2019年07月18日

宇宙人タマの「魔法の教室」



Facebookで知ったタマちゃんこと奥田珠紀(おくだ・たまき)さん「魔法の教室」というヒプノセラビーを使った自己実現(成功)方法を伝えておられます。

タマちゃんは、つい数年前は生活保護を受けるくらいどん底で、電気代を支払うお金もないくらい追いつめられたことが多々あると、Facebookでも言われていました。
4人の子どものうちの2人に障害があり、ご主人もアスペルガー。そんなマイナスの状況をくぐり抜けて、今は月に5日しか働かず、月収が数千万円に。

こんな破天荒なタマちゃんですから、「いったいどんな人生を過ごしてきたのだろう?」「どうやってV字回復したんだろう?」って気になる人も多いでしょう。私もそうです。
ですから、タマちゃんが初めて本を書いたというので、さっそく購入したというわけです。期待に違わぬ素晴らしい内容でしたよ。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

両手を広げて宇宙のエネルギーを取り入れて、静かに息を吐きながら、手のひらに意識を向け、両手を合わせます。すると、手のひらからエネルギーが出ているような温かな感じがします。少しずつ隙間を開け、お団子やおむすびを作るように、そのエネルギーを丸めます。手のひらの間に空気の圧を感じます。エネルギーの塊です。ゆっくり、ていねいに、そのエネルギーを練っていると、まるでゴムボールを手にもっているように感じます。
 上手にできると、宇宙のお母さんはほめてくれました。
」(p.23)

タマちゃんは、子どもの頃から他の人に見えないものが見えたり、聞こえたりしたそうです。動物と話をしたり、精霊と遊んだり。また、「宇宙のお母さん」と呼ぶ大きなエネルギーがあり、何でも教えてくれたそうです。

ここは「気の塊」の作り方を教わったエピソードですが、気功でよくやることですね。私は気功はやりませんが、レイキをやるようになってからは、より簡単にこれができるようになりました。

タマちゃんは、この「気の塊」を身体の弱っている人に入れてあげるよう宇宙のお母さんから言われて、そうすると体の具合が良くなったのだそうです。


いろんな「物」とも会話をしていました。「どうして物と話ができるの?」とよく尋ねられましたが、その人たちには、精霊や動物たちと話すより、もっと異様に感じられたようです。
 でもね、物にだって心もあるし、性格もあって、いろいろなことを話したり訴えてきます。荒っぽく扱われると嫌な気分になるし、大事にしてもらえればうれしがります。人間と同じ。だから、タマは物を大切に扱います。
」(p.27)

物にも心(精神)があるというのは、「神との対話」でも言っています。タマちゃんは、なくし物があると、その物に尋ねてみるそうです。すると、その物が教えてくれるのだとか。そうやって、お母さんのメガネを見つけたというエピソードが載っています。


その赤ちゃんもだんだん年を重ね、人生の晩年を迎えて、またオムツを換えてもらう立場になりました。その様子を空からお母さんが見ていたら……と、タマは思うのです。
「大切に、ていねいに……」と思っているはずです。
 そんなお母さんの思いをタマは引き継いで、今、このおじいちゃん、おばあちゃんのオムツを換えています。お母さんの肉体はなくなっても、思いは残っています。その思いを裏切らないようにしよう。タマはそう自分に言い聞かせていました。
」(p.63)

いろいろな職業を経験されたタマちゃんですが、老人ホームでの介護は天職だと思ったそうです。こういう思いで介護してくれる人がいたら、受ける側も気持ちいいでしょうね。


ホームのみなさんにとってはこれが毎日なのです。何でも体験してみることで、見方や考え方、動き方が違ってきます。タマは、オムツを換えるときの気持ちがガラリと変わりました。」(p.65)

介護の仕事をしていた時、先輩から紙オムツを渡され、それを履いて2回おしっこをするという宿題を出されたそうです。
しかし、大丈夫だとわかっていてもなかなかできません。1回目は便座に座ることでなんとかできました。けれども、それを取り替えることなく、もう1回するという経験は、とても快適なものではなかったそうです。

こういうことも、体験してみなければわからないのです。わかった気になるのではなく、何でも体験してみる。それが何にも増して重要なことなのですね。


そのおじいちゃん、骨折なんてウソみたいに、すいすい歩いていました。あちこち歩き回っても痛みも出ないし、普通の生活ができるのです。唖然とするしかありませんでした。思い込みは現実にまさることをまざまざと見せつけられました。」(p.70)

骨折しているから安静にしてとタマちゃんが言っても、そのおじいちゃんは骨など折ってないと言い張るので、タマちゃんも半ばキレて好きにさせたのだそうです。
このことからタマちゃんは、思い込みを上手に使えば、とんでもなく可能性が広がると思ったそうです。


精神病院へ入院されている方はだれもが深い悲しみ、つらさを抱えています。だからと言って、うつむいているばかりでは前へ進めません。どんな状況に置かれても、人はユーモアを忘れてはいけないと、タマは思うのです。」(p.79)

精神病院で助手の仕事をしていたころ、薬を飲んでもらうのが大変だったそうです。美味しくもないし、量も多いし、病気を感じさせられるからでしょうか。
そこでタマちゃんは、苦痛にならずに薬を飲んでもらう方法を考えたのだそうです。それは、「はい、これは肌が10倍若返るお薬です」などと言って薬を渡すこと。「飲まなければいけない」から「それなら飲んでみようか」と主体的になるのだとか。

もちろんそれはウソだし、冗談なのですが、そういうことがあるかもしれないとも思えます。だから、ウソと知っていても話に乗ってみようかと思う。そこに笑いが生まれるのですね。

絶望は苦痛をもたらしますが、希望は喜びをもたらします。状況は同じでも、見方によって笑いに変えられるのです。


やっぱりタマは地球の常識の中で生きていてはいけないのです。酸素不足で、息が詰まっていました。タマは開き直りました。子どもだったころの不思議な女の子タマに戻ろう。
 そう決心することで、どんどん人とお金が集まってきたのです。
」(p.115)

2、3年ほど前、オール電化の家なのに電気代が払えず、電気を止められる危機があったそうです。そんな時、タマちゃんは自分らしくない生き方をしていたと気付き、開き直ったのですね。

タマだからできたことではありません。だれもが、自分らしく生きれば豊かになれるようにこの世はできている、とタマは思っています。それが証拠に、タマの「魔法の教室」を受講した人たちが、自分らしく楽しく生きて、あらゆる面で豊かに暮らせるようになっています。」(p.115 - 116)

タマちゃんは、これは何もタマちゃんだけが特別なのではなく、みんな同じなのだと言います。自分らしく生きるようにすれば、すべてが上手く回りだすのだと。


バリ島の人たちは、どんなことが起ころうが、すべてのことは神さまが自分のために与えてくれたことだからありがたい、と考えるんだ。なのにタマは、会えたら良くて、会えなかったら損……と考えていた。だからシャーマンさまが留守だとがっかりし、連絡が取れないとやきもきしていたんだ。」(p.138)

タマちゃんの転機になったバリ島のシャーマンに会った時のタマちゃんの気付きです。お金もないのに無理して会いに行ったのに、最初は留守で会えなかったのですね。

シャーマンからは、神さまがタマちゃんのことをかわいいと言っているのがわかるだろう、と言われたそうです。

タマのことを、懐かしい、愛しい、かわいいと思ってくださっている神さまを感じました。
「何でもお願いするといいよ。神さまは叶えてあげたくて仕方ないのだから」
 うれしくなりました。そうなんだ……こうやってタマはずっと守られて生きてきたんだ、というそんな想いが、深いところから湧いてきました。
」(p.138)

神は愛そのものなのですね。愛は無条件ですから、ありのままの「私」を受け入れ、それでよいと言い、かわいくて仕方ないという思いで見守っている。だから、安心していていいのです。
たとえ自分にとって不都合と思える出来事があったとしても、それすら神からの愛を込めた贈り物。そう考えれば、思い通りにしようという執着がなくなります。

バリで受け取ったギフトは次の3つでした。
 ◎ネガティブなエネルギーなんて捨てなさい。
  あんたは、本来、もっと天真爛漫なんだよ。
 ◎損得で物事を測らないこと。
 ◎今すでに与えられている、そのことに気づきなさい。
」(p.139 - 140)

今すでに完璧である。そのことに気付くだけで豊かで幸せになれるのです。


不思議な宇宙人のような少女に始まり、奔放に生き、大人になって窮屈な生活をするというステップを踏みながら、たくさんの知恵をもらいました。そのおかげで、顕在意識と潜在意識のバランスがとても良くなったのだと思います。
 その中で、「豊かに生きるにはどうしたらいいか」というノウハウを手に入れたのです。これを世の中に伝えていけば、たくさんの人が豊かに生きていけるはずです。タマが「魔法の教室」をスタートさせたのは、それをみんなに伝えていきたいと思ったからです。
」(p.155)

いつしか世間体を気にするようになり、自分らしく生きなくなったタマちゃん。だから生きづらくなったのだと言います。
でも、そういうどん底を経験することで、より上手く自分らしく生きられる方法を身につけたのですね。それをタマちゃんは教えているのです。


私たちがウニヒピリの言うとおりに動くと決めたら、ウハネはそれに従って、「どうすれば実現するか」という現実面をサポートします。チケットを取ったり、現地に連絡をしたり、スケジュールを決めるのはウハネの仕事です。
 ウハネのもっとも大切な役割は、ウニヒピリの思いをどうしたら実現できるかを考え、行動することです。ふとしたときに思い浮かぶアイデアやインスピレーションは、ウニヒピリからのメッセージです。大きなチャンスです。「そんなの無理」と決めつけないで、どうしたらそれを形にできるだろうかと考え、行動すると、面白いようにいいことが次々と起こります。自分が「やる」と決心すれば、ウニヒピリは全力で働いて方向性を決め、ウハネが具体的な方法を見つけ出すという仕組みになっているのだと思います。
」(p.189)

ウハネは顕在意識、ウニヒピリは潜在意識のことです。ホ・オポノポノの言葉を借用しているそうです。
直感にしたがって、まずは「やる」と決め、方法は後からじっくり考える。その方法さえも、直感で与えられます。


母なる宇宙は、私たち一人ひとりに対して、すべての生命に対して、「幸せに生きてほしい」という気持ちでいてくれるのです。やさしく抱っこして、愛を注いで、寒ければ温かく、暑ければ涼しくしてくれます。
 そんな「宇宙の想い」に抱かれて、私たちは生きています。不安や不満、不足、不信なんて必要ないのです。安らかで満ち足りた気持ちで宇宙を信じて、身を委ねればいいのです。そうすれば必ず、自分にとってもっともいいところへ、宇宙は導いてくれるのだろ思います。
」(p.196 - 197)

