」など、天気予報には欠かせないこれらの気象用語が、人生のいろんな風景と非常によくマッチすることに気が付いた」と言います。そして、この本の第一章を紹介して、次の言葉で締めくくっています。

天気は、人間の意思では変えられないが、受け止め方は自由だ。そもそも天気には良いも悪いもないはず。「雨」や「晴れ」、「風」や「雪」などの自然現象は解釈ひとつで感じ方も見える風景も違ってくる。

 だったら「追い風」とか「恵みの雨」みたいに、全部前向きに捉えて、自分の人生の風景に取り入れてみよう。



ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

まずこの本ですが、作者は志賀内泰弘(しがない・やすひろ)さんです。全6章からなる短編小説集で、それぞれの最初にねこまきさんのマンガが描かれています。また気象予報士の寺尾直樹(てらお・なおき)さんが監修され、天気予報についてのうんちくを示してくださっています。

登場人物は、気象予報士のテラさんと、彼が登場する天気予報番組を楽しみにしている居酒屋「てるてる坊主」のご主人と女将さん、そしてそこに引き取られたぶち猫のテルなど。それぞれでテラさんが語ることわざや名言と出来事が、登場人物の人生に影響を与えます。


No rain, no rainbow」(p.31)

ノー・レイン・ノー・レインボー。日本語で訳すと”雨がなければ虹は見られない”です」(p.31)

これは、社説でも紹介された第1章の物語に登場する名言ことわざです。ハワイの言葉ですが、ザーッと降るスコールの後、よく虹が見られるそうです。

震災のために家族を失い、住み慣れた土地から離れ、ついには頼みの夫も亡くなる。シングルマザーとなって懸命に働く真知子が主人公です。しかし、仕事は上手く行かず、それでも契約を取らなければと雨の日にずぶ濡れになりながら居酒屋にたどり着き、この言葉を聞いたのです。

けれども、この言葉を聞いても真知子の心は晴れません。にっちもさっちもいかない現実を生きている真知子にとって、気休めに過ぎないと感じたのです。しかし、ここから物語が急展開します。(どう展開するかは、本をお読みくださいね。)

俺らは、あんたの人生まで変えてやることはできねぇ。お日様にもなれねぇ。きっと今は土砂降りの中にいるんだろう。でもな、傘の一つくれぇは差し掛けてやることはできる。どうでぇ、甘えてみないかい。」(p.39)

永遠に雨が続くわけではないのです。だから、希望を捨てずにいること。どこかで誰かが必ず、救いの手を差し伸べてくれますから。


「人間って、つくづく愚かな生き物ねぇ」

 だってそうでしょ。お店に来るどのお客さんも、後悔と取り越し苦労の話ばっかりしているんだもの。ばっかじゃないのって思う。
 だって、過ぎたことは変えられないじゃない。まだ来てもいない明日のこと考えても仕方ないじゃない。
 でも、人間ってそういう動物らしい。あたいネコで良かったって、ホントに思うわ。
」(p.82)

第3章の冒頭にあるぶち猫テルの独白です。たしかにネコからすれば、人間のやってることってバカバカしく感じるかもしれませんね。

樹静かならんと欲すれども風止まず」(p.86)

テラさんは、「詩経」の言葉を取り上げます。人はいろいろなことを後悔し、普段は忘れているようでも何かの拍子に思い出し、心が揺れ動きます。そうなると、静めようとしても静まらず、心がざわつくのです。樹木は静かにしていようとしていても、風が吹いて葉がざわめき、止めることはできないのですね。

この章では、居酒屋の主人、勝男の人生が語られます。後悔に後悔を重ねてきた人生。ふだん明るくふるまっていても、人にはそれぞれ影の部分があるのです。

テラさんは番組の中で、自分の人生も後悔の連続だったと語ります。そして、この日紹介した名言ことわざには続きがあると言います。

『樹静かならんと欲すれども風止まず』の後には続きの言葉があります。『子養はんと欲して親待たず』といいます。ことわざの、『孝行したい時分に親はなし』と同じ意味です。つまり、後悔しないように親孝行しなさいよ。という教えですね。」(p.109)

