2026年01月10日

いただきます。

いただきます。人生が変わる「守衛室の師匠」の教え [ 喜多川泰 ] - 楽天ブックス
いただきます。人生が変わる「守衛室の師匠」の教え [ 喜多川泰 ] - 楽天ブックス

私は喜多川泰(きたがわ・やすし)さんの小説をすべて読んでいるのですが、昨年(2025年)、いつの間にか新しい小説が発行されていたことを知って、あわてて買って読んだ本になります。
これは2025年2月にaudibleというもので発表された小説で、書籍になったのは2025年8月です。最近は、いろいろな発表形態があるのですね。

サブタイトルに、「人生が変わる「守衛室の師匠」の教え」とあります。実は私、今は施設警備、つまり守衛として働いています。小説にある大学の守衛ではありませんが、なんだか運命を感じるなぁと思ったポイントでもあります。


では、例によって一部を引用しながら、本の内容を紹介したいと思います。ただし、これもいつも言うことですが、これは小説ですので、なるべくネタバレにならないよう配慮しながら、引用して紹介したいと思います。

守衛の仕事なんて、決められた時間そこにいて、入ってくる車の履歴をとるくらいだと思っていた。それ以上でもそれ以下でもない。それをやる人が必要だから雇われて、そこに八時間いれば一万二千円がもらえる。それ以外のことを考えたこともなかった。
「素晴らしい仕事? こいつら、いや学生たちが安心して学生生活を送れるようにする? 本気でそんなこと考えてんの、この人」
」(p.42)

主人公の名は翔馬。高卒でバイトをしているが、楽で稼げる仕事がいいと思っていました。それが大学の警備員として働くことになった時、松原という高齢の同僚から、この仕事は素晴らしい仕事だと言われて、びっくりしている場面です。
私も今、施設警備の仕事をしているので、私自身はどう考えているんだろう、と自分のことを振り返りました。松原ほど生き甲斐を感じて仕事をしているわけではありません。しかし、かと言って翔馬ほど、できるだけサボって楽をしようと思っているわけでもありません。その間くらいでしょうか。


目の前の鯛の刺身を凝視した。
 腹が減るから食べる。翔馬にはそれくらいの感情しかなかったが、確かに魚の方から考えてみると、自分と同じように一つしかない命を奪われるわけだ。納得できるはずもない。
 ただ、どうせ食われるなら自分じゃなく、たとえばもっと世の中の役に立つとか、立派なとか、そういう奴の命を維持するために食われたいかもしれない。
」(p.169)

たしかに、そういう視点もあるなぁと思いました。魚でも動物の肉でも食べる時、相手がどう思っているか?
「お前なんかに食われるとはツイてないなぁ」とか、「おい、オレを食え! でもその代わり、オレの分も頑張って生きろ!」とか。どう思うのでしょうね。


自分が「いただきます」というとき、それは確かに作った人の命を一部とはいえ、いただいているのだ。」(p.188)

人の一生を時間で切って考えてみると、誰かが作ったものを食べるとは、その人が人生の一部を使って作ったものを食べることになります。つまりそれは、その作ってくれた人の人生の一部、命の一部をいただくことになりますね。


その人たちも、私の命を受け取っていることに気づいたんです。だから私は、それからできるだけ、自分の時間を誰かの笑顔や学びといった役に立つことに使うようにしてきました。
 そうすることで、受け取った人は気づかなくても、私の命は誰かの中に生き続けることになるからです。
 でも目的は、それじゃありません。
 私の命は、私の妻の命をもらってできているわけです。だから私がそうやって自分の命を誰かのために使うことで、私の妻の命もまた、誰かの中で生き続けることになる。
」(p.193)

誰かが喜ぶような仕事や誰かの役に立つような仕事をすることは、自分の命をその誰かのために捧げることになります。そしてそれだけではなく、自分がいただいた命を、また別の誰かに託すことにもなる。そう考えることもできますね。

まぁ、私がやっている「幸せ実践塾」の活動も、こういうことかなぁと思います。誰かの幸せの役に立ててもらえたらいい。そうすれば、私の命や、私を支えてくれた命を、他の人の命に注ぎ込むことになる。そうやって、命がつながっていくといいなぁと思います。


−−「おう、わかってるよ。あいつが俺の命をやった奴だって、向こうで自慢できる男になってやる。約束だ」
 魚にそう応えていた。
「いただきます」
 というのは感謝ではなく、「そうなるぜ」という覚悟だ。
」(p.196-197)

こういう視点はなかったなぁ。食事を作ってくれた人や、その食材に対する感謝の言葉という視点はありましたが、いただいた命にふさわしい人間になるという覚悟を新たにする言葉だとは考えたことがありませんでした。
でも、いただく命の大きさや尊さを考えすぎてしまうと、卑屈になって、いただくことが申し訳ないことと感じて、食事を楽しめなくなってしまうかもしれません。だからこそ、今はまだダメな人間だとしても、これからもっと大きくなると決意する方がいいと思います。


師匠はね、『自分の努力ではないのに手に入っている恩恵の陰には、必ず誰かの命懸けの努力がある』って教えてくれたの。
 他にもそういう仕事はたくさんあって、結局私たちが気づかないだけで、今の時代、食べるものだけじゃなく、着てるものとか、ちょっとした道具一つとっても、世界中のたくさんの人が関わって、ようやくできているものばかりなんだよね。
 師匠は、働くというのはそのつながりの中に自分も入るといいうことなんだって教えてくれた。たった一つでいいから、自分にできることで誰かの役に立つことがあれば、そのつながりの中に入れてもらえる。
」(p.235)

スマホを作るには、アフリカで採れる希少金属が必要であり、そこでは子どもが危険な状況の中で働かされているという話を聞いたことがあります。誰もが持っていて、それがなくては生きていけないと思えるスマホ1つでも、世界中の人が関わっていて、中には危険を顧みずに働いている人もいます。
自動車や飛行機もそうですね。運行中の事故の危険もありますが、今のような安全な機能を備えるまでには、多くの命の危険な取り組みがあったはずです。そういった過去からのたくさんの命や思いを結集した物やサービスの中で、私たちは便利に快適に生きることができているのですね。


「どんなことでもいいから、今やっていることを誰もやらないところまでやるって」
 翔馬は一瞬固まった。
「それは……」
「最初からその人にしかできない何かを要求される仕事なんてどこにもない。ところが、誰でもできる仕事が一番、誰がやるかによって差が生まれる。
 構内を一周回ってきて落ちている空き缶や吸い殻を拾って集める。誰でもできることだ。だけど、誰がやるかによってその程度が違う」
」(p.253-254)

何をやるかではなく、どうやるかが重要だということですね。
私も施設警備をしていて、入場者に記帳してもらったりしていますが、一人ひとりに元気で明るい声で、そして笑顔で挨拶することを心がけています。その時が一期一会だと思って、その瞬間で少しでも相手に喜びと幸せを感じてもらえたらいいなぁと思うからです。


藪島もそうだ。漁師を再開するのは自分のためじゃない。同じように未来の誰かの幸せのために動き出そうとしている。たくさんの悲しみを乗り越えて、誰かの未来の幸せのために自分の残された人生を使おうとしている。
 翔馬は自分との決定的な違いを認識した。
 自分は「未来の誰かの幸せのために働こう」なんて思ったことはなかった。
 ずっと考えていたのは「今の自分のお金のために」だ。そのことに気づいた。
 結果として、自分は幸せだなんて思ったことは一度もなかった。
 いつだって何もかも思うようにいかなかったし、今の状況を恨みこそすれ、感謝するなんて考えもしなかったのだ。
」(p.265)

今、すぐに役に立たなくてもいい、ということですね。今、自分がやることによって、未来の誰かが喜んでくれるなら。そういう思いで働くことで、今の自分が幸せになれる。同じ仕事をしたとしても、どう働くのかという思いが違ってきます。
私も施設警備で、来場者に笑顔で挨拶をしていますが、それにまったく応えてくれない人もいます。挨拶くらいしろよ、とか、だったらこっちも笑顔で挨拶なんてしてやらねぇぞ、とか、多少考えることもあります。(笑)でも、相手がどうかに関係なく、自分が自分らしくあるために、笑顔で挨拶しようと思うのです。いつかは、その思いがその人に通じるかもしれないし、仮に通じないとしても、見ている他の人に良い影響を与えるかもしれない。そんなことを思いながら、今、自分ができることを精一杯にやろうと思うのです。


今生きているということは、今日までそのつながりの恩恵を受け続けてきたということだという事実に気づいたとき、僕たちが人間として幸せに生きるためには、自分自身もそのつながりの中で何かしらの役割を果たす者になれたらいいんだと、シンプルに考えることができます。

 働くというのは、そのつながりの中で社会的に一役を担うということです。
 自分のできることで誰かの役に立つこと。
 そして、できるだけたくさんの人とつながりを持つこと。
 そうすることで人は社会的なつながりの中に入ることができます。そうやって、誰かの役に立つことで社会的なつながりの中に居続ける生き方ができているとき、人は心からの安心と幸せを感じることができます。
」(p.314-315)

どうしたら幸せになれるのか、という問いに対する喜多川さんの答えですね。そしてこの考え方は、アドラー心理学の「共同体感覚」と似ているように思います。(詳細は「「嫌われる勇気」(アドラー心理学)の要点」をご覧ください。)
そしてこの小説は、ただその食材の命をいただくというだけでなく、社会のたくさんの人の命をいただくこと、たくさんの人のつながりの中に入る決意を新たにする言葉として、「いただきます」という言葉を位置づけています。「いただきます」と心を込めて言うことによって、幸せな人生を創っていけるのだと。

昨今の小学校では、給食の時に「いただきます」と言わせないところもあるとか。要は、強制するのはよくない、ということなのでしょう。私も、強制する必要はないと思いますが、この小説を読んでもらったり、先生が読んで、そのエッセンスを伝えることで、自発的に「いただきます」と言う生徒も出てくるのではないかと思います。


主人公の翔馬は、実にダメダメな少年ですが、それが周りの大人たちから影響を受けることで成長していく。これぞまさに喜多川小説だなぁと思いました。
喜多川さんの小説との出会いは、「またかな」こと「また必ず会おうと誰もが言った。」でした。その小説でも、小さなバンジーを飛ぶことで、たくさんの大人たちと出会いながら少年が成長していく様が描かれていました。あの本に感動して、すぐに2冊を別に買って、甥っ子2人に贈ったものです。また、喜多川さんのそれまでの小説をすべて買い揃えて、母校の中学校に寄贈したこともありました。喜多川さんの小説は、特に若者に読んでほしいなぁと思うものばかりです。

けれど、私のようなシニア(今、64歳です。)であっても、感銘を受けることが多く、このように生きようと決意を新たにさせてもらえます。だからこれからも、喜多川さんの小説を読みたいと思うのです。

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タグ:喜多川泰
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:28 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月30日

痛みの迷路を抜け出したい!

痛みの迷路を抜け出したい! 読んで治す慢性痛の「認知行動療法」小説 / 伊藤かよこ 【本】 - HMV&BOOKS online 1号店
痛みの迷路を抜け出したい! 読んで治す慢性痛の「認知行動療法」小説 / 伊藤かよこ 【本】 - HMV&BOOKS online 1号店

伊藤かよこ(いとう・かよこ)さんの新刊が出たということで、ネットで注文しました。前回の「人生を変える幸せの腰痛学校」と似たような感じの、「痛み」に対する考え方を理解するための小説であり、また理解することによって痛みに対処できるという内容になっています。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。ただし、これは小説なので、ネタバレにならない程度にポイントを引用したいと思います。

わたし自身、入院や手術を経験した慢性痛の患者でした。自身の痛みをきっかけに鍼灸師となり、痛みについての探求をして二十五年。臨床の現場で確信したのは、慢性痛の改善に最も必要なのは「知識」だということです。実際、考え方や行動を変える「認知行動療法」は、科学的にも慢性痛の改善に効果があるとガイドラインで推奨されています。

 この本は、「痛みの迷路」に迷い込んだ主人公の物語を通して、認知再構成(リフレーミング)を体験できる、読んで治す「認知行動療法」小説です。本書を読み終える頃には、次のような変化を感じられるでしょう。
・痛みについての「考え方」が変わり、恐れや不安に振り回されなくなる。
・視野が広がり、別の視点から物事を見ることで「深刻さ」から解放される。
・緊張、警戒、恐れの世界から、安心、リラックス、くつろぎの世界へ。
・病院や治療院探しをやめ、通院にかかる時間とお金を節約できる。
」(p.4)

「はじめに」で伊藤さんは、本書のことをこのように説明されています。実際、読んでみて、まさにここで示されたようなことが理解できました。


「怖いことは、細かく分けて小さな一歩から始めればいいんです。これをベビーステップといいます」
 なるほど−−。わたしはこれまで「パートに復帰するか、しないか」という二択しか考えられなかった。けれど、『前まで行ってみる』という方法もあるのだ。そんな小さな一歩でいいんだ……。
」(p.42)

これはいろいろなことで使われる手法ですね。たとえばランニングの習慣を身につけるためには、いきなり毎日10km走ろうと目標を立てると、ハードルが高すぎて挫折しがちです。なので、まずは玄関でランニングシューズを履いたらOKというように、目標を低く設定するやり方です。
あるいは、海外旅行へ行きたいけどお金がない場合は、まずはパンフレットを集めて、どこへ行ってどんな旅行にするか計画を考えてみよう、みたいに、今できる範囲でやり始めるというやり方ですね。

私は、小さなバンジーを繰り返し飛ぶことをお勧めしています。いきなり高い目標を掲げるのではなく、ちょっとがんばればできること、ちょっと勇気を出せば一歩を踏み出せること、そんなことをやることで、自分の殻を破っていく方法です。


「もうひとつが慢性痛です。こちらは単純に『身体の異常』だけでは説明できません。痛い場所からの信号に、記憶や感情、思考や意味づけが重なり合い、痛みの感じ方が過敏になっている状態です」
 先生は少し声を落とした。
「慢性痛には、薬も手術も決定的な効果を示しません。必要なのは、運動を含めた生活習慣の見直しや、痛みに対する考え方の変化です。つまり−−患者さん自身が学び、行動を変えるしかないんです」
」(p.46)

痛みには急性痛と慢性痛の2種類があり、急性痛は薬で抑えることができますが、慢性痛は抑えられないと言います。手術も意味がないと。
よく椎間板ヘルニアによる腰痛は、手術しないと神経の痛みが取れないと思われがちですが、伊藤さんはここで明確にその考え方を否定しておられます。


「複数の要因の中でも、痛みと特に関係が深いのが不安と恐怖です。痛いと不安になりますよね。その不安が強まると恐怖に変わり、『動いたらもっと痛くなる』と思って身体を動かすのを避けてしまう」
「……はい」
「けれど、じっとしていると今度は動き始めに余計痛くなる」
「そうなんです。朝、身体を起こすときが一番つらいんです」
「すると、『やっぱり動くと痛い』と脳が学習し、さらに回避する。この痛み−不安−恐怖−回避−痛みの悪循環を、専門的には恐怖回避モデルと呼びます」
」(p.65)

お勧めしている「神との対話」でも不安や恐れを人類の敵だとまで言っていますが、痛みや、状態がもっとひどくなるんじゃないかという不安や恐れから動かないでいる(萎縮している)ことが、さらに状況を悪くしてしまうのです。


そもそも医療は不完全なものなんです。患者さんは期待しすぎです。まあ、怒りがあるのはわかりますよ。私もそうでしたから。でも、怒りを持ち続けることで、痛みを抱え続けるとしたら……バカバカしいでしょう?」(p.68)

私もこれまで何度も医療にかかってきましたが、効果があったと感じて満足できたものは、ほとんどありませんでした。たいていは原因がわからず、あれこれ試して「様子を見ましょう」となるだけ。時間と金の無駄だと感じたことは数知れません。それでも不安があったから、つい医療に頼ってしまっていました。
でも、自分が勝手に期待して、期待に応えてくれなかったと怒るのも、お門違いだという気がします。怒って何かいいことがあるなら別ですがね。


「どんなに大ケガでも? 痛みはそこにはないんですか?」
「ええ、そうです。ケガの場所で起きているのは『信号』−−身体が『何か起きた』と知らせているだけです。それ自体はまだ痛みではありません。『痛み』として感じるのは、脳がつくるクオリアなんです
」(p.70)

ええ、実体としての痛みはどこにもありません。身体のどこに現れる痛みも仕組みは同じです。悲しみにたとえるとわかりやすいでしょう。大切な人を失ったら胸が張り裂けそうに悲しい。でも『悲しみ』は実体としては存在せず、身体から取り出すことはできませんよね。痛みもそれと同じ、体験として脳が生み出しているんです」(p.70-71)

「痛み」は「悲しみ」と同様に、クオリア(ありありと感じる主観的な体験)であり、脳が創り出しているものだと言います。たしかに、「悲しみ」の例で考えるとわかります。「痛み」とは、神経を通じて伝わる電気信号を、脳がどう解釈するかによって「感じている」だけのものなんですよね。

脳が『熱い』と『冷たい』という矛盾する信号を同時に受け取り、混乱してしまう。その結果、それを『痛み』としてまとめてしまうんです。つまり、痛みとは刺激そのものではなく、脳の統合と解釈によって生まれる体験だということ。この実験がそれをはっきり示しています」(p.71)

これは「サーマルグリル・イリュージョン」という実験で、温かい棒と冷たい棒を交互に並べて皮膚に当てると、どちらも安全な温度なのに痛みとして感じるのだそうです。
また「幻肢痛」という、すでに失った手や足が痛いという現象も、「痛み」は脳が創り出していることを示していますね。


「脳のことを考えてみてください。わずか一.五キログラムほどのたんぱく質の塊の中で、数え切れない神経細胞が絶え間なくやりとりをしている。そこで色も、音も、味も生まれる。記憶も、思考も、感情も−−。私たちが『現実』だと思っている世界そのものを、脳がつくり出しているんです。……途方もない奇跡だと思いませんか?」
 −−奇跡、か。
「慢性痛を『脳の不具合』と呼ぶ人もいます。けれど、本当にこの精妙な脳が間違えるでしょうか。『今のままではいけないよ』と警告を発している、と考えられませんか?」
 なにか大切なことに触れた気がする。−−けれど、それがなにかはまだわからない。
「身体や脳のすばらしさを知り、信頼できれば『待つ』ことができます。なにもせずに待つのではありません。辛坊さんの『治る力』を妨げているもの−−生活の習慣や環境、思考のクセ。まずは、自分を観察することから始めましょう」
」(p.82)

たしかに科学的に考えれば、この世にあるのは振動(波動)だけです。それを目から入った光の振動を脳が色や形に解釈しています。耳から入った空気の振動を脳が音に解釈しています。そういった感覚器官から入った振動を解釈して、そこに実態があるかのように脳は描き出す。さらにその脳が描き出したものを脳が解釈して、感情を生み出している。まさに奇跡的なことですね。
では、「慢性痛」によって脳は、何を描き出しているのでしょうか? 何かの警告でしょうか? 伊藤さんは、ただ反射的に不安がり、恐れるのではなく、まずはじっくりと自分を観察してみることだと言います。そのためにも、脳や身体を信頼することが大切ですね。信頼は、不安や恐れの対極にあるものですから。


「思い込みは、その人にとっては真実ですから。外から無理に変えることはできません。本人が求めて、初めて変わる。−−辛坊さんもそうだったでしょう?」
 胸の奥にズシリと響く。確かに、わたしもそうだった。
 先生は続けた。
「だから他人のことは放っておいていいんです。他人を変えようと頑張ったり、勝手に期待してがっかりしたり……。人間は余計なことをしてストレスを増やしています。そのエネルギーを−−責めることではなく、愛することに使いたいですよね」
」(p.117)

不安や恐れから、あるいは愛するが故に良かれと思って、私たちは他人のことに介入しがちです。しかし、他人のことは他人に任せるべきなんですよね。アドラー心理学ではこれを「課題の分離」と呼んでいました。
そういう余計なことをしてしまうことによって、自分がストレスを感じるのだとすれば、それこそ本末転倒でしょう。相手を変えようとするエネルギーを、相手を愛するエネルギーに、つまり相手を自由にさせるエネルギーに使いたいものです。


「本来医療は、警察や消防のように公的なものであるべきです。市場に任せてしまうと、どうしても患者を増やす方向に動いてしまうから。もし警察がビジネスだったら、と考えてみてください」
 −−想像してみる。町のあちこちに監視カメラが増え、肩が当たっただけで『暴行罪』、強い口調なら『恐喝罪』、そのたびに罰金が発生して売り上げになるとしたら? 世の中は犯罪者だらけ……。
」(p.139)