赤ちゃんを胸に抱いて思うことは、誰もがみな「幸せになってほしい」「寒さから守ってあげたい」のように思うとタマちゃんは言います。なぜなら、それが「宇宙の想い」なのだからと。

「神との対話」でも同じことを言っていますね。この世に存在するのは「存在のすべて」であり、それは「愛」であるのだと。だから、私たちも「愛」そのものであり、それが本能として現れるのです。


タマちゃんの語る理論は、他でも多くの人が言っていることです。ただそれを、ヒプノセラビーを使うことで実現しようとする手法は、タマちゃんの個性なのでしょうね。

でも、本質的には「神との対話」で語られていることと同じことをタマちゃんも言っていると思いました。
この世は「愛」そのものです。だから、安心していていいのです。

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2019年07月14日

比叡山延暦寺はなぜ6大宗派の開祖を生んだのか



これもかなり前に買った本ですが、ずっと積読してました。おそらく親鸞について興味を持っていたころに買った本だと思います。著者は宗教学者で作家の島田裕巳(しまだ・ひろみ)氏です。

本のタイトルにもあるように、この時代は次々と新興宗教が起こりました。そしてそのほとんどが、最澄が作った天台宗の比叡山から生まれたことになります。同時期に空海が作った真言宗もあったのに、そちらからは1つも新宗派が起こっていない。それも不思議な事だなぁと思って、興味を持ったのでした。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

こうした点からすると、空海はまさに当時の超エリートであったことになる。その証拠に、唐から帰国した空海は、嵯峨天皇と親交を結んでいる。それは、嵯峨天皇が空海の書を高く評価したからではあるが、空海がエリートでなければ、天皇と親しく交わるなどとでも不可能だろう。」(p.35)

空海は最澄とよく比較されますが、最澄がエリートなのに対し、空海は一般人だとされるのが定説です。しかし島田氏は、唐へ私費留学できるだけの資金を集められたことや、空海の書のお手本が高貴な人しか所有していなかったことなどをあげて、空海の方が最澄よりもエリートではなかったかと言うのです。


天台宗の立場は、徹底した平等主義であり、その点は高く評価することができるが、そうなると、一切の修行は必要ないということになる。さらに、誰もが究極的に悟りに達することができるのであれば、悪をなそうと、善をなそうと、どちらでも構わないということになってしまう。」(p.49)

天台宗は大乗仏教として、出家も在家も関係なく誰もが悟りを得られるという立場です。一方、法相宗というのは部派仏教(上座部仏教)の考え方が強く、人には能力の違いがあり、誰もが悟りに達するわけではないという考え方です。最澄は、法相宗の徳一と、激しく論争したそうです。

しかしその一方で最澄は、比叡山を修行の山として、厳しい修行を課しました。一方で出家も在家も同じだと言いながら、なぜ出家に厳しい修行が必要なのか? その疑問に最澄は答えていないようです。


源信が、地獄を凄惨なものとして描いたのは、それを読む者に地獄の恐ろしさを強く印象づけ、そこから逃れるため、極楽往生への信仰を実践するよう促すためだった。これは、他の宗教における天国についても言えることだが、理想の世界として極楽を描き出すことはかえって難しい。それに比較すれば、地獄の描写はたやすい。源信は、それを徹底したのである。」(p.86)

天台宗の高僧の源信は、極楽往生を果たすためのマニュアルという位置づけの「往生要集」を書き、そこに極楽や地獄の様子を詳細に記しているそうです。特に地獄の描写がより詳細になっており、これが後の地獄絵となっていくのです。

ここにも書かれているように、それは信仰を促すための方便と言えるでしょう。しかし、脅すことで自分が正しいと思う考え方(信仰)を選ばせるというやり方は、感心できませんけどね。


親鸞の実像というものを追っていくと、なかなか真実にたどりつくことができない。そこにもどかしさを感じる。一般には真実と見なされていることでも、根拠のあやふやなものが少なくないのだ。」(p.139)

浄土宗の法然の高弟と思われている親鸞ですが、どうもそうではないらしいと島田氏は言います。親鸞が残した著書には、法然の高弟にしか許されなかった「専択本願念仏集」の書写を許されたと述べたり、法然の真影(肖像)を写すことも許されたとしているのに、法然側の資料にはそのことが書かれていないそうです。


そこから、道元は日本の曹洞宗の宗祖となっていくのだが、本人には、曹洞宗を開くという意思もなければ、その自覚もなかった。
(中略)
 これは、他の鎌倉新仏教の宗祖全般に共通することである。法然には浄土宗という新たな宗派を開く意図はなかった。南都北嶺の側から、それを意図しているという批判を受けたときには、まっこうから否定している。法然を信奉した親鸞の場合にも、浄土真宗を開こうという意図はなかった。彼は「浄土真宗」という言い方をしているものの、それは師である法然の教えを受け継ぐ流れのことをさしていた。
 日蓮も、天台智(てんだいちぎ)や最澄に忠実であろうとした。後世に自分の名を冠した日蓮宗が生まれるとは、生前想像もしなかったに違いない。生涯を旅に費やした一遍ともなれば、宗派の創立など思いもよらないことである。
」(p.153 - 154)

誰もが宗祖を目指したわけではない、という指摘は驚きです。最澄や空海とは、まったく違うのですね。
これもあらゆる教義を学ぶことを重視した天台宗が元にあるからと言えます。その中で、自分がこれだと思う道に専念するようになると、それが1つの宗派となったのかもしれません。

旧仏教のなかには、南都六宗や天台宗、そして真言宗が含まれる。そこでは、それぞれの宗派の教えをもっぱら学ぶのではなく、「兼修」ということが一般的だった。天台宗と真言宗が誕生するまでは、六宗兼学が基本で、この二つの宗派が生まれてからは、八宗兼学が基本的なあり方になった。
 これに対して、鎌倉新仏教では、兼修、兼学ということを否定し、宗祖が開いた一つの道をもっぱら追い求めていくように変化したとされている。
」(p.155)

道元は純粋禅、法然は専修念仏、親鸞はその教えをさらに深化させ、一遍は踊り念仏を広めた。日蓮は、天台宗で最高の経典とされた法華経に特化し、念仏を否定した。このように、新しい宗派は、そもそもそれまでの宗派にあった教えの一部に特化しているのです。


書状のなかには、息子を失った母親の悲嘆を慰める、こころのこもったものもあり、そこにあらわれた日蓮の姿は、戦闘的な宗教家という一般的なイメージとはかけ離れている。また、見延期に書かれた激烈な他宗教批判の文章とも違う。日蓮はかなり多面的な人物であったと考えられるのである。」(p.188)

こういうことを知らされると、今まで思い込みで「この人はこういう人だ」と決めつけていたことが、実はそうではなかったかもしれないと思います。
親鸞もそうでしたが、昔のことになると知られていないことが多々あります。現在の人であっても、報道によって部分的に切り取られた面だけを知るだけで、全面的ではないのです。


『一遍聖絵』では、踊り念仏は、平安時代に京の巷で念仏信仰を広めた空也に遡るとされているが、空也が踊り念仏の興行を行った記録はない。あるいは、空也以外にそうした実践を行った人物がいて、一遍はそれにならったのかもしれない。
 『一遍聖絵』では、踊り念仏の意義は、『無量寿経』に、釈迦に出会った者が、「踊躍して大いに歓喜す」と記されていることに求めている。
」(p.199)

一遍は比叡山で修行していないそうですが、法然の専修念仏の教えを広めようとして、踊り念仏というスタイルを広めていったようです。


だが、最澄は、あらゆる衆生が救われる、仏性を備えていると主張しながら、比叡山の僧侶に対しては、厳しい修行の実践を求めた。それは、全体として考えれば、極めて矛盾した試みでもあった。後に道元は、その問題にぶちあたり、それが比叡山を降りることに結びついた。道元以外の宗祖たちも、やはり同じ問題に直面したはずであり、それぞれが独自な道を確立することで、間接的な形でその問いに答えようとしたと言える。そこに、最澄が決して夢見てはいなかった、各宗派の独立という事態が起ったのである。
 比叡山から、各宗派の宗祖が生まれたのは、たんにそこが仏法の総合大学だったからではない。最澄の思想と実践に根本的な矛盾があり、その矛盾が新たな試みを求めることで、新宗派が生まれていったのである。
」(p.215)

すでに上で引用したように、最澄が持ち込んだ天台宗の矛盾から、後の宗祖たちがそれぞれに考えた結果、新しい宗派になったということですね。


鎌倉新仏教が、どうして天台宗から生まれたのかという考察は、なかなか興味深いものでした。
ただ、宗祖が新宗派を作ろうとしたわけではないのに、後にそれが新宗派になった理由については、ほとんど考察されていないのが残念ですね。

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2019年07月05日

日韓がタブーにする半島の歴史



韓国の歴史、および日本との関係について興味を持っていたので買った本です。随分前に買ったものですが、やっと読んでみました。

こういう歴史の真実を暴くような内容はけっこう好きなので、何がどう間違っていたのか興味津々でした。著者は室谷克実(むろたに・かつみ)氏。時事通信の記者や雑誌の編集長をされてこられた方です。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

例えば、半島に伝わる最古の正史(官撰の歴史書)である『三国史記(サムグクサギ』には、列島から流れてきた脱解(タレ)という名の賢者が長い間、新羅の国を実質的に取り仕切り、彼が四代目の王位に即(つ)くと、倭人を大輔(テーポ)(総理大臣に該当)に任命したとある。その後、脱解の子孫からは七人が新羅の王位に即き、一方で倭国(ウェグク)と戦いながらも新羅の基礎をつくっていったことが記載されているのだ。
 くれぐれも誤解がないように確認しておく。『古事記』『日本書紀』など、日本の古史書の記述内容を、国粋主義的な視点から解析していけば、そういう結論になると言うのではない。
 半島で、半島の史官が、半島の王の命令を受け、半島の王朝と人民のために編纂した半島の正史に、そうした内容が書いてあるのだ。
」(p.13)