「後悔先に立たず」とも言いますが、やっておけば良かったという後悔は、ずっと心をざわつかせます。だから、今、できることを懸命にやることが大切なのです。後悔しないように。

でも、すでに起ってしまったことは、後悔し続けるしかないのでしょうか? テラさんは言います。

でも、私はこう思うのです。過ぎたことは仕方がない。犯した罪は戻らない。それに甘んじて心の苦しみを背負って生きるしかない。だからこそ、今日という日を、後悔しないように生きよう。もう明日からは、後悔のない生き方をしよう。それこそが、恩を受けた人たちに対する、恩返しなのではないかと。」(p.110)

過去を取り戻すことはできません。いくら悔やんでも変えられません。今をどう生きるかだけが、私たちにできることです。
そうであれば、いつまでも悔やみ続ける生き方と、二度の同じことはすまいと決意して前向きに生きるのと、どっちが良いのでしょうか? 恩を受けた人、迷惑をかけた人は、どっちの生き方をしてくれと望むでしょうか?


どこかほのぼのとする短編小説ですが、生き方に深く切り込む鋭さがあります。
サブタイトルには「ココロがパーッと晴れる「いい話」」とありますが、読み終えたときの爽やかさは格別ですね。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:20 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月27日

幸せのコツ



荒川祐二(あらかわ・ゆうじ)さんの本を読みました。Facebookで多くの方が推奨されていたので興味を持ったのです。

サブタイトルには「大富豪 父の教え」とあります。荒川さんのお父様は、ラーメンチェーンで大きな財産を築かれた方のようですね。66歳の若さで、病気で亡くなられたようです。この本には、お父様が亡くなられる直前まで荒川さんに教えられたことなどが、ドキュメンタリー風に書かれています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

「みんな意外に気付いてないけどな、自分自身にお金も幸せも運んでくるのは、実は全部『人』でな。お前も生きてるこの社会というものは、要は人の集合体でな。そんな人に愛されることが出来たなら、お金も成功も、それに繋がる縁も情報も、たくさん、たくさん、運ばれてくる。そのために必要な心構えが…」
 「…おかげさまの心…」
」(p.13)

荒川家では、毎月1日を「ご先祖様の日」と決め、家族みんなが集まって神仏とご先祖様に手を合わせて「ご挨拶」を行い、みんなで食卓を囲んでいたそうです。これはお父様が事業を始めて上手く行かなかった時、神仏を大切にすることを成功者から学んで始めたもので、それから事業が上手くいくようになったのだとか。

この「おかげさまの心」は、神仏やご先祖様から始まり、お客様や従業員へと広がっていきます。自分に関わるすべての人のお陰で今の自分があると思えば、自ずと感謝の気持ちが湧いてくるのです。

そして、こういう話をする人は多いが、それを聞いて実行に移す人は滅多にいないとも言われます。良い話や成功法則を聞いても、実践しなければ意味がないのです。


本来はな、スタッフや従業員という存在は、遅刻もせずに、無断欠勤もせずにな、働いてくれるだけで、有り難いんや。経営者と言えども、俺もお前も、みんな人間。みんな未熟や。そんな未熟な自分なんかについてきてくれる。そう考えたら、それだけで有り難いと思えて、感謝の気持ちが湧いてけーへんか?」(p.60)

たしかにそうですね。私自身、会社経営に携わったことがあるので、自分の未熟さを痛感しています。
社員を思い通りに動かそうとしていました。ワンマンというほどひどくはなかったのですが、それでも最終的に「正しい」のは自分だという思いがあり、社員を従わせようとしていたのです。

社員には社員の都合があり、考え方がある。もし、それを受け入れていたら、最初に出てくるのは「お陰様で」という感謝の気持ちだったはず。そうならなかったということは、私自身が傲慢で未熟だったということなのです。


すべて普段からの親の態度であり、言葉がけであり、『生き方』そのものである、ということや。だから親は自覚を持って、普段からその背中を、子どもに見せていかなければいけない」(p.66)