伊藤さんは、医療がビジネスだから過剰な医療が行われ、患者から判断力を奪って依存させてしまうと言います。だから、公的なサービスにすべきだと。この考え方は、「人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?」を書かれた森田洋之さんと似ています。

しかし、私はちょっと違うと考えています。
警察や消防が公的なのは、自由競争に向かないからです。もし仮に自由競争ができたらどうでしょうか? 罰金が売上というのもおかしなことです。本来の警察の目的は、私たちが安心して暮らせる社会を維持すること。その目的の達成度合いに応じて、売上が上がるというのが自由競争です。
たとえばA警察は不親切で、道を尋ねてもまともに答えてくれなかったり、悪党を野放しにして賄賂を取っている。一方のB警察は親切で、住民にはにこやかにキビキビと対応し、悪党を逃さず不正を働かない。さて、住民はどっちの警察を支持するでしょうか? どっちの警察に税金として支払いをしたいでしょうか? これが自由競争です。

では、現実の医療はどうでしょうか?
自由競争ができていませんよね。どこの病院へ行っても同じような医療で同じような値段。病院は、患者数を増やすことでしか売上を増やせません。本来は、いかに患者の満足を増大させ、地域住民の安心を広げるかで売上が上がる仕組みがなければなりませんが、保険医療制度によって自由競争ができなくされているのです。
そして医療界も自由競争を拡大しようとはせず、政治献金によって既得権益を守るための統制を増やそうとしてきました。コロナのワクチン接種でさえ、医師以外の接種を認めようとせず、他者の参入を阻みました。自由競争から逃げまくっているのです。
本当の自由競争は、その仕事(役割)の真の目的に適う価値を提供することによって売上が上がるシステムがなければ成り立ちません。そのシステムを作るには、より自由な制限のない競争が必要なのです。それによって受益者がそれぞれの価値観で評価する。そうやって作り上げられるものなのです。

警察や消防が公的なのは、自由競争市場が作りにくい業態だからです。どうしても独占や寡占になりがちです。したがって、公的なものは、その働きを見張る機関が別途必要となります。お目付け役がないと、自浄能力を保ちづらいからです。しかし、お目付け役となあなあになる危険性はあり、どうしても腐ってしまいやすい。総務省とズブズブなNHKがいい例ですね。国民からの支持が離れてきているのに、利権だけは守ろうとしています。
一般企業であっても、独占や寡占になると腐り始めます。だから私たちは独占禁止法を作り、企業の自由競争を維持しようとしています。自由競争市場こそが、企業に健全性を保たせるからです。
もし医療が公的なものだけになり、お目付け役もおらず、医師の善意にのみ頼るものになれば、私は遅かれ早かれ腐ってしまい、人々の役に立たないものになってしまうと思っています。


そうなんです。日本の診療報酬制度は、検査や処置をすれば収益になりますが、『話すだけ』は評価されません。制度そのものが慢性痛と相性が悪いのです」(p.142)

まさに自由主義とは真逆の統制主義の診療報酬制度なのです。だから、真に慢性痛に効く治療をしたくてもできない状況を創り出しています。

医師も人間です。若い頃から勉強漬けで、友人の医師は、恋愛もバイトもしたことがないと言っていました。昔の研修医なんて毎日病院に泊まり込みで、睡眠もろくに取れなかった。医局に入れば上下関係に縛られ、開業すれば経営まで背負うことになります。診療報酬は上がらないのに物価や人件費は上がる一方……。ほんとに大変なお仕事だと思いますし、心労も多いのではないでしょうか?」(p.143)

制度の改革は急務ですが、私はまず、医師にもっと幸せになってほしいと願っています」(p.144)

そして−−もちろん、患者さんにも、もっと幸せになってほしいのです。幸せと健康は切っても切り離せません。幸せであれば心に余裕が生まれ、なんとかなると楽観的に考えられる。自分の身体を信頼し、感謝することもできる。その心のあり方こそが、慢性痛を遠ざけてくれますから」(p.144)

医師も、ある意味では制度の犠牲者です。本当に患者に役立つ医療をしたくても、それでは自分の生活が成り立たない、売上が上がらない仕組みがある。自分の心の声に耳をふさいで、患者は金を運んでくる道具だと考えた方が儲かるし、精神的にも安定するかもしれません。
けれども、それでは幸せにはなれないんですよ。たとえどれだけお金を稼いでも、お金で得られる幸せは限られています。幸せでなければ自分らしく生きられないし、真に他人の幸せのために生きることもできませんね。

だから、まずはそこに気づくことが重要だと思っています。気づいて、幸せへの一歩を踏み出すこと。そうすれば、自分らしくない生き方への抵抗が大きくなり、後戻りできなくなるでしょう。真に人々の役に立つ医療の提供をすることに喜びを覚え、幸せな医師として生きられると思います。
そんな医師が増えれば、公的な機関だけになっても、不正が行われず、真に役立つサービスが提供されるようになるかと思います。人は幸せであれば、他人の不利益になることはしないのです。


「そうでした。ジャッジしないでただ観察する」
「ジャッジというのは、『よい・悪い』の二項対立なんです。子どものときは、論理的思考が未発達だから、なんでも『よい・悪い』とはっきりさせたがるんです。精神的に幼いほど『病気・健康』『治った・治っていない』『痛みがまだある・痛みゼロ』と分けたがる。でも、成熟すると、日によって違うよね、両方あるよね、とあいまいさを受け入れる力が育ってきます」
」(p.158)

「慢性痛の治り方は、気がつけばいつの間にか。その日を信じて放っておく」
「信頼があれば待てる。子どもの成長と同じ」
「身体のすばらしさがわかれば、自然と待てるようになるものです」
「手放す、ゆだねる、任せる……」
「痛みは主観的な体験だから、他人にはわかってもらえない。わかってもらえない現実を受け入れること−−ここにも精神的な成熟が必要です」
「他にもたくさんありますよね。人と比べてもしょうがない−−痛みは複合的な要因で成り立つから、人によって症状も、必要なことも、治り方も全然違う。そして過去を悔やまないこと−−『あのときこうしていれば』と考えても過去は変えられない」
「今の社会では、『問題に早急に対処すること』『たくさん行動すること』『頑張ること』はよいこととされています。けれど、慢性痛の改善はその逆。『待つこと』『行動を減らすこと』『頑張らないこと』」
「常識の逆を行くわけですね」
「狭い視野や硬い頭では、慢性痛という複雑な問題は解けません。慢性痛になってしまったら、『成長の機会』だととらえるしかない。だから克服したときには、前とは全然違う自分になっていますよ。楽しみにしていてね」
」(p.159-160)

慢性痛を治すことは、自分の人間性を高めることでもあるんですね。そうだとすれば、慢性痛は嫌なものではなく、むしろ喜ぶべき贈り物だと考えることもできます。


「広い視野、高い視座で物事を見てください。それほど動じることではありません。人によって寿命が違う、ただそれだけのことです。健康的な生活をしていたとしても、病気になるときはなるし、死ぬときは死にます。病気は『悪』ではないんです」
(病気は「悪」じゃない……。どうしてもそうは思えない)
「私はむしろ『長生きはよいこと』という価値観に疑問を持っています。過度な健康志向についてお話しましたよね。その根底にあるのは生への強い執着です。昔の日本人はもっと死が身近にあり、死に覚悟をもっていたように思います」
 先生はあくまで淡々と話す。
「もともと私は、命も身体も『自分のもの』とは思っていないんです。『返すべきとき』が来たら、ただ静かにお返しする。その日が近いというだけのこと」
」(p.169-170)

これが伊藤さんの死生観かもしれませんね。
私も、今はもう死を恐れなくなりました。死ぬ前の痛みに対する恐れは多少ありますが。病気は、治るときは治るし、治らないときは治らないものと達観しています。人は病気や事故などで死ぬのではなく、寿命で死ぬのだと思っています。これは、お勧めしている「神との対話」などの影響ですね。


前作も素晴らしい内容でしたが、今回はより理論的な説明がなされているように思いました。知識というのは、ただ読んで理解すれば身につくものではなく、何度も何度も繰り返して腑に落ちなければ自分のものにはなりません。そういう意味では、こういう読みやすい小説形式というのは、役立つのではないかと思います。
本書では、慢性痛を治すことが人間性を高めることにつながるという視点が示されていました。本の帯にも「「痛みのとらえ方」が変われば、身体、心、人生までも変わり出す」と書かれています。まさに、人間性を高めるのに役立つ内容だと思いました。

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2025年12月20日

愛を選べ

愛を選べ 14歳からの『奇跡のコース』 [ 雲 黒斎 ] - 楽天ブックス
愛を選べ 14歳からの『奇跡のコース』 [ 雲 黒斎 ] - 楽天ブックス

雲黒斎(うん・こくさい)さんが、また新しい本を発売されたと知って、さっそくポチった本になります。これは小説なのですが、どうやら三部作になるようです。
雲黒斎さんと言えば、これまでにも「あの世に聞いた、この世の仕組み」などの本を紹介してきました。一時期、黒澤一樹(くろさわ・いつき)という本名でも活動されてましたが、またペンネームに戻されたのでしょうかね。


ではさっそく、一部を引用しながら本の紹介をしたいと思います。ただし、本書は小説なので、なるべくネタバレにならないよう紹介したいと思います。

この本は、世界中で読み継がれ、たくさんの人の人生を好転させてきた『奇跡のコース』という教えの知恵をヒントに、その驚くほどシンプルで、でもパワフルな「ものの見方」の転換を探求する物語なんだ。
 問題解決の鍵は「外」の世界を変えることじゃない。
 答えは、君の心の中にある「怖れ」を手放して「愛を選ぶ」ことにあるんだ。
」(p.2-3)

「イントロダクション」に書かれたこの一文に、この本の本質が端的に語られていると思いました。重要なのは現実を変えることじゃない。自分の見方を変えることによって、「怖れ(不安)」ではなく「愛」を選択することなのです。


「大事なことを教えるね」佐久間先生はまっすぐ伊吹の目を見た。
「君の抱くどんな考えにも力がある。世界を変える力が」
 その言葉に、伊吹は息を呑んだ。
「人が抱くどんな思いも、現実を作り出す」先生は続けた。「伊吹くんが『自分には価値がない』と思い続ければ、その考えの力で本当に自分の価値を見失ってしまう。逆に『自分には、少しでも価値があるかもしれない』と思えたら、その考えの力で、君は自分の中に光を見つけていくことができる」
」(p.22)

すべては自分の考え方次第なのです。自分の思考によって、自分の現実を創造している。そこに気づくかどうかが重要なのです。


うん、そこをね、ちょっとだけ、『責めなくてもいいんだ』って思えたら、すごい一歩だと思うんだ。それと……心の声、かな。『痒い』とか『痛い』とか、そういう自分の感覚を、もっと『言っていいんだ』って、自分に許可してあげる感じ?」(p.37)

無意識に自分責めをしてしまいがちなんですよね。だからお勧めしている「神との対話」では、人類の敵は不安と罪悪感だと言っているんです。


うん。『バカにされるぞ』『傷つくぞ』『嫌われるぞ』って囁く声。その声に従うと、人は心を閉じちゃうんだ。その声を越えたところに、もっと静かなもう一つの声がある。それを『聖霊(ホーリー・スピリット)の声』と呼んでるんだ。『大丈夫』『あなたは愛されている』『あなたは価値がある』って教えてくれる声」(p.83)

二つの声のうち、どちらに耳を傾けるか−−それが『選択』なんだ。そして、その選択が世界を変える」(p.83)

私たちの心の中には、常に不安や恐れを動機とした声と、愛を動機とした声が錯綜し、どっちを選ぶのかと問いかけているんです。


「さて、みんながこれまで感じてきた『苦しみ』や『悲しみ』って、どこから来てたと思う?」佐久間先生はゆっくりと元の席に戻りながら問いかけた。
「たとえばね、『相手のせいだ』『状況のせいだ』『自分のせいだ』って思ってたもの。……もしかしたらそれ、『心の下敷き』が創っていただけかもしれないって思えない?」
 伊吹が初めて声を上げた。
「……先生、僕、気づきました。僕は自分で自分を『価値がない』って見てたから、周りの人の言動も、全部『僕を拒絶してる』ように見えてたんだって」
 佐久間先生は深く頷いた。
「そう。『自分には価値がない』という下敷きを通して世界を見ていたんだね」
」(p.172)

色のついた下敷きを光にかざすことで、白い壁が赤や青に変わっていく。光は透明なのに、白い壁に映った世界は赤や青になる。これが、私たちの見方(下敷き)によって現実(白い壁に投影された色)が変わるということなのです。

『起きた出来事』は変えられない。でも、その意味は、いまこの瞬間、選び直すことができる」(p.173)

出来事を変えることはできませんが、見方を変えれば経験は別のものになるのです。


奇跡っていうのは、『外側の状況が変わること』じゃない、『いまこの瞬間の見方が変わる』−−それに気づけることが、ほんとうの奇跡なんだ」(p.176)

お勧めしている「神との対話」では、これを「内的な経験を変える」と言っています。見方(解釈)を変えれば、出来事が変わらなくても経験が変わるのです。


「そもそも『変える』ことにとらわれすぎなくてもいいんじゃない?」ことねが言った。
「先生が言ってたよね。『結果を求めて行動するのではなく、愛から行動する』って」
」(p.189)

思考を変えれば現実が変わるのですが、大切なのは現実を変えることが目的ではないってことです。結果にこだわらないこと。結果を放り出すこと。重要なのは結果(現実)ではなく、行為(経験)そのものなのです。


『奇跡のコース』−−この不思議な名前の教えは、一九六五年、アメリカのコロンビア大学で心理学を教えていた女性、ヘレン・ジャックマンさんのもとに、『内なる声』として届いたところから始まったんだ。
 当時の彼女は、スピリチュアルなことに懐疑的で、「現実主義者」と自分でも言っていた人。そんな彼女の中にある日、突然響いてきたのが、こういう言葉だった。
「これは奇跡のコースです。さあ、書きなさい」
 彼女は戸惑いながらも、その声に耳をすませ、共に働いていたビル・セッドフォード博士とともに、コツコツと言葉を記録していった。
 そして七年の歳月をかけて完成したのが『A Course in Miracles(奇跡のコース)』。
」(p.224-225)

お勧めしている「神との対話」も、著者のニールさんが神の声を聞いて書き記したものですが、同じようなことがもっと前にあったのですね。と、言うか、もっともっと前から神は人類に語っていて、それを多くの人が書き記してきた。たとえば聖書とか。それが人類の歴史であり、そういうものに導かれながら、今があるのではないかと感じています。


「奇跡のコース」という本があることを、今回、初めて知りました。そして、その内容が、お勧めしている「神との対話」とほぼ一致していると感じました。
要は、不安や恐れではなく、愛を選択することだということです。それによって私たちは、苦しみから逃れて絶対的な安心の境地に至り、自分らしく生きる一歩を踏み出せるようになるのだと思います。

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タグ:雲黒斎
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2025年12月06日

ミャンマー、優しい市民はなぜ武器を手にしたのか

ミャンマー、優しい市民はなぜ武器を手にしたのか [ 西方 ちひろ ] - 楽天ブックス
ミャンマー、優しい市民はなぜ武器を手にしたのか [ 西方 ちひろ ] - 楽天ブックス

Facebookで友人が紹介してくれた本になります。著者はミャンマーで仕事をしておられた西方ちひろ(にしかた・ちひろ)さんです。これはペンネームです。軍政を批判する内容が含まれるため、本名を明かすことによって、ミャンマー人の友人たちに危害が及ぶことを恐れるためだそうです。

突然のクーデターにより、民主化が進んでいたミャンマーが、再び軍政の時代に戻ったのが2021年2月でした。そのころ私は、まだタイにいました。本帰国を目前にしていたころです。
タイでは、ミャンマーからの移民が多数いました。タイは経済的に発展していて、労働力不足の状態にありました。タイ人の多くは底辺の仕事をやらなくなったので、建築土木や飲食店などの仕事をやるミャンマー人が増えていました。
ミャンマーのことは、タイ語でパーマーと言いますが、これはビルマ人を指すバーマーから来たもので、口語での国名がバーマー(ビルマ)、文語での国名がミャンマーなのだそうです。民主化前に軍政は、国名を正式にミャンマーとしていましたが、日本に働きに来ていたミャンマー人の人が、「私たちの国はミャンマーではない。ビルマだ。」と言っていました。軍政に抵抗する意識が、民衆の中には根付いていたのです。

そんなミャンマーが、やっと民主化したのに、また軍政に戻ってしまった。この本は、西方さんが経験したクーデター後のミャンマーの様子、そしてミャンマーの人々の考えなどを綴ったものになっています。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

上座部仏教では、僧侶は現世の欲望から隔絶された修行者的な存在であり、結婚も労働も禁じられている。そのため、在家の仏教徒たちが喜捨によって僧侶たちの生活を支えているのだが、面白いのは、この喜捨が決して「僧侶を助けるための寄付」ではなく、あくまで「自分が来世でより良い生を得るための功徳」であることだ。」(p.37)

まずはミャンマーという国の文化や生活様式について書かれている部分です。私はタイに20年くらい住んでいましたが、お隣のミャンマーのことはよく知りませんでした。タイと同じ上座部仏教(小乗仏教とも呼ぶが、これは大乗仏教の側から上座部仏教を蔑んだ言い方なのだそうです。)を信仰する人が非常に多く、このご利益宗教的な部分もタイとよく似ているなぁと思いました。


アウンサンは、イギリスの植民地支配からの独立をめざす若き活動家だった。彼は一九四一年、日本軍の謀略機関の下で軍事訓練を受けた「ビルマ独立義勇軍」が結成されると、同軍のナンバー2に就任。日本とともに英領ビルマ(現ミャンマー)に攻め込み、イギリスを追い出すことに成功する。一九四三年には、日本から「ビルマ国」の独立を認められ、アウンサンは国防大臣に就任した。だが、この独立が名ばかりのものとわかると、アウンサンは日本に反旗を翻す。一九四五年三月にはビルマ国軍を率いて自力蜂起し、日本と戦った。この時の軍こそ、独立後の国軍の原型である。」(p.38)

さて、一九四八年に独立を果たした「ビルマ連邦」の正規軍となったビルマ国軍は、アウンサンの意思を継ぎ、当初は政治には関わらず、国内で勃発するあらゆる紛争に対処し続けた。たとえば、独立や自治を求める少数民族や、共産主義革命を目指すビルマ共産党、中国から逃げ込んできた中国国民党軍の残党などとの戦いだ。」(p.38)

軍事政権のトップに就いたネウィン将軍が、東西冷戦下で新しい国家体制として選んだのは「ビルマ式社会主義」だった。それまでミャンマーは天然資源やコメなどの輸出で栄え、経済的にはタイとあまり変わらないレベルだったが、この社会主義独裁によって経済は著しく停滞した。あらゆる企業が国有化され、それらの国有企業のトップにはもれなく軍人が天下り、軍を潤す経済構造がつくられた。」(p.39)

忘れられた国が再び世界の注目を浴びたのは、一九八八年。軍政の打倒を目指す大規模な抵抗運動が巻き起こったのだ。ネウィンは治安部隊を動員して殺傷を伴う弾圧をしておきながら、自分は健康診断のためとして国費で一ヶ月半もスイスに外遊するなど、一貫して国民を軽んじた。人々はこれまでの不満を爆発させ、八月八日にはミャンマー全土を揺るがす大規模デモ(8888民主化運動)に発展する。このとき指導者の一人として頭角を現したのが、アウンサンスーチー氏だ。」(p.40)

新しい軍政は、社会主義ではなく市場経済を採用した。だが、軍人による経済政策は「稚拙」と評されるレベルで、天然資源の輸出によって得られた貴重な収入は、軍事費に消え、さらに二一世紀に入ると人工都市ネビドーへの遷都費と化すなど、国民は恩恵を受けられぬまま困窮し続けた。」(p.40-41)

二〇〇七年には、人々の生活苦を見かねた僧侶たちが立ち上がる。これは当初、軍政打倒を目指す政治運動ではなく、無慈悲な軍に対し、僧侶たちが仏教の道徳的な教えに則って反省を促す色合いが濃かったようだ。しかし「慈経」の句を唱えながらデモを行う僧侶たちに、民主化を求める市民らが合流して大規模化すると、軍はこれを暴力的に鎮圧。取材中の日本人記者、長井健司氏も銃殺された。この民主化運動は、僧侶の袈裟のオレンジ色から「サフラン革命」と呼ばれている。」(p.41)

翌二〇〇八年には、軍は前述の「ミャンマー連邦共和国憲法」を発布した。この憲法には、合法クーデター条項に限らず、非常に問題が多い。まず、上下二院制の国会の議席の各二五%は自動的に軍人に割り当てられ、しかもそのメンバーは軍総司令官がいつでも自由に入れ替えられる。」(p.41)