この本では、高度な文明を持った半島から列島(日本)へ文明が渡ってきたという歴史解釈は間違いで、真実は高度な文明を持った列島から半島へ文明が渡った、ということが示されています。
その最初の証拠として、半島には様々な人々が暮らしていて、特に南部は倭人が多く住んでおり、その倭人、脱解が新羅王国の国王になり、行政のトップにも倭人を採用したことで、高度な政治体制を構築したとしています。


DNA分析が示す科学的事実。そして『三国史記』に僅かながらも示されている半島内部の農業史、さらには中国史書を併せ読めば、新羅人や百済人、あるいは高句麗人は、とても倭人に稲作・米作りを伝授したり、農業を指導したりするような立場ではなかったと判断するのが妥当なのではないのか。
 韓族が倭人に稲作をはじめとする農業を教えたのなら、日本の農業関係用語には韓語に似た語彙がたくさんあって然るべきだが、私が知る限り全く存在しない。
」(p.73)

詳細は本を読んでいただくとして、ここでは様々な観点から、列島(日本)で稲作が行われていたころ、半島では粟や稗を常食していたと結論づけます。
後でも出てくるのですが、半島から列島へ文明が渡ったとか、韓人が倭人に教えたという歴史観は、根拠が示されていないことがほとんどのようです。最初に結論ありきで、精緻な調査も行わず作り上げられたもののように思います。


『隋書・百済伝』は、百済の民族構成について「新羅、高句麗、倭人などが混ざっており、中国人もいる」と伝えている。もとより、新羅の南方にある倭地でも多数派は韓族であり、海を渡った倭本国にも韓族は少数だろうがいた筈だ。
 しかし、国と国は対立していても、それぞれの国内では民族間に大きな対立はなく、混血が進んでいたのだ。
」(p.117)

半島に倭人が多くいても、混血が進んだこともあり、アイデンティティは倭国ではなく、自分が属する国にあったとみられています。ですから政治的に重要なポジションに倭人が据えられたりもしたし、倭種の王が倭国を攻めようと提案したりもしたのだと言います。


乙支文徳の「降伏」は、いわば出先司令官による口頭の申し入れだった。しかし、六一四年のそれは、国家として国書をもってする正式な降伏申し入れだ。それすらも、時間稼ぎのための方便に過ぎなかったのだ。
 核問題に関する北朝鮮の対応を見よう。国家として発した声明も、公式の場で署名した国際協定も守らない。
」(p.128)

高句麗の乙支文徳は、随から責められると敗走を続け、最後には降伏するから軍を引いてくれと騙し、引き上げ兵の背後から追走するという作戦で大群の随を破りました。
614年も同様ですが、王は国書を送って降伏を願い出ます。その時の随行員が「弩(いしゆみ)」を隠し持っていて、船中で随の煬帝が国書を読んでいる時に、その弩で撃ったのです。
これって、ある意味でテロですよね。たとえば第二次大戦の停戦条約を結ぶためにやってきた連合国の代表を、ピストルで撃ち殺したり、あるいは人質にとったりするのと同じ行為です。

室谷氏は北朝鮮の対応と比較していますが、最近の韓国の対応も同様かと思います。自分たちの利益のためなら国際協定さえ平気で反故にする。同じ文化が続いているのではないでしょうか。

室谷氏は、2008年北京五輪に向けての野球アジア地区予選での、韓国チームの紳士協定違反の例も取り上げています。野球のルールではなく、紳士協定ですからマナーです。そのマナーを破ったばかりが、それに抗議した星野仙一監督に対し、韓国の保守系新聞の「朝鮮日報」は、非は無知だった星野監督にあると断じたのです。
まさに、騙し討ちは当然という文化を持っていると言えるでしょう。サッカーでのスポーツマン精神のなさも、そういう文化的背景があるように思います。


他にも「献女外交」の文化も書かれていました。女性を貢いで歓心を買おうとしたのですね。中国の皇帝から、可愛そうだからと送り返されたり、献女を禁じるという勅令が出ても、なお続いた文化のようです。事実、朝鮮戦争の時は、米軍に対して女性を貢いでいますからね。
自分たちが女性を貢ぐという文化を持っているから、他国も同様に違いない。そういう思い込みがあるのでしょう。それが今の、慰安婦問題につながっている気がします。


他に、日本の大学教授が、根拠もなく半島から列島へ文化が渡ってきたという考えを示し、その権威のためか、その教授の考えが広まったということも書かれていました。
さもありなん、ですね。そしてこれは、慰安婦問題も、竹島問題も、同様であるように思います。誰か権威が、根拠もなくこうだったと決めつける。それを散々に喧伝することで真実であるかのようにしてしまう。

そういうことがよくあるのが、こういう歴史の世界なのだと思います。
だからこそ、私たちは権威ある人の言葉を鵜呑みにしてはならないと思うのです。

もちろん、この本の内容も、真実かどうかはまだ何とも言えません。
しかし、このように根拠を示しつつ論を展開しているなら、その根拠の事実認定がおかしいのか、他に隠された事実があるのか、論の展開が無理筋なのか、などの点で反論ができるはずです。
そういう論理的な議論がなされていくなら、いずれ真実にたどり着くでしょう。

そういう意味で、歴史の解釈に一石を投じる本だと思いました。

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2019年06月27日

授業創造



松田昭一(まつだ・しょういち)氏の本を読みました。おそらく「みやざき中央新聞」で紹介されていたから買ったのだと思いますが、忘れてしまいました。ずいぶんと長い間、積読(つんどく)していたもので。(笑)

内容は、著者の教育実践の記録的なものです。毎日新聞で連載された松田氏の授業の様子をベースに、松田氏の授業に対する取り組み方について書かれています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

子どもが元気よく戸だなを開けようとしたその時、「ストップ」を掛けた。
 「戸だなを開ける時、なぜノックしないの?」
 教室の中は一瞬ざわめいた。
」(p.17)

これは小学校1年生の授業での一コマ。当たり前と思われがちなことに光を当てる松田氏の素晴らしい質問です。子どもたちは自分で考え、中に人がいるかもしれない時はノックをするのだと思い至ります。
「ノックしなさい」と命じられるからするのと、ノックせずに開けたら中の人が困るかもしれないなと思ってするのでは、雲泥の違いがあるのです。
子どもたちに、自分の頭で考え、想像し、自分の行動を決めるという、自主的な生き方を身に着けさせようとしているのですね。


37-19の答えが、どうしても28になる子どもがいた。よくノートをみてみると、一度は18としているが、その後消して28としているのである。その子の言い分はこうである。
 「10かりてきたでしょう。かりてきたらかえさにゃいかんでしょう」
」(p.29)

この意表を突く発想の素晴らしさに、すごいなぁとうなってしまいました。1の位は「7−9」で引けないから、10の位から10借りてきて、「(7+10)−9=8」と計算するのですね。10の位は「(3−1)−1=1」です。合わせて「18」となりますが、計算途中の「借りてきた」という言葉がひかかっていたのです。

この問題は、「借りてくる」ではなく「もらってくる」と言いかえればよいと他の子どもが発言したことで解決しました。松田氏は、子どもに教えられたのです。子どもから学ぶ姿勢を忘れてはならないと思われたとか。


まずモノを感性的にとらえ、理性的に認識していく。「心と形をうまくとらえた時、初めてわかったと言える」というのが先生の持論だ。」(p.68)

先生は、小学校へ入学する前の子どもたちの”形式的な知識”を認めない。
 「入学前に九九が出来るようになったとか、漢字をたくさん覚えさせることに一喜一憂する前に、お母さんたちはもっとわが子の”心のアンテナ”をみがかせることに力を入れて欲しい」と強調する。
」(p.69)

対象をよく見て、まずはそれを感性的に知る。どんな色、形、動き、質感、音などを把握する。それを理性的に判断して、共通点、異質点、関連性などを理解する。そこまで導くのが教育だと言うのですね。


子どものテンポに合わせるのは、教師として当然のことです。仮にカベに突き当たることがあっても、長い成長過程の中で、決してマイナスではない。カベを突き破る知恵、勇気、力を子どもたちは自然と身につけていくでしょう。」(p.96)

理解の早い子、遅い子など様々ですが、松田氏はそれぞれの子どものペースで進むことが大事だと言います。定められた内容をすべて伝えることより、遅れても、その子が一歩一歩理解を進めていくことが重要なのです。

宿題とは別に、家庭でなければ学べない学習がたくさんあると思う。両親から学ぶものがたくさんある。宿題を出して欲しいという保護者に、私は「家で勉強したくなるような授業を学校でしてくれ」という要求に変えて欲しい、と逆にお願いしているんです。」(p.96)

あまり宿題を出さない松田氏の持論です。それにしても、自らの授業に高いハードルを課していることがわかる言葉ですね。
子どもたちが好奇心を持つよう励まし、それを調べたい、学びたいという意欲にまで高める。それが松田氏の目指す授業なのでしょう。


私たちの教育活動の大半は授業であろう。その授業は、たとえば「相手の気持ちがわかる子ども育て」が学級経営の目標だと言うならば、そこへ向けて積極的に参加するものでなければならない。」(p.119)

「相手の気持ちがわかる」というのは、いわば「視点の移動ができる」ということではないか。とするならば、「視点の移動」がなされている文学作品、「視点の移動」の価値が子どもたちに理解できる作品を教材として探し求める努力がなされるべきではないか。」(p.119)

松田氏は、教師が立てた目標に対して、教師は積極的に関わり、授業をづくりを考えるべきであると言います。単に「思いやりを持ちましょう」みたいにスローガンを繰り返しても、何の意味もない。科学的、論理的に、授業を作っていくべきであると。

この例では、金子みすゞの「大漁」という詩を教材として取り上げます。漁師にとっては大漁で大喜びだが、海の中では弔いをしているという詩です。漁師から魚へと「視点の移動」がある詩ですね。


『重症患者お断り』という看板をかけた病院がありますか」’
 「とんでもない。そんな病院なんてある筈がありませんよ」
 慌てて、真面目に答える若い医師。
」(p.206)

松田氏が入院していた時、若い医師と教育談義をしたというエピソードからです。病院は重症患者を断らないのに、学校は問題児を断るという話です。
問題児だけに限らず、障害者も排除されますよね。教師が進める授業におとなしくついて来れる生徒だけを相手にしたい。それが学校の本音なのではないでしょうか。

しかし松田氏は、それではいけないと思っているのですね。その子どもがどんな状態であろうと関係なく受け入れ、より良い方向に進めるように助ける。それが教師であり、学校のあり方だと思っておられるのです。


思想的なものはさておき、松田氏が授業にいかに真剣に取り組んで来られたかがよくわかる内容です。
感覚的なものではなく、理性的に考えて、効果を実証しようとされています。時に失敗したというエピソードもあり、その理由も分析されています。