子どもが生まれた荒川さんに、お父様はこのような言葉をかけられたのですね。
子どもを育てる上で大切なことは、素直に真っ直ぐに育てること。きれいなものを見たら「きれい」と言える、親切にされれば「ありがとう」と言える、困った人がいればすぐに助けようとする。そういう心がある子どもに育てば、親がいなくなっても多くの人から愛され、助けられるから大丈夫なのだと。

そしてそういう素直な心を育てるには、まずは親自身がそのように生きて、その背中を見せることなのです。自分はできないがお前はやれ、みたいな命令(指示)では、子どもは育たないのです。


いつの時代も、時代は常に動いていてな…。そんな中でもついついみんな、安定を求めて生きてしまうけどな…。安定を求めた先には、安定はなくて…。成長を求めた先にこそ、安定はある…。時代を常に生き抜いてきた人間というのは、そういう風に常に、最悪の未来を迎える覚悟の上で、最善の未来に変えていくための、行動をしてきた人間なんや。それも、実際に事が起きる、ずっと前の時から、ずっとな…」(p.78 - 79)

私たちは、時代の変化とともに翻弄されてきたとも言えます。最近ではバブルとその崩壊は、私たちに大きな影響を与えました。多くの人が、予想できていませんでした。ですから翻弄され、困ったことになったのです。

お父様は、最悪の未来を予想し、それを引き受ける覚悟をした上で、今、最善の生き方を選べと言われるのですね。


祐二な…、人間は…成功することが…大事なんちゃうで…成長することが大事なんやで…。成長することが…出来たなら…、成功なんていくらでも…することが出来るから…。たくさんの…本を読んで…、たくさんの人と…会って、たくさんの経験をして…、たくさん笑い合える…そんな人生をな」(p.149)

お金も成功も、追い求めてはいけないのです。それらは、結果としてついてくるもの。ですから、困難とか失敗とかを恐れず、自分を成長させる道を選ぶことなのですね。


次にな、『お金欲しい、お金欲しい』って、言うたらあかんで。逆に金に逃げられる。そうじゃなくてな、自分の行動の極意をしっかり持ってな、トキメキに従って、強くやっていかなあかん。」(p.177)

つまり、ワクワクすることを優先することですね。ワクワクというのは、今の自分にとって重要なことかどうかのセンサーです。世間の価値観に乗せられるのではなく、あくまでも自分の直観を信じること。それが大切なのですね。


他にもたくさんの「教え」が書かれています。どれもこれも、なるほどと思わされるものばかり。それはつまり、特別珍しい「教え」ではなく、他の多くの人も同じようなことを言われているということです。

しかし、重要なのは実践するかどうかでしたよね。私も実践したいと思います。成功するかどうか、得するかどうかという基準ではなく、ワクワクするかどうか、自分の成長につながると思えるかどうかという基準で、ものごとを選択したいと思うのです。

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2019年07月26日

キラッキラの君になるために



「ビリギャル」こと小林さやかさんが、バンコクで講演をされたことを知ったのは、Facebookの友人の投稿でした。
「そうだったんだ〜、行きたかったなぁ。」とても落胆しました。「どうしてその情報が先に届かなかったんだろう?」そう思って、他人や環境を呪いそうになりましたが、考えを改めました。「きっと今は会うタイミングじゃないってことでしょう。すべては完璧だから。」

その友人の投稿で、さやかさんが本を出版されたことを知りました。これは読まずにはおけない。すぐにネットで注文し、実家に届けてもらい、先日の一時帰国の時に受け取ったのです。

「ビリギャル」とは、さやかさんを導いた塾講師の坪田信貴さんが書かれた「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」という本のタイトルを省略したものです。それが転じて、さやかさんのことをそう呼ぶようになりました。

また、さやかさんのお母さん、ああちゃんが書かれた「ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家族を再生させた母の話」という本もあり、こちらは「ダメ親」と省略されます。

映画化されて有名になっていたことで興味を持った「ビリギャル」。その本を読んでああちゃんの子育てに感銘を受けて読んだ「ダメ親」。どちらも素晴らしい本でした。そして今度は、当事者のさやかさんが本を書かれたのです。読む前から良い本に違いないと確信していましたが、実際そうでした。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

