2017年12月10日

天運の法則



なんと16,200円もする本を読みました。サイズも大きく、分厚くて、重厚な感じがします。さらに、特製の風呂敷に包まれていました。この外装の豪華さを見ても、この値段にふさわしい感じです。こんな特別な本を書かれたのは、イメージトレーニングの研究・指導のパイオニア、西田文郎(にしだ・ふみお)さんです。

西田さんの本は、これまでに「はやく六十歳になりなさい」「驚きの最強思考「赤ちゃん脳」」などを紹介しています。いずれも、脳を上手に使って素晴らしい成果を上げるという、西田さんの考え方が紹介されています。実はこの本、今年の初めごろに購入していたのですが、ずっと積読してました。なんだか読むのがもったいなくて・・・。とは言え、いつまでも置いとけないので、読んでみました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

だからこそ、私は経営者の皆さんに「社会的成功」と「人間的成功」の2つを目指すようにとお伝えしてきた。
 前項でお話した経営者に必要な3つの力に当てはめると、「社会的成功」が「知」、「人間的成功」が「徳」である。この2つの成功を同時に追い求めることが、真の成功につながる道なのである。
 そして、一流の経営者になるには、もう一つ大切な力が必要なのである。
 それが「胆力」である。胆力とは、度胸、勇気、執念、決断する力などのことである。
」(p.31)

西田さんは、幸せに成功する経営者には知力、徳力、胆力の3つの力が必要なのだと説いています。これを論語にある三徳(知、仁、勇)などと重ねて、重要性を説明しています。

そして特に必要なのが胆力なのですね。たしかに経営者をやってみると、決断する力の重要性を感じます。最後は自分の責任ですから、勇気が必要なものです。


私たちの脳を支配しているもの、その正体は「過去のあなた」である。別の言い方をすれば、あなたの脳に蓄えられた過去の記憶データなのだ。」(p.61)

私たちは、意識で「成功しよう」と思っても、過去の失敗イメージなどに支配されがちです。そして潜在意識は、私たちが本当に信じていることを実現します。私たちの記憶にある強固なイメージを変えない限り、今の意識の思い通りにはならないのです。


人間の脳には錯覚領域と確信領域がある。多くの皆さんは、この「確信思考」と「錯覚思考」の違いに気づいていない。」(p.71)

西田さんは、人間の脳の発達段階には7つの段階があると言います。最初の2つは「錯覚領域」で、「マイナス思考」「プラス思考」です。この段階でも、マイナス思考をやめてプラス思考にすれば、それだけで優秀な人になれると言います。

その次が「確信領域」の5つの段階です。「分析思考」「胆力思考」「繁栄思考」「強運思考」「天運思考」となっています。「天運思考は、ためらいがまったくない状態のこと。」と説明しています。思い通りに行っても、天の法則に適う状態のことです。


「積極的無欲」とは、物も名誉もいらないという無心の状態でありながら、「命に代えてもやる」という強い信念のある究極の状態である。つまり、「積極的無欲」こそが「純粋な動機」による天運的生き方なのである。」(p.99)

マズローの欲求5段階説では、「自己実現の欲求」が最高の欲求とされます。しかしマズローは、死ぬ前にもう1つ上の段階があると考えていたと、西田さんは言います。それを「積極的無欲」だと言います。

これは西田さんも紹介されているように、山岡鉄舟の生き方ですね。西郷隆盛は鉄舟を評してこう言いました。「生命も要らず、名も要らず、官位も金も要らぬ人は始末に困るものです。」まさに積極的無欲です。

このように、小我の欲をすべて捨て去り、天の欲求に身を捧げることを望みとする生き方が、天運思考だと言うのです。


日本人の勇気や一体感、そして規律正しい行動は、多くの外国の人々の称賛を浴びた。それはおそらく、私たち日本国民が国民性として持っている共通の特徴、すなわち大和心、「武士道」のようなものなのではないだろうか。」(p.194)

3.11の東日本大震災での出来事です。あの混乱の中で、静かに列に並んで配給を待つ人々。弱者に配給品を譲る人々。これは、過去の日本人によって培われた精神が、私たち現代の日本人の脳の奥に刻み込まれているのだと、西田さんは言います。


人間には命を賭してやらなければならないことがある。それが、真の使命である。この真の使命に気づくと、生き方が変わる。休んでなどいられないし、学びたくて、知りたくて仕方なくなるのだ。」(p.322)

いくら学んでいても、もっと上を目指そうとする。一流の人というのは、そういうものですよね。そのエネルギーがどこから湧いてくるのか? それが「天運の法則」なのだと西田さんは言います。自分の枠を越えて天の御心を知ることです。


360ページもある分厚い本ですが、実は文字がかなり大きく、行間も開いているので、それほど読むのに苦労はしません。むしろ読みやすく、あっという間に読めてしまう感じです。小さい文字では読みづらいという、私のような中年以降の人に配慮されたのではないかと思います。

西田さんの考え方の集大成ということで、これまでこの「天運の法則」は、限られた人にしか伝えてこられなかったそうです。しかし、西田さんが大病を患われたことで、この内容を多くの人に伝えるべき、残しておくべきと思われたのだとか。

表紙が分厚くて柔らかく、手にした時の感触が他の本とはまったく違います。その感触を楽しみながら、読書の喜びに浸れる本だと思います。

天運の法則
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:20 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月08日

タイ・バンコクで運転免許証の取得と更新をしました

この前、短期(90日)のノンイミグラントO(オー)ビザを取得しましたので、次なる課題に挑戦です。

それは、運転免許証を更新することです。5年前に、妻に付き添ってもらって更新しましたが、今回は1人でやろうと思いました。さらに、妻の実家へ行ったら車よりバイクに乗ることが多いだろうと思い、この際、バイクの免許も取得しようと思いました。

車の免許は、タイに来て早々に、日本の運転免許から切り替えて取得しました。その時、一緒にオートバイの免許も取ってしまえば良かったのですけどね。まあでも、お陰で一人で挑戦するという機会ができたわけです。バイクの免許も、日本の免許からの切り替えですから、それほど難しいとは思えません。

問題は、車の免許の更新と同時にできるかどうか、という点になります。もし一緒にできれば、適性検査を1回だけやれば済むからです。バイクの免許にビデオ講習があるかどうかは知らないのですが、あるとすれば、これも1回で済ませることができます。


しかし、何と言っても出不精の私です。いざ、そろそろ免許をなんとかしなきゃと思いながらも、「面倒くさいなぁ」と感じて、ついつい先延ばしになっていました。(笑)でも、いつまでも伸ばせるわけもありません。そこで、作業を2段階に分け、2日がかりで行うことにしました。(どんだけ面倒くさがりなんだか。)
そこでまず、免許の更新と取得(切り替え)で必要な書類を洗い出しました。


●免許の更新に必要な書類

・古い免許証
・パスポートとそのコピー(顔写真と最新のノンイミグラントビザのページ)
・住所の証明書(イミグレの住所証明や在留届出済証またはワークパミットとそのコピー)
・申請書(陸運局にある)
・健康診断書
・顔写真
(※)

※顔写真は必要という人もいるし、申請書に貼っている人も見ました。しかし、前回も今回も、顔写真は必要とされませんでした。(念のためにビザ用の写真を持参しましたが。)


●免許証の取得(切替)に必要な書類

・日本の免許証とそのコピー
・日本の免許証の翻訳証明書
(※)
・それ以外は、上記から「古い免許証」を除いた書類

※上記の免許証と翻訳証明書の代わりに、日本の国際免許証でもOKです。


これを、大使館でもらう書類と、陸運局およびその周辺でもらう書類に分けました。


●大使館でもらう書類

・住所の証明書(在留届出済証)
・日本の免許証の翻訳証明書


私はワークパミットがないので、在留届出済証を使いました。


●陸運局およびその周辺でもらう書類

・パスポートのコピー
・日本の免許証のコピー
・申請書(陸運局にある)
・健康診断書


残りの書類の、パスポート、古い免許証、日本の免許証は、そのまま持参します。
このように分けた上で、まずは12月7日(木)に大使館(領事部)へ、必要書類を受け取りに行きました。


●大使館に必要書類をもらいに行く

MRT(地下鉄)ルンピニー駅のB出口を出ると、正面がラマ4世通りとウィタユ通りの交差点になっています。道路に降りて右手に道なりにウィタユ通りを5分ほど歩くと、日本大使館に到着します。朝10時くらいでしたが、座席の3分の1くらい埋まるくらい人がいました。

入り口の右手にインフォメーションがあるので、順番を待ってそこで必要な書類を尋ねます。運転免許の更新と取得のために、上記の書類が欲しいと言うと、「証明発給申請書」に必要事項を記載し、番号札を引いて待つよう言われました。

証明発給申請書
[証明発給申請書]

20分くらいで順番が来たので、パスポート、日本の免許証、証明発給申請書、番号札を提出しました。すると、パスポートの顔写真ページと免許証のコピーが必要だと言われました。持ってないと伝えると、「今度は持ってきてくださいね」と言われ、窓口の方で取っていただきました。(コピー代が浮いた。ラッキーです。)

引換券をもらいました。「当日発給」のようなスタンプが押してありました。待つこと30分少々、やっと名前を呼ばれたので1番窓口へ。そこで引換券を渡して代金を支払い、書類を受け取りました。在留届出済証が2部と翻訳証明書が1部なので、合わせて2,010バーツ(約6,000円)でした。全部で約1時間ほど。それほどかからずに済みました。

在留届出済証 翻訳証明書
[在留届出済証と翻訳証明書]


●陸運局に申請に行く

翌12月8日(金)(つまり今日ですが)、朝9時にアパートを出発し、BTS(高架鉄道)のバンジャーク駅へ。オンヌット駅の隣駅です。たしか駅から陸運局の途中にクリニックがあると思って行ったのですが、どこにもありません。引き返して駅の反対方向も少し見たのですが、それらしいものがありません。仕方ないので、ネットで調べました。(こちらのサイトを参考にしました。)

すると、スクンビット通りの反対側(偶数側)でした。バンジャーク駅のA出口を出て、上りエスカレーターの先20mほどオンヌット駅寄りにクリニックがありました。
そこで、「免許証のための書類がほしい(ヤーク・ダーイ・エーカサーン・サムラップ・ライセンス)」と言ったら、もう心得ているようで、すぐに理解してもらえました。(診断書という言葉がわからなかったもので(笑))パスポートを見せて、2枚作ってもらいました。1枚100バーツです。

探し回ったので、けっこう汗だくになりました。バンジャーク駅から陸運局は、B出口を出て100mほど歩きます。スクンビット・ソイ99と101の間です。入り口にはバイタクがあって、そこから約300m先の陸運局の建物まで、10バーツで乗せてくれます。10時過ぎくらいに到着しました。


まずはコピーが必要ということで、建物を入って右手に進み、部屋の仕切りから外へ出たところの右手に店出ししているコピー屋さんで、1枚1バーツでコピーを取りました。ページを示して、「1枚(ヌンバイ)」とか「2枚(ソンバイ)」と伝えます。
実はこの時、日本の免許証のコピーが要ることを知らなくて、パスポートのコピーしかもらいませんでした。後で指摘されて、またここへ来てコピーしましたよ。勝手に表裏をコピーしてくれて、さすがわかってるなぁと思いました。コピー代金は5枚で5バーツでした。

日本の運転免許証
[日本の運転免許証]


次に、入り口近くのインフォメーションに並び、書類を見せて、「車の免許証の更新とオートバイの免許証の取得(タム・マイ・レーォコー・ヤーク・ダーイ・モーターサイ)」(それにしてもひどいタイ語であることよ)であることを告げます。すると申請書を2枚くれて、上部に名前と携帯番号を書くよう言われました。名前を英語で書き、隣に携帯番号を書いて、書類をまとめて正面の8番窓口に並びます。

けっこう申請者が多かったのですが、私の後から続々やってきて長蛇の列になり、係員が整理券を配っていました。一歩早くて助かりました。

タイの古い運転免許証
[タイの古い運転免許証]

8番の窓口に書類を出し、更新とオートバイ免許の取得だと言うと、何か別の紙をつけて、サインをするよう言われました。そして番号札を2枚渡され、「16番へ行け」と言われました。
最初、6番に聞こえたので念のために「6番ですか?(レーク・ホック・ルー)」と確認したら、「そうだ」と言いいます。それで探したら、6番の場所が見つからない(だって受け取りブースですから)んですよね。それで再確認したら、「16番だ(マイ・レーク・シップ・ホック)」と教えてくれました。タイ語の聞き取りにも苦労します。(笑)
番号札は1枚を自分が持ち、もう1枚を書類につけておくようです。これも、後で適性検査が終わった時に言われたのですけどね。


16番の部屋は、適性検査の部屋です。外で待っていると、何色の番号札と何番までと呼ばれます。
が、私の時は白い番号札と言われた(ように聞こえた)のに、私と同じ紺色の札を持っている人も入り始めたので、係員に番号札を見せて「入れるのか?」と尋ねました。すると「書類は?」と問われたので、「カバンの中にある」と答えると、「入れ」と言うので入りました。なんだかよくわかりません。まあでも、入れるなら入っちゃうことです。

実は、最初に外の椅子に座ってたら、隣のタイ人が、「あなたはもう入ったの?」と聞いてくるので、「まだだ」と答えたところ、「それなら入りなさいよ。」って言われたんですよね。「入っていいの?」と聞いたら、「そうだ」って言うものだから、ドアを開けて中に入ったんです。みんなが列に並んでいるから、その後ろに並んだところ、係員から言われました。「ミスター、ゴーアウトサイド!」まったくもう。こんな小さな失敗を、たくさん重ねているんですよ。

さて、部屋に入ると最初に、タイ語で今後の流れを説明しているようですが、さっぱりわかりません。それから、適性検査の内容を説明します。まずは、ブレーキ反応テスト。これは、アクセルを踏むと緑のランプがつき、しばらくすると赤に変わるので、すぐにブレーキを踏むというテストです。反応が遅いとブザーが鳴って失格です。

次に、同じ席で視界深度のテストをします。箱の中で2本の棒が立っているのですが、ボタンを押して一方を前に寄せてきて、並んだところで止めて手をあげます。緑のボタンが寄せる、赤のボタンが押しやる、という動きのようです。だいたい並んでいればOKのようです。

隣は、色覚と視野のテストです。顔を固定して正面を見ていると、左右に赤、緑、黄の色が表示されます。それを当てるというもの。

テストはこの3つだけです。5年前と同じですね。あの時との違いは、ちゃんと列に並ばせたこと。2回くらい失敗すると、やり直しということで、列の最後に並び直します。すべて終わった人から、ビデオ講習へ行きます。

私は、前回も苦労した色覚視野テストで「目を閉じるな!」「目を動かすな!」と何度も注意を受け、やり直しの末にやっと合格しました。まあ基本的に不合格はなさそうですけどね、慣れて上手になるので。


続いて、14番の部屋へ行けと言われました。ビデオ講習1時間です。外で待っていると、番号を呼ばれます。幸い、30分も待たずに呼ばれましたが、この時点ですでに11時です。
途中で映らなくなるなどのハプニングはありましたが、タイ語音声、英語字幕の喜劇のようなビデオを見ました。まだ途中でしたが、1時間で打ち切るというのもタイらしいです。

前回のビデオとは違いましたが、善人役と悪役があるのは同じ。今回はまともな男性とヤンキーな兄ちゃん、それと若い女性の3人が主役で、いろいろなケースを見せてくれます。
面白かったのはクラクションの使い方。その中で、変な人が来たら助けを求めるためにクラクションを鳴らすというのがありました。ヤンキーの兄ちゃんが若い女性の車に来たところ、女性が助けを求めるクラクションを鳴らします。するとどこからともなく数人が駆けつけて、ヤンキーの兄ちゃんを殴るは蹴るはでボコボコにします。しかし、ヤンキーの兄ちゃんが、「オレはただ、○○(不明)したかっただけなんだよ」と説明すると、集まった数人が慌てて逃げていくのです。おいおい、そんなことでボコボコにしていいのか? それは暴行傷害罪じゃないの? まったく、タイらしいです。(笑)

それが終わると、一人ひとり書類を渡してもらい、おそらく前回と同様に18番窓口に提出したのでしょう。(受け取る時に確認しようと思っていたのですが。)
ですが、私の書類がなくて、係員が「13番へ行け」と言うので13番窓口へ行き、番号札を渡して待ちました。(他に数人、そういう人がいました。モーターサイの運転手ばかりだったので、バイクの免許と関係があったのかもしれません。)30分ほど待って、係員が呼んでくれ、免許証受け取りの呼出番号札がついた書類を受け取りました。

呼び出す時、係員が「ミスター」と私のことを呼んだのですが、最初は誰のことかわからず戸惑いましたよ。他のタイ人は名前を呼ぶのに。想定してない呼びかけだったので。「えっ?私?」みたいに戸惑ってしまいました。(何度も呼ばせてしまってごめんなさいね。)


そこから建物に入って右手にある免許証受け取りブースの前で、番号が呼ばれるまで約2時間待ちました。そこへ行った時(12時半くらい)、私の番号は456番で、電光掲示板の呼び出し番号が300番くらいでしたから。まあでも、お陰でたっぷりと読書ができました。
途中で、隣のタイ人と少し会話をしました。でも、そんなに会話が続くわけもなく、やはり暇つぶしの何かは重要でしょうね。

番号が呼ばれると、1番から7番までの呼ばれたブースへ行きます。そこで代金を支払い、サインをして、写真を撮って、免許証の出来上がりをそこで待ちます。ものの数分で出来上がるので、待つほどでもありません。
代金は、更新が555バーツ、取得が105バーツの、合計660バーツでした。5バーツは申請書類代です。更新の50バーツは、おそらく住所変更代でしょう。前もそうだったので。前回は写真代の100バーツがありましたが、今回はかかりませんでしたね。また、特に住所変更と言わなかったのですが、何も問題ないようです。

受け取った免許証
[受け取ったタイの免許証(上がオートバイ,下が自動車)]


陸運局を出たのが14時半くらいでした。けっこう混んでいるようにも思ったのですが、意外とスムーズに適性検査とビデオ講習が終わりました。でも、受け取りに2時間待ったので、終わった時刻は5年前とそれほど変わらないかもしれませんね。今回は、昼休み中も関係なく受け取りができたようなので、係員は交代で休んだのかもしれません。

ともあれ、これで懸案の運転免許証更新・取得が終わってホッとしています。車の免許は、2023年の誕生日まで、オートバイの免許は2年後の2019年の12月8日まで有効となります。車の免許を最初に取得した時は、1年の暫定免許でした。今回も同じだと思ったのですが、なぜか2年有効ですね。これも変わったのかもしれません。オートバイも、次に更新すれば、5年(誕生日まで有効)の免許になると思います。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:33 | Comment(0) | └ タイのお役立ち情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月07日

やさしいカウンセリング講義



スピリチュアル・カウンセラーの小宮昇(こみや・のぼる)さんの本を読みました。古宮さんの本は、以前に「一緒にいてラクな人疲れる人」を紹介しています。「神との対話」もよく読まれていて、単に心理学を応用するだけでなく、そこにスピリチュアル的な深みを得ておられるように思います。

実は、来年(2018年)1月に、古宮さんにお会いしに東京へ行くのです。古宮さんが、アメリカで発売されたばかりの「神との対話C」を読まれて、その内容を伝えるためのお話会を開催されると聞いたからです。「神との対話」と聞いては、私もじっとしていられません。もとより古宮さんとお会いしたかったこともあって、すぐに一時帰国を決めたのでした。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