しかし民主化を主導したはずの軍政は、二〇一五年の総選挙で大敗する。NLDが改選議席の八割を獲り、圧勝したのだ。半世紀もの間、軍事独裁下で辛苦に耐えた国民は、民政移管が軍の都合による「上からの民主化」だということを見抜いていたのだろう。これ以上、軍による国家統制が続くことを明確に拒絶したのだった。」(p.43)

こうした背景から、二〇二〇年一一月の選挙で、NLDは議席を減らすだろうというのが大方の予想だった。
 だが、その予想は見事に外れた。NLDは改選議席の八三%にあたる三九六議席を獲り、前回を上回る圧勝で二期目を決めたのだ。一方、軍の翼賛政党である連邦団結発展党はわずか三三議席と、前回からさらに八議席を減らす惨敗を喫した。こうした文脈の中で起きたのが、二月一日のクーデターだった。
」(p.44)

軍はなぜクーデターを起こしたのだろうか。選挙での惨敗がどれほど屈辱的だったにせよ、圧倒的な民意と歴史の流れに逆らい、断固として改正させなかった憲法に自ら違反してまでクーデターを決行したのには、何かのっぴきならない理由があったはずだ。だがクーデターから一週間、日本の有識者やミャンマーの友人たちから様々な話を聞いたが、答えは見つからなかった。
 まず、軍が非常事態宣言の根拠とした、総選挙に重大な不正があったという主張は、建前に過ぎない。確かに有権者名簿にはミスがあったし、選挙自体が中止となった選挙区もあった。だが軍の主張する「有権者名簿の重複などの一〇〇〇万件以上の不正」には根拠がなかった。
」(p.44)

それなのになぜ軍は、と考え込む私を、友人たちは笑った。「軍はいつも最も偉大な存在でありたいんだ」「ほんの少しの利益も奪われたくないんだよ」。だが、民主主義の旗手として世界に知られるスーチー氏を拘束し、国際社会を敵に回せば、国全体の利益が失われ、結果的に軍の利益だって減るだろう。そう食い下がる私に、友人たちは同情するような顔を向けた。」(p.46)

ビルマ独立から始まった軍政が民主化され、再び軍政が敷かれるまでの歴史を、ざっと示されている部分です。
軍がなぜクーデターという最終手段に訴えなければならなかったのか? その理由はわかりませんが、それが「利権」というものかもしれません。「利権」を持った者は、その「利権」があることが「当たり前」になる。その「当たり前」の「利権」が失われる「不安」は、とてつもないことなのかもしれません。

タイも直近のクーデターによって、軍が有利な憲法に改めましたが、ミャンマーはそれ以前にやっていたのですね。おそらく、それを参考にしたのでしょう。タイの軍政も、「国民のため」という建前を全面に押し出してクーデターをした結果なのですが、今現在、国民の反感を買っています。しかし憲法によって、軍政の排除ができない状態です。まぁ、その憲法を承認した国民の責任でもある(国民投票した結果なので)とは思いますがね。


私はその様子をフェイスブックに投稿した。日本人の私にできることは、目の前の光景や友人たちの言葉を日本語で発信し、一人でも多くの日本人に伝えることだった。ミャンマーの人々がどれほど必死に、平和的に抵抗しているかを。なぜなら、この軍事独裁を止めるには、日本をはじめ外国からの圧力や介入が絶対に必要だからだ。」(p.50)

西方さんは、クーデター後の事実と、国民の言葉を情報発信することで、軍事独裁に抵抗しようとしました。独裁政権が成り立つには、諸外国がどう対応するかが重要だからです。


しかしクーデターから半月が経っても、市民は見事に怒りに耐え、非暴力を貫いている。放水されたらレインコートを着る。銃を向けられたらヘルメットを被る。取り押さえられた不審者が街に火をつけようとしていても、暴力は振るわない。その背後にあるものを、よく知っているからだ。何十万、何百万もの人が、暴発せず、なだめあっている。奇跡を見ているようだった。」(p.60)

人々のこの勇敢さを支える要因の一つは、スーチー氏が貫いてきた信念だ。彼女は、一九八八年にNLDを設立した当初から「国民が同意しないすべての命令と権力に、義務として反抗しよう」と、まさに不服従をスローガンに掲げてきた。同時に、彼女は国人一人ひとりに行動を求めた。「民主主義の権利を得たいのなら、勇気を持って行動しなければならない。行動する勇気がないなら、最初から民主主義の権利がほしいなどとは思わないことだ」と、厳しい言葉で説いている。また、真の自由とは「心の中の恐怖からの自由(Freedom from Fear)」だとして、恐怖によって「囚人」にならないように、と一貫して語り続けた。」(p.72)

インドのガンジー氏が説いたように、非暴力不服従による政権転換を希求する。それがスーチー氏の考えであり、その考えがミャンマーの人々の間に浸透していたのかもしれません。

外国に侵攻されているわけじゃない。同じ国に生きる、同じ言葉を話す人たちがやっていることなんだよ。どうしてこんなに残酷なことができるんだろう。そして、こんなひどい目に遭ってもなお、反撃はできない。軍は圧倒的な武力を持っていて、その気になればデモ隊を皆殺しにすることができるのだから。」(p.74)

なぜ同じ同胞なのに、ひどい仕打ちができるのか? これは、これまでにも問われてきたことです。ソ連においても、カンボジアにおいても。左翼の内ゲバもまさにそうです。けれども、人は身内であればあるほどひどいことができる。これが、家族や親族間の犯罪においてなされてきたことなのです。


現在進行中のプロジェクトの中には、軍の関連企業に収益が流れるものが複数ある。たとえばバゴー橋の建設では、鉄骨を製造する軍関連の企業に、ODAから莫大な利益が流れていると報じられた。民間メディアからは「日本は外交的にはクーデターを非難しているが、実際には国軍系企業と協力している。これは軍政支援と同じだ」と手厳しく批判されたが、当の日本政府が事業を中止する気配はない。のちに外務省が説明した事情によれば、中止すると、このプロジェクトに関わる日本の建設会社が違約金を払わなければいけない契約だから、だという。
 なぜODAを使った途上国援助なのに、日本の会社が? と思うかもしれないが、そもそも日本のODAによる開発プロジェクトは、日本企業が契約者になることが多い。つまり「援助」と称しつつ、日本の経済界にも利益をもたらす仕組みになっているのだ。
」(p.104)

ODAに関して、まさにここで指摘されているようなことが世界中であります。ただ、だから一概に悪いとは言えないのです。たとえば橋の建設に関しても、日本企業が関与することで最先端の技術を使うことができたり、その技術を現地国の企業や人に教えられるという側面があります。
中国の場合、中国から作業員を連れてきて事業を行うと言われていますが、それでは現地にはあまり利益がありません。せいぜい、その作業員が生活するのに必要な物資を調達するお金くらいが現地に流れるだけでしょう。それに比べれば、日本のODAの方がはるかにマシという側面もあります。

何ごとも一面的な見方をしていては、本質が見えてこないと思います。たしかに橋ができることで軍の利益に資することになるかもしれませんが、一方で、橋ができたことによる利便性が住民にもたらされるのです。軍政だから悪、悪だから一切の関係を断ち切る。そういう短絡的な考え方では、世界全体はうまくいきません。

個人的には、軍との対話そのものを否定する気はない。だが、それは軍に「名誉ある撤退」について説得するパイプでなければならないと思う。そしてその説得に軍が耳を貸さないのなら、日本は軍との対話を見直し、軍関係者への標的制裁などに舵を切るべきだろう。」(p.107)

たしかにそういう考えもわかります。ただ、どうすることが正解かは何とも言えないという面があることも、理解すべきかと思います。
人それぞれに「正しさ」があるのです。ミャンマー軍にはミャンマー軍の、日本政府には日本政府の正しさがあります。ミャンマーの人々にも、もちろんそれぞれの「正しさ」があるでしょう。
だから、他人を「正しくない」と自分の価値観で切って捨て、他人を思い通りに動かそうとする限り、苦しみは残ります。これがお釈迦様の教えなのですが、仏教の本質は、なかなか理解されてないのかもしれません。


かつての軍政を知らない私は、クーデター以降、周囲のミャンマー人たちに「軍政のとき、何が一番いやだった?」と質問してきた。答えは三つくらいに絞られるが、中でも多いのは「情報統制」だ。」(p.111)

制限されることで一番ダメージがあるのは、ある意味で生活必需品ではない「情報」だったのですね。情報というのは、状況や出来事を把握して、自分の安全を守ったり、自分が自分らしく行動するために必要なもの。それが得られなければ、安全も自分で確保できず、自分らしい生き方もできなくなる。主体的に動けないことが、辛いことなのでしょう。


医療に頼れない人々は、コロナ禍を生き延びようと必死だ。解熱剤や抗生物質を買うために何時間も薬局に並ぶ。卵や生姜が体に良いと聞けば、藁にもすがる思いで買いに走る。家族に感染者が出れば、酸素ボンベを抱えて街中を走り回る。」(p.160)

仕方ないことなのかもしれませんが、正しい知識を持たず、噂レベルの知識に翻弄されてしまうのが、衆生の性なのかもしれません。
少なくともコロナ感染において解熱剤や抗生物質は意味がありません。そんなことはこのインターネット社会において、きちんとアンテナを張っていれば入ってくるレベルの知識です。
けれど、日本においてもそうですが、その程度の知識すら持たない人がほとんどであり、パニックになったことで政府に無駄なことをさせてきました。

こんなところにも、お釈迦様の知恵は、ほとんど浸透していないのだなぁと感じられます。コロナに罹る時は、コロナに罹るのがよろしく、なのですよ。それで死ぬとしたら、それが寿命なのです。治る人は、まだ寿命じゃないのですから治ります。パニックにならずに冷静でいれば、無駄なことをせずに済むし、それによって他人を傷つけることもなくなるのです。

さて、一方の政府は最近どんなコロナ対策に力を入れているかというと、なんと、火葬場を増設している。完成すれば、一日三〇〇〇人を火葬できるようになるという。想像の斜め上をいく解決策に、唖然とする。確かに死者が多すぎて火葬が追いついていないのは事実だが、必要な薬も行き渡っていない状況で、逮捕した医療者を解放することもないまま火葬場を増やすというのは、凄まじい違和感だ。どれだけ死んでも大丈夫、と言われている気分になる。」(p.163)

これも気持ちはわかります。しかし、死体を火葬せずに放置することによる二次被害を解消するためには、火葬場を増やすことは間違った政策ではないと思います。それを軍がどういう思いでやったかを聞こうともせず、一方的に思い込んでいるだけですよね。他人(軍)には他人の「正しさ」があるんですよ。
もちろん、自分には自分の「正しさ」があっていいと思います。なので、それを主張することも重要でしょう。けれど、自分とは違うというだけで他人を否定する考えは、もし自分が権力を握ったら、軍と同じことをしてしまうのではありませんかね? 良かれと思ってやってます、と言いながら。


ちなみに、ミャンマーがこの災厄に見舞われている同じ瞬間、日本では東京オリンピックが開幕し、新競技やメダルの色で盛り上がっている。それを批判する気はまったくないが、自分のSNSのフィードに、悲惨なミャンマーの状況と、華やかな日本のニュースがランダムに並ぶのを見ると、世界は無情だなぁと天を仰ぎたくなる。」(p.165)

この気持ちもわかります。わかりますが、ではどこかが悲惨な状況にあるために、他所が自粛したらどうなりますか? 東日本大震災の時がそうでした。まったく関係のない西日本でも自粛の波が広がったために、日本全体の経済力が下がったではありませんか。また会津などでは、放射線の心配はまったくないにも関わらず、風評被害によって観光業だけでなく農業などでも経済的な被害を受けました。
私の家族が亡くなった時、日本の中のいったい誰が一緒に悲しんで自粛してくれましたか? 誰もいませんよ。そういうことは、ちょっと考えればわかることだと思うのですが、実際はほとんどの人がわからないということを、私も東日本大震災の時に実感しました。


傷痍軍人の祖父をもつ私は、戦争はどんなことがあっても絶対にダメだと信じ、疑わなかった。でも、ここにきて気がついた。戦争反対、というのは確固たる信念ではなく、ただの思考停止だった。戦争は絶対にしてはいけないことだから、それについては深く考える必要もない、と。だけど今は、戸惑いながらも、思う。正しい戦争は、あるのかもしれない。
 混乱の中、答えを求めて正戦論に関する本を読んでみると、ある戦争が「正しい」とされるために満たされる必要のあるいくつかの原則が挙げられていた。そしてその全てが、ミャンマーの現状に当てはまっていた。私は少なからずホッとした。この極限の状況で、もし武力の反撃が「悪」ならば、非暴力で殺されるか、軍に隷従するかしかないからだ。この国で希望を持って生きるために、人権や自由を取り戻すために、武力に希望を託した人たちを、私はどうしても悪だとは思えなかった。
」(p.193)

「戦争=悪」という短絡的な思考からは、一歩を踏み出せたようです。そもそも武力行使が「悪」であるなら、強盗犯に対して武力で対峙する警察も悪だということになってしまいますからね。
では、本当に「正義の戦争」というものがあるのでしょうか? すべての戦争は防衛戦争だとも言われています。人(国)は、不安や恐れから身を守るために武力を使うのです。このことがわかれば、軍がなぜクーデターという武力を使ったかもわかります。動機は不安や恐れですよ。そしてミャンマーの人々が武力蜂起し始めたのも、同じ理由だとわかるでしょう。
したがって、「正しさ」は人それぞれなのです。そのことが、著者の西方さんにはまだ理解できていないように、この時点では感じました。どこかに絶対的な「正しさ」があって、その「正しさ」に従うべきだという価値観があるのでしょう。


来週から始まるダディンジュ(雨季明けの満月)の連休、ビーチに向かう飛行機や観光地のホテルは、すでに予約でいっぱいだと聞く。それでいい、と頭ではわかっている。経済を回さなくてはならない。この日常を生きていかねばならない。それでも、もう一つの現実、つまり地方でPDFが命がけで軍の兵士と戦っていることを思うと、ヤンゴンで気楽に生活を送ることに罪悪感が湧き上がる。だから、あまり深く考えず、負傷したPDFに治療費を送ってお茶を濁す。レストランでおいしい料理をお腹いっぱい食べたあと「やれる支援はやっている」とこっそり自分を正当化していることに、自分だけは気がついている。」(p.198−199)

二〇一一年、東日本大震災後の日本でも、そうした感情が渦巻いていたことを思い出す。圧倒的多数の、被災しなかった人々は、普段通りの生活を続けることに言いようのない罪悪感を抱えた。ましてミャンマーの場合は、自然災害からの復興ではない。普通の若者たちが、民主化を望む市民の祈りを背負って、命がけで国軍に挑んでいるのだ。PDFの戦果に期待しながら、ヤンゴンで満ち足りた生活を続けることに、後ろめたさを感じるのは当然だろう。」(p.228−229)

この気持ちもわかります。ですが、すでにわかっておられるように、他人の課題と自分の課題は切り分けて考えるべきなのだと思います。アドラー心理学て言う「課題の分離」ですね。罪悪感は、何の役にも立ちませんから。
けっきょく、自分の中にある罪悪感との戦いに過ぎないのです。そして罪悪感が生じるのは、他人からどう思われるかという恐れがあるからですよ。あるいは、自分が傷つけられるとか殺されるという恐れがあるからですよ。もし、そういう恐れがなかったらどうするでしょうか? 言い訳をする必要がなくなりますよね。


前線から定期的に送られてくる写真には、直視できないほど酷いものも多い。火傷で広範囲に失われた皮膚、顎を吹き飛ばされた頭部。原形をとどめない手足。武力での抵抗というのはこういうことなのだ、と嫌でも思い知らされる。それでも、その先にあるはずの民主主義を、自由な未来を胸に、人々は戦う。無数の痛々しい写真の中で、身体の一部を失った青年が微笑んでいる。後悔はしていない、と言う。何が正解かわからない。ただ、尊厳なき生に絶望したとき、武力闘争が唯一の希望になることがあるのだと、私はミャンマーで初めて知った。」(p.265)

お勧めしている「神との対話」でも、自分の中の愛を証明するために敢えて武器を手にすることがある、と言っています。愛する人や地域を守るために、そして相手に愛のない行動をさせないために、武力を使って相手の暴力を阻止する。それがその人にとっての「正しさ」であることはあるのだと思います。

ただ、忘れてはならないのは、軍側の人もまた人間だということだ。
 忘れられない光景がある。ある日ヤンゴンで、警察の駐屯地を通りかかった時のこと。入り口のゲートに向かって歩く女性と小さな男の子がいた。何気なく見ていると、ゲートの内側から若い警官が現れた。たたた、と駆け寄った子を、彼は笑顔で抱きしめる。銃に手を伸ばす子を、危ないよ、と優しくなだめて抱き上げる。それは警察の制服を着た、若い父親だった。
 あぁ、見てしまった、と思った。およそ人間とは思えないような行為をする人たちの、人間らしい姿など、見たくなかった。完全なる「悪」のまま、迷いなく憎ませてほしかった。反射的にそう思い、そう思ったことにひどく動揺した。私は、ミンアウンフラインから末端の兵士や警官まで、同じ「軍」という単語で一括りにし、軍VS市民、という単純な善悪二元論に落とし込むことで、市民の正しさを主張してきた。だが、私が「悪」と断じた人々もまた、誰にも否定できない尊厳を持ち、家族を愛する一人の人間なのだ。そんな当たり前のことが、いつしか憎しみに囚われ、とても認め難いことになっていた。
」(p.266)

この気づきが素晴らしいなぁと思います。この世は善悪二元論では割り切れないのに、多くの人は単純化し、レッテルを貼って相手を悪と断じることで自分を正当化する。それでも割り切れないものがあると感じている自分を否定する。本当の自分の声を抹殺してしまうのです。


ミャンマーの未来は、まだ見えない。でも人々はきっと、ゴールに続く道を見つけるだろう。彼らは、未来を切り開くのは自分たち自身だと覚悟している。非暴力が戦略として有効でないと判断した時に、速やかに武力での反撃に切り替えたように、彼らは柔軟に手段をかえながら、この「春の革命」を成就させるだろう。その道のりはまだ長いかもしれないけれど、一人でも多くの日本人に、彼らの姿を見つめ続けてほしいと願う。私も、時にやるせなさを抱えながら、自問を繰り返しながら、彼らとともにありたいと思う。」(p.267-268)

自分たちのことは自分たちでやるしかない。周りの人は、その人たちが必要とすることで、自分ができることをして助けるだけのことです。その人たちにはなれないのですから。


ミャンマーの人たちには、実に過酷な運命にさらされているという同情心はあります。けれども、けっきょく自分たちで何とかするしかないんですよね。
それは日本も同じことです。同じ課題ではありませんが、日本には日本の課題があります。もちろん、民主主義はありますが、無関心で無知な大衆がクレクレタコラ精神で政治家を選び、そういう社会になっています。自分で自分の首を締めているのに、そのことにすら気づかず、他人が悪いと責任をなすりつけ、犠牲者になろうとする人のなんと多いことか。

それでも、ミャンマーの人たちが戦っている姿を知ることで、日本も負けてはいられないなと思うのです。質の異なる戦いであっても、自分たちの居場所をより素晴らしいものにするための戦いです。それは、永遠に続くものかもしれませんが、昨日より今日、今日より明日と、日々良くなっていくための戦いなのだと思います。

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2025年11月01日

神さまがきっとどうにかしてくれる

神さまがきっとどうにかしてくれる 成功法則を手放す生き方 [ Jin 佐伯 仁志 ] - 楽天ブックス
神さまがきっとどうにかしてくれる 成功法則を手放す生き方 [ Jin 佐伯 仁志 ] - 楽天ブックス

心屋仁之助さんが、沈黙を破って本を出版されると聞いたので購入した本です。今は心屋さんではなく、Jin佐伯仁志(じん さえき ひとし)さんですね。
タイトルからも内容をだいたい想像できましたが、まさにそういう内容でした。何を選択しても失敗することはないし、とんでもないことにはならない。だから安心していればいい。神様に任せておけばいい。大丈夫、何とかなるから。と言うことですね。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

「神さま」という言葉は、この自分が含まれている無限の宇宙や、自分の体のなかにあるミクロな宇宙、途方もなく広大で、人間の想像を超えたマクロな宇宙という存在を表現にするために使っています(だから、この世をぜんぶひっくるめた「神さま」です)。」(p.7)