でも、高校2年のとき、弟の代わりに行った小さな塾の面談室で、ワクワクさせてくれるオトナにたまたま出会った。その人は、私の話をちゃんときいてくれる、初めてのオトナでした。その人が、「けいおう」っていう大学に、君みたいな子が行ったら、ドラマチックだよなあ、とうれしそうに、言ったんだ。」(p.17)

ああちゃん(母)は全力で応援してくれたけど、くそじじい(父)や学校の先生たちはみんな、ふざけたこと言うなって、すっごくキレてた。でも、私は本気でした。だって、人生楽しくしたいんだもん。もっといろんな人に出会いたいし、広い世界に、出てみたい。」(p.17)

将来は適当に働いて、結婚して、子どもを産んで、平凡な家庭を持つのだろうと漠然と思っていたさやかさんは、坪田先生との出会いで人生が変わったのでした。


私は、ついこの間、31歳になりました。そう、ビリギャルはもう結構オトナになっているのです。30年間生きてきて、皆さんに知っていただいているビリギャルストーリーは、間違いなく私の人生を大きく広げてくれるものにはなったけど、それでも、それは私の人生のほんの一部にすぎません。大学受験後、私の世界はどんなふうに広がったのか、それからまたどんな運命的な出会いがあって、その出会いは今の私にどう影響しているのか。振り返ってみると、すべてがつながっていて、すべてに意味があったように思います。」(p.19 - 20)

この本は、これまでの慶應大学合格までのストーリーではなく、その後のさやかさんの人生が書かれています。ビリギャルがどう成長したのか。私もそこに興味がありました。


ビリギャルは、単なる受験の話じゃない。家族の愛の物語でも、あるのです。
 どんな家族も、最初から完璧なわけじゃない。ちょっとずつ、成長していけばいいんだ、と私は私の家族に教えられました。
」(p.22)

さやかさんの家族は、バラバラで崩壊していました。しかし、それが少しずつまとまっていく。互いに信頼し合い、愛し合う家族になる。それが、ビリギャルのその後の人生なのですね。


でも、ああちゃんは毎日私にこうやって言うんです。「さやかちゃんは世界一幸せになれる子なのよ」って。
 うん、そんな気がする。と物心ついたときからずっと自分でも思っていた。小さいときから母が呪文のように毎日私に言ってくれた言葉。
」(p.26 - 27)

ああちゃんは、さやかさんのことを丸ごと受け入れ、支えてくれたのですね。だからさやかさんは、とても自己肯定感が高くなったようです。


ああちゃんは、学校からの呼び出しは、チャンスだと思っていた(これは何年もあとに聞いた話なんだけど)。「さやかが、仮に何をしても、どんなことがあっても、ああちゃんはさやかの味方でいるよ」ってことを、私に知ってもらう、いいチャンスだと思っていた。」(p.41)

喫煙が見つかったさやかさん。普通なら、「何てことをしてくれるんだ!」と怒りが湧いてくるのに、ああちゃんはチャンスだと感じて、意気込んで学校に乗り込んだのです。

ああちゃんは、命令文で人の行動を変えることはできない、ってことを知っていた。だから、「この子ならきっと、自分で気づいてくれるときが来るはず」と、ああちゃんは信じて待ってくれていた。」(p.41)

知っていてもあえて指摘せず、さやかさんがタバコを止めるのを待っていたああちゃん。ああちゃんは、本当に素晴らしい子育てをされていたのだと思います。


それで唯一、子育てのモットーにしたこと。それは「ワクワクすることを、自分の力で見つけられる人になってほしい」ということだけだった。これだけで、いい。あとはなんにもいらない。そんな気持ちで、いたんだって。」(p.49)

子育てが上手く行かず、悩み、精神科に通っていたというああちゃん。それを途中で完璧な子育てを全部諦めて、たった1つのことだけを考えるようにしたそうです。だから、さやかさんが慶應へ行くと言って塾通いを決めた時、ああちゃんは大学に合格した時よりも喜んだそうです。