カウンセリングは人が変容する過程を支えるものです。これこれの問題に「苦しむ自分」から、もうそのことでは悩まず「より自分らしくのびやかに生きる自分」への変容です。変容の結果、当初来談した理由だった問題が変わったり、なくなったり、もしくは問題の受け取り方が変わって同じことがもはや問題ではなくなったりします。それを問題解決と呼ぶのです。つまり、問題解決は目的ではなく、変容の結果として起きることなのです。」(p.11)

問題を抱える来談者(クライアント)に、解決方法をアドバイスするのはカウンセリングではないと言います。お悩み相談ならそれでもいいのでしょうけど、それでは本質的な解決にならないからです。目の前の具体的な問題を解決に導くのではなく、来談者が変容することによって、問題が問題でなくなるようになる。来談者の成長こそがカウンセリングの目的なのです。


カウンセリングの効果が現れるもっとも重要な要素の一つは、カウンセラーと来談者との人間関係だ、ということが明らかになってきました。」(p.16)

カウンセリングの技法よりも重要なのは、カウンセラーと来談者の人間関係だということです。来談者がカウンセラーとの間に、良い人間関係を結べていると感じた時、統計的に有意にカウンセリングの効果があったと研究結果が出ているのです。

これは、ある意味で面白いですね。つまり、技法を駆使して治してあげるというものではないのです。むしろ、互いに成長し合うような関係を結ぶことが治療になる、と言った方がよいように思います。


誰かがあなたを縛るとき、縛る気持ち自体は愛ではなく恐れだとわたしは思います。恐れは、相手に対する信頼の欠如から生まれます。そして相手への信頼の欠如は、自分自身に対する信頼の欠如から生まれます。信頼とは愛の一側面ですから、信頼の欠如とは愛が欠如しているサインです。自分のなかで愛が欠けているから相手に愛を注ぐゆとりがないのです。」(p.45)

ここでは、嫉妬は愛ではないということと、自分を愛せないと他人を愛せないということが語られています。こういうところは、まさに「神との対話」で書かれている内容ですね。

あるがままでいることを許され、自分自身のままであっても尊重されることを知る経験はとても貴重で、効果的なカウンセリングには欠かせない経験です。」(p.45)

カウンセラーが来談者を完全に受容すること、つまり愛することが、カウンセリングの効果を上げるのに重要なポイントだということになります。カウンセリングとは、要は来談者を愛することなのです。


感情は、わたしたちを突き動かしている原動力、エネルギーです。愛情、喜び、怒り、悲しみなどさまざまな感情がありますが、その存在目的は、ただ一つ、「感じてもらう」ということだけです。悲しみというエネルギーなら、その人の心とからだの全体で悲しみを感じてもらいたいのです。悲しみを全身で感じきったとき、そのエネルギーは解放されて、安らかに消えてゆくことができるのです。」(p.56)

これは、心理療法家の中島勇一氏の書籍からの引用部分です。感情をしっかり感じることの重要性を示しており、これもまた「神との対話」でも示されていることです。


癒しと成長の過程が進むために必要な援助者の態度は「共感的に理解しよう」という態度であって、来談者を「助けよう」とか「変えよう」とする態度ではありません。」(p.60)

もちろん、来談者は悩みがあるからカウンセラーを頼るのであり、カウンセラーは悩める来談者を助けたいからカウンセリングをします。しかし、実際のカウンセリングにおいては、その上下関係はないのです。助けようという気持ちがあると、上手く行かないと言います。まさに本質的ですが、面白いところです。


そのアシスタントは、生徒を傷つける結果になったことでしょう。そしてそうなった原因は、そのアシスタントの「人から頼られ必要とされたい。そうすることによって、自分が無価値だという不安から逃れたい」という、彼女自身のこころの傷に根ざした欲求だったのかもしれません。
 そのスクールカウンセラーのアシスタントのような、いかにもあたたかい・優しい態度が援助的・共感的な態度とはかぎりません。
」(p.95)

生徒の身体に触れたり、「大丈夫よ」とか「応援しているから頑張りなさい」というような声掛けを、しょっちゅうしていたアシスタントについてです。そのうち生徒たちはそのアシスタントに依存的になってつきまとうようになり、アシスタントは逃げるように学校を去ったのだそうです。

来談者から頼られることを心地よいと感じ、そこに依存してしまうことは危険です。ですから、まずはカウンセラー自身が自立していることが重要なのです。自分で自分を愛せるということですね。


援助者がすることは、来談者のいまのあり方を受けいれ、尊重し、共感的に理解し、その理解をできるだけ正確に来談者に伝えるよう努めることです。悪く評価されて援助者が不安になると、それをするゆとりがなくなります。」(p.129)

ここで言っているのも、援助者が、自分の援助が十分に評価されているかどうかを気にしないことが重要だ、ということです。自分の評価ではなく、来談者を受け入れることに心を砕くことです。それができるためにも、援助者がカウンセリングを受けることが必要だと、古宮さんは言います。


わたしたちが他人の「悪い」面を見て腹が立つのは、自分にも同じ面があり、しかもそれを自分では受けいれていないときだと思います。」(p.132)

誰かを見て「ここが悪い」と感じて腹が立つのは、そういう面が自分の中にあり、それを自分が受け入れていないからだと古宮さんは言います。つまり、現実は自分の鏡なのです。

ここでは、「カウンセラーを志望する人間が甘いことを言うな」と指摘したカウンセラー志望の女性に対して、古宮さん自身が腹を立てた例をあげています。古宮さんはその女性を裁き、見下したと言います。

それは取りも直さず、小宮さん自身が、「カウンセラーたる者は人の気持ちを理解的に受けいれなければならない」という価値観を持っており、それに合わない人を受け入れられなかったからです。

その女性が、他の人の価値観を受け入れずに腹を立てたのと同じことを、古宮さんがしていたことに気づかれたのですね。価値観の内容は違っていても、自分の価値観と違えば受け入れられらないという点で、同じことなのです。それだけ、自分の価値観が突き崩されるのが怖かったのでしょうね。


カウンセリング的な癒しの関係が提供することの一つは、きっとこの自己受容の過程だと思います。優秀なカウンセラーほど、何を話しても何を感じても、親身になって理解し受けいれてくれます。本当の気持ちや考えを正直に感じて、見て、表現して、それが理解され無条件に受けいれられる過程。それが解放と変化をもたらします。それが人生を変えます。そして自分一人では入ってゆけない自分自身のこころの領域にも、カウンセラーのような理解的な誰かと一緒なら入ってゆけるかもしれません。」(p.162)

古宮さんは、ここにカウンセリングの可能性を見出しておられるようです。要は自己受容なのですが、自分一人ではなかなかそれができない。それを、自己受容できるカウンセラーの共感的な態度と一緒に自分を見つめることで、自分も自己受容ができるようになる。それがカウンセリングというものなのでしょう。


カウンセリングの過程とは、カウンセラーが来談者より上位に位置して来談者を「治す」ものではなく、来談者のもつ自然な成長の過程が自由に進むように援助するものなのです。
 そして、こころの中の何が痛むのか、どの方向に進んでゆけば良いのか、どの問題が本当に大切なのか、そしてどの経験が心の奥深くに埋められているのか、すべて本当は来談者自身が知っているのです。
」(p.237)

古宮さんは、ロジャースの考え方に共感し、来談者を自由にさせるカウンセリング手法こそが役に立つと思われているようです。したがって、来談者とカウンセラーは、治す者と治される者という上下関係ではなく、共に進む者という考え方なのですね。

そしてさらに、上に立つわけではないので、何が来談者に最適かは、来談者が知っているという立場に立ちます。つまりこれは、完全な来談者への信頼なのです。何も心配せず、治そうとしなくても治る力は来談者自身が持っており、来談者が必要なタイミングで勝手に治るという信頼です。

このような見方は、「神との対話」にも書かれています。例は障害者ですが、魂そのものは完璧であり、あえてそういう障害を負うことで、何かに挑戦しようとしている勇敢な魂だと見るようにしなさいと、「神との対話」では言っています。おそらくロジャースや古宮さんの考え方も、そういうものだと思われます。


私は、カウンセリングというものは、心に傷を負った人が受ける治療だと思っていました。しかしこの本を読んで、それは間違いだと気づきました。

カウンセリングというのは、特殊なことではなく、人を導く人の在り方ではないかと感じたのです。つまり、先輩とか上司とか教師という人の上に立つ人は、すべてカウンセラー的な考え方を持つ必要があるように感じたのです。

さらに言えば、人間関係においては、いつもカウンセラー的な考え方を持つべきだとも思います。たとえば夫婦間がそうです。相手の自由を完璧に認め、共感的な態度で接する。相手の課題に土足で踏み込んだり、求められないアドバイスをするのではなく、相手のことを信頼して見守る。相手が自分を頼らずに自立できるように仕向ける。

こういう態度こそが、本当の愛だと思うのです。相手を自立させ、自分なしで生きられるようにする。そのために貢献する。そういう生き方がカウンセリングの目指すところであり、人として目指すところだと思います。

もちろん、そう思ったからと言って、すぐに実践しようとしても難しいと思います。ですからこの本でも、カウンセラーこそカウンセリングを受けるべきだと言っているのです。良い指導者に巡り会い、その指導によって自分を見つめ直し、自己受容を深めていくことが大事だと思います。

やさしいカウンセリング講義
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 23:57 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

だから、居場所が欲しかった。



あるFacebookページ(ここ)に、興味深いお知らせがありました。そこには、こう書かれていました。

バンコクのコールセンターで働く、元非正規労働者、元風俗嬢、夜逃げしてきた家族、男娼の子供を生んだシングルマザーなどを取り上げたノンフィクション作品だ。
発売開始直後からその衝撃的な内容が、タイ・バンコク在住者の間で大きな話題となっている。


作者はフィリピン在住のノンフィクションライター、水谷竹秀(みずたに・たけひで)さん。私が暮らすタイのこどでもあり、またコールセンターで働く友人も多かったことから興味を持ちました。そして、この本をプレゼントするという企画だったので、さっそく応募しました。そうしたら、みごとに当選して、本が手に入ったのです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

バンコクにあるコールセンターという職場には、日本社会のメインストリームから外れた、もう若くはない大人たちが集まっているということになる。バンコクへ渡った段階で「人生の落伍者」というレッテルを貼られてしまった人たちが、一つの戦場にまとまって存在しているということなのだろうか。
 だが同時に、青山が口にした「居心地」という言葉も気になった。
」(p.9)

プロローグで青山という女性の例を上げ、このように書いています。いわゆる「普通」に日本で生きられない日本人が集まってくる場所。そして、ここには自分の「居場所」があると感じる。それがコールセンターという職場。そういう事例を、これから示そうと言うのでしょう。


私が取材したオペレーターたちは消したい過去を抱えていることが多かった。たとえばそれは複雑な家庭環境であったり、幼い時に大人から性的嫌がらせを強要されたり、あるいは日本で風俗嬢として働いていたり、恋人の男性に殺されかけたり、同性愛者だったり、といったことだった。それがトラウマとなり、人間不信に陥る。心が屈折し、素直さは失われ、それが強いコンプレックスにつながる。だから自信がない。どこかネガティブなオーラを放っている。次々に出会うオペレーターたちからそんなつらい過去を打ち明けられると、それが彼らの、”最大公約数”ではないかという気がしてくるのだった。」(p.38)

もちろんすべてのオペレーターがそうではないことは確かでしょう。しかし水谷さんが出会ったオペレーターたちのほとんどが、そうだったと言うのです。


日本に居場所はなかったかもしれないが、なければないで海外という選択肢がある。他人からは「ただ単に逃げただけじゃないの?」と言われようが、重要なのは本人が生きていることを実感できるかどうかだ。幸せか否かは第三者が決めることではない。」(p.54 - 55)

夜はカオサンのクラブでDJをする吉川の話を聞いて、水谷さんはこう言います。たしかに日本の社会は閉塞感が強いですからね。「かくあらねばならない」が多いのです。

以前、日本にいたときは、私もこの「かくあらねば」を押しつける側の人間でした。そして他人がそれに従わないことにイライラしていました。しかし、タイで暮らすようになってから、タイは自由だと感じるようになりました。その逆に、日本の閉塞感に気づいたのです。そうなると、日本にいるよりタイの方が居心地が良いと感じるのです。


それでも若者たちは何かを求めてアジアを目指した。かつてそれは「自分探し」と謳(うた)われていたが、探し物が具体的な何かである必要はなかった。たとえ現実逃避でしかなかったとしても、アジアの人々や旅先で出会った日本人たちは、そんな弱い私を優しく包み込むように受け入れてくれた。そこには確かに「居場所」があった。日本と違う景色、違う食事、違う言葉を話す現地の人々との出会いを通じた非日常的体験。そこに意味や理由付けといった小難しい理屈は不要で、ただただ楽しかった。」(p.67)

水谷さんも若いころ、アジアを放浪したと言います。同じ何かを感じたから、オペレーターたちが「居場所」を求めて集まる理由もわかるのでしょうね。


ゴーゴーボーイなど夜遊びにハマる日本人女性の話は意外とよく耳にするという。
「ハマっている女性は本当にたくさんいるんです。でもなぜかタブー視されているんですよ。男性側からすれば俺たちはいいけど、彼女や奥さんにはこういう場所に行ってほしくないって思っているわけですよ。でも実際は行っている。そういう陰の部分を伝えたかった」
 平原編集長の情報でも、ゴーゴーボーイにハマる女性の大多数は、コールセンターで働いているという。
」(p.160)

かつて「アーチプラス」という女性向けのフリーペーパーで、「女の夜遊び バンコクの夜をとことん楽しむ!」という特集があったそうです。2012年9月の創刊号のこと。これまで、ゴーゴーバーやカラオケなど、男性向けの夜遊び情報を扱う情報誌は多かったものの、女性向けはこれが初めてだったとか。

スポンサーの抵抗で、ついにこの企画は続けられなくなったそうです。残念なことです。しかし、私も個人的に、ゴーゴーボーイに通う日本人女性の話は知っています。女性も本当は夜遊びをしたいと思っている人がいる。だったら男性と同じように、もっと自由にやってもいいんじゃないか。私はそう思います。


闇は誰にでもある。ところが日本社会で生きていると、常識や世間体、他人からの評価にがんじがらめにされ、ありのままの自分をさらけだすことができない。だが、遠く離れたここバンコクであれば、周りの目をそれほど気にすることのない解放感から、より自分に純粋に、そして素直になれる。日本で抑圧されていた何かが吹き出す瞬間もあるだろう。海外に来た途端、人が変わったように輝いてみえるのはそのせいかもしれない。」(p.219)

ハメを外しすぎてしまう方もおられますが、日本社会が閉塞的であるがために、海外ではより解放的になるのでしょうね。


タイだと普通に昼間でも男同士が手をつないで歩いている。それに対して誰も何も言わない。だから日本に比べたら暮らしやすいし、俺は公共の場でも当たり前に男同士手をつないで歩きたい。やっぱり日本は同性愛者に対する偏見が強いのかなと思いました。」(p.237)

これは、ゲイの高木のセリフです。私も日本にいる時は、同性愛者を嫌悪していました。批判はしないものの、自分の視界には入ってほしくない。そういう気持ちでした。しかし、タイに来たら慣れるんですね。だって、あちこちで目にするんですもの。

私は、障害者も同じだと思いました。障害者に対する偏見、あるいは同情的な見方も、あまり障害者を見ないからです。見慣れてしまえば、そういう違いの前に、同じ人間だという思いが先立ちます。そうならなければ、違いを受け入れられないだろうと思うのです。


自己を過小評価するあまり、自分のことを人に話しても、耳を傾けてもらえないだろうと言い出せなかったのか。自分は社会の中心から外れ、陽の当たらない片隅でひっそりと生きているという自覚と疎外感が透けて見える。」(p.243)

インタビューを受けたオペレーターの何人かが、「聞いてくれてありがとうございます」などと言い、話を聞いてもらえることを素直に喜んだと言います。これまではなかなか自分のことを言い出せなかったのだろうと、水谷さんは推測します。

自分に自信がない。だから海外でも日本語だけでよくて、しかも誰でもできる簡単な仕事のオペレーターを選ぶ。そういうことなのかもしれません。


自己の存在とはやはり、他者との関係性においてしか認識することができないのだろうか。
 他者に認められ、あるいは他者から自分を肯定される時、人間は自分の存在意義を実感することができる。
」(p.260)

たしかに、誰かから必要とされることで、自己肯定感を得ようとするのです。本当はそのやり方では上手く行かないのですが、そもそも自尊心がないために、他者の言動に依存したくなるのです。


我々外国人には見えにくい部分なのかもしれないが、「LGBTに寛容なタイ社会」という仮面の裏には、もう一つの現実が潜んでいるのだ。」(p.269)

よく目にするため、LGBT(性的マイノリティー)の人がいても何とも思わないように見えるタイ社会ですが、そうではない一面も持っています。学校の先生とか公務員にはなれないなど、差別的な一面もあったのです。


昔はただがむしゃらに女として認められたい、女になりたい、でもどっかでなれない、あなたは女じゃないっていう現実を突き付けられて苦しむことの繰り返しだった。でも今は自分は元男だし、完全に女にはなれないけど、それでも生きたいように生きているから苦しくはないんだと思えるようになりました」
 人は多くを求めず、ありのままの自分を受け入れることで、今以上に幸せになれるのかもしれないと、水野の話を聞きながら思った。
」(p.271)

ニューハーフの水野は、女になれなくてもなれない自分を、そのままに受け入れようとしているのですね。男でも女でもない。それでも自分は自分。それでいいのだ、という自己受容です。けっきょく、ありのままの自分を受容する以外に、幸せになる方法はないのだと思います。


だから、居場所が欲しかった。
 自分のことを認めてくれる環境を探し求めていた。
 他人に好かれ、嫌われないような人間でありたかった。
 本書に登場する人たちもおそらく、同じような思いを抱えて生きてきたのではないか。日本で居場所を見つけ出せず、バンコクで見つけて生きていこうと決めた。私がフィリピンに住むに至った経緯と大筋で変わらない。私が寄り添ってきたオペレーターたちは私にとっての隣人のような存在であり、思いどおりにならない現実を嘆く彼らの姿は私の心を映し出す鏡のようであった。
」(p.278)

水谷さんは、オペレーターたちの中に自分の姿を見ています。ですから、ぎすぎすした日本社会に順応するのを諦め、飛び出すのも悪くはないと言うのです。

今の日本は、いったい何を失っているのか? そして、彼らが「居場所」を感じるタイ・バンコクには何があるのか? それを水谷さんは、このように言っています。

「これもいいんだ」と思える心の余裕である。」(p.279)


バンコクの日本人社会には、駐在員を上に見て、現地採用を格下に見る差別意識があると水谷さんは言います。そして現地採用の中でも、オペレーターは別格なのだとか。だから、オペレーターであることを隠そうとする人もいるのだと。

起業した成功者でも、まるで自分の過去を消すかのように、オペレーターであったことを見せないようにしている人もいるそうです。つまり、それだけオペレーターという仕事、オペレーターという生き方を、自分で肯定していないということです。

それは、彼らたちの自己責任なのか? と水谷さんは問いかけます。たしかに、そういう面もあるかもしれないけど、彼らをありのままに受け入れてくれない日本社会という問題点もあるのではないかと言うのです。


私も今は無職なので、オペレーターになろうかと考えた時期もありました。ただ、給料が低いんですよね。日本でアルバイトを掛け持ちするのとどちらがいいのか、悩ましいところです。でもこの本を読むと、タイでオペレーターをやる方が、楽に生きられるのかもしれないと思いました。

そして、水谷さんが指摘するように、違いを受け入れない日本社会の閉塞感は、さまざまな問題を引き起こしていると思います。ただ問題があるということは、変わるチャンスがあるということだと思います。ですから私は、諦める気持ちはありません。この本は、そのチャンスを生かすための一歩になると思います。

だから、居場所が欲しかった。

水谷竹秀さんのサイン
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:54 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月28日

春風を斬る 小説・山岡鉄舟



神渡良平(かみわたり・りょうへい)さんの本を読みました。2000年9月に出版されたもので、もう中古でしか手に入らない小説です。小説でありながらPHP研究所から出版されているというのも珍しいです。それだけ、「生き方」を考える上で役に立つ本と言えるでしょう。

神渡さんには、「天翔ける日本武尊」という小説もあります。その登場人物の苦悩、悟りが、手に取るように伝わってくるので、まるでその人が目の前にいるかのように感じます。神渡さんが書かれた本を紹介する記事の一覧もありますので、参考にしてみてください。


なお、山岡鉄舟という人はご存知ですよね? 勝海舟、高橋泥舟と並んで、幕末の三舟と呼ばれた3人の中の1人です。江戸城無血開城に尽力した人物ですが、多くの人は西郷隆盛と勝海舟の間で決まったと思っているようです。実は私も昔はそう思っていました。でも本当は、西郷を訪ねた鉄舟が、事前にその条件を認めさせていたのです。

その西郷が鉄舟を評してこう言っています。
生命も要らず、名も要らず、官位も金も要らぬ人は始末に困るものです。」(p.248)
官軍の前線を突破して西郷に会いに行き、江戸総攻撃をやめるよう西郷を説得し、徳川家の存続を約束させました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

歴史小説とは、歴史上の人物が置かれた立場を追体験することによって、自分の魂を磨くためにあると思うようになった。」(p.472)

神渡さんは4年かけてこの小説を書かれています。その中で、ご自身の過去と向き合い、魂を磨くという体験をされてこられたのですね。そういうこともあって、この小説の中では鉄舟が悟りを開く様子が、ありありと描かれているのだと思います。


天は私に何かをさせるために、この危急存亡のときに、敢えて私を送り出しておられる。
 まだそれは何なのかわからない、わからないけれども、何かあることは確かだ。そう思えたとき、人は自分を信頼することができる。自分を信頼するということは、自分を守り導いておられる天を信じることだ
」(p.88)

貧しくて妻に十分に食べさせてやれず、我が子を失った苦悩から立ち直った時の鉄舟のセリフです。どういう理由かは定かでないとしても、天から送り出された自分の命であるという見方をしたのです。そうであるなら、必ず何か役目がある。そう信じることで、他人と比べて自分を嘆くことがなくなるのです。


後年、鉄太郎が料亭でも大変もてたのは、仲居であろうと酌婦であろうと、一人前の人格として付き合ったからである。」(p.101)

アドラーも、子どもに対して信頼し尊敬することを求めています。つまり、自分より下の者という見方をしないのです。

これは「神との対話」でも同様のことを言っています。相手の魂を見るという見方です。完璧な魂を見れば、上から目線にはなり得ません。


特に「宇宙と人間」という題名には、宇宙森羅万象の根源者の体現者としての人間という深い覚醒が表されているのではないか。鉄太郎は宇宙界を図示して、「日月星辰の諸世界」と「地世界」とに分け、さらに「地世界」を「諸外国」と「日本国」に分け、詳細を叙述している。」(p.121)

直参旗本のわずか22歳の鉄舟が、「宇宙と人間」という小論を書いているそうです。哲学的と言うか、その精神性の高さがわかります。


さあ、みんな、富士のお山のようになろう。世の中はどうであろうと、富士の山は泰然自若と構えて、いつもそこにある。毀誉褒貶に惑わされることがない人間になろう。それこそが明治国家がつくり上げたい人間像なんだ」(p.295)

明治維新後、政府から請われて静岡から茨城へ旅立つ時、朝日に照らされた富士山を見て言った鉄舟のセリフです。鉄舟は西郷とも親しい関係にあり、「敬天愛人」という生き方に感服していました。人を相手にせず、天のみを相手にする。他人からどう思われるかなどということを気にしなかったのです。

鉄舟が作った歌に、こういうのがあります。この歌にも、鉄舟の気持ちがよく表れています。

晴れてよし曇りてもよし不二の山
     元の姿は変はらざりけり
」(p.334)


帝王学という言葉がある。人は国家や企業を司る後継者たちに、人心の機微を読み、収攬(しゅうらん)する何か特別な方法があるかのように考えるが、そうではないのであって、すべては自分を修めることからしか始まらないのだ」(p.320)

若き明治天皇を元田永孚(ながざね)が漢学を講義した場面に、神渡さんが書かれた言葉です。元田は、「修己治人(しゅうこちじん)」という教えを説きます。己を修めてのち初めて、人を治めることができるという意味です。他人をどうこう動かそうとする前にまずは自分をしっかりさせなければ、他人はついてきません。

このことも「神との対話」に書かれています。他人を変えるのは難しいが、自分を変えれば他人はそれを見て影響を受けると。他人を悟らせたければ、自分が悟って見せればよいのです。とやかく言う必要はありません。


誘惑に負けて、人に迷惑を掛け、人生を駄目にしてしまう人もある。手酷い失敗をしたために、今度は心を入れ替えて、再起を図る人もある。人の失敗を他山の石として学び、自分の人生に活かす人もある。人それぞれです。時を経、さまざまな経験をして気付き、正されていく。私は天を信じます。天を信じるがゆえに、人間も信じます……。」(p.362)

征韓論に敗れて下野し、鹿児島に引っ込んだ西郷を、明治天皇の依頼で連れ戻しに来た鉄舟のセリフです。ここで鉄舟は、徳川幕府が薩長幕府に置き換わっただけだと嘆く西郷に対して、自分は楽観視していると語ったのです。

人間の物欲などの煩悩は、規制すべきものではなく、自発的に研鑽して自分を高めていくもの。だから、上手く行ったり、行かなかったりする状況や出来事は、自分を高めるために起こっているのだと。それをそのように利用できるかどうかは、それぞれの人に任されているのだと鉄舟は言うのです。


一個の料理が心眼を開く−−。
 一つのものに心魂を傾けるとき、そこから宇宙の真髄が見えてくる。物がわれわれを人にしてくれるといってもいい。だから人生というものほど味があるものはない。
」(p.394)

鉄舟から「二葉の料理に禅味を持ってみよ」という命題を与えられた忠七が、「禅味」の意図を探りながら工夫を重ね、独自の海苔飯を作った場面の鉄舟のセリフです。「忠七めし」と名づけられたこの料理は、今も埼玉県の小川町にある割烹旅館二葉で出されているようです。

一心不乱に料理に打ち込めば、その中に何かを悟ることができる。「一芸に秀でたものは多芸に通ず」と言いますが、そういうことなのでしょうね。


それからというもの、心が平明なとき、前後左右のことを踏まえて決断するようにしました。いったん仕事に手をつけたら、結果に執着することなく、やるべきことをやる。するとどの事業も成功し、お蔭様で今では商人と呼べるような部類に入ることができました」(p.398)

鉄舟の弟子の平沼のセリフです。武士になりたいと言っていた平沼を、鉄舟は実業家にさせたのです。それがみごとに成功して名を馳せる実業家になったので、鉄舟は商売のコツを尋ねました。その答えとして平沼は、最初は不安や強気などに翻弄されて失敗したと言います。その中で、執着から自由になることが重要だと悟ったのです。

その方法が、先ほどのセリフです。まずは心が穏やかな状態の時に、よく考えて決める。そして決めたなら、もう結果がどうなるかを考えずに、ただ目の前のことを黙々とやる。結果を手放すことが必要なのですね。


−−光の存在が三次元の世界に現れるとき、なにがしかの衣をまとわなければ、相対の世界に現れることはできない。その衣は種の存続のために、一方はオス、もう一方はメスという二相に分かれる。そして再び合体して、ダイナミックに新しい世代が身籠られる。無から有が生まれるとはこのことだ。すべてはいのちの存続と継承発展のために行われていることである!」(p.446)

鉄舟を悩ませた情欲に対して、48歳でついに解を得たときの鉄舟のセリフです。単なる色情については、30歳の頃に乗り越えた鉄舟ですが、男女という相対的意識観念が超えられなくて苦しんでいたのです。

これによって女性という見方から生命という見方に変わった鉄舟は、芸者や酌婦も安心して鉄舟の側に近づくようになり、モテるようになったなったそうです。


禅がわしに与えてくれたものは、わしは一人ではない、いつも天が見守り導いてくださっているという実感だ。その実感があるから、自分の行動に自信が持てるんだ。これは天の行動だと思うから、少しも怖気(おじけ)づかない。だから”自分を信じる”ことと、自分を地上に遣わされて”天を信じる”とは同じことだよ。」(p.453 - 454)

自分を信じるとは、宇宙の愛を信じるということです。もしそれを信じるなら、何に対しても怖がる必要はありません。不安に感じる必要もありません。「神との対話」で言うように「不安(恐れ)」の反対は「愛」です。不安がなければ愛に至るのです。


500ページもの長編小説ですが、一気に読んでしまいました。それだけ没入できるんです。これまで、山岡鉄舟という人のことはあまり知らなかったのですが、いかに素晴らしい人物であったかがよくわかりました。幕末から明治にかけて、非常に優秀な人がたくさん現れています。また1人、私の好きな人が増えました。

春風を斬る 小説・山岡鉄舟
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:31 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月24日

極楽飯店



久しぶりに雲黒斎さんの本を読みました。本名は黒澤一樹さんです。一時期、本名で活動されてましたが、また元の雲黒斎に戻されたようです。雲黒斎さんの本は、これまでに「あの世に聞いた、この世の仕組み」「降参のススメ」を紹介しています。本名で出された本は、「ラブ、安堵、ピース」でしたね。

今回の本は小説です。これもブログで発表されたもののようで、帯に「人気ブログランキング小説部門1位」とありました。死んで地獄に落ちた主人公が、悟りを得て守護霊として復活する。そんな内容になっています。そこには、雲黒斎さんの守護霊さん(雲さん)のことも出てきますよ。

この本は、今年(2017年)9月26日に、雲黒斎さんの「平日のお話会「月イチ☆」」に参加した時、その場で購入したものです。購入した本には、しっかりとサインをしていただきました。(写真は記事の最後にあります。)


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。と言ってもこれは小説ですから、引用は一部にとどめますね。

私の人生って、いったい何だったんでしょう。なぜ神は、これほどまでに私たちを苦しめるんでしょう。なぜ全知全能であるはずの創造主は、わざわざ罰せねばならぬ者や、それを可能にする世界を創り出したんでしょう。多くの宗教家が言うように、神が愛や平和そのものであるなら、最初から苦しみなど創らなければよかったのに」(p.62)

自殺して地獄に落ちた白井さんの嘆きです。この疑問に対する答えは、ずっと後ででてきます。しかし、こことのつながりが書かれていないため、読者はおそらく気づかないでしょうね。

「全てが思い通りの世界で求める最後の望み…。それって、もしかしたら『思い通りにならない』ってことじゃないっスか…」
 藪内の答えに、閻魔はパチパチと手を打って嬉しそうにはしゃいだ。
」(p.177)

「神との対話」を読んでいれば、ここに答えがあるとすぐにわかります。天国(本質的な世界)では何でも思い通りになる(全知全能)のですが、それだけだと面白くないんですね。たとえて言えば、何回投げても必ず300点満点が取れてしまうボーリングゲームのようなものです。最初の数回は楽しくても、すぐに飽きてしまうでしょう。


これまで君たちは大きな錯覚を抱え続けたまま生きてきた。それは、『分離』という名の錯覚。本当は一つの同じものなのにもかかわらず、『自分と自分以外がある』という誤った感覚を持ち続けていたんだ。たとえるなら、虹の中に見える鮮やかなグラデーションの一部を切り取り、赤、橙(だいだい)、黄、緑、青、藍、紫と名前を付けているようなものでね。」(p.194)

グラデーションですから、どこからどこまでが赤だなどという明確な区切りはありません。それなのに勝手に「この部分が赤」と決めているだけなのです。「私」という認識も、それと同じなのですね。

雲黒斎さんは他の本で、飲んだ水は私か、私でないか、という問いかけをしています。コップに入った水は私ではないと考えるでしょうけど、飲んだ水は、いつから私になるのでしょう? そこには明確な区別は存在しないのです。


最初から、個別の命などない。元からないのだから、それを消失できるはずもない。だからこそ、人間が思っているような死、つまり「命を失う」ということはありえないのだと閻魔は言う。」(p.200 - 201)

私たちの命は、どこから生まれるかと閻魔はみんなに問いました。母親の体内にいる胎児の時から、個としての命はあるように見えます。また、受精卵が着床する前から細胞分裂しているので、命はその前からあるように見えます。では、受精の瞬間でしょうか?

しかし、その前から卵子も精子も生きています。受精の前から命はあるのです。では、卵子はお母さんの命で、精子はお父さんの命なのでしょうか? 受精卵には、2人の命が宿っているのでしょうか?

このように考えると、個別の命などというものがないのだと理屈でわかると思います。それは錯覚なのです。


神を探し求めている当の本人が神自身だからね。自分自身が神であることに気づく以外、どこに神を求めても、決して見つかりはしないんだ。」(p.209)

モーセの十戒の最初に、答えが書かれていると言います。「あなたはわたしのほかに、何者をも神としてはならない」ここで言う「わたし」とは、のことなのです。そう思って読むと、この意味がわかります。英語で言えば「I(アイ)」です。「I」と言う者が神なのです。

このあと、偶像を崇拝するなという話が続きます。偶像とは、「わたし」ではないものです。私は「わたし」のみの頼りにすべきなのです。


時には、「笑うしかない」といった言葉が表すように、いま目の前にある八方塞がりの状況に対しての完全降伏を意味することもあろう。しかしその降伏は、決して「負け」を意味するものではない。白井のボキャブラリーを借りるなら、笑い声はそのまま「神の思し召すままに」といった宣言となり得るということだ。」(p.222)

「状況(いま)を受け入れる」という態度が重要だと言います。笑いとは、思考と恐れを手放したところにあるもの。現実を創造する主導権を「分離した自己(自我、エゴ)」から「本来の自己(源、ソース)」へ渡すことが、笑いなのです。

腹から笑っている時は無防備で、安心しています。完全に信頼し、結果を手放しています。ですから、「笑う門には福来る」と言うのですね。


小説としてもとても楽しいですし、そのやり取りの中で深い気付きが得られます。最初は死後の世界がこういう感じだと言いたいのかなと思ったのですが、そうではありませんね。これは、死後の世界というシチュエーションを利用して、現世のことを語っているのだと思いました。

極楽飯店

黒澤一樹さんのサイン
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 10:47 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月23日

はやく六十歳になりなさい



西田文郎(にしだ・ふみお)さんの本を読みました。西田さんの本は、これまでにも「ツバメの法則」「驚きの最強思考「赤ちゃん脳」」を紹介しています。イメージトレーニングのパイオニアで、オリンピック選手の指導などもされています。

考え方次第でどうにでもなると説く西田さんの考えは、とてもわかりやすく、また共感できます。今回は、誰もが忌み嫌う「老い」をテーマにして、むしろ老いが素晴らしいんだという視点を見せてくれます。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

脳はイメージを実現するために全力で働き、全身はその指示によって動きます。
 つまり、脳が何をイメージするかによって、人間の行動が変わってきます。この脳の機能を利用して行っているのが、トップアスリートのイメージトレーニングです。
」(p.27)

つまり、私たちが「老い」とか「六十代」に対してどんなイメージを持っているか、それが重要だと言われるのですね。「パッとしない」とか「しょぼくれてる」「もう終わりだ」なんてイメージを持っていませんか? どうせ持つのなら、「まだ若い」「モテモテ」などの明るいイメージを持った方が得だというものです。


六十歳を過ぎたら、ほとんど怖いものはなくなります。
(中略)
 怖いものがないとは、いくらでも自由に大胆になれるということです。
 若いときは妻や子といった守るべきものがありました。また、大事にしなければならない、遠い未来もありました。取り返しのつかない失敗をすることで、その未来を台無しにしてしまうことも怖かったはずです。
」(p.76 - 77)

六十代ともなると、守るべき家族というのもほとんどありません。それぞれが自立しているでしょうから。(自立していなかったら、すぐにでも自立させることです。)また、もうそんなに遠い未来もないので、思い切ったことができます。どうせ後はたかが知れてますから。だから自由に、やりたいことがやれると言うのです。


三浦さんに、もし特別なものがあるとしたら、五〇〇メートルの裏山級の山にも登れなかった六十代が、「エベレストに登ろう。五年後、七十歳で登ろう」と、常識人ならとても思わないようなことを、平気で思えてしまったというそのことだけです。」(p.90)

冒険家の三浦雄一郎さんの話です。53歳で7大大陸の最高峰全峰から滑降を成し遂げて、バーン・アウトしてしまったそうです。その後は164cmの身長なのに体重が90kgまで増え、198もの高血圧、糖尿病や高脂血症などの生活習慣病に侵され、7回の大手術の後に余命3年と告げられたのです。

しかし、そこからが普通の老人ではありませんでした。思い立ったのは何と65歳。エベレスト登頂の目標を立て、毎日少しずつ鍛錬し、ついにエベレストの最高齢登頂を成し遂げたのです。

西田さんは、そんな三浦さんを他の人と大して違いはないと言います。違いがあるとすれば、「できる」と考えたことだと。では、三浦さんは、どうしてそんな無謀なことができると考えたのでしょうか?

その原動力となったのが、本人の言葉によれば「自分自身も周りも、三浦雄一郎はもう終わったものと思っていた。けれどそんなところから復活できたら、ひょっとして面白いんじゃないか」という思いだったのです。」(p.92)

遊び心と言いますが、何か楽しそうだと思ったことを否定しないことが重要なのですね。結果に執着して失敗を恐れていると、この「ワクワク感」に生きることができません。ともかく「できる」と思ってやってみることが重要なのです。


これまでの人生はすべて練習であり、ウォーミングアップである。
 これからがスタートだ!
」(p.96)

この言葉は、脳を良い状態にして力を発揮するための、最も効果的な自己暗示だと西田さんは言います。実際、これまでの経験は無駄にはなりません。常に今、この時がスタートです。これまでの経験を武器にして、より高いレベルで本番に臨めるのです。


経験知も経験値もピークにあり、お金や人脈だっておそらくこれまでで一番豊富でしょう。若いときに比べれば体力こそ低下しますが、まだまだ健康であり、脳科学のさまざまな実験が示すように、脳の機能はさらに成長しようとしています。
 そういう最高のコンディションであなたは、「競争」や「成功」「優越」「優位」といった社会的な価値から解放され、本当に自分のやりたいことを追求できるのです。
 これまでの六十年は、すべて六十代からを充実させるためにあったのではないか。そんなふうにさえ思えるほどです。いや、間違いなく六十代からが人生の黄金期であり、それまでの努力や苦労がもたらした実りを収穫するときです。
」(p.206 - 207)

会社勤めをしている時は、否応なく競争の世界で生きなければならなかったかもしれません。それは幼い子どもがいて、家のローンがあって、家族の生活を守らなければならなかったからです。しかし、その努力によって、充実した60代を迎えられるのだと西田さんは言います。

だからこそ、この充実した60代を、自由に自分らしく生きるべきだと言うのです。何かを得るためでも、何かを守るためでもなく、ただ自分らしく生きる。何かをしてあげて感謝を求めるのではなく、ただそうすることが楽しいからそうする、というような生き方です。


この本は、否定的に捉えられがちな「老い」を、無理に肯定的に捉えようという内容ではありません。人として、より本質的に生きることが最高の生き方であり、それをするのに、60代は最適だという西田さんの考え方なのです。

したがって、何も60代まで待つ必要もないし、70代、80代であってもできることだと思います。結果に執着するのではなく、ただそうするのが面白いから、楽しいから、自分らしいからという理由でやる。そういう生き方に憧れるなら、常に「今」がスタートの時なのだと思いました。

はやく六十歳になりなさい
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:13 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月22日

タイ・バンコクで3ヶ月ビザを受け取りました

タイの長期ビザを自力で取得しようとしていますが、その一連の報告の3回目です。

1回目は、結婚ビザを取得しようとして失敗しました。
「タイ・バンコクで結婚ビザを自力で取得する(失敗編)」
それでリタイヤメントビザに変更して、再度申請しました。
「タイ・バンコクでリタイヤメントビザを自力で取得する」
申請が認められ、約2週間の審査期間を経て、3ヶ月ビザを受け取ることになったのです。

今回は、ノンイミグラントO(オー)の3ヶ月ビザを受け取りに、またチェーンワッタナーのイミグレーションへ行きました。イミグレーションへの行き方は、結婚ビザの件を書いた記事をご覧ください。


●入場整理券を受け取る

なるべく早めに済ませようと思い、8時半くらいにイミグレーションに到着しました。入口付近は大勢の人でごった返しています。しかし、以前に見たような長蛇の列がありません。おかしいなと思って近寄ってみると、入場整理番号のようなものを配ったようで、その番号順に入室させていました。

「もう8時半を過ぎているし、整理券は配っていないんだろうな。まあそのうち、みんな入れるようになるさ。」そう高をくくってみたものの、みんなが整理券を持っているので、ちょっと心配になりました。それで入口近くまで行ってみると、その横で係官が整理券を発行していました。さっそく私もいただきました。

入場整理券

283番でした。私の前にもう280人もの人がいるのかと思うと、なんだか気が遠くなりそうです。最初に見たとき、すでに100〜120番の人を入場させていました。整理券をもらった後は、160番くらい。しばらく待っていると、180〜200番となり、その後はもう自由に入れということになったので、押し合いへし合いしながら私も入りました。


●待ち行列番号の札をもらう

3つある待ち行列番号を発券するカウンターの真ん中に並び、5〜10分ほどで順番が回ってきました。前回もらった領収書とパスポートを見せ、ビザを受け取りに来たと告げました。タイ語で「ラップ・ビザー」と言っただけですけどね。

領収書を見た係官が、すぐにわかったようで発券してくれました。しかし、そこにはC1のカウンターが書かれていました。「C2」じゃないの? また新たな疑問発生です。

待ち行列番号の札


●3ヶ月ビザを受け取る

C1のカウンターの前で待つこと約20分。やっと順番が回ってきました。また前と同じ担当官のブースでした。3つブースがあるにも関わらず、3回連続でその担当官というのも、何かの縁ですかね。

担当官に挨拶し、領収書とパスポートを見せ、ビザを受け取りに来たと伝えます。すると、それを受け取るなり、すぐに隣のテーブルの研修中の学生にそれを渡し、私には外で待つようにと言いました。

「え〜!それだけなのー!?」この日は5番でしたからすぐに順番が来ましたけど、前回のような感じだと1時間以上待たないといけないのです。ただ渡すだけなのに1時間以上も待たせる今の仕組みってどうよ。それなら、整理券と一緒に受付箱か何かに入れるようにすればいいじゃないですか。申請の受付けとビザの受取りが同じカウンターというのは、ちょっと驚きました。


どうやら、その研修中の学生が、受け取りに来た人のパスポートを預かり、申請資料を引っ張り出してきて、奥の担当官に渡すようです。奥の担当官はそれらをチェックして、ビザのスタンプを押して、日付や番号などを書き入れます。

待つこと約20分、研修中の学生がパスポートを持って、受け取る人を探しに来ます。名前を読み上げるのはまだしも、顔写真ページをみんなに見せるのはやめてよね。そう思いましたが、まあここはタイですから。何でもありです。

3ヶ月のノンイミグラントOビザ

こうして無事に、3ヶ月のノンイミグラントO(オー)ビザを受け取りました。見ると、期限は来年1月末になっていました。申請した日から3ヶ月間なのですね。この2週間は、ノービザでの滞在だったはずですが、ビザの申請が通ったときから、ノンイミグラントビザでの滞在になるようです。ですから、もしこの2週間の間に出国する時は、リエントリーパーミット(再入国許可)を取るようにと言われたのです。


したがって、11月3日の申請した日から60日を経過すると、1年のリタイヤメントビザの申請が可能になります。これもおそらく申請日から1年間ですから、なるべくギリギリに行った方が良さそうです。なので、来年1月の20日以降くらいの都合が良い日に、リタイヤメントビザの申請をしたいと思います。

ビザのページに、出国時はリエントリーパーミットを取るよう書かれています。受け取ったあとでリエントリーの申請もしようかと思いました。1月初旬に東京へ行くことが決まっているので。でも、まだ空港でリエントリーを取ったことがなかったので、今度はそれに挑戦してみようと思います。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:13 | Comment(0) | └ タイのお役立ち情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

君たちはどう生きるか



この前、「読書のすすめ」さんへ行ったとき、どうにも気になって買った本です。帯に「日本を代表する歴史的名著」とあり、「マンガ版と同時発売!」と書いてありました。そのマンガ版はなかったのですが、本の表紙は、おそらくそのマンガ版の主人公の絵なのでしょう。

1937年発行ですから戦前です。そんな古い小説だとすれば、文章も読みづらいのではないかと思います。それなのに、主人公の名前がコペル君という、なんともモダンな名前。(笑) そういうこともあって、とても気になったのです。

作者は吉野源三郎氏。児童文学者であるとともに編集者。岩波書店の雑誌「世界」の初代編集長です。治安維持法違反で逮捕投獄された経歴もあり、左がかった人だという印象を受けました。それなのに「読書のすすめ」に置いてあるのですから、これは何かあるに違いありません。気になって読んだ結果は、・・・思った通りでした。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。主人公はコペル君という15歳の少年。その少年のおじさんなどの影響を受けながら成長していきます。おじさんはコペル君のために1冊のノートを用意します。そこへ、コペル君への教えを書き記しているのです。

だから、君もこれから、だんだんにそういう書物を読み、立派な人々の思想を学んでゆかなければいけないんだが、しかし、それにしても最後の鍵は、−−コペル君、やっぱり君なのだ。君自身のほかにはないのだ。君自身が生きてみて、そこで感じたさまざまな思いをもとにして、はじめて、そういう偉い人たちの言葉の真実も理解することができるのだ。数学や科学を学ぶように、ただ書物を読んで、それだけで知るというわけには、決していかない。
 だから、こういうことについてまず肝心なことは、いつでも自分が本当に感じたことや、真実心を動かされたことから出発して、その意味を考えてゆくことだと思う。君が何かしみじみと感じたり、心の底から思ったりしたことを、少しもゴマ化してはいけない。そうして、どういう場合に、どういう事について、どんな感じを受けたか、それをよく考えてみるのだ。
 そうすると、ある時、ある所で、君がある感動を受けたという、くりかえすことのないただ一度の経験の中に、その時だけにとどまらない意味のあることがわかってくる。それが、本当の君の思想というものだ。
」(p.60 - 61)

肝心なことは、世間の目よりも何よりも、君自身がまず、人間の立派さがどこにあるか、それを本当に君の魂で知ることだ。」(p.63)

おじさんがノートに記した内容です。おじさんはコペル君に、書物で学ぶことの大切さを伝えながら、一方で、もっと重要なのは体験だと言います。体験して、自分の心で感じること。魂で知ることが重要だと言うのです。

これはある意味で驚きです。スピリチュアルな考え方などなかった時代に、すでに魂の重要性が説かれているのですね。しかも、世間の常識などというような、本に書かれた他の人の意見にしたがっているだけではダメだと言っています。実に先進的な考え方だと思います。


だけど人間は、英雄的精神に燃えれば、そのこわさを忘れてしまえるんだわ。どんな苦しいことでも乗り越えてゆく勇気がわいて、惜しい命さえ惜しくなくなってしまうんだわ。あたし、それが第一すばらしいことだと思うの。人間が人間以上になることだもの−−」(p.164)

これは、コペル君の友人の水谷君のお姉さん、かつ子さんのセリフです。正月休みに集まったコペル君たちを前に、ナポレオンの話をしたのです。ナポレオンがロシアに攻め入ったとき、ロシアのコサック兵が、何度も何度も新手を送って責めてきたとき、その勇猛果敢さに見とれて、ナポレオンは危険な地域から離れられなかったというんですね。

自分の命以上に大事なものがある。それをナポレオンはわかっていたのでしょう。彼にとっては、戦闘における「美しさ」こそが、何よりも勝っていたのかもしれません。


人間は、自分をあわれなものだと認めることによってその偉大さがあらわれるほど、それほど偉大である。樹木は、自分をあわれだとは認めない。
 なるほど、『自分を哀れだと認めることが、とりもなおさず、あわれであるということだ』というのは真理だが、しかしまた、ひとが自分自身をあわれだと認める場合、それがすなわち偉大であるということだというのも、同時に真理である。
 だから、こういう人間のあわれさは、すべての人間の偉大さを証明するものである。
 ……それは、王位を奪われた国王のあわれさである。
」(p.265)

自分を「あわれだ」と感じるのは、人間だけです。人間は自分を「あわれだ」と感じて自己卑下し、自己嫌悪し、罪悪感を抱いたりします。しかし、そんなことをするのは人間だけだ、ということに着目すると、「あわれだ」と感じることが「偉大だ」とも言えるわけです。

自分を「あわれだ」と感じるということは、自己批判ができる、それだけ客観的に自分を見ようという気持ちがある、ということですから。本来は、「自分」というものの中にあるはずの自分が「自分」を客観的に見て批判し、「自分」を正そうとするって、論理的にはおかしなことなんですよね。

と言うことは、自分を責めずにはおれない恥ずかしい行為をしてしまったなら、その経験自体が素晴らしいとも言えるのです。かつて王位にあったからこそ、王位を追われる恥ずかしさがわかります。これまで王位についたことがなければ、その恥ずかしさはわかりません。したがって、王位につくことのすばらしさもわかっていないのです。


人生は、必ずしも順風満帆ではありません。上手く行かないこと、傷つくことなど、いろいろあります。そんな人生を丸ごと肯定し、だからどうなっていかなければいけないと、方向を示してくれる小説になっています。

しかも、児童文学作者らしく、15歳程度の子どもなら、十分に理解できる内容になっているのが素晴らしい。本当に、80年くらい前の小説とは思えないほど、現代に蘇らせたい小説ですね。なお、文体や言葉遣いなどは、現代語に一部書き換えられているそうです。

君たちはどう生きるか
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:29 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月19日

手をつなげば、あたたかい。



かっこちゃんこと山元加津子さんの本を読みました。前回、「違うってことはもっと仲良くなれること」「約束 般若心経は「愛の詩」」を紹介しましたが、この本も同じ時期に「読書のすすめ」さんで購入したものです。

かっこちゃんの本を読むと、そのピュアな心に触れてホッとします。そしてそれだけではなく、とても深遠な世界を垣間見せてくれるのです。今回のは特に、これはスピリチュアル系の本かと思うような内容でした。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

私は特別な宗教を信仰しているわけではありません。
 けれど、神様か仏様か、何か目に見えない大きな力があって、私たちが、すべて、一番いいようにつくってくださっているということ、だからこそ、宇宙の何もかも全部うまくいくようにできているのに違いないと、あの日、自分の中で確信したのだと思います。
 一つの物がそれだけであるのではなくて、何もかもが関わり合って、支え合って、しっかりとつながり合って、まるで一つの命のようにうまくできている。そして、私もその一部なのだということを、子どもだったので、しっかり言葉にすることはできなかったかもしれないけれど、感じたのだと思います。
」(p.8 - 9)

かっこちゃんが子どものころ、そういう体験があったのですね。大人になったかっこちゃんは、障害者の子どもたちなどと接する中で、この子どものころの体験を、追体験しているかのようです。それが、この本を読むとわかってきます。


象が未消化でウンチをしてやがて森をつくるということ、ウンチがアリ塚に変わること、みんなが食べ分けを行っていること、どの一つだって、誰かが設計図を書かなければありえないことのように、私には思えてきたのでした。」(p.26)

かっこちゃんがサバンナで体験したことです。自然界は共存共栄しています。それは偶然とは言えないと、かっこちゃんは言うのです。

「はじめにことばがあった」つまり、最初の一点には、この宇宙がどんなふうにできていくかという設計図があったのだ。そして、その設計図には、全体としても個としても、何もかもがすべてうまくいくように、私たちの周りで起きることも何もかもが、うまくいくように書かれてあるのだと思いました。」(p.33)

新約聖書に「はじめに ことばがあった」と書かれていたのだそうです。「ことば」は「ロゴス」と書かれているものもあります。その意味を調べている中で、これを「設計図」と読み替えるとぴったりくると感じたようです。


私、決めていることがあるの。
この目が物を映さなくなったら目に、
そして、この足が動かなくなったら足に、
「ありがとう」って言おうと決めているの。
」(p.134)

かっこちゃんの本によく登場する雪絵ちゃんの「ありがとう」という詩の冒頭の言葉です。雪絵ちゃんはMSという難病にかかっていて、発作が起きる都度、機能が損なわれていくのです。それでも雪絵ちゃんは、MSになってよかったと言います。MSの自分が好きだとも。そんな雪絵ちゃんにまつわるエピソードです。

そこで私は思ったのです。
 今、私たちが明日へ向かって元気に歩いていくことができるのは、過去に病気や障害を持って、そのために苦しみながらも生きていてくれた人がいるおかげなのだと。
」(p.137)

マラリアに感染しても、死ぬ人と死なない人がいます。その研究から、鎌状赤血球が関係しているとわかったそうです。調査すると、鎌状赤血球を持っていて重い障害がある人が4分の1、鎌状赤血球を持っていて症状がない人が4分の2、鎌状赤血球を持たない人が4分の1。

マラリアにかかったとき、鎌状赤血球を持たない人は亡くなります。しかし、鎌状赤血球を持ちながら症状のない4分の2の人は生き残ります。だから、村は全滅せずに済むのです。しかしそのためには、どうしても重い症状のある4分の1の鎌状赤血球を持つ人が必要なのです。その人がその障害を引き受けてくれたから、全滅を逃れられているということになります。

この話は、前に紹介した「1/4の奇跡」という本にも書かれています。同名の映画やこの本も、実は雪絵ちゃんの「このことをかっこちゃんが世界の人に知らしめて」という遺言から始まったのです。


人と人とが交わると、
人はいろんな大切なことに気づくことができて、
変われるのだなあと思うのです。

それが、人がいろいろに生まれる理由なのかな?
それが出会っていくことの意味なのかな?

誰かと出会ったとき、
長い時の流れの中、広い宇宙の中、
お互いが必要だから神様が出会わせてくださるのだなと
私はいつも思うのです。
」(p.143)

いろいろな人がいて、それが絶妙なタイミングで出会っていく。それは自分が変わるための神の図らいではないかと、かっこちゃんは言います。


つまり、私の中にも、誰の中にも、宇宙に存在するすべてのデータが入っているということになります。
 手は、手の部分をONにするスイッチのようなものがあって、そこがONになって細胞が手になるのと同じように、私が存在している(再生されている)のは、宇宙全体の中で、私の部分がONになっているからじゃないかなあと、いつもぼんやり考えています。
」(p.146)

動植物の細胞は、最初は1個です。それが分裂して私たちが目にする形になります。どうしてそうなるのか? それは、手の細胞は、細胞の中のDNAの手の部分がONになることで、手の形になるのだと言います。それと同じように、宇宙には無数のドットがあって、その1つのドットにはすべてのものの設計図が含まれていると言うのです。そのどこがONになるかによって、自分になったり、他の誰かになったり、花になったりするのだと。

スピリチュアル系でも、同様のことを言っています。個の中に全体があるのだと。ですから、たまたま私は「私」として再生されているだけで、スイッチが変われば「あなた」にもなるというわけです。


誰かを責めようとしたら、誰かの責任だと思うから前向きになれないけれど、「これはいつかの良い日のためにあるんだ」とか、「神様の計画の一つなんだな」と思ったら、自分に今できることをしようと思えるようになりました。」(p.173)

かっこちゃんでも、他の車に割り込みされるなどで、つい責めたくなることがあるそうです。しかし、そういうふうに思うと、「心がぎゅーって痛くなって苦しくなる」と言います。だから、上記のように考えて、誰かを責めないようにしているそうです。


ユダはもしかしたら、生まれる前に神様に「イエスを裏切る役をしてほしい。これからいっぱいつらい目にあわせてしまうけれど、そうしてほしい」と望まれて、ユダも、「わかりました。そうしましょう」と自分でユダになることを選んだのかもしれません。」(p.191)

これは斬新な発想ですね。しかし、言われてみると、そうに違いないと思えます。だって、すべて自分で選んで生まれてくるのですし、起こることはすべて必然なのですから。

つまり、どんな自分であろうとも、大きな宇宙が、その姿かたち、そして、この状況においてくれたといういことには、きっときっと大きな意味があるはず。
 私が私であることが、一番いいことだったから、私は今の私に生まれたんだと思うのです。そして、それは、「自分のことを好きでいていいんだよ」ということなんだと思います。
」(p.195)

ユダでさえそうなのです。どんな人にも、そうである必然性があるから、そのように生まれてきた。だからどんな自分であっても、あるがままの自分を好きになっていいのです。


私はこの世界の最初の一点に愛をこめてつくられた神様は、「必要なものを必要な形に、お互いが関わり合いながら、全体として一つになって生きていけるように世界をつくったのだから、すべて思い煩(わずら)わなくてもいいんだよ。大丈夫だよ」と知ってほしいと思われたのだと思いました。
 苦しみも悲しみも大丈夫だし、相手は自分の一部でもあるのだし、自分も相手の一部でもあるのだから、恨む必要もない。みんなで、愛でいっぱいの宇宙につながりながら生きていくんですよと、神様が伝えてほしいと思っておられるんだなと思いました。
」(p.219)

イエスや仏陀がこの世に現れたのは、神の愛だとかっこちゃんは言います。ですから、何があってもいつかのいい日のためにあるのだからと思って、安心していればいいのですね。

本当は、誰でも今が幸せなのだと、私には思えてなりません。
 花も蝶も、風が吹けば風に吹かれ、お日様が照ればお日様に照らされ、雨が降れば雨に打たれる毎日を送っています。あるときは、命を落とすこともあるかもしれません。けれど、本当は何も心配いらないのだなあと思います。
 生きることも亡くなることも、みんな神様の手のひらの上。
 本当はその手のひらの上で、誰もが幸せなんだと、今、そう思っています。
」(p.221)


私がこれまで様々な本から学んできた中で、究極の教えは何かと問われれば、それは「安心していること」だと思っています。かっこちゃんも、そういう考えを持たれているようですね。何が起ころうとも大丈夫。間違ったことにはならない。だから安心して、幸せでいればいいのだと。

かっこちゃんのことを、何かを持っている人だと思っていました。しかし、ここまで本質に迫る内容を聞かされるとは思っていませんでした。やはり、通じる人は通じるのですね。

手をつなげば、あたたかい。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 10:08 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●コメントを書く前に、こちらのコメント掲載の指針をお読みください。

ランキングに登録しています。面白かったらボタンをポチッと押してね。
↓↓↓↓
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ

スポンサーリンク