2017年07月25日

名言セラピー幕末スペシャル



また、ひすいこたろうさんの本を読みました。名言セラピーシリーズですが、幕末の登場人物に特化した特別編になっています。

日本の歴史が大きく動いたとされるのは、戦国時代と幕末から明治にかけて。それと大東亜戦争の頃だと言われています。その中でも幕末は、優れた人物が次々に出てきて、西洋列強の侵略から日本を救った時代でもあります。

私も、坂本龍馬氏、西郷隆盛氏、吉田松陰氏、勝海舟氏などが好きで、関連する本をよく読みました。それだけに、ひすいさんがどう取り上げるのか、興味津々でこの本を読みました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

僕らは、今、どんな仕事についたっていいし、
どこへ行くことだって自由にできるし、
どんな夢をもったっていい。

それは、彼らが命をかけてくれたからです。

そして、今、再び、
新たな革命の
時代を迎えています。


今度の革命は、
ほんとうの自分と出会うための革命です。
」(p.6)

冒頭でひすいさんは、このように言います。幕末に活躍した多くの人たちが、命がけで日本を守り、変えてくれたのですね。そのお陰で私たちは、現代の豊かさや自由を味わうことができるのです。

そしてひすいさんは、今もまた革命の時代だと言います。「本当の自分と出会うための革命」というのは、自分が進化成長して、本当の自分として生きるということだろうと思います。


いつだって物語は「脱藩」から始まるんです。
では、現代における「脱藩」とはなんだろう。
人によっては、それは家族のもとを離れて自立することかもしれない。
属していた組織から離れることかもしれない。
今付き合っている人と別れることかもしれない。

脱藩とは、握りしめていた価値観を一度手放してみること。
脱藩とは、何が起きるかわからない世界へ、
たったひとりで飛びこんでみること。
ブルブル震えながらでもいい。
飛びこんでしまえ。
」(p.35)

坂本龍馬氏の活動は脱藩から始まりました。そのことを捉えて、本当の自分と出会うには、勇気をもって新たな扉を開けることだと、ひすいさんは言うのです。


誰もがみな安定することを望むけれど、
竜馬の人生を見ると
1秒も安定していないことがわかります。

不安定のなかにこそ、
冒険という道がある。


ゆらぎのなかを行こう。
葛藤のなかを行こう。
答えのないカオスのなかを行こう。
」(p.39)

何が正解かは、誰にもわかりません。やってみなければわからないのです。間違っているかもしれないという不安の中で、他人から否定されるとしても、自分の道を進むことなのです。


松陰は後に、兄、梅太郎に
この日の気持ちを手紙でこう告げています。

「海外渡航の禁は徳川一世の事にすぎない。
今回のことは、三千年の日本の運命に関係する以上、
この禁に、思い患うことなんてできなかった」
」(p.48)

国禁を犯して黒船に乗り込んだ吉田松陰氏は、3000年先の日本のことを考えて行動しました。まさに佐藤一斎氏の言志四録にあるように生きたのです。

「当今の毀誉は懼(おそ)るるに足らず。後世の毀誉は懼る可し。一身の得喪は慮るに足らず。子孫の得喪は慮る可し。」


明治維新の決定打は、坂本龍馬氏ではなかったと、ひすいさんは言います。では誰か? それは一般民衆が起こしたものだったと。

1967年、7月18日東海地方の三河国(愛知県)で
「ええじゃないか」というパレードが
民衆のなかで湧き上がりました。
」(p.76)

踊る人たちは、周りの人を強引に巻き込んで行きました。恥ずかしさ、バカバカしさを乗り越えさせ、踊る中で自分自身が解放されるのです。

全国に広がったこの運動は、様々にバリエーションがあったそうです。しかし共通点が3つあったのだとか。それは、男は女装し女は男装すること。金持ちの家があれば上がり込んで踊ること。武士の刀を取り上げて、無理やり踊らせること。

この三つの共通点から見出されるものは何か?

ぶっ壊すということです。
常識を!
」(p.79)

多くの人がこれまでの常識を変えようと意識を変えたことで、時代が動いたのですね。


人は、あふれたときに
眼がキラキラ光り出します。


夢中で1時間語れるものをもつって、
要は、あふれたってことです。
」(p.108)

吉田松陰氏は、日本のことになると夢中で語ったそうです。牢に入れられても、それでも語り続けた。他の人から受け入れられるかどうかなどと他人の評価を気にせず、ただ語ることに熱中しました。

情熱を感じて何かに没頭する。そうすることで、突き抜けることができるのです。


木村は咸臨丸の乗組員たちが
アメリカの軍人に対して見劣りがしないように、
乗組員にお金を出すことを幕府にお願いしていましたが、
受け入れられなかったため、
自らの家財を売ってまで
お金を捻出。

気骨のある木村摂津守を、諭吉は心から慕っていました。

そんな木村摂津守ですから、
維新後も新政府から声がかかります。
しかし、「私は幕府に仕えた身ですから……」と断り、
一生表舞台に出ることはありませんでした。
」(p.115)

この話を読んで、福沢諭吉氏が勝海舟氏のことを二君に仕える者だと批判した理由がわかりました。木村摂津守を尊敬していたから、その思いを否定されたように感じたのでしょうね。

勝海舟氏は、「 行蔵(こうぞう)は我に存(そん)す。 毀誉(きよ)は人の主張、我に与(あずか)らず我に関せずと存じ候(そうろう)」と言って、福沢諭吉氏の批判を相手にしませんでした。

生き方、考え方は人それぞれです。どちらが正しいかではなく、どちらも正しいのです。その自分の思いに従って、堂々と生きる。木村摂津守も、福沢諭吉氏も、勝海舟氏も、自分の損得ではなく、自分らしい生き方を選択したのだと思います。


松陰が葉山左内と交流をもったのは、わずか50日ほど。
また、松陰が萩の松下村塾で弟子たちに講義したのも、
2年半ほど。

なぜ、葉山左内に触れた人が短期間で成長したのか?
なぜ、吉田松陰に触れた人が、
短期間で歴史に残る人物にまで成長したのか?

師匠の視線に愛があふれていたから。
僕はそう思うんです。
」(p.146)

吉田松陰氏は葉山左内氏に学びたくて、毎日のように通ったそうです。その時、葉山左内氏は、吉田松陰氏の姿が見えなくなるまで、帰る姿を見送ったのだとか。

経営の神様と呼ばれる松下幸之助氏も、インタビューに訪れた若い記者を、社長室の入り口まで見送り、深々とおじぎをされたそうです。影響を与える人というのは、このように一人ひとりに敬意を持って接したのですね。


このまま5年や10年、
牢獄につながれていたとしても、
それでもまだ
僕はたったの40歳だ。
逆襲はそこから
いくらでもできる!