長女はビリでギャルで素行不良で問題児。長男は野球頑張ってると思いきやヤンキーのパシリになった。次女は不登校らしい。一体なんていうひどい子育てをしたら3人ともあんなダメダメになるんだ? というまわりの目。
「お前が甘やかしすぎなんだろ」「子どもたちは被害者で、お前は加害者だ」「過保護だ」と、いろんな大人が母を責めました。
 でも、何を言われても、「でも、あんないい子たち、いないと思いませんか?」と何だかふんわりした雰囲気の中に、何があっても揺るがない強い芯を持った母が、ああちゃんだった。
 そんな母をたったひとり、肯定してくれていたのが、私の恩師であり、ビリギャルの著者、坪田信貴先生だった。
「お母さんの、信じきる子育ては、本当に素晴らしいです。必ず、3人とも自分の力で人生を切り開いていけるようになるはずです」。そんな坪田先生の言葉が、母にとっては支えだったのだ。
」(p.63)

ああちゃんは坪田先生に御礼の手紙を書いたそうです。その返事のつもりで坪田先生は、さやかちゃんの受験勉強の話を短編小説風に書き、ああちゃんに贈ったそうです。それをネットに載せたところ大評判で、ビリギャル出版につながっていったのだとか。

それにしても、子どもを完全に信じきる子育て。素晴らしいなぁと思います。そして、その素晴らしさを理解していて、それを実践するオトナが2人出会った。これは奇跡とも言えます。


ただ、やらされてできるものって、何もないよ、ってことが言いたいだけ。厳密にいうと、何かをやらされて、とても大きな成果を得られるケースってなかなかないってことが言いたい。
 私の弟がいい例だ。彼は自分の意志で野球を頑張ってしてたわけではなかった。
 もちろん、楽しかった時間も山ほどあったと思う。上手だったし成果も出していたし、無理やりイヤイヤやらされていたわけではない。でも、彼には意志を持つ、という余白がなかった。意志を確認されたり、そもそも「自分の意志」というものを意識したことすら、なかったんじゃないかと思う。
」(p.68 - 69)

子どもに「勉強しなさい!」と命令するのは意味がないとさやかさんは言います。どんなに自分でやりたいからやっていると思い込もうとしても、やらされたという思いが残っている限り、それは上手くいかないのです。


ワクワクする目標は、自分でしか決められない。人には、決められないものだ。だから、自分で決めなきゃいけない。なのに、どうやらまわりの大人は、特に「親」という生き物は、わが子を愛するあまり、心配するあまり、いろいろ口出ししたくなっちゃうものらしい。」(p.74)

順番で言えばいずれ親の方が先に死にます。それなのに、親が子どものレールを敷いてやるなんて、ナンセンスなのです。自分で考え、自分で道を見つけ、自分で進む人にならなければ、自分の幸せは得られないのですから。


ビリギャルは奇跡の話なんかじゃない。分野は違えど、その子がワクワクできる場所でなら、絶対どんな子でも頑張れる。子どもたちの可能性の邪魔をしてほしくない。」(p.90)

地頭が良かったからさやかさんにはできたのだ、という声もあるようです。しかしさやかさんは、そうではないと言います。重要なのはワクワクするものを見つけることであり、そこで最高に頑張ることなのだと。

坪田先生は、「死ぬ気で何かを頑張るっていう経験をすること」が一生の宝になると言います。そういう経験があれば、どこへ行ってもやっていけるのだと。

私も、さやかさんほどではありませんが、新聞奨学生として4年間頑張ったという記憶が、私自身を支えてくれています。また、システムエンジニアとして月に250時間以上、最高で350時間の仕事をしたことも、私にとって宝物です。やらされてやったのではなく、自分でやることを選んでやったのですから。