教師として子どもに教えている人はもちろん、子育て中のお父さんやお母さんにも、参考になる本ではないかと思います。
私も、職業として何かを教えているわけではありませんが、人に何かを教えるということはたまにあります。そういう時の、考え方として参考にしたいと思いました。

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2019年06月17日

心で勝つプレゼン



福島正伸(ふくしま・まさのぶ)さんの本を読みました。
コンサルタントであり、人災育成、組織活性化、新規事業立ち上げの専門家である福島さんは、「夢(ドリーム)プラン・プレゼンテーション(略称:ドリプラ)」の創設者でもあります。10分間で人々に共感されるプレゼンを競うこの大会は、今や海外にも広がっています。

この共感されるプレゼンのノウハウが、この本には書かれています。これからは他人の助けを借りながら大きなことをしていく時代ですから、共感してもらえることが重要になってきます。そのポイントを知りたくて、この本を読みました。

まあそれもありますが、久しぶりに何か福島さんの本を読みたくなったんですよね。ネットで探したところ、これくらいしか見当たらなかったので、これを選んだというこでもあります。

※福島さんの本などの一覧は、こちら「福島正伸」のページをご覧ください。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

つまり、プレゼンテーションの成功とは、相手が共感して一緒に行動するようになることです。それは人の心を動かすことです。プレゼンテーションの目的は、人の心を動かすことによって、自分に足りないものを集めることにあるのです。」(p.5)

重要なのは、相手が共感して、自主的に応援しようという気持ちにさせることなのですね。

人の心が動くためには、説得や説明ではなく、感動と共感が必要になります。」(p.6)

いくら論理的に理性に訴えても人は動きません。感動しなければ、人は自主的に動かないのです。そして自主的に動かない限り、何らかの見返りを求められることになるでしょう。逆に自主的に動く人は、助けるという行為だけで満足するのです。

その感動させるプレゼンの特徴は、次の3つだと言います。

(1)プレゼンテーションの時間は10分間
(2)説明禁止、最高の価値を「物語」で伝える
(3)「あきらめない理由」がある
」(p.6)

聞き手が飽きずに集中して聞いていられるのは10分程度。内容を説明するのではなく、それが実現するとどうなるのかという価値を物語で伝えることで、感動を与える。自分に能力があるかどうか、できるかどうかではなく、やりたいという情熱と、その情熱が消えることがない証拠を提示するのです。


共感者とは、「損か、得か」、あるいは「うまくいくか、いかないか」で判断するのではなく、どんなに実現が難しい夢であったとしても、プレゼンター(発表者)とともに力を合わせて困難に挑んでいくかけがえのない存在です。
 ですから、「うまくいきそうだから支援しよう」という人は、共感者ではありません。どんなにうまくいきそうにないことであったとしても、一緒にうまくいくまで苦労することができるのが共感者なのです。
」(p.19)

どんなに素晴らしい夢を描いても、その夢が素晴らしいから支援しようとする人は、共感者ではないのですね。共感者でなければ、上手くいきそうにないと判断すると、支援をやめてしまうでしょう。だから重要なのは、プレゼンターと一緒にやりたいと思ってくれる共感者を得ることなのです。


人は説得されると思った時、言われたことの欠点を探して反論するようになります。なぜなら、そもそも説得は、相手を否定することになることが多いからです。」(p.24)

たしかに、説得するとは、考え方を変えさせることですからね。誰でも変えさせられそうになると、抵抗するものです。

危機感によって人が動くことがあります。危機感は最も人を動かす力を持っているからです。
 しかし危機感で人を動かしたとしても、それが長続きすることはないでしょう。なぜなら、危機感で動かされた人々は、次第に疲れ果てていくからです。
」(p.25)

脅したり、不安を煽ったりするやり方は、一時的には成功しても、長続きしないと言うのですね。同様に、同情を買うやり方も一時的だと福島さんは言います。
セールスマンは、不安を煽ったり泣き落としで物を買わせようとすることがありますが、このやり方は買い手を幸せにはしないのです。


夢の共感には最高の価値の疑似体験が重要だ、と福島さんは言います。私たちは映画やドラマ、アニメなどを観て感動しますが、それは疑似体験しているのです。さも自分がそこにいるかのように感動の物語を体験する。そのために、画像や音楽、語りで伝えるのです。

そのためには、まず夢が実現した時の光景をはっきりイメージすることが必要になります。夢が実現した時に、社会がどのように変わるのか、誰がどのように幸せになるのかを、物語で伝えるのです。つまり、最も感動的なシーンを物語として描き切り、その場面を誰もが今自分がそこで体験しているかのように、五感に訴えて伝えるのです。」(p.29)

そして、その世界観には必ず、どのように人が幸せになるのかという「価値」が必要です。つまり、「価値」を明確にするとは、人が幸せになる最高の物語を描ききるということです。言い換えると、プレゼンテーションで伝えたいことを伝えるということは、最も伝えたい「価値」以外をできる限り排除していくということでもあります。伝えたいことは絞り込むほど伝わるようになります。」(p.31)

そもそも10分間という短い時間ですから、あれもこれもと詰め込むと、説明だけに終わってしまいます。福島さんは1つに絞り込むのが理想と言います。

その方法は、さもプレゼンター自身がそこにいるかのように、オリジナルの画像と音楽、そして語りで伝えるということです。つまり、ワクワクする最高の一日を過ごすシーン、商品を購入して幸せになっている象徴的なシーンなどを、誰が見ても、たとえ子どもたちが見たとしてもわかるように伝えるのです。」(p.33)

画像や音楽にオリジナルを使うというのは、著作権の関係もあります。したがって、著作権フリーのものがあれば、それも使用できます。しかし、細部にこだわれば、特に画像はオリジナルにならざるを得ないように思います。
※使い方の詳細は、ここに引用しませんので本をご覧ください。


次はあきらめない理由です。

それは、どんなにうまくいかなくても、どんなに苦しくても、夢が実現するまであきらめない自分にとって最も重要な理由です。
 そのためには、プレゼンターの人生観が実現したい夢とリンクしていることが必要になります。
」(p.43)

自分の人生の中で、何がなんでもこれをやり抜かずにはおかないという理由を生む体験があったはずです。そうでなければ、強い動機になりませんから。それが自分の人生観になっているはず。それを表現するのですね。

つまり、プレゼンターの「夢」である「人を幸せにする価値」と「あきらめない理由」がつながっていて、まさしく人生を賭けていることがわかると、見ている人々は心を奪われ、無条件で応援したくなるのです。
 その意味で、プレゼンターと支援者の心をつなぐのが「あきらめない理由」と言ってもいいでしょう。
」(p.44)

プレゼンターと同じか、それに準じるくらい熱い想いで活動してくれる支援者は、何があってもぜったいにあきらめないというプレゼンターの姿勢、そしてそのプレゼンターの人生から生まれた人生観に共感するのです。


また、自分の過去を語ることは、相手を信頼していることの意思表明でもあります。人間関係では、自分が相手を信頼するほど相手も自分を信頼してくれるようになります。」(p.52)

あきらめない理由を示す時に自分の過去を語ることが、信頼関係を築く上でも役に立つのですね。


信頼を得るためには、何をやってきたか以上に、どのような考え方、生き方をしているかが重要です。そしてプレゼンテーションでは、その人の生き方が何気ない言葉や表情から勝手に伝わってしまいます。」(p.163)

付け焼き刃的にプレゼンだけ上手にやろうとしてもダメなのですね。普段のその人の生き様が大きく物を言います。

プレゼンテーションでは、画像だけではなくプレゼンターの心の中まで見られてしまいます。「人前に立つ」ということは、自分のすべてをさらけ出すこと、といっても過言ではないでしょう。」(p.164)

自分のすべてを見せることになるし、そうしなければ共感は得られません。


福島さんは、わからないことは「わからない」と言って、他人のアドバイスを求めるようにと言います。しかし、その場合でも注意すべきことがあります。

どれだけ的確なアドバイスをもらったとしても、他人の中に自分の答えがあるわけではありません。あくまでも、参考にするだけです。どのようなアドバイスも一度は自分に落とし込み、自分が一歩踏み出すきっかけにすればいいのです。」(p.178 - 179)

他人のアドバイスを鵜呑みにしないということですね。

また、新しいことは、必ずと言っていいほど賛否両論になります。さらに、多くの人に相談するほど、それぞれの意見はバラバラでかえって迷ってしまうこともあるでしょう。
 しかし、答えは、プレゼンター自身の中にあります。最後の判断は、プレゼンターが自分で決めるものです。
」(p.179)

他人が自分の人生を決めることはできません。自分の人生を決めることができるのは自分自身しかいないのです。」(p.179)

最後に決めるのは自分であり、自分が責任を持たなければならないということです。

プレゼンテーションでは、正解を探すよりも自分がワクワクするものを創るようにしましょう。つまり、何かに迷ったら、自分がワクワクする方を選択すればいいのです。」(p.180)

人生に正解はありません。自分自身の感性を信じ、それを基準に判断して選んだものが正解です。最後の選択基準は、自分自身の感性なのです。

どの道を進めばいいのか迷ったら、楽にできる道を選択するよりも、苦労しても行きたい道を選択しましょう。」(p.180)

理屈で考えるよりも、感じること、感性を大切にします。うまく言葉で説明できなくてもかまいません。私利私欲を越えた純粋な感覚で判断して、これが正しいと思ったら、その直感を信じることです。正解は自分の中以外にありません。ですから、自分の中の感覚を信じることが大切です。」(p.181)

絶対的な正解というものはありませんからね。やってみなければわからないことが多いのです。
その時、理性で判断しようとすれば、安全な道を選びがちです。できるかどうかより、やりたいかどうか。そういう基準で感覚的に選択せよと福島さんは言うのです。


最後に、福島さん自身の夢を、次のように語っています。

私は、すべての人の夢が叶う社会を創りたいと思っています。
 それは競争ではなく、共存共栄の社会です。勝ち負けではなく、誰もが輝く社会です。落ちこぼれはつくらない、落ちこぼれはいりません。誰もがつながり、誰もが夢でワクワクしている社会。そんな社会ができれば、孤独死や戦争といった人間社会の多くの問題が解決できるかもしれません。
 そんな社会を、まずこの日本という国から実現させたいと思います。
」(p.189)