松陰はそんな思いでした。さらに語っています。

「憤慨することは止むべし(中略)
自然と決めた。死を求めもせず、死を辞しもせず、
極に在っては獄で出来る事をする。
獄を出ては出て出来ることをする」
」(p.153)

できないことに意識を向けるのではなく、今の状況でできることをすれば良い。そういう考え方が人生を右肩上がりにするのだと、ひすいさんは言います。


これを知ると、今日を境にあなたも、
困ったことが、一切起こらなくなることでしょう。
その秘密をお伝えしましょう。

「僕は金輪際、
『困った』という言葉を
決して吐かない」
by 高杉晋作
」(p.202)

「困った」と言わなければ、「困ったこと」は起こりません。「問題だ」と言わなければ、「問題」はなくなります。「ピンチ」も「チャンスだ!」と言えばいいのです。


幕末に活躍した人たちの人生を見てみれば、ツイてないことやピンチの連続とも言えるでしょう。それでも、人生を変え、日本を変え、名前を遺して憧れる存在になりました。だから私たちは彼らを尊敬し、慕っているのです。

そうであるなら、私たちもまた彼らのように生きれば良いのだと思います。そのヒントを、この本は示してくれています。

名言セラピー幕末スペシャル
 
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2017年07月24日

長原さん、わたしも生まれ変わります



「みやざき中央新聞」の魂の編集長・水谷もりひとさんがFacebookで紹介されていて、それで買った本を読みました。著者は高木書房代表取締役の斎藤信二(さいとう・しんじ)さん。監修が長原和宣(ながはら・かずのり)さんです。

この監修の長原さんのことを、斎藤さんが書かれたのですね。長原さんは現在、長原グループの代表取締役をされておられますが、乞われて講演活動もされています。そこから、この本が生まれました。

どうして長原さんが講演活動をされているかと言うと、覚醒剤中毒から立ち直ったという経験があるからです。また、17歳でヤクザの組員になるなど、非行を繰り返した経験もあります。なので、少年院や学校から呼ばれて、講演をされているのです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

誰でも間違いを起こすことはあります。
 だからといって、過去に犯した罪や失敗は、帳消しにはなりません。
 しかしそれは、済んでしまったこと。
 責任逃れで言っているのではありません。
 済んでしまったことに囚われて、悩み苦しんでどうなります?
 それでは問題の解決にはならないのです。
 大事なことは、反省すべきことは反省し、改善すべきことは改善する。
 その上で、更生するために、自分の生き方を決める。
 そして、それを実行に移すことです。
」(p.9 - 10)

序章で、長原さんが少年院で話したことを紹介しています。

過去を悔やんでも、なかったことにはできません。それを肥やしにするしかないのですね。そして、そうすると決めて、実行することが重要なのだと言います。


捕まった時に、取り調べの刑事さんに全部本当のことを話してきました。十代の頃も覚せい剤をやっていましたと、全部棚卸をしました。自分の悪いところを全部話しました。
 これがよかったと思っています。釈放されてから、今まであったもやもやしていたものがなくなり、気持ちがすっきりしていました。正直に話をするというのは、気持ちをすっきりさせてくれます。
 この時の体験から、正直に生きようと決めました。正直ってすごいです。嘘がないので堂々と生きられます。
」(p.41)

隠し立てをすると、どうしてもウソをつくことになります。そのウソがバレないようにするために、またウソを重ねなくてはならなくなります。

だから、正直になった方がいいのです。「神との対話」でも言うように、ダメなところもすべて受け入れて、自分に正直になることが重要なのです。


人間の成長過程には順序というものがあります。
 子供は最初に寝がえりを覚え、座り、這うことを学び、立って歩き、走ったりできるようになっていきます。
 どの段階も、それぞれとても大切であり、一つ一つ時間がかかり、どの段階も飛ばすこともできないことです。
 人生においても、あらゆることに共通しており、段階をふんでいく順序は大切です。
」(p.82)

人は、一足飛びに成長することはできません。それぞれの段階を、それぞれに適した時間をかけて成長します。大人が完全で赤ちゃんが不完全なのではなく、それぞれの段階はそれぞれとして完全なのです。

時に道に迷うことも、失敗したように見えることも、それもまた1つの段階なのだと思います。ですから、その段階を恥じたり悔やんだりすることなく、受け入れて(楽しんで)通過すれば良いのだと思います。


なぜ私が覚せい剤に嵌(はま)って、体も心も狂ってしまったのか。しかも入院し、治ったと思ったらまたすぐにおかしくなる。最後は事故を起こして逮捕される。何でだろうと、いろいろと考えてみました。
(中略)
 不良は克服した。
 暴力団も克服した。
 高校も卒業できた。
 しかし覚せい剤は、なかなか克服できなかった。
 それはきっと、私が体験で学ぶべきことがあったからではないかと。
 あれだけの中毒になったにもかかわらず、完璧に覚せい剤から断ち切る体験、その地獄のような体験を経て、それを世に伝えることが自分に任された役割ではないかと思うのです。
」(p.222 - 223)

真実がどうかは知りません。いえ、客観的な真実などというものはないのかもしれません。ですから、長原さんがそう感じられるということは、長原さんにとっての真実なのでしょう。

覚醒剤の幻覚の中で、お祖父さんなどの声が聞こえ、「覚せい剤をやめろ」と繰り返し言われたそうです。それをただの偶然と片付けるのか、それとも必然と考えるのか。それもまた、その人が決めることだと思います。


この本の中で、長原さんが奥様に対して暴力を振るう話が出てきます。前歯を折り、肋骨を折るような大怪我をさせます。それでも奥様は、長原さんを見捨てなかったのですね。

長原さんは、その後、実業家としても成功されました。それで、次は事業についての本をという話もあるのだそうです。私は、今回の話に奥様からの視点なども加えて、もっと深みのある本にしてほしいなあと感じます。出版社がどう考えるかはわかりませんけどね。

実際にあったことというのは、何にしても説得力があります。一時的に道を踏み外したと思っている人にとって、長原さんの人生は救いになるだろうと思います。

長原さん、わたしも生まれ変わります
 
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2017年07月23日

督促OL 修行日記



これもどこで紹介されていたのか忘れたのですが、興味深い本を読みました。著者は榎本まみさん4コマ漫画のブログを書かれていて、そこから本の出版につながったようです。

なお、アマゾンのリンクは文庫本ですが、私が買ったのは単行本です。2012年の発売ですから、随分と前の本でしたね。


タイトルにある「督促」というのは、借金の返済などを督促する仕事のことです。榎本さんは、金融機関に就職してすぐに支払い延滞顧客への督促を行うコールセンターに配属されます。性格的にも合わない仕事で苦しみますが、その中で自分なりの方法を見つけ、それを公表してこられたのです。

それが今では年間2000億円の債権を回収するなど、指導的な立場になられたとか。自分に合っているから上達したのではなく、その逆で合っていないからこそ上達できたという、興味深い内容です。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

そうか、人間先に謝られてしまうと、その上さらに怒りにくいのかもしれない。
 お客さまは、督促の電話をかけてくる私たちに、怒られたり嫌なことを言われたりするんじゃないかと警戒心を抱いている、だから怒られる前に怒鳴る。私たちを怒ることで、自分の身を守ろうとしているんだ。
」(p.99)

怒られれば惨めになったり、腹立たしくなったりするものですが、榎本さんは相手の立場に立ってこういう気づきを得ておられる。そこが素晴らしいと思います。

「攻撃は最大の防御なり」という言葉もありますが、攻撃するのは恐れているからです。だから自分を守ろうとして相手を攻撃する。そういうものです。


榎本さんは、お客様を大きく4つのタイプに分類します。感情のプラスとマイナス、論理のプラスとマイナス、この組み合わせです。それによって、対応を分ければいいのだと気づいたそうです。

感情タイプはまずガス抜き。怒っているお客さまはひたすら怒ってもらうし、泣いてしまうお客さまは相手が泣きやむのを待つ。」(p.107)

感情的になるときは、それをしっかり吐き出させてあげることが重要なのですね。そうせずに否定したりすると、かえって火に油を注ぐことになるのだとか。

論理的なタイプは、自分のプライドを守ろうとして理論武装しているのだと言います。ですから上から目線は禁物で、プライトを満たしてやることが重要なのだとか。


でもなんで相手から怒鳴られたり、罵倒されたりすると傷つくんだろうか。そんなの当たり前かな? でも世の中にはののしられて喜んじゃう趣味の人たちだっているわけだし(!?)、きっとお客さまの言葉に傷つかなくても平気になる方法があるはずだ、と私は考えた。
(中略)
 それは、人間には自尊心があるからだ。
 人間は誰でも自尊心を持っている。ぞんざいに扱われたり軽んじらられたりすると、それが傷ついてしまう。お客さまにひどいことを言われると自尊心が傷つく。お礼を言われないと自尊心が満たされない。だからこの仕事は辛いんだ。私の痛みの源になっているのは自尊心、つまりプライドだ。
」(p.139)