信じてくれる存在って、子どもたちにとっては必須だ。ひとりもそういう存在が近くにいない中で、大きな目標を持って、それに向かってひたむきに、だれにも応援されずに、頑張り続けるのは、結構きつい。私は全然無理だ。
 すべての子どもたちに、1本だけでいいから、近くにピグマリオン効果の柱が立っていてくれますように。それだけで、子どもたちの人生は、大きく変わっちゃうから。まわりの大人の在り方って、子どもの人生変えちゃうんだ。
」(p.113)

「お前には無理」というネガティブな見方をし、そういう言葉をかけ続ければ、子どもはしぼんでしまいます。これをゴーレム効果と言うのだとか。その逆がピグマリオン効果です。坪田先生とああちゃんは、さやかさんのピグマリオン効果の柱だったのです。


坪田先生がしてくれたことは、「勉強を教える」ではなく、「私の能力を引き出す」ことだった。私は間違いなく、勉強が大嫌いだった。つまんないし、意味ない。やる必要性を感じられなかった。
 でも先生は、勉強する意味と目的を「私に自分で」見つけさせてくれた。私は「自分で」決めて、「自分で」意志を持ち「自分で」行動に移すことができた。これを導いてくれたのは、坪田先生だ。
」(p.129)

そうする意味や目的を、自分で見つけ、そうすると自分で決め、自分で行動に移す。そうすれば子どもは、勝手に頑張るのです。


ああちゃんは、beingで毎日私たちを褒めちぎった。これも、私の自己肯定感を引き上げたああちゃんの魔法の言葉だ。」(p.133)

お手伝いをした(doing)とか、学年で1位を取った(having)で褒めると、自分でないものにならなければ褒めてもらえない(愛されない)と子どもは感じます。ああちゃんは、家に無事に帰ってきてくれてありがとうという思いでさやかさんを抱き締め、褒めたそうです。褒めるというより、「いてくれてありがとう」という感謝の想いでしょうね。

ただ、これまでそういうことをやってこなかった親が急に変わろうとしても、子どもに見透かされるとさやかさんは言います。そこで、「youメッセージ」から「Iメッセージ」に変えることを提案しています。「(あなたは)勉強しなさい!」ではなく、「(私は)あなたが勉強してほしいと思っています」のように、主語を「私」に変えるのです。これも、心理学でよく言われるテクニックですね。


すると坪田先生は中身を見て、「これ、もいっかい持って」と私に封筒を返してきたのだった。いつも笑ってる先生の顔は、真剣だった。
「その重み、絶対に忘れるなよ。必ず、自分の力で二倍にして返せよ。君ならこの意味、わかるよね?」
 その日から、私は塾で一睡もしなくなった。(それまでは、カラオケでオールしてそのまま塾行って、10分だけ、とか言って寝たりしていた)。1日15時間、気づいたら勉強してた、という状態になってきたのはこのころだったと思う。私は、浪人という道はないとそのとき気づいた。もう一度これをああちゃんに払わせるわけにはいかない。絶対に慶應に受かんなきゃいけない。そう気づいた私はスイッチがパチーーーンと入ったかのように、死に物狂いで勉強するようになった。
」(p.147 - 148)

ああちゃんが何とか作ってくれた塾代を持って行った時のエピソードです。父親が反対したから、ああちゃんが自分で作ったのです。その苦労がわかるから、本気になったのですね。


絶対に即決させられる自信あるのに。そう、私ってばやっぱり自己肯定感がスーパー高いので、根拠のない自信がいつだってあるのだった。」(p.176)

ウエディングプランナーの仕事を始めた時、研修としてロールプレイングをするのですが、それが苦手だったようです。本番なら絶対に上手くやれると思っていたとか。そして実際、本番ではいきなり、その場で契約を取る「即決」を決めました。

私は自己肯定感が低い方でしたから、さやかさんとは真逆です。ですから、こういうところは羨ましいなぁと思います。まあでも、それは人それぞれですから、私には私の課題があるのだと思っています。


つらいなあ、って泣いてる私に、ああちゃんは言った。
 さやちゃん、すごいね。さやかの人生ってわかりやすいなあ。さやちゃんがもっともっと幸せになるために、この経験は絶対に必要なことなんだよ。これには、どんな意味があるんだろうね? さやちゃんが最高に幸せになるために、この出来事はどうつながって、どんなお役目を果たしてくれるんだろうね? 大丈夫、大丈夫だよ、って。
」(p.199)