JINさんは「はじめに」で、タイトルに付けた「神さま」の定義をこう語られています。でも、これってすごいことなんですよね。
特に一神教のキリスト教、イスラム教、ユダヤ教という世界の人口の大半の人が信仰している宗教観からすると、とんでもないことなんです。神と自分が同じものだなんて、不敬にもほどがあるってものです。
でも、私がお勧めしている「神との対話」では、神とは「存在のすべて」だと言っています。JINさんが、なぜか最初からそういう観点だということがわかっただけで、なんだか嬉しくなりました。


そんな体を張った実験の結果、僕のなかで生まれた新しい法則が、「うまくいくときは、うまくいく。うまくいかないときは、なにをやってもうまくいかない」でした。
 だから、やりたいことを、やりたいようにやればいいと思うのです。
」(p.35)

つまり、すべてを手にできているに越したことはないけれど、そうでなくても「うまくいってる」「幸せ」ということです。」(p.36)

JINさんは、欲しいものがあるなら、まずは手放さなければならないという考え方を持っていたようです。しかし、心屋仁之助をやめてから4年半のの中で、「やること」と「その結果」に因果関係はないのかもしれないと気づかれたようです。
そして、今この状態が、バランスが取れてる上手くいっている状態なんじゃないかと思えてきたようです。これはまさに、「神との対話」で言っていることですね。


好奇心があっても踏み出せないという人は、たくさんいます。
 やりたいことのはずなのに、怖かったり、勇気が出なかったり、人間はそう簡単に動けるものではないことも、よく知っています。
 でも、僕の頭のどこかには、いつの頃からか、いつも「なんとかなる」という気持ちがずっとあるようになった。
 僕は、もともと心配性の面があるので、不安にならないように、事前に細かく準備するタイプです。
 でも、いろいろ準備しても、「準備してよかった」というよりは、「準備しなくてもよかった」ということのほうが多いから不思議。
」(p.41)

私も心配性で、「石橋を叩いても渡らない」と自称したくらいです。なので、ある面、JINさんと似ていますが、JINさんのように、「なんとかなる」とはずっと思えなかった。似ているようで微妙に違う。そういうのはありますね。

「大丈夫」と思えるのは、ただここまで生きてこられたし、なんとかなってきたからです。」(p.43)

喫茶店に入ってみて、席が空いているときもあれば、空いていないときもある。
 どこかへ行くとき、タクシーがつかまるときもあれば、つかまらないときもある。
 結果的にうまくいくときもあるし、結果的にうまくいかないこともある。
 結果というものは、思い描いても仕方がないもの。

 ただし、嫌な思いをしたり、つらい思いをしたり、苦労したりする覚悟だけしておけば、実際にそうなったとしても、それは想定通りであって、別に不満もなにもない普通のことになるはずです。
」(p.45)

たしかにこれまでの人生を通じて、結果をコントロールしようとして上手くいったこともあれば、上手くいかなかったこともある。だから、行為と結果に関連性がないと思っておけば、気楽に生きられますよね。

つまり、人生が「ただ楽しくなる」というのは、世間の評価など関係なく、「自分が」幸せを感じて生きられるということなのです。」(p.48)

幸せになるために上手くいかせたい(思い通りにさせたい)と思っていましたが、上手くいかなくても幸せだと決めれば、簡単に幸せになれるってことなのです。


そうして、終わりのない理想をずっと追いかけてしまうのが「怖いからがんばる」です。怖くてはじめたものは、怖いところにしかかえってこないのです。
 怖さから逃げるためのがんばりを続けている限り、つらさやしんどさがずっと続いていくという事実を知ってください。
」(p.71-72)

「神との対話」でも言ってることですが、不安を消すには不安に飛び込むしかないのです。不安から逃げていては、いつまでたっても追いかけられるだけですから。

いまの自分で「もう十分幸せ」として、いったんがんばるのをやめるとなにが起きるのか?

「あ、大丈夫なんだ」という体験を得られます。

 理想を求めてがんばらなくても、我慢しなくても、怖がらなくても、問題を解決しなくても大丈夫なんだという領域に、一度足が着地する。そうすると、安心が増えていきます。
 僕は、幸せのひとつのかたちは安心だと考えています。
 安心というのは、怖いものがない状態ではなく、怖いものが少ない状態です。
」(p.75)

そんな「なんか大丈夫」という感覚を手にするには、不安や恐れを感じるものに対して、なんとかしようとして動き出すのをやめることです。
 なんとかするのではなく、「なにもしなくても別に大丈夫だった」という、まったく新しい体験を手に入れることが必要なのです。
 これが、僕が心屋仁之助時代からずっといってきた、「がんばらない」という言葉の真意です。
」(p.76)

不安や恐れを感じて、それを除外するから安心できるんじゃないんです。不安や恐れがある状況のままで大丈夫だと感じること。それが重要なのです。
だから、意を決して飛び込んでみる。飛び込んでみれば、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」がわかってくるのですね。

そうして、数年にわたり我慢し続けて、ある日突然、「どうしてわたしばかり我慢しなきゃいけないの?」「わたしのいうことはなにも聞いてくれない!」といって、激ギレして、いつの間にか「我慢させられた」と、被害者の立場に変わってしまうのです。
 だから僕は、いつも「人に迷惑をかけないようにしているのがいちばん迷惑」といっています。
」(p.86-87)

我慢したければ我慢すればいいのですが、たいていは被害者ポジションをとって、我慢させられたと他人のせいにしてしまうのです。それこそ迷惑でしょ。(笑)


人間関係の問題の多くは、「あの人は〇〇だから」「この人は〇〇なよくない面があるから」と、他人を分析して裁いて、「自分は悪くない」とするところから生じます。テレビやネットの情報を見聞きしても、一般人から専門家、コメンテーターまで、みんな会ったこともない他人を見た目だけで熱心に分析し決めつけています。
 でも僕は、ある時期から、他人の言動を見て「その種が自分のなかにはないのかな?」と探すほうが面白いことに気づいたのです。
 つまり、他人分析をむしろ自分分析に使うほうが、気づきが多いということです。
」(p.106-107)

なぜなら、人間関係の悩みは、あなたがぎゅっと持っている「善悪」を教えてくれるからです。簡単にいうと、あなたが斜めに傾いた目線で人を見ていると、その相手が斜めに傾いて見えてしまい、悩みが生まれる。」(p.111)

私たちは他人を見て「間違っている」と判断して批判非難しますよね。でも、価値観は人それぞれだということがわかってくると、他人を裁いているその価値観こそが、自分が抱えている価値観だと気づくのです。そしてその価値観によって、自分が苦しんでいることに気づくことが大切なのです。


得てして、幸せな親っていうのは、子どもにあまりなにもいわないんですよね。自分が幸せでいると、人それぞれの幸せを尊重できるので、「あなたの好きにしなさい」という感じで、子どもにもいちいち口出ししないのです。
 だからこそ、まず親が、いまからでも自分勝手に好きに生きて、幸せになっていけばいい。
 そして、幸せになるということは、不安と恐れが少なくなることでもある。
」(p.127)

困っているのは「わたし」なんだ。「わたし」の恐れなんだ。それを押しつけようとしていた。」(p.128)

子どもに「かくあるべし」を押しつけようとすること、躾を徹底しようとすること、親が敷いた線路の上を走らせようとすることはすべて、親自信の問題を子に押し付けているんですよ。
同じことが夫婦間でも言えます。特に夫が妻に対して行動を規制するのは、夫が不幸だからです。自分が幸せなら、妻の自由にさせられますよ。

私は、結婚する前から「あなたは自由だからね」と言ってきました。浮気しても自由だし、本気になったらいつでも別れてあげられる。そのくらい、妻の自由を受け入れてきました。それは、妻を自由にさせることが、私の幸せであるとも言えるからなのです。おそらく多くの人が、これが理解できないんだと思います。


端的にいうと、わたしたちは自分を責め過ぎているんですよ。
 だから「反省」もしなくていいんですよ。
」(p.154)

これは「神との対話」でも言われていました。私たちは自分に厳しすぎると。
「かくあるべし」を押し付けているんです。本来の自分は、時々刻々、考え方が変わる存在です。それなのに変わることを許さない。何なら数世代前からの価値観を変えることすら許さない。そういう思いこそが、自分責めであり、今の自分を大切にしない行為なのです。


むしろ、お金を使うのはまだ少し怖くて、それでも「使ってみようかな」と思い、物の金額よりも、なるべく「欲しいという気持ち」を優先していただけでした。
 そうして気持ちよくお金を使えば、当然そのぶんは減りますが、ワクワクした気持ちになれるのだからそれで十分と感じていました。
 すると、結果的にお金がどんどん増えていったのです。
」(p.203)

私たちは、どうしてもお金にとらわれて、どうしたら稼げるんだろう、どうしたらもっと多くを持てるんだろうと考えがちです。JINさんも、そういうことを考えなかったわけではないのですが、やりたいことをやって、「お金は使えば使うほど増える」と思っていたころは、まさにその通りになっていたと言います。

好きなことをして、好きなことにお金を使っていると、結果としてお金が増えることがある。でも、好きなことをして、好きなことにお金を使っても、そのぶんお金が減っていくだけのときもある。
 では、どうすればいいのかというと、もう好きなことをして、好きなものや体験を手に入れたのなら、「あーよかった、楽しかった」でいい。
」(p.204)

だからこそ、大事なのは、なにが起きても「まぁいいか」とあきらめることなんです。買い物でいうなら、結果的にお金が減っただけだとしても、それを手に入れたときのワクワク感や楽しみがきっとあったに違いありません。それを、存分に味わうことです。
 お金は結果的に増えたり減ったりするものだから、その都度「これでよかったんだ」と思えたら、きっとあなたはすでに幸せになっているはずです。
」(p.205)

これまでに言ったように、思い通りにはならないのです。つまり、行為と結果には因果関係がない。それを受け入れること。
それができれば、行為が結果から解放されます。ただそうしたいからそうする。そのようになり、行為をしただけで幸せになれるのです。

結果はコントロールできない神さまの領域だと思うので、わたしたちは人間として自分がコントロールできることだけをやればいい。自分ができることだけをやっていく。そんな大切なことを、お金はわたしたちに教えてくれているのかもしれません。
 だから、「わたしはこれを手に入れたら楽しそう!」という、シンプルな気持ちでお金を使っていけばいいと考えます。
「これがなんの役に立つ」とか「結果はどうなる」といったことを考えて使っていても、どんどんしんどくなるばかり。お金を使ったあとの結果のことは、それこそ、神さまに任せてしまいましょう。
」(P.206 )

だから、あるときから、「まぁ、大丈夫だろう」と思い直し、毎日を気持ちよく過ごしていたら、お客さんもお金も戻りはしませんが、平気度が増しました。」(p.209)

結果は手放すのです。私たちは、行為そのものを楽しめばいいのです。現実が変わらなくてもいいのです。自分の思い、自分の満足度、自分の幸福度が変われば、それで十分なのですよ。


むしろ、本当のお金持ちは、自分にとって大事なものにはお金を使いますが、そうでないものには1円たりとも払いたくない人たちです。その意味では、本当のお金持ちって、ある意味ケチともいえるし、お金を大事にしているともいえる。ケチといわれても気にしない。」(p.223-224)

つまり、お金があるということは、高いものが買えることではなく、「自由度が高まる」ことを意味するのです。あるのが善、ないのが悪ではないということです。
 お金に対してもっと普通に接していれば、悲愴感がなくなっていきます。
」(p.226)

いずれにせよ、本書で繰り返し書いていることと重なるけれど、「お金を大事に扱うとお金が増える(=うまくいく)」わけではないと知ることが大切です。」(p.228)

それよりも、お金を使うときのワクワクする気持ちや、お金に対する「感」にフォーカスして、なるべく「減った感」や「増えた感」にこだわらないようにすることが大事なのでしょう。」(p.228)

お金儲けということに関しても、結果を重視せずに行為を楽しむことが重要だ。それがJINさんの考えなのだろうと思います。

大変なときこそ、心のなかに余裕を持つことがやはり大切なのです(そう簡単にはできませんが)。
 そして、この余裕の正体が、「まぁ、大丈夫だろう」「なんとかなる」という楽天的な大丈夫です。実際は大丈夫ではないかもしれないけれど……それでも「まぁ、大丈夫だろう」と思えるくらいの安心感を心のなかに持つ、持ってみる、やってみる、声に出してみるんです。
 安心感をとても持てないときでさえも、そこはがんばって安心してみる。
 確かに、凄く、凄く勇気はいります(がんばれ)。

 でも、どれだけ雨が降り続いても、いつかは晴れるよ(たぶん)。
」(p.232)

これこそ「神との対話」の真髄だと思いました。怖いけどやってみるんです。不安だけど大丈夫だと決めるんです。
そして、それを経験し、実際どうだったかを検証すればいいんです。検証する段階で、その不安だったことは、どうなっているでしょうか?
不安は、飛び込まなければ乗り越えられません。不安から逃げている限り、不安は追いかけてきます。だからいつまでたっても、大丈夫の境地に至れないのです。
そして、このことをわかりやすく経験させてくれるのが、お金がなくなる不安、経済的な不安だと思います。私も体験させられました。いや、まだ体験している途中と言えるかもしれませんがね。(笑)


いろいろな「正しさ」や「損得」や「しがらみ」などのこだわりを捨てて、ただ流されて生きていくこと。
 それがこの、「心が風になる」という生き方です。
」(p.237)

しがらみは「柵」と書き、垣根や囲いを表します。
 しがらみがあると、守られているので安全。でも、そのしがらみのために「せざるを得ない」「しないわけにいかない」と、心や思考の自由を犠牲にしていくのが、しがらみの生き方です。
 しがらみを捨てるというのは、安全や安定を捨てるということです。
 そのためには、「なにがあっても大丈夫」「愛されている」と信じることが必要。でも、きっとそれは鶏と卵の関係であり、どっちが先かは問題ではないのです。
 ならば先に、「わたしはなにがあっても大丈夫」「わたしはあいされている」という「てい」で、行動を起こしてみること。
 現実があとから変わりはじめますよ。
」(p.238-239)

まずは「大丈夫だ」と決めることなんですよ。何の根拠もなくね。


しかも、遺伝子によってプログラムされたそれらの細胞が自律的に動き、有機的につながり、古くなった細胞を分裂して体の外へ排出し、新しい細胞を生成し、酸素や栄養素を取り込み、循環させている。
 そんな信じがたいことが、わたしたちの体の外側と内側で、ごく当然のように自動で行われていることを思うと、(僕にとっては)そうした存在のすべてをひっくるめた全体を、もう「神さま」と表現するほかないと感じるのです。
」(p.243)

つまり、神さまにとってわたしたち人間は、ある意味では取るに足らない、どうでもいい存在であるということになる。でも、わたしたちは、ごく微小ながら神さまの一部でもある。
 だとすると、神さまは、自分の細胞が悪くなるようなことは絶対にしないと思うのです。
」(p.244)

神様が「存在のすべて」であるなら、その「存在のすべて」の一部である人間、つまり私が不幸であって、それで神様が幸せであるはずがない。JINさんはそう考えますが、私も同感です。

たとえなんとかならずに死んだとしても、死んでしまうこと自体が「なんとかなった」ということかもしれない。それこそ筆舌に尽くし難いような生きる苦しみがあったなら、死によってその苦しみから解放されるように−−。
 さすがに不謹慎だと怒られるかもしれない。でも僕は、もう死ぬことさえ「なんとかなる」ことだと思うようになってしまいました。
」(p.248)

つまり「死」というものでさえ、私たちがこれまで抱いていたような絶望的な状況とは違うのではないか、という考え方があると思うのです。

伝えたいのは、そうした変化のきっかけを、神さまは適切なときと適切な場所に、きちんと用意してくれているということ。しかも何度も。チャンスの女神は毛だらけです。」(p.260)

チャンスの女神の前髪をつかまなければとんでもないことになる。そういう不安こそが幻想なのですね。


先に紹介したように、待ち合わせに遅刻したり、人との約束を破ってみたりする。賽銭箱に1万円を入れる神社ミッションを思い切ってやってみる。
 そうしてはじめて、「怖い!」「これをしたらさすがにやばい!」という壁の向こう側に、「大丈夫」という巨大なクッションがあることに気づけます。
 自分が悪だとしていることを、やる。
 自分が善だとしていることを、やめる。
 犯罪を犯さない範囲においてですが、自分が悪だとしていることにチャレンジし、自分が善だとしていることを断ち切ると、最終的には「どっちでも大丈夫なんだから、もうどっちでもええんや」という「大丈夫の土台」ができあがります。
」(p.262)

本当はどうでもいいことにこだわって、苦しんで、つまり幸せになれずに、私たちは生きてきました。だからこそ、今、その生き方そのものを問い直してみるべきなのです。

安心があるというのは、それだけで大きな幸せなのです。
 そして、この「安心という幸せ」を土台にして、その上に一過性の幸せが積み上がっていきます。
」(p.264)

まずはベースに、何があっても大丈夫だ、を置くこと。何を選択しても、しょせんはお釈迦様の掌の上で右往左往しているだけなのだという認識を持つこと。そうすれば、より自分らしい選択ができるようになりますね。


安心という幸せは、いわば「大丈夫の幸せ」です。
「やっても、やらなくても怒られない」
「別に怒られても、大丈夫」
「これをやっても嫌われない」
「別に嫌われても、大丈夫」
「できたら幸せ」
「別にできなくても、大丈夫」

 僕は幸せの土台になるのは、「大丈夫」しかないと信じています。
」(p.266)

これしか、絶対安心の境地には至れないと思うんですよね。「安心立命」の境地。禅の悟りの境地とも言われますし、靈氣創設者の臼井甕男氏が到達した境地とも言われますが、これは、「何があっても大丈夫だ」ということなのだと思います。

それは、あなたの勝手な「思い通り」のストーリーにはならないかもしれないけれど、神さまからすれば、あなたにとっての最良の結果になるということ。
 神さまは最良のかたちで「ええように」はからってくれるから、これまで大事に抱えてきたあなたの怒りや不安を、もう捨ててしまうときが訪れたということです。
」(p.278)

私は常々、「起こることはすべて最善であり、必然であり、完璧だ。」と言っています。だから、「大丈夫だ。何とかなる!」とも。
これは、「神との対話」を始めとする多くの書籍などから学んだ私の叡智です。そして、心屋仁之助さんことJINさんも、その境地に至っておられるのだなぁと感じました。


まぁ、そうは言っても、日々の出来事の中では、つい反応してしまうことも多々あります。そのたびに反省し、次こそは自分らしく考え、自分らしい選択をしようと誓うのです。なかなかできませんがね。(笑)
でも、そういう同じようなことの繰り返しこそが人生であり、ひだを舐め尽くすようにすべてを体験するためにあるのだと理解しています。だから、一足飛びに成長しなくていい、道草しながら人生を楽しめばいいとも思っています。

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2025年08月30日

お釈迦様はヨーヨーの糸を垂らす

お釈迦様はヨーヨーの糸を垂らす 日本講演新聞中部支局長のほっこりお笑い日記[本/雑誌] / 山本孝弘/著 - ネオウィング 楽天市場店
お釈迦様はヨーヨーの糸を垂らす 日本講演新聞中部支局長のほっこりお笑い日記[本/雑誌] / 山本孝弘/著 - ネオウィング 楽天市場店

日本講演新聞の中部支局長、山本孝弘(やまもと・たかひろ)さんの新刊が出ると聞いて買った本です。
山本さんの本は、これまでにも「「ありがとう」という日本語にありがとう」「明日を笑顔に」を紹介していますが、日本講演新聞の社説を書かれるようになってから注目していたコラムニストです。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。
本書は、山本さんがこれまで書いてこられたエッセイの中から51篇をまとめたものになっています。1つのエッセイは3〜8ページほどで読めるので、ちょっとした空き時間に1篇だけ読んでみるというような読み方ができます。

いや、せーやんは不器用なだけで、きっと素直なおばあちゃんだったのだ。きっと戦争で苦労して、激動の時代を生き抜いてきたのだ。
 僕たちがせーやんを悪者にしたように、閻魔様もせーやんを地獄に落としたかもしれない。
 でも、極楽のお釈迦様はきっと思い出してくれる。せーやんが僕にヨーヨーをくれたあの日のことを。そしてお釈迦様は地獄のせーやんにヨーヨーの糸を垂らすのだ。
」(p.12)

これが本書のタイトルになっている「がんばれ、駄菓子屋のばあさん」というタイトルのエッセイの一部で、本書の最初のエッセイになっています。

このエッセイは、私はすでに読んで知っていました。本のタイトルを知った時、このエッセイのことだとは思いつかなかったのですが、改めて読んでみて、「なるほど、こういう話だったか」と思いました。
山本さんの話は、だいたいがこういう日常的な思い出話で、温かみがあってほっこりする内容になっています。