これが、ガンによる死の淵から生還した、小柄だけれどもエネルギッシュな男の夢です。


私は、福島さんのセミナーに参加して、直接お会いしたことがあります。第一印象は小柄で、目立たない感じでした。しかし、ひとたび前に立って話を始められると、ピンと伸びた背筋と胸を張った姿勢が、実際以上に福島さんの姿を大きく印象づけてくれました。そして、話される一言一言に惹き込まれていったのです。

だから、また福島さんの本を読みたくなるのです。今がどうであろうと関係なく夢を持って一歩を踏み出せ、と福島さんはいつも励ましてくれます。そんな福島さんのことが、私は大好きなのですね。

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2019年06月08日

運転者



喜多川泰(きたがわ・やすし)さんの最新刊を読みました。期待に違わぬ喜多川ワールドですね。

読み終えた直後、閉じた本に向かって姿勢を正して、「ありがとうございました」と深々とお辞儀をしました。こんな素晴らしい小説を読ませていただけることに対して、感謝の念が自然と湧いてきたのです。

※喜多川さんの本などの一覧は、こちら「喜多川泰」のページをご覧ください。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。ただし、これは小説なので、ネタバレしない範囲に留めたいと思います。

物語のあらすじを書くと、完全歩合制の保険の営業マンである岡田修一は、大量契約した保険がすべて解約されたため、絶体絶命のピンチに陥ります。その時、ひょんなことから不思議なタクシーに乗ることになり、その運転手の導きで幸運への道を歩み始める、というものです。


「そうですか。そんな人の運を変えるのが私の仕事です」
「どんな仕事だよ、それ」
「だから、運転手……です。最初から言ってるじゃないですか。私はあなたの運転手だって」

(p.37)

運がいい方かとタクシー運転手に尋ねられた修一は、ついてないことばかりだと嘆きます。それに対して、運転手はこのように答えたのです。運を転ずる仕事だと。まあ、普通のタクシー運転手ではありませんね。(笑)


運が劇的に変わるとき、そんな場、というのが人生にはあるんですよ。それを捕まえられるアンテナがすべての人にあると思ってください。そのアンテナの感度は、上機嫌のときに最大になるんです。」(p.54 - 55)

斎藤一人さんも、上機嫌でいることが重要だと言われてましたね。自分の機嫌は自分でとれと。他人や出来事のせいにして、起源を悪くしていたらアンテナが働かなくなるのです。


運は<いい>か<悪い>で表現するものじゃないんですよ。<使う><貯める>で表現するものなんです。」(p.65)

ポイントカードのように、貯めることでいつかそれを使えるようになる。それが運の仕組みだと言うのですね。


岡田さんは面白いと思えないことでも、それが「面白い」と思っている人がそこにいるんですよね。じゃあ、「何が楽しいんだろう」って興味をもつことはできるじゃないですか」(p.94)

上機嫌という基本姿勢が幸せのために重要なのですが、何もないのにどうすれば上機嫌を保てるのかという修一の問いに、運転手はこう答えたのでした。相手に興味をもつこと、関心をもつことで、上機嫌でいられるのだと。

だいたい不機嫌な人は、自分のことしか考えません。自分がいかに不幸か、他人や出来事のせいで今の不幸があるとしか思わないのです。だから、他人に対して関心が向きません。自分が知らない面白いことに対して興味が出てこないのです。


収入がなくなっても、仕事がなくなっても終わりなんてないです。そこからまた始めるだけです。その強さは誰にだってあります。だから心配しなくていい」(p.100)

あとになってみれば、「あそこが始まりだったな」と言える。「人間万事塞翁が馬」の故事にあるように、不幸と思える出来事が幸運の始まりということは往々にしてあるのです。


痛みがあってようやく身体はそれをやるにふさわしい仕様に仕上がる。柔らかいのは、何にでもなれる証で、痛みを経験して初めてスペシャリストになれる」(p.114)

ギターが上達するには、張った弦をしっかり押さえられるように指先の皮膚が固くなる必要があります。ギターを弾く練習を通じて、最初は痛みを感じます。しかし、その痛みを通過することで、身体が適応するのですね。私たちも何かを始めようとすれば、まず痛みを感じ、それを乗り越えることで適応します。

赤ちゃんが柔らかいのでは、何にでも適応できる可能性があるということ。そう考えると人間という存在は、何にでも適応する素晴らしい存在ですね。つまり、私たちには無限の可能性があるというわけです。ただし、痛みを乗り越えれば。


世の中の人はみんな、そうやって誰かの努力する姿にエネルギーをもらって自分を動かしているくせに、こと自分が努力をするということになると、運にしても成果にしても、<今の自分>という、ものすごく狭い世界の、短い期間でしか判断しないので、<運が悪い><努力は報われない>と簡単に結論づけてしまいます。」(p.168)

実は私も、報われない努力はあると思っていました。いくら努力しても、オリンピックで金メダルを取るのは1人です。その他の金メダルを目指した人たちの努力は報われない、と考えたからです。プロ野球選手になるのだって、努力した野球少年の一部に過ぎませんし、活躍するとなれば、さらにその一部でしょう。

けれども、努力の成果というのを、自分が期待した期間の期待したことだけに限定していたと思い知らされました。誰か、特に子どもなど愛する人の努力する姿を見れば、それだけで力をもらえます。自分ももっと頑張らなきゃと感じて、力が湧いてきます。それは、子どもの努力が親の頑張るエネルギーになったことになります。つまり、誰かの努力が報われたことになるのではないでしょうか?

さらに、時間による範囲を区切らなければ、前の世代の努力によって、今の豊かな社会があり、今を生きる人たちが恩恵を受けるとも言えます。「恩送り」という言葉がありますが、必ずしも自分が成果を受け取らなくてもいいのではないでしょうか。

人間の一生が、自分だけの物語の完結だと思って生きるのであれば、生まれたときに与えられた条件を使って、できるだけ自分の欲望を満たした方がいい人生だということになってしまうかもしれませんが、実際には人間の一生は、延々と続く命の物語のほんの一部でしかありません。」(p.169)

私がお勧めしている「神との対話」シリーズで言われているように、私たちは全体で1つの生命なのです。そう考えれば、自分が損するか得するかなど、どうでもいいことだと思えるでしょう。私の努力は、必ず誰かに報われるのです。


本当のプラス思考というのは、自分の人生でどんなことが起っても、それが自分の人生においてどうしても必要だから起った大切な経験だと思えるってことでしょう」(p.176)

出来事が起ったとき、すぐにプラス(得)かマイナス(損)かを判断してしまいがちです。しかし、本当にそうかどうかは、時間空間の枠を広げてみなければわかりません。

だから最後には、「あの出来事も、自分の人生において必要だからこそ起こった大切な経験だ」と言えるかもしれません。その可能性を信じることが、本当のプラス思考だと言うのです。


この小説も、いろいろな出来事があちこちで関連していて、あとになって「なるほど、そうだったのか」と唸らされます。喜多川さんの真骨頂ですね。

物語の後半では、私は何度も泣きました。ボロボロと涙がこぼれて仕方なくなるのです。喜多川さん、さすがだなぁ。そう思いました。

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2019年06月05日

明日の神(目次)

「「神との対話」シリーズを読む」というメルマガをまぐまぐで発行しています。
過去ログを他のブログで公開していますので、こちらにリンクを貼って目次を作っておきます。
(※章、ページは単行本をもとにしています。またページは、メルマガに出てくる最も大きいページですが、メルマガで紹介する都合上、ページが前後する場合もあります。参考程度にご覧ください。)

また、露骨な性描写を含むような時は、メルマガのタイトルに「(18禁)」とつけます。
もしそういう内容は読みたくない方は、それを目印にしてください。

それからこちらで、過去ログ内の検索もできます。
 


どうぞ、ご利用ください。


「明日の神」

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「神との対話」シリーズの書籍紹介は、リンク先のページをご覧ください。

◆第一部 神をつくり変える
●第1章,第2章
01「新しい神が必要だ」
 (2019年6月3)1回目(〜p.31)

●第3章
02「「昨日の神」と「明日の神」の違い」
 (2019年6月4)1回目(〜p.43)
03「創造主は被造物でもある」
 (2019年6月5)2回目(〜p.50)
04「すべてはひとつという生き方」
 (2019年6月6)3回目(〜p.55)

●第4章
05「「先に仕える」ことが重要」
 (2019年6月7)1回目(〜p.64)
06「生命を最高の価値とする」
 (2019年6月10)2回目(〜p.67)
07「瞑想法による意識の拡大」
 (2019年6月11)3回目(〜p.72)
08「ブレスワークと意識の拡大」
 (2019年6月12)4回目(〜p.81)

●第5章
09「神とは生命というプロセスである」
 (2019年6月13)1回目(〜p.90)

●第6章
10「神とは変化のプロセスだ」
 (2019年6月14)1回目(〜p.100)
11「分離から統合への循環」
 (2019年6月17)2回目(〜p.106)

●第7章
12「神は生命でありシステムだ」
 (2019年6月18)1回目(〜p.117)

●第8章
13「生命を最高の価値とする」
 (2019年6月19)1回目(〜p.123)
14「誤解に気づいて信念を変える」
 (2019年6月20)2回目(〜p.131)

●第9章
15「人々が信じているのは「二つの顔をもつ神」」
 (2019年6月21)1回目(〜p.151)

●第10章
16「すべては自分が創っている」
 (2019年6月24)1回目(〜p.160)
17「すべて癒すたった1つのメッセージ」
 (2019年6月25)2回目(〜p.167)

●第11章
18「マスターとして生きる」
 (2019年6月26)1回目(〜p.174)
19「良い世話役として生きる」
 (2019年6月27)2回目(〜p.177)

●第12章
20「私たちは人類の希望だ」
 (2019年6月28)1回目(〜p.191)

●第13章
21「「明日の神」は何も必要としない」
 (2019年7月1)1回目(〜p.203)

●第14章
22「神は生命に仕える」
 (2019年7月2)1回目(〜p.209)
23「お互いに目覚めさせる」
 (2019年7月3)2回目(〜p.217)

●第15章
24「何も必要としない神」
 (2019年7月4)1回目(〜p.222)
25「神には条件はない」
 (2019年7月5)2回目(〜p.231)

●第16章
26「聖なる源はそれぞれの人にある」
 (2019年7月8)1回目(〜p.238)

◆第二部 第四の大変化
●第17章
27「「第四の大変化」が起こる」
 (2019年7月9)1回目(〜p.250)

●第18章
28「自分で自分の面倒をみよ」
 (2019年7月10)1回目(〜p.255)
29「すべての本は聖なる書物」
 (2019年7月11)2回目(〜p.262)
30「神は「あれであり、これである」」
 (2019年7月12)3回目(〜p.267)
31「天使の無邪気さ」
 (2019年7月15)4回目(〜p.273)

●第19章
32「霊性と政治の関係」
 (2019年7月16)1回目(〜p.284)
33「「明日の神」を受け入れた世界」
 (2019年7月17)2回目(〜p.305)

●第20章
34「所有から利用へ」
 (2019年7月18)1回目(〜p.328)

●第21章
35「子どもの教育のためのメッセージ」
 (2019年7月19)1回目(〜p.334)

 
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2019年05月21日

日本人のための憲法原論



500ページ近くもあり、まるで学術書のようなタイトルの本を読みました。おそらくこのタイトルだけなら、あまり興味を覚えなかったでしょう。

それなのにどうしてこの本を読んでみようと思ったのか? それは、作家の喜多川泰さんが勧めていた(あやふやな記憶ですが、私にとって信頼できる方がFacebookで勧めておられたと記憶しています。)ことと、著者が小室直樹氏だったからです。

小室直樹氏と言えば、もう30年以上前に読んだ「新戦争論」が記憶にあります。平和主義者が戦争を起こすという斬新な視点は、その後の私の考え方に大きなインパクトを与えたのです。

そういうことがあって買った本でしたが、さすがに分厚いので、なかなか表紙を開くことなく、長い間、本棚に飾られていました。やっと順番が回ってきて読んだのですが、読んでみると実に読みやすいのです。

編集者に小室氏が講義を行うという、一部対話形式になっており、また平易な言葉での講義スタイルもあって、どんどん読めてしまいました。小室氏は2010年9月にすでに亡くなられており、この本は2001年に発行された「痛快!憲法学」の愛蔵版としてリメイクされ、2006年に出版されたものです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。まず「まえがき」で、この本の目的を明確に示しておられます。

こんなことを言うと、みなさんはびっくりするかもしれませんが、今の日本はすでに民主主義国家ではなくなっています。いや、それどころか近代国家ですらないと言ってもいいほどです。
 憲法という市民社会の柱が失われたために、政治も経済も教育も、そしてモラルまでが総崩れになっている。これが現在の日本なのです。
」(p.2)

10年来の不況も、財政破綻も、学級崩壊も、何もかもが憲法に原因があると小室氏は指摘します。そして、日本の憲法がちゃんと作動しなくなった原因が、憲法学そのものにあると言います。

「憲法を語る」とは、すなわち人類の歴史を語ることに他なりません。憲法の条文の中には、長年にわたる成功と失敗の経緯(いきさつ)が刻み込まれているのです。その長い物語を解き明かすのが憲法学なのですから、本当の憲法研究はとても面白く、エキサイティングなものなのです。
 私は本書において、その「憲法の物語」の一端を披露し、憲法学のおもしろさ、大切さを少しでも皆さんに伝えたいと考えました。
」(p.3)

このように小室氏は、憲法がどうやって生まれ、育ったのかという物語を、この本で語ると言っています。したがって本書では、西洋史の話が大半です。憲法の誕生を知るには、ヨーロッパの歴史、アメリカの歴史を知る必要があるからですね。


前半は、憲法や民主主義の誕生に関するヨーロッパの歴史です。途中、その話の流れで「第9章 平和主義者が戦争を作る」という第二次世界大戦の話もあります。それから、アダム・スミスやケインズなど経済の話も関係してきます。

そういった話を経て、第11章から日本の話になります。375ページから始まるこの日本に関する記述は、私は全面的に賛同できるわけではありません。ただ、なるほどと感じる視点も多く、一連の流れとしてとらえる必要があると思いますので、その部分を紹介することにします。

まず、明治維新によって、いきなり民主主義や資本主義が導入されたわけではない、ということです。

資本主義の精神とはまず第1に、労働を自己目的化することです。つまり仕事とは単にカネを稼ぐための方便ではない。仕事そのものに価値があるのだと考えるようになることが必要です。
 キリスト教の予定説では、労働は天職だとされた。仕事は神が与えたものなのだから、一心不乱に働くのが当然であるとなった。ここから資本主義がスタートしたわけです。
」(p.382)

この部分は、賛同できませんでした。なぜなら日本人は昔から勤勉であり、働くことそのものに価値を見出していると思っていましたから。一方の西洋人は、定時で帰るのが当たり前で、長期のバカンスが当然という、労働を罰だと考える価値観ですからね。

しかし小室氏は、江戸っ子が宵越しの金を持たないのは、適当に働いて食えればいいという考え方だったからだと指摘します。また、カルヴァンの予定説により、プロテスタントは神から与えられた天職を懸命に行うことが何よりも大切だと考えていたと言うのです。

ちょっとまだ納得し難いところではあるのですが、そういう見方もあるのかなぁと思います。

そして日本では、明治政府は資本主義の精神を定着させるために、二宮金次郎をお手本に導入したということです。二宮金次郎を手本にしたというのは事実ですが、それが資本主義の精神を定着させるためだったと言えるのかどうか、ちょっと疑問もありますね。


次に日本の近代化のために必要だったのが平等の精神です。それまでの日本は、身分意識や階級意識がありました。西洋ではキリスト教が根付いていたので、「神の前の平等」という常識があったのです。

そこで明治政府は、国民の意識を一新する奇策を考えて実行したと小室氏は言います。

それは国家元首たる天皇を、日本人にとって唯一絶対の神にすること。天皇をキリスト教の神と同じようにするというアイデアです。
 すなわち「神の前の平等」ならぬ「天皇の前の平等」です。現人神(あらひとがみ)である天皇から見れば、すべての日本人は平等である。この観念を普及させることによって、日本人に近代精神を植え付けようと考えた。
」(p.386)

たしかにこれまでの神道を排して、いわば「天皇教」とも呼べる宗教を普及させたことは事実でしょう。そしてその雛形が、武士の一部に広がっていた尊皇思想であることも納得できます。しかし、それを日本の近代化のために利用したなんて、そんなことがあるでしょうか?

けれども小室氏は、それが意図した奇策であったことを伊藤博文の枢密院での演説によって証明します。

ヨーロッパにおける憲法は、いずれも歴史の中で作られてきたものであって、どれも一朝一夕にできたものではない。しかるに、我が国ではそうした歴史抜きで憲法を作らなければならない。ゆえに、この憲法を制定するに当たっては、まず我が国の『機軸』を定めなければならない。……ヨーロッパにおいて、その『機軸』となったものは宗教である。ところが、日本においては『機軸』となるべき宗教がどこにもない」(p.397)

「我が国にありて機軸となすべきは、ひとり皇室あるのみ」
 すなわち、天皇教こそが近代日本を作るための機軸だというわけです。
」(p.398)

このように、日本を急速に近代化させるために、天皇教を作って利用したのだということなのです。伊藤博文は、単に形だけ憲法を導入しても近代化に役立たないと見抜いていたということになります。


デモクラシーというのは、制度を整えればすぐに出来上がるというものではないと小室氏は言います。つまり、国民の精神が大きく変わる必要があるのです。そして時間を経て、大正時代には日本のデモクラシーも花開きました。

藩閥政府が何と言おうとも、議会は断固、抵抗した。それどころか、言論の力でついに内閣をも倒すに至った。これが今紹介した、尾崎咢堂の弾劾演説です。日本のデモクラシーはとうとうそこまで成長したのです。」(p.409)

デモクラシーは、国民の代表としての議会において、自由に議論がなされて、言論によって政策が決定されることです。横暴な内閣なら、議会がそれを言論で弾劾し、替えさせるだけの力を持つ。それが重要なポイントなのです。

しかし小室氏は、戦前戦中、日本のデモクラシーは死んだと言います。2.26事件などで軍部が力を持ち始めたころは、まだ議会はデモクラシーを護っていました。浜田国松代議士は「腹切り問答」で寺内陸相に詰め寄りましたが、けっきょく除名されることもなく懲罰も受けなかったのです。

しかし昭和15年、支那事変が始まった後の議会において、斎藤隆夫代議士が「事変」の目的を政府に問いただした時は、聖戦目的を侮辱する発言だとして議会は彼の除名を決議し、発言も議事録から削除してしまいました。軍部を支持する国民の声を背景に、言論の府であるはずの議会が、自ら言論の自由を放棄したのです。

民主主義は国民の民意をもとにしたもの。したがって、政府がその意に反するなら、予算を通さない、総辞職させるか議会を解散させて民意を問う、などの力が議会にはあります。しかし、その議会が自らの自由な言論を封じるなら、もはやデモクラシーではないのです。

そこで重要なのは、議会に言論の自由を捨てさせたのは国民の声だったという点です。国民が、軍部の自由にさせろと言ったわけです。したがって、デモクラシーを捨てさせたのは国民自身であるとも言えます。

これは、ヒトラーの独裁を許したドイツと似ています。ヒトラーが台頭したのは、国民が彼を求めたからです。そして議会が全権を彼に移譲した。これもまた、国民の声でした。民意が独裁者を生んだのです。日本の場合は、独裁軍部を生んだのです。

山本七平氏は、日本は「空気」(ニューマ)が支配する国であるという、きわめて注目すべき指摘をしています。
 この戦争は正しい、軍部を批判する奴は卑怯者だ……こうした「空気」が世間に充満してくると、もはやそれには誰も逆らえない。
」(p.434)

最近の日本でも、そういう事例がありましたね。大阪維新の議員が、北方領土を取り戻す方法は戦争以外にあるのかどうか、という議論を仕掛けたことが問題視され、党から除名された事件です。日本にはすでにデモクラシーがない、と思える事件でした。


小室氏は、戦後の日本にも同様にデモクラシーを喪失した事件があったと指摘します。それが田中角栄元首相のロッキード事件です。

まず小室氏は、田中元首相はデモクラシーの権化だったと絶賛します。その証拠として、新米議員でありながらわずか8年の間に26件の法律を作ったことをあげます。現在は議員立法が皆無であることを考えると、これがいかにすごい数字かがわかります。

田中元首相は議会での討議をいとわず、巧みな演説で賛同者を増やし、法案を通したのです。これぞまさにデモクラシー、ということなのですね。

ところが、ロッキード事件において、日本のデモクラシーは死んだと小室氏は言います。検察は世論を味方につけ、見切り発車で逮捕しました。それでも証拠がないため、ロッキードのコーチャン氏に対して贈賄罪、偽証罪で起訴しないことを条件に証言を得るという司法取引をしたのです。そんな司法取引という法律がないにも関わらず、裁判所もそれを認めました。

そういう検察と司法が一体になっての違法な裁判を、マスコミは叩くことをせず、国民もその違法裁判を支持しました。これではまさに中世の魔女狩りと同じではありませんか。

権力というのは、無実の人間を罪人にしかねない。そういうことが行われていないかを監視するのが裁判官の役目です。
 ところが、このロッキード裁判をごらんなさい。裁判所と検事がグルになって、刑事免責などという、法律のどこにも明文化されていない条件を与えた。
」(p.445)

裁判官と検察がグルになれば、どんな被告だって有罪になってしまいます。裁判官が検事に同情しているのでは、どこをどうしたって被告が勝てるわけがない。」(p.446)

まさに、冤罪はこうして作られるという見本でしょう。さらにこの裁判では、裁判所は憲法違反まで犯しています。コーチャン証言は嘱託尋問調書と呼ばれるもので、検察はアメリカへ行って証言を得ました。つまり通常の検事調書と違って、被告側にはコーチャン氏に対する反対尋問の機会が一度も与えられなかったのです。

これは日本国憲法第37条第2項に明白に違反すると小室氏は指摘します。そこには、被告側がすべての証人に対して審問する機会が充分に与えられ、かつ公費で強制的手続きによって証人を求める権利を有すると書かれているからです。

証人に対する反対尋問もできないのであれば、その裁判は公正だとは言えません。そんなものが証拠として採用されることがおかしいのです。そして、おかしな捜査によって起訴された場合は、被告は無罪になる。刑法とは犯罪者を裁く法ではなく、検察を裁く法だからだ(第1章)と小室氏は言うのです。

何度も繰り返しますが、近代デモクラシーにおける刑事裁判の鉄則は「デュー・プロセス」、すなわち法にのっとった裁判を行うことにある。
 刑事裁判では、権力の側は1つとして法を踏み越えてはならない。この鉄則を破れば、どんなに心証が真っ黒でも、その被告人は無罪になる。
」(p.449)

このロッキード裁判は、1審、2審で有罪となり、最高裁で争っている途中で田中元首相が死亡し、公訴棄却となりました。その時、最高裁はコーチャン証言に適法性がなかったと言ったそうです。しかしそうなら、最高裁に控訴した時点で裁判を無効にできたはずだと小室氏は指摘します。日本の裁判には、もはや自浄能力がないのです。


最後に小室氏は、日本は独裁国家だと指摘します。

明治憲法に始まった戦前日本のデモクラシーは、軍部の台頭とともに滅びたわけですが、今日の日本において軍部の代わりに現れたのが、霞ヶ関の官僚たちです。
 霞ヶ関のエリート官僚たちは、議会を乗っ取って議員たちの代わりに法律を作り、また内閣を乗っ取って、首相や大臣の代わりに政策を決定している。
」(p.456)

彼らは司法権力をも自分のものにしている。つまり、司法・行政・立法の三権はすべて彼らの手のうちにあるのです。まさに官僚は戦後日本の独裁者になった。」(p.456)

ここで言う「司法」とは、通常の裁判のことではなく、通達とか地方の条例などに関するものです。その解釈を決めるのは、最終的に霞ヶ関の官僚です。それに反抗しようものなら、様々な方法で締め付けます。

さらに日本の官僚は、日本経済全体が自分の所有物であるかのごとく錯覚していると小室氏は指摘します。それが、この間まで行われていた銀行の「護送船団方式」です。銀行は大蔵省の役人の顔色を見て、カレンダーを作るのでさえ役人に伺う必要があったと言います。

つまり銀行の経営権を実質的に握っているのは、株主でもなければ経営者でもない。大蔵省の役人が銀行を事実上「所有」していたのです。」(p.465)

では、そういう官僚を制御するためには、どうすればよいのでしょう? 小室氏は、中国の例を上げて、官僚と対抗するグループがあれば制御できると言います。しかし、そういうグループを別に作ることも難しいので、現実的には政治家が重要なのだと。

政治家たちが上手にコントロールして、初めて官僚の力を活かすことができる。その好例が田中角栄です。」(p.472)

しかしその田中角栄を暗黒裁判にかけたのは日本国民でした。官僚の独裁を許しているのも日本国民。今の日本は、そういう状態なのです。


小室氏は、今の日本がこういう状態なのは、憲法に構造的な欠陥があったからだと指摘します。それは、GHQによって日本国憲法が作られたからだと。ただし、押し付けられたから悪いという意味ではなく、デモクラシーは当たり前という文化を持つアメリカ人によって作られたことが間違いだったのだと言うのです。

これは、伊藤博文が憲法を作るに当たって腐心したことと関係しています。つまり、象徴天皇にすることで、機軸であった現人神の天皇を取り除いたことです。

ところが戦後の憲法では、「天皇の前の平等」という考えは取り除かれ、いきなり「平等」だけが与えられた。このことによって、戦後日本における平等は、ひじょうにいびつなものになってしまいました。
 つまり、それは「機会の平等」ならぬ「結果の平等」という誤解です。
」(p.480)

その誤解は教育の現場に持ち込まれ、かけっこでも順位をつけないなどの指導に表れていると言います。本来は「身分からの平等」だったのに、「結果の平等」という思想が広まったのだと。

さらに同じことが「自由」についても言えると小室氏は言います。

戦後の日本で「自由」は、「何をやってもいい」ということだと誤解された。最近では「人を殺す自由」を主張する子どもさえ現れています。
 しかし、デモクラシーにおける自由とは、元来、「権力の制限」を意味しました。
」(p.481)

何をやってもいい自由と思われているという指摘には同意できませんが、自由が権力からの自由だという意味はわかります。

自由にしても、平等にしても、それは与えられるものではありません。現に欧米人たちは、みずから平等や自由を勝ち取った。自由も平等も、その前提になっているのは権力との戦いです。
 そのプロセスを抜きにして、いきなり自由や平等を与えるとどのような結果になるか。図らずもそれを証明しているのが今の日本なのです。
 権力と戦うことなく人権を手に入れたものだから、戦後の日本人は権力を監視することも忘れてしまった。その結果が、官僚の独裁であることは言うまでもありませんが、民主主義とは国家権力との戦いなのだということが忘れられると、自由も平等もたちまちにして変質してしまうのです。
」(p.482)

アメリカ人(GHQ)が善意からアメリカ流の民主主義憲法を日本に与えたことが、今の日本の混乱を招くことにつながったという小室氏の指摘です。


この後、小室氏は社会には「権威」が必要だという話をします。たとえば人殺しをしないのは法律で禁止されているからと考える前に、そもそも人殺しは良くないことだという価値観を、権威によって与えられているからだと。その権威とは、身近には父親であり、キリスト教などでは神です。

その権威が否定されると、その社会は無秩序になり、どうしていいかわからず混乱するのだと小室氏は言います。第一次大戦で負けて権威を失ったドイツは混乱しましたが、そこに現れたヒトラーに人々は新たな権威を求めた。これは精神分析学者のエーリッヒ・フロムの分析だとか。

戦後、天皇教を失った日本にも、この権威の喪失が起ったと小室氏は言います。「父なき社会」になってしまった日本は混乱し、モラルの欠如をもたらしたのだと。

この部分の分析には、私はあまり同感できませんが、1つの考え方ではあると思います。小室氏はデメリットしか見ていないようですが、私は逆に、そのことによるメリットもあると考えるからです。


さて、こういう民主主義を失い、憲法が死んだ状態の日本ですが、どうやって復活させることができるのでしょうか?

小室氏は、誰かから与えてもらおうという発想を改めることが重要だと言います。現実を直視し、亡国の淵に立っている日本の現状をしっかりと認識して、自ら第2の明治維新を起こそうとすることが大切なのだと。

その覚悟ができたら、次は自分なりに考えて第1歩を踏み出すのです。そのヒントはこれまでの講義の中にいっぱい隠れているはずです。
 それが正しいか、間違っているかは気にする必要はない。とにかく歩き出すのです。それこそが日本をふたたび憲法の国、デモクラシーの国に戻す道です。
」(p.492)


後半部分しか引用できませんでしたが、前半にも数多くの目からウロコの情報や視点がありました。これ1冊を読むだけで、欧米の歴史の大半が理解できるのではと思うほどです。

それにしても、小室氏の視点には驚かされます。そしてそれが空理空論ではなく、多くの事実に裏付けされている点も驚きでした。やはり、「学ぶに如(し)くはなし」ということですね。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:50 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月19日

戦後最大のタブー!「ホロコースト論争」

ちょっととんでもない動画を観てしまいました。

私のホロコーストに対する知識は、ナチスがユダヤ人をガス室で大量虐殺したもので、その事実は確定しているというものでした。

また、ヨーロッパ諸国などにはホロコーストについてのタブーがあり、ホロコーストはなかったという発言をするだけで罪に問われるということも知っています。


後者については、私は自由を尊重する立場からすると、そういうタブーはなくして、学術的な調査や発表は自由にできるようにすべきだと思います。

逆にそうやって法律で押さえつけてまで事実を変更できないようにしたかったのは、その事実が不確実だったからではないかと疑いたくもなります。

しかし、先に書いたように、私はナチスの虐殺を事実だと信じていましたし、疑うこともしませんでした。何ら根拠もなく。ただ、多くの人がそれが事実だと言うから。


このことを、この動画で指摘され、私は愕然としました。もし同じ論法を使うなら、南京大虐殺も慰安婦も軍艦島で徴用工にひどい仕打ちをしたのも、全部事実ということになります。

それほど関心もなかったホロコースト問題ですが、なんとなく惹きつけられて最後まで観てしまいました。そして、証拠をもとに事実を明らかにしようとする作者の姿勢に心を打たれたのです。


興味のある方は、ぜひご覧になってください。

1本30分くらいで、本編は全部で20編です。他に番外編があります。
動画の構成は字幕とその読み上げ、資料などの画像からなっています。1.5〜2.0倍速くらいでも見られるので、急ぐ方はスピードを上げてご覧ください。

以下に順番に掲載しますが、最初に結論の「20章 個人的提言」をご覧になると、より面白く感じられるかもしれません。

1章 イントロダクション アウシュヴィッツの「ガス室」に関するとある事実について。


2章 強制収容所での生活、労働環境について。


3章 強制収容所での防疫、医療について。収容所の囚人の死者数の合計について。


4章 ホロコースト論争の基本構図。「正史派」と「修正派」の主張の違い。


5章 ホロコースト正史の公式設定について。


6章 アンネ・フランクの運命から見えてくる「事実」について。


7章 ホロコースト正史の根拠となる物証、写真について。


8章 正史の根拠となる文書資料について。


9章 正史の「間接証拠」とされる文書群について。


10章 「ガス処刑」の目撃証言について。


11章 ダッハウ収容所の「ガス室」について。


12章 マウトハウゼン、ハルトハイム城、ザクセンハウゼンの「ガス室」について。


13章 マイダネクの「ガス室」について。


14章 アウシュヴィッツ中央収容所の「ガス室」について。


15章 ビルケナウの焼却棟4、5の「ガス室」について。


16章 ビルケナウの焼却棟2、3の構造、機能について。


17章 焼却棟2、3における「ガス処刑」の物理的可能性について。


18章 焼却棟2、3の実際の使用について。


19章 「ホロコースト正史」を支えてきたもの。ユダヤ人迫害政策についての道徳的評価。


20章 個人的提言



【番外編】

1章 アウシュヴィッツにおける様々な犠牲者数の根拠について。


2章 アウシュヴィッツの焼却炉の能力について。


3章 「ガス室」の化学分析について。

 

私がこの動画を観たきっかけは、たまたまアイヌに関する動画が表示されていたので、面白そうだと感じで観たことでした。以下にその動画も貼り付けておきます。

何??「アイヌは先住民族ではない」→???→調べてみた。


この動画を観て、この方の真実を探る姿勢に共感したので、まあちょっとホロコーストも観てみるかと思ったのです。

しかし、最初からガーンとやられました。証拠がないのに事実だと言えるなら、南京大虐殺も慰安婦の強制連行も事実になると指摘されたからです。

そしてのめり込むように全編を観てしまいました。本編最後の動画で、こういうことを言われています。

ホロコースト論争とは、歴史論争であると同時に、600万人の計画殺人という、史上空前絶後の冤罪疑惑についての論争と言い換えることが出来ます。
冤罪というものが、人権被害なのだとすれば、それを晴らす最初の目的は、誰よりも被害者の名誉を回復することでなければなりません。

相手がヒトラーなら、どんな汚名を着せてもかまわない、などということはないはずですね。
「神との対話A」では、ヒトラーは天国へ行ったとして、ヒトラーは彼の価値観において間違ったことはしていない、と言い切っています。
ヒトラーを私たちの一員だと認めないなら、私たちは「ひとつのもの」にはなれません。

そして、現代の欧米が移民問題で苦しんでいることについて、それを「ヒトラーの復讐」と言われています。
ヒトラーが行った異民族の排斥を極端に嫌ったため、逆に異民族を無秩序に受け入れることとなり、そのために起った問題なのだと。
そういうこともあるのかもしれませんね。

そして最後にこう言われています。

私が、ホロコースト論争を通じて学んだ最大のことは、先入観以外に自分の中に根拠がない場合は、常に判断を保留しておくべきだということです。

結論ありきというものの見方は、えてして自分にとって都合のよい証拠だけをかき集め、都合の悪い事実に目をつむることになりがちです。
常に、何か見落としているかもしれない、他の考え方があるかもしれない、ということを頭の片隅において、事実を見るようにする姿勢が大事だと、私も思います。
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:03 | Comment(0) | 動画の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月10日

いま知っておきたい「みらいのお金」の話



Youtube動画で主に政治に関して話しておられる松田学(まつだ・まなぶ)教授の本を読みました。経歴を見ると、元財務官僚だそうで、今は東京大学大学院客員教授であり、松田政策研究所代表など、いくつもの顔をお持ちのようです。(「松田まなぶの公式ホームページ」はこちら)

松田氏は、まもなく本格的な「仮想通貨の時代」がやってくると言います。それによって、私たちの生活が大きく変わる可能性があると言われるのですね。そこでこの本では、「お金とはなにか」「仮想通貨の本当の存在意義」「お金を使いこなすための基礎」について、わかりやすく解説しているのです。

この本を読むのに、ITや金融の知識は必要ありません。社会人1年生のカナちゃん、その友だちのトシくん、そして「みらいのお金」の専門家マツダ先生の会話形式で書かれています。物語を読んでいる内に、自然と必要な知識が身につくという仕掛けですね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

インターネットで海外の情報に簡単にアクセスできるように、仮想通貨は経済の国境を軽々と超えていくんだ。これは日本に暮らすみんなの仕事や生活にも大きくかかわってくる。」(p.38)

仮想通貨は、本来は暗号通貨と表現するのが正しいようです。インターネットにつながっていれば、どこの国にいても使うことができるお金。その国の貨幣に両替しなくても使用することが可能です。

とは言え、今現在ではそれほど多くの店では使えないし、決済に時間がかかるというデメリットもあります。その辺の改善がされないと、仮想通貨でお買い物、という時代にはならないでしょうね。


ブロックチェーンは、正直者しか使えないシステムと言っていい。後ろめたいことや、悪い考えのある人は使いたがらないだろう。まともにビジネスをしている会社はすべて帳簿をつけている。お金を使う人のすべてが、帳簿を正しくつけて、お金の流れが完璧に把握できるようになる世界が、仮想通貨では当たり前になるんだ。お金の流れはそもそも隠すものではない。もし隠したいという人がいれば、その人は脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)など、後ろ暗いことをして儲けているかもしれない。」(p.90)

ブロックチェーンは、お金のやり取りの記録台帳を、すべて保持する仕組みです。ビットコインでは、それを誰もが閲覧できるようにしてあるそうです。ただビットコインでは、参加者は匿名なので、個人情報が明らかにされるわけではありません。

しかし、お金のやり取りを見える化するということは、「神との対話」にも書かれていましたが、正直に生きる社会につながるように思います。


より正確に言えば、お金は「価値」を保存したり交換したり測ったりするものであって、「価値」そのものじゃないんだ。」(p.174)

お金そのものには価値がなく、道具に過ぎないという話は聞いたことがあります。実際、無人島に1人でいたら、どれだけ大金があっても意味ありませんから。それより、ペットボトルの水が1本でもある方が役立つでしょう。


日本の財政は深刻な状態にありますが、政府が暗号通貨を発行することで、これを救う手立てがあります。」(p.285)

以上の「松田プラン」は、@財政再建(赤字国債の消滅と将来の金利負担の軽減)、A日銀の出口戦略(バランスシート縮小)の円滑化、B新たな通貨基盤の創出、C国民の利便性の増大、を一挙に実現することになる施策です。」(p.287)

ここに簡単に「松田プラン」が説明されていましたが、私にはよくわかりませんでした。詳しく知りたい方は、松田氏の「サイバーセキュリティと仮想通貨が日本を救う」(創藝舎)第8章、または「米中知られざる「仮想通貨」戦争の内幕」(宝島社)第3章を読むようにとのことです。


三菱UFJ銀行は、独自の仮想通貨を「1コイン=ほぼ1円」の価値に調整すると発表している。」(p.309 - 310)

法定通貨を扱う銀行が、あえて仮想通貨の世界に進出するのは、これからは手数料ビジネスが成り立たなくなるという危機感があるからだと松田氏は言います。仮想通貨は「P2P」でスムーズに送金できるし、ATMも必要としませんから。

大手銀行が仮想通貨に参入するのは、新たなプラットフォームを提供することで、別の儲け口を得ようとしているのでしょう。


欧州中央銀行も500ユーロ紙幣の廃止を決定している。いずれも主な理由は犯罪対策だ。日本でもそれにならって、一万円紙幣を廃止できないかと考えている人もいる。現金は偽札のリスクもあるし、マネーロンダリングにも使われる。」(p.314)

日本で流通している紙幣の9割は1万円札なのだそうです。私たちの感覚では、千円札の方が多そうですよね。これは、それだけ現金がどこかでストックされていることを示しているのです。

それが犯罪に使われると、当然、裏のお金は税金にはつながりません。そういうこともあって、各国は最高額紙幣を廃止しようとしているのですね。


絵画の世界では伝統的に「誰がその絵の持ち主であったか」が重要視されてきたが、ブロックチェーンによってその履歴もたどりやすくなると期待されているんだ。農業分野でも、生産者まで記録が辿れるような安全な食物が求められているね。」(p.319 - 320)

ブロックチェーンの仕組みを使って、データ管理を行う企業が出てきたのだそうです。これまでの履歴がはっきりしていると、絵画では贋作が混じることを防げるのですね。

このようにブロックチェーンは、そのデータに「信用」を与えることになるので、価値の交換や保存ができて、お金に似たものになると松田氏は言います。仮想通貨は何種類もできて、それらを交換しながら、適切な仮想通貨を使う時代になると考えておられるようです。


このように契約などの手続きを自動的に済ませてしまう仕組みを「スマートコントラクト」といって、ブロックチェーンの活用方法として注目されているんだ。」(p.331)

たとえば、不動産を買ったと同時に登記の移転まで済ませるようなことができて、あちこちへ書類を出したり、何枚も署名捺印しなければならないという手間も省略できるのだそうです。

それぞれの場所で、それぞれの書類を必要とするのは、要はデータが共有化されておらず、かつ信用がないからです。それを一挙に解決できるのがブロックチェーンの仕組みだというわけですね。


「改ざんが不可能な形でデータを管理できる」「スマートコントラクトでさまざまな手続きを一度にまとめて行える」「仮想通貨でいろいろな価値を移転できる」。この三つだ。」(p.334)

これがブロックチェーンの革命的なところだそうです。これまでは、データ管理はコンピュータ、手続きは手動、価値の移転はお金を使っています。それが同一の仕組みの中で行われれば、社会は大きく変わると松田氏は言います。

なぜなら、これによって人びとにとっては非常に便利になるからです。また一方で、無用な作業が解消されます。単純なルーチンワークは少なくなり、人々はより創造的な仕事に取り組むようになるだろうと思われるのですね。


インターネットの世界では、「投げ銭」という仕組みがあって、歌や小説など気に入ったコンテンツがあったらその作者を支援する意味で、少額のお金を簡単にあげられるようになっています。これまでなら、振り込むのにも手数料がかかるため、そう気軽にお金を渡せなかったのに、その敷居が低くなったのです。

仮想通貨も、取引の手数料が安いので、人々が気軽にお金のやり取りをするようになり、経済が活性化するのではないかと思われます。

その仕組みを完全に理解するまでに至りませんが、入門書としてはとてもよい1冊ではないかと思います。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:59 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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