さやかさんは、尊敬し愛した夫と離婚をしました。理由はよくわかりませんが、何かが食い違ったのでしょう。それにしても、ああちゃんの絶対的に信じる見方は素晴らしいです。


命令文で相手の行動を変えることはできない。ああちゃんも、命令文を使わない人だった。優さんも、命令文を使わずに、恐ろしい速さで学校を変えている。いや、もはやいまの新陽高校は優さんが変えているんじゃない。先生たちが、生徒たちが学校を変えている。」(p.220)

学校が荒れて、入学する生徒も少なくなって、廃校になりそうだった新陽高校。そこにビジネス界から転身して校長になった荒井優さん。さやかさんは、荒井さんとの出会いによって、大きな影響を受けたと言います。

せめて挨拶をする生徒に変えようと、荒井さんも最初、いろいろ努力したそうです。しかし、まったく変わらなかった。ところが、掃除のおばちゃんと話をした時、生徒たちがちゃんと挨拶してくれるとおばちゃんが言うのです。荒井さんは全校集会で、おばちゃんが褒めていたことを話し、校長として誇らしいと言って生徒を褒めたのです。すると次の日から、生徒は自主的に挨拶するようになったのだとか。

変えようとしていた時は変わらず、受け入れたら変わったのですね。そして、自主的に変わるからこそ続くし、発展するのです。


学校は「違う」を知れる場所だ。「違う」は悪いことじゃない。認め合うべきことだ。それが社会というんだと思う。自分以外をたくさん知って、なにが違うのかがわかってくると、自分のことがだんだんわかってくる。」(p.232)

学校に通うことの意義を、さやかさんはこのように言います。ただ勉強をする場ではない。ただ友だちを作る場ではない。それぞれが「違う」ということを知って、自分とは何かを知ることができる場なのだと。


性教育は、命に関わる、一番大事な教育だ。教科書なんかじゃ、伝わらない。もっとちゃんと、大人が、リアルな声でまっすぐに、目をそらさずに向き合って、伝えるべきだと、そのとき思った。
 性教育は、その下の世代にも、その下の世代にも連鎖する。性教育を怠ることは、まだ見ぬ子どもへの虐待と一緒だ。教育は愛だ。性教育は、子どもたちにとって絶対に必要な愛だと、思うんだ。
」(p.246)

さやかさんが保健体育の時間に、性教育の授業をした時のエピソードが書かれています。性教育とは、命を大切にする教育なのだと、さやかさんは力説したようです。


親だけで育てるなんてナンセンスだし、結構無理だ。みんなで、育てればいい。そっちのほうが100倍いい。だれかがだれかに責任を押し付けることもなく、だれかに依存することもなく、子どもたちにはたくさんのメンターがいて、お母さんやお父さんも自分の人生を存分に生きられて。そんなイケてる大人の背中を見て、子どもたちは勝手にいろいろなことに興味を持って、学んで、自分の足で歩いていく。広くて明るい世界にどんどん出ていくんだ。近くにそんな環境がある子どもって、超幸せだなあ、って妄想しています。
 ビリギャルは奇跡なんかじゃない。ああちゃんが、自己肯定感という栄養満点でフッカフカの土を、長い時間かけてつくってくれた。そこに、坪田先生というワクワクさせてくれる大人との出会いが、種になって飢えられた。
」(p.262)

さやかさんは、自分の能力が高かったから花開いたのではなく、周りの環境によって支えられたのだと言います。そして、その環境は自分で取りに行くこともできるのだから、けっきょくは自分次第なのだと。

自分で自分を諦めず、勇気を出して行動する。周りから応援してもらえる自分になれば、その環境が自分を育ててくれるのです。


さやかさんは、これからまだまだ大きくなろうとしておられるようですね。まだ30歳そこそこですから、人生はこれからです。さやかさんの、益々の成功を期待しています。そして、半生をシェアしてくださったことを、ありがたく思います。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:26 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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