ベッドに戻ると天井から水が滴ってきた。それが狙ったかのように顔に命中した。雨漏りだ。フロントに行ってもきっと誰もいない。大きな声を出して呼んで起こしても雨漏りが止まるはずもなく、夜中に他の空き部屋に移るのも面倒だ。そう思った僕は体の向きを変えて寝た。足に雨が落ちてきた。
 翌朝、
「よく眠れたかい?」
 と何喰わぬ顔をした宿のおじさんが笑顔で聞いてきた。
「少し暑かったけど、足は冷たくて気持ちよかった」
 と答えた。
」(p.66-67)

山本さんはバックパッカーとしてタイやインドなどを旅行されていて、これはタイのコンケーン県のホテルでの話です。私もタイで20年ほど暮らしているので、何となくこのやり取りが目に浮かぶ気がしました。こういう大らかさがタイにはあるのです。


次は「それぞれの道で輝く教え子たち」というタイトルのエッセイです。これは、重度の障害がある娘さんを育てている小学校の音楽教師の郁子さんにまつわる話で、山本さんは以前、郁子さんの記事を書いたことがあったそうです。

まだ郁子さんが独身の頃の話。勤務する中学校にある男性教師が転任してきて、3年生のクラスを受け持つことになった。郁子さんと親しい女子生徒が音楽室にやってきて文句を言った。
「もっとカッコいい先生がよかったのに!」
 郁子さんは「先生のことをそんなふうに言ってはいけません」と言ったかと思いきや、
「気持ちはわかる。頑張ろうぜ!」
 と返したそうだ。
」(p.110)

郁子さんの性格がよくわかるシーンですね。しかし、話はそれでは終わりません。この男性教師、晃夫さんは、熱心に野球部を指導し、次第にクラスの生徒からも信頼され、人気が出てきたのだそうです。そして郁子さんも晃夫さんに魅力を感じるようになり、2人は結婚されたそうです。

その時、気になる1年生部員を発見。身長は150センチで普通の体格。パワーも特にない。でも彼に野球のセンスを感じた。左で打たせてみたら右より良いスイングをしたので、晃夫さんは彼を左打ちに変えさせた。
 投手もやらせたそうだ。彼が投げた試合の当時のスコアブックを見せてもらった。被安打9、与四球11、奪三振0と悲惨なものだったが、それでも晃夫さんは彼に未知の才能を感じたというから不思議だ。
」(p.111)

この生徒は後に、ソフトバンクホークスから育成ドラフトで指名され、プロ野球選手にまでなったそうです。

その選手とは、今現在、大リーグで活躍している千賀滉大選手だ。交流は今でも続いている。」(p.112)

こういうことがあるんですね。これだけでも心温まるエピソードなのですが、話はさらに続きます。

そして、もう一人の教え子の話。
 郁子さんに「もっとカッコいい先生が……」と文句を言った女子生徒は、その後、晃夫先生にゾッコン。
「私もあんな先生になる!」
 と言ってその道を目指し始め、今は愛知県の中学校で教師をしている。
」(p.112)

このエピソードを最後に持ってきたところに、山本さんの心の温かさを感じます。一方は世間に知られた大リーガーです。それに対して、もう一方はただの中学校教師です。でも、どれだけ大きなことを成し遂げたかが重要なのではなく、人と人との関わりの中で影響を受け、それぞれの人生を歩んでいくことの素晴らしさを、山本さんは伝えたいのではないかと感じました。


でもそこは夢の国。先生が生徒に説教をする姿はあまり好ましくない。
 かといって、ディズニーのスタッフが先生の所に行き、「やめてください」と言う姿もそれはそれで夢の国としては好ましくない。
 さて、どうなったか。
 山西先生と叱られている生徒たちの間に、ディズニーのキャラクターが突如割り込んできた。みるみるうちに他のキャラクターたちも集まってきて、生徒たちを囲んで踊り始めたのである。
」(p.120)

このエピソードも素敵だなぁと思いました。凍りつくような場面で正論をぶちかましてどちらか一方をやり込めるのではなく、明後日の方向から関わって場を和ませる。こういう介入の仕方って、素晴らしいなぁと思いました。
それにしても山本さんのところには、こういう素敵なエピソードがたくさん集まってくるんですね。引き出しの多さに感服します。


その時にまたこう言われた。
「日本人はみんなジェントルマンだね」
 日本人は普通のことをしても世界基準ではジェントルマンになる時がある。
 海外に行く時は常に「自分の行い=日本人の行い」と見られていることを意識したいなと思う。
」(p.159)

これは山本さんがバンコクで記者証を作ってもらった時のエピソード。路上で作ってもらったのですからまがい物でしょうけど、申込時に代金を払うことになっていたようです。ところが、山本さんが大きな紙幣(おそらく1000バーツ札)しか持っておらず、店の人もお釣りがないと言うのです。これはタイでは普通にあることですね。どこかで崩してこようかと思ったら、お店の人が受取り時でよいと言うので、そうしたそうです。
そして1時間くらいして受け取りに行くと、お店の人が別の人に代わっていて、代金はもらっているはずだから要らないと言うのです。山本さんは事情を説明して調べてもらって、やっとまだ払ってなかったことを納得してもらって、支払いを済ませたのだとか。

チャンスがあれば騙してでも得をしようと考えるのが、残念ながら世界では普通のことかもしれません。そんな中にあって、日本人の感性はまったく違うと思います。お天道さまが見ているのだから、いつでも正直であること。それが日本人なんですね。
私もタイで、そういうことは何度か経験しました。コンビニで買物をして500バーツ札で支払いをしたら、お釣りの中に500バーツ札があったのです。店員さんが1000バーツ札を受け取ったと勘違いしたんですね。私はすぐに、その500バーツ札を返し、最初に渡したのは1000バーツ札じゃなく500バーツ札だと説明しました。
当時、店員さんの日給が500バーツくらいだったかと思います。そんな間違いが後でわかったら、店員さんがペナルティーを与えられるかもしれないし、そうでないとしてもお店は大損でしょう。そういうことが想像できるだけに、そんなことで得をしたくなかったのです。
私も、自分の行動が日本人を代表していると思いながら生活していました。そんな懐かしいタイでの生活を思い出させてくれるエッセイでした。


今回の本に収められたエッセイの半分くらいは、すでにどこかで読んだような記憶があります。なので、私にとってはそれほど目新しさはありませんが、相変わらず山本さんのほっこりするような温かい目線が感じられる内容でした。

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タグ:山本孝弘
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2025年08月14日

論語と将軍

論語と将軍 徳川将軍15人と江戸時代を創った帝王学 [ 堀口 茉純 ] - 楽天ブックス
論語と将軍 徳川将軍15人と江戸時代を創った帝王学 [ 堀口 茉純 ] - 楽天ブックス

Youtube動画で江戸地代に関する情報を楽しく紹介してくれる「ほーりーとお江戸、いいね!」というチャンネルがあり、最近よく観ています。お江戸ル(アイドルをもじったもの)のほーりーこと堀口茉純(ほりぐち・ますみ)さんが、実に詳しくいろいろなことをご存知で、知的好奇心を満たしてくれる動画なのです。
その堀口さんが本を出版されると聞いて、買ってみたのがこの本です。堀口さんって実はとっても有名な方で、元々は女優でテレビにも出演されてた方なのですね。知りませんでした。ご著書も何冊かあるようです。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

しかし家康は違います。彼が征夷大将軍となって幕府を開いて以降、十五代にわたって子孫が権力の最高峰に君臨し続け、265年にわたる驚異的な長期政権を実現させました。」(p.2)

たとえば「上下定分の理」の解釈は、林羅山が記した『春鑑抄(しゅんかんしょう)』の以下の部分を論拠に展開されるのが定石です。
 天ハ尊ク地ハ卑シ、天ハ高ク地ハ低シ。上下差別アルゴトク、人ニモ又君ハ尊ク、臣ハ卑シキゾ
 (天は尊く地は卑しい、天は高くて地は低い。こうした上下の差や分別があるように、人間社会においても主君の身分は尊(高)く家臣の身分や卑し(低)い)
 確かにこの部分だけ読めば、天と地の上下があるように、人の身分の上下関係も不変的で絶対のものであるという主張のように感じられます。ですが、この文章を読み進めると、
 君モ臣ヲツカウニ礼儀ガナクンバ、国ハ治マルマイゾ。必ズ乱レンゾ。乱ルレバ滅ブルゾ
 (主君が家臣に対する礼儀が無ければ国は治まらず、必ず乱れるぞ。乱れれば滅びるぞ)
 とあります。つまり羅山の主張の本質は、単に「下は上に対して従順であるべき」というような一方的なものではありません。むしろ「上(主君)が下(家臣)をないがしろにすれば、国は必ず乱れ、滅びる」とまで言っているのです。「大パワハラ時代」とは真逆!
」(p.3-4)

徳川家康に始まる江戸時代が長く続いたことはよく知られていて、その重要な要素として儒学、特に朱子学があったとされています。その朱子学においては長幼の序と言われるように、上下を分けて守ることが重要とされています。これを、身分社会であり、上が下を奴隷のように扱ったと解釈するのは誤りだとほーりーさんは言われるのですね。


しかし家康の儒学重視の姿勢を鑑(かんが)みれば、かなり強い意思をもって”徳”の字を名字に戴(いただ)いたとも考えるのではないか。四書を座右の書とし、とりわけ『孟子』を愛した家康は、三河一国の主になった時に自身が”徳治”の王者たらんと決意した。その志を名に刻むべく、”得”川ではなく”徳”川を名乗ったのではないかと、私には思えてならないのだ。」(p.19)

家康が名字を松平から徳川に改名したのは、三河統一を成し遂げた25歳の時だったそうです。松平は清和源氏の名門、新田(にった)家の末流の得川義季(とくがわ・よしすえ)の子孫であると自称していたので、それにあやかって付けたとされています。そうであるなら得川で良さそうなものですが、あえて徳川としたのはなぜか? 理由は解明されていませんが、ほーりーさんは、家康がそもそも徳治政治を目指していたと考えるのですね。

奇しくも家康は次の言葉を自身の旗印としていた。

 厭離穢土(おんりえど) 欣求浄土(ごんぐじょうど)

 これは穢土を厭(いと)い浄土を求めるという仏教用語だ。家康は19歳の時に松平家の菩提寺の大樹寺で自殺しようとしたところ、住職からこの言葉を授かって思いを改め「戦国乱世で荒れ果てた現世を穢土から浄土に変える」という意味で、自身の旗印としたと伝わっている。
」(p.21)

家康は仏教に傾倒し、現世に浄土を築くことを生き甲斐として、執念を燃やしたのかもしれません。

仏教への信仰心は人々の大きな心の拠り所となる反面、依存状態になった信者が過激化する危険性を常にはらんでいたのだ。
 しかし乱世が終われば戦死することも戦(いくさ)に駆り出されることもなくなり、生活は格段に安定する。人々は死後の世界よりも現世に目を向けるようになるだろう。いや、向けさせなくてはならない。
 必然的に仏教、つまり宗教とはまた別の、現世をより充実させるための新しい考え方が必要になる。それは何か。当時の知識人たちが注目したのが儒学だった。
」(p.22)

仏教は宗教である以上、理屈を超えた信仰が重視されがちです。そのため、わけもわからず信じることが求められ、人々は依存症になり、命令されるがままに動くようになってしまうのです。
一向一揆に見られるように、宗教的な集団心理による破壊活動は現世の平和を乱すことがあります。(かつての十字軍、オーム真理教の事件など、宗教がらみの殺戮は枚挙に暇がありません。)そういうことが起こらないように、現世の平和と秩序を守るために、儒教が取り入れられたとほーりーさんは言います。


この部分は湯王と武王の故事に由来するため湯武放伐論(とうぶほうばつろん)とも呼ばれている。このように『孟子』は、主人が ”仁” ”義” といった徳のない暴君である場合には、それを討って新政権を打ち立てること=革命を是認しているのだ。」(p.26)

湯(とう)王が桀(けつ)王を追放し、武(ぶ)王が紂(ちゅう)王を討伐したことを、本当にあったことだと説明する孟子の一文から、家康は仁のない主君なら討伐しても良いと考え、羽柴家を討伐したということですね。
この考えは革命(テロリズム)を肯定するものであり、危険性をはらんでいます。しかし家康は、天下泰平という理想を実現するために、ここに踏み込まざるを得なかったのでしょう。


後日、家康が「関ヶ原の合戦を経て、自分の息子達の中で徳川家の家督を継ぐのにふさわしいのは誰かを改めて家臣に問うたところ、武勇に優れた秀忠(ひでただ)の兄・秀康(ひでやす)や、弟の忠吉(ひでよし)を推す声が上がった。
 しかし、秀忠付きの家老である大久保忠隣(おおくぼ・ただちか)は「乱世であれば武勇に優れた人が適任であるが、これから先、天下が治まれば文徳(学問で人々を導く徳)がある人でなければそれを維持してゆくことはできない。中納言(秀忠のこと)は常に控えめで孝行心が強く、文徳と智勇を兼ね備えている。どうして守文(守成のこと)の主にしないのか」と意見した。これを聞いた家康は納得し、秀忠に家督を継がせる決心を固めたという。
」(p.38)

戦国時代までの跡目相続では、必ずしも長子相続ではありませんでした。才能を見て決めたのです。しかし、そのことによって世継ぎ争いが勃発し、内覧に発展することがありました。この時の家康は、まだ長子相続を決めていなかったのです。

人が自分の姿を見るのに鏡を必要とするように、主君が自分の過ちを知ろうとするならそれを述べる忠臣が必要だ。主君が自分を賢いと思って諌めを聞かず、家臣がこびへつらって従うようでは、国は亡びる。要するに「諫言を重視せよ」ということである。
 秀忠もこれに倣(なら)って諫言重視の姿勢を踏襲した。そのことが表れているのが山王祭と神田祭の山車(だし)の”諫鼓鶏(かんこどり)”だ。古代中国で理想とされる王は「諫言があれば太鼓で知らせよ」と城門の外に諫言のための太鼓=諫鼓を設置した。しかし王の政治は立派だったため天下泰平となり、打たれることのない諫鼓の上には鶏が乗って遊んだ、という故事がある。
 秀忠は、江戸城に山車が入ることが許された山王祭と神田祭で曳(ひ)かれる山車の、一番先頭をこの”諫鼓鶏”にするよう命じた。これは「徳川将軍家は天下泰平を第一に考え、そのために諫言を重視している」というメッセージに他ならない。
」(p.40)

戦乱の世が終わったように見えても、徳川家による天下統一はけっして安泰ではありませんでした。家康のみならず、二代将軍の秀忠の守成もまた、非凡なものがあったのですね。


ただ、この法令群の根本理念である弱者救済自体を否定したわけではなく、「捨て子禁止令」などは継続することとした。
「捨て子禁止令」は、世界で初めての子どもの人権を守る法令である。
」(p.96)

犬公方と称された徳川綱吉は、生類憐みの令を発しましたが、それは必ずしも評判が良くはありませんでした。それで続く6代将軍家宣は、新井白石の教えもあり、不評なこの生類憐みの令を廃止していったのです。けれでもすべてを廃したわけではなく、本当に意味のある規則は残したということですね。


当時流通していた元禄金銀および宝永金銀は、勘定奉行・荻原重秀の貨幣改鋳により鋳造されたものだった(p97)。
 金貨や銀貨に不純物を混ぜて、金と銀の含有量を大幅に減らした品質の低い貨幣だが、一枚の貨幣に使う金と銀は少なく済み、その分製造枚数を増やすことができる。こうして得られる益金(出目)で、幕府の財政収入を補填していた。
 貨幣の価値が下がった分インフレになったが、商業も急成長していたため経済政策としてはおおむね上手くいっていたと現代では評価されている。
 しかし、白石はそうは思わなかった。
」(p.108)

その後に白石が行ったのが、貨幣の質を荻原重秀の貨幣改鋳前に戻すこと。金銀をたっぷり使った良質な貨幣・正徳金銀の鋳造である。しかし肝心の金・銀の産出量が枯渇していたため発行できる貨幣の量が減り、経済成長もストップ。深刻なデフレに陥った。」(p.109)

経済政策は難しいものです。金貨銀貨と言う限りは、その含有量を高めなければ「正しい」とは言えません。けれど、「正しい」ことをすれば経済が失墜し、「不正」をすれば経済が好調になる。こういうことがあるのです。
これは、経済規模に見合ったマネー(通貨)が流通していないと、取引きがスムーズに行われなくなって、経済が回らなくなってしまうからです。一方で通貨は、信頼があってこそ流通するものなので、粗悪な貨幣を流通させて信用が失墜すれば、これまた経済が悪くなっていたでしょう。当時、バランスを取るという考え方はなかったのです。


このなかで有名なのは、「父の家に在りては父に従い、夫の家に行きては夫に従い、夫死しては子に従う」という ”三従”。そして、これをやったら離縁されても仕方がないという七つの言動「@義父母に従わない A子ができない B淫乱である C嫉妬深い D悪い病気にかかった Eおしゃべりが過ぎる F盗みを働く」”七去”でしょう。”三従””七去”は儒学の”礼”に関する論文集『大戴礼記(だたいらいき)』に基づいた女子教育論です。」(p.113)

こういう価値観の時代があったのですね。ただ、こういう教えが重視されたのは、こういう教えに従わない女性が増えてきていたからだとのことです。なるほど、それもまた着眼点ですね。そういう意味では、実態はもっと自由だったのかもしれません。


また、大塩が高名な陽明学者で”知行合一”を重視していたことから、大塩平八郎の乱は”知行合一”の体現として受け止められた節があります。このためこれ以降、陽明学を学んだ人が目的を達成するために過激なテロリズムに走る傾向が強くなりました。
 まさか”知行合一”の実践としてテロリズムが肯定されるとは……。王陽明も想定していなかったことでしょう。
」(p.184-185)

まさに、幕末の吉田松陰も陽明学に傾倒していて、やったことはテロリズムですからね。本来の意味は、行いに現れないのであれば、まだ本当には知っていないのだ、という意味だと私は思うんですがね。
ただ、豊臣の治世を守ろうとせずに暴力的に打倒した徳川の治世という観点からすれば、因果応報と言うこともできるかと。「正しさ(正義)」が人それぞれなら、テロリストにはテロリストの正義があるのです。


さらに水戸徳川家は初代当主・頼房以来独自の血統を保っており、幕末には徳川宗家とはほぼ他人同然というほど、血縁関係が薄くなっていた。
 つまり、水戸徳川家は将軍家や大奥から見れば、「圧倒的よそ者」だったのだ。
」(p.224)

鎖国したままであればそのままでもよかったのかもしれないが、「開国」「貿易」を行って西洋諸国との交流を決めた以上は、日本も西洋に倣った新しい政治体制を構築する時期に来ていたことは事実である。
 誰かが幕府を葬る必要があった。そしてそれは、徳川将軍家にとって「圧倒的よそ者」である水戸徳川家にルーツをもつ慶喜だからこそ、できる仕事だったのだ。
」(p.225-226)

二代藩主・光圀以来、水戸藩で脈々と受け継がれてきた”尊王”思想は、幼少期から斉昭の膝下で育ち、弘道館で英才教育を受けることで、慶喜の骨身に染みわたっていた。自分が朝敵とされたことは父や先祖までをも辱(はずかし)める屈辱で、慶喜を思考停止させるのに充分な衝撃だっただろう。
 幕府を葬ることはできても、朝敵の汚名を着せられることは彼の血が許さなかったのだ。
」(p.228)

なるほど、この考察は面白いですね。慶喜は徳川の本流から外れた水戸家であり、水戸家は尊王の思想を大事にしていた。だからこそ、幕末の難局を乗り切るにあたって幕府を終わらせる大政奉還ができたし、錦の御旗を掲げた薩長軍を前に敵前逃亡したというわけです。たしかに、そういうことがあったのかもしれませんね。


いつもはYoutube動画で楽しませていただいているほーりーさんですが、こんなに詳しい方だとは思いもよりませんでした。思想的なものは専門ではないと書かれていますが、いやいやどうしてどうして。ほーりーさんらしい着眼点があり、これまであまり身近に感じてこなかった歴代将軍のことが、少し身近に感じられました。
NHKの大河ドラマもそうなのですが、ドラマや小説で歴史を知ると、登場人物を身近に感じられますよね。私も「篤姫」を観たので、幕末の3代の将軍のことが、こんな人だったのかもしれないなぁと感じます。本書でも改めてそういうことを思い出し、また別の一面も知ることができました。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 19:29 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年07月24日

社会保障が国を亡ぼす

社会保障が国を亡ぼす: 社会保険料を下げて手取りを30%増やす! - 石川雅俊
社会保障が国を亡ぼす: 社会保険料を下げて手取りを30%増やす! - 石川雅俊

X(旧Twitter)で政治関係のやり取りをよくやっているのですが、その中で私は、20年以上前から内政の喫緊の課題は社会保障費問題だと言ってきました。人口構成が高齢者に偏り、超高齢化社会になることで、現役世代が高齢世代を支えきれなくなる問題です。
その問題に対して、これまで与党も野党も正面から取り組もうとしてきませんでした。それがここ最近、そういうことを訴える声が上がってきて、2025年の参院選では、ついに音喜多駿さんが政策として取り上げるに至りました。もちろんそれまで、年金問題を河野太郎さんが取り上げたりもしてきました。少しずつ少しずつ、社会保障費の増大をどうするのかという問題に向き合わなければならないことが、より多くの人に知れ渡ってきたような気がします。

そんな中で、Xで知り合ったのが石川雅俊(いしかわ・まさとし)さんです。石川さんは医師であると同時に東京医療保健大学の特任教授を務め、さらに厚生労働省でも医療法改正などに関わってこられたという経歴があります。そんな石川さんが本を出版されたと知って、買ったのが本書になります。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

本来、社会保障とは「最低限の生活の保障」のはずでした。ところが、戦後日本は福祉国家という理想のもと、制度を拡大させ続け、気がつけば多くの国民が「もらえるのが当たり前」「誰かが支えてくれるはず」と考える社会ができあがってしまいました。いわば、支え合いの美名の下に、自立心と自由が奪われた社会主義的構造が温存されているのです。」(p.3)

序章でまずこのように言われています。私たちは本来、自分で自分を支えるしか仕方がなかった。でもそれは無理なので、お互い様の精神で、家族親族で支え合い、地域で支え合って暮らしてきました。これは世界的に見てもそうです。
しかし、戦後の高度成長時代に入った日本は、国家が国民を支えるという仕組みを導入していき、さらにそれを大きくしていきました。その中で、支えられる側は、支える側の顔が見えなくなっていったのです。

これを社会主義とか「大きな政府」と私は表現しています。「ゆりかごから墓場まで」と言ったのはかつてのイギリス労働党でしたが、それによってイギリスが没落していったことは歴史が示す通りです。日本も同じ道を歩もうとしている。そのことが懸念されているのです。


日本の社会保障給付費は年々増加し続けており、厚生労働省の発表によれば、2024年には137.8兆円(対GDP比22.4%)に達し、一般会計予算を上回る水準にまで膨れ上がりました。公共事業費(6.1兆円)や防衛費(8.6兆円)と比べると、その規模がいかに大きいかが分かります。過去30年間、社会保障にかける費用が急増する一方で、その他の予算は、防衛費を除いて、軒並み減らされてきました。」(p.16)

私たちがマスコミを通じて耳にする政府予算は、たいてい一般会計であり、社会保障費を扱う特別会計ではありません。だから、社会保障費が約140兆円もあることに気づかないでいるのです。

本当の原因は、高齢者に対する優遇措置が過剰に広がってきたことであります。たとえば、かつて行われた高齢者の医療費無料化などに象徴されるように、政治が高齢者の声を優先する「シルバー民主主義」が進んだ結果、医療・年金・介護といった社会保障の給付が次々と拡大されてきたのです。そしてその負担は、現役世代やこれから生まれる将来世代に押しつけられているのが現実です。」(p.18)

先ほど見たように、手取りが増えない要因は、企業が給与を上げない点も大きいですが、税金よりも社会保険料が高く、その社会保険料がどんどん引き上げられてきた事も大きな要因です。」(p.19)

税金の引き上げには国会審議と採決が必要です。だからマスコミでもよく取り上げられます。しかし、制度的にすでに決まっている社会保険料の引き上げは、必要なら厚生労働省の一存で決められます。だからマスコミでもあまり取り上げられず、国民の多くもよく知らないのです。
そもそも国民の多くは、給与明細をよく見ようともしません。差し引かれているものが何なのか、どういう仕組なのか、自分の頭で考えようともしません。そういう情弱な国民の低い知能につけ込んで、好き勝手に社会保険料として国民から奪い取ることができる仕組みが、今の社会保障制度なのです。


公費も入れると、1990年から2024年の約30年で約2倍、1970年から2024年の約50年で約3〜4倍の負担になっていることがわかります。高齢者等への莫大な仕送りが増える一方で、現役世代の手取りはその分激減しているのです。まさに現役世代は財産権を侵害されているといえるでしょう。」(p.22-23)

国際比較研究においても、日本の世代会計の不均衡は、世界最低の状況となっていることがわかっています。これは、世代間格差の拡大、高齢者優遇の制度設計が問題なのです。制度を変えるべく声をあげなければ、私たちの財産はこのようにどんどん奪われてしまうのです。」(p.23-24)

年金も医療も、積立方式ではなく賦課方式、つまり、必要な人に支給する一方で、その分の保険料は、納められる人からもらうという仕組みになっています。そしてその「必要な人」というのが高齢者に偏っていて、「納められる人」というのが現役世代に偏っている。つまり、高齢者世代が現役世代から搾取する仕組みになっているのです。


「私はこの老人医療費の無料化は、戦後の医療政策の中で最も問題のあるものの一つだと思います。この政策で、高齢者が必要性の低い医療サービスを受けるケースが増え、医療機関を訪れる人数が急増したのです。その結果、医療費は膨らみ、1973年以前の4倍以上に達するなど予算が急速に逼迫していきました。

 この状況は「医療機関のサロン化」と批判され、1983年に老人医療費無料化が廃止され、以後は一定の自己負担が求められるようになりました。しかし一度負担を下げてしまうと、あげることは政治的にとても難しいものです。そのためいまだに75歳以上の後期高齢者の多くは窓口1割負担(高額療養費限度額を考慮すると更に負担は小さい)となっているのです。
」(p.27-28)

後期高齢者医療制度もまた、「高齢者の負担能力に応じた設計」を目指すとされながら、実際には75歳以上は現役世代に比べて圧倒的に低い自己負担(原則1割)となっており、巨額の支援金が現役世代からの仕送りで賄われています。」(p.28)

「もらって当然」「使わないと損」という考えが社会保障制度に染みついた今、その拡張は止まりません。本来なら支援の必要がない層にまで公的給付が及び、制度は本来の目的を逸脱しています。自助・共助の精神は薄れ、社会全体が国家依存の体質に変わりつつあります。その結果、誰も制度を「支える側」になりたがらず、全員が「受け取る側」に回る−−そんな不健全な均衡が成立しつつあるのです。」(p.30-31)

この拡張主義的な社会保障制度は、自由主義の思想とは相容れるものではありません。例えば、経済学者フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek)は、福祉国家の本質が「社会主義の手段」であり、自由な市場経済を抑制し、国家が経済を統制する危険性があると指摘しています。」(p.31)

問題の本質がまさにここにあります。国家全体という一人ひとりの顔が見えない社会における支え合いにおいて、人々は自分が得をすればそれでいいという考えになってしまうのです。しかしその考え方は、意図せず自分の自由を捨てて、社会に縛られることになってしまう。そこに気づいていないことが悲劇なのです。

しかし、現役世代の負担が増え続けても足りず、公費負担も膨張しています。保険料のみで制度を維持できない時点で、現在の社会保険制度は破綻しているといっても過言ではありません。」(p.32)

そろそろ、発想を転換すべき時です。「政府が守るから安心」ではなく、「政府に取られすぎないから自由でいられる」そんな社会を目指すべきではないでしょうか。政府の過剰な支出を削減し、私たち自身の自由と選択、そして手取りを取り戻すことが、これからの社会保障改革の出発点であるべきです。」(p.33)

保険料は特別会計の収入に計上されますが、それだけでは社会保障費の支出がまかないきれません。なので政府は、一般会計、つまり税金を使ってそれを補填しています。つまり、一般会計に表れる社会保障費というのは、特別会計の補填費であり、全体の一部に過ぎないのです。その全体の一部に過ぎない一般会計の社会保障費が、国家予算(一般会計)の約1/3にもなっているのです。これで破綻していないと強弁するのはどうかと思います。


さらに問題なのは、年金制度が本来の「保険」としての性格を失いつつあることです。保険とは「自分の払った分に応じて、自分が受け取る」仕組みであるべきです。しかし、現行の年金制度は、再配分機能(所得の多い人が、少ない人を支える)を強化しており、「払った分だけ戻る」という対価性はどんどん薄れています。

 このように、現在の年金制度は、もはや「自分の老後に備える仕組み」ではなく、「誰かを支えるために取られる仕組み」になりつつあります。将来、年金を受け取る若い世代ほど、「払った分以上は戻ってこない」可能性が高く、制度がねずみ講やポンジ・スキームに似た構造だという批判も無視できません。
」(p.38-39)

年金保険と呼ばれますが、その実態は保険とは程遠いものになっているのです。この辺が国民の多くに理解されていないと言うか、うまく洗脳されていると言うか、政府の好き勝手にされているなぁと感じるところです。


低価値医療とは、医学的な効果が小さい、あるいは予後に大きな影響を与えない医療行為を指します。たとえば、風邪などの軽症に対して抗生物質を処方したり、症状が自然に回復するにもかかわらず受診が繰り返されたりするケースが挙げられます。

 こうした医療行為は、患者にとって大きな健康効果をもたらすわけではありませんが、医療機関にとっては診療報酬が発生するため提供され続けます。結果として、年間数兆円規模の医療費が「ほぼ効果のない医療」に使われており、本当に必要な患者に十分な資源が届かない事態を招いています。
」(p.40-41)

もう一つの深刻な問題は、「本人の意思確認もないままの延命治療」です。高齢者や認知症患者などが、胃ろうや人工栄養、心臓マッサージ、気管挿管といった高度な医療行為によって ❝生かされ続ける❞ 現状があります。延命治療は、医学的に生命を延ばす効果があるとしても、必ずしも「生きる質(QOL)」を高めるものではありません。

 むしろ、多くの高齢者は「自分らしく死にたい」「苦しまずに最期を迎えたい」と望んでいるにもかかわらず、法制度の未整備や医療現場の慣習により、延命治療が自動的に行われています。このような行為は、本人の尊厳を無視した「制度による人権侵害」であり、海外では制度的虐待と見なされることすらあります。
」(p.41-42)

自由主義の立場から見れば、医療は必要な人が、必要な時に、必要な分だけ受けるべきものであり、それに応じた負担(=応益負担)を行うのが公正です。現行制度のように、必要性に関係なく医療を広く薄く無償で提供する仕組みは、モラルハザードを誘発し、限られた財源を食い潰す構造を助長しています。」(p.42)

現行制度は応益負担より応能負担が大きくなっており、医療を使わなきゃ損だというモラルハザードが起こっていますね。


このように、社会保障の過度な充実が、家族の責任感や地域の助け合いの精神を結果的に弱めてしまうという側面は見過ごせません。支援が必要な人に必要なサービスを届けることは大切ですが、それと同時に、「すべてを国に委ねる社会」は、長期的には家庭や地域社会のレジリエンス(回復力)を奪ってしまうリスクも孕んでいるのです。」(p.58)

介護保険制度が始まる前は、家族が年寄りの面倒を見るのが当たり前でした。大家族制が当然で、年寄が独立して生活するなんて発想がなかったのです。なので、もし身寄りのないお年寄りがいたら、地域社会が支えていました。
しかし、核家族化が進んだ現在、高齢者のお一人様もふつうになってきました。そう考えると、昔のような大家族制に戻せと言っているようにも感じる石川さんの主張は、ちょっと無理があるなぁと感じます。

ただ、だから国がすべてを支えるべきというのは違うと思います。それぞれの人生は、それぞれの自由なのです。自分が老後に備えてこなかったのであれば、助けてもらえない現実を受け入れるべきだと私は思います。その上で、国は必要最小限の生活保障をすればいい。おそらく石川さんも、そこに行き着くのだろうと思います。


社会保障制度において重要なのは、給付と負担の関係において健全なインセンティブ構造が確立されているかどうかです。ところが現行制度では、「使った者勝ち」「長く生きた者勝ち」「保険料を納めた者より受給者が得をする」といったゆがんだ構図が見られます。これが、労働意欲や自助努力を削ぎ、制度への過度な依存を助長する一因となっています。」(p.68)

このような事態を防ぐには、国家が一律に設計した制度を押しつけるのではなく、社会保障の多くを市場に委ねる方向への転換が必要です。たとえば、健康に配慮した生活を送ることで保険料が割引される民間保険商品が普及すれば、人々は自己管理の努力を経済的に報われる形で受け取れます。公的制度による一律給付ではなく、民間の競争環境の中で最適なプランを選ぶという仕組みが、持続性と効率性の両立につながるのです。

 本来、国家の役割は「最低限の保障」にとどめるべきです。個人の日常的なリスク管理、生活設計、老後対策といった分野は、民間の知恵と競争によってより質の高いサービスを提供できる領域です。自由な選択肢がある社会こそが、国民の自立と創意工夫を支え、健全な市場型社会保障を可能にするのです。
」(p.69)

私も同感です。健康を意識して努力している人と、努力せずに怠惰な生活をしている人の健康保険料が同じというのはおかしいのです。それでいて、怠惰な人の方が病気になりやすく、医療費として保障をたくさん受けられる。これをおかしいと思わない社会がおかしいのです。


こうした構造の中で、年金保険料は名目上こそ ❝保険❞ ですが、実態としては税に近い特徴を備えています。その共通点は以下のとおりです:

@強制徴収である点
」(p.78)

以下、「所得比例である点」「給付の不確実性」があげられています。つまり、保険料と言いながら、サラリーマンや年金受給者は天引きされるし、自営業者でも納付が義務となっていて、払わなければ差し押さえされることもあります。また、保険料は受け取る年金額によって決まる(応益負担)と言うより、納められるだけ納める(応能負担)に偏っていて、どれだけ受け取れるかはその時の社会情勢によって変動します。こういったことからも、民間保険ではあり得ない制度設計になっているのです。


しかし、自由主義が浸透する現代社会では、個人が自分の将来を自分で設計できる制度こそふさわしいのではないでしょうか。国家が一律の給付を約束するよりも、最低限のセーフティネットを確保した上で、それ以外は個人の裁量に委ねる社会といえます。

 現在の政府や官僚機構は、「制度を守ること」に強く執着しています。しかし、国民が本当に求めているのは、生活を守れる制度です。この乖離が放置され続ければ、制度は形式上破綻しないまま、経済は停滞するという深刻な事態を招きかねません。
」(p.97)

制度がすでに破綻しているから、政府は、年金支給年齢を遅らせたり、厚生年金加入者を増やしたり、小手先の変更で今は何とか維持できるという状態を続けようとしています。しかし、制度設計がすでに破綻しているのですから、いつまでも続けられるはずがありません。


この構造の中で象徴的なのが、「寝たきり大黒柱」とでも呼ぶべき現象です。医療費よりも年金の方が多く支払われているがために、家計維持のために意識のない高齢者の延命が行われる。このような状況が日本社会に静かに広がっているのです。もはや医療制度が「人を助ける手段」ではなく、「収入を得る手段」になってしまっている世帯もあるという現実は、制度の本質を問い直す大きな警鐘です。」(p.108)

私も老人介護施設で働いていましたが、まさにこの「寝たきり大黒柱」なんだろうなぁと感じるケースがありました。胃ろうをして意識のないお年寄り。家族は面会にもやってきません。けれども、「何とか100歳までは生きてほしい」と希望を伝えているのだとか。本当にその方を大事だと思うのなら、頻繁に会いに来るべきではありませんか? 会いにも来ず、ただ生きながらえていさえすればいい。私には、その感覚は理解できません。


国民全体が保険に強制加入させられ、原則として医療機関を自由に選べ、かつ自己負担は原則3割、多くの高齢者は1〜2割に抑えられている。こうした ❝至れり尽くせり❞ の仕組みは、一見すると理想的に見えますが、結果として受診の過剰、医療資源の浪費、そして財政圧迫を引き起こしています。

 特に問題なのは、制度の財政構造が非常に見えにくい点です。
」(p.113)

自己負担が少ないから、サービスを受けた方が得だと考えるのです。もし民間保険のように、医療を受けなければ保険料が下がるというのであれば、結果は違うと思います。どうせ無条件に奪い取られるのだから、せめてたくさん利用してもとを取ろうというインセンティブが働くのは、ある意味で仕方がないことかと思います。


まず指摘すべきは、日本の病院数と病床数の多さです。2025年3月末時点で日本には8,047の病院が存在し、これはOECD諸国の中で最も多いです。たとえばアメリカでは病院数が6,000台、ドイツでは3,000台であり、人口比で見れば日本の医療施設の過密ぶりは際立っています。病床数においても日本は人口1,000人あたり約12床という世界最多水準にあるため不必要な入院が多く、他方で、医師や看護師が比較的少なく、医療資源が分散して、非効率な医療提供体制となっているのです。」(p.124)

また、日本の医療提供体制は「診療報酬制度」(いわゆる公定価格)と強く結びついています。診療報酬は国の中央社会保険医療協議会(中医協)が2年ごとに見直しを行い、医療行為ごとの価格を決定します。これにより、各医療機関は ❝定められた単価❞ で医療を提供せざるを得ず、自由な価格設定ができません。結果として、医療機関は単価が低く設定されている診療報酬を回数で稼ぐ「薄利多売」に依存せざるを得ず、過剰な検査や処方を繰り返す誘因が生まれています。」(p.126)

さらに医療界には、こうした問題を是正しようとする動きに対して抵抗する利害関係者も存在します。特に日本医師会は、規制緩和や診療報酬の見直しに対して強く反対する傾向があり、医療の生産性向上や無駄の削減が進まない要因の一つとなっています。たとえば、株式会社の医療法人参入や、混合診療の解禁といった改革案に対しては「医療の営利禍を招く」として一貫して反対姿勢をとってきました。」(p.127)

このように日本の医療は非効率で無駄が多く、それを改革しようという自浄作用すらありません。完全に社会主義的な業界になってしまっているのです。


高齢化が進行する中で、日本の医療制度が直面している最大の倫理的・財政的課題の一つが「終末期医療」のあり方です。多くの人が、人生の最終段階において自分らしい形で尊厳を保ちながら生きたいと願っていますが、現行の制度はその希望を支えるどころか、むしろ逆行するような構造になっています。

 象徴的なのが「胃ろう」の問題です。日本には胃ろうを通じて栄養を摂取する高齢者が約40万人いるとされますが、その中には、本人が意識を失っており、回復の見込みが乏しい状態であるにもかかわらず、延命措置が継続されているケースが少なくありません。背景には、「医療は命を延ばすためにある」という考え方が制度的に強く根付いており、たとえ本人が延命を望んでいなかったとしても、制度上は延命が ❝正解❞ として処理されてしまう構造があります。
」(p.129)

私たちは「生きる権利」と同様に、「死ぬ権利」も真剣に議論すべき時期に来ているのではないでしょうか。現行制度では ❝死なせてくれない社会❞ が形成されつつあり、それは医療の倫理や財政のみならず、人間としての尊厳に深く関わる問題です。

 制度としては、@延命医療に対する保険給付の見直し、AACPの法制化と義務化、B本人の意志を尊重する意思表示ツールの整備(リビング・ウィル、デジタル署名など)を進める必要があります。さらに、C一定の条件下での緩和的な尊厳死や安楽死の選択肢についても、冷静かつ公正な議論を開始すべきです。
」(p.131 )

私も高齢者の介護施設で働いたので、この問題はよくわかります。自分の意志も示せずただ生きながらえさせられているお年寄り。私自身は、ああいうのは嫌だなと思います。


自己負担率を原則5割とすれば、受診行動に自然な節度が生まれ、医療の質と効率も高まります。もちろん、低所得層への配慮として一定の減免制度は必要ですが、基本ルールとして一律5割負担を設定することが、制度の公平性を保つ出発点となります。

 現在は政治的な背景から自己負担率は1〜3割となっていますが、皆保険制度が始まった1961年時点では5割でした。その後、老人医療費無料化といった誤った政策により、自己負担が少ない事が当たり前になってしまったのです。今こそ、制度を作った時に立ち返るときでしょう。
」(p.134)

正確には、当初の被保険者(まだ皆保険ではない)の自己負担はゼロだったようです。被保険者の被扶養者が5割ですね。それが1973年に被扶養者の負担が3割に引き下げられ、1984年には被保険者も1割負担になったようです。まぁ要は、様々な変遷がありながら今の形になっているのですが、少なくとも現在、3割負担すらしていない高齢者によるモラルハザードが問題になっていることは明らかです。
では、いくらの負担が適正なのか? これは、いろいろ意見があるかと思います。私は、少なくとも、病院がサロン状態になっているなら、自己負担が少なすぎると思います。

なお、低所得者に対して減免措置が必要だと石川さんは言われますが、私はこれには反対です。複雑であり、適正に所得(つまり資産も含めて自分が使えるお金)を把握できないからです。そして、そんなことの把握にコストを使うのはナンセンスだと思っています。だから私は、最低限の生活保障としてのベーシック・インカムを推奨しているのですがね。


負担のあり方を見直すと同時に、次に問うべきは「給付のあり方」です。つまり、公的保険でどこまで支え、何を対象外とすべきかという線引きの問題です。現行制度は、給付範囲が広すぎることによって、限られた財源が非効率に使われ、制度全体のパフォーマンスを著しく低下させています。

 特に見直しが必要なのは、軽症・延命・非エビデンス医療に対する給付です。たとえば、湿布、風邪薬、ビタミン剤、花粉症の抗アレルギー薬といった軽微な治療に対しても、保険給付がなされています。こうしたものは、市販薬でも十分に対応可能であり、あえて公費を投入する必要性は極めて薄いと言えます。

 また、延命医療の分野でも、明確な意思表示や回復可能性のない場合の手術・処置に対して無条件に給付される現状は、制度の持続性という観点からも再考すべきです。医療費の効率的活用のためには、「何でも保険で」という発想から脱却し、「必要な医療に限定して支える」という選択と集中が求められます。
」(p.137)

健康保険を皆保険とするなら、なるべく必要最小限に絞ることが重要だと思いますね。

社会保障制度のゴールは、すべてをカバーする万能制度ではなく、 ❝自由に選べる最低限❞ を保障することにあります。個々の価値観やライフスタイルが多様化する中で、医療もまた「万人にとって同じであるべき」という前提を捨て、選択肢のある社会を目指すべきです。

 制度を守ることが目的化した社会から、制度を選び直せる社会へ。
 それが、次の医療制度の本当の出発点です。
」(p.144-145)

本質的なことを考えると、こういうことだと思います。価値観は人それぞれなのです。そのそれぞれの価値観を尊重するなら、全体でカバーすべきは必要最小限にして、残りはそれぞれの人々に任せるべき。つまり、保健医療であれば、民間保険に任せたらいいのです。


一方で、制度の利用者側の自己負担は極めて軽いのが現状です。原則として65歳以上がサービスを受けることができますが、多くの人が自己負担1割のまま利用しており、2015年の制度改正で一部に2割・3割負担が導入されたとはいえ、全体としては「実質9割引き」で介護サービスが受けられる仕組みになっています。

 このような制度設計では、当然ながらモラルハザードが起きます。
」(p.148-149)

医療の目的が「病気やケガを治すこと」であるのに対し、介護の目的は「老化の進行をできるだけ緩やかにし、生活の質(QOL)を保つこと」にあります。

 つまり、医療が ❝回復❞ を目指すのに対して、介護は ❝現状維持❞ が主な目標です。ここに大きな違いがあり、それゆえに「何が正しい支援か」を判断することが難しいという特徴があります。
」(p.149)

ここで改めて問い直すべきなのは、「介護」という現象そのものの性質です。そもそも老いとは、誰にでも訪れる自然現象であり、病気や事故のように「まれに起こるリスク」ではありません。
 本来、保険制度とは「万が一」に備えるための仕組みです。
」(p.150)

健康保険の問題もありますが、これからは介護保険の問題も大きくなっていくことでしょう。石川さんは、医療と介護の違いは、回復するかどうか、万が一の備えかどうか、という点で違いがあると指摘されています。私は、たしかにそういう観点はあると思うのですが、必ずしも石川さんのようには思いません。

そもそも介護保険は、それまで家庭内に隠蔽されてきた嫁に対する介護の押しつけを打破して、介護は社会全体でやるべきだというテーゼでした。そういう意味では、介護保険制度は成功したと思います。しかし、「じゃあどこまで介護するのか?」という問題が出てきただけだと思うのです。そういう意味で、私は医療も介護も同じ問題だと考えています。
たしかに老化は誰にでも訪れます。けれど、要介護という状態が人生において発生するかどうかは、誰にもわかりません。要介護という状態を経ずに死ぬことも多々あるからです。したがって、要介護状態が万一の出来事と捉えることは十分に可能だと私は考えています。
たとえば亡くなるまでの2〜4週間、寝たきりで過ごすなら介護も必要でしょう。そのくらいは介護保険で出してもいいのではないでしょうかね。


さらに問題なのは、サービス提供側、すなわち介護事業者のインセンティブ設計にもあります。介護サービスの報酬は、利用者1人あたりのサービス提供量に比例して増加します。事業者にとっては、受け入れ人数が増えれば増えるほど売上が上がり、利益も増える構造です。よほど困難なケースでない限り、「この人にはサービスは不要」と突き返す理由はなく、むしろ積極的に受け入れる方が合理的です。
 こうした背景もあって、「必要最小限の支援にとどめる」「保険財源を無駄に使わないように」といった発想は、制度運用の現場からは抜け落ちてしまいがちです。その結果として、過剰なサービス提供が常態化し、保険財政の圧迫が進んでいます。
」(p.152-153)

これがまさにモラルハザードの問題なのですよ。たとえば、こういう医療(介護)を受けたいならこれだけお金が必要ですと言われたら、自分で払えるかどうか考えますよね? それで払えるとなれば、どうせなら受けてみようかとなるわけです。この判断の境目において、実際の金額(医療介護側からすると売上)の9割引きの自己負担額で判断するのか、7割引きなのか、5割引きなのか、はたまた3割引きなのかなど、保険でいくらカバーしてくれるかによって判断が変わってくるはずです。

そして要介護度が上がれば、それに応じてサービス報酬も上がります。つまり、制度の構造上、「介護度を下げる努力」よりも「維持もしくは引き上げたほうが得になる」設計になってしまっているのです。」(p.157)

制度設計そのものに歯止めがない−−これが、介護保険制度のもっとも深刻な構造的欠陥といえるでしょう。」(p.159)

要介護度が上がれば、より多くの介護が得られる。つまり、介護を受ける側は、実態よりも介護度が高い方が望ましい。また介護サービスを提供する側は、要介護度が高くて介護サービスをたくさん受けてくれる顧客の方が望ましい。こうして両者の思惑は一致します。
これが政府による皆保険制度の構造的な欠陥です。歯止めをかける仕組みがないのです。使わない方が得だというインセンティブがどこにもない。これが大きな問題なのです。

もしこれが、民間保険だったらどうでしょうか? つまり、介護サービス提供者は、支払ってくれる金額に応じたサービス提供ができます。金持ちは自分で支払うでしょう。では貧乏人は? 民間保険に加入していれば、その保険レベルに応じて介護サービスを受けられますよね。これが健全な形ではないかと思います。


人材不足の根源的要因は、介護職の低賃金構造にあります。

 介護報酬は法定の公定価格で決まっており、事業者の判断で大幅な給与引き上げを行うことは困難です。高級有料老人ホームなど一部の例外を除けば、介護職員の給与は全国的に水準が低く抑えられており、若年層や転職希望者にとって魅力的な職場環境とは言いがたいのが現状です。
」(p.161)

保育士不足医の問題もそうですが、政府(行政)が売上を制限して、補助金で経営を成り立たせるような業態では、賃金の引き上げが困難になり、人手不足が発生するのです。
この解決策は簡単で、自由化すればいいだけなのです。事業者が自由に売上(サービス提供価格)を設定し、必要な人材が集まるような賃金設定ができる。そうすれば人材不足異問題は解消します。
そこで問題になるのが、価格が高過ぎて利用したい人が利用できないという問題です。この問題への対処は、利用したい人に給付することで解決します。つまり、同じ政府(行政)が支出するのであれば、補助金などによる統制経済ではなく、自由経済にした上で、利用者が利用できるよう給付するってことです。そうすればコストも減るし利権の温床になることも防げます。


高齢者の要介護状態のなかでも、特に認知症を伴うケースは今後の社会保障財政において最大級のリスク要因のひとつです。」(p.166)

「認知症になってまで生きたくない」「家族に迷惑をかけるくらいなら…」と考える高齢者は少なくありません。とはいえ、日本では安楽死や尊厳死に対する議論は依然としてタブー視されがちです。スイスなど一部の国では法制化が進んでいますが、日本では「命がある限り生きるべきだ」という価値観が根強くあります。

 もちろん、その考えには「命への敬意」があることは否定できません。しかし一方で、重度の認知症や意思疎通が困難な状態になった本人にとって、それが本当に幸せなのかという問いは、避けて通れないテーマです。
」(p.168)

今後は、「延命措置を望まない」意思を表明する人に対して、そうした医療・介護行為を保険の対象外とする制度設計なども、選択肢として検討されるべきかもしれません。もちろん倫理的・法的な課題は山積していますが、延命を拒否する自由もまた、尊重されるべき「生き方の選択」であるはずです。」(p.169)

私も高齢者介護施設で働いたこともあって、認知症が一番の問題だと思っています。特に身体が動く認知症の人ほど、介護するのにやっかいなことはありません。
そして、どう死ぬかという問題は、どう生きるかという問題でもあり、その人らしく生きる問題にもなると思うのです。だからこそ、「尊厳死」だけでなく「安楽死」まで踏み込んで、議論することは重要だと思います。


私は、介護保険制度の廃止を視野に入れ、「応能・応益負担原則」への全面的な移行を提案したいと思います。

 具体的には:
・高齢者でも経済的能力のある人は、自費で介護サービスを購入する
・所得や資産のない人には最低限の公的支援を用意する
・介護は原則として民間保険・共助・自助によって賄う仕組みへ転換する

 この方向性こそが、社会全体の責任感と財政の持続可能性を両立させる、自由主義的で理にかなった改革なのです。
」(p.186-187)

石川さんは、このように提案されていますが、私も概ねこれに賛同しています。ただその仕組みづくりにおいて、私は「最低限の公的支援」はベーシック・インカムなど直接給付にすべきだと思っていますがね。


「次世代運動」は、現代日本の社会保障制度に対する根源的な疑問から生まれた、草の根の市民ムーブメントである。制度疲労が進行し、若者や現役世代が「支えるだけ」の存在に追いやられる中で、誰もが感じながらも声に出せなかった違和感−−それを言葉にし、発信し、共鳴する場として、インターネット空間において自発的に立ち上がった。

 2020年以降のコロナ禍を契機として、医療・介護・年金をはじめとする社会保障制度の「不公正」「不合理」が可視化され、SNSを通じて現場の声が拡散されていった。その過程で、「反・老人サロン(反サロ)」という皮肉と批判を込めた言葉が誕生し、やがてそれがより体系的な問題提起と運動体へと成長していったのが、この「次世代運動」である。
」(p.192)

2020年以降のコロナ禍は、長年日本社会に蓄積されてきた制度的歪みを一気に露呈させた。特に医療・社会保障分野においては、既得権益に守られた構造が国民の自由や公平性を損ね、現役世代に過大な負担を強いている実態が、これまでになく鮮明になった。

 この状況に強い危機感を抱いた有志たちが、インターネット空間、特にSNS「X(旧Twitter)」上に集結し、草の根のムーブメントを生み出していく。その始まりが「反サロ(反・老人サロン)」であり、そこから発展したものが「次世代運動」である。
」(p.194)

次世代運等が掲げる目標は、既存の社会保障制度における単なる修正ではない。支える側である現役世代の視点から、構造的な不均衡の根源にメスを入れようとする、抜本的な改革である。特に医療・年金・介護の制度に共通するのは、「負担と給付の逆転現象」であり、それは多くの現役世代にとって「黙して耐えるしかないもの」とされてきた。」(p.199)

さらに重要なのは、SNSという空間を越え、リアルな行動につながっている点だ。象徴的な存在が、次世代運動の代表となった北村氏による一人デモである。地方の駅前に立ち、誰に頼まれるでもなく声を上げた姿に、多くの人が共鳴した。これこそが、次世代運動の根源的な強さである。」(p.199-200)

この運動の担い手たちは、「強いられて動く」のではなく、「納得して動く」。それは自己表現であり、自己尊厳の回復でもある。とりわけ医療現場で働く人々の中には、制度に従うことが自分の職業倫理や価値観と乖離していると感じる人も少なくない。東徹氏が語ったように、「自分のやっていることが本当に意味のある医療か?」という問いに向き合い続けた結果、発信に至る者も多い。」(p.203)

「次世代運動」という言葉は、どこかで聞いたような記憶はありましたが、あまり意識していませんでした。北村達哉さんのことは、Xを通じて知っていました。そして私も共感する部分が多いと思っていました。東徹さんも、Xでよくお見かけしています。
これまでの「自分が損するから変えよう」というだけでなく、「社会全体の構造がこれでいいのか?」という問いかけが、次世代運動の中にはあると感じて、共感しています。これまでの左翼、共産主義者の活動は、虐げられている労働者階級がもっとよくなるように、というものであって、「こうした方が社会全体にメリットがある」というものではありませんでしたから。


私たちはこうした現状に対して、具体的な ❝出口戦略❞ を示しました。単なる批判ではありません。次の時代に向けた「提案と設計図」−−それが、私たちが掲げるマニフェストです。

 取って配る国家から、取らずに自由な国家へ

 私たちが提起したスローガンは、たった一行で制度の本質を突きます。

「取って、配る」から「取らずに、自由に」へ。
」(p.208-209)

この状況を打開するには、徹底した改革が必要です。私たちが提案するのは、「6つのアクション」による70兆円の給付削減と、その分をすべて現役世代の可処分所得に回すという大胆な社会保障リセットです。

・厚生年金を廃止し、最低保障年金と私的年金に移行。
 250兆円以上ある積立金を活用し、全員に月7万円程度の最低年金を保証。あとは個人の選択と努力で老後を備える仕組みへ。

・医療制度を応益負担・5割負担に切り替え、混合診療・AI診断・民間参入を解禁。
 延命・風邪・湿布・低価格医療は保険外に。高額療養費制度の上限撤廃も。

・介護保険は大幅に縮小、「公助」から「共助・自助」へ。
 延命と娯楽的サービスを除外し、民間保険と地域の助け合いに誘導。

・子育て支援はバラマキでなく、手取り増で。
 現金給付よりも社会保険料負担の軽減を優先し、「家族を国家が代替する政策」を撤回。

・医療・介護の規制緩和による生産性革命。
 株式会社参入、配置要件の撤廃、医療法人の非営利制限見直しなど。

・社会保険料を引き下げ、企業負担分も賃上げに転嫁。
 年収500万円の方で、年間120万円(月10万円)の手取り像を見込める計算です。
」(p.209-211)

国が手取り足取り面倒を見るやり方は、コストが嵩むし非効率で、さらに利権の温床となっています。なので、なるべく自由化することによって効率化を図り、利権を無くす方向への改革が必要だと思います。


石川さんとは、Xのやり取りを通じて知り合い、オンラインでお話もさせていただきました。一般人の私に話を聞きたいと言われたので、それを受けただけですがね。
私と石川さんの考えが、必ずしも一致しているわけではありません。私は、最低限の生活保障は政府がやるべきだと考えていて、その方法はベーシック・インカムという究極的な給付政策だと考えています。見方によっては「大きな政府」と言えなくもありません。しかし私は、政府が関与しないのであれば、「小さな政府」と言えると思っています。

いずれにせよ、こういう「小さな政府」を主張する声が少しずつ大きくなってきたことに、社会の変革期にあるんだなぁと感じています。ただ、この問題の本質は国民のクレクレタコラ気質にあることは間違いありません。国民が変わらない限り、制度や政府が変わることはない。これが私の持論です。
国民が、「他人が損をしても自分が得をすれば嬉しい」と思っている限り、社会の制度は変わりません。「金持ちはズルをしていて、そういう奴らからはふんだくればいいんだ」というような火事場の略奪を容認する考えがある限り、社会の制度は変わりません。だから私は、まずは国民一人ひとりの意識改革が重要だと考えています。
国民の意識が変われば、自ずと政治家は変わり、社会の制度も変わる。私は、そういうものだと思っているのです。

ついでに言うと、今のような国民が「悪い」わけではないとも思っています。今の国民の思考レベルもまた重要なのです。そういう思考レベルでなければ経験できないことがあるからです。そこを乗り越えた人にはもどかしく感じるかもしれませんが、赤ちゃんがどうしようと大人が鷹揚に見守るように、ただ成長を見守っていればいいとも思うのです。

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タグ:石川雅俊
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2025年07月22日

明るく生きているつもり

明るく生きているつもり[本/雑誌] (単行本・ムック) / はいじぃ/著 - ネオウィング 楽天市場店
明るく生きているつもり[本/雑誌] (単行本・ムック) / はいじぃ/著 - ネオウィング 楽天市場店

Youtube動画の「はいじぃ迷作劇場」をよく観ていて、その中で吉本のお笑い芸人、はいじぃ(`島朋岳(はいじまともたけ))さんが本を出版されると聞いて、それなら買わずにはいられまいと思って買った本です。
はいじぃさんの動画は、いわば食レポ動画で、料理店で美味しそうなメニューを食べて紹介するものです。動画の後半には「変コメコーナー」というのがあって、動画のコメントに寄せられた変なコメントを紹介するものになっています。
私は基本的にお笑い番組を好んで観ることもないし、外食もほとんどしないから食レポにもあまり興味はありません。それなのにはいじぃさんの動画を心待ちにするくらい楽しんでいるのは、ある意味で不思議でもあります。でもその謎が、この本を読むことで少しわかった気がしました。


ではさっそく、一部を引用しながら本の紹介をしましょう。

養成所で同期と接してきて感じたのは、皆はどうやらお笑いをやることでチヤホヤされたいとか、お金持ちになって外車に乗りたいとか、社会的なステータスを得たいとか、そういうことが目的の人が多いみたいで、お笑い以外の仕事のほうが高確率でそれが達成されると判断したなら、そっちに流れるというのは真っ当なことなのかもしれない。
 でも僕は自分が作ってきたものを人前で発表することが目的なので、そこでのズレがあるんだろう。人それぞれなんだなと、やっと気づいた。同じ環境にいても目的が違うんだから、自分と違う行動をする者が現れても当然だし、否定的な目で見るのもおかしい。それに、比べるのも違う。
」(p.64-65)

はいじぃさんは、純粋にお笑いという表現をしたかったのですね。お笑いという表現を通じて何かを得ようとしたわけではない。つまり、お笑いの結果にこだわっていなかったんだと思います。
そして、自分はこうだけど他人は違うし、違っていていいと考えている。こういう自由な考え方には共感します。それにしても、これが自然とできてしまうことが驚きです。


お笑いの舞台だけに身を置き続けていたら、自分好みのピンネタを追求することに終始して、一生気づけなかった答えなのかもしれないけど、世の中で商売として成り立っているものすべては、「需要がどれだけあるのか?」、そこにどれだけ「満足度の高いサービスを提供できるのか?」で勝負しているはずなのだ。」(p.139)

はいじぃさんは最初、自分のお笑いネタを公表する舞台としてYoutube動画を使っていました。再生回数は伸びなくても、ライブの来場者より多ければ、それだけ観てもらえたことに満足していたそうです。
けれどもある時、自分が食べたい料理店の食レポ動画を撮って公開したら、これまで以上に再生回数が伸びた。それで、独りよがりではなく、自分も楽しく、視聴者も喜ぶ動画にしていくべきだと考えられたのです。

実際、資本主義というのはそういうものです。商品の価値を決めているのは消費者(視聴者)なのです。作成者にどれだけ思い入れがあろうと、需要がなければ商品市場では価値はありません。だから共産主義(社会主義)経済は上手く行かないのですが、はいじぃさんはそのことを身を以て体験されたようです。


僕は昔から誰にも気を遣わなくていい1人のラクな時間が大好きだったのだけど、本当に1人になるのは寂しいということを家族を持って娘が自立に向かって成長していくことで知った気がする。
 妻も習い事の練習がとにかく楽しそうだし、もっとそうなっていくだろう。先のことを想像して寂しいって思うってことは、家族といる時間が心地良いということだ。
」(p.151)

私も結婚して妻と暮らすようになって、あれこれ言われるからわずらわしいと感じるのですが、その一方で、もし独りだったら寂しさを感じるのかもしれないなぁとも思います。


その時点での自分の状況だけを並べたら幸せなことばかりのはずなのに、それを感じられる心が薄れてしまっていたのだ。でも僕は、そもそもの目的がお金儲けじゃなかったから助かった。
 まず最初は Youtube動画を作るという、もしも誰も観てくれなかったとしても自分の心を満たせる作業が根本にあって、それが偶然仕事になっただけだったから、こんな状態は良くない! 作り続けられる環境にあることに感謝して、それを楽しむべきだった気づくことが出来た。そして、自分の手の届く範囲にあるものに幸せを感じられる毎日に戻ってこられた。
」(p.160)

動画の視聴者数が増えて、Youtubeの広告収益が増えてくると、もうちょっと頑張ればもっと良くなると思えて、稼ぎが増えているのに不安が増えるといいう状態になったそうです。
けれどもはいじぃさんは、初心に立ち返ることで、この落とし穴から逃れることができたとか。不安や恐れというのは、こうやって忍び寄ってくるものなんですよね。


お互いにそのやり方がラクだからそうしているだけのことだと思うのだけど、こんなことからも僕は最初に期待していたものと全く違う結末が待っていても楽しめるタイプだということが、違う価値観に長く触れることでわかってきた。
 ということは、ささやかに描いていた理想の老後の風景にならなくても ”辛い” と感じない気がするのだ。
 そう思うと「老後のことまで考えて今を楽しめなくなっちゃうのは違うよな。普通に今を生きていないともったいないよな」と思えるようになったのが45歳頃だったと思う。
」(p.185-186)

はいじぃさんの奥様は、はいじぃさんと真逆の性格のようです。うちもそうなので、そういう葛藤がよくわかります。でも、そういう違いがあるから気づきがあるし、違いがあるから楽しいと思えるんですよね。
そして、そういう気づきを得ていくことで、不安や恐れから今を犠牲にする生き方は、ナンセンスだよなと思えてくるのです。

はいじぃさんは45歳でそういう境地に達したようです。私は50歳を過ぎてからだし、今もまだ完全にそう思える状態ではありません。その点で、はいじぃさんの方が先を進んでますね。


私がはいじぃさんの動画に惹かれるのは、こういうはいじぃさんの人間的な魅力が感じられるからだと思うのです。ある意味で私は、はいじぃさんのように生きたいと思っているんだろうと思います。
でも、同じようには生きられないこともわかっています。私には私の今生のテーマがあり、前提条件があります。その上で、自分の人生をどう生きるかだけであり、はいじぃさんのモノマネをすることじゃないとわかっているのです。

まぁでも、こういう魅力的な人の心を覗いて見られる本は、とても役立つものだと思っています。気になった方はぜひ、本を手にとってみてくださいね。

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2025年07月05日

糖質疲労

糖質疲労 [ 山田 悟 ] - 楽天ブックス
糖質疲労 [ 山田 悟 ] - 楽天ブックス

Youtube動画で著者の山田悟(やまだ・さとる)さんの話を聞いて、なるほどと思ったので買ってみた本です。
私も以前、ゆるやかな低炭水化物ダイエットをしてました。その時は、主食を食べないというやり方で、ご飯、パン、麺を食べませんでした。ただしおかずとしてついたパスタは食べたし、イモやかぼちゃ、果物も制限しませんでした。それでも3ヶ月で10kgくらい痩せたんですよね。太る原因は脂質じゃなく炭水化物(糖質)だとわかった経験でした。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

しかし食事の後、しばらくして眠い、だるい。または、十分に食べたはずなのにすぐに小腹が減る、集中力が途切れる、イライラする、首の後ろがずんと重くなる−−といった症状があるなら、それは「糖質疲労」の可能性が大きいと思っています。
 ランチ後にこうした症状を訴え、午後のパフォーマンスを下げている人が実に多いので、私はこの問題を理解しやすくするために、不快な症状をまとめて「糖質疲労」と名づけました。
」(p.7)

ここでご理解いただきたいのは、糖質疲労と名づけた様々な症状は、この「食後高血糖」と「血糖値スパイク」の影響で生じているということです。」(p.9)

先にも述べたとおり、空腹時高血糖が起こる10年ほど前から食後高血糖が生じます。糖質疲労は食後高血糖やその後の血糖値の急峻な降下(血糖値スパイク)の自覚症状ですので、糖質疲労は、健診で異常を指摘される10年ほど前から生じることになります。
 糖質疲労の段階ではまだ病気とは言えず、いますぐにお薬を飲む必要があるわけではありませんが、放置しておくと、いずれドミノ倒しのように糖尿病・肥満・高血圧症・脂質異常症に至る可能性があります。
」(p.10-11)

昼食後に眠くなるのは、消化のために血が胃腸に集まるためだと言われて、私もそう思っていました。けれど山田さんは、高血糖や血糖値スパイクの影響だと言われるのですね。そしてこの未病の糖質疲労の状態が、不可逆的な病気へと進行するのです。

しかし、私が提唱する「糖質をとる量を控え」「その分、たんぱく質と脂質をお腹いっぱい食べ」「食べる順番を意識する」という食べ方は、シンプルで、食事に満足感がもてる、無理のない食べ方です。
 これが「ロカボ」と呼ばれる食べ方です。
」(p.13)

「ロカボ」は山田さんによって商標登録された言葉のようです。ゆるやかに糖質を制限し、たんぱく質と脂質は、お腹いっぱいになるまで食べるという食べ方です。


果物に多く含まれる果糖は体内で中性脂肪に変わり、肥満や脂肪肝を引き起こしやすく[1]、血糖値を下げるホルモン・インスリンのはたらきを弱めることが報告されています[2]。長期的に見たとき、高濃度で果糖が含まれる果物をふんだんにとる食習慣は、脂肪肝や脂質異常症や糖尿病を発症させるリスクになるのです。」(p.28-29)

また、果糖はブドウ糖以上にたんぱく質と結合する糖化反応(63ページ)を起こしやすく、ブドウ糖やでんぷんといったほかの糖質よりも心臓病など、健康上のトラブルにつながる可能性も指摘されています[4]。」(p.30)

果物はブドウ糖じゃなく果糖だから糖尿病には関係ないと思っていたら、必ずしもそうではないということのようです。


しかし、問題にすべきは、摂取するカロリー量よりも、食後高血糖です。その点では、朝食はしっかり食べたほうがよいのです。
 以前報告された研究の結果です。1日「3食きちんと食べる」「朝食ぬき」「朝食と昼食ぬき」の3つのパターンで、血糖値の上下動を比較した研究では、血糖値がもっとも安定していたのは3食を食べたグループでした[8]。
 一方、朝食などどこかの食事をぬくと、次の食事の後の血糖値が急激に上昇していました。
」(p.41)

つまり、長時間(おそらく8時間以上)食べずに食事をする場合は、血糖値が上がりやすくなるということですね。逆にそれ以下の時間で食事をすると、いわゆるセカンドミール効果によって、同じ量の糖質を食べても血糖値が上がりにくいようです。


要は、糖質摂取が多いときにはGIの多い少ないに意味がある(血糖値上昇に差異を作る)ものの、低糖質にする方がGI値にかかわらず食後血糖値を食い止める力が大きいということです。別な表現をすれば、そばは低GIであっても、糖質摂取量が多ければ血糖値を上げてしまうということです。」(p.46)

低GIの食品の方が高GIの食品より食後血糖値を低くすることは確かなのですが、低GI食品だとしてもたくさん食べれば、やはり食後高血糖になるってことですね。そして、摂取する糖質量の方がGIの差よりも食後血糖値の変動に大きな影響を及ぼすということです。


確かに、献立の「食べる順番」は血糖値の上昇に影響します。そして「三角食べ」や「ベジファースト」より、糖質疲労の解消には「カーボラスト」です。
「カーボラスト」とは、糖質を最後に食べる、という食べ方です。ごはんやパンなど糖質に手をつけるのは早くても「1口目を食べ始めてから20分後」を推奨しています。
」(p.54)

こうした血糖値の変動の背景には、たんぱく質や脂質をとることによって分泌される「インクレチン」というホルモンが、血糖値の上昇を抑制する作用をもっていることが関係しています。」(p.56)

厚労省のサイトからもベジファーストという言葉が消えたそうです。つまり、野菜を先に食べるから効果があるのではなく、糖質を最後に食べるから効果があることがわかってきたのですね。


ファスティングには、先に述べた「朝食ぬきNG」(41ページ)と同じ理由で、次の食事での血糖値を急上昇させる可能性がつきまといます。意図的に長時間におよぶ空腹時間を作るのならば、次の食事の糖質を厳しく控える必要があるのです。」(p.66)

セカンドミール効果と言って、あまり時間を開けない次の食事では高血糖が抑制されることが知られています。逆に言えば、長い時間を開けて食事をすれば高血糖になりやすいわけですね。
朝食を意味するブレックファストは、ファスト(断食)をブレイク(やめる)ことです。つまり半日近くに及ぶ断食明けの食事がブレックファスト。だから朝食で糖質を取りすぎないことが重要なのです。また、朝食を食べない人は、昼食で糖質を取りすぎないことを心がけるべきなのですね。


余談ながら、大規模フルマラソンや駅伝で走る前に糖質を多く含むスポーツドリンクをランナーが飲むのには、低血糖のリスクがあります[32]。バナナやおにぎり、エナジードリンクなどでも同じです。運動前に高血糖を来すと、その後に急峻な血糖の下降が生じて(つまり、血糖値スパイクを生じて)糖質疲労を起こします。持久力が上がるどころか、パフォーマンスが低下してしまうでしょう。」(p.71)

マラソンでスポーツドリンクを飲んだり、テニスの途中でバナナを食べるなんて光景はよく目にします。けれどもあれも、高血糖を起こすほどに摂取すると危険でもあるのですね。


日本人が、栄養のいい食事として刷り込まれ、盲信しがちな「炭水化物50〜60%、脂質20〜30%、たんぱく質13〜20%」という比率は、世界的に見て糖質過多であり、このことが日本人での糖質疲労を招いている原因の1つと言えるかもしれません。」(p.85)

では、この25年間で日本において食の欧米化は進行したのでしょうか? それとも後退したのでしょうか? 誰も回答を出そうとしていません。なぜなら数値化できないからです。」(p.87-88)

しかし調べてみると、日本に復帰した当初から沖縄の脂質摂取比率は高く、平均寿命の順位の低下とともに脂質摂取比率は低下し、逆に炭水化物摂取比率が上昇していました。」(p.89)

三大栄養素の炭水化物、脂質、たんぱく質をバランスよく食べることが重要だと言われます。では、どういうバランスがいいのか? そこで示されているのが炭水化物を約半分というものなのですが、この根拠があいまいなのだそうです。つまり、こうすれば健康で長生きできるといいうエビデンスがないのです。
またよく食の欧米化が不健康を招くと言われるのですが、山田さんは食の欧米化とは何か? と疑問を呈されます。たしかに曖昧な言葉ですよね。脂質(飽和脂肪酸)の摂取が多いことが食の欧米化だとすれば、むしろ脂質が少ないほど不健康になるという研究結果があるのです。

何ごとも思い込みで論じるのではなく、事実や客観的な研究結果に基づいて論じる必要があるかと思います。


そこで食後血糖値を測定してみると、参加者の2/3程度で、食後血糖値が140mg/dlを超えています。おそらく、それが糖質疲労の頻度なのだろうという印象をもっています。」(p.93)

欧米人では、血糖異常を呈さぬようにインスリンを多量に出して血管内のブドウ糖を脂肪細胞に取り込ませることができます。ですので、日本人に比較して高度の肥満症の方が多くなるわけです。」(p.94-95)

メタボリックシンドロームというと、太った人の病気であり、自分は関係がないと思っていらっしゃる方が多いのですが、肥満(内臓脂肪の蓄積)がメタボリックシンドロームの必須項目とされているのは、実は日本だけです[50]。世界的には太っていなくても血糖や血圧や脂質の異常を認めればそれだけでメタボリックシンドロームと診断されます。」(p.95)

日本人は普通に見えても2/3が高血糖になっていて、メタボ予備軍以上だと言うのですね。西欧人は太っていても、多量のインスリンで血糖値を正常に保てているからメタボではない。日本人はもともとインスリンの量が少ないから、太らなくても高血糖になるからメタボになりやすいと。こういうメタボの基準は知りませんでした。
また山田さんは、食後血糖値が140mg/dlを超えること問題が起こると考えておられるようです。しかし、その基準値の根拠については特に語られていません。

ただ、ちょっとよくわからないのは、西欧人はインスリンの分泌量が多いから糖尿病になりにくい、という結論です。インスリンの分泌量が多ければ、血糖値スパイクを引き起こすのではないでしょうか? だって、分泌量が少ない日本人でさえ起こすのですから。それとも、分泌量が多いと、すぐに血糖値が下がるとともに、分泌量を急速に減らせることにつながるのでしょうか?
この辺のメカニズムについては、この本では語られていませんでした。西欧人との差異において、私はこの点が疑問に感じています。


糖質疲労に端を発するドミノ倒し(これをメタボリックドミノと呼びます)とは、図で示したとおり、最終的には長患いの原因になり、いのちを落とす原因にもなりえる病気のつらなりです[49][51]。
 その頂上にあるのが糖質過剰摂取であり、食後高血糖すなわち糖質疲労です。
」(p.96)

このドミノ倒しの背景にあって、倒れるスピードを加速させるのが、63〜65ページで紹介した「糖化ストレス」と「酸化ストレス」です。
「糖化ストレス」は安定した高血糖(血糖の高さ)で生じ、「酸化ストレス」は血糖の変動の大きさ(血糖の不安定性)で生じるとお考えください。糖質疲労はそのいずれをも生じさせ、2つが互いに憎悪し合う負のスパイラルとなります。
」(p.98)

5つ以上の処方薬を飲んでいる状態を「ポリファーマシー」と呼びますが、決してめずらしい話ではありません。ポリファーマシーは複数の薬剤の併用により、予測できない有害な事象が起こりやすくなることにもつながります。」(p.99)

糖質過多に始まる高血糖状態の継続や血糖値スパイクの頻出によってメタボリックシンドロームが進行し、不可逆的な病気の状態になるのですね。そして、発症したいくつもの病気の治療として薬を服用すると、それによって多剤併用の害が出てくる。もう悪循環ですね。


欧米の人と、日本人の血糖異常の人の明らかな違いは、日本人は太っていない人が多いということです。糖尿病を発症した人のBMI(体格指数)は平均24.4[52]。日本で肥満とされる25を超えていません。「血糖異常=太っている人がなるもの」というイメージは、日本では当てはまらないのです。
 その理由は、繰り返し述べているとおり日本人はインスリンの分泌能力がもともと弱いためです。
」(p.102)

欧米人は肥満と呼ぶにふさわしい人が多いのですが、日本人はそういう肥満体型の人は少ない。けれども糖尿病は日本人に多いのです。


糖尿病になると基本的に完治はないとお話ししました。メタボリックドミノはある程度まで倒れてしまうと不可逆です。」(p.107)

糖尿病になると一生、薬を飲み続けなければならないと言われます。それ以上に、合併症による失明や足の壊死、腎臓疾患などの問題も起こります。こういう病気が起こり始めると、もう取り戻すことができなくなるのですね。


以下、ロカボの7ルールがまとめてあったので引用します。

ルール@ 1日にとる糖質の量は70〜130g以内(1食20〜40g✕3回、+間食で10g)
ルールA お腹がいっぱいになるまで食べる
ルールB カロリーはいっさい気にしない!
ルールC たんぱく質、脂質、食物繊維をしっかりとる
ルールD 糖質とたんぱく質、脂質のバランスも気にしない!
ルールE 糖質ぬきをめざしてストイックになるのはNG
ルールF 早食いをせず、「カーボラスト」でとる
」(p.113)

つまり摂取する糖質量だけ考え、たんぱく質や脂質は気にせずたっぷりと摂り、糖質はなるべく食事の最後(最初に口をつけてから20分以上あと)に食べるようにするってことですね。

太らないため、そして生活習慣病を予防するため、とにかく油(脂質)を目の敵にして、なるべく食べないようにしている人がいます。
 しかし、それは古い情報に縛られているのです。「脂質をとりすぎると体に悪い」という概念は、1950〜1970年代に提唱されました。脂質をたくさん摂取している国では心臓病が多かったという研究結果が報告されたからです[57]。
 余分な脂質は血液で全身をめぐり、脂質異常症になり、脂肪細胞に吸収されれば肥満になり、血管にこびりつけば動脈硬化症を引き起こし、最終的には心筋梗塞や脳卒中など致死的な病気の原因になる、確かに、漫画的で理解しやすい概念です。
 しかし、脂質を減らし、しかもカロリー制限も加えた食べ方で、実際に体重減量に効果的かどうかを検証した3つのグループの無作為比較試験では、この食べ方(脂質制限+カロリー制限)の減量効果が一番弱く、それよりもカロリー制限かつ脂質積極摂取のほうがまし。それよりもゆるやかな糖質制限食が一番体重減量効果を示しました(ほぼロカボと同様の糖質摂取:1日120g)。この糖質制限食のグループは、カロリー無制限、脂質無制限、たんぱく質無制限でした[58]。
」(p.114-115)

脂質は太るという思い込みは、必ずしも科学とは一致しないのです。山田さんはこの論文から、ロカボを提唱するようになったと言います。

脂質を控えるとカロリー消費が1日300kcalも低下してしまうことや[16]、たんぱく質や脂質を摂取すると満腹感を作るホルモンの数値が高く、長く分泌され、空腹感を感じさせるホルモンの数値が低く、長く抑制されることなどが報告されたのです[59]。」(p.116)

脂質を控えることで代謝が落ちて太りやすくなる。そういう研究結果も出ているのですね。


ちなみに、「日本人は動物性脂質の摂取量が多いほど脳卒中の発症率は低い」[64]という論文が出ています。観察研究のレベルですら、飽和脂肪酸を制限することを是とはできない状況なのです。」(p.118-119)

中でも劇的に血糖値を上げにくくしたのがマヨネーズを加えたときです。この研究でその機序を解明するべく細かく検討したところ、油脂を摂取することでGIP(血糖依存性インスリン分泌刺激ペプチド)の分泌が増えていました[11]。
 先ほどのGLP-1とGIPを合わせてインクレチンホルモンと言います。前々から何回かインクレチンホルモンという言葉を出していますが、インクレチンとは、腸から分泌されてインスリン分泌を高めるものという意味です。
 しかし、これらのホルモンはインスリンを分泌させるのに、低血糖(インスリンの作用が過剰な際に生じる減少です)を起こしません。血糖依存性インスリン分泌というのは、血糖値が高いときだけインスリンを出させるということなのです。
 しかも、インスリンを分泌させると肥満(脂肪細胞にカロリーが取り込まれるため)が懸念されるのですが、これらのホルモンを糖尿病患者さんのために注射製剤にしてみたところ、満腹感を高めて肥満治療にもなることがわかりました。
」(p.123)

マヨネーズ(脂質)を摂取することで脳卒中の発症率が下がるだけでなく、満腹感が得られるので痩せやすくなるというのですね。
それとこのインクレチンが分泌されることで、インスリンの分泌が増えても低血糖にならない(=血糖値スパイクにならない)という現象が起こっているのかもしれません。

たんぱく質を食べてGLP-1、脂質を食べてGIPを体から出させることは、糖質疲労(食後高血糖)を改善させるばかりでなく、体重の適正化(20歳の頃の体重に近づける)に資することなのです。」(p.124)

糖質を制限するだけでなく、たんぱく質や脂質をお腹いっぱいになるまで食べることで、食後高血糖が防げるということのようです。


糖質40gの目安としてご理解いただきやすいのは、おにぎり1個(重量として炊飯した米100g)の糖質量が約40gだということです。その意味では、白米を軽く半膳にし、おかずをお腹いっぱい食べればロカボということになります。
 いままでごはん大盛りだった人は、いきなりそれではつらいかもしれません。その場合には、まずは半分を目標にしてください。
」(p.128-129)

糖質40gというのは、意外と少ないことがわかります。でも、最初から糖質40g以下を目指すのではなく、今、食べている食事から糖質を半分にするところから始めてみてはどうかと山田さんは言われます。


私も10年くらい前、ゆるやかな糖質制限を始めました。そのころは低炭水化物ダイエットと言っていたのですがね。ともかく主食を食べない。おかずに炭水化物があっても気にしない。そのころは、果物はどんどん食べていました。
それでも3ヶ月で10kgくらい体重が落ちたので、やっぱり肥満の原因は脂質ではなく糖質だと思ったのでした。それからも、ゆるやかな糖質制限食を続けています。
まぁ時々と言うか頻繁にカップ麺を食べていたので、ロカボとはまったく言えない程度の低炭水化物食です。それでも、一般的な日本人と比べると、糖質摂取量は少なかったと思います。

最近は朝食のご飯を多めにしていたのですが、この本のことを知って、やはりもっと減らそうと思っているところです。朝食の御飯の量は、以前は約240gだったのですが、今は約150gにしています。さて、この後に100gまで減るかどうか。(笑)
また、バナナの栄養成分も健康にいいと思っていて、バナナや冷凍ブルーベリーも食べています。こういうのはロカボの観点からは、糖質として見なければいけないのかもしれませんね。
まぁ、そういうことをあまり制限的に考えず、体調がいいかどうかを重視して、ゆるやかな糖質制限食で健康を維持しようと思っています。

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タグ:山田悟
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:12 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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