当たり前のことのように思えることを、「なぜ?」と考えてみるところは素晴らしいと思います。人は、そうやって成長して行くのですから。

ただ、ここで言うところの「自尊心」は、心理学で言うものは違います。本物の自尊心ではありません。

本当の自尊心がないから、他人の評価を得ようとするのです。他人から評価されないと、自分に価値があると思えないのですね。プライドが高い人というのは、他人から高く評価されたくてたまらない(=心理学的には「自尊心がない」)人なのです。


こんなふうに心や体を病む要素がいっぱいのコールセンターでは、働いているだけでサバイバルだ。自分で自分を守るしかない。

 そこで私が考え出したのが、「私は謝罪するプロだ」作戦だった。
」(p.144)

つまり、追い立てられて受け身で仕事をするのではなく、プロとしての自覚を持って、積極的に仕事に取り組むということです。謝ることでお金を稼ぐプロ。自分をそう定義することで、積極的に謝罪することができるのです。


お客さまに1回怒鳴られると1ポイントとしてカウントし、10ポイント溜まるとお菓子を買ったりジュースを買ったり、小さなご褒美を自分に与える。」(p.148)

ポイント制にすることで、お客さんからの否定的な投げかけを、逆の肯定的なものに変えるのですね。他に「悪口コレクション」というものも、榎本さんは紹介されています。お客さんから投げかけられる様々な悪口を集めて楽しむのです。こういう発想も面白いです。


私たちが相手に嫌われても、怒鳴られても、包丁を突きつけられても、督促しなければならないのは、お客さまの信用を守ることができるから。お客さまの信用を守るのはもしかしたら命を守ることにもなるかもしれないしね」(p.204 - 205)

榎本さんの先輩の言葉です。お客さんが倒れて意識を失った時、救急車を呼んでも来てくれなかったことがあったそうです。それはそのお客さんが、医療費などを踏み倒す常習者だったから。信用をなくせば、命さえも救えなくなる可能性があるのです。


お金返さなかったらどうなるのかな、という不安。ホントはお金を返さなきゃいけないんだけど返してない、という罪悪感。それを守るために、お客さまは私たちを怒鳴る。

 悪口系だめんずの彼も自分に自信がない人だったのだ。自分の自信のなさを補うために相手に悪口を言う。ああそうか、ダメなのは自分じゃないんだ、と気付いた時、パリン、と洗脳が解けた気がした。それがわかってから、私は数年ひっかかり続けたそのタイプにやっと別れを告げることができた。
」(p.216)

自分にやましいところがあって自信がないから、相手を攻撃するのです。怒るのも批判非難するのも、すべてそうです。

それを見抜けば、怒られたり悪口を言われたりしても、平気でいられます。惨めになる必要がありませんから。ダメなのは相手であって自分じゃない。そういう気付きが重要なのですね。そうやって自分が変われば、状況(出来事)も変わってきます。


古戦場のようなコールセンターで働くうちに、いつの間にか自分の体にはたくさんの言葉の刃が突き刺さっていた。でも、その一本を引き抜くと、それは自分を傷つける凶器ではなく剣になった。その剣を振り回すと、また私を突き刺そうと飛んでくるお客さまの言葉の矢を今度は跳ね返すことができた。それから、仲間を狙って振り下ろされる刃からも仲間を守ることができるようになった。そうか、武器は私の身の中に刺さっていたのだ。」(p.233)

たくさん傷ついてきたからこそ、その経験から武器を手にしたのです。その武器によって、自分を守るばかりでなく、仲間を守ることができるようになったのです。

自分に合わないから、苦手だから・・・。それはやらないことの理由にはならないのですね。やってみれば、真剣に取り組んでみれば、そこに生きる道があるのかもしれない。そんなふうに思いました。


私には、統合失調症で今も部屋から出られない状態の、ひとつ年下の弟がいます。もし、あなたが外に出られるようになって、仕事をする時に、心と体を守るために少しでもこの本が役立てばと思いました。」(p.236)

榎本さんは、この本を3人の人に贈りたいと書かれています。1人は、かつてぜんぜん督促ができなかった自分自身へ。もう1人は、今一緒に働いているオペレーターさんや同僚たち。そして3人目が弟さんなのだそうです。

自分が苦しんできたことは、無駄にはなりません。その苦しみは、他人を助け、癒す力になるのです。私もこの本が、今、苦しんでいる多くの人の力になればと思いました。

督促OL 修行日記
 
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2017年07月22日

本日、サービスデー



朱川湊人(しゅかわ・みなと)さんの本を読みました。これは小説ですが、本と同名タイトルの中編と、「蒼い岸辺にて」など短編を4つ合わせたものになっています。

「蒼い岸辺にて」は、2017年5月6日のNHKラジオ第1の「ラジオ文芸館」で朗読放送されたようです。帯に書かれていました。


これを購入したきっかけは、また「みやざき中央新聞」で紹介されていたからです。2017年6月26日発行の記念すべき2700号の社説「生きなきゃ生かせない資源がある」の中です。社説を書かれたのは、魂の編集長・水谷謹人さん

社説の中では、まず日本の自殺の現状を紹介します。かつて年間3万人を越え、1日あたり90人もの人が自ら命を絶っていましたが、最近は50人くらいにまで減ったのだとか。それでもまだまだ自殺者が多い現状を嘆きます。

そして、ようやく豊かさと自由が手に入る時代になったのだから、見方を変えることで、もう少しがんばってみようよと語りかけるのです。その一例として、「蒼い岸辺にて」という短編小説を紹介しています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

「それもありますけど……本当は違うんです。あれだけ事件や犯罪に関係したものを見て、先生も感じませんでしたか? 殺す方なり殺される方なり、誰でも簡単に、どちらかの立場になってしまうんだなぁって」
 なるほど、確かにそうだ。
 明日、自分は誰かを殺してしまうかもしれない。あるいは誰かに殺されてしまうかもしれない。その可能性がゼロだと言える人間は、きっとこの世にはいない。
」(「東京しあわせクラブ」p.173)

主人公は作家先生。編集者の紹介で出会った飛鳥ちゃんから、秘密クラブに出品するために作家先生の持ち物を貸してくれと言います。それは、過去の事件や犯罪にまつわる何か。それを見せ合うクラブだったのです。その時の飛鳥ちゃんのセリフと作家先生の心の中が、上記のように書かれています。

事件を丹念に見ていけば、もし自分が犯人の立場だったら同じことをしたかもしれない、と私も思います。私自身が誰かを殺めていないのは、紙一重だと感じるからです。そして、被害者になる可能性はもっと高いでしょう。

そういう想像ができるかどうかで、他者への共感や現状への感謝などができるのではないか? そう思うのです。


「私に彼氏? そんなのできるわけないでしょ……私なんてブスだしデブだし」
「ブスでデブ? それって悪いことなのかね……長い間、ここで亡者ばっかり相手にしてきた俺に言わせれば、おまえなんか、けっこう健康的でいいと思うけどね。まぁ、本人が言うんだから、きっとブスでデブなんだろうなぁ。本人が決めちまったら、誰にもそれは引っくり返せねぇから」
」(「蒼い岸辺にて」p.289)

自分の将来を悲観して自殺した早織。その早織と三途の川の渡し守の男の会話です。

考え方は人それぞれです。自分がこうだと決めたものが、自分の真実になります。もし、「今はそう思っているけど、そうではないかもしれない・・・」という考えを頭の片隅に置いておけば、もっと柔軟に他人の考えを受け入れられるし、自分が変わるのも容易になるでしょうね。


小説の中では、寿命が尽きる前に自殺した人には未来ゴミがある、と言います。生きていれば体験できたであろう未来です。男は早織の未来ゴミを捨てながら、それを早織に語ります。1年後に彼氏ができる予定だったのだと。

しかし、その彼氏は二股をかけて早織を捨てると言います。早織は、やっぱり自分はそんな運命なのだと思います。

でも、別の角度で見れば、こいつもおまえの人生には必要だったらしいな。おまえはこいつに振られたのをバネにして、きっついダイエットに挑戦したり、化粧の勉強に精を出すことになる。それで生まれ変わったみたいにキレイになって、このバカがよりを戻そうと言ってきたのを、今度はこっちから振るってことになってたらしい」(「蒼い岸辺にて」p.289 - 290)

「禍福は糾える縄の如し」とか「人間万事塞翁が馬」などと言いますが、何が幸いするかはわかりません。そして何が幸いしたかがわかるのは、寿命が尽きるまで生きた人なのですね。


いや、違う。才能の差は、努力じゃ越えられない。才能は神さまに愛された人だけが持っているもので、自分みたいなダメなヤツには与えられないのだ。
「おまえがそう思うなら、それでいいんじゃねぇ? 才能のないヤツは、みーんな負け犬。それで納得できるなら、楽なもんだ。どうにか人間に生まれて、せっかくもらった何十年かの命を、そう思い続けて過ごしたって悪いこたぁねぇさ。人間、何でも自由だよ」
」(「蒼い岸辺にて」p.292 - 293)

どう考えるかは、それぞれの自由です。どっちが絶対的に正しいというものではありません。

重要なのは、どう考えれば自分らしいか、ということではないかと思います。幸せでいたいのであれば、どう考えれば幸せか、ということです。


本のタイトルでもある「本日、サービスデー」も、とても読み応えがありました。解説にもありましたが、朱川さんの小説は、「もし・・・だったら?」という内容の話なのですね。

「もし・・・だったら?」と考えてみると想像力が鍛えられて、いろいろな見方ができるようになると思います。見方を変えることが、自分らしく生きることにつながるのです。

本日、サービスデー
 
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2017年07月19日

おこらせるくん



絵本作家、のぶみさんの最新作を読みました。以前、「ママがおばけになっちゃった!」を購入しましたが、それがとても良かったので、今回も買ってみました。

のぶみさんは、ひすいこたろうさんの友人ということで、ひすいさんの本の中で何度か紹介されています。最近読んだ「キミを救う言葉」の中にも、のぶみさんの話が出てきます。


今回の本は、つい怒ってしまうお母さんがテーマです。

「怒りたくて怒っているんじゃないー!」おそらくすべてのお母さんは、そういう気持ちではないかと思います。

早く幼稚園に行かなければいけないのに、なかなか準備をしてくれない。忘れ物をしないように注意したのに忘れてしまう。子どものそんなところに、つい怒ってしまうのです。

でもそれは、子どものことを愛しているからですね。他人の子どもなら、そんなこと気にもしません。自分の子どもだから、愛しているから、良くなってほしいから、怒ってしまうのです。


そんなお母さんと子どものことを、ユーモラスに描いた作品になっています。

お子さんと一緒に絵本を読めば、お子さんも、お母さんの気持ちに気づいてくれるかも。この作品も、子どもとの距離を縮める内容だと思いました。

おこらせるくん
 
タグ:のぶみ 絵本
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2017年07月18日

続ダメなときほど運はたまる



欽ちゃんこと萩本欽一さん「運」に関する本を読みました。前に紹介した「ダメなときほど運はたまる」の続編のようなタイトルですが、実はこれは3作目だそうです。2作目に「負けるが勝ち、勝ち、勝ち!」というタイトルの本も出版されているのだとか。



そのことは知らなかったので、1冊目を買う時についでに、こちらも一緒に買ったのです。この本は「運」に関する本の完結編になるとのことです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

思いついたということは縁があるということだろう。だとすればわざわざ声をかけなくても、近いうち必ずどこかで会う。会えたら声をかけよう。会えなかったらこの舞台で声をかけるのはよそう。
 これが僕のやり方。で、この日、佐々木健介さんの名前を紙に書いて、自宅のテーブルの上に置きました。僕、こういう願い事みたいなものを書いておくんです。一種のおまじない。
」(p.89)

欽ちゃんは、自分の力が衰えたと感じた時、「力の強い人」と一緒に組めばいいと考えたそうです。それで思いついたのがプロレスラーの佐々木健介さん。そう思いついたからと言って、すぐに声をかけないのが欽ちゃんのやり方です。

ここで注目したのは2点です。1つは、無理に自分でやろうとしないこと。導きを信じているのですね。そしてもう1つは紙に書いておくこと。紙に書くと願いが叶うという話もありますが、欽ちゃんもそういうことをやっているようです。


人とのちょっとした出会い、わずかな会話が、のちのち物語になるんです。自分の身の周りにいる人の「伝記」に、みんな関わっているわけ。
 自分が発する言葉一つ、ささいなしぐさで、相手の言葉が変わってくる、行動が変わってくる、仕事が、生活が変わってくる。それぞれがお互いの運のメッセンジャーなんだと意識すると、いい運を自分がもらうためには、自分も人にいい運をあげなくちゃ、って思いますよね。
」(p.98)

私たちは、様々な形で他人と出会い、関わっています。その関わりの1つひとつが、相手の物語にもなっていくし、自分の物語にもなっていきます。

ですから、1つの言葉と言えどもおろそかにせず、相手の良い運になるような言葉を選ぶことが重要なのだと、欽ちゃんは言います。


普通の人は、「自分はできない」と思うから努力つづける。そのうち努力をする習慣がつくので、自分がかなりいい位置まで到達しても、努力をやめようと思わない。
 そうするとね、五年後ぐらいから逆転現象が起き始めるんです。スタート時にほかをぶっちぎってたトップの人は三〇人ぐらいに抜かれていく。あと二年も経つと、また二〇人に抜かれて、天才的なトップだったのが真ん中ぐらいになっちゃう。
」(p.177)

天才でも、その才能にあぐらをかいていると大成しません。大成する人は、単に才能があるだけでなく、その才能に溺れない謙虚さがあるのでしょう。そういう人が一部のトップクラスになれるのです。

そういう意味で欽ちゃんは、才能がないことが幸いだと言います。トップクラスになれないとしても、今いるところから少し上を目指して努力を続ける。そうすれば運に導かれて、幸せな人生を送れるのだと。


最後に、「運を招くためにぜったい大事なこと」だと欽ちゃんが言う5つのことをまとめます。

@運は自分で貯金する」(p.181)

運は貯金通帳と同じで、たまって増えたり、逆に使って減ったりするものです。つらい時はじっと耐えていると運はたまります。失敗したときも謙虚に反省し、希望を持って進めば運はたまります。

A向いたいない場所に運がある」(p.183)

自分の好きなことではなく、得意になってやることではなく、苦手なことや向いていないことを受け入れて、黙々とやることで運が向いてくるのです。

B運は言葉と行動に左右される」(p.184)

いい言葉を使い、いい行動をすると、自分の運が良くなります。身近な人に迷惑をかけない言葉を選ぶとか、やさしい言葉を選ぶようにすることが大切です。

C運と不運はトータル五〇%ずつ」(p.186)

「禍福は糾える縄の如し」と言いますが、運と不運は交互にやってきて、トータルするとプラマイゼロなのだと言います。なので、運が良いときも調子に乗って使いすぎないように心がけ、悪いときも落ち込まずにじっと待つことが大切なのです。

Dつらい境遇は「運のせい」にする」(p.188)

思うようにならずにつらい境遇の時、他人や環境のせいだと責めるのではなく、また自分が悪いからと自虐的になることなく、じっと耐えることが重要です。ですから、そういうつらい状況は運のせいにして、気持ちが楽になるように考えるのがよいと言います。


欽ちゃんの「運」の考え方を読んでいると、幸田露伴氏の話を思い出しました。「惜福」「分福」「植福」という「幸福三説」という考え方を、「努力論」の中で展開しているそうです。

「惜福」は福を使いすぎないよう、惜しんで使うこと。「分福」は自分の福を他の人に分け与えること。「植福」は次の運の種を蒔いて育てることです。こうすることが、上手な「福(運)」の使い方だと言います。

このことを知って欽ちゃんの考え方を見ると、よく似ていると感じるはずです。きっと露伴氏も欽ちゃんも、同じようなことを感じたのかもしれませんね。

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タグ:萩本欽一
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2017年07月17日

聖書に隠された成功法則



これも何で紹介されたのか忘れましたが、成功法則に関する本を読んでみました。著者は松島修(まつしま・おさむ)氏で、投資コンサルタントをされています。

聖書に限らず、真理は昔から明らかにされていると、私は思っています。ですから、聖書の中に真理があるという考え方には、それほど違和感はありません。ただ、そこに書かれていることをどう紐解くのか、興味があったのです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

むしろ聖書を読めば、宗教が大きな間違いを犯しやすいことや、宗教活動をすることで成功するわけではないこともよく分かります。宗教は人を束縛するものですが、聖書は人を自由にするものです。宗教が聖書の大事な真理を隠してきたのかもしれません。聖書から宗教のベールをはがした時に真理が光り出します。」(p.19)

まず、聖書を持ち出すものの、それは宗教とは無関係だと主張します。その根拠として、聖書は人を自由にするが、宗教は人を束縛すると言います。

私も、宗教の大きな誤りは人を束縛することだと思っています。ただ、聖書が人を自由にするという主張は、すぐさま受け入れられるものではありません。これをどう説明にするのか、楽しみにしています。


神実現に沿って進んでいる時の判断基準は、大枠として自分がワクワクする方向に進んでいることです。その人が本来、進むべき方向に進むわけですから、まるでエスカレーターに乗るように次々と目標を達成していく体験ができます。」(p.38 - 39)

これまでの成功法則は自己実現を目指すものだが、この本では神実現を目指すと違いを主張します。その違いは、本来の自分の姿を悟ることにあるようです。本来の自分であれば、流れに乗ってスムーズに進むのですね。


聖書には「恐れるな」という言葉が、365回出てくるといわれています。ちょうど1年のに日数と同じ数です。聖書の神が人に恐れるなと言っているように、私たちは積極的に前進する中では「恐れるな」と自分自身に言い聞かせる必要があるのでしょう。それほど私たちは恐怖にとらわれやすい傾向があるということです。」(p.71)

聖書でも「恐れる(=不安にあになる)」ことを否定しているのですね。「神との対話」では不安は愛の対極だと言っていますが、不安を捨てて愛(=安心)に留まることが重要だと思います。


また、聖書を読んだ時、「この言葉を上司(あるいは夫・妻)に読ませてやりたい」と感じるのも間違いです。そうではなく、「私自身がこの言葉に従うように神は願っている」と感じるのが、正しい読み方です。
 このような正しい心で読むなら、聖書の言葉は光り輝くラブレターのような存在です。
」(p.84 - 85)

どんな教えもそうですが、それを他人を裁く手段にしてしまっては、本末転倒なのです。教えは自分を正すためでしかないのです。


聖書の成功者とは、その人が神に似たものとなること、つまり最高のステイタスになることです。」(p.88)

一般的に成功者と言うと、お金持ちと考えがちです。しかし、聖書の成功者お金持ちではなく、神と似た存在になることだと言います。

それは、この後に具体的に示されていますが、たとえば愛を持っているとか、いつも喜んでいるとか、幸せでいるなどです。


では、「最高のステイタス」とは何なのか? そのために何をすべきなのか? その答えも、聖書に示されていると言います。

いつも喜んでいなさい。
 絶えず祈りなさい。
 すべての事について、感謝しなさい。   (−テサロニケ5・16)
」(p.173)

この3つは神の命令です。この3つをお勧めします……というレベルではなく、命令形です。
 これほどしっかり命令されているのは、この3つがどれも成功のための必須条件だからに他なりません。
」(p.173)

この3つは、何としてでも「やれ!」と言うことですね。(笑)


人が喜んでいることを、神は願っています。喜んでいるということは、そこに希望を見いだしている証拠だからです。
 喜んでいる人はよく笑います。また、笑っている人には災難も近づきにくいものです。医学的見地からも笑うと免疫力が上がるといわれています。病人が笑うと早く病気が治癒しますし、健康な人が笑うと病気にかかりにくくなるといわれています。
」(p.176 - 177)

喜ぶこと、笑うことは、とても重要だと思います。それは、つねに神とともに歩んでいるという安心感であり、自分の存在への自信がベースにあるのでしょうね。


それでも、感謝する気持ちが、どうしても持てない場合はどうしたらいいのでしょう?
 大丈夫です。その場合には、感謝の気持ちはなくても「神に感謝する」と、祈りの中で口に出して言ってみてください。心と言葉が一致していなくても、言葉に出して祈ることとでよい方向に変化していきます。
」(p.189)

心が伴わなくても、まずは感謝の言葉を口にすることが重要なのだとか。こういうところは、小林正観さんなどと同じです。


まず神を愛する。
 すると自分自身を愛せる。
 だからこそ周囲の人を愛せる。

 これが聖書の語る真理です。人にとって神を知ること、神を愛することは最大の喜びです。魂が喜びます。そしてその結果、自分自身を愛せるようになることが大切です。
」(p.192)

まず神を愛する。そして人を愛する。そう言われていますが、神を愛すれば自分を愛せるから、人を愛せるようになるという考えは、斬新だと思いました。


与える人は与えられる。単純ですが真理です。
 いつも与えましょう。そうすれば人々はあなたに与えてくれます。人によいものを与えていないと貧乏になります。与えることは大切です。
」(p.195)

バシャールは、この世には1つの法則しかないと言っています。それは、「与えたものが返ってくる」です。同じことですね。


10分の1をことごとく、宝物蔵に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。
 こうしてわたしをためしてみよ。−−万軍の主は仰せられる。−−
 わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福を、あなたがたに注ぐかどうかためしてみよ。
」(p.202)

「マラキ3・10-11」からの引用です。10分の1献金は、聖書では有名ですね。

驚くべきは、「ためしてみよ」とある点です。神は「こういう法則になっている」と示しながら、それを「試してみなさい」と誘っているのですね。

小林正観さんも、トイレ掃除が思いがけないお金をもたらすことを、金儲けの意図でも良いからやってみるように言っています。本当なのかどうか、自分でやってみればいいのです。


逆に言えば、利益を得るから満足を得るのではなく、満足して満ち足りた心があるから、そこに利益が追いかけてくる、それが聖書の語る真理です。」(p.206)

「神との対話」でも、まず「在り方」を決めることが重要だと言っています。何かをすれば幸せになるのではなく、幸せであるから何かをするのだと。「幸せ」という「在り方」が先なのです。


一方、積極思考と似てはいても、少し異なるのが聖書的な楽観思考です。楽観思考は、自分がやるべきことはやって、あとは神にゆだねる、やるべきことをやったら神頼みで結果は任せるという思考です。
「いつまでに、どれだけ何を達成するか」というのは、自分が決めることではなく、神のタイミングにゆだねます。それには、「日々、必要な食べ物、着る物、住むところ、お金などすべての備えは、自分が神実現に向けて進んでいれば、神が備えてくれる」という安心感が根底に横たわっています(詩篇127・1-2)。
」(p.228 - 229)

ものごとが成就するのは、神が最適な時を選んでくれるから大丈夫。そういう安心感を持つことですね。

これは、結果を手放すという考え方にも通じます。結果は神に委ね、自分は自分がやるべきことをやる。それだけでいいのです。


本書には、この他に「獅子」「雄牛」「人」「鷲」という4つの分類をして、それぞれごとの特性や注意点なども書かれています。これも、聖書に基づくものだそうです。

バランスとか、人格を持った神とか、サタンとか、私にはイマイチ理解しがたい考え方もありました。ですが、本質的には自分は神が創った素晴らしい存在なのだと認め、すべては神の導きで上手くいくと信じ、安心している態度が重要だということだと思います。

そういう点では、「神との対話」で語られていることと共通しているように思います。けっきょく、すべての真理は隠されることなく、昔から語られているということですね。

聖書に隠された成功法則
 
タグ:松島修
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:39 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月14日

ヤッさん



これも何かで紹介された本だと思いますが、誰がどこで紹介してくださったのかすっかり忘れています。原宏一(はら・こういち)さんの小説なのですね。2009年には単行本として出版され、2012年に文庫本化されています。

帯に「連続ドラマ化! テレビ東京系 金曜8時のドラマ」と書かれていたのですが、調べてみると昨年(2016年)の話でした。


では、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。まずはネタバレにならないよう、概要を書くことにしますね。

主人公は、ヤッさんというよりタカオです。転落人生でついにホームレスになったタカオは、ヤッさんと出会うことで誇りを持ってホームレスをするようになります。

ヤッさんは、ホームレスの哲学というものを持っていて、ホームレスの矜持を持たなければいけないと言います。

ホームレスってのは都会の恩恵を受けて生きてんだ。都会っていう恵まれた環境に生かしてもらってんだ。その幸せに感謝の心ってもんを持たなきゃいけねえだろうが。だから毎日きちんと身づくろいして、すくなくとも堅気の方々に不快感を与えるようなことがあっちゃならねえんだ。わかったかっ」(p.9)

ヤッさんからそうどやされたタカオは、ヤッさんに弟子入りしてついていくことになりました。こうして、ヤス&タカのコンビ(師弟)が生まれるのです。


ヤッさんは、築地の仲買人など仕入先と、東京のレストランなど料理人とを結びつける、という活動をしています。そうすることで、互いに成り立つようになる。いわば流通の仲介役、潤滑油のような働きです。

そうすることで重宝がられ、まかない飯などをご馳走になりながら生きています。お金や食べ物を恵んでもらっているわけではないのです。

そういう中で、様々な事件が起こります。これは、ヤッさんとタカオがその事件を解決していくという物語です。


ある時、仲買人の正ちゃんたちから、しばらく顔を出さないでくれと言われることがありました。これまでの関係からすれば、何か事情があるのでしょう。けれど、誰もそれを語ってくれません。

タカオはイライラしてきます。自分たちの仲は、その程度のものだったのかと感じたのです。一方、ヤッさんは穏やかに引き下がります。その態度が、またタカオをいらだたせるのです。

おまえってやつは、まだおれの考えがわからねえのかっ。ホームレスは家も財産も仕事も持ってねえが、唯一、矜持だけは持ってなきゃならねえと、最初に言っただろうが。だから正ちゃんたちとの付き合いも人間対人間の付き合いだ。そこんとこだけは勘違いすんじゃねえぞっ」(p.187)

無理に扉をこじ開けようとするタカオと、徹底的に相手を信頼するヤッさんと、まだ少し考え方に隔たりがあるのですね。


この小説は完全にフィクションですから、ただ読み物として読んでみても楽しめます。一方で、豊洲移転問題など、ホットな社会問題も扱われていて、それぞれの立場の考えを理解する上でも役立つでしょう。

このヤッさんのシリーズは、何冊かあるようです。その登場人物は、おそらくまた変わっていくのでしょう。ただし、ヤッさん以外です。ヤッさんの人間的な魅力に引き込まれてしまう作品です。

ヤッさん
 
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2017年07月10日

運命の流れを変える! しあわせの「スイッチ」



また、ひすいこたろうさんの本を読みました。これも編集者のひたかみひろさんとの共著で、文庫本になります。

「あなたの人生、これでいいのだ!」とサブタイトルがついています。「読むだけで、「夢」が「現実」に近づいてくる!」と、帯にキャッチコピーがあります。この本は、ありのままの自分を受け入れ、そうすることで人生が良くなる、ということを書いた本なのです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

実は、僕らの魂は、80年間の休暇をとって、この地球に旅行にきていたのです。」(p.6)

まえがきで、このように言っています。旅なのだから成功も失敗もない。貧乏旅行だって貴重な体験。だから、私たちがやるべきことは1つだと言います。

心を自由にして、いま、この瞬間を生きること。
 過去を悔やむことではなく、未来を思い悩むことではなく、現在、いま、この瞬間をしっかり味わい、そして楽しむことです。
」(p.6)

まさに「神との対話」などで言われている通りです。体験することが重要なのであって、何をするかはどうでもいいのです。

心を自由にする方法は、簡単です。
 あなたの人生で、いままで起きたことすべてのことを、
「これでいいのだ」
 って受け入れることです。
 それが旅の出発点であり、幸せになるための「スイッチ」です。
」(p.7)

すべてのことを受け入れる。バカボンのパパのように「これでいいのだ〜」と言う。それが、自分を幸せにする魔法の呪文なのですね。


かわいいのにモテない人たちは、自分の名前が好きじゃないというのです。」(p.19)

モテなかったり、恋愛が続かなかったりする人の共通点、それが自分の名前を嫌っているということ。名前は自分自身ですから、自分を嫌っているのですね。

そして自分を嫌っている人は、親を受け入れていません。どっちが先かは別として、自分を嫌う人は、他人を受け入れられない。だからモテないし、恋愛が続かないのです。


心は見えないから、変えるのは難しい。
 だから、まず、見えるところを変えてみるのです。それなら今日からできます。
」(p.25)

自分を好きになるには、まず外見を変えて好きになるのが簡単だと言います。たとえば男性なら帽子をかぶってみたり、女性ならネイルをしてみるとか、普段しないようなことをしてみます。

その際、自分で選ぶのではなく、他の人に見立ててもらうのがコツだそうです。そうすることで、自分が気づいていなかったチャームポイントに、気づかせてもらえるからです。


ブッダも、イエス・キリストも、孔子も、実はみんな同じことを考えていたように思います。
(中略)
 結局、この3人の聖者が一番伝えたかったのは、自分を肯定すること。自分に”YES”ということです。」(p.32 - 33)

仏陀は「天上天下唯我独尊」と言いました。「この世界にたったひとりの自分だから尊い」という意味です。イエスは「隣人を愛せよ」と言っていますが、その前に「自分と同じように」と言っています。まず自分を愛することが大切なのです。孔子は、「名前が知られていないからと言ってくさるな」と言っています。自分のことを自分が知っていれば、それで良いではないかということです。

このように、3人に共通しているのは、自分を肯定すること、自尊心を持つこと、自分を愛することだと言うのです。


絶対の自信なんかホントは誰ももっていない。ただ自信があるように自分に暗示をかけているだけです。」(p.42)

1000人を超える成功者に取材した結果、「彼らはすごくポジティブな人を「演じて」いる」ということがわかったそうです。演じるのであれば、今すぐにでもできますよね。


マンガ「天才バカボン」のストーリーが紹介されていました。私はまったく覚えていなかったのですが、とても驚いたので紹介します。

天才バカボンのパパはママと結婚して子どもができた。パパが喜んで病院へ駆けつけると、生まれた子どもは頭のうしろがぜっぺきのダウン症の子どもだった。ショックを受けたパパは、ふらふらと道にでたところを車にはねられてしまう。
 頭を強くうったパパ。
 起き上がったときにいった言葉がこれです。
「これでいいのだ」
」(p.56)

バカボンがダウン症の設定だったのか、私は知りません。こんな物語があったのかどうかも知りません。でも、さもありなんという気がします。

車にはねられたショックで、バカボンのパパは悟ったのかもしれませんね。それ以降は、何が起ころうとも「これでいいのだ〜」と言って、ひょうひょうと切り抜けていくのです。


「大変」なとき、それは「大」きく「変」わる大チャンスなのです。」(p.62)

大変な時は、これまでと同じことをしていてもどうにもなりません。違うことをしなければならないし、自分を変えなくてはなりません。だからチャンスなのです。


大切な人へ贈るプレゼントを選んでいる時間、そこには2つの幸せが隠れていたのです。
 贈りものができるほど恵まれていることへの幸せ。
 そして、プレゼントしたくなるほど、大切な人がいてくれることの幸せです。
」(p.68 - 69)

アフリカには、プレゼントする側が「ありがとう」と感謝する風習を持つ部族がいるのだそうです。奇異なことに感じるかもしれませんが、上記のように考えてみれば、それもまた一理あると思えますね。


相手の立場をちょっとでも想像してみる。すると、世界を優しく見ることができるようになります。
「あの人は機嫌が悪い」などと「印象」で判断するのは誰にでもできます。
 でも、「なぜ不機嫌なのだろう?」「どうしてイライラしているのだろう?」と、その「理由」に思いを馳せることができたら、それが本当の優しさです。
」(p.95)

アメリカインディアンの教えにも、「その人のモカシン(革靴)を履いて1マイル歩いてみるまでは、その人を批判してはならない」というようなものがあります。まさに、その人の印象ではなく、その人の事情を慮ってみるということですね。


人生を楽しむとは、自分の可能性を楽しむことです。それ以上にワクワクすることなど、この宇宙にありません。
 そのためにいちばん大切なことは、「人生を楽しむ!」と心から決意することです。
 決めれば人生はそのとおりに動いていきますから。
」(p.159)

重要なのは、人生を楽しむこと。苦労するために生まれてきたのではないのですから。

何とかなるという気持ちがあれば、人生を楽しむ余裕も生まれます。と言うより、余裕を持つことによって、人生は何とかなるのです。その安心感が、人生を創造するからです。


さまざまな価値観を「それもいいね」「これもいいね」と受け入れることができる。だから、ケンカにならない。それができるのが「和」の心をもつ日本人ならではです。」(p.170)

キリスト教のクリスマスを祝い、仏教の除夜の鐘を撞き、神道の初詣で一年の安全幸せを祈願する。こんなことをするのは日本人くらいだと言われます。

日本はかつて、「大和(やまと」の国といわれました。
 料理では、違うもの同士を混ぜ合わせることを「和(あ)える」といいます。
「和」とは、自分とは違う価値観を楽しめることです。すると、みんなが「輪」になれるのです。
」(p.171)

違うことを受け入れ、そのままに楽しめる。それが日本人の心。私もそうであってほしいと思います。

それにしては最近は、同質均一を求めてギスギスする風潮が強いように感じます。異常に他人にマナーを求めたり、ネットでの批判非難合戦など、目に余るものを感じます。

違いをそのままに認められたら、自分が自由になれるのですけどね。ぜひそういう日本の伝統を取り戻して、世界を牽引する国民になってほしいという気がします。


僕らのいま生きている時代こそ、「革命のはじまり」と、歴史に記されることでしょう。
 この時代に、この日本に生まれてきたこと。
 そこに大きな意味があると思います。
 時代は、いま、あなたが一歩踏み出すそのときを待っています。
 革命は、はじまっています。
」(p.177 - 178)

価値観は時代によって大きく変わります。ですから周りに流されることなく、自分らしく生きることが重要です。常識に従うのではなく、本音で生きるということです。

そうしたのが、幕末の坂本龍馬氏など、明治維新を推進した人々でした。彼らは、自分らしく生きることにワクワクしていたことでしょう。ワクワク生きる人々によって、時代は変わっていくのです。


神様からもらった人生のシナリオは、一見、不幸に見えたり、つらいことに見えたりします。なぜなら、「優しい心になりたい」とお願いしたら、神様は「優しい心」が育つように、つらい環境をプレゼントしてくれるからです。人間関係に悩み、葛藤するなかから本当の優しさは生まれるのです。

 自分がいまいる環境や身に起こることをすべて、「これは自分が神様にお願いしてもらったプレゼントだ」と受け入れると、あなたが望んだ、本当の望みが見えてくるはずです。
」(p.182)

起こる出来事も環境も、すべて必然で無駄がありません。なぜなら魂が、自分の課題のために創ったものだからです。自分のためにならないことは、何1つ起こりません。

あとは、そのことを受け入れるかどうかだけです。神を恨み運を嘆くくらいなら、受け入れてみてはどうでしょうか? どうせ変えられないのですから。


ピンチとチャンスは同じ状況だったのです。
 あとは、あなたがどっちを「選択」するか。そこを決めればいい。
」(p.228)

これは福島正伸さんのエピソードからです。福島さんは、何を尋ねられてもポジティブな回答しかしませんでした。その理由を尋ねられて、「決めているからです」と答えられたのだとか。

考え方というのは、その人の選択なのです。これを「意志」の問題です。決断の問題です。ですから、今すぐできるのですね。


風に乗る方法、それは……、「このままでいい」と思うことです。
「このままでいい」とは、いま、この瞬間の、ありのままの自分を肯定すること。
」(p.234)

自力で駆け上ることは不可能でも、風に乗れば簡単です。そのために必要なのが、今のありのままの自分を肯定することなのですね。

これでいい、今のままで十分だ、今とても幸せだ。そうありのままの自分を受け入れる。バカボンのパパのように、困ったことが起こっても「これでいいのだ〜」と言ってみる。そうやって、自分を受け入れるのです。


私は、たくさんの本を読んだり教えを聞いたりする中で、究極の教えは「安心すること」ではないかと感じました。そのことをメルマガで発信したりしています。この本もまた、そのことが間違いないと確信させられるものとなりました。

何があっても大丈夫。どんな状況でも心配ない。ただ安心して、あるがままを楽しめばいい。そういう考え方を、これからも発信したいと思いました。

運命の流れを変える! しあわせの「スイッチ」
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:21 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月08日

キミを救う言葉



ひすいこたろうさんの本を読みました。柴田エリーさんとの共著です。すでに文庫本になっています。

読み始めて、どこかで読んだことがあるなと気づきました。この本をリメイクしたのが「絶望は神さまからの贈りもの」だったのです。どおりで読んだことあるような話が続くわけです。

前の本ではエリーさんが何者かよくわからなかったのですが、こちらには書いてありました。独立したばっかりの編集者さん。エリーさんからこの本の企画があった時、ひすいさんは半分書くなら引き受ける、という条件を出したのだとか。だから共著になっているのですね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。ただし、「絶望は・・・」で引用した部分は除外します。

いきなりですが、ズバリ言いましょう。今日を境に、あなたの人生から、「不幸」はなくなります!
 この塾では、偉人たちの人生を題材に、これでもかと、あなたにあることを叩き込みます。それは、「ピンチ」は「チャンス」であるということです。
」(p.6 - 7)

冒頭でこのように高らかに宣言します。そしてその意味がわかるのは、読み終えたときです。「そんなことがあるのか?」という疑問が氷解し、「そうだよなぁ」という気持ちに変わっているのです。


人は”ア・ハード・ディズ・ナイト”(悲しみ)の中で本気になり、
 人は”ア・ハード・ディズ・ナイト”(絶望)の中で絆を結び、
 人は”ア・ハード・ディズ・ナイト”(逆境)の中で進化するのです。
」(p.22 - 23)

これはジョン・レノン氏のことを取り上げた章の最後に書かれています。もちろんジョン氏もひどい逆境をくぐり抜けたのですが、ポール・マッカートニー氏はもちろん、ビートルズ全体がそうだったのです。

そのことを知ってこの歌を聴くのと、知らずに聴くのとでは、受けとめ方がまったく違ってくるでしょうね。ビートルズのヒットまでにどれほど逆境があったのか、ぜひ読んでほしいと思います。


誰かの喜びのために心をこめたとき、
「流れ」が生まれるのです!
誰かの喜びのために一心不乱に打ち込んだとき、
「夢ってかなうじゃん!
」(p.43)

今や絵本界のベストセラー作家であるのぶみさんですが、そのデビューまでは山ほどの試練がありました。書いても書いても出版社から断られる日々。書いた原稿が自分の身長を超えるくらいになった時、やっと出版が叶いました。

その絵本が大ヒットして絵本作家になったものの、その後は鳴かず飛ばず。次にヒットしたのは、なんと70冊目でした。

ヒットした絵本に共通していたことは、身近な誰かを喜ばせるために、という思いだったのです。1冊目は彼女を喜ばせるために、そして70冊目は彼女との間に生まれた子どもを喜ばせるために。


しかし、財布を見たら、マドンナの全財産はなんとたった35ドル! いまの日本円に換算すると約3000円です。19歳の女の子が親元を離れてひとりで暮らすのに所持金が3000円とは無茶にもほどがあります。
 さすがにお金がなくては生活ができません。ここでマドンナはあきらめ……ま、せん!
」(p.60)

子どものころから夢だったダンサーになるために、マドンナさんは奨学金を得て通っていた大学を中退します。親の大反対を押し切って。そしてニューヨークへ行くのです。

ニューヨークへ着いたマドンナは、タクシーに乗り、「この街の真ん中で降ろしてちょうだい!」と言ったとか。そして到着した時、こう宣言したのです。

私はこの世界で神よりも有名になる!」(p.61)

何の根拠もなく、マドンナこう宣言しました。宣言することで、背水の陣を敷いたのでしょう。

しかし、レッスンに通いながらアルバイトをする生活は、食べるものにも事欠いたようです。落ちているマクドナルドの袋から、フレンチフライの食べ残しを得ることも学んだようです。

こういう背景があって、大スターのマドンナさんが存在するのですね。


誰が空を飛ぶ夢を引き継ぐ?
「誰の手に?」
「僕らがリリエンタールのあと継ぎになろう。ふたりで空に舞い上がるんだ」
 兄弟は顔を見合わせ、そう心に誓ったのです。

 とはいえ、ふたりは航空に関して専門家でもなく、科学者でもない。学歴だってありません。ふたりとも高校中退です。資金だってない。政府から研究費をもらえるような立場でもない。
 できない理由、夢をあきらめる理由はいくらでもありました。逆にできる理由はひとつもなかった。
」(p.73)

7年間飛行の研究を続けていたオットー・リリエンタール氏がグライダーで墜落死しました。その時、兄弟は誓ったのです。いつか必ず自分たちの夢を成し遂げようと。

それから、研究の日々が始まりました。関係しそうな新聞記事を切り抜き、本を読みました。しかし、その途中でも挫折しそうになります。イギリスのグライダー研究家、パーシー・ピルチャー氏が墜落死したからです。

しかしその後、重要なことに気づきます。それは飛行中の安定がないことが問題なのだ、ということです。そしてその安定を得るためのヒントが、ライト兄弟の仕事である自転車にあることがわかったのです。

「妻と飛行機の両方は養えない」という理由で、兄弟とも独身を貫きました。そういう一途な思いがあったお陰で、現代のように自由に世界中を行き来できる飛行機社会が作られたのです。


そして、アンネは思い直しました。つらいことばかり考えても仕方がない。つらいのはみんな同じ。
 だったら、私は楽しいことを見つける達人になろう!
 そして、それを日記に書きつづろう!
 アンネは、苦しい生活の中で起こった、ほんのちょっとのうれしい出来事や明るい未来を創造しては、日記帳に記していきました。
」(p.108)

「アンネの日記」で有名なアンネ・フランクさんの話です。屋根裏部屋などにずっと隠れ続ける日々を綴った日記が、世界的なベストセラーになりました。しかしアンネさんは、15歳でナチスに捕らえられ、翌年亡くなっています。自由を得ることはなかったのです。

では、彼女の人生は無駄だったのでしょうか? そんなことはありません。多くの人が彼女の日記に感動し、生きる勇気を得たのです。あのネルソン・マンデラ氏もそうでした。


マンデラの27年間に及ぶ獄中生活を支えたひとつに、アンネ・フランクの存在があります。
「アンネ・フランクの日記は、以前にも読んだことがあったけれど、牢獄の中で読むのはまったく違う印象だった。アンネの日記を読み、自分たちのいる状況と重ね合わせ、13歳の女の子が行動できるなら、自分たちにもできるはずだと勇気つけられた」
 肉体は死んでも、希望は死なない。アンネの希望は、マンデラにしっかり受け継がれていたのです。
」(p.116)

この部分を読んだ時、涙がこぼれて仕方ありませんでした。想いのタスキはつながる。人はこのように、想いのタスキをつなぎながら、生きることができるのです。


「汚い顔をしていますけど、勘弁してあげてくださいね」
 すると、母親は大笑いしながらチャップリンを抱きしめてキスしたそうです。
 恐ろしく伝染力が強い病気にかかっているのに、何のためらいもなくです。
 キスしたあと、母親のハンナはこう言いました。
「どんなに汚くてもいいわよ。本当にかわいいお前なんだから」
」(p.130)

貧民院で、母親と別れて暮らすようになったチャップリン氏の子どものころの話です。伝染病のタムシに感染し、隔離病棟にいたチャップリン氏を母親が面会に来たときのエピソードです。

たとえどんな状態であっても無条件に愛してくれる存在がある。そのことが生きる勇気と希望を与えてくれます。チャップリン氏の笑いの背後には、人々の悲しさがあります。悲しさがあるからこそ、笑えるのです。


これでもか、これでもかと頑張って、一歩踏み込んで、それでも粘ってもうひと頑張りして、もう駄目だと思ってもズカッと踏み込んで、そうしていると突き抜けるんだ」(p.174)

映画「影武者」で名を馳せた黒澤明監督の話です。

黒澤監督の映画はお金がかかりすぎるため、一時期、映画を作れなかったのです。「影武者」のときもそうでした。

しかし、そこに助け舟が現れます。それがコッポラ監督とジョージ・ルーカス監督でした。2人の支援で20世紀フォックス社から50万ドルの資金が得られ、「影武者」の撮影が始まったのです。


命をなめんなよ!
 そう言われている気がしました。
 家を失っても、仕事を失っても、そして家族を失っても、それでもなお復活できる。立ち上がれる力が命にはあるんだ。
 命の力をなめんなよ!
 そう言われている気がしました。
」(p.222)

3.11の被害で家や仕事や家族を失った人々が大勢います。岩手県山田町でひすいさんが出会った人々は、つらそうな素振りを見せることなく、明るく振る舞っていたそうです。

しかし、その背後には間違いなく悲しさがありました。悲しんでばかりいても、落ち込んでばかりいても仕方がない。そうやって乗り越えようとしている人々がいたのです。

あの世に持って行けるのはただひとつ。
 本気で生きた思い出だけです。
 本気でやり切った思い出こそ、心のダイヤモンドになります。
」(p.223)

人はいつか必ず死にます。その時には、持っているすべてを手放すことになるのです。

だからこそ、今を輝かせるしかありません。それがどんな状況であろうと関係なく、今、手にある札で勝負するしかないのです。

できるかどうかなど誰にもわかりません。重要なのはやるかどうか。やってダメなら、それでいいではありませんか。倒れようと前に進もうとする。その一歩が人生を輝かせるのです。


どのエピソードも、私たちに勇気と希望を与えてくれます。最初に書かれていた言葉を覚えていますか?
「「ピンチ」は「チャンス」である」ということ。「偉人ほど逆境の連続だった」のです。

そして、どんな逆境にも負けなかった。たとえその人生で花が開かなかったとしても、その想いのバトンは、必ず後世に受け継がれます。

だから人生を諦めないで。逆境にあるなら、今こそチャンスだと思って、ほくそ笑んでほしい。そういうことを、この本を読みながら思いました。

キミを救う言葉
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 19:14